ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
焦る気持ちで、涼は自然とアクセルグリップを更に捻る。猛スピードに過ぎ行く景色の中で翔一のVTR1000Fを探すが、どこに行っても見つからない。市街を一通り回ったところで、もしかしたら買い物を済ませて帰路についたのでは、と内浦方面へと進路を変えた。
バイクを駆りながら、涼は周囲へ視線を向けるのをやめない。
津上、お前をひとりにはさせない。
俺はお前に憧れていたんだ。力を怖れず誰かのために戦おうとするお前のようになりたかった。お前のような生き方を、俺もしてみたいと思ったんだ。
絶対に見つけてやる。目を覚ましそうになかったら、1発殴るかもしれないがな。
淡島への船着き場を過ぎたところで、道路のすぐ横に広がる森のなかで何かが佇んでいるのが見えた。急ブレーキで停まり注視すると、髪がヤマアラシのように逆立てたその生命体は、甲高い摩擦音を立てた涼になど目もくれず獣の目を光らせている。視線を追うと、その眼光は歩道を走る少女たちに向いていた。
「おい!」
不意に怒声が耳をつき、涼は後方を見やった。舗装された道路には不釣り合いな大型のジープから、息を荒立てた男が降りて涼へと近付いてくる。
「止まってんじゃねえよ、危ねえだろ!」
丁度よかった、と思いながら涼もバイクから降りて男へ駆け寄る。
「車を貸してくれ、頼む」
「はあ? ふざけ――」
緊急事態で説明するのも面倒臭いから、文句を言いかけた男の顔面に拳を入れて黙らせた。鼻血を垂らしながらうずくまる男に「済まない」と詫びを入れ、エンジンがかかったままのジープに乗り込んだ。
「千歌ちゃん!」
後方から梨子の声が聞こえ、千歌は足を止めた。すぐに梨子と、それに曜も追いついてきて、足を止めると3人揃って息をあえがせる。
「千歌ちゃん、どこ行くの?」
すぐに呼吸を整えた曜が訊いてきた。「翔一くんに会いに」と千歌は即答し、
「わたし、翔一くんとちゃんと話さなくちゃ。わたしじゃ翔一くんを助けられないかもしれないけど、それでも――」
甲高い摩擦音が聞こえた。道路上でターンしたジープが路面に黒いタイヤ痕を描き、千歌たちの前で停まる。助手席のドアが開けられ、中から涼が声を飛ばしてきた。
「乗れ! 早く!」
何が起こっているのが分からずまごついていると、降りた涼が後部座席に曜と梨子を、助手席に千歌を押し込んで車を走らせる。進路上に人型の影が降りてきた。それがアンノウンと分かったと同時、涼はスピードを緩めることなく怪物を撥ね飛ばして進み続ける。
伊豆の国方面の県道に入ったところで、千歌はミラーで後方から追手が来ないか見張りながら涼に尋ねた。
「どこに行くんですか?」
「奴から逃げられるとこまでだ。俺は今戦えない。力を奪われたからな」
「奪われた、て……、翔一くんみたいに?」
「ああ」
県道から逸れ、狭い砂利道へ入りひどく揺れた。小さな町工場の社屋がいくつか並んだ場所に出たところで行き止まりになる。まだ正月休みだからか、閑散としていて人の気配はしない。
すぐ出られるように車のフロントを道路側に向け、涼は車を停めた。緊張の糸が切れたのか、深く息を吐きながらシートにもたれかかる。
「知ってるか? アンノウンはアギトになるかもしれない人間を襲っている」
涼の言葉の意味が理解できず、千歌は「え?」と呆けた声を漏らす。「どういう事ですか?」と梨子が訊くと、涼は後部座席にいるふたりへと顔を向け、
「分かるだろ。君たちもアギトになるかもしれない、てことだ。君たちだけじゃない。他のAqoursの皆もだ」
告げられた言葉に驚愕しながら、千歌はふたりを凝視する。
「そんな……。皆が、アギトに………」
