ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 俺は運命と戦う。
 そして勝ってみせる。

――仮面ライダーブレイド 剣崎(けんざき)一真(かずま)




第4話

 

   1

 

 閉校祭は開場から一般客で賑わっていた。生徒たちの親族や周辺の住民、中には遠くに住んでいるという卒業生まで、最後の機会としてかつての学び舎に訪れている。

 そんな来客たちへのもてなしとして千歌のクラスが催したのはメイド喫茶だった。ただメイド服で接客するというのもありきたりだから、と着物をモチーフにした和装メイドという設定になっている。

「行ってらっしゃいませ、お嬢様」

 店として開けた教室を出て行く女性客を、梨子とふたりで見送る。メイド喫茶はお客にとっては店じゃなく家という設定だから、来店時には「いらっしゃいませ」ではなく「お帰りなさいませ」、「またお越しくださいまで」ではなく「行ってらっしゃいませ」と挨拶が決まっている。因みにお客も「お客様」ではなく男性客なら「ご主人様」、女性客なら「お嬢様」と呼ぶことになっている。

「梨子ちゃん似合うよね、自分でリクエストしたの?」

「ええ、ちょっと憧れてて。千歌ちゃんも可愛くて似合ってる」

「そう? ありがと」

 ステージ衣装に比べたら少し控え目だけど、和装を着るのはとても楽しい。ステージと同じで、普段とは違う自分になった気がする。

 「そういえば」といつきが薄い本を手にやって来る。

「梨子ちゃんの服。これ、凄く参考になったよ」

 そう言って見せてくれた本の表紙には、和装のモデルが壁に手をついた写真が掲載されている。タイトルは「壁クイ 大正ロマン編」というらしい。

「偶々よ! 家に偶々あっただけなのよ!」

 と梨子は何故か早口でまくし立てる。資料として持ってきた日も同じ事を言っていた。表紙が可愛いから買っただけで内容に興味はない、とも。

「千歌! 梨子!」

 そこへむつに呼ばれる。会話が一度打ち切られたことに、何故か梨子は安堵の溜め息を漏らした。

「そろそろ交代の時間だよね。少し校内見てきなよ」

「本当?」

 壁の時計を見やると、もうシフトが終わる頃だった。

「梨子ちゃんも一緒に行こっか」

「ごめんなさい。わたし、ちょっと用事があるの」

 何の用事なのかは教えてくれず釈然としなかったが、仕方ない、とひとまず納得して制服に着替えた。

 廊下を何気なしに歩いていると別のクラスでショーが行われていて、曜の声をしたうちっちーが観客の園児たちに呼びかけている。

「みんなー、浦の星アクアリウムにようこそ! 元気かな?」

 「元気!」と園児たちが大声で応じると、セットの岩礁に隠れていたもう1体のうちっちーが果南の声と共に出てくる。

「ここは広くて深ーい、内浦の海」

 魚や海藻の壁紙を張った教室全体を水槽に見立てて、内浦湾に生息している海洋生物の解説をするショーらしい。

 ベランダに出て中庭を見ると、タコ焼きや焼きそばの出店が多く並んでいて、たくさんのお客が買った食べ物を手に行き交っている。翔一がまだ内浦にいたら、きっと店を出したがったかも、と思うと笑みが浮かんだ。菜園の野菜を使った誰も思いつかないような料理を作ろうとして、それを皆で止めて。

「では、次の問題ですわ!」

 とダイヤの声が近くの教室から聞こえてくる。

「次の問題は、得点が2倍になります。皆、正解目指して頑張ルビィ!」

 少し緊張気味なルビィの声まで。覗いてみると、黒板に大きく「Love Live!!クイズ」と書かれ、その前に並べられた3つの机にそれぞれ生徒たちが真剣な表情でボタンに手を添えている。

