ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 魔法があるから絶望しないんじゃない。
 絶望しなかったから、魔法を手に入れることができたんだ。

――仮面ライダーウィザード 操真(そうま)晴人(はると)



第3話

 

   1

 

「無許可での拳銃の所持。捜査車と機動車の無断使用。Gトレーラーの占拠に、無断でのG3-Xシステムのオペレーション行使」

 会議室のほぼ中央で立たされている誠と小沢の罪状が、出席者全員に聞こえるようはっきりとした声色で告げられていく。いつもの聴聞会なら誠たちに説教を垂れるお偉方は警備部長とその補佐官2名だけなのだが、査問会と称される今回は総務部長に警察庁からの監察官も数名、更には総監と警視庁の上層部がほぼ勢揃いしている。還暦間近な面々が眉間に深く皺を寄せて若輩2名を睨みつける様相というものは、傍から見たら組織による弱い者いじめにも見えなくない。

 でも誠はこの時、上層部と対峙しながらも緊張なんてしなかった。こうなることを分かった上であのような行動をしていたわけだし、それ以上に、会議室に向かう道中で小沢からの言葉にずっと疑問符を脳裏に浮かべていたからだ。

 ――あなたは何を訊かれても「はい」と答えなさい。それ以外に余計な事は何も喋らないこと。いいわね――

 ふと総監に目を向ける。言うなればこの国の警察のトップに立つ人物は、小沢へ向ける視線に一切の怒りを感じさせなかった。むしろ、どこか懺悔や謝罪を含んでいるような、何とも言えなさそうに深く嘆息し腕を組んでいる。G4事件の折に期待をかけたふたりの若手刑事がこんな事態を引き起こしたのだから、失望くらいはあるのかもしれない。

 警備部長が皮肉たっぷりに問う。

「君たちなら、自分たちのした事の重大さを理解しているだろう。一応、理由を訊かせてもらえるかね」

 間髪入れずに小沢が答えた。もしかしたら、誠に「余計なこと」を言わせまいとしたのかもしれない。

「管理官としての立場、プロジェクト創設から携わってきた身として、G3ユニットの暴走を見過ごすことができませんでした」

 「暴走?」と補佐官が眉根を潜める。「はい」と小沢は続けた。

「本来ならばアンノウンという脅威から市民を護るための装備であるはずのG3-Xが、アンノウン防衛のために運用された。これは明らかに警察としての職務を放棄した方針であり、アギトを無根拠に脅威とみなした末の暴走と捉えても過言ではありません。もはや議場での対話では解決不可能であり、ユニット活動訂正を強行すべきと判断しました」

 小沢の弁は澱みがなかった。まるであらかじめ原稿でも用意していたのでは、と思えるほどに。

「以上が理由です」

 明確で理路整然とはしているが、反省の意が全く見えない。この頭のきれる小娘を何と言いくるめるべきか。上層部の面々の渋い顔からはそんな意図が透けて見える。

「私の独断のために、氷川主任を騙し加担させる形となったことは申し訳なく思っています」

 更に重ねられた小沢の発言に、お偉方は目を剥いた。どうやら報告書になかったらしい。もっとも、誠自身も動揺を隠せなかったのだが。

「どういう事かね?」

 監察官のひとりが訊く。当然のように、これも小沢が答えた。

「ユニットを占拠するのに私ひとりでの決行は不可能と考え、氷川主任に虚偽の説明をし協力を要請しました」

 「虚偽の説明とは?」と掘り下げられ、小沢はこれもまたすらすらと述べていく。

「上がアンノウン討伐のため出動を要請したにも関わらず、北條主任はアギト討伐のためにGトレーラーを出動させた。北條主任を阻止するため、Gトレーラーを追跡しユニットを奪還、アンノウン討伐へ向かうよう警備部長から指示を受けた、と」