言われてみれば、納得できる部分がいくつもある。曜も梨子も、警察署でUSBメモリからイメージを読み取るなんて力を持っていた。他の皆も、似たような力を持っているということだろうか。
Aqoursの皆だけじゃない。アンノウンの犠牲者たちは、皆がアギトになるかもしれなかった人々ということになる。こんな身近に、しかも沢山の人々に翔一や涼と同じ力があったなんて。
曜が震える声で訊いた。
「わたし達の力って、アギトになる前触れなんですか?」
「確かなことは分からない。その可能性がある、てことだ」
背中に悪寒が走った。つまりこの世界で、アギトとは決して珍しい存在じゃない。千歌にとってのAqoursの皆のように、隣人がいつ力に目覚めても、不思議なことではなくなっていく。
涼は言った。
「怖いか? それが普通だ。津上が言ってた。奴の姉さんと君の父親との間に何かがあったようだが、きっと奴の姉さんも怖かったんだろう。今の君たちと同じようにな」
近しい人間が、または自分自身が人でない存在になるかもしれない。力のせいで意図せず誰かを傷付けてしまうかもしれない。翔一の姉もそうだったのだろうか。父を殺した力で、愛する弟も手に掛けてしまうかもしれない。裡で育まれた怪物が完全に目覚める前に、彼女は死を選んだのだろうか。
なら翔一はどうなんだろう。真相を知った彼も、同じ恐怖を抱いたのか。姉と同じ力に蝕まれて怪物になる自分自身を怖れたのだろうか。
そんなことない、と断言したくても、千歌には分からない。千歌にはアギトになる可能性すらないのだから。持たざる人間が、知ったような口で皆や翔一が力なんかに負けない、なんてどうして言える。
かさ、と草が揺れる音がした。過剰なほど肩を震わせながら視線を森へ転じると、薄暗い中でこちらを見ている鋭い眼光が。
「逃げるぞ!」
エンジンを掛けてすぐに涼は車を走らせた。急発進するものだから慣性で身体がシートに貼り付けられる。後ろを見ると、人と獣が混ざった怪物が駆け足で追ってきていた。
曜と梨子という、未来のアギトを狩るために。
2
翔一が空飛ぶ巨大な鳥を見かけたのは、富士市の激安スーパーで買い物をした帰りだった。バイパス通りを走っているとき、その生命体は内浦方面へと飛んでいった。
どうして気配が、と思ってすぐに思い出す。そうだ、俺はアギトじゃなくなったんだ。アンノウンの気配なんて感じようがない。
もうアギトじゃない。戦わなくていい。関係ないはずなのに、翔一は無意識にアクセルを捻りスピードを上げていた。
山中の道を、涼は恐らく直感を頼りに走っていたことだろう。普通に暮らしていたら殆ど使わない道ばかりだから、自分が今どこを走っているのかも分からない。舗装どころか草木を踏み倒した獣道まで走ったせいで、車の窓ガラスは傷だらけになっている。
舗装道路に戻り山を下ると、開けた海の見える場所に出た。そこが通学路の沿道とすぐに分かり、見知った場所だからか少し安堵してしまう。出頭に通りかかった車と出くわし、涼は急ブレーキを掛けて止めた。前につんのめりながら同じように急停止した相手の車のフロントガラスを見ると、助手席で鞠莉が見開いた目を千歌たちの車へ向けている。
「木野?」
相手の運転席を見た涼がそう漏らしたと同時、車の天井が轟音と共にひしゃげた。何かが落ちてきたのか。腰を抜かしていると、相手の運転席から出てきた男がドアを開けて千歌を引っ張り出す。「薫!」と助手席から出てきた鞠莉を、涼が木野と呼んだ男は「来るな!」と怒声で制した。
涼に引っ張り出された曜と梨子を、続々と車から出てきた他のAqoursメンバー達が抱き留めるように寄せていく。
車から離れたところで、千歌は車の天井に立つアンノウンの姿を見た。軽い身のこなしで車から飛び降りたアンノウンが、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。その歪んだ口元が、まるで笑っているように見えた。
