ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 弱かったり運が悪かったり何も知らないとしても、それは何もやらない事の言い訳にならない。
 僕の知ってる桜井さんが言ってた。

――仮面ライダー電王(でんおう) 野上(のがみ)良太郎(りょうたろう)




第3話

 

   1

 

 庁舎に戻って小沢と共に挨拶周りをしていた時に、沼津署の頃と同じ間の悪さで会いたくもない人物に遭遇してしまう。顔を会わせるのも今日で最後、と思っても、やはり北條透という人間に対する憎悪じみた感情は隠せない。

 今までも散々ユニット活動を妨害されてきたが、それでも彼の根底には同じ刑事としての矜持があるものと思っていた。それなのに裏切られたような気分だ。

 誠は何とか怒りを押し留めていたのだが、小沢はやはり彼の顔を見ては我慢ならなかったらしく、

「やってくれたわね、あなた。アンノウンを守るためにG3ユニットを乗っ取るなんて」

「それは違いますよ、小沢さん。これは私個人の意思ではない。私は人類全体の意思を代表しているだけです」

 世論の代弁者を気取るつもりか。アギトが言葉を持たない獣とは違うことは、北條だって知っているはず。自身がアギトと理解していない市民が犠牲になることを何故理解しようとしないのか。

「アギトの存在は世界を混乱に陥れる。これは間違いのないところだ」

 「違うわ」と小沢は断言する。

「アギトを怖れているのはあなた自身よ。あなたには無い力を持ったアギトを、あなた自身が怖れているのよ」

 北條の瞳が揺らぎを見せた。その揺らぎに誠は違和感を覚える。真に自分の意見が正しい、と信じるのなら、何故北條に限ってそんな反応をするのか。北條は小沢から視線を逸らし、

「いけませんか? 私はごくまともな人間です。私がアギトを怖れるなら、殆どの人がアギトを怖れるに決まっている」

「いいえ、私は人間を信じている。アギトは人間の可能性そのものよ。アギトを否定するなら、人間に未来は無いわ」

 人間の可能性そのもの、と誠は裡で反芻する。翔一のような金色の輝きを放つあの姿が、人間の往きつく果てなのだろうか。まだ人間に進化の余地があるのだとしたら、アギトとはその象徴になるのか。

「人間は、あなたが言うほど賢くはない。アギトの存在は、多分人類にとっては早すぎるのです。私は正しい。正しいのです」

 正しい、という北條の言葉が、とても彼の本心には聞こえなかった。きっと北條は、根底ではアギトの存在を認めている。同時に、出現することで新しい時代へ変遷していく混乱を招くことも危惧している。ならば、アンノウンを保護したところでアギトの出現に歯止めをかける事ができないのも理解しているはずだ。

 小沢の言う通り、アギトを否定するのは人間の可能性を否定するのと同義だ。変わることを怖れて、自分で自分の可能性を潰す生命に先の未来などない。

 

 

   2

 

 手配した宿は、以前宿泊した日と同じ旅館にした。もっと会場に近いホテルは多くあったけど、十千万と同じ和室のあるこの宿のほうが千歌にとっては落ち着く。

「おお! このお饅頭は――」

 客室に置いてあった茶菓子をひとつ摘まんで花丸が興奮している。前に何箱も買っていた東京名物と感動の再会を果たしたのだが、それをつゆ知らずひょい、と隣に座っていた鞠莉に食べられてしまう。

 前も似たような光景を見た気がする。

「何かまた、修学旅行みたいで楽しいね」

 同じことを思っていたのか、曜がそう言った。

「くっくっく……、これこそ運命(デスティニー)!」

 これもまたあの日と同じで、善子がテーブルの上で堕天使ポーズを決めている。

「はしたないですわよ!」

 あの日は梨子だったが、今日はダイヤが窘める役目だった。渋々と善子はテーブルから降りて、大人しく正座する。

「確か、前にここでライブに参加したときも、こんな感じだったよね」

 懐かしさを抱きしめるように梨子が言った。あの日は本当に修学旅行気分だったと思う。初めてのイベントが楽しみで、でも失敗できない、て怖くもあって。どこか現実味がなくて浮足立っていた。

