ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 『サンシャイン』の劇場版は来年の1月公開らしいですね。

 本作も劇場版編までやる予定です。『アギト』サイドのストーリーは『サンシャイン』に組ませやすいよう考えてはいるのですが、『サンシャイン』劇場版の内容次第で変わると思います。てか必ず変わるでしょうね(笑)。




第3話

 

   1

 

「果南ちゃん、俺だけど」

 この日の初めての来客の声を聞き取り、果南は表に向かった。テラスに出ると、その来客である翔一がビニール袋を差し出してくる

「はい、回覧板とお土産」

「どうせまたミカンでしょ?」

「いいじゃない、ミカン美味いしさ」

 笑いながら果南はビニール袋を受け取る。中身は回覧板と大量のミカン。翔一は照明の点いていない店舗を見ながら、

「あれ、今日はお店やってないの?」

「今日は火曜日。うちは定休日だよ」

「あれ、そうだっけ?」

 翔一はおどけたように笑った。何度も来ているのに、と果南もつい笑ってしまう。一般人向けのドルフィンハウスにとって土日は売上が最も高いから、休日は多くの客が仕事に行く平日に限られる。

「こんな天気の良い日なんだから、どこか出掛ければいいのに」

 確かに天気も良いし、母も父の見舞いに行ったから暇といえば暇だ。でも休学中とはいえ高校生の自分が平日の昼間に堂々と街を歩くのは少し気が引ける。

「そうだけど、勉強しとかないと。休学も長引いてるし」

「偉いなあ果南ちゃんは」

 うんうん、と翔一は腕を組む。何だか年寄り臭い。

「天気も良いし、勉強もきっと捗るよ」

「さっき出掛けたら、って言ったのに」

 調子のいい翔一に、果南は呆れた視線を送る。年寄りじみたところがあると思えばどこか少年じみたところがある。だからこの年上の青年に対してついため口をきいてしまうのだが、本人も気を悪くしているわけじゃないのだから問題はあるまい。

「それに勉強なんて退屈だもん。数学とか苦手だし」

 出席日数は足りていたから進級はできたが、復学した頃に授業に着いていけずテストで赤点は取りたくない。赤点なんて取ったら補習で夏休みが潰れて家の手伝いができなくなってしまう。

「分かった!」

 唐突に翔一は組んでいた腕を解き、人差し指を立てる。

「ここはひとつ、俺が果南ちゃんの家庭教師をするとしよう」

 「ええ?」と果南は困惑気味に声をあげる。「ほら」と翔一は心配御無用とばかりに、

「俺の過去、もしかしたら一流大学のとても頭の良い学生だったかもしれないしさ」

 確かに年齢としては大学生でもおかしくないのだが、翔一に勉強ができるイメージは失礼ながらあまり沸かない。記憶を失う前も、どこかの家庭で家政夫として家事に勤しんでいたのでは、と思える。

 でも、天才とはこういった独特の雰囲気を持つ人のことを言うのかもしれない。もし本人の言う通り翔一が一流大学の学生だったら、翔一の過去の手掛かりになるし果南は勉強を教えてもらえる。一石二鳥だ。

「じゃあ、見てもらおうかな」

 そう言って果南は翔一を招き入れた。

 

 翔一を居間に通して、果南は自室から問題集を持ってきた。翔一が人畜無害な人間であることは重々承知なのだが、成人男性を自室へ招くのは多少の抵抗がある。千歌は翔一に部屋の掃除をしてもらっているそうだが、それは千歌にまだ幼さが残っていることが大きいだろう。

「果南ちゃん、お茶っ葉と急須ってどこかな?」

 居間に戻ると翔一がそう訊いてくる。客人だというのにお茶の準備をしようとするのは彼らしいが、果南は呆れと共に笑みを零し、

「もう、いいから早く始めよう」

 釈然としないのか口を尖らせつつも、翔一はテーブルについた。隣に果南が座り、「この問題なんだけど」と開いた問題集の頁を指さす。四角形が円に内接するための条件を問う証明問題。選択式で、1から4の中から正しい回答を選ぶ。

 翔一はシャーペンで問題文をなぞりながら、こめかみに指を当ててページを睨む。時折ペンを顎に当てて、再び問題文をなぞり、また顎に当てて、を繰り返す。

「どうしたの? 早く教えてよ」

 果南が急かすと、翔一はペンでページを指して「分かった!」とようやく声を発した。「本当?」と期待を込めて訊くと翔一は果南へと向き、

「俺の過去、一流大学のとても頭の良い学生――、じゃなかったんだやっぱり」

 駄目だこりゃ、と果南は思った。

「もう、これの答えは3だよ」

 言ってすぐ、「え?」と果南は漏らした。解き方なんて未だに分からない。でも、何となくこの問題の答えは3番という確信がある。別紙の回答集を開いて照らし合わせると、正解だった。