 ここで見事に北條を悪役に仕立て上げるとは、何とも小沢らしい嘘だ。彼女の饒舌さに口を半開きにしているところで、警備部長から「氷川主任」と呼ばれる。

「それは本当かね?」

 どうして小沢がイエスマンであるよう言い聞かせていたのか理解しつつ、誠は首肯する。

「………はい」

 深く溜め息をつき、警備部長は冷たく告げる。

「小沢管理官。君は多少強引なところがあっても、最低限の良識は持っているものと思っていたよ」

「私も、警察組織というものは市民のためにあるものと思っていました」

 皮肉を返しつつ、小沢は続ける。

「私のした事が規約違反であることは承知していますが、結果として氷川主任をG3-Xとして出動させ、アギトと共闘させたことでアンノウンを撃破し、謎の天体現象を阻止したことも事実かと」

 「それは結果論でしかない!」と補佐官が怒号を飛ばした。これまで溜め込んできたものがとうとう臨界に達したのだろう。「まあ落ち着いて」と宥めつつ、監察官が告げた。

「先のオペレーションの結果の是非はともかく、小沢管理官の行為が複数の規約を違反している事は事実だ。今話し合うべきはその処遇をどうするかでしょう」

 ここで、誠は小沢の本当の意図を悟る。自身にとって不利でしかない説明に、誠のイエスマン。そのつまりを、小沢は迷いなく告げた。

「責任は取るつもりです。もはや警察に、私の存在は不利益しかもたらさないでしょう」

 これにはお偉方の間にもどよめきが起こり、その中で警備部長が宥めるように、

「その考えは飛躍し過ぎた。我々は何も、君を解雇や更迭しようとは――」

「ならば自主的に、今月付けで退職させて頂きます。今までお世話になりました」

 はっきりと告げる小沢に、誰も引き留めの言葉を告げられず、口をまごつかせている。まさか、本人自らの口から退職なんて言葉が出るだなんて予想していなかったのだろう。ただ総監だけは、どこか安堵したように表情を緩めている。

 小沢の才能は誰が見ても認めざるを得ない。それはレベルが高すぎると言えるほどに。そんな彼女の扱いに凡人揃いの上層部は手を焼いていただろうが、彼女の才能に依存していたこともまた事実だった。小沢澄子がいなければG3プロジェクトは発足しなかったし、G3-Xを完成させなければアンノウンへの対抗手段もないままだった。ユニット活動の方針をアギト殲滅に捻じ曲げた後の装備開発も、彼女頼りだったのだろう。

 起こした事は重大ではあるものの、警察は小沢澄子を手放そうとしない。彼女自身もそれを自覚していたからこそ、誠が言い出したとはいえ一連の行動を起こしたものと思っていた。

 誠も上層部と同じく動揺していた。どうして彼女が自分から。いくら警察組織に失望したからといって、今の立場を捨てるなんて。

「ひとつだけ、私の希望を聞いていただければと」

 誠の動揺など知らず、小沢は続ける。

「氷川主任は私の虚偽の説明を信じ実行していただけです。彼には寛容な措置をお願いします」

 そう言って彼女は上層部に深々と頭を下げた。

「確かに、氷川主任は小沢管理官の行いに巻き込まれた、とも取れる」

 そこで、これまで静観を決め込んでいた総監が口を開いた。頭を上げた小沢が見つめる彼の顔は、あくまで厳かであることを崩さない。その目が誠をじ、と捉える。

「彼の処遇については検討しよう。結果論ではあるが、今の我々にできない事を、彼はやってくれたのだからな」

 

 

   2

 

 査問会から解放され、会議室から出てすぐに誠は小沢を問い詰めた。

「小沢さん、何であんな事を? 何も小沢さんが辞めることないじゃないですか」

 「良いのよ」と小沢はつかつか、と廊下を歩きながら、

「警察の窮屈さにうんざりしてたところだし、良い機会だわ。それよりあなたは自分の心配をしなさい。ああは言ったけど、一応何かしらの処分がないと上も示しがつかないんだから」

「あの日、言い出したのは僕の方なんです。責任なら僕が取るべきです」

 「ほら余計なこと大声で喋らない」と撥ねつけるように小沢は言い、

「良いのよ。私よりあなたみたいな人間が警察に居た方が絶対良いんだから」

「そんな事――」

 はあ、と大きく溜め息をつき小沢は足を止める。釣られて立ち止まった誠を彼女は真っ直ぐに見上げ、

「あなた、自分で自分が誰なのか分かっていないようね。あなたは氷川誠よ。決して逃げた事のない男よ。警察が正しく在るために必要なのは、私じゃなくてあなたなの。それを自覚しなさい」

