ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
アンノウンの犠牲者として警察に処理された薫の亡骸は、遠縁の親戚に引き取られることになった。両親は既に亡くなっていて、親戚関係も殆どなかったらしい。
多くの人が後悔しながら死んでいく。あかつき号で、薫はそう言っていた。そんな死を見つめ続けてきた彼自身の最期が後悔を抱いたままだったかは、本人のみぞ知る。でも鞠莉は信じたい。穏やかな顔で逝った彼に、後悔なんて無かった、と。最期の瞬間、彼は過去のしがらみから解き放たれ、死を安らかに受け入れ旅立っていった、と。
正月は何かと忙しい時期というが、年明けから僅か2日のうちに1年分の労力を使った気分だった。ようやく落ち着けるようになった鞠莉を、ダイヤと果南は気晴らしに連れ出してくれた。とはいえ、行き先は家のすぐ近くにある、淡島の東西を結ぶトンネルなのだが。
淡島全域が観光スポットとして開発されているから、こうしたトンネル1本でも装飾に抜かりはない。青や緑といったイルミネーションが照明代わりに灯されていて、ほんの一時でも観光客の目を楽しませるよう工夫がなされている。
「ここのトンネル、久しブリデスネー」
2年前と全く変わっていない。内部に閉ざされた湿った空気も、所々にある星形の電球も。
「落ち着くからね」
「ですわね」
ふたりの口調はいつもと変わらなかった。変に気遣われるよりも、普段通りのほうが心地いい。それに、ふたりが慰めるために呼び出したわけじゃないことも分かる。
「で、何の用? もしかしてイタリア行くな、とか言い出すんじゃないよね?」
「1年前だったら、言ってたかもだけどね」と果南は言った。
「じゃあ、何の相談もなく決めたから怒ってる?」
「それも違いますわ」とダイヤが答える。
「話しとこうと思って」
果南の言葉に首を傾げると先にダイヤが、
「実はわたくしも、東京の大学に推薦が決まりましたの」
次に果南が、
「わたしは海外でダイビングのインストラクターの資格ちゃんと取りたいんだ」
卒業後の進路を3人で語り合ったことはこれが初めてだった。ラブライブが終わるまでは他の話題は出さない。それが一種の暗黙の了解のようになっていて、敢えて触れずにいた。
「じゃあ――」
ふたりもしっかりと進路は考えているだろう、と思っていたのだが、予想外のものに鞠莉は声を詰まらせる。3月で、鞠莉は沼津を去る。鞠莉だけでなく、ふたりも。
「卒業したら、3人ばらばら」
果南は言って、ダイヤと一緒に切なそうに顔を俯かせる。
「ここには誰も残らず、簡単には会えなくなりますわね」
「一応言っておこうと思って」
こうして3人で顔を合わせられるのも、本当に残り3ヶ月というわけだ。1年の頃に全てを明かしていればもっと長く一緒に居られたのに、と後悔してしまいそうになるが、取り戻せたのだから良しとしよう。
「そう」
それだけ鞠莉は応えた。果南は半ば呆れたように、
「お互い相談もしないで、3人とも自分で決めてたなんて」
「あんなに喧嘩したのに相変わらずですわね、お互い」
なんてダイヤの皮肉に思わず笑ってしまう。同じ過ちは繰り返さないように、と肝に銘じていたのに、まったく成長していない。
「だね」と果南は笑い、大きく両腕を広げる。
「ハグ、しよ」
初めて会ったときも、想いをぶつけ合ったときも、こうして果南は抱擁を求めていた。互いの存在を、身体の温もりを確かめ合うために。
鞠莉はダイヤと共に果南の腕へ寄り添い、3人で互いの背中に腕を回す。とても温かかった。離れ離れになっても、再会したときはこの抱擁を交わすんだろうな、と思った。
