ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
――仮面ライダー
第1話
1
夕食後のお茶を楽しむ習慣は、翔一がいなくなった後も続いていた。いつも彼が淹れていたから、今となっては姉妹でのローテーションになっている。
「千歌、このお茶味おかしくない?」
湯呑を啜った美渡の文句に「ええ?」と顔をしかめながら、千歌も自分で淹れたお茶をひと口啜ってみる。不味くはないのだが、少しばかり渋い。
「ちゃんと教わったのになあ」
お湯の温度も茶葉の蒸らす時間も翔一と同じはずなのに、どうしても彼と同じ味が出せない。閉校祭の前日に作ったミカン鍋も、味は良かったのだが翔一が作ってくれたものとは程遠い。
「何だか私たちがホームシックみたいね」
志満が呟いたのはまさにその通りで、居間にいる全員で笑ってしまった。家から出て行ったのは翔一の方なのに、おかしな話だ。
「今頃、翔一君どうしてるかしら」
母が遠くを見ながら呟いた。「元気にしてるよ、翔一くんだもん」と千歌が即答すると、志満も同じように「そうね、翔一君だもの」と応じる。どこへ行っても周囲に笑顔を振り撒いている彼の姿が目に浮かぶ。
「そうだ」と美渡が、
「大会の日にさ、翔一の働いてる店行かない?」
「いえ」と母はかぶりを振る。
「翔一君が自立しようとしてるんだから、私たちも翔一君離れしないと」
母の言う事は、千歌も賛成だった。今すぐにでも会いに行きたいけど、まだ早い気がする。会えたとき、翔一に一緒に暮らしていた時のままの千歌でいたくはなかった。決勝は応援に行く、と約束してくれた彼には、ステージで輝いた千歌を、Aqoursを見て欲しい。
「わたし、菜園の手入れしてくる」
湯呑を置いて、裏口へと向かう。耕したばかりの畑は、種を撒いた大根がようやく芽を出した頃だった。ジョウロに水を注いで、優しく芽にかけて潤していく。
翔一からは多くのものを教わった。お茶の淹れ方や料理に掃除と。彼が最も熱心に教えてくれたのは、菜園の手入れだった。畑を耕すときは、土を優しくマッサージするように。農薬は使わず、肥料も無添加のものでなるべく自然そのままの姿で育てるように、と。
1番大事なことは愛情を持って育てること、と翔一は教えてくれた。今ならその言葉が理解できる。土からぴょこ、と顔を出した芽が、まるで我が子のように愛おしく感じられる。育てているのは大根だけだけど、これから季節が巡る毎に色々な野菜を植えてみよう。ちゃんと翔一がここにいた、という標として。彼がいつでも来られる場所として、残すために。
もうすぐ決勝の日。当日は怖くもあるけど、楽しみでもある。あのアキバドームのステージで、自分たちはどんな輝きを放てるのか。
輝きを視たとき、翔一はどんな顔をしてくれるのか。
夜空に浮かぶ月を見上げながら思った。
早く翔一くんに会いたいな――
客足のピークが過ぎて、ようやく休憩に入ることができた。休憩室でコーヒーを飲んでくつろいでいたところに、遅れて休憩を貰えた同僚が部屋に入ってくる。
「津上さん、お疲れ様です」
「ああ
「本当、忙しかったですよね」と笑い、可奈は持ってきたトレーに乗る皿を翔一の前に置いてくれる。
「賄いです。食べてください」
「ありがとうございます」
皿で湯気をくゆらせているのはリゾットだった。具はポルチーニ茸とチーズのシンプルなもので、「いただきます」とふたり揃って手を合わせ食べ始める。
出来たてで熱い米を舌で転がしながら、染み込んだ出汁とキノコの香りを堪能する。柔らかい舌触りに、ブラックペッパーが良い刺激をくれる。
「どうですか? 今日は私が当番だったんです」
「美味しいです。良い感じですよ。俺も負けられないな」
素直な感想を述べると、可奈は嬉しそうに笑った。歳の近い彼女とは店で働き始めた頃から自然と話をするようになった。料理人だった父に憧れてこの業界に入ったという彼女も熱心で、互いに料理研究を語り合う仲になっている。
「津上さんの方が凄いですよ。私なんてもう抜かれそうで」
