ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第3章 ファーストステップ / 哀しき妖拳
第1話


 

   1

 

 アンノウンはカメラで捉えることができない。

 撮影された映像を何度も本庁の鑑識に出してはいるが、以前として原因は不明のまま。警視庁内でも異端とされているG3ユニットから出された資料をまともに扱ってくれたかは疑問が残るが、結果として出たのは映像に加工された痕跡は無し、という潔白だけ。結果だけを見ればG3は本当に空間の揺らめきを捉えたということなのだが、だとしたらG3のスーツに刻まれた損傷はどう説明したら良いものか。

 ここまでくると、アンノウンはこの世ではない、別の世界や次元から来た存在なのではないかと思えてくる。アンノウンが存在する次元の物質はこの世界とは作りが根本から異なり、だからカメラに映らないのではないか。

 アンノウンと戦う術を持つ、アギトもまた。

「氷川君の言う通り、何度見てもアギトを敵として認識するのは難しいわね」

 カーゴベイで先日の戦闘映像を見ながら、小沢が告げる。一応重要な記録映像ではあるのだが、そこに映っているのは空間の揺らめきだけ。誠が視認できたアンノウンの甲羅も、アギトの姿もぼかされている。ふたつのオーロラがひとつのオーロラへ向かっていることだけが、辛うじて認識できた。

 「ええ」と誠は溜め息交じりに応じる。この映像も聴聞会で散々に文句を言われると目に見えている。

「彼に助けられたのは間違いありません。僕の力だけでは、アンノウンを倒すことはできなかったと思います」

 「でもだからって」と尾室が口を挟んだ。

「アギトを味方だと思うのは危ないんじゃないですか?」

 「そうね」と小沢は応じて椅子を立ち、検査用電線に繋がれているG3装備へと向かう。

「アギトの正体が分かるまでは、判断を保留にしておいたほうが賢明かもね」

 「アギトの正体か。かなり興味ありますね、それ」と尾室が言う。アギトはアンノウンと同じ存在かもしれない。それがG3ユニットでの見解だ。ただ、同類と見ても疑問は更に深まっていく。何故アギトはアンノウンと戦うのか。誠たち人間から見たらアギトとアンノウンは同じでも、当人同士では全く異なる存在なのだろうか。

「そういえばどうなった? 例の件」

 小沢の唐突な話題の変換に、誠は「例の件?」と尋ねる。アンノウン、アギト、オーパーツと抱えている案件が多いから、どれのことを指しているのか分からない。

「ほら、瓶の中にお金が入ってた、ってやつよ」

 ああ、と思い出すと同時に溜め息が漏れる。「それが……」と切り出すと「それが?」と小沢が念強く促し、叱責を覚悟で答える。

「紛失、してしまって………」

「はあ?」

 語気を強めた小沢の声にうろたえてしまう。誠がアンノウン出現の連絡を受け出て行ってすぐのこと。高海家の飼い犬が加えて走り回った末、口から落として割ってしまったという。しかも中身の硬貨は側溝に落ちて水流に流れて下水管の奥へ。たかが硬貨1枚のために市役所の管理下に回収を依頼するのは職権乱用になってしまう。

「真相は下水の中へ、ってわけですか」

 そう言った尾室を小沢が睨みつける。誰が上手いこと言えと、という無言の圧力に、尾室は目を背けた。

 

 

   2

 

『相談に乗るとも。ああ、待ってる』

 電話口で、両野はそう言って会う約束を取りつけてくれた。どうやって生きていけばいいか分からない。そんな涼の切実な悩みを聞いてくれる、と。

 城南大学の門はセキュリティもなく誰にでも開かれている。学生にも、講師にも、大学から籍を外した涼にも。よほど不審や恰好でなければ門前で警備員に止められることはない。だから涼は何食わぬ顔をしてバイクで正面の門から大学のキャンパスに入り、在籍時と同じように慣れた足取りでプールへと向かった。まだ早い時間帯のせいか学生も職員も殆どいない。プールサイドで朝練に精を出す部員もまばらだ。かつて毎日泳いでいたプールサイドに私服で入ることは初めてで、どこか奇妙な疎外感を覚える。それは涼が城南大学の学生でなくなった故か、それとも練習していた部員たちの訝しげな視線故か、判然としない。