 場を取り仕切っているのは、派手なスーツを着た黒澤姉妹。台本もなしに、ダイヤが問題文をすらすらと述べてみせる。

「では問題。第2回ラブライブに出場、決勝まで進んだ福岡のふたり組スクールアイドルといえば?」

 3人がほぼ同時にボタンを押して応える。

「明太フォー」

「ハカッタナ」

「天神ツー」

 即答できるあたり、恐らく彼女たちも熱心なスクールアイドルファンなのかもしれない。しかしダイヤは肩をわなわなと震わせて、

「ブッブッブー、ですわ! 正解はドリーム!」

 ダイヤの被っていた帽子から丸印の札が立った。観覧していたお客たちの歓声にダイヤは得意げに、

「まだまだラブライブマニアには遠いですわよ」

「さすがお姉ちゃん」

 普段厳格なダイヤが本当に楽しそうで、本当にスクールアイドルが好きなんだな、と頬を綻ばせる。

 不意に背中をつつかれて振り返ると、暗い表情をした花丸がいた。

「占いに興味はないずらか?」

「花丸、ちゃん?」

「占いに興味はないずら?」

 泣きそうな顔の花丸に着いて1年生の教室に入ると、四方の壁全面に黒いカーテンが降ろされている。教室の中央には黒いローブを着た善子が座っていて、目の前の水晶玉に手をかざしていた。カーテンが光を遮断しているから教室は暗くて、善子の水晶玉に仕込まれた電球のみが唯一の照明になっている。

「くっくっく………。ようこそ迷えるリトルデーモンよ」

 とお客である千歌を、善子は不敵な笑みで迎える。

「こんなのやってたんだ」

 善子の趣味全開な催しで、床にはチョークで大きな魔法陣が描かれていた。

「どんな悩みもズキュ、と解決してあげましょう」

 善子はしばし水晶玉を睨み、

「分かりました、恋の悩みですね」

「いえ全然」

 そもそも恋愛経験すらない。

「どっちかといえば、人が来なくて悩んでたのはこっちずら」

 後ろで控えていた花丸が告げる。「で、では」と善子は改めて、

「最近太ってきて、体重が気になる――」

「いえさっぱり」

 むしろ翔一の料理が食べられなくて食があまり進まないくらい。

「それは善子ちゃんずら」

「ずら丸は黙ってなさい! てかヨハネ!」

「素直に何を占ってほしいか、訊いたほうが良いずら」

「うるさい! 訊かなくても脳内に響く堕天の囁きが教えてくれるのです! いいわ、とにかく占ってあげましょう」

 善子の裡にあるアギトの力は、まだ他人の心に入り込むほど目覚めてはいないらしい。そもそも、アギトがどんな力なのかも分からないけど。翔一のように強くなるのか、曜や梨子みたいに物の過去を視る力なのか。

「ミュージック!」

 善子が両手を上げてそう告げると、教室にオルガンの音色が響き渡った。「本格的」と感心しながら教室を見渡す。どこにスピーカーがあるんだろう、と探していたら、教室の隅にオルガンが置いてあって、奏者はぶつくさ言いながら鍵盤を叩いている。

「だから何でわたしが………」

「梨子ちゃん?」

 その奏者は梨子だった。用事とはこの事だったのか。花丸は悪戯っぽく、

「梨子ちゃんが勝手に手伝ってくれる、て。流石リトルデーモンリリーずら」

「花丸ちゃんだって、1度くらい善子ちゃんの望みを叶えてあげたい、て」

「マルは、偶々………」

 普段は辟易してばかりだけど、この日だけは本人のやりたいように。なら千歌も善子の望みを叶えるために手伝おう。

「じゃあ、Aqoursを占ってください。この先、どんな未来が待ってるか」

 その注文に善子は逡巡したが、堕天使モードがすっかり消えた穏やかな笑みと共に答える。

「それなら占うまでもありません。リトルデーモンが囁いています。Aqoursの未来を」

 確かに、占う必要なんてなかったかもしれない。千歌には、この学校にいる皆には未来が視えているだろう。今までずっと目指してきたのだから。今更になって、他の未来なんて有り得ない。

 占いの館を後にしたところで、少し小腹が減った。何か食べようかな、と中庭に出ると、鞠莉が呼び込みをしている。

「さあ、理事長のシャイ煮premiumはhere(ここ)だよ!」

 海の家では売れなかったシャイ煮だけど、この日は好調らしく店の前には行列ができている。見た目は悪くても味は確かだから、買い求める生徒たちを見て一般客も警戒心が薄れたのかもしれない。

