ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
理事長室に千歌たち3人が呼ばれたのは始業前だった。新任の理事長から話があるとのことでおそるおそる訪れたのだが、デスクと応接用のソファが備え付けられた部屋で待っていたのは今朝方に会ったブロンドの少女だけで、理事長らしき人物はまだ来ていないようだった。
「あの、理事長は?」
千歌が訊くとブロンドの少女は得意げに胸に手を添え、
「このわたし、
え、と首を傾げながら「新理事長?」と千歌は反芻する。鞠莉は「Yes!」と揚々と応じる。一挙一動が大きいから、動く度にセミロングの金髪が揺れる。
「でもあまり気にせず、気軽にMarieって呼んでほしいの」
「でも――」と曜が言いかけるが「紅茶、飲みたい?」と鞠莉が訊いてくる。顔立ちは日本人離れした白人系だが、日本語が通じないわけではないだろう。現に本人が日本語を流暢に話している。
「あの、新理事長――」
「Marieだよ」
どうやらその呼び方に拘りがあるようで、鞠莉は千歌に詰め寄る。このフランクさは外国人特有のコミュニケーションなのか、まず相手の文化に歩み寄るべく千歌は「ま、マリー……」と巻き舌で発音する。すると鞠莉は満足そうに笑った。ようやく話が進められそうだ。
「その制服は?」
「どこか変かな? 3年生のリボン、ちゃんと用意したつもりだけど」
鞠莉の緑色のリボンは3年生の色だし、日本人よりも成長の早い大人びた肢体を包む制服も似合っていないわけじゃない。ただ制服について訊きたいのはそこじゃないということ。
「理事長ですよね?」
「しかーし、この学校の3年生、生徒兼理事長。curry牛丼みたいなものね!」
「例えがよく分からない――」と呟く梨子に「分からないの?」と素早く鞠莉は詰め寄る。千歌もカレー牛丼とは何ぞや、という疑問が沸いているのだが、それを口にしたところで話は進まず泥沼に停滞するだけ。
「分からないに決まってます」
停滞を破らんと、隣の生徒会室に通じるドアからダイヤが入ってくる。会話が聞こえていたらしい。壁が薄いのか、それとも鞠莉の声が大きいからなのか。ダイヤの姿を認識した鞠莉は飛びつかんとばかりに抱き着いた。
「Wow! ダイヤ久しぶり。随分大きくなって」
まるでお姉さんのように頭を撫でる鞠莉にダイヤは「触らないで頂けます?」と冷たく言い放つ。鞠莉は気を悪くした様子は見せず、ダイヤの胸を掴み感触を確かめ、
「胸は相変わらずねえ」
「やかましい!」
怒号を飛ばされたことでようやく鞠莉は離れた。ダイヤは「……ですわ」と平静を取り繕い、それに対し鞠莉は「It`s joke」と軽口を返す。ダイヤは目を背けた。これ以上鞠莉のペースに乗せられてたまるか、と千歌には見えた。
「全く、1年のときにいなくなったと思ったら、こんなときに戻ってくるなんて。一体どういうつもりですの?」
ちらりとダイヤは視線をくべるが既にその先に鞠莉はおらず、窓際に移り勢いよくカーテンを開け放ち射し込む日光を燦々と浴びる。
「Shiny!」
見れば見るほど鞠莉の掴みどころがなくなっていく。言動がどれも突拍子がなく、まだそう時間は経っていないはずなのに千歌は疲労を感じ始める。鞠莉と知り合いらしいダイヤも同じようで、彼女のリボンを掴み無理矢理引き寄せる。
「人の話を聞かない癖は相変わらずのようですわね」
「It's joke」
「とにかく」とダイヤはリボンから手を放し、
「高校生3年生が理事長なんて、冗談にもほどがありますわ」
「そっちはjokeじゃないけどね」
すると鞠莉はポケットから出した三つ折りの紙を広げてこちらに見せる。「は?」と呆けた声を漏らしてダイヤが凝視するその紙を千歌も覗き込む。その紙は任命状だった。
浦の星女学院三年 小原鞠莉 殿
貴殿を浦の星女学院の理事長に任命します
浦の星女学院
「わたしのhome、小原家のこの学校への寄付は、相当な額なの」
