ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 本当に悪いのは人間の悪意だった。だからこいつみたいに酷い人間は絶対にいなくならない。
 でも俺は絶望しない。そう決めた。

――仮面ライダードライブ (とまり)進ノ介(しんのすけ)




最終章 Over the Rainbow
第1話


 

   1

 

 この長い物語も、いよいよ終わりに近付こうとしている。

 わたしがこの物語で纏めているのは、全てが目まぐるしく過ぎていった1年間を主にしている。でも時折、あの1年の間に起こった出来事だけを語るべきなのか、迷ってしまう。あの頃にわたし達が感じていたこと、わたし達の決断や見出した答え。それら全てを統括するには、更に過去を掘り下げて追憶してみる必要も感じた。何もわたし達は、行き当たりばったりで走ってきたわけじゃないのだから。

 まだ幼かったわたし達の見出した事の根拠には、きっと過去に端を発している。あの1年間よりも更に幼かった頃に感じていた、まだ言い表す言葉を知らなかった感覚というものを。

 わたしがここで思い出したのは、全ての始まりと思っていた記憶喪失の青年との出会い。場所はそのまま同じ三津海水浴場で、更に過去へと遡る。

 まだ少年だった彼が去った後、教わった通りに折った紙飛行機を曜ちゃんが力いっぱい投げると、それは最高記録を大幅に更新してみせた。

「すごーい、あんな遠くまで飛んだー!」

「次は千歌ちゃんが飛ばす番だよ」

「よーし、わたしだって」

 「それ!」と全力で投げた紙飛行機はさっきよりも飛距離を伸ばしたけど、期待していたよりは少し短かった。

「ああ、もう少し飛ぶと思ったんだけどなあ」

「千歌ちゃんもう1回、もう1回だよ」

「うん!」

 自分の番を譲ってくれた曜ちゃんに甘えて、わたしは再び紙飛行機を空高く投げた。

「えい!」

 今度はもっと遠くまで行った気がする。下降していった紙飛行機は緩やかに高度を落として、浜辺にいた誰かの足元で着陸した。

 わたし達と同じくらいの歳の、初めて会う女の子だった。真っ白なワンピースと帽子がよく似合う内浦みたいな田舎には似合わない――そう、都会的な子だった。

 女の子は足元の紙飛行機から、それを追いかけてきたわたし達のほうを向いて、

「これ、あなたの?」

 恰好に違わず、とても綺麗な声をしていたのをよく覚えている。

「うん、そうだよ」

 わたしが答えると、女の子は紙飛行機を拾い上げて、わたしに差し出した。

「もっと遠くまで飛ばせる?」

 浮かべた笑顔も慎ましやかで、わたしよりも大人びているみたいで少しどき、とした。そんな彼女に、曜ちゃんは両腕を大きく広げて宣言してみせた。

「飛ばせるよ、もっと。虹を越えるくらい!」

 あの子は後になって言っていたっけ。

 偶然なんて無い。色んな人が色んな想いを抱いて、その想いが視えない力になって引き寄せられて、運命のように出会う。全てに意味がある、て。

 うん、確かにそうなのかもしれない。わたし達は、あの頃から既にお互いの裡にあるものを響かせ合っていたのかな。その共鳴が巡りに巡って数年越しに、わたし達を引き会わせてくれたのかも。

 そう考えたら、わたしはあの幼い日のささやかな出会いが、この物語の本当の始まりだったように思える。

 

 まるで幸せの青い鳥のように、全てを運んでくれた紙飛行機。わたしがそれに導かれるまま訪れた浦の星で皆が集まっていたのは、「これから」の話をするためだった。

 卒業する3年生と新しい学校に行くわたし達。

 Aqoursの未来の話を。

 わたしはここまで色々な人たちの話を綴ってきた。

 輝きを、始まりを求めて走り続けてきたわたしの願い。わたしと一緒にゼロから始めて、何とか1にしようともがいて、更に10へ100へ進もうと足掻いてきたAqours。

 突然現れた怪物と戦ってきた戦士たち。既に戦士だった人。戦士になろうとした人。戦士になってしまった人。

 激動の日々を乗り越えて、ふう、と息を吐くと全てが終わったように錯覚してしまう。

 でも、まだ終わらない。彼らが護った世界が在る限り、わたし達の夢に終わりなんて有り得ない。

 

 最後にするのは、そんなわたし達が未来へと駆け出す話。

 そのための、決して欠けてはならない光を取り戻す話をしたい。

 

 

   2

 

 沼津駅の構内へと消えていく3年生たちの背中を見送った千歌は、深く嘆息した。かねてから計画していた、3人での卒業旅行。羽を伸ばして、行き先は海外とだけ聞いている。

「行っちゃったね」

 曜の声を背中に受け、千歌は振り返りながら告げる。

「わたし達も戻って練習しよっか」

 その言葉は自然と出すことができた。「そうね」と梨子も当然のように同意してくれる。

「6人で新しい学校に行っても、Aqoursは続けていく」

 続ける。それが、浦の星で最後に集まった日に話し合ったAqoursの未来。9人それぞれの声を聞いて、汲み取って、尊重して、導き出した。

「そうだね、それが皆の答えなんだもん」

 と街路樹の陰からルビィが顔を出した。続けて花丸も。

「やる気が出てきたずら」

 「ぎらん!」と決め台詞のつもりだろうか、善子が堕天使ポーズを決めるとふたりは眉を潜める。

「相変わらず空気読めないずらね」

「やかましいわ!」

 相変わらずなやり取りを笑っていたルビィだったけど、何に気付いてか「あ!」と声をあげた。「どうしたの?」と花丸が訊く。

「練習、どこでするの?」

 ルビィの問いに「どこ、ていつもの――」と千歌は答えようとしたのだが、問いの真意に気付き言葉を詰まらせた。

「あ、そっか。学校は使えないんだ」

 「駅前の練習スペースは?」と梨子が代案を出してくれる。

「あそこはラブライブが終わるまで、て約束で」

 と曜に却下されてしまう。

「え、じゃあどうするずら?」

 花丸が訊くと、「鞠莉にでも聞いてみる? どこか当てはないか、て」と善子が腕を組みながら提案した。確かに鞠莉なら良い場所を紹介してくれるかもしれない。ホテルオハラのホールを貸してくれる、とか。きっと力になってくれるかもしれないけど――