「コーチならついさっき出かけたぜ。急用だってさ」

 両野に会いたい旨を伝えると、かつてタイムを競い合っていた部員は冷たく告げた。部員は3人で固まって、涼の前に立っている。これ以上は聖域であるプールに近付けさせない、とでも主張するように。さながら聖地を守る衛兵のようだ。

「俺に何か伝言は?」

「知らねえな」

 別の部員が突き放すように言う。まさか両野が約束を蹴ったというのか。親のように涼の面倒を見てくれた、あの両野が。

「お前大学辞めたんだろ?」

「関係者以外は、立ち入り禁止です」

 並べられる拒絶の声に反発する気力が沸かない。退学した涼はもう部外者だ。プールサイドに近付くことはできない。水泳選手として大学に貢献してくれる人材として、涼は入学し学費を免除された。もう水泳ができない今の体では、大学に身を置いても無意味。

「明日また来る、って伝えておいてくれ」

 「やだね」とすぐに返される。言ったのは、涼が事故の怪我で入院している間、繰り上げで大会の選抜メンバーに選ばれた部員だった。

「ちょっとばかり才能があるからって随分偉そうだったけど、お前もう終わりだよ」

 俺がいつ偉そうな態度を取った、と反発しようとする気持ちを抑えつけたところで、

「まあせいぜい頑張って生きてけよ。じゃあな」

 と部員たちはそそくさと奥へと歩いていく。涼も踵を返して歩き出した。もう二度と入ることのないプールの水面は見る気になれない。見たら未練が込み上げてくるだろう。自分にとっての古巣であり、生きる実感の持てた水の中は、もう涼の居るべき場所じゃない。

「もういいですよコーチ」

 離れた後方から部員の声が聞こえてきて、涼は脚を止めた。すぐそばにある扉の陰に隠れ耳を澄ます。そんなに大きな声ではないが、はっきりと涼は聞き取ることができた。何故だか、感覚が異常なほど鋭くなっている。前より物がはっきりと見えるようになり、音がしっかりと聞けるようになった。

「どうした奴は?」

 潜めた両野の声が聞こえる。「言われた通り追い返しましたけど」と部員が答える。さっき涼に向けたときとは全く異なる、困惑を帯びた声色だった。

「一体何があったんです? 喧嘩でもしたんですか?」

 そう、こんな声だ、と涼は過去の思い出を懐古する。まだ水泳選手でいれた頃、彼はこんな青さの残る声で涼と言葉を交わしていた。また追いつかなかった、次は追い越してみせるかなら、とライバルとして互いに競い合っていた。

「知らん……、俺は何も知らん!」

 震えた両野の声が涼の耳に染み入ってくる。涼は再び歩き出した。もう二度と来ることのないキャンパスに想いを馳せることなく、当然だ、と自分に言い聞かせながら。

 もしコーチと自分の立場が逆なら、俺も拒絶していたかもしれない。いや、絶対に拒絶する。いくら相手が身内に等しい存在であっても。

 俺自身が、俺を受け入れられないのだから。

 

 

   3

 

「ワン・トゥー・スリー・フォー、ワン・トゥー・スリー・フォー」

 朝の海水浴場に3人の掛け声が波の音に重なる。3人を前にして立っている譜面台は梨子が持ってきたもので、1台のスマートフォンはアプリでメトロノームの規則的なリズムを刻み、もう1台はカメラを動画モードにしてステップを踏む3人を撮影している。

「はいストップ!」

 曜が呼びかけて、千歌と梨子もステップを止めた。まだ朝方は肌寒い時期だが、運動で体温の上がった体を冷たい潮風が冷やしてくれて心地良い。

 3人でスマートフォンの画面を囲むと、曜が動画を再生する。画面のなかで3人の動きに、千歌が「どう?」と、梨子が「大分良くなってきている気がするけど」と曜に判断を仰ぐ。