たとえ皆がアギトになったとしても、この温もりが変わることはない。
あの船で授かった光は、きっと鞠莉たちの未来を切り開いてくれるはず。
「そういえば鞠莉、よく抜け出してたっけ」
ホテルオハラの庭園に戻ると、建物の外観を見上げながら果南が思い出したように言った。もう深夜だから、宿泊客たちも多くが部屋の照明を消して眠りに就いている。
「それならあなた達も同罪です」
抜け出していた、というよりも、どちらかといえば果南とダイヤが連れ出した、というべきだろう。勝手にホテルの敷地に忍び込んで、懐中電灯でモールス信号を出してきて。
「鞠莉さんが黙って出てくるからですわ」
というダイヤに言葉に「だって」と、
「言ったら絶対Noて言われるに決まってるからね」
「お陰で、あれから凄く厳しくなりましたもの」
ベランダから出られないよう1階に当てがわれていた自室が2階になって。それでもカーテンをロープ代わりに降りたから今度は3階になって。今度は梯子を調達して脱出したから最上階のスイートルーム。痺れを切らした母がバルコニーに出られないよう窓を固定してしまおう、と言い出す始末だった。鞠莉が引き払ったら客室として使用するつもりだった父が流石に止めたけど。
「今考えると、親御さんの苦労が分かりますわ」
「だって、ふたりと遊んじゃ駄目なんて言うんだもん」
部屋から抜け出して3人で遊び帰宅したら、決まって両親からの説教が待っていた。ふたりも親から散々叱られていたらしい。
「しまいには勘当だっけ」
と果南が笑った。もっとも、勘当を言い渡されたのは鞠莉ではなかったのだが。当時を思い出しながら、鞠莉は同じ言葉を口ずさむ。
「果南とダイヤと遊んじゃ駄目だ、て言うなら、パパもママも勘当します!」
「小学生の子供が、親に勘当を言い渡すなんて聞いたことありませんわ」
なんてダイヤも笑う。覚えたばかりの言葉を意味も分からず使った、幼い頃の微笑ましい思い出だ。
「それを教えてくれたのはダイヤだよ」
懲りずに何度も抜け出したら勘当されますわ、と言っていたのはダイヤだ。意味を尋ねてみたら親子の縁を切ること、と律儀に教えてくれた。両親に勘当を告げたらどこでそんな言葉を、と唖然としていたことを思い出す。
「そうでしたっけ?」
「子供だったよね」
そう、まだ3人とも子供だった。現実の厳しさも待ち受ける運命も知らず、無条件に世界は美しい、と信じられるほどに。無知ゆえに視えたまやかしの風景だったのかもしれない。
「でも、楽しかった。everyday、何か新しいことが起きていた」
あの頃に抱いていた思慕やこの内浦湾の美しさは、鞠莉にとっては今でも本物と断言できる。
いつもふたりが来ていた庭園の桟橋を眺めながら、鞠莉は言う。
「1度しか言わないから、よく聞いて。わたしは果南とダイヤに会って、色んなことを教わったよ。世界が広いこと。友達といると、時間が経つのも忘れるほど楽しいこと。喧嘩の仕方に、仲直りの仕方。ふたりが外に連れ出してくれなかったら、わたしはまだひとつも知らないままだった。ずっとあの部屋から出てこられなかった」
外の国から海を隔てた内浦という土地。それまで暮らしていた国とは人の言葉も文化も違っていて、そこには鞠莉の知らない事に溢れていた。ふたりと買い食いした駄菓子はホテルのシェフが作るケーキよりも美味しく、熱い夏に呑むラムネは紅茶よりも刺激的だった。
ふたりが教えてくれた。あの部屋から出れば、自分の足で踏み出せば、世界は無限に広がっていくんだ、と。
「あの日から、3人いれば何でもできる、て。今の気持ちがあれば大丈夫だ、て」
胸の奥にある熱と高鳴る鼓動のままに、自分の行きたい場所へ行ける。この3人なら、どんな困難でも成し遂げられる。幼い頃から抱き続けたこの確信は、未だ消えてはいない。