法人用の角印が押された任命状は、どうやら偽装ではなく本物らしい。つまりこの小原鞠莉は浦の星女学院の3年生として籍を置きながら、同時に理事長として経営に携わるということを、学校側から承認されている。
「嘘――」という千歌の声にダイヤが「そんな、何で……!」と重ねる。「実は――」と先ほどとは打って変わって落ち着いた口調の鞠莉は千歌たちへと歩み寄り。
「この浦の星にSchool Idolが誕生したという噂を聞いてね」
「まさか、それで?」
「そう。ダイヤに邪魔されちゃ可哀想なので、応援しに来たのです」
「本当ですか⁉」と千歌は興奮気味に言った。理事長の件はまだ半信半疑だが、学校からの支援を受けられるかもしれない。部としての承認も得られそうだ。
「Yes! このMarieが来たからには、心配いりません」
すると鞠莉は手帳サイズのノートPCを開き、
「デビューライブはアキバdomeを用意してみたわ」
曜と梨子が千歌を挟む形でPCの液晶を見る。画面にはペンライトが煌めくドーム会場の様子が映っている。これは確か、初めてドームが会場として使用された第3回ラブライブ決勝戦の映像だ。「そ、そんないきなり……」と困惑する梨子をよそに、千歌は感激の声をあげる。
「き……、奇跡だよ!」
「It's joke!」
と鞠莉はノートPCを閉じた。感動が一気に引いて、千歌は冷たい眼差しを鞠莉へ向ける。
「ジョークのためにわざわざそんなもの用意しないでください………」
小原は淡島のホテルオハラ以外にも世界中に多くのホテルをチェーン展開している。財産も相当なものと、内浦では有名な家柄だ。そこの令嬢となればアキバドームを押さえることも可能、と期待した自分はどれほどおめでたいのだろうか。
人を食った鞠莉は不敵に笑う。正直、千歌には不安しかなかった。
「実際には……」
今度はどんな突拍子のないことに付き合わされるのだろう。そう千歌は身構えていたのだが、鞠莉が会場として千歌たちを案内したのは会場としてはありきたりな、ある意味で「スクールアイドル」らしい学校の体育館だった。体育の授業や部活動以外にも、全校集会や式典にも使用される場所。だから当然、ステージもある。
「ここで?」
始業前の誰もいない体育館を見渡しながら曜が訊くと、鞠莉は「はい」と応じ、
「ここを満員にできたら、人数に関わらず部として承認してあげますよ」
「本当⁉」と千歌は訊いた。つまりはライブができる。ライブを多くの観客に観てもらって、スクールアイドルの魅力を知ってもらえるチャンスだ。「部費も使えるしね」という鞠莉の言葉通り、学校から活動資金も援助してくれる。
梨子が冷静に問いを投げる。
「でも、満員にできなければ?」
「そのときは、解散してもらうほかありません」
「ええ、そんなあ」と千歌は肩を落とす。認めてもらえないばかりか解散して活動するな、なんて酷すぎる。
「嫌なら断ってもらっても結構ですけど」
挑発的に笑う鞠莉は「どうします?」と訊いてくる。「どうって……」と梨子は助け船を求めるような眼差しを千歌へ向ける。
「結構広いよねここ。やめとく?」
「やるしかないよ!」
曜の問いとして向けた言葉に、千歌は即答した。
「他に手があるわけじゃないんだし」
「そうだね」と曜は応じた。ピンチでもあるがチャンスでもある。こんなことで怖気づいて、μ’sのようなスクールアイドルになれるはずがない。満員にすればいい。観客が楽しめる歌とダンスを魅せればいい。条件はそれだけ。
「OK、行うということでいいのね」
そう言って鞠莉は体育館から出ていく。彼女の背中が見えなくなったところで「待って」と梨子が、
「この学校の生徒って、全部で何人?」
「ええと――」と曜が指を数え、数舜を置いて「あ!」と。全く容量を得ない千歌は「なになに?」と訊いた。答えたのは梨子だった。
「分からない? 全校生徒、全員来ても………。ここは満員にならない」