 他の店も生徒たちが呼び込みに勤しんでいて、保護者たちによる出店もある。その中で、生徒たちよりも年上の、でも保護者にしては若い顔を見つけた。

「志満姉、美渡姉」

 呼ぶと、こちらに気付いた長姉が「千歌ちゃん」と微笑んだ。

「来てたんだ」

 言いながら近づくと、美渡が「食べる?」と底の浅いトレーを差し出してくれる。

「ああ、焼きミカンだ。貰う貰う」

 と皮に焦げ目の付いたミカンを取る。

「この時期美味しいよね」

 そのまま食べるものだけど、ミカンは焼くことで甘味が増す。昔はストーブで餅と一緒にミカンも焼いていたらしい。

「本当ミカン好きよね、千歌ちゃんは」

 志満の言葉に「うん、大好き」と即答し、

「食べるといつも思うんだよね。ここに産まれて良かった、て」

 たまに、ふと思うことがある。もし産まれた土地が内浦でなく、リンゴの採れる土地だったらリンゴを好んでいたのだろうか。メロンの採れる土地ならメロンを食べていただろうか、と。

 想像してはみても、あまり実感が沸かない。リンゴもメロンも好きだけど、食べるとき包丁で皮を剥かないといけないし、1個が大きすぎる。その点ミカンはお手軽だ。手で簡単に皮が剥けるし、1個も大きくないから食べやすい。

 結局、どこで産まれてもわたしはミカンばかり食べてるかも。温かく甘い実をひと切れ口に放りながらそう思った。

 ふふ、と美渡が笑いながら、

「翔一もミカン食べながらおんなじこと言ってたよ。ここに来て幸せだな、て」

 翔一くんなら言いそう、と笑ってしまう。志満はかつて自分も通っていた校舎を見上げ、

「それにしても変わってないわね、ここ」

「うん、匂いもあの頃のまま」

 「匂い?」と千歌は訊いた。「うん」と志満は頷き、

「千歌ちゃんは毎日来てるから気付かないかもしれないけど、あるのよ。ここだけの懐かしい匂いが」

 姉たちも浦の星の卒業生だ。統廃合が決まってふたりは何も言わなかったけど、思う事がないわけでも無いらしい。たった3年間でも、日々の全てが詰まっていた居場所だったのだから。

 ふたりもここが大好きだったんだな。そう思うと裡から温かいものが沸いてくる。千歌もいつか、再びここを訪れたときに匂いを感じ取るがことができるだろうか。その時にもう生徒がいなくても。

「おーい、千歌ー!」

 大声で呼ばれたほうを向くと、屋上からよしみが手を振っていた。

「ちょっとこっちまで来て!」

 お呼びみたいだ。「じゃあね」と姉たちに告げて、屋上へ大声で応じる。

「よしみちゃーん! なーにー?」

「ちょっとね!」

「何?」

 「じゃーん!」というよしみの声を合図のようにして、屋上から無数の風船で織られたハートが浮かび上がった。その巨大さに中庭にいる人々のみならず、教室からも皆がベランダに出てきて歓声をあげている。

 「イエーイ!」とむつといつきも屋上の陰から出てきて、風船のハートを示す。風船の曲線に沿って、これもまたバルーン文字で「浦女ありがとう」と綴られていた。

 こんなに皆から愛される学校なのに、本当に無くなっちゃうんだな。そう思うと、不意に寂しさが込み上げてくる。今日は楽しもう。そう何度も自身に言い聞かせてきたけど、裡の奥底にあるものは消しようがない。

「どうだ! サプライズでしょ!」

 「うん、嬉しいよ!」と思慕を抱きながらよしみ答える。思えば3人も、Aqoursのために色々としてくれた。千歌たちと一緒に廃校阻止を掲げてくれて、折れてしまいそうになった時は奮い立たせてくれて。