「自分たちで探そう」

 それが千歌の答えだった。

「何かね、頼ってたら駄目な気がする。この6人でスタートなんだもん。この6人で何とかしなきゃ」

 「でしょ?」と千歌が笑ってみせると、皆も微笑を返してくれる。

「閃いた!」

 と挙手する曜に「はい、曜ちゃん!」と促す。

「新しい学校行ってみる、てのはどうかな? わたし達が春から行く」

 その思いもよらない提案に、全員が閉口する。続けて出たのは、「うーん」という呻き。

「新しい……学校………」

 そう呟く善子の声は、少しばかり震えているようにも聞こえた。

 

 編入先の学校については、既に千歌たちのもとにも通知が届いている。当然、学校の住所も。沼津駅からバスで南下して大体20分ほど。内浦から通うことを考えると、中々の時間を要することになる。

「結構遠いねえ」

 バスの中で千歌はぼやいた。浦の星を受験したのも、単純に家から最も近い学校だったからなのに。

「生徒数考えると、かなり大きい学校っぽいけど」

 と梨子が呟く。考えてみれば、統廃合が決定した後もラブライブの事ばかりで、それが終わっても抜け殻みたいに過ごしてきたから、編入先について何も知らないままだった。皆の反応を見るに、千歌と同じだったみたいだけど。

「あれ、こっちに学校なんてあったかな?」

 スマートフォンの画面を見ながら、曜が眉を潜めた。

 ぼう、と見慣れた街の景色を眺めているうちに、バスが目的の停留所に到着した。バス停は校舎のすぐ目の前にあって、降りた千歌たちは春からの新しい学び舎と対面を果たす。

「………え?」

 校門の前に立った千歌は、そんな間の抜けた声しか出せなかった。かなり大きい学校。梨子はそう言っていたのだが、千歌たちの前に建つ校舎は視界に収まってしまうほど慎ましやかな木造建築物。屋根は所々の塗装が剥げ落ち錆が点在していて、外壁には手入れが行き届いていないのか景観なのか不揃いな緑植物のカーテンが伸びている。窓ガラスなんてひび割れている箇所をテープで応急処置したままの始末。最近になって手放した、東京に放置したままだった父の家も荒れていたが、ここはそこよりも酷い。はっきり言って廃墟だ。

「が、学校ずら……?」

 と花丸が幽霊屋敷でも見ているかのように声を絞り出す。確かに学校らしき建物ではある。でも見たところ築半世紀は経っているのではないか。それに本当に校舎として使えるのか。校庭――らしき広場――に植えられているのは松の木ばかりで、桜なんて1本もなく花弁が舞う様子もない。

「曜、間違ったんじゃないの?」

 善子が指摘すると、曜は「ええ?」とスマートフォンの画面を凝視し、

「でも学校から送られてきたメールだよ。浦の星の生徒は入学式の日はここに集合すること――」

 文面を読み上げる曜の声を、「ああああああああ‼」というルビィの悲鳴が遮る。彼女が顔を近付けていたのは、苔むしている門柱にはめられた、これもまた年季の入った木製の表札だった。大きく書かれた編入先である「静真(しずま)高等学校」の文字。

「見て!」

 ルビィが指さすその隅に、新しく書き加えられたと思わしき白い文字があった。

 浦の星女学院 分校

 

 

   3

 

「何それ!」

 そう千歌が文句を飛ばしたのは、沼津駅前の仲見世通りにあるカフェのテーブル席。他のお客さんに迷惑よ、と注意するべきだろうけど、梨子もこの措置に納得できなかった。

 梨子たちよりもこの事情に詳しいかも、という事で連絡したら駆けつけてくれたのは、よしみ、いつき、むつの3人組。

「でも、浦の星と一緒になるのは嫌だ、て声が1部であるらしくて」

 と罰が悪そうにむつが説明してくれる。続けてよしみが、

「しばらく分校で様子を見ましょう、て事になったんだ、て」

 その分校措置のための校舎について話してくれたのはいつきだった。

「それで、浦の星の生徒用に今は使っていない小学校を借りたらしくて。教室も今のところひとつだけ」

 今は使っていない校舎なんて、そんなものつまりは廃校になった校舎ということだ。

「統廃合になって、廃校になった学校に移ったんじゃ意味ないずら」

 花丸が愚痴を零す。これじゃ隔離じゃないか。実質在校生の校舎が移り変わっただけ。

「それに3年生卒業しても、ルビィ達全員ひとつの教室に入ったら――」

 とルビィが吐露する。確か編入する在校生の人数は30数人。ひとつの教室に収まり切らなくはないけど、それでもかなり窮屈になりそう。しかも1、2年生をひとつの教室に押し込む。間違いなく生徒側も教員側もパンクする。

「何それ、授業できないじゃん」

 なんて言う千歌の声は上機嫌だった。「スクールアイドル活動もね」と梨子が指摘してやると、「あ」と間の抜けた声を漏らす。

「でも、どうして一緒にしたくない、なんて声が?」

 そもそもの話を梨子が訊こうとしたところで、注文したホットドッグを食べようとした花丸が遮る。

「そういえば、曜ちゃんはどうしたずら?」

 店内を見渡してみる。9人全員が収まる席が無いから分散して座っているけど、どこにも曜の姿がない。

「あれ、確かに」

 と千歌もここで気付いたらしい。確か曜はカウンター席に座っていて、途中で電話が来たとかで席を外して店の外へ――

「………嘘⁉」

 と善子が窓ガラスに顔を近付けた。続けてルビィとホットドッグを咀嚼する花丸も。

「何?」

 と千歌がガラスへ振り返ると同時、1年生たちは外の景色を塞ぐように両手をばたばたとせわしなく動かしながら喚く。

「な、な、な、何でもないずら」

「リトルデーモンが、少しだけざわついているだけよ」

「ピギィ」

 あ、何かあったんだ、と悟った。3人の口調があべこべになっている。因みに最初の訛り口調はルビィ、次の堕天使口調は花丸、最後の悲鳴は善子という順番になっていた。

 口調までシャッフルしてしまうほど動揺している3人に梨子は細めた目で詰め寄る。

「何を隠してるの?」

 続けて千歌も。

「そうだよ、何を見たの?」

 そこで1年生たちは少しだけ落ち着きを取り戻したのか、それぞれの口調に戻る。

「何でもない、何でもないの!」

「見ない方がいい!」

「その通りずら!」

 口をきつく結んだ3人を、千歌と一緒に睨みつけらながら梨子は更に訊く。

「どうして?」

 返ってくるのは沈黙。痺れを切らした千歌は店を飛び出した。

「もしかして、どっかで可愛い制服見つけちゃったとか?」

 それなら納得。「ちょっと!」と3人の制止する声を無視して梨子も後を追いかけると、店を出てすぐのところで千歌は走る体勢のまま映像がフリーズしたみたいに硬直していた。彼女の視線を追ってみると、すぐ目の前にあるのは自転車走行禁止の看板――