涼は果敢にアンノウンへ跳びかかったのだが、ただの人間になった彼はいとも簡単に投げ飛ばされてしまう。
ひゅう、と空気を裂くような音が聞こえたと同時、木野が「危ない!」と千歌たちの前で仁王立ちする。直後、彼の胸に鳥のような姿をしたアンノウンが突進をかました。「ううっ」と呻き声を漏らしながら、木野は後ろにいた1年生たちを巻き込みながら倒れる。「薫!」と鞠莉が真っ先に木野へと駆け寄り、肩を貸して起こそうとする。他のメンバー達も彼の介抱を手伝おうと集まり、それを見計らったかのようにヤマアラシのアンノウンが更に口元を歪めた。
「皆!」
千歌が駆け出そうとしたとき、1台のバイクがアンノウンの前に割って入った。同時にアンノウンの頭から何かが飛んだのが見えた。それがバイクに乗っている青年の胸に刺さるのも。
「翔一くん!」
駆け寄る千歌の手は払いのけられ、涼へと押しやられる。
「津上!」
「葦原さん、皆を早く! お願いします!」
胸を抑える翔一が、何かしらの傷を負っているのは明白だった。「嫌だ、翔一くん!」と彼のもとへ行こうとするが、涼が肩を離してくれない。アギトでなくなった翔一がアンノウンに敵うはずがない。ここで別れたら二度と会えない気がして、彼から離れたくなかった。
「早く!」
翔一の怒号に、まごついていた涼が意を決したように「こっちだ」と強引に千歌の身体を鞠莉たちが乗っていた車へ押し込む。
「皆も乗れ!」
曜と梨子と、1年生の3人を乗せたところで、涼はまだ木野の傍にいる3年生たちに「早く!」と声を飛ばす。
「行って涼! わたし達なら大丈夫だから!」
と鞠莉が返した。涼は逡巡したが、人数の多さを優先したようで運転席に乗り込み車を発進させる。
「翔一くん!」
後部の窓に張り付きながら、千歌は小さくなっていく翔一たちを見ている事しかできなかった。その姿がどんどん小さくなっていく。
今にも消えてしまいそうなほどに小さな翔一は、力なく倒れた。
目の前で地面に突っ伏した翔一を見下ろし、アンノウンはふん、と笑った。その鋭く吊り上がった目を鞠莉たちへと向ける。首を大きくもたげる仕草をしたとき、来る、と鞠莉は恐怖で固まった。
瞬間、アンノウンの身体が吹き飛んだ。立ち上がろうとしたところで、奥の茂みに生えていた樹の幹が折れてアンノウンへと傾く。寸でのところで避けたが、アンノウンは道路に倒れた樹と鞠莉たちを一瞥し、涼たちの乗った車を追うように道路を猛スピードで去って行った。
遅れて、すぐ隣で粗い呼吸が聞こえる。見ると果南が、手をかざしながら緊張と興奮からか過呼吸でも起こしそうなほどに息をあえがせている。
「果南………」
「わたしにだって、これくらいなら………」
怖いはずなのに、強がりな彼女らしく無理矢理に笑顔を鞠莉に見せる。
「それより翔一さんが」
翔一はぐったりとうつ伏せのまま、まったく動く気配がない。背中が上下しているから、辛うじてまだ呼吸している様子ではあった。
「木野さん、いけませんわ!」
ダイヤの声に振り向くと、鳥のようなアンノウンに突進された胸を押さえつけながら、薫が重そうな足取りで近付いてくる。
「津上!」
呼びかけながら翔一をゆっくりと仰向けにし、頭からヘルメットを外す。ジャンパーの前を開けてシャツを捲ると、胸の中心のあたりに小さな赤い腫れがある。一見すれば虫刺されに見えるが、恐らくアンノウンから飛ばされた針が胸の奥深くまで食い込んでいるのだろう。
患部を確認すると、薫は懐から長方形のケースを取り出す。開けた中身はメスや
「薫?」
「ただの傷ではない。アンノウンの攻撃によって受けた傷だ。何が起こるか分からない。今この場で、打ち込まれた針を摘出する」