「でも、ここの蹴り上げが皆弱いのと、ここの動きも」

 動画のタイミングに合わせ、曜が動きを指摘する。数秒だけ巻き戻して確認すると、指摘通り腕の上がりがやや甘く、「ああ本当だ」と千歌は漏らす。

 これでも良くなったほうだ。日頃から運動している曜は問題なかったのだが、運動なんて体育の授業くらいの千歌と、今までピアノに精を出してきた梨子は始めたばかりの頃はすぐに疲労で動きが緩慢になってしまったものだ。

「流石ね、すぐ気付くなんて」

 梨子の言う通り流石だ。今日は一見すればうまく調和が取れているように見えるのだが、曜は修正点を見落とさない。

「高飛び込みやってたから、フォームの確認は得意なんだ。リズムは?」

 曜が訊くと、「大体良いけど」と梨子が含みのある返答をする。

「千歌ちゃんが少し遅れてるわ」

 「わたしかあ」と千歌は空を仰ぐ。上手くできたと思っていたのに。ダンスは本当に難しい。ひとりでも振り付けのタイミングがずれてしまえばそこだけ悪目立ちしてしまう。

 見上げた空はまだ日が昇ったばかりで、藍色が夜の哀愁をまだ残している。その一点で飛ぶヘリコプターの胎を千歌は捉えた。全容がはっきり見えるほどの低空飛行で、ばりばりというローター音が波の音をかき消す。

「何あれ?」

 梨子が訊くと、「小原家のヘリだね」と曜が応えた。言われてみれば、前にも一度見たことがある。ピンクという派手なカラーリングだったから印象深い。

「小原家?」

「淡島にあるホテル経営してて、新しい理事長もそこの人らしいよ」

 ふたりの会話を聞いて千歌は思い出した。そういえば今年度から理事長が変わるらしい。新学期が始まってから当人から何の挨拶もなかったからすっかり忘れていたが。

 ヘリが空を旋回し、こちらに機首を向けてくる。視界のなかで小さかった機体が次第に大きくなっていく。

「何か、近付いてない?」

 千歌はおそるおそる言った。「気のせいよ」と梨子は言うが、いや気のせいじゃない。「でも――」と曜が言いかけたところでヘリは明らかに下降してきて、その進路は砂浜にいる千歌たちへと向いている。

 ヘリの回転翼が巻き起こす下降気流で、海水浴場の砂が舞い上がった。あまりの突風に身を伏した3人から少しだけ距離を置き、平面ではない砂浜に着地しないヘリは砂塵を舞い上げながら僅かに浮き上がったままの姿勢を維持している。

 「なになに?」という千歌の声が、自身の鼓膜にも届かないほどにローター音が周囲を満たしている。他の音が何も聞こえず、しかも舞い上がる砂が入らないよう目を細めていたから、ヘリの扉が開くのに千歌はしばし時間を要した。中にいる人物は既に千歌たち3人を捉えていて、顔の横にピースサインを添えている。

 視覚で捉えやすいほど目立つブロンドの髪を拭き晒す女性、いや少女というべきか。髪に続いて捉えた服は浦の星女学院の制服で、千歌たちと同年代だ。少女のソプラノボイスはローター音をするりと抜けるように、千歌の耳に届いた。

「チャオー!」

 

 

   4

 

 工場内は殺風景な様相を晒している。機器類は外に停められたトラックに詰め込まれ、残るは僅かなデスクとオーパーツのみ。貴重な研究物だったオーパーツは支える台座もなく、無造作に身を傾けてバランスを保っている。前に見たときには無かったはずの傷が、作業員たちの雑な扱いを表していた。まるで遊び飽きた子供に捨てられた玩具のようだった。

 小沢から知らせを受けて訪ねた誠を出迎える研究員はいない。オーパーツ研究プロジェクトのために召集された彼等は本来の職場へ戻ったようだ。大学の研究室か、民間の研究機関か。唯一工場に残っている三雲は、デスクに腰掛けて煙草をくゆらせている。彼女のこんな姿を見るのは初めてだ。喫煙者であることは彼女の白衣に染み付いた煙草の匂いから気付いてはいたが、大事な研究対象にヤニが付着するのを良しとするはずがない。誠の訪問に気付くと、三雲は自嘲気味に力なく笑った。