 じゃなくて、その更に奥へと視線を進ませたところで、商店街の通路の真ん中に曜はいた。誰かと話している。相手は曜よりもひと回りくらい背が高くて、線の細い少年だった。目深に被った帽子から覗く目元のくっきりとした顔立ちで、中性的な雰囲気を漂わせている。談笑している曜は笑顔なのだが、それが梨子たちAqoursといる時の笑顔とはまた異なるように視えるのは気のせいだろうか。

 何と言うか、まるで深い間柄の人物にしか向けないような。

 ようやく動いた千歌は、梨子の頬をつねってきた。

ゆえ()?」

 回らない舌で言いながら、梨子も千歌の頬をつねってみる。

ゆえだよえ(夢だよね)ゆえ()ゆえ()

 同じように回らない舌で返され、互いに口元を歪めながら苦笑を交わす。

ふぉ、ふぉっかあ(そ、そっかあ)ゆえか(夢か)

だよええ(だよねえ)

 そこで善子が割って入り、

現実(リアル)こそ正義」

 と梨子と千歌の顔を掴んで無理矢理に曜へと向けさせる。「はい」と同時に応じながら、互いの頬から手を離し善子が正義と主張する現実へと目を向ける。

「もしかして、曜ちゃんの弟ずら?」

 声を潜めながら、花丸が訊いてくる。曜と最も付き合いの長い千歌は腕を組みながら、

「確かいなかったような気がするんだけどなあ」

 「じゃあ、やっぱり……」と梨子は声を詰まらせる。

「曜の……、ビッグデーモン⁉」

 興奮した善子が声をあげてしまう。「ああ、こっち向く!」と千歌は善子の口を押さえながら近くの自転車禁止の看板の陰に押し込んだ。梨子もすぐ傍を散歩していた大型犬の後ろに、花丸とルビィは電柱の陰に隠れる。

 こちらを振り向く曜に、梨子たちは息を潜めて沈黙する。耐えかねたのか、善子が「に、にゃあ」と猫の声真似で誤魔化しにかかる。そんな古典的な方法で、と呆れてしまう。近くに犬がいるのだからそこは「ワン」と言ってほしかった。

「何で隠れるずら?」

 花丸の素朴な疑問に「だってえ」と千歌は苦し紛れに応じる。確かにこれでは覗きみたいで後ろめたい。

 沈黙がどれ程続いただろうか。犬の飼い主の婦人へ「静かに」と口元に人差し指を当てるジェスチャーを向ける。

「あ、いない!」

 とルビィが声をあげると、全員こぞって陰から顔を出した。最早そちらのスイッチが入ってしまったのか、千歌は「追えええ!」と駆け出す。梨子は犬の飼い主に「済みませんでした」と頭を下げ、曜の追跡へと加わった。

「頑張ってー」

 店からむつ達の乾いた声援が届いた。代金は後でしっかり返しておかないと。

 曜たちはすぐ見つけることができて、ふたりとは一定の距離を保ちながら物陰から物陰へ、と尾行していく。

「ちょっと、押さないでよ」

 電柱に隠れていた1年生たちの中で、善子が文句を飛ばしている。すぐさま「しい」「聞こえるずら」とルビィと花丸が注意するも、それも聞こえてしまったのか曜は再びこちらへと振り向く。間一髪で身を隠し、また善子が「みゃーお」と下手な猫の声真似で誤魔化す。

 しばらく立ち止まっていたが、曜たちは再び歩き出した。そう、と足音を立てないよう後を着けて、頃合いをみてそれぞれ電柱や商店の陰に身を隠す。

 どこかで曜も尾行に勘付いていたらしく、今度は素早く体ごと振り向いた。その時にはもう梨子たちは隠れていたから大丈夫だというのに、善子がまた「みゃお」と鳴く。因みに彼女は何の動物がモチーフなのか分からないマスコットキャラクターの陰に隠れていた。一体どこから持ってきたのか。

「なあんだ、猫ちゃんか」

 まさかこれで誤魔化せていたとは。再び歩き出した曜に安堵したのか、善子は安堵の溜め息をつきながらマスコットの陰から出てしまう。

「危ない危ない。危うく見つかるところだっ――」

 とマスコットを持ち上げた彼女の前に、曜は既にいた。今度はしっかりと対面で向き合って。

「善子ちゃん」

 とあくまで笑みを浮かべる曜に、善子は咄嗟にマスコットで顔を隠す。

「お掛けになった電話はお客様のご都合によりお繋ぎできません」

「いや、そうじゃなくて」

 流石にもう万事休すだ。善子を犠牲にして逃げてしまおうか、とすら考えていたとき、少年が声を掛けてきた。

「どうかしたの、曜ちゃん?」

 初めて聞いたその声はまだ声変わりを迎えていないのか少年にしては少し、いやかなり高いものだった。

「ああ、ごめんね(つき)ちゃん」

 曜が何気なく呼んだその名前を反芻しながら、梨子たちも物陰から顔を出す。

「月、ちゃん?」

 「ええ、千歌ちゃん?」と曜は少し驚いた様子だったがすぐ得心がいったようで、

「ああそうか、紹介したことなかったっけ。わたしの従姉妹(いとこ)の月ちゃん」

 その件の人物は、微笑すると被っていた帽子を脱いだ。はらり、と広がる肩まで伸びた髪は中で纏めていたらしい。

「月です。よろしく」

 そう溌剌と敬礼してみせる顔は、どことなく曜と似ている。体形を隠すほど大きめのジャンパーを着ていたから気付かなかったが、露になった容貌は間違えようがない。

「もしかして――」

「女の子?」

 花丸とルビィがその結論を導きだすと、一気に脚から力が抜けた。「なあんだ」と全員で地面に座り込んでしまうほどに。

 

「じゃあ、あの学校の生徒なの?」

 改めて紹介された月から聞いた事実を、千歌が反芻する。「うん」と月は応じ、

「入学前、曜ちゃんも一緒に通わない、て誘ったんだけど、曜ちゃんは千歌ちゃんと一緒に学校が良い、て」

 「そ、そうだったっけ?」とそっぽを向く曜に「照れることないじゃない」と言ったところで、月は梨子のほうを向く。

「あ、君が梨子ちゃんだね」

「は、はい」

 急に呼ばれたから驚いた。

「いつも曜ちゃんが言ってるよ。尊敬してる、て」

 「ああ、そんな」と反応に困っていると、今度は曜から「照れることないじゃない」と仕返しをされた。月は他の面々にも順に視線を送り、

「千歌ちゃん、ルビィちゃん、花丸ちゃん、善子ちゃん。曜ちゃん本当にAqoursのことが好きみたいで、会う度に皆のこと話してるんだよ」

 また照れ臭くなったのか、髪を指先でいじり始めた曜に月は顔を近付ける。

「いつも思うんだ。もうAqoursは曜ちゃんの1部なんだなあ、て」

「何かそう言われると、本当恥ずかしいよ………」

 その反応が面白かったのか、月は快活に笑ってみせる。初めて見たときは少年と勘違いしていたが、口を開くと雰囲気と違わない少年みたいな溌剌さだ。何でもこの口調は上に兄、下に弟と男兄弟に囲まれた家庭故に染みついたものらしい。