「そんな、麻酔も無しにですか?」とダイヤが言った。「そうだ」と応じながら、薫は手際よくガーゼに小瓶の消毒液を染み込ませて翔一の患部を拭う。消毒液で濡らしたメスを握り、「抑えろ」と鞠莉たちに指示を出した。素直に従い果南が両足を、ダイヤが右腕を、鞠莉が左腕を掴み体重をかける。
「ううっ」と呻く薫は額に玉汗を浮かべていた。薫だって治療が必要なはず。だが彼はしっかりとメスを握りしめ、乱れのない手つきで患部の皮膚に刃を当てる。麻酔なしの緊急手術で、当然訪れる痛みに翔一はもがこうとする。成人男性の力は予想以上に強いもので、普段から練習している鞠莉でも気を緩めれば放してしまいそうなほどだった。
目の前で人体が切られているという光景に果南とダイヤは目を背け手足を抑えつけるのに必死だったが、鞠莉だけは薫の執刀する手術を見続けた。メスを濡らす血。鉗子によって広げられた傷口。露になった脂肪や筋肉の断面。あまりにも生々しい人体というものに吐き気を催し、目眩までしてくる。
患者の意識が飛ばないよう、薫は翔一に呼びかける。
「津上、俺はアギトであることに呑み込まれてしまった人間だ」
鞠莉は決して目を逸らさなかった。見届けなければならない、と思った。この男が人を救う姿を。
「だがそれはアギトのせいではない。俺という人間が弱かったからだ」
弟を救えなかった兄としてではなく。
最強唯一になろうとしたアギトとしてでもなく。
ただの、
目の前の命と真摯に向き合おうとする、ただひとりの医者として。
「俺は、自分の弱さと戦う。お前も負けるな!」
広げた傷口に潜り込ませたピンセットが、肉の中にある異物を掴む。それを引き抜く瞬間、神経を刺激された痛みで翔一は絶叫した。彼の身体が痙攣を起こしているのが、抑える鞠莉の手に伝わってくる。すぐに痙攣は治まり、翔一の叫びも止む。薫の手にあるピンセットに、10センチほどの血濡れた黒い針が挟まれていた。
「大丈夫だ津上。心臓や肺にまでは達していない………」
顎から汗を滴らせながら、薫は摘出した異物をピンセットごと無造作に投げ捨てた。
「傷を縫合する。最後まで気を抜くな」
ケースから糸を出す木野の指示に、鞠莉たちは「はい」と応じた。
長井崎の沿道を走りながらバックミラーを見やると、ヤマアラシに加えてハヤブサまで追ってくるのが見えた。丘へ伸びる脇道を見つけ、樹々に紛れるように入り稜線を登っていく。
道路脇に一定間隔で規則的に植えられた樹々を見て、涼はここが浦の星女学院へと続く丘道であることに気付いた。すぐに校舎が見えてきて、それをバックに鳥の怪物がこちらへ正面から飛んでくる。
「掴まれ!」
と同乗者たちに叫びながらハンドルを切る。大きく蛇行した車体がバランスを失い、道路から外れてしまい学校のグラウンドへ入り込む。何度かバウンドしながらも体勢を持ち直したのだが、待ち構えていたのかすぐ先に佇んでいたヤマアラシの頭から何かが飛んでくる。命中したフロントガラスが亀裂で覆われたせいで視界が塞がれた。続けてぱあん、と何かが破裂したような音と共に、車高が一気に下がったかのような感覚に陥る。ハンドル操作がままならず、タイヤがパンクした、と分かった。針でも打ち込まれたのか。
もはや使い物にならない車を停めて、皆に「出ろ!」と声を飛ばす。涼自身も急ぎ降りると、勝ち誇ったとばかりに口元を歪めているヤマアラシが、ゆっくりとした足取りでこちらへと歩いてくる。
涼は千歌たちの前に立つ。万事休すか。でも、ここで自分だけ尻尾を巻いて逃げるわけにもいかない。翔一から彼女たちを託された。せめて彼女たちが逃げ切るまでの足止めをしなければ。
身ひとつでアンノウンへ向かおうとしたとき、パトカーのサイレンが聞こえた。