 彼女はいつも、こうして真っ直ぐな言葉を何も包み隠さず告げてくれる。あの別れと思っていた日も、最高の英雄と言ってくれた。小沢の目が節穴とは思っていないが、一体何を根拠に彼女にそう言わせるのか、誠には分からない。自分の事なのに分からないなんて、本当に僕は不器用なのかもしれない。

 ふ、と笑みを零すと、小沢は再び歩き出す。

「それに、私なら大丈夫よ。次の仕事の伝手はあるしね」

 「え?」と間の抜けた声を発しながら彼女を追いかける。

「実は、前から海外の大学から教授として勤めてほしい、て話が来てたのよ。G3プロジェクトもあったから保留にしたままだったけど、この機会だし誘いに乗る事にしたわ」

 なら、本当に僕の心配なんて無用だったということか。彼女にとって全ては採算済みで、あの査問会も消化試合みたいなものだったのだろう。考えてみれば警察が手放すまいとするほどの人材だ。他にも彼女の技術を欲しがる場があっても何らおかしいことはない。

 脚から力が抜けていくような錯覚にとらわれた。心配して損したというか何というか。

「近いうち、先方に挨拶に行く必要があるわね」

「はあ……」

「氷川君。あなたしばらくは自宅待機でしょうし、せっかくだから付き合いなさい」

「え、僕も海外にですか?」

「旅行だと思えば良いじゃない。どうせこの1年ろくに休みなんて取っていなかったんだから。それに、私が上司として指示できるのはこれが最後よ」

 まあ、確かにしばらくは手持ち無沙汰になるわけだが。待機期間に旅行は如何なものか、と生真面目に悩んでいたところで、廊下の対面から馴染みのベテラン刑事が近付いてきた。

「おう、ふたりとも話は済んだのか?」

 「ええ」と小沢が晴れやかに答えると、河野は「そうか」と朗らかに笑い、

「まあ話は後でゆっくり聞かせてもらうさ。氷川、お前に面会だとよ」

「僕にですか?」

 

 

   3

 

 通された小会議室らしき部屋に通されてどれくらい経っただろうか。会議中だけど構わない、と了承したのは涼自身だったが、これだけ時間が掛かるとなると日を改めたら良かったかもしれない。

 長机に頬杖をついて溜め息をついたとき、部屋の扉がノックされる。「はい」と応じると、生真面目そうな青年刑事が入って来て涼を見ると目を丸くする。

「葦原さん」

「ああ」

 共に戦いを生き抜いた戦友と呼ぶべきなのかもしれないが、いざ面と向かってみると涼はこの刑事にどう接するべきなのか計りかねていた。所詮ただの人間。そう見くびっていたが、彼がいなかったら先の戦いで勝利はできなかった。

 考えてみれば互いのプライベートもろくに知らない仲なのだが、誠はしばしの沈黙の後に、ふ、と緊張の糸が切れたような微笑を零した。それを見て、涼も不必要に身構えていた自身が馬鹿馬鹿しく思えて、微笑を返した。

 誠の淹れてくれたお茶を啜りながら、涼は単刀直入に尋ねた。

「津上は?」

「依然、行方不明です」

 自分の湯呑に視線を落としながら、誠は弱々しく答えた。あの戦いで、光球へと飛び込んでいった翔一が戻ってくることはなかった。広がろうとする爆炎を包み込んで消滅させたオーロラのような幾重もの光の束はしばし巨大な翼のように空をはためいていたが、そう長く続くことなく消滅した。全てが消えた空は青く雲が流れていくいつもの光景で、そこには何も残らなかった。

 あの黒い青年も、翔一も。

 ひょっこり何事もなかったかのように帰ってくるのでは。そんな淡い期待を捨てきれず、何度か彼の働くレストランを覗いてみたのだが、翔一の顔を見ることはなかった。あの日から1ヶ月近くが経とうとして、その期待も薄れつつある。