「まだまだこんなもんじゃないよ!」

 いつきが得意げに告げると、結ばれていた風船が解けた。まるでタンポポの種が舞うみたいに、ほろほろと崩れて大空へと舞っていく。

 わたし達もいずれ、あんな風にばらばらになるのかな。今は互いに寄り添っていても、いつか必ず、別れる日が来る。

 夢見た未来は視えているけど、その更に先はまだ分からない。確実に訪れるその時に、どんな想いがこの裡に生じるのか。

 せめて、笑っていられるといいな。

 

 

   2

 

 男性は車の中で倒れているところを発見された。発見者の証言によると、首に手を掛けたまま目を見開いていたという。

「また自殺ですか」

 半ば確信に近い誠の予想を、河野は「多分な」と肯定する。

「だとすると今度は、自分で自分の首を絞めて死んだことになる。全くどうなってるんだか」

 男性は自殺にあたって道具は何も使っていない。何の準備もせず、ビルの駐車場でひとり自分の手だけで命を絶った。今のところ自殺者たちの中で薬物使用の痕跡が見つかった者はいないが、やはり正気の沙汰とは思い難い。何かに操られたようにすら思える。

 河野は手帳をめくり、

「男は11月2日生まれ」

「やはりさそり座ですね」

「全く訳が分からんよ。一体何が起こってるんだ。何故さそり座の人間ばかりが、何の理由もなく自殺せにゃならんのだ」

 現場に赴く前、今までの自殺者の資料を見て誠には気付いたことがあった。

「河野さん。ドッペルゲンガーというのをご存知ですか?」

「何だそりゃ?」

「もうひとりの自分を目撃する不思議な現象をそう言うらしいんですが」

「もうひとりの自分?」

「昔から多くの報告例があるにも関わらず、この現象の原因は解明されていません。ただ、ドッペルゲンガーを経験した者は、死に至るケースが多いと聞いたことがあります」

 言うなればただ会話の種の都市伝説やオカルトの類だが、現代では重度の精神病患者や薬物中毒者の視る幻覚症状という説が有力視されている。だがこれが、本当に不可思議現象だとしたらどうか。

「お前何が言いたいんだ?」

「一連の自殺者のなかに、もうひとりの自分を視たと漏らした人が何人もいるんです。これが何を意味するのか分かりませんが、もしかしたら、理由のない自殺を未然に防ぐためのヒントになるかもしれないと………」

 こういった推理をしてしまうのも、やはり不可能犯罪ばかりを捜査してきてせいだろうか。でも実際、この世界にはアンノウンやアギトという人智を越えた存在がいるのも事実だ。ドッペルゲンガーを引き起こし、人を自殺へと誘う力を持った者がいてもおかしな話じゃない。

 誠のスマートフォンが着信音を鳴らした。「済みません」と河野に断りを入れて画面を見ると、懐かしい響きのする小沢澄子の名前が表示されている。

「はい」

『氷川君、ちょっと頼みがあるんだけど』

「何でしょうか?」

『今日の会議、あなたにも出てもらいたいのよ』

 

 霞が関の本庁に戻ると、会議室には出席する面々が勢揃いしていた。警備部長に補佐官、北條と小沢と尾室の5人が席に着いている。

「急に呼び出して、済まなかったね」

 明らか形だけの警備部長の労いの声に「済みません」と応じ、急ぎ空いている小沢の隣に座る。思えば、警備部長とこうして顔を会わせるのは初めてな気がする。沼津にいた頃はテレビ通話を介してばかりだったから、対面すると声がよく通った。

「それでは、始めましょう。既に何度も議論されている事ですが、氷川主任を交えて、改めてG3ユニットの活動方針を決めさせて頂きたい」

 どうやらこの会議を取り仕切るのは北條らしい。

「いいですか、既に1ヶ月以上、アンノウン出現の報告は入っていない。これが何を意味するか、お分かりでしょうか?」

 北條の言葉は、特に誠に向けてのものに聞こえてきた。何度も繰り返されであろう議題に補佐官は疲れたように、

「我々としてはアンノウン絶滅も考慮しているところなんだが」

 「いえ」と北條はかぶりを振り、

「問題はもう少し複雑です。アンノウンはこれまで、アギトになる可能性がある者たちを襲ってきた。そのアンノウンが滅んだとするなら、今度はアギトが野放しになる。アギトの数が増えていくかもしれない、という事です」