「そう思えた。
分かれの日が来る前に、この言葉は伝えておかなければならない。どこへ行っても、どんなに離れていてもわたし達は親友。会えたら、またハグをしよう。3人で、好きな所へ行こう。
ぽつ、と鞠莉の頬に冷たい雫が落ちた。「雨、ですわ」と雲のかかった夜空を見上げダイヤが呟く。流れ星を観ようとしたあの日も雨だったな、と思い出した。
「また? まったくダイヤは」
「待ってわたくし? 雨女は鞠莉さんでしょ?」
「Why? 果南だよ」
「訴えるよ」
軽口を叩き合っていると、さっきまでの雰囲気も壊れいつもの3人に戻ってしまう。やっぱり、自分たちはこれが丁度いいのかもしれない。今更感謝と別れを告げるなんてらしくない。いつもようにまた明日、と別れて、次に会ったら何をして遊ぼうか考えながら床に就くのが最も心地いい。
「もしかしたら、神様が願いを叶えさせたくないのかもしれませんわね」
「3人でずっと一緒にいられますように?」
あの日を思い出してか、ダイヤと果南が小雨を降らす空を見ながら言う。鞠莉はあの黒い青年を思い浮かべた。翔一たちからアギトの力を奪い、アンノウンが傅く彼こそが神と呼ぶべきもので、この世界の天候すらも操ってしまうのだろうか。だとしたらこの雨は仕返しのつもりか。殴られたからといって、神様なのに何て幼稚な仕返しだろう。
「そんな心の狭い神様は勘当デース」
なんておどけて、3人で大口を開けて笑った。自分たちを嫌う神に祈る気にはなれない。
「これで、終わりでいいの?」
と果南が訊いた。
「このままあの時と同じで、流れ星にお祈りできなくていいの?」
「果南………」
「わたしは嫌だな。3人いれば何でもできる、て思ってたんでしょ。だったらやってみなきゃ」
「でも………」
「それに、今はもう3人じゃない。探しに行こうよ。わたし達だけの星を」
神がもたらしてくれるのを待つんじゃなくて、自分たちの手で。
あの頃の確信を胸に、どこまでも高い場所へ。
「わたし達だけの、星………」
2
台所を覗くと、いつもの見慣れた背中があった。エプロンを着て、慣れた手つきで洗った食器の水気をナプキンで拭き取っている。
「翔一くん」
その名前を呼ぶと、青年は手を止めて千歌へと振り返り「ん?」ととぼけた笑顔を向けてくる。未だに信じられなかった。喧嘩なんて無縁そうなこの青年が、怪物と戦う戦士になるなんて。
でも、何度だって見てきた。この人が姿を変えて、千歌たちの居場所を護り続けてきた姿を。こうして皆の食事を作って一緒に食べるささやかな日常のために、彼は戦ってこられた。たとえ怖くても、傷を負っても。
「もう大丈夫なの? お腹の怪我」
「ああ大丈夫大丈夫」と翔一は腹をぽん、と叩き、
「病院に糸抜いてもらいに行ったらお医者さんびっくりしててさ。殆ど痕残ってなくて凄い、て」
「え、もう傷治ってたの?」
「うん。それもお医者さんにて驚かれたんだよね。アギトになると怪我も早く治るのかな」
何とも呑気な言い方だ。たった1日で手術の傷が治ったら戸惑ってもいいくらいなのに。
「そっか、良かった」
木野が亡くなったと聞いて、正直なところ千歌はどう思えばいいのか分からなかった。最後に会った昨日に名前を知った程度の間柄だけど、彼が翔一を手術してくれたとも聞いている。
やはり、感謝というべきだろうか。木野のお陰で翔一はこうして、また十千万でいつものように過ごしているのだから。こうして言いたいことも言えず分かれてしまったら、きっと千歌は自分を赦せなかった。
「色々、ごめんね」
「何言ってんの。それは俺の台詞だって」
「ううん、わたしがごめんだよ」
「俺がごめんだって」