「いやいや、可奈さんの方が凄いですよ。流石先輩だなあ、ていつも驚いてます」
互いに褒め合っていると、何だか背中がむずがゆい。こうした競い合う仲も良いな、と思った。調理師学校時代は、周りなんて目もくれず自分のやりたいように料理をしていたから。
「これ千歌ちゃんにも食べさせてあげたいなあ。今度レシピ教えてください」
「千歌ちゃん、て?」
「こっち来る前にお世話になってた家の娘さんなんです」
何故か可奈は身を乗り出し気味に訊いてきた。
「もしかして恋人ですか?」
翔一から女性関係の話が出た事に興味津々らしい。「いえいえ」と翔一は手を振りながら、
「妹みたいなもんです。スクールアイドル、てのやってて、今度こっちで決勝大会があるんですよ」
「それってもしかして、ラブライブですか?」
「可奈さんも知ってるんですか?」
「凄く有名ですよ」
人気がある、とは千歌から何度も聞かされてきたけど、こんな身近な人も知ってるコンテンツとは。何気なしに決勝大会のチケット抽選に申し込んで当選できたが、それが幸運だったと今更ながらに実感する。
可奈は得心がいったように、
「だから大会の日にお休み入れてたんですね。何て言うか意外だったんです。津上さんアイドルに興味あったんだ、て」
「他のグループとか、あんまり知らないですけど」
突然家を離れることになって高海家の面々に申し訳ないと思っていたが、最も気掛かりなのは千歌の事だった。毎日しっかり食事は摂っているか、栄養が偏っていないか。メッセージのやり取りで元気とは言っていたが、やはり離れると心配になってしまう。
だから、決勝の日が待ち遠しい。ずっと追いかけてきたステージで、彼女が立っているのを早く見たい。彼女の頑張りが、どんな形になるのか。
早く千歌ちゃんに会いたいな、と翔一は思った。
仕事が終わると、翔一はバイクで帰路についた。レストランで働く毎日は楽しいけど、不満があるとすれば仕事が終わる時間ではスーパーが閉店している事くらいか。24時間営業している店もあるけれど、深夜だと売れ残った傷み初めの食材ばかりが陳列されているからあまり好ましくない。
大会当日に、Aqoursの皆に差し入れでも作ろうかな、と考えていたとき、脳裏に戦慄が走る。帰路の道から逸れて、翔一は敵の気配へとバイクを走らせた。
また地のエルか。あの敵が現れてからテレビでニュースを見るようにはしているが、アンノウンらしき事件は起こっていない。連日報道を賑わせているのは、都内で自殺者が続出しているということ。何故かさそり座のン元ばかりが自殺していることが注目されているが、これもアンノウン絡みなのだろうか。
考えても仕方ない。翔一にできることは、敵が現れたら戦うだけ。沼津にいようと、東京にいようと変わりはない。
「変身!」
敵の気配に近付いたところで、翔一はアギトに変身した。宵闇のなか、路地の先で街灯に照らされた朧気な影が視える。明らか人じゃない。バイクの駆動を速めたところで、銃声が耳をついた。同時に進路上の石畳が捲れ上がり、咄嗟にバイクを停める。
地のエルが去って行った方向から、こちらへと違う影が歩いてくる。アンノウンじゃない。鋼鉄のような音を打ち鳴らしながら近付いてくるのは、青い鎧のG3-Xだった。
「氷川さん?」
確か、誠も都内に戻ったと聞いた。さっきの攻撃はG3-Xによるものなのか。いくら不器用な誠でも、照準を誤って翔一に向けるなんてことはしないだろう。
G3-Xはオレンジ色の目を翔一に向ける。ある程度にまで距離を近付けたところで足を止め、抱えていたガトリングの銃口を向けてきた。
「何ですか氷川さん、悪い冗談はやめてください」
「冗談ではありませんよ、津上さん」
その声は誠のものではなかった。誠よりも冷たく、淡々としたもの。
「アンノウンは無事逃走したようですね」
呟くと、G3-Xは武器を折り畳んで地面に置き、両の側頭部に手を掛けてマスクを脱ぐ。街灯に照らされ露になったその顔は――
「北條さん?」
見知った顔に敵意らしきものは感じず、翔一も変身を解いた。
「何ですか一体。何の真似です? アンノウンが無事逃走した、て」