 小沢が苛立ちを隠さずに訊いた。

「ちょっと、何が言いたいのよ。はっきり言いなさい。はっきり」

「人類にとって、アギトはアンノウン以上の脅威になるだろう、という事です。もしかしたら世界で、アギトとアギトならざる者、真っ二つに割れる可能性も否定できない。我々一般人は、アギトによって支配されるかもしれません」

 小沢が戯言と一蹴したくなるのも理解できた。あまりにも現実味がない。

「そんな……。僕の知る限り、アギトが人間と敵対するとは思えません」

 誠が口を挟んだ。少なくとも、翔一や涼は自らの力を笠に人間を支配しようなんて考えるはずがない。小沢も便乗し、

「私も氷川主任の意見に賛成です。北條主任の説は根拠のない妄想の域を出ていません。実際、今までアギトは我々の側に立ち、共にアンノウンと戦ってきたのですから」

 小沢の言葉に北條は涼しい顔を崩すことなく応じてみせる。

「アギトがアンノウンと戦ってきたのは、自分たちの仲間を護るために過ぎなかったのではないですか? アギトが危険分子なら、或いはアンノウンはそれを排除してくれる有難い存在だと言えるかもしれない」

 そんな極論は聞き捨てならない。「そんな――」と誠が反論しようとしたところで、小沢が声を被せてくる。

「何言ってんのあんた。アンノウンを賛美するつもり? 元々アホ男だと思っていたけど私が間違っていたわ。あんたはドアホよ」

 「落ち着きたまえ、小沢管理官」と警備部長が低い声で告げる。

「そもそもこれまでの会議は、アンノウン、アギト問題から我が国を救うためのものだ。そのためには冷静な意見交換が望ましい。まあ、北條主任の説が飛躍し過ぎている点は、私も認めるがね」

 上司の言葉に、流石の北條も僅かだが眉を潜めた。北條の目論見も分からないが、ユニット活動の総指揮を執る警備部長がどう考えているのかも分からない。この幹部は一体どちらの考えに傾いているのか。

 はっきりと立場を述べないまま、警備部長は告げる。

「だが、アギトが危険分子である可能性も、否定はできない」

 

 

   3

 

 楽しい時間というのは、いつもあ、という間で。

 そこにいる誰もが、この時間がずっと続けばいいのに、て思ってるのに。

 でも、やっぱり終わりは来て。

 時が戻らないこと、もう1度時間を繰り返せないことが、とても寂しく思えるけど。

 同時に、やっぱりどうなるか分からない明日の方がちょっぴり楽しみでもあって。

 ああ、これが時が進んでいく、てことなんだな、て実感できる。

 そして気付く。きっと2度と同じ時はないから、この時が楽しい、て思えるのかな。今こうしていることが、たった1度きり、て分かっているから全力になれる。

 いつか終わりが来ることを、皆が知っているから。終わりが来てもまた、明日が来ることを知っているから

 未来に向けて、歩き出さなきゃいけないから、皆笑うのだろう。

 

 夕暮れと共に、閉校祭は閉場になった。一般客が帰り、この日のうちの片付けをする。また明日も、いつもの学校に戻すために。準備には時間が掛かったけど、組み上げたものを解体するのは、とても早く進んだように思えてしまう。それもまた、片付ける時間も楽しかったからだろうか。

 空の茜が藍色に浸蝕されかけた頃には全てが片付いていた。今日のために頑張ってくれた互いを労うため、グラウンドで全校生徒が集い簡単ながら後夜祭が執り行われた。

 ただ集まって、キャンプファイヤーを囲むだけ。組み上げられた丸太に焚かれた火はすぐに燃え上がり、火力を増す毎に火の粉を噴いていく。

 篝火を焚く風習について、幼い頃に父から聞いたことがあった。古来、人は火を神から与えられた奇跡と考えた。獣や魔を祓い、太陽が沈んだ夜にも光をもたらしてくれるもの。人間にしか生み出すことができないこの光は、人が神から愛された印でもある、と。