「ううん。今日はわたしがやるから」
とまだ濡れている皿を取ろうとしたのだが翔一はそれを制止させ、
「いや千歌ちゃんはそんなことしなくていいからさ」
「いいって、わたしがやるよ」
「はいはい、ごめんちゃいごめんちゃい」
「ごめんちゃい?」
下らない謝り合いに、ふたり揃って笑った。父を喪った寂しさは消えないけど、今は翔一がいる。それで十分だ。兄のようで、たまに弟のようなこの青年が、今の家族として一緒に居てくれれば。
「あ、そうそう」と翔一は思い出したようにエプロンのポケットに手を入れ、
「これ、千歌ちゃんに」
差し出されたのは「おとしだま」と書かれたポチ袋。端に母、志満、美渡、翔一プラスしいたけより、とある。
「おおおおおおお年玉あ!」
と歓喜のあまり、受け取った袋を勝ち誇ったように高く掲げた。「どれどれ?」とさっそく開けて中身を確認してみると、お札ではなく代わりに「玄関の玉へGo!」と書かれた紙が。
「お年玉あ!」
と真っ直ぐ玄関へ走った。玉、玉、と口走りながら玄関で丸いものを探す。
ダルマ、は違う。
恵比須様の像、もマルっぽいが違う。
ランプ、違う。
ん、ランプ?
素通りしようとした球形の前に、千歌は足を止めた。インテリアとして置かれたランプ。電球に被せられ光を透過する丸い和紙に文字が書かれていた。
ラブライブ! 全面協力!
母、志満、美渡、翔一、+しいたけより
「皆………」
確かに、これは立派なお年玉と言うべきかもしれない。あまり口を出さない姉たちも、1年の大半を東京で過ごしている母も、そして翔一もしいたけも、皆が千歌を応援してくれている。
「ありがとう」
「千歌!」と表から果南の声が聞こえた。表に出ると傘を差した彼女は、
「ちょっと出掛けない?」
「出掛ける、て雨だよ」
何気なく空模様を見ようと視線を転じた時、千歌は玄関前にメンバー全員が集まっていることに気が付いた。
「どうしたの?」
「皆集まれ、て」と応じる曜も、何のことか分からずにいるらしく眉を潜めている。
「まったく迷惑な話よ。今夜も放送がある、ていうのに」
と文句を垂れる善子に反して、「でも、何か楽しい」とルビィはご満悦でいる。
「どこに行くつもり?」
千歌が訊くと、答えるようにヘッドライトを瞬かせながらマイクロバスが玄関前に停車した。急ブレーキだったから、停まった車体が慣性で揺れている。しかも車体もピンク塗装と何とも派手にカスタマイズされていた。
そのバスに皆は困惑しているのだが、果南は何の気なしに、
「取り敢えず夜のドライブ。さあさあ、皆乗った乗った」
促されるまま、不安で腰が引けながらも皆で乗り込んでいく。先日車でアンノウンから逃げ回っていたものだから、尚更に怖い。
「くっくっく。ここから始まるのね。デスドライブが――」
「何言ってるずら!」
「え、縁起でもない………」
1年生たちに続いて乗るダイヤが窮屈そうに、
「ちょっと詰めてください」
上着を取りに家に戻っていた千歌が最後だった。皆が何とか開けてくれた座席のスペースに腰を落ち着けると、
「
というネイティブな英語が聞こえた運転席へ目を向けると、金色の髪を揺らしながら振り向いた運転手が皆へウィンクし、
「準備、All right?」
「鞠莉ちゃん⁉」と上ずった声があがった。ダイヤは知っていたのか驚かず、助手席に座っている果南も、
「海外だと必要だからね。誕生日迎えたときに取ったんだって。因みにわたしも免許取ったよ。バイクだけど」
と得意げに免許証を指先でちらつかせた。
「涼とtouring行きたいのよね」
鞠莉のからかいに果南は「そんなんじゃないよ」と言っているが頬が赤らんでいるのを千歌は見逃さなかった。
「結局どこへ行くの?」