いや、グラウンドに入ってきたのはパトカーじゃなく白バイだった。青い鎧のG3-Xの駆るバイクは涼たちのもとへ走って来て、その勢いのままヤマアラシを撥ね飛ばした。
ガードチェイサーから降りた誠は、グラウンドを転がりはするもののすぐに立ち上がったヤマアラシを一瞥する。やはりこの程度では健在か。不意に後方からばさ、と翼を広げるような音が聞こえた。視線を転じるとハヤブサがすぐそこまで迫っていて、咄嗟に身を屈めた誠は上空を通過しようとするその腹に拳を沈める。
体勢を崩して地面に落ちた敵へ、ロックを解除したGX-05の銃口を向けた。照準のポインタが敵に重なり引き金に指をかけたとき、それは再び訪れる。
視界にかかる霞。瞬く間に全てがすりガラス越しのように曇り、映る影がアンノウンなのか涼たちなのか判別すらつかなくなる。
『氷川君、どうした?』
違和感を悟ったのか、小沢の声がスピーカーから飛んでくる。答える間もなく、右肩に衝撃が走った。続けて胸部装甲にも。もはやこれでは丸腰も同然で、どこから敵が攻撃を仕掛けてくるのかまったく視えない。
手からGX-05が弾かれ、更に胸を突かれた。
『何があったの? 氷川君!』
小沢の声にも焦りが生じ始めている。
『北條さん⁉』
と尾室の上ずった声が聞こえた。『失礼しますよ』と遠い声に続いて『ちょっとあなた!』と小沢が抗議している。それを無視した北條の声が、マスクの中に響いた。
『氷川さん、敵は右斜め。避けて!』
咄嗟に身を屈めると、すぐ真上で何かが空を切る音が聞こえた。だがすぐ腹に圧力がかかる。踏み付けられているのか。続けて右の脇腹に蹴られたような衝撃がやってきて、地面を転がされる。
『左前方にGX-05があります』
言われた通り、左へと手を這わせる。指先が固い何かに触れた。何度も扱ってきた武器だ。見なくても形状はしっかりと頭に入っている。グリップを掴み構えたところで、北條の次の指示が。
『左上後ろ』
身を翻し銃口を向け、
『今です!』
トリガーを引いた。銃なんて手応えは感じない。しっかりと命中しているのか視ることはできないが、すぐに断末魔と爆発音が聞こえた。トリガーから指を離してすぐ、
『左です、避けて!』
安堵のあまり、気を緩めてしまったらしい。反応が遅れ顔面に強烈な痛みが来た。視界が曇ったせいか三半規管も狂っているらしく、ぼんやりとしていて足がふらつく。間髪入れず胸を殴られ、数舜の浮遊感の後に地面に激突した。
しっかりとGX-05を掴んだままでいるが、果たして役に立つかどうか。今の誠には、相手取っている敵がハヤブサかヤマアラシのどちらかのかも分からない。
視覚に頼れない分、鋭敏になった聴覚が近付いてくるバイクと車の音を聴き取る。
ああ、来てくれた、と誠は確信した。
誠が背中を追い続けてきた、アギトの駆るマシンの音だ。
グラウンドに入ってきた銀色のバイクは、真っ直ぐヤマアラシへと向かい撥ね飛ばした。
「翔一くん!」
ヘルメットを脱いでシートから降りた彼に、千歌は駆け寄っていく。翔一に続いてやって来た屋根のひしゃげた車からは3年生と木野が降りてくる。「お姉ちゃん!」とルビィがダイヤと抱き合って無事を確かめ合い、他の皆も互いを庇うようにグラウンドの一画に固まる。
千歌の視線は、翔一の胸に向いていた。血が滲んでいる。翔一はしっかりと脚に力を込めて立っているのだが、額には汗が浮かんでいた。
「残念です」
不意にその声が聞こえ、全員が息を呑んだ。見ると、いつからそこにいたのか、グラウンドに黒衣の奇妙なほど容姿の整った青年が立っている。その傍らで、ヤマアラシは
現実味のない美貌の青年の出現に、涼と木野と翔一は千歌たちの前に立ち塞がる。
「あなた達の命を、奪わねばならない」
青年は武器らしきものを何も持っていないのだが、千歌たちなんて簡単に殺すことができる、と直感で悟ることができた。きっと翔一たちからアギトの力を奪ったのは彼だ。