「流石曜ちゃんの従姉妹ずらね。裏表がないというか」

 と花丸が隣にいる善子に悪戯っぽい視線を送る。「何でわたしのこと見るのよ!」と噛みつかれたが、それを無視するのはいつもの光景。そんなふたりを面白そうに見ていた月に、ルビィが質問を向けた。

「それと、分校のこと………」

 そう、静真高校の生徒なら、月もその事情は少なからず知っているはず。予想していたのか「ああ」と嘆息する彼女に「そうそう」と梨子も問いを重ねる。

「どうしてそんな事に?」

 言い辛いのかしばし逡巡したが、それでも月は答えてくれた。

「うちの学校、昔から部活動が活発でね。いくつかの部活は全国大会に出るほどで」

 そこで月は言い淀んだが、「それで?」と千歌に促され再び重そうに口を開く。

「浦の星の生徒が入ってくると部がだらけた空気になったり、対立が起こるんじゃないか、て1部の父兄が言っているらしくて」

 それでは、浦の星の生徒は異物扱い、ということか。だから統合しても分校なんて措置に。

「そんな」

「何でそういう話になるのよ?」

 ルビィが落胆を、善子が不満を向ける。「だよね」とふたりから向けられる感情を月は受け止める。

「僕たち生徒も先生たちも心配ない、て説得したんだけど、部活が駄目になったらどうなるんだ、とか責任取れるのか、とか」

 元は別々の学校だから、て対立するほど浦の星の生徒は子供じゃないし、部活動だって盛んではなかったけど皆だって遊び気分でやっていたわけじゃないだろう。いざ静真高校の出場歴に泥を塗ることになって、責任が取れるかは話が別だけど。

「そんなこと言い始めたら、何もできないと思うけど」

 どうして大人というものは、重い腰を上げようとしないのだろう。そんな事を思っていたところで、曜が口を開いた。

「それでね、どうしたらいいか、て相談してたんだ」

 「全面戦争?」なんて呟く善子に「そんな訳ないでしょ」とやんわりと突っ込みを入れる。

 曜は言った。

「その人たちが気にしてるのは、浦の星の生徒が部活でもちゃんと真面目にやっていけるか、てところなんだと思う」

 続きを月が引き継いだ。

「だから、実績のある部活もあるよ、て証明できれば良いんだよ」

 言葉にすれば簡単だけど、浦の星にはそれが難しい事情があった。それもまた統廃合の一因にもなっていたわけで。

「部活……」

「証明する、て言っても……」

 ルビィと花丸が不安を口にする。千歌も物憂げに目を伏せ、

「そんな部活………」

 浦の星は部活動の実績が皆無に等しい。あまりに生徒数が少なくて、大会の出場人数に満たなくてエントリーすら危ぶまれるほどだった。でも、千歌は重要なことに気付いていない。そのヒントを梨子は与えた。

「あるでしょ」

 曜も気付いているらしく、更にヒントを出す。

「全国大会で優勝した部活がひとつだけ」

 優勝したのは統廃合が決定した後だったけど、大会の歴史に刻まれたのは間違いなく浦の星女学院の名前。

 は、としたように千歌は顔を上げる。

「わたし達、スクールアイドル部が新しい学校の他の部活にも負けないくらい、真面目に本気で活動していて人を感動させてるんだ、て分かってもらえれば良いんじゃない?」

 そう、わたし達だって本気でぶつかってきた。結果だって残っている。梨子たちの中には、培ってきたものが確かにあるはず。

「それ……、それ良い!」

 活力を取り戻した千歌に「でしょ」と曜は鷹揚に応じる。

「ライブでもやるつもり?」

 と善子が訊いた。方法としては、それが1番かもしれない。「それも良いけど」と月が切り出した。

「実は来週、丁度いいイベントがあるんだ」

 

 

   4

 

「み、未来ずらあ!」

 浦の星女学院とは比較にならないほど大きく整備の行き届いた静真高校の校舎を見上げ、花丸は感嘆の声をあげた。花丸ほどではないにしろ、千歌自身もかなり驚いている。こんな都会みたいな大きな学校が、まさか同じ沼津市内にあったなんて。学校というより、まるで巨大なホール施設みたいだ。

「い、行くの本当に……?」

 あまりの校舎の大きさにルビィが尻込みしている。こういう場で最も緊張しないはずの善子に至っては、何故か塀に身を隠して喚いている。

「あれは、能力者! 我が前世を知る者………!」

 「前世?」と反芻する梨子に花丸が、

「中学時代の同級生ずら」

 あまりの所在なさに善子は踵を返して校門から離れようとしたのだが、その襟首を梨子が掴んで引き留める。

「学校と皆のためよ」

 そんなやり取りに気付いてか、広い校庭にいる静真高校の生徒たち、教員や父兄が一斉に校門前にいる千歌たちへと視線を注いだ。目を引くのも仕方ない。青いブレザーの制服の学校で、千歌たちは浦の星のセーラー服で訪ねてきたのだから。

 向けられた視線の大半が好奇で、拒絶が垣間見えないのは幸いだろうか。よく分からないまま、千歌は口をきつく結び敷居をまたぎ静真高校の敷地へ足を踏み入れる。

 

 新年度の部活動報告会は講堂で開催された。席や照明や音響といった舞台に必要なものが完備されていて、入ったときはまるで映画館みたい、という印象を抱いた。

「緊張する………」

「こんな大きい所だったずらね」

 舞台袖から講堂の様子を伺いながら、ルビィと花丸が声を震わせた。今は弓道部の報告。昨年の大会実績と、新年度の目標を述べている際中だ。

「何言ってるのよ。ラブライブ決勝の会場の方が何百倍も大きか――」

 肝が据わっている善子も、流石にこの会場の雰囲気に圧されているらしい。何百何千という観客の前で歌ってきたけど、この「会場」は今までのどれとも毛色が全く異なる。スクールアイドルのライブ会場としては、あまりにも厳格だ。