シートベルトを締めながら訊いた。
「勿論、星を探しにね」
また突拍子もないことに、「ええ⁉」と車内で声があがる。
「Let’s go!」
と勢いよく発車した。ただしバックで。慌てて止まるものだから車内が物凄く揺れて、しかもギアを入れ直して再び発車したのだがいきなりエンストしてまた止まる。涼の運転のほうが遥かに安全だった。
「だ、大丈夫?」
車酔いを起こしながら千歌が訊くと、鞠莉は「お、All right」と応じながらエンジンを掛け直し、今度こそ発車した。
「それにしても、まさか鞠莉の運転する車の助手席に座る日が来るなんてね」
沿道を伊豆方面へ走っているなかで、果南が言った。「それはわたしの台詞」と応じ、
「まさか果南乗せて走る日が来るなんて」
「まあ、ダイヤが運転しているよりは安心か」
なんて果南が言うと、後部座席から険の籠った当人の声が。
「その台詞、そっくりそのままお返ししますわ」
車内が笑いで沸きながら、鞠莉は目的地へと愛車を走らせていく。雨は止む気配がなく、フロントガラスに打ち付ける雨粒をワイパーで払いのけ続ける。
「見て、船の光かな」
曜が言った。ちらりと見ると、海に数点の光が星のように瞬いていた。「綺麗ね」と梨子が呟いている。
「何か、わくわくするね」
と千歌が楽しそうに言った。「うん」と梨子が応じ、
「考えてみたら、こんな風に何も決めないで9人で遊びに行くなんて、初めてかも」
車なんて大人の証明書みたいなものを運転しているけど、幼い頃に戻ったような気分でいられた。取り敢えず集まろう。何をするかは、集まってから決めて。皆で遊びを考える時間だって楽しくて、決めあぐねているうちに時間が早く過ぎてしまう。
無計画に時間を浪費できるのは、きっとこれが最後。
「だから皆で来たかった」
続きを果南が告げる。
「本当は、3人だけの予定だったんだけど」
幼い日の忘れ物を取りに。3人だけで終わらせるつもりだったけど、星の輝きを見つけるのなら、連れて行かなければならないメンバーがもっといる。出した結論を、ダイヤが告げる。
「9人が良い、て」
土肥峠への道へ入り、斜面に舗装された道路を登っていく。スピードを落とすまいとアクセルを踏み込んで、勢いを落とすことなく。このまま進み続けたら、どこへでも行ける確信があった。幼い頃に抱いた、皆といれば何でもできる、という無根拠なものが。何なら空さえも飛んで、雨を降らす雲を越え星の海原へと漕ぎ出してしまえそうなほどに。
おとぎ話の中で、星空とは神の居る領域だったとされている。とある国の話では、死者たちの逝く場所とも。魂の輝きが星になって、夜空を照らし地上に残してきた人々を見守ってくれる、と絵本で呼んだ気がする。
鞠莉はふと空を見上げた。あの雲の向こうに広がる星々に、薫はいるだろうか。
彼の人生は、光とは程遠いものだったのかもしれない。弟を救えなかったばかりか、右腕を与えられて自分ひとりだけが生き残ってしまった。その手では人を救えまい、と医者としての資格を奪われ、更にあかつき号で神から憎まれる光を授けられた。
求めた力を得たとしても、それは彼にとっては遅すぎた。いくら非合法に執るメスで多くを救っても、雪山で凍てついてしまった心が溶けることはない。後悔に蝕まれた心が授かった力を歪めてしまい、自分と同じ存在が赦せなくなった。
過去に生きていることが無意味だ、と聡明な彼なら理解していたはず。でも、失うものが大きすぎた彼が生きるには、過去という理由が必要だった。虚しさを覚えながらも、それが弱さと知っても、それで多くの人々を救い、赦されるのなら。