「当たってる……」

 「じゃあ、これは?」と翔一が問2を指さす。果南はじ、と回答の選択肢を見つめた。4通りの回答のなかで、「1」の文字がぼんやりと光を放っているように見える。

「1」

 果南が答えると、翔一は回答集を見て「正解だよ」と驚いた様子で果南を見ている。

「果南ちゃん凄いよ。家庭教師なんて必要ないんじゃない?」

「調子が良いだけだよ」

 きっと直感だ。2問続けて正解を当てるなんて確率が低いわけじゃない。そう自分に言い聞かせるも、偶然であることを証明するために次の問いを解こうと思えない。もし全問正解してしまったら。そんな有り得ない妄想に捉われ恐怖してしまう。

「あ!」

 壁に掛けた時計に目をやった翔一が声をあげた。

「そろそろ約束の時間だ」

「約束?」

「駅で千歌ちゃん達のチラシ配り手伝う約束しててさ」

「チラシ配りって、何の?」

「千歌ちゃん達が来月の始めにライブするらしいんだ」

 そう言って翔一はテーブルに置いた袋から回覧板を出し、中に挟んであるチラシを見せてくる。手書きをコピーした紙面の「ライブやります‼」という見出しの下に会場と日時、デフォルメされた千歌、曜、梨子のイラストが描かれている。会場は浦の星女学院体育館。日程は来月の第1日曜日。

「果南ちゃんも来てよ。千歌ちゃん達頑張ってるから、きっと良いライブになるよ」

 「あ、うん。時間取れたらね」と果南は答えるしかなかった。妹のような千歌を応援してあげたいという想いに偽りはない。でも表立って、千歌に「頑張れ」と言えない理由が果南にはある。

 「それじゃ」と翔一は急ぎ足で玄関から出て行った。まだ履き潰した靴の踵を歩きながら整えて、船着き場へと全速力で走っていく。テラスに出て翔一が無事に連絡船に乗ることができたのを見届けると同時、果南は翔一と入れ違いに船から降りた青年に視線を留める。視線と共に脚も固定されたように動かない。果南はただドルフィンハウスへと歩いてくる青年を瞬きせずに見つめ続ける。

 テラスの前で青年は脚を止めた。最後に会ったのはいつだっただろう。久々に会った青年の容姿は変わりなく、でも顔つきは随分と疲れ切った様子で、別人のようにも見えてしまう。

 その存在を確認するかのように、果南は青年の名前を呼んだ。

「……涼」

 

 

   2

 

 沼津市内で最も人通りの多い場所といえば沼津駅、というのが市民の共通認識だ。駅周辺には学校や企業の事業所も多く、そこへ電車で通う人々に向けての娯楽として、駅に隣接した商業ビルには映画館とゲームセンターが営業している。

 終業後の千歌たちがバスで向かうと、同じく学校帰りの学生や仕事帰りのOLたちが駅構内への階段を上がり、また構内から階段を下りていく。

「東京に比べると人は少ないけど、やっぱり都会ね」

 東京に暮らしていた梨子がそう述べるのなら、本当にここは人が多いのだろう。市内で遊びに行くとしたら真っ先に候補として挙がるのが駅周辺の市街地だ。人が集まる所には娯楽も集まり、その分バスやタクシーといった交通の弁も多く移動しやすい。

「いやー、お待たせ」

 と翔一が走ってくる。

「駐輪場探してたら遅くなっちゃって」

 「丁度良かったですよ」と曜が言った。

「そろそろ部活終わった人たちが来る頃ですし」

 帰宅部の学生が通るピークは過ぎてしまったが、まだ部活帰りがある。その時間帯を見計らい、チラシを配りライブの告知をするのが狙いだ。

「よーし、気合入れて配ろう!」

 意気込み、千歌は鞄からチラシの束を出して翔一に「はい」と手渡す。

「ひょっとしたら翔一くんのこと知ってる人がいるかもしれないし」

 「何で知り合いを探すの?」と梨子が訊いた。「ああ、そういえば梨子ちゃんは知らなかったよね」と曜が言って千歌も思い出す。梨子には翔一の境遇をまだ教えていなかった。これから彼との付き合いもあるだろうし、知ってもらっていいかもしれない。

「翔一くん記憶喪失なんだ」

 千歌がそう言うと、梨子は「え?」と目を丸くして翔一を見上げる。えへへ、と翔一は照れ臭そうに笑った。何で照れるのかは分からないが。梨子は息を詰まらせながら訊く。

「記憶喪失って………、何かの事故?」

「それが分からないんだよねえ。何も覚えてないからさ」

 一応当人が質問に答えたのだが、翔一はまるで他人事と捉えているように見える。梨子は向けるべき言葉を探しあぐねているみたいで、口を半開きにしたまま翔一を見つめている。千歌も翔一が高海家に来た日には似たような反応をした。彼が記憶喪失であると初めて知ったときの曜も同じく。

 バスターミナルに車両が停まった。中からぞろぞろと制服姿の学生たちが降りてそれぞれの行き先へと歩き始める。駅改札への階段か、ゲームセンターのあるビルか。