「見ての通り、オーパーツ研究局は今日で解散。当然よね、結局実験は失敗に終わったんだから」

 三雲は所在なさげに傾くオーパーツの前に立った。オーパーツから得られた遺伝子モデルの再現実験。それの失敗は既に小沢から聞いている。オーパーツに隠された二重螺旋は古代人の芸術作品であり、科学的な意味は全くない。したがって研究は終了。オーパーツは古代人により難解なパズルと結論付けられた。

「でも、では古代人は何のためにこんなものを作ったんです?」

 事情を知りつつも、誠は訊かずにはいられなかった。ただ大昔の人間が質の悪い趣向を凝らした遺物に過ぎない。現代人の我々はお遊びに付き合わされていただけだ。一蹴することは簡単にできる。でも、三雲は研究で確かにこのオーパーツの二重螺旋から遺伝子モデルを読み取った。ただの偶然と言えるだろうか。このオブジェに隠されていた遺伝子モデルは、一体どんな生命を象っていたのか。

「オーパーツから導き出されたコードは何を意味するんですか?」

「知らないわよ」

 三雲は紫煙と共に吐き捨てる。

「私に分かるのは、結局何も起きなかった、っていうことだけ」

 誠は三雲の目を見た。オーパーツから何かを探すような、彼女の眼差しを。このオーパーツから見つかったのは、無発見というだけの虚構だろうか。やはり彼女は何かを見つけたのではないか。遺伝子モデルから、何かが産まれたのでは。

「そうよ、何も起こらなかったのよ」

 その言葉は、まるで三雲が自分自身に言い聞かせているようだった。何か大きな過ちを犯し、その事実から逃避しているような。彼女は科学の力で何を産み出したのだろう。いや、古代人は何の遺伝子を現代に託したのだろう。古代人の残した遺伝子モデルは、産まれてはいけない悪魔の種だったとでもいうのか。

 煙草を咥える三雲に、誠はもう何も訊くことができずにいた。冷たい沈黙のなかで、三雲の吸った煙草の筒から灰が零れ落ちた。

 

 

   5

 

 アパートの自室に戻ると、涼はベッドに身を預けた。眠気が訪れることもなく、隣人も出かけたのか壁から物音は聞こえてこない。時折外から車の通る音が聞こえるが、それ以上に大きな音のない静けさの中に沈んでいく。

 何気なく向けた視線が、キャビネットの上で留まる。キャビネットの上にはバイクのヘルメットが無造作に、その横にはいくつか写真立てが置いてある。大学に入って初めての大会で優勝した際に撮った記念写真。部員全員で映る写真の中心には優勝盾を手にした涼が慣れない笑顔を作っていて、隣には両野が満面の笑顔を浮かべている。ベッドから起き上がった涼は写真を引き抜いてゴミ箱に捨てた。もう戻れない過去は見たくない。他の写真も処分に取り掛かる。優勝記念の打ち上げで撮った写真。合宿先の海水浴場でバーベキューをしている写真。

 写真が最後の1枚になったところで、涼の手が止まる。他の写真がどれも水泳部がらみだったなかで、この1枚は一線を画している。写真の中にいるのは涼と、長い髪をポニーテールに纏めた少女だけだった。ウェットスーツを着た少女は屈託のない笑顔で涼に寄り添っている。これはいつ撮ったものだろう。そう昔のものではない気がする。成人した涼はこれ以上体が成長することはないが、子供は短期間で成長し外見が様変わりする。少女は今どんな姿に成長しているのか。この写真の頃と同じ笑顔を、今でも涼に向けてくれるだろうか。

「何考えてるんだ俺は………」

 自分への戒めが、無意識のうちに口から出ていた。恩師に拒まれたからといって、どうして彼女が涼を受け入れてくれるというのか。今の自分を偽って彼女の前に現れて再びこの笑顔に出会えたとしても、結局はそれも偽りでしかない。

 涼は写真立てを寝かせた。

 

 

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