未来が視えず、英雄になれないまま死んでいった男。見方によってはそう捉えられるかもしれない。でも最後の手術で、彼は自身の「本当の弱さ」と戦い、勝利することができた。
彼の生き様が、子供だった鞠莉を未来へと送り出してくれた。自分と同じ生き方をさせまいと。想いのまま、後悔しないように。
これからの未来、鞠莉を導いてくれる木野薫はもういない。
もっと多くのことを教えてほしかった。
鞠莉の師と呼ぶべき人。
彼に授けられた意志は、この胸に留めて未来へと連れていく。
彼のように強く、優しく生きていくと誓う。
だから、どうか見守っていてほしい。
遠くから輝く光の中で。
3
山肌に突き出した西伊豆スカイラインの駐車場に着いても、雨はまだ止まずにいる。どうやら、本当に自分たちは神から嫌われているらしい。
「何をお祈りするつもりだった?」
持ってきた星座の早見盤を見ていると、果南がそう訊いてきた。意地悪な質問だ。自分が落書きした流れ星なのに。
「決まってるよ」
「ずっと一緒にいられますように?」
更にダイヤが意地悪なことを言う。
「これから離れ離れになるのに?」
それは避けようのない未来だ。すぐ先にその日は来てしまう。願いなんて無意味だ、とばかりに。
「だからだよ。だからお祈りしておくの。いつか必ず、また一緒になれるように、て」
その時はまた、こんな風に皆でドライブに出掛けられるように。また皆で歌って、踊れるように。またスクールアイドルができるように。
「でも、無理なのかな………」
そんな願いが、虚しい夢想なことは理解している。また会えるのは数年後か、もしくは数十年後か。その時、自分たちは変わらずにいられるだろうか。皆で、抱擁を交わせるだろうか。
「なれるよ」
そう断言したのは千歌だった。
「絶対一緒になれる、て信じてる。鞠莉ちゃん、それ良い?」
早見盤を手渡すと、千歌はドアを開けて飛び出す。雨に濡れるのも構わず、早見盤を雲で覆われた空へかざした。
「この雨だって全部流れ落ちたら、必ず星が視えるよ。だから晴れるまで、もっと――もっと遊ぼう」
何の根拠もないのに。幼い頃の自分たちが重なった彼女の姿に、鞠莉は微笑を零した。本当に自分たちは成長していない。あの頃のままできる、と思い込んで突き進もうとする。
でも、できた。根拠があるとしたら、この9人だったから。
誰が言うともなく、皆でバスを降りて千歌と一緒に早見盤に手を添える。
「晴れなかったら、神様も勘当デース」
本当に勘当してやろう、と思った。邪魔をするなら、自分たちで乗り越えてみせる。何せ皆の裡には力があるのだから。闇を照らすほどにまで大きくなる、光の蕾が。その光を持たない千歌の裡にも、きっとある。アギトとかじゃなくて、彼女にしかない光が。
鞠莉は空を見上げた。この場所から、何かが空へと届いたような気がした。九重に束ねられた奔流が、雲を貫いて拡散させていくような連なり。解きほぐされた雲が薄くなっていき、雨が止む。
風に流されていく雲の切れ間から、散りばめられた無数の星粒が現れた。大気を透過して届く星々の光に、皆で感嘆の声をあげる。
「凄い、本当に晴れた……」
空に見惚れながら曜が呟く。「あ」と梨子が空の1点を指さす。一条の光が尾を引いて、夜空を駆けていった。
「堕天使?」
「流れ星ずら」
なんて善子と花丸が漫才していると、「あ、また」とルビィが別方向を指さす。
「リトルデーモンの涙……」
「流れ星ずら」
ほんの一瞬だけ空に走る光。それに向かって、鞠莉は手を合わせて祈る。
ずっと一緒にいられますように。
いつか必ず、皆で一緒になれますように。
わたし達だけの輝きが、見つかりますように。
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