そう遠くない過去である入学式の様子を千歌は思い出す。在校生である2、3年生と新入生と教員。それと外部からの来賓。総勢100人は越えていたであろう人数を抱えても、この体育館はがらんとした様子だった。浦の星女学院はあまり生徒が多くない。昔はそれなりに生徒もいたそうだが、今は教室にも空きが生じている有様だ。
「嘘……」
遅れて理解すると同時に、現実から逃避したい衝動に駆られる。
「まさか、鞠莉さんそれ分かってて………」
曜はそれ以上のことを言わなかった。初めから無謀な条件を突き付けられていた。言葉としてはっきりと口に出してしまえば、未だ朧気でいられる絶望もはっきりと実体を得てしまうような気がする。始める前から絶望するのは早計だ。でも、希望が見えているわけでもなかった。
2
被害者の名前は
PCに映し出される被害者のプロファイルからは、何の血生臭さも感じられない。無機質なフォントは、本庁の捜査一課が特定した被害者の情報を綴ることで「生きた」感触をごっそりと抜き取っている。被害者の血に濡れていた現場の状況が事細かに記録されているにも関わらず、文字だけというのは現実味が削がれてしまう。沼津署のオフィスに漂うのは、コンクリートや樹脂に塗られた補強用塗装の臭いだ。血の臭いなんて嗅ぎ取れない。
今回の事件は東京で発生した。沼津に滞在中の身でありながらも本庁所属である誠のPCにも、一応事件の内容が送信されている。もっとも、今は沼津を離れるわけにいかないから、捜査に参加することはできないが。
被害者の死因は転落死。空から被害者が落下してきたという、目撃者たち数人の証言は一致している。通常なら事故もしくは自殺として処理される。事件として捜査が進められている理由は、落ちてきた建造物が特定できていないから。現場である公園の周辺には高層ビルが立ち並んでいるのだが、どれも公園とは距離があってどこのビルから落ちても公園まで到達するとは考えられない。つまりは「有り得ない」はずの転落。
「また不可能犯罪。アンノウンの仕業ですか」
その声に振り返ると、オフィスに北條が入ってくる。本庁から派遣された捜査員のために設置されたオフィスには誠と北條のふたりしかいない。他の捜査員たちも出勤しているはずだが、沼津署の人間から向けられる排他的な視線に耐えかねて「捜査」として出払っているのだろう。誠も、本庁から送られる事件の概要に目を通す以外は、基本的にGトレーラーに出向く。北條も目的は誠と同じようで、自分のデスクにつくとPCを立ち上げる。他に人がいないから、PCの起動音がよく聞こえた。
「被害者の遺族ひとりひとりに護衛を付けるべきです」
本庁でアンノウンの存在が認識されているかは判然としない。恐らく、あの上層部たちは重い腰を動かさないだろう。まだ下位階級の誠が進言したところで聞き入れてくれる確証もない。だがエリートと将来を期待されている北條なら、少なくとも誠よりは影響力があるはず。そう期待して述べたのだが、北條は「護衛ですか」と溜め息をついて、
「それもいいが、問題はどうアンノウンと戦うかでしょう。唯一の頼みの綱であるG3の装着員があまりにも頼りない」
反論の言葉が見つからない。アンノウンと戦うために改修されたG3でも、誠は2体を相手に危うくまたG3を破壊されてしまうところだった。何とか1体を撃破できたものの、それはアギトが乱入してきたから。
北條は続ける。
「報告書、読ませてもらいましたよ。この間の戦いのときも、アギトなる謎の存在に助けられたそうですね。氷川さん。とにかく私としては、上層部に訴えるつもりでいます。勿論、G3の装着員としてあなたが本当に相応しいかどうか、もう一度検討してもらうように」
3
「どうしよう………」
帰りのバスのなかで、千歌は窓にもたれかかりぼやく。窓ガラスには表情を不安で満たした自分の顔が映っていて、どうすればいい、という問いすらも反射しているようだ。
「でも、鞠莉さんの言うことも分かる。これくらいできなきゃ、この先もう駄目ということでしょ」