「うん。注目されて、いけるんじゃないか、て思って。でも実際は………」

 ゼロを突き付けられたあの日の落胆は、今でも鮮明に思い出せる。自分たちは憧れのグループと同じ道は辿れない、と初めて突き付けられた現実。

「何今から弱気になってんの?」

 善子が呆れたように言った。彼女のように気持ちを切り替えられたら、どんなに良いことだろう。

「練習する?」

 曜の提案に、誰も賛成の意を示さず沈黙する。「大丈夫」と鞠莉がその沈黙を破った。続けてダイヤと果南も、

「信じましょう。今までやってきたことを」

「少なくとも、わたしはどこにも負けない、て思ってるよ」

 練習はもう、十分すぎるほどやってきた。9人中9人全員が納得のいくまで、これ以上のものはない、と思えるまで何度も。

 そうしてきた根底を、千歌は口にする。

「わたし達、ラブライブに優勝して、浦の星の名を残して………それで良いんだよね」

 ここに来て、疑問になってしまう。本当にこれが、わたし達にできる最善なのか。学校が存在したという証を刻むことが、最後に残った唯一の選択肢で、学校を救うことになるのか。

「それで………」

 聖良から向けられた問いが、脳裏に繰り返される。誰のためのラブライブなのか。

 応援してくれた学校の皆のため。

 見守ってくれていた街の皆のため。

 Aqoursを護ってくれた皆のため。

 再び沈黙が漂う。皆も迷っているのだろうか。自分たちが、本当は何のためにここまで頑張ってきたのか。何を理由にしてきたのか。

 不意に曜が立ち上がった。押入れの襖を開ける彼女に「曜ちゃん?」と呼びかけたところで、千歌の顔面に柔らかい枕が投げつけられる。痛くはないけど、不意打ちだったから思わず仰け反ってしまった。

「何してるの⁉」

 と梨子が言った直後、果南と鞠莉の顔面にも枕が投げられる。「どうだ!」と得意げに笑う曜だったが、反撃に鞠莉の投げた枕を顔面に受けて倒れてしまう。

「良いデスねえ。イタリアに行ったらこんなことできなくなるからね」

 そう言って、鞠莉は追撃の枕を今度はルビィへ投げつける。寸でのところで妹を庇ったダイヤが枕を受け止め、

「うちの妹に何をしてくれてますの。それに明日はラブライブの決勝――」

 言い切る前に、ダイヤの横顔に枕が直撃した。果南が投げたものだ。

「ダイヤもしばらくの間に随分体がなまったんじゃないの?」

 果南からの挑発を真に受けて「あーなーたーたーちいいいい!」とダイヤの怒りが声になって増していく。

「わたくしを本気にさせましたわね!」

「そうこなくっちゃ!」

「Shiny!」

 瞬く間に3年生たちの枕投げ合戦が始まった。上級生たちの変貌ぶりに1年生たちが部屋の隅に避難して抱き合っている。

「一体、どうしたのこの3人は………?」

 善子の疑問に、怯えながらルビィが答えてくれる。

「昔、誰が1番枕投げが強いか喧嘩になってそれ以来――」

「子供ね……」

「善子ちゃんに言われたくないずら」

 「ヨハ――」と訂正しようとした善子の顔面に流れ弾が飛んでくる。

「やったわねえ!」

 と自身も童心に帰った善子も合戦に加わった。部屋中を飛び交う枕を俯瞰して見ると、まだまだ皆子供なんだな、と笑ってしまう。旅館から苦情が来たらどうしよう、と心配になったが、この際どうにでもなれ、と思った。

「千歌ちゃん、元気出た?」

 枕の間を縫ってきた曜が訊いてくる。

「本番前なのにこんなことしてる、て良いと思わない? いつものわたし達、ぽくって」

 飛んできた枕を受け止めて、投げ返してやる。受け止めた鞠莉にすかさず反撃され、千歌もまた合戦に加わっていく。

 もう、不安なんて消えていた。純粋にいまこの瞬間が、楽しくてたまらなかった。

 

 枕投げが終息――というより一時休戦して、千歌たち2年生は旅館の近くにある公園で熱くなった体を夜の空気で冷やしていた。

「えらい目に遭った……」

 なんて開戦させた当人に「曜ちゃんが悪いんだよ」と言ってやる。ひゅう、と冷たい風が吹いた。それを目いっぱい吸いながら、曜が言う。

「春とはいえ、まだまだ冷えるね」

 夜は寒いけど、昼間はもう春と言っても差し支えないほど暖かい。季節は巡っていく。何をしても、何もしなくても。

 樹に背を預けている梨子を見やると、物憂げに目蓋を垂れている。

「行きたかった?」

「え?」

「音ノ木坂」

 千歌に続いて曜も「そうなの?」と訊くと、梨子は「ちょっぴりね」と微笑する。

「今だから確かめたいことや、気持ちもあるんだけどね」

 どうせなら音ノ木坂に行こうか、と新幹線で話していたのだが、梨子は大丈夫、と断っていた。もう未練はない、と思っていたけど、やっぱり梨子にとってはあの学校はかつての居場所だったということ。