「あの時は皆いたし………」

 そう、何よりも大きかったのは9人だった事。決勝で胸を張ってステージで躍り出ることができたのは。9人いれば、怖いものなんて何もなかった。

「いるよ、今も」

 そう千歌は言ってみせる。この6人でも、十分「みんな」だ。

「これで全員?」

 善子が何かを探すように周囲を見渡す。善子にルビィに花丸。梨子に曜に千歌。全員だ。誰も欠けていない。「思ったより6人て――」という花丸の続きを、ルビィが口にする。

「少ないのかも」

 不思議だな、と思った。この6人で活動していた時期だってあるのに。初めてAqoursとして歌ったときは3人だった。メンバーが何人だろうとAqoursは続けてほしい。それが3年生たちの願いで、しっかりと千歌たちは答えとして受け止めたはずなのに。

「曜ちゃん達の番だよ。特別に少しだけ時間貰えたから」

 そこへ、月がそう言いながら来てくれた。生徒会長として、彼女が交渉してくれたらしい。

「頑張って」

 色眼鏡で見られるかもしれないけど、月のように応援してくれる人も絶対にいてくれる。静真高校の中でも、スクールアイドルのファンがいて、Aqoursを知ってくれている生徒がいるかもしれない。

「うん。浦の星の皆のために」

 まさか、ラブライブが終わった後も生徒たちの想いを背負うことになるなんて思わなかった。でも貧乏くじを引かされた、とは思わない。いつだって自分たちは応援してくれる人々、見守ってくれる人々の想いを背負ってきた。ラブライブをひとつの区切りにしたって、背負うものは変わらない。

「そうね」

「大丈夫、できるよ」

 梨子と曜が言う。千歌たちの気力に当てられてか、1年生たちもかつてと同じように瞳に光を灯らせる。

「ゼロから1へ。1からその先へ」

 円陣を組んで、中心で皆の人差し指を当てる。大声は出せないから、いつものコールも控え目に行った。

「Aqours、サンシャイン」

 弓道部の報告が終わり、千歌たちはステージへ出た。ラブライブとは真逆の落ち着いたアナウンスが、会場に流れる。

『それでは、これよりこの春から本校と統合になる、浦の星女学院スクールアイドル部、Aqoursによるライブを行いたいと思います』

 紹介を受け全員で礼をすると、大勢いる観客席から返ってきたのは控え目な拍手だった。歓声なんてない。でも、気圧されるわけにはいかない。

 始まりだ。

 これがわたし達の、新しいAqoursの第1歩。

 この6人で踏み出す。

 6人で――

 それぞれ所定の位置について、曲が流れるのを待つ。心配することなんてない。ダンスも歌唱パートも、9人から6人で行えるよう調整しておいた。練習は場所も時間もなかったから満足にできなかったけど、しっかりと体に染みついているはず。

 それなのに、何故6人のステージはこうも広く寂しいものに思えるのだろう。

 曲が始まった。不安も迷いも振り切るように、千歌はステップを踏み出す。

 

 報告会の後、帰路についた千歌たちは仲見世通りの和菓子屋に立ち寄って、店先にあるベンチで小休憩も兼ねた反省会を行った。ステージを振り返ったところで、全員の口から出たのは盛大な溜め息だったが。

「失敗しちゃったね……」

 沈んだ声でルビィが呟いた。

「まさか、あんな初歩的なミスするなんて」

 梨子も頭が重いのか、すっかり項垂れている。いつも溌剌とした曜ですら、背中が曲がってしまっている。

「気が緩んでた、て訳じゃないと思うけど………」

 花丸は店で買った今川焼を口に運ぼうとしたが、寸でのところで止めて再び溜め息と共に零す。

「何か、落ち着かないずら。6人だと」

 気が緩んでいた訳じゃないし、会場に気圧されていた訳でもない。無意識に9人でやっていた頃と同じ感覚で動いてしまった故のミス。いくら自身を慰めたところで虚しいだけだった。やっぱり、場所を見つけて練習くらいはしておくべきだった。

 ちゃんと6人で。

 9人じゃなく、6人。

「………お姉ちゃん」

 消え入りそうな声で呟いたルビィの声を聞いて、千歌は何と言葉をかければ良いのか分からなかった。縋りたいのは、千歌も同じだったから。

「あ、いたいた。千歌ー!」

 むつの声が聞こえた。向くとよしみ、いつきと一緒に駆け寄ってくる。

「むっちゃん?」

 3人も報告会に来てくれていたらしく、ステージの直後は千歌たちを労ってくれた。気遣ってなのか、静真高校との話し合いを任せたままだった。

「どうだった?」

 曜が訊くと、3人は申し訳なさそうに表情に陰りを帯びる。それでも伝えるべき事をむつは言ってくれた。

「うん。やっぱり、今のまましばらく分校の形にしたい、て」

 「だよね……」と千歌は言うしかなかった。スクールアイドルの全国大会はあんなものか、という父兄の声が想像できる。3人はラブライブがどれ程の規模のものか説明してくれたのかもしれないが、当の優勝者である千歌たちが醜態を晒してしまった以上、いくら弁明したところで父兄の考えは変わらないだろう。

「ごめんなさい。わたし達がちゃんとやっていれば………」

 そう、まずは梨子のように謝罪が先だった。浦の星の皆のために、なんて言っておきながら、むしろイメージダウンを助長させてしまった。

「ううん。千歌たちが悪いんじゃない」

 といつきが言ってくれた。よしみも悪い顔ひとつせず、

「むしろ悪いのはわたし達。廃校の時も今回も、全部を千歌たちに頼りっきりで」

 そんな事ない、と言おうとしたところで、遮るようにむつが言った。

「実際、千歌たち以上に誇れるような部活してきたところもないし」

 浦の星の事情を鑑みれば仕方のない事だった。

「それは、人数が少なくて皆兼部してたからだよ。水泳部だってそうだし」

 曜の言うように、浦の星では兼部なんて珍しいことじゃなかった。部員数が少なすぎて大会に出場できないから、と助っ人として籍だけ入れておく、という形の生徒も大勢いた。当然、人数合わせなのだから練習もろくにできず大会で結果なんて残せるはずもない。曜も、元は水泳部だったのにAqoursの活動を優先してくれていたのだから。

「でも、だからこそわたし達がちゃんとやらなきゃいけなかったんだよね」

 事情を並べたところで、そんなものは所詮言い訳だ。どこの部も「全力」になれない環境にあった浦の星で、千歌たちAqoursが一縷の望みだったのだから。

 むつは微笑を零すと、何も言わず和菓子屋の店内に入っていく。すぐに出てきた彼女は、抱えた紙袋を「はい」と千歌に差し出した。「ありがとう」と受け取った紙袋は重みがあって温かい。