 だから人々は火に祈った。与えられたこの奇跡の光を、神との対話の電話口として。

 父は神話や伝説の研究者だったけど、あまり信心深いとは言えず、むしろそういった儀式的なものには消極的だった。一応お盆には墓を参って正月には初詣に神社へ行ったけど、それは父にとっては親戚への挨拶回り以外に意味を持たないように見えていた。多くの神々について知っていたから、そのために本当に信じるべき神を見出せずにいたのかもしれない。

 ――本当に信じるべきものは、意外と近くにあるんだよ。お父さんにとって、千歌がそうだ――

 幼い頃のある日、外国の神々の話をしてくれた後、父はそう言っていた。その言葉の意味は当時理解できなかったけど、今なら分かる気がする。

 キャンプファイヤーを囲んで、皆で思い思いに談笑して、時に歌って踊った後、理事長として鞠莉が口上を述べる。

「これで浦の星女学院、閉校祭を終わります。今日集まった人を見て、わたしは改めて思いました。この学校がどれだけ愛されていたか。どれだけこの街にとって、皆にとって、大切なものだったか」

 言葉を紡いでいく毎に、鞠莉の言葉が途切れ途切れで声もか細くなっていく。

「だからこの閉校祭は、わたしにとって何よりも幸せで……、わたしにとって何よりも温かくて………」

 この楽しい時間を締め括ろうとする鞠莉の言葉は、深く頭を下げた謝罪だった。

「ごめんなさい……、ごめんなさい………」

 嗚咽を交えながら、鞠莉は何度もその言葉を繰り返す。

「もう少し頑張れれば……、もう少し………」

 こんな弱々しい鞠莉を見るのは胸が痛かった。謝罪なんて要らないのに、彼女はどこまでも理事長として、学校を守る立場として振る舞おうとしている。こんな日くらい、最後まで楽しんでいいのに。そのための閉校祭だったのに。

 謝らなければならないのは、千歌も同じ。この学校を救う、なんて夢を視させ、散らせた責任は元はといえば言い出した自分にある。

 鞠莉のもとへ行こうとしたとき、後ろからむつの声が手拍子と共に聞こえた。

「アークーア! アークーア! アークーア!」

 むつに釣られてか、周りの生徒たちも同じように手拍子しながら「アークーア!」と繰り返す。その波は全生徒へと伝播していき、外苑から見守っていた保護者たちもAqoursコールに加わっていく。

 誰も、鞠莉やAqoursを責めるような眼差しなんて向けていなかった。温かく、労わりに満ちている。わたし達の代わりに頑張ってくれてありがとう。一緒に頑張れて嬉しかったよ。だから決勝も頑張って。

 わたし達の想いを、この学校の名前をステージに刻み込んできて。

 そう言われているように感じられた。これがわたし達の居場所なんだ、と思えた。

「皆、ありがとう!」

 鞠莉が大声で告げる。そう、最も言ってほしかったのはその言葉。共に走ってきた皆への感謝が、求めてやまなかったもの。

「じゃあlastに、皆で一緒に歌おう。最っ高に明るく、最っ高に楽しく、最っ高に声を出して!」

 キャンプファイヤーの積み木が崩れた。もう炎も小さくなっていて、もう長く燃えはしないだろう。後夜祭を締め括る歌は、制作はしたけど、どのステージでも歌う機会のなかった曲。

 『勇気はどこに? 君の胸に!』

 諦めかけた時にこの歌を口ずさんで、その度に奮い立たせてきた。絶対に諦めるもんか、と。最後まで足掻いてみせる、と。

 何度だって立ち上がって、前に進めばきっと今日とは違う明日が来ることを願って。

 何を信じたら良いのか分からない時もあったけど、今なら分かる。自分たちの裡にある想い。それを信じて走ればいい。

 この学校での明日は、いずれ来なくなる。でも自分たちの明日は続いていく。そこに向かっていくしかない。浦の星で培ってきたものを裡に仕舞って。

 歌いながら千歌は祈る。

 この皆の歌声が、これからも裡に響き続けますように、と。

 ここで皆で紡いだ物語が、これからも生き続けますように、と。

 

 






次章 光の海 / 今、戦う時
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