「じゃあ明日、やっぱり寄っていこ」

「ううん、いいの。本番でしょ」

 と梨子は即答する。「でも、梨子ちゃんは――」と曜が言いかける。ここで説得しようとしても、梨子は首を縦に振ることはないだろうな、と千歌は悟っていた。だから別の提案をする。

「じゃあ明日は会場集合にして、皆自由行動にしない? 皆それぞれ自由。行きたい所に行く」

 集合時刻は午後だし、宿をチェックアウトした後もまだ時間に余裕がある。「それ、良いと思う」と曜は言ってくれた。反対に「でも……」と梨子は不安げな顔をする。

「本番前、ひとりになって自分を見つめ直す。わたしも、そうしたいの」

 千歌にも、確かめたい気持ちがある。

 そこでようやく、梨子は頷いた。

「うん、分かった」

 

 

   3

 

 いつものように6時に起床した翔一は、身支度をすると教えられたホテルへとバイクを走らせた。大会が始まるまで十分すぎるほど時間があるけど、ラブライブ決勝となれば会場入口は混雑するだろうから早めに、ということで。

 ビル群の一画にあるホテルのエントランスで待ち合わせなのだが、鹿角姉妹はどこにもいなかった。もしかして寝坊してたりして、と千歌を毎朝起こしていた内浦での日々を思い出しながら、スマートフォンで電話を掛けてみる。すぐに応答があったが、返ってきたのは聖良ではなく理亜の声だった。

『津上さん? すぐに来て! 姉様が……姉様が――』

「え、どうしたの? 部屋はどこ?」

『姉様――』

 理亜も酷く動転しているのが声色からすぐ理解できた。聞き出せた番号の部屋へと走り、ノックするとすぐにドアは開き理亜が顔を出した。

「理亜ちゃん、聖良ちゃんは?」

「こっち」

 促されて、ベッドがふたつ設置されただけの簡素な部屋に入る。片方のベッドの上で、聖良は腹を手で押さえつけながら息をあえがせていた。制服を着ているあたり、いつでも出てこられるようにはしていたのだろう。

「聖良ちゃん! どうしたの?」

 食中毒でも起こしたのか、と思った。聖良は話すことも辛いのか、粗い呼吸を繰り返すばかり。腹を押さえていた聖良の指間から光が漏れた。同時に、彼女から胎動に似た呻きを感じ取る。

 この光――

 まさか、と思い翔一は苦悶する聖良の顔を凝視する。彼女の両眼が赤く充血し、額から金色の角が伸びていく。

「せ、聖良ちゃん……!」

 額の角が引っ込んだ。目も元の色に戻って、腹の光も徐々に弱まって消えていく。驚愕のあまり、翔一は聖良から離れていた。

 聖良の中にある胎動が消えた。僅かに持ち上げていた頭を力なく垂れ、聖良は瞳を閉じる。「聖良ちゃん!」と肩を揺さぶるが、反応がなかった。

「姉様は? 姉様はどうなったの?」

 理亜に激しく揺さぶられるが、どう答えたら良いのか分からない。吐息を感じられるから、生きてはいるようだが。でも果たして、彼女がこの力に耐えられるかどうか。

 まさか、聖良がアギトだったなんて。

 

 

   3

 

 在籍していた頃、担任だった教員は梨子の訪問を歓迎してくれて、音楽室の鍵を貸してくれた。殆どピアノ漬けの毎日だった梨子にとって、正直なところ音ノ木坂学院での思い出は音楽室にしかない。それも、ただ鍵盤と向き合っていただけの。

 鍵盤の蓋を開いてみると、当時と同じように埃ひとつない。ひとつ指で弾いてみると、澄んだ音色が響く。調律も定期的に行われているらしい。

 ほぼ自分の物のように、毎日弾いていたピアノ。周囲からの期待に応えようとして、でも思うようにいかない鬱憤を晴らすよう乱暴に弾いたこともあった。椅子に座って、鍵盤に向かい合う。あの頃のような懊悩はなかった。

 優しく指を添えて、梨子は曲を奏でる。沼津で過ごした時間の中で作った『想いよひとつになれ』を。すらすら、とメロディーを軽やかに紡いでくことができた。これは他の誰でもない、わたしだけが作った音の連なり。わたしが、Aqoursだという根拠。