 むつは言った。

「浦の星の皆、分かってるから」

 よしみも。

「古い校舎も悪くない、て」

 そしていつきも。

「むしろ、わたし達っぽくてちょっと良いかな、なんて」

 明るく言ってのける3人だけど、その笑顔が千歌にとっては辛かった。ごめん、なんて言葉が軽々しく思えて、簡単に口にはできない。俯かせた視線は無意識にお菓子の紙袋を覗いていた。中身は6枚の今川焼だった。

 

 

   5

 

「6人か……」

 夜も更けてきた頃、旅館の窓辺にもたれかかりながら、千歌はそう零していた。自室で彼女の物憂げな顔を見ていた梨子はベランダに出る。

「何か、久しぶりだね。こうやって話すの」

 梨子が言っても、千歌は重そうな頭を上げようとしない。

「まだ気にしてるの?」

「そういう訳じゃないけど」

 気にしてるんだ、と彼女の抱えているものが自分の事のように分かってしまう。

「スクールアイドル、て他の部活に比べて誤解されやすいと思うの。ステージ上ではいつも笑顔だから真剣さが足りないように見えるし、楽しそうにしてるから遊んでいるようにしか見えない時もあるし」

 プレリュードがベランダに出てきて、梨子の足にすり寄ってきた。起こしてしまったらしい。

「そうかな?」

「でも実際は、歌いながらダンスして、辛そうだったり不安そうに見えたら、見ている人も楽しめない。絶対そういうところは見せないようにしないといけないし」

 愛犬を抱き上げながら梨子は言った。

「諦めず伝えていくしかないと思う。浦の星の生徒だって、真剣に頑張ってきたんだ、て。スクールアイドルだって、新しい学校の部活に負けないくらい、真面目に努力してるんだ、て」

 結局のところ、梨子たちにできる事といえば、それしかない。真剣さを伝えること。今日の報告会では失敗してしまったけど、地道にやっていくしかない。

「それは、思ってるんだけど」

 そう寂しげに言うと、千歌は海岸へと目を向けた。

「海、見に行かない?」

 もうすっかり春とはいっても、夜はまだ冷える。寝間着のままだと肌寒いから、梨子は薄手のカーディガンを羽織って三津海水浴場の潮風を浴びた。こんな季節の海に、1年前のわたしは飛び込んだんだ、と思うと恥ずかしさが蘇ってくる。

「6人で続ける、てどういう事なのかな、て」

 そう言うと、千歌は砂浜に寝そべって星の散りばめられた夜空を見上げる。

「鞠莉ちゃん達に6人でも続けて、て言われた時はその通りだな、て」

 「よーし!」と千歌は体を起こして両腕を振り上げる。

「――て気合入ってたんだけど、6人になったら何か急に不安になった」

 それは1年生たちも感じていた不安だった。3人だけじゃない。後輩の手前として口に出さなかったけど、梨子もそうだ。きっと曜だって。

「きっと、あのステージに立った瞬間、気付いたんだ」

 立ち上がった千歌は夜の色に染まる波間を眺め、

「ああ、もう鞠莉ちゃんもダイヤちゃんも果南ちゃんもいないんだ、て」

 それに、翔一くんも。

 その名前を噛み殺しているように思えた。アンノウンが現れなくなって、誠は東京に戻った。涼も東京に移った、と果南から聞いている。そして翔一は、もうこの海や空の広がる世界のどこにも居ない。彼は彼の往くべき「居場所」へ往ってしまった。

 梨子たちを引っ張ってくれた背中、護ってくれた背中はもうない。

「新しいAqours、て何だろう。3人がいないAqours、て………」

 千歌は問い続ける。大きかった背中がなくなってしまった今、梨子たちの前に広がるのはどこまでも広がる平原のようなものだ。舗装された道なんてなくて、どこへ往けば良いのかも分からず、踏み出した先が果たして正しいのか迷ってしまう。

「どうする、これから?」

 梨子は訊いた。今の千歌には酷かもしれないけど、決めなければならないことだ。

「このままだと浦の星が、スクールアイドルが誤解されたままになっちゃうかも」

 それこそ、一緒にやってきた3年生も誤解されてしまう。あの3人が居てこその優勝だったのに、その駆け抜けた自分たちの軌跡がただの「お遊び」で済まされてしまうなんて、梨子は嫌だ。

 「でも」と煮え切らない千歌に、梨子は更に言う。

「失敗は、自分たちで取り戻すしかないんじゃない?」

 今日の失敗は、自分たち6人での失敗。それを取り戻せるのは3年生じゃなくて、今の6人でなければ成せないこと。

「まだ、間に合うと思う」

「間に合うかな?」

「うん。今度こそちゃんとできる、てところを反対してる人にも見てもらう」

 千歌は微笑を零し、

「ライブ?」

「わたし達の答えは、前に進みながらじゃないと見つからないと思う。不安でもやろうよ、ラブライブ」

 思い返してみれば、往くべき目印がないなんて、9人の頃も同じだったじゃないか。どこへ進めば良いのか、進んだ先が正しいのかも分からない。ただ目の前の事を、自分たちができる事を手探りで一所懸命やっていく。それがAqoursの走ってきた道だった。

 ようやく、千歌はいつもの笑顔を見せてくれた。

「何か梨子ちゃんぽくない」

「1年一緒にいたから、誰かさんの色に染まっちゃったのかな」

「誰の?」

 察しの悪いその誰かさんの鼻を、梨子は摘まんでやる。不意打ちに鼻声で喚くその豊かな表情は、1年前と良い意味で変わっていない。

「千歌ちゃんぽいね」

 手を離すと、「もう」と千歌は不貞腐れながら鼻をさする。あの頃とは色々と変わったけど、まだ変わっていないものもある。これから変わるかもしれないし、このままなのかもしれない。

「わたし達、きっとまだまだなんだな、て思う」

 梨子がそう言うと、千歌は「優勝したんだよ」と応じる。確かに優勝はした。全国で1番のスクールアイドルと認めてもらえた。

「でも、まだまだダメダメよ」

「そっか、ダメダメか」

 と応酬をすると、何だか可笑しくなってふたり揃って笑った。

「嬉しそうね」

「梨子ちゃんこそ」

「うん、何かそっちの方が、わたし達らしいかも」

「まだまだ、てやらなきゃならない事たくさんある、て事だもんね」

 まだゴールじゃない。自分たちにはやるべき事、克服すべき事があるし、これからも更にそれは増えていく。その終わりの視えないことが、今は何故か心地良い。

「走ろうか」

 梨子は言った。「うん!」と頷いた千歌と一緒に、夜の砂浜をふたりで駆け出す。

 