「どこに往ってしまったんでしょうね、津上さんは」

 最適解のない問いを、誠はする。期待なんてしておきながら、涼はあのオーロラを見た時から既に察しはついていたのかもしれなかった。ただ、認められなかっただけで。

「何となくだが、津上はもう戻ってこない気がする。感じたんだ。奴の力が、虹になって世界中に広がっていくような」

 この直感は、彼と同じ力を持つ涼だからこそ持てるのだろうか。何にしても、涼は虹がオーロラとなり、オーロラが翼になる光景を目の当たりにしながら不可思議なものを耳にしていた。

 それは歌だった。九重の歌声が、まるで虹に乗って世界中へ響いていくような感覚にとらわれていた。誰の声なのかはすぐに分かった。きっと、翔一は去る前に彼女たちのもとへ寄ったのだろう、と。

「何なんだろうな、アギトの力、て」

 あまり味の良くないお茶を啜り、涼は独りごちる。結局のところ、自身に宿る力が一体何の意味を持っているのか、未だに分からずにいる。

 答えを求めていたわけではないのだが、誠はそれらしきものを提示してくれた。

「小沢さんが言っていました。アギトは人間の可能性そのもの、て」

「可能性、か………」

 どこか希望めいたものを孕んだその言葉を反芻する。アギトは人間の可能性で、アンノウンはその可能性を否定するもの。だとしたら、もうアンノウンが現れなくなったこれからは、世界中でアギトという可能性が芽吹いていくのだろうか。

 俺の力も、そうなのか。涼は裡に尋ねる。アギトではなくギルスとしての力を確立させたが、それも枝分かれした可能性の一端と言えるのだろうか。

 それにしても可能性とは。まさに翔一の在り方を表すのに最も相応しいじゃないか。いつも前を向き、未来へと生きていた彼らしい。

「なら津上は、その可能性の先に往ったのかもしれないな」

 きっとそれは、死とはまた別の次元なのだろう。死は誰もが等しく往く境地だが、翔一は違う。生も死も、過去も未来も超越した地平へと旅立ったのかもしれない。

「葦原さんも、いつか往けるのかもしれませんね」

「俺は往けないさ。こっちで追いかけるのに精いっぱいだからな」

「何か、目標でもあるんですか?」

「そんな大層なもんでもないさ」

 同じ力だからといって、涼も同じ境地に往くことは叶わないだろう。世界はこんなにも綺麗なのに。いつか、翔一がそんな事を言っていた気がする。俺には一生かかってもあんな言葉は吐けないな。

 あの時に聴こえた歌。あそこへ届くのに、涼はまだ地から足を離せずにいる。まだ先は遠そうだ。そのために何をすれば良いのか、何処へ行けば良いのかも分からないまま。

「アギトだろうが人間だろうが、俺たちは目先の事を視ながら生きていくしかない」

 結局のところは、それしかない。あの戦いで、翔一が新しい地平へ往ったことでこの世界は変わったのかもしれない。でも、それを認識できる者がこの世界にどれ程いるのだろう。戦いの当事者だった涼でさえ、世界の変化とやらに気付けずにいるというのに。

「そうですね。葦原さんは、これからどうするんです?」

「別に、前と変わらないさ。普通に仕事して暮らしていくだけだ」

 そう、涼の日常に何ら変わることなんてない。同じバイク屋で働いて、ただ何となく日々の移ろいを視ながら生きていくだけ。

 「でも」と涼は続けた。あの戦いの後の世界とやらを、視てみたいという欲求がある。

「しばらく、旅行にでも出ようと思う。ここ1年くらいバタバタし過ぎていたからな」

「そうですか。確かに忙しすぎましたね、僕たちは」

 そう言うと、互いに顔を見合わせて笑みを零した。誠も誠なりに、アンノウンとの戦いで色々とあった事は十分に察しがつく。

「それじゃ、邪魔して済まなかった」

 お茶を飲み干して、涼は椅子から立った。同じように立った誠は真っ直ぐに涼を見据え、

「葦原さんにも、お世話になりました」

「それはお互い様だ。俺もあんたには世話になったからな」

「機会があれば、またいつか。もうアンノウンが現れないのが1番ですが、同じアギトの会のメンバーとして」

「あんた、補欠じゃなかったのか?」

 涼が皮肉を言ってやると、誠は少しばかり得意げに、でも寂しげに応えた。

「津上さんから、正会員にしてもらえました」

 


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