後ろの席で曜と並んで座る梨子が言った。
「やっと曲ができたばかりだよ。ダンスもまだまだだし」
そんな状況でライブを満員にしろ、だなんて目標が高すぎる。まだ自分たちは始めたばかりなのに。そう続けようとしたところで、「じゃ、諦める?」と曜が口を挟む。
「諦めない!」
千歌は即答した。条件反射のように。「何でそんな言い方するの?」と梨子が声を潜めて訊くと、曜はどこか嬉しそうに答えた。
「こう言ってあげたほうが、千歌ちゃん燃えるから」
ライブの勧誘に知り合いに全員に声を掛けようにも、高校生の交友関係なんて大概が校内に収まってしまう。別の高校に進学した友人を誘いそこからネズミ算式に交友の範囲を広げていこうにも、やはり現実的じゃない。
そこで千歌は身内に助けを求めることを思いついた。仕事から帰宅して居間でテレビを見ている次姉に、好物のプリンを差し出して。
「お願い! いるでしょ従業員」
「そりゃいることはいるよ」と美渡はぶっきらぼうに答えながらプリンを受け取る。
「何人くらい?」
「本社も入れると200人くらい」
「200人……」と千歌はその数字を反芻する。全員は無理でも、全校生徒約100人と合わせれば体育館を満員にできそうだった。
「あのね、わたし達来月の始めにスクールアイドルとしてライブを行うことにしたんだよね」
「スクールアイドル? あんたが?」と美渡は笑った。普段ならここから口喧嘩が始まるところだが、今は下手に出なければ。
「お姉ちゃんにも来てほしいな、って思って」
普段の「美渡姉」と生意気な呼称は控え、「お姉ちゃん」と最大の敬意を込めて千歌は両手を合わせる。
「会社の人200人ほど誘って………」
返答を待つが、美渡は無言のままプリンを食べている。妹の頼みよりもプリンの味のほうに意識が向いているようで、じれったくなった千歌はプリンを口に運び続ける次姉に口調を荒げる。
「満員にしないと学校の公認が貰えないの。だからお願い!」
美渡は空になったプリンのプラスチック容器をテーブルに置いた。ようやく答えると思ったら、美渡は無言のままテーブルの隅に置かれているマジックペンに手を伸ばした。
バカチカ
手鏡に映る額に大きく書かれた文字を千歌は凝視する。この「バカチカ」が美渡の答えだった。幼い頃から姉妹喧嘩のときに決まって吐かれた姉からの暴言。
「おかしい。完璧な作戦のはずだったのに」
自室の机にうなだれながら、千歌はウェットティッシュで額を擦った。
「お姉さんの気持ちも分かるけどね」
ちゃぶ台で縫い物をしている曜が何気なしに言う。「ええ⁉ 曜ちゃんお姉ちゃん派?」と文句を飛ばしたところで、千歌は部屋にいるはずのもうひとりがいないことに気付く。
「あれ、梨子ちゃんは?」
「お手洗い行く、って言ってたけど」
場所分かるかな、と思ったところで「あれ、梨子ちゃん」と翔一の声が廊下から聞こえてくる。お茶でも持ってきてくれたのか。出迎えようと障子を開けると、梨子はすぐそこにいた。両足を障子に、両手を窓際の柵に押し付け体を橋にしているような恰好で。その下にはしいたけが寝ていて、そんな彼女にお盆を手にした翔一は目を丸くしている。
「何やってんの?」
千歌が訊くと梨子は安堵したように溜め息をついたのだが、「それよりも」と曜が話の続きをすると「え?」と目を見開く。
「人を集める方法でしょ?」
「そうだよねえ。何か考えないと」
「町内放送で呼びかけたら? 頼めばできると思うよ」
「後は沼津かな。向こうには高校いっぱいあるからスクールアイドル興味ある高校生もいると思うし」
「まあまあ難しい話は後にしてさ、休憩しなよ」と翔一が部屋に入ってくる。3人分の湯呑をちゃぶ台に並べると翔一は廊下へと顔を向けて、
「梨子ちゃんもおいでよ。しいたけも遊び疲れたみたいだしさ」
ああ、しいたけと遊んでくれていたのか、と千歌は納得した。しかし壁に上って何の遊びをしていたのか。
そこでどすん、という音が盛大に響いた。