 

   6

 

 島郷海水浴場の砂浜が、踏み込む足を取り込もうと沈んでいく。コンクリートのように弾いてくれなくて、足に普段よりも力を入れなければろくに走ってなんかいられない。久々の本格的なランニングということもあって身体も鈍っているみたいだ。まだ始めて間もないのに、もう疲れがき始めている。

「眩しいずらあ」

 照りつける陽光にそう弱音を吐きながらも、花丸はしっかりと着いてきていた。

「あともういち往復いくよ!」

 先頭を走る曜が、後方にいる千歌たちに呼びかける。「ええ」とぼやきながら、崩れた姿勢で千歌たちは追いかけるのがやっとだった。

 これでもまだウォーミングアップ。ランニングの後は、ストレッチで硬くなった筋肉をほぐしていく。鉛みたいに重くなった身体は、伸ばすと少しぎこちなくなっていた。

「それで、練習場所はどうなったの?」

 善子の質問に、千歌はまだ粗い呼吸のまま答える。

「色々探したんだけど、見つからなくて」

「しばらくは、ここでやるしかないわ」

 梨子が続くと、善子は「ここ?」と訝し気な顔をする。浦の星は閉鎖されているし、あの分校の校舎もまだ使えない。プラザヴェルデも有料なら以前の練習場を借りられるけど、生憎千歌たちの財布事情を考えると厳しい。

 十分な広さがあって無料で使える場として唯一あったのが、この島郷海水浴場だった。

「何か、最初の頃に戻ったみたいだね」

 曜が言った。「最初?」「ずら?」とルビィと花丸が尋ねてくる。そうだ、と千歌は思い出す。ふたりが入った頃に丁度部室と練習場所が与えられたんだった。

「練習場所も決まってなくて、部室もなくて、グループの名前どうしよう」

 すっかり懐かしい気分になりながら、千歌はかつても使わせてもらった海岸を見渡しながら後を引き継ぐ。

「なんて、曜ちゃんと梨子ちゃんと話してた頃、ここで練習してたんだよ」

 思えば当時は何も知らなくて、決まっていなかった。やる気ばかりが先行して、曲もダンスも出来たというのに肝心なものがまだ千歌たちには無かった。

「そして出会ったのよね、Aqoursと」

 梨子が言った。千歌たちが砂浜に綴っていた候補の中に紛れていた「Aqours」の文字。実はあの場にいたダイヤが残してくれていなかったら、全く別のグループ名になっていたかもしれない。千歌発案の浦の星スクールガールズ、曜発案の制服少女隊、もしくは梨子発案のスリーマーメイドのいずれかに。

 どれの名前を取っても、今の自分たちにはしっくりこない。やっぱり、わたし達はAqoursだ。これまでも、これからも。

「お久しぶりでーす!」

 その声が聞こえて、石段のほうへ目を向ける。Aqoursと競い合った姉妹。妹の名前を、ルビィは「理亜ちゃん」と嬉しそうに呼ぶ。

「Saint_Snowさんずら!」

 と花丸も驚きながらふたりを歓迎した。「どうしてふたりが?」と訊く曜に、千歌は事の成り行きを説明する。

「メールしたら東京に来てる、て言うから、ちょっと練習見てもらおうかと思って」

 「まったく」と理亜は不機嫌そうに腕を組み、

「せっかく姉様の卒業旅行中だったのに。いつもいつも呼び出さないで」

 と言いながら石段を下ってくる理亜に「ごめんね」と詫びを入れる。本当に、わざわざよく来てくれたものだ。東京に比べたら何もない沼津まで。それでも聖良は笑いながら、

「平気ですよ。理亜も凄く行きたがってましたから」

 「姉様!」と抗議する理亜に、全員で「へえ」と細めた目を向ける。睨まれたが、咄嗟に目を逸らしはぐらかした。

「じゃあ早速ですけれど、見てもらえますか? 今のわたし達のパフォーマンスを」

 梨子の頼みに「はい」と聖良は快く頷いてくれる。

 波の音交じりにスマートフォンで曲を流し、通しで披露する。瞬きもせず真剣に梨子たちの動きと歌声に目と耳を澄ませてくれていた聖良は、1曲を終えたところで「なるほど」と呟いた。「どうですか?」と恐る恐る千歌が訊く。石段に理亜と共に腰かけていた聖良は立ち上がり、

「はっきり言いますよ。そのためにわたし達を呼んだんでしょうし」

 聖良は忖度なんてしない。それを分かっていたからこそ、彼女に今の自分たちを見て欲しかった。どんな評価を下されようが、受け入れるつもり。

「そうですね。ラブライブ優勝の時のパフォーマンスを100とすると、今の皆さんは30――いや20くらいと言って良いと思います」

 淡々と告げられた評価に「そんなに⁉」「半分の、半分てこと?」と善子とルビィが落胆を漏らす。それでも聖良の評論は止まらず、

「それだけ、3年生3人の存在は大きかった。松浦果南のリズム感とダンス。小原鞠莉の歌唱力。黒澤ダイヤの華やかさと存在感。それはAqoursの持つ明るさや元気さ、そのものでしたから。それがなくなって、不安で心が乱れてる気がします」

 後ろで控えていた理亜も、聖良よりも辛辣に告げる。

「何か、ふわふわして定まってない、て感じ」

 散々な物言いに善子は苛立ったようなのだが、何も言わず不貞腐れながら砂浜に座り込む。

「見事に、言い当てられてしまったみたいね」

 梨子の言う通りだ。やっぱり、聖良の目は確かだった。千歌たち自身も勘付いていたこと。それでも前へ前へ、と駆け出したは良いけど、やっぱり頼っていた3人がいなくなってしまったことで失速は否定できない。

 3人のいないAqoursがどう在るべきなのか、未だ見出せていない。わたし達、またゼロに戻っちゃったんだな、と千歌は肩を落とした。

「でも、どうしたら――」

 ルビィの弱音は、理亜の逆鱗に触れてしまったらしい。

「そんなの、人に訊いたって分かるわけないじゃない!」

 その気迫に千歌たちは勿論のこと、聖良すらも圧されている。

「全部、自分でやらなきゃ。姉様たちはもう、いないの!」

 耐えられなくなったのか、理亜は海岸を駆け出した。裡に溜め込んでいたものを発散させるように。運動靴じゃないのに、彼女の走りはとても早く砂浜を疾駆していく。その姿だけでも、彼女はあれからも練習を重ねていたことが理解できた。