「ええ。その言葉通りですよ」
北條は一片も硬い表情を崩すことなく告げる。
「G3ユニットの活動内容が少々変わりましてね。これからは、アンノウンを保護する事が我々の仕事です」
言っている事の意味が分からなかった。バイクから降りて、詰め寄りながら矢継ぎ早に尋ねる。
「何馬鹿なこと言ってるんです? 何だってアンノウンを守らなきゃならないんですか?」
「詳しい事はまだ言えません。だが、我々普通の人間には、アンノウンの存在が必要なのかもしれない。そういう見方もあるという事ですよ」
「そんな、滅茶苦茶じゃないですか」
ますます訳が分からない。アギトになる可能性を持った者に限られるとはいえ、人間を殺すアンノウンを守るなんて暴挙を警察は許したというのか。こんな事を、一緒に戦ってきた彼らが黙っているわけがない。
「氷川さんは……、小沢さんはどうしたんですか?」
翔一が尋ねても、北條は不敵な笑みを返すだけだった。
2
朝に出勤した誠は就業開始時刻と同時にG3ユニット会議への出席を命じられた。突然どうして、と疑問は沸いたが、それは共に会議室へ向かった小沢からの話で得心せざるを得なかった。
昨夜、1ヶ月以上もの間姿を見せなかったアンノウンが出現。それに対して警察が取った対処。説明してくれた小沢は怒り心頭で、鼻息を荒げながら会議室に入ると既に着席していた警備部長に詰め寄った。
「北條透と尾室隆弘がG3ユニットとして出動。アギトの動きを妨害したというのは本当ですか?」
あまりにも無礼な態度に警備部長は咎めることなく「その通りだ」と応じ、
「何か問題があるのかね?」
「それは――」と小沢が言いかけたとき、誠が声を被せた。
「自分も全く理解できません。何故アンノウンを庇うような真似を――」
言い切る前に、会議室の扉がノックされる。会議の始まる時刻と同時に「失礼します」と入って来たのは、ユニットの制服を身に纏った北條と尾室だった。小沢と揃ってふたりと睨みつける。北條はかねてからこうする予感はしていたが、まさか尾室までオペレーターとして出動していたとは。またユニットで働ければ、と語り合ったが、こんな形になるなんて。
でも、誠は尾室を非難する気になれなかった。部屋に入ってからというもの、尾室は沈んだ顔を俯かせてばかりで誠たちの方を向こうとしない。対称的に北條は、誠と小沢を認めると不敵に笑っている。
「分からないのかね?」
警備部長は言う。
「この世界がアギトと、アギトならざる者に分かれたらどうなるか。それこそ聖書の中のハルマゲドンを招きかねない」
新約聖書の最後に記された最終戦争。かつてない戦いが起こり、世界が終わるとされる。まさか現代に現れたアギトが、世界を滅ぼすほどの混沌をもたらすとでも言うのか。
「そんな馬鹿な」
アギトだって人間だ。彼らにだって意思があり他者への優しさがあることを、一緒に戦ってきた誠は知っている。いくらその力が未知数だからといって、彼らが人間の脅威だなんて何を根拠に言えるのか。
「美辞麗句はよそう。アギトはアンノウン以上に危険な存在と言える。我々が今、アギトを狩るような真似はできない。ならばアンノウンに任せればいい。我々も手を汚さずに済む」
何て極論、いや暴論だ。当然のごとく小沢は噛みつく。
「そんな! それでは我々G3ユニットが今までやってきたことは?」
「過去の事はどうでもいい」
警備部長は撥ねつけるように告げ、
「問題はこれからの事だ。小沢澄子管理官、氷川誠主任。両名には新しいポストを用意した」
「新しいポスト?」と小沢は眉を潜める。少なくとも、G3ユニットではなさそうだ。そこで静観していた補佐官が口を開く。
「氷川主任は元々静岡県警の人間だ。しばらく故郷に戻った事で、恋しくなった頃ではないかね?」
あくまで穏やかな口調だったが、誠は開いた口が塞がらなかった。
「静岡県警に帰れ、と………?」
G3装着員として地方警察から異動してきた誠がユニットから外されれば、もう本庁にいる意味はない。つまり、体の良い左遷。
警備部長は淡々と、