ここにいる全員に、戦う力はない。G3-Xとして駆けつけてくれた誠も満身創痍で立つこともできずにいる。
このとき千歌が抱いていたのは恐怖ではなく、気付きだった。
何のために翔一に会おうとしたのか、彼に何を伝えたかったのか。その想いがようやく分かった。
「翔一くん戦って!」
想いを乗せた言葉を、千歌は願いとして告げる。
「もう1度、アギトとして戦って!」
翔一がアギトになっても、憎くも怖くもない。翔一は翔一のままだ。今までもこれからも。誰かのために勇敢に戦ってきたこの青年が、力に呑み込まれなんかしない。
他の皆だって同じだ。いずれアギトになっても、何も変わるものなんてない。千歌の大切な、一緒に輝きを求めてきた仲間。今更怖れるものなんてない。人間の、アギトの希望として、翔一自身の輝きを取り戻してほしい。
わたし達に勇気を与えてくれた力を手放さないで。
翔一の目が、険しく吊り上がった。それは何度も見てきた、戦いへ向かおうとする時の目だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
雄叫びをあげながら、翔一は駆け出した。丸腰のまま佇んでいる黒い青年へ拳を振り上げるが、寸前で視えない何かに弾かれ無様に尻もちをつく。
黒い青年は言う。
「無駄なことを。人間の力では、私には触れることすらできません」
銃声と共に、青年へ銃弾の礫が飛んだ。誠が撃つガトリング砲だった。でも青年の目の前に生じる視えない壁に弾かれて、周囲に弾丸が散らばっていく。
立ち上がった翔一は、礫の飛ぶ黒い青年のもとへ再び走っていく。彼が肉迫しようとした瞬間、弾丸が止んだ。振り上げた翔一の拳は障壁に阻まれることなく、黒い青年の頬を打った。
倒れた黒い青年は、赤く腫れた左頬の痛みなんて意に介していないらしく、自身を殴った翔一へ目を見開く。痛みよりも、殴られた事実に驚愕しているようだった。
「馬鹿な……。人間が、この私を………」
それはまるで、溺愛していた飼い犬から噛まれた飼い主のようにも見えた。絶対に逆らうはずのない者から与えられた痛みに、黒い青年の美しかったはずの顔が酷く歪んでいる。
急に、黒い青年は悶え始めた。腹から3つの光る球が飛び出して、それらは白装束の幼い少年の姿に変わっていく。少年たちは一目散に駆け出して、親を見つけた迷子のように翔一と涼と木野へ抱き着いた。
その姿が、再び光の球に変わっていく。球体は3人の腹で渦を巻き始め、その腰にベルトを形作り巻き付く。ベルトが唸るような音を鳴らし、それは次第に大きくなっていく。
初めは目を剥いていた3人だったが、意を決した眼差しを黒い青年へ向けながら、戦いに赴くその言葉を告げる。
木野は静かに。
涼は雄々しく。
翔一は力強く。
「変身!」
3人の体が、眩い光と共に姿を変えた。
木野はアナザーアギトに。
涼はギルスに。
そして翔一は、アギトに。
失われたはずの3人の戦士が戻ってきたことに、黒い青年は驚愕を表情に貼り付けている。主君を護ろうと目の前に立ち塞がるヤマアラシへ、牙を向いた木野が跳躍しキックを打ち込んだ。
右足を振り上げた涼が、敵の肩にヒールクロウを叩き込む。
角を開いた翔一の、光を纏ったキックがヤマアラシの胸を蹴飛ばした。
吹き飛んだヤマアラシの頭上に光輪が浮かぶ。穿たれた胸をかきむしりながらヤマアラシが縋るように天へ手を伸ばしたとき、その身体が爆散する。
グラウンドに散らばった肉体はすぐに燃え尽きて、炎も間もなく煙をくゆらせるのみとなって消えていく。
すぐ傍にいたはずの黒い青年の姿も、煙のように跡形もなくなっていた。
3
「本当、無茶なことするわね」
紅茶を出しながら呆れ顔で言う鞠莉に、「済まない」と涼は頭を下げた。