「すいません」

 と聖良は妹の非礼を詫びる。

「理亜ちゃん、新しいスクールアイドル始めたんですか?」

 ルビィが訊いた。函館でAqoursとの合同ライブを経て、Saint_Snowは終わりにする。理亜はそう決断して、聖良は寂しげだったけど妹の意思を尊重していた。そんな彼女は少しばかり気まずそうに、

「そのつもりはあるみたいですけど、なかなか………。新しく一緒に始めよう、て何人かは集まったみたいですが、あんまり上手くいってないようで………」

 「あの性格だもんね」とさっきの仕返しのつもりか、善子が皮肉を漏らす。すぐ花丸に茶化されたが。

「人のこと言えるずらか?」

「うっさいわい!」

 性格もあるだろうけど、理亜はレベルが高すぎるのだろう。技術だけでなく、スクールアイドルそのものに対する熱意も。前大会では優勝候補と目されていたし、その更に前の大会では決勝にまで進んでいる。一緒に活動するのに、周囲からは畏れ多い存在として見られてしまうのかもしれない。

 千歌たちは小さくなっていく理亜の背中を見送るしかできなかったのだが、ただひとり、ルビィだけは彼女を追って走り出した。

 

 僅かな期間とはいえ、ブランクがあるルビィが理亜に追いつくのは、彼女がペースを落とすのを待つしかなかった。疲れたのか、それとも後方からの気配を感じ取ってなのか、理亜は徐々にスピードを落として足を止める。

 ようやく追いついて息を切らすルビィを、理亜はしばし睨みつけていたが背を向けられてしまう。

「ごめんね」

 ようやく整った呼吸で、ルビィは言った。

「理亜ちゃんはひとりで頑張っているのに………」

 考えてみれば、ルビィはかなり恵まれている。千歌たちという先輩がいるし、花丸と善子という友達がいる。対して理亜はひとりだ。聖良が卒業して、Saint_Snowという聖域を自分で終わらせて。甘えている、と見られても反論はできない。

「ラブライブは、遊びじゃない………!」

 返ってきたのは、もう理亜の口癖のような言葉だった。ずっと姉と追いかけてきた夢。これからはひとりで追っていかなければならない恐怖からなのか、声が震えているように聞こえた。

 

 理亜とルビィのもとへ歩いていたところで、聖良は「そういえば」と思い出したように訊いてきた。

「津上さんはお元気ですか?」

 唐突に出てきたその名前に、千歌は「え?」と面食らってしまう。聖良は穏やかに笑い、

「助けて頂いたお礼を言いたくて何度か連絡したんですけど、どうしてか繋がらなくて」

 「助けた、て?」と曜が訊くと、聖良は自身の掌へと視線を落とす。

「わたしには不思議な力があるみたいなんです。津上さんと同じアギト、ていう」

 その告白に、場にいた全員が「ええ⁉」と驚愕の声をあげた。

「聖良さんも?」

 梨子が口走った最後の部分が気になったのか、聖良は「も、て事は、まさか」と千歌たちを見開いた目で見つめる。皆が首肯し、花丸は「3年生の3人もそうずら」と付け加える。

「黄昏に集いしアギト……」

 なんて善子が恥ずかしい事を言っている横で、千歌は所在なく頬を掻いた。

「わたしだけ、普通ですけど」

 聖良はしばし逡巡していたけど、頬を緩ませ「そうだったんですか」と呟いた。

「わたしはこの力に気付いてから、これからどうすれば良いのか分からなくて、不安で取り返しのつかないことをしかけて」

 翔一や涼や他の皆の例に漏れず、聖良にもその苦悩があったらしい。自分は人でなくなってしまうのか。どうやって生きていけば良いのか。他にもアギトの力を持つ人々が現れたら、そんな苦悩もいずれは世の中から薄れていくのだろうか。力を持たない千歌には無縁な悩みだけど、考えずにはいられない。

 聖良は晴れやかな表情を浮かべる。

「そんなわたしに、津上さんは生きて、て言ってくれたんです」

 生きて、か――

 翔一らしい優しさと強さを携えたその言葉が、千歌は自分のことのように誇らしかった。どこへ行っても、翔一くんは翔一くんだったんだな、と。翔一がアギトと知っているのなら、彼は聖良の前で変身しアンノウンと戦ったのだろう。いくら姿が変わっても、大切なものは変わらない。自身の在り方でそれを証明し、彼は聖良の心を救った。

「それで、津上さんは?」

 改めて向けられた問いに、千歌のみならず皆が逡巡した。どう言えばいいのか、探り探りながらも、千歌は答える。

「翔一くんは、遠いところに往っちゃいました。凄く遠いところ。きっと今のわたし達じゃ、届かないくらい」

 ひどく曖昧だけど、聖良は「そうですか……」とひとまず納得はしてくれたらしい。同じ力があるのなら、彼女も何か感じるものがあるのだろうか。翔一がこの世界に見出してくれた「輝き」を。

 ルビィ達のもとへ辿り着いたとほぼ同時、ばりばり、と空気を裂くような音が空に響いた。

「な、何?」

 と目を細めながら、千歌は空の1点で飛ぶ飛行物を捉える。それはヘリコプターだった。

「これ、前も確か似たような………」

 曜がその既視感を口にする。あの時と同じだ。全容がはっきり見えるほどの低空飛行で、真っ直ぐこちらへ近付いてくる。ヘリは千歌たちもとへ下降してきて、回転翼の起こす突風で海岸の砂を舞い上がらせた。

「ま、ま、ま………」

 突風のせいで上手く口が回らない。でも恐らく鹿角姉妹を覗く全員が、そのヘリの持ち主をすぐに理解したことだろう。ピンクの派手なカラーリングも当時のままだ。本人曰くピンクではなくマゼンタらしいのだが、そんな事はどうでもいい。

「鞠莉ちゃんだ!」

 自分で発した名前すらもローター音でかき消されていく。ヘリの扉が開いた。シートに腰掛けるのはサングラスを掛けたブロンドの少女――

「ずら⁉」

 その違和感を花丸は叫ぶ。

「鞠莉ちゃんじゃ、ない……?」

 近くにいなければ、曜の声も聞こえなかっただろう。鞠莉と同じ色の髪は彼女よりも長いし、何よりも明らかにそれなりの歳を重ねているのが砂塵を撒き散らす視界の中でも見て取れた。

 ヘリのローター音をするりと抜けるような声で、その女性はネイティブな英語交じりの口調で告げた。

「My daughterがいつもお世話になっておりマース!」

 サングラスを外して露になった瞳は、彼女のdaughter()とよく似ていた。

「小原鞠莉の母、Marie’s Motherデース!」

 

 

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