「小沢管理官については、君のためにG3ユニットの兵器開発部を新しく設立する」
「私はアンノウンを守るための武器を作るつもりはありません」
小沢は即答する。今までも似たような事に何度も見舞われたが、今度こそ覆ることはないな、と悟るほかなかった。市民を護るために在ったはずのユニットが、市民を見殺しにするユニットへと歪められていく。
誠は口出しができないよう遠方へ飛ばされ、小沢は上層部の目の届く場所で飼い殺しにされる。
ハルマゲドンを招きかねない、と警備部長は言っていた。今の警察がやろうとしていることは、そんな神聖さを帯びたものなんかじゃない。
これはアギトという人種に対するホロコーストだ。
3
朝の教室は、千歌以外には誰もいない。この日は土曜日で休みだから、待っていても生徒たちは登校してはこない。
無理を言って開けてもらった教室で、千歌は1枚の紙を眺めていた。すっかりくたびれた、東京スクールアイドルワールドの結果表。Aqoursとして初めて経験した大きな挫折。
順位に沿って羅列された名簿の中でAqoursは最後に記載されている。同じ行に記録された得票数は、あの日と同じゼロのまま。
ここまで来たんだな、と感慨を抱きしめる。1度はゼロに落とされて、そこからまた初めるために這い上がろうともがいてきた。
ゼロから1へ。
1から10へ。
10から100へ。
この学校の入学希望者を100人に到達させることは叶わなかったけど、自分たちは確実にあの頃からずっと進んでいるはず。この票が100になったかは、明日になれば分かる。
「忘れ物ない?」
その声と共に曜が教室に入ってきた。「大丈夫」と応えた千歌は一緒にAqoursを始めてくれた親友であり、仲間を見上げる。曜は結果表を一瞬だけ見やるが、敢えて触れなかった。
「素敵な閉校祭だったね」
「うん。だから、出来ることは全部やって挑まなきゃね」
アキバドームへは、生徒たちも総出で応援に来てくれるらしい。生徒だけじゃなく、保護者たちも。何でも母が十千万の送迎バスを特別に貸し出して会場に向かうらしい。
「そうだね」
梨子の声だった。
「この時のために、すっごく練習したんだもん」
そう、全ては明日のため。背中を押してくれる人たちがいる、護ってくれる人たちがいる、と実感できたから、想いを受け取ったから、練習に励むことができた。
「確かに、毎日朝早くから夜遅く、暗くなっても――」
「頑張ルビィしたから」
告げて入ってくるのは黒澤姉妹。あまり無理をしないように、と注意はしていたけど、中々ハードな練習量だったと思う。
「それでも、皆1度もサボらなかった」
そう言うのは、練習メニューを考案していた果南。彼女の基準に合わせた練習があまりにも重度だったから、皆で説得して緩くしたのは良い思い出。
「弱音は言ったけどね」
悪戯っぽく鞠莉が言う。いくら緩めたとはいえ決して楽ではなかったから、毎回誰かが必ず音を上げたものだ。それでも誰も怠けることなく続けてきたのは、この面々だったからだろう。
「とにかく朝は眠かったずら」
毎朝目を擦りながら登校していた花丸が善子と共に入る。
「ね、善子ちゃん」
「ヨハネ。流石我がリトルデーモン達。褒めて遣わす」
そういえば千歌も、殆ど毎朝翔一に起こしてもらっていた。寝ぼけたまま彼の作った朝食を食べて、タオルや着替えや弁当を詰めた鞄を受け取って登校していた。彼が家を出て行った後は、なるべく自力で起きられるよう努力したつもりだ。それでも何度か遅刻はしたけど。
全員が集まったところで、ゆっくりと見て回るように無人の校内を歩き、外へ出た。校門の前で足を止めて、校舎を見上げる。
集合場所を学校とすることに、誰も異議はなかった。この学校のスクールアイドルなのだから、出発点はここにしたい、と。自分たちを見守ってくれた居場所に、挨拶をしておきたい。良い知らせを手土産に戻ってきます、と誓って。
「行ってきます!」
全員でそう告げると、今度こそ振り返ることなく歩き出す。
やれることは、全てやった。足掻けるだけ足掻いた。
残るは全て、ステージで散らそう。