アンノウンから逃げるために強奪した車の持ち主は当然警察に通報した。アンノウン出現に際した人身保護と誠が証言してくれたお陰で逮捕はされなかったが、相手を殴り車も損傷させたことは流石に不味かったらしい。後日警察署への出頭と、相手から治療費や廃車になった車の弁償代として結構な額が請求されるとのことだ。
そこで支払いに応じるほどの財産がない涼に変わって弁護士の手配と支払いの肩代わりをしてくれたのが、鞠莉が口利きしてくれた小原家だった。とはいえ小原家も慈善家というわけではなく、借金としてこれから分割で返済していくことになったのだが。
「パパに言って全額立て替えてもらうこともできたのに」
「自分のやったことだ。けじめはつけるさ」
若くして借金に苦しむ羽目になったわけだが、そう悲壮感はなく涼は紅茶を味わう。
「正直者は馬鹿を見るぞ」
なんて木野がらしくない軽口を叩き、涼は皮肉を返した。
「元々あんたみたいに賢くないんでな」
ふふ、と木野は控え目だが笑った。室内にも関わらずサングラスをかけているが、奥の目が笑っている、と何となく分かった。
「ふたりとも、聞いてくれる?」と紅茶を啜った鞠莉が切り出した。「どうした?」と涼が促すと鞠莉ひと呼吸置いて、
「わたし、卒業したらイタリアの大学に行くの。そこも卒業したら、パパの会社を手伝っていずれ継ぐことになると思う」
そういえば、跡取り娘だと果南が言ってたな、と思い出す。鞠莉が浦の星の理事長に就任していたのも、経営を学ばせるという親の意向だったらしい。ある意味で決められた人生だが、鞠莉の目は輝いていた。
「それでね、会社を継いだら新しい事業を始めようと思うの。具体的に何をするかはまだ考えてないんだけど、でも今日の薫の
彼女の語る未来に、自然と涼の顔も綻んだ。何もアギトであることだけが、人を救う道じゃない。たとえ力がなくても、前線で人を救う者を助けることも、とても崇高な行いだ。千歌だってあの小さな身体から発した大声で翔一を救い、力を取り戻させたのだから。
「そうか、お前ならできる」
木野が微笑と共に言うと、鞠莉は満面の笑みで頷いた。
「楽しみにしててね。bigなことしてみせるから」
ビッグが過ぎて奇天烈なものにならなければいいがな。そんな皮肉を押し留めるように、涼は紅茶を飲み込む。
「鞠莉、紅茶を頼む」
そう言って、木野は空になったカップを差し出す。「ええ」と快く応じた鞠莉はカップを受け取って、ポットを置いたワゴンへ歩いていく。こうして鞠莉にお茶を淹れさせられるのも、今のうちかもしれない。彼女ならいずれ、木野に医師としての資格を取り戻させることもやってのけそうだ。
俺もこれからの事を考えないといけないな。そんなことを思いながら、涼はふと木野へ目を向ける。疲れたようにソファに身を沈めた木野は頭を垂れていた。
「どうした?」
返事はなく、眠ってしまったのか微動だにしない。
「木野?」
肩を揺すっても反応はなく、力の抜けた頭が抵抗もなく揺らいでいる。その口の端から赤い血が垂れた。
「おい、木野!」
語気を強めて激しく揺さぶると、顔からサングラスが落ちた。ずっと隠れていた目は閉じられていて、それは眠っているように穏やかだった。
「薫?」
涼の声を聞きつけてか、鞠莉がやって来た。眠り続ける木野を見つめる鞠莉は泣くこともせず、それどころか優しい微笑を浮かべ、
「眠らせてあげて」
鞠莉は木野の右手を両手で優しく包み込んだ。ずっと過去に生き、後悔にまみれてきた彼の人生全てを労わるように。
「薫は山を降りたのよ。弟さんと一緒に」
さらば、仮面ライダーアナザーアギト、木野薫………
木野さんの生き様について皆様はどう感じたでしょうか?
私の感じたことは、本作の中で書いてきたつもりなのでここでは省略させて頂きます。