 ピアノを弾きながら、梨子は音ノ木坂を去ったことを追憶した。転居の真相は、父から聞いている。千歌の父、高海伸幸と梨子の父は超能力の研究仲間だった。幼い頃から梨子の力の片鱗に気付いていた父は、あの事件を契機として梨子を東京から遠ざけるため、千歌の母の手引きで沼津への転居を決めた。

 つまり、千歌の父が命を落とさなければ、梨子が千歌や、Aqoursの皆と出会うことはなかったということ。事件が起こらなければ翔一は今でも姉と一緒に暮らせていた。千歌も父を喪った悲しみを背負うこともなかった。そして梨子も、ずっと音ノ木坂でピアノと向き合う日々を過ごしていた。

 全てはアギトという因果によってもたらされたものなのかもしれない。全てを話してくれた後、父は赦してほしい、と謝罪した。でも梨子は、父を恨むつもりなんてない。悲しい事件の結果ではあるけど、その分得られたものもたくさんあったのだから。

 少しでも運命が違っていたら、きっとあの出会いや、この音は生まれなかった。きらきらと光る海のある街でなければ、あの輝きを求めてやまない人と出会うことはなく、梨子の本当の望みに気付くこともなかったのだから。

 他の皆はどうしているかな、とふと思う。何となく予想はついた。きっとそれぞれ、思い思いの場所で、昨夜の答えを探しているのだろう。

 

 大都会でも、花丸の落ち着ける場所はやはり本が多く並んでいるところだった。適当に入った本屋で陳列の豊富さに感嘆して、手頃な文庫本を取って備えられたソファでページを捲る。

 いくら文章を目で追っても、あまり内容が頭に入ってこなかった。本番前の緊張じゃなく、昨夜の千歌の問いが、未だに脳裏にある。

「花丸ちゃんは、勝ちたい? ラブライブ、勝ちたい?」

 昨夜、千歌はそう訊いてきた。思えば、あんな問いを真正面から向けられたのは初めてだった。当然、勝ちたい。けど、千歌の欲しい答えはそのひと言じゃない、と分かった。

「マルはずっと、ルビィちゃんとふたりで図書室で本を読んでるだけで幸せだったけど、千歌ちゃん達のお陰で外の世界に出られて、皆と一緒なら色んなことができる、て知ることができた」

 本来なら、花丸の物語は図書室で完結してしまう狭い世界だった。花丸の他にいる登場人物はルビィだけ。その親友も、憧れのスクールアイドルになれば花丸の物語から退場するはずだった。納得していたけれど、花丸も心のどこかでは願っていた。読んできた物語と同じような世界があるのなら、行ってみたいな、と。

 所詮はフィクションだ。まやかしだ。仮にそんなものが存在したとしても、ただ物語を消費していくだけの花丸が紡げるものなんて何もない。そんな諦観から引っ張り上げてくれたのは、千歌だった。

「だから、勝ちたいずら。それが今、1番楽しいずら」

 飛び込んだ世界はとても厳しかったけど、知らない事ばかりで楽しい日々だった。誰かと一緒に何かをやり遂げることの素晴らしさは、他人の物語を読むだけでは決して知ることはできなかった。

「千歌ちゃん、マルをスクールアイドルに誘ってくれて、ありがとう」

 だから、花丸はラブライブに勝ちたい。この物語を、ハッピーエンドで締め括りたい。

 

 秋葉原にあるスクールアイドルショップは、ラブライブ決勝前ということもあって盛況している。普段なら子供のようにはしゃいで掘り出し物を探すはずだけど、ルビィは陳列された商品をぼんやりと眺めながら、千歌からの「勝ちたい?」という問いを思い出していた。

「ルビィは、ひとりじゃ何もできなかったのに、スクールアイドルになれてる。それだけでも嬉しい」

 ずっと憧れていた衣装を着て、ステージで歌える。それも一緒に憧れていた姉と一緒に。それだけでルビィの願いは叶っていた。

「勿論、お姉ちゃんたちの最後の大会だし、勝ちたい、て思ってるけど」

 姉と最後に、最高のステージにしたいと思っている。でも今は、姉だけじゃない。ルビィを憧れの世界に連れて行ってくれた人々と一緒に、同じステージに立てることが誇らしい。

 憧れていた世界は想像よりも、ずっときらきらしていた。次はどんな曲になるんだろう、次はどんな衣装を作ろう、と毎日が楽しみだった。怖い事もあったけど、やっぱりスクールアイドルは楽しい。一緒に頑張れる人がいて、競い合える人もいる。

「今は、大好きな皆と歌えることが、1番嬉しい」

 

 ぼんやりと橋の欄干にもたれながら、善子は東京の街を眺めていた。騒がしい街ね、と嘆息する。これだけ人が多いと、自分と同じ自称堕天使も結構いるのだろうか。もしかして、リトルデーモンも沢山いるかも。

「え、あんた馬鹿なの? そんなの勝ちたいに決まってるでしょ」

 千歌からの問いに、善子は思わずそう返していた。今更になって、あのリーダーは何を迷っているのだろう。大体、この世界に誘ったのは彼女だというのに。

「世界中のリトルデーモン達に、わたしの力を知らしめるためによ。ラブライブで勝利を手にするには、我が力は不可欠」

 そう言ったけど、もう少し素直になっても良かったかな、と思った。千歌には、感謝しかない。ずっと白い目で見られ、自分でもおかしい、と気付き始めていた感性を、彼女は肯定してくれた。

 善子ちゃんは善子ちゃんのまま変わればいい。あの時千歌からの言葉で、どれだけ救われたことだろう。

「ま、仕方ない。もう少しAqoursとして堕天してやってもいいぞ」

 Aqoursのひとりでいる間は、この堕天使ヨハネは続ける。抑えつけようとしていた自分を、存分に大声で叫ぶことができる、唯一と言っていい居場所なのだから。

 

「勝ちたいか、て?」

 千歌から向けられた問い。勝つ、という言葉の持つ重みを、鞠莉は常々から感じていた。

「理事長としてのわたしは全校生徒のために、勝たなければならないと思ってるよ。あんなにも愛されてる学校のためにも」

 学校を存続させる務めを果たすことはできなかった。だから、最後に残された優勝という道以外に、皆への恩に報いる方法は見つからない。決勝に出れただけで満足、で終わらせてはならない、といつも思っていた。

「でも、少しだけ我儘を言うと、わたしはAqoursとして勝ちたい」

 鞠莉にとって、Aqoursは学校存続のためのグループであること以上に、沼津で過ごした宝物だった。果南とダイヤと一緒に始めて、1度は離れてしまって、それでも再び一緒になれた。今度は千歌たち6人も加わった。

 千歌ならやってくれるんじゃないか。初めて彼女を見た時の直感は、やはり信じてよかったと思う。こんな小さな、自分たちのような力もないのに、一生懸命に突き進もうとして。

 力があるとか無いとか、関係ない。この子だからやってこられたんだ、と確信できる。

「9人でこんな事できるなんて、なかなか無いよ」

 だから鞠莉は、理事長としてではなく、浦の星女学院スクールアイドルとしてステージに立ちたい。一緒にいた親友のために、再びステージに戻してくれた後輩たちのために。

 歌声を、とうとう聴いてもらう事が叶わなかった、薫のもとへと届かせるために。

 回想から意識を戻し、鞠莉は眼前に広がる都心を眺める。今なら、この世界の全てが輝いているように視えた。

 

 本番を前に、ダイヤは儀礼として改めて神田明神で手を合わせていた。昨日にお参りを済ませたが、千歌の問いで気付かされたことで、改めてもう1度、と思った。

「勿論、勝ちたいですわ」

 それがダイヤの答え。スクールアイドルであるならば、勝利を求めるのは当然のこと。

「浦の星全校生徒の想いを背負ってきましたから、勝ってみせますわ」

 スクールアイドルとは、学校に所属するアイドル。自分の学び舎にいる人々の想いを全て受け止めステージに立つ。辛さなんておくびにも出さず、笑顔を会場に振り撒くその姿にダイヤは幼い頃から憧れてきた。

「それと、Aqoursの黒澤ダイヤとして、誠心誠意歌いたい」

 今はもう、憧れた地に立つ側だ。かつて自身の目を輝かせてくれた笑顔と歌を、今度は自分が振り撒く番。

 あの勧誘をしていた日に千歌を見つけたとき、何て無知なんだろう、と憤っていた。まさか憧れのグループの名前を間違えるだなんて。同時に、分不相応な憧れを抱く彼女を不憫にも思っていた。まるで、以前の自分を視ているようで。

 でも、千歌は自分たちとは違った。挫折を味わっても這い上がった。自分にない力を、彼女は持っていたのだから。

「どこであろうと、心を込めて歌を届けるのがスクールアイドルとしての、わたくしの誇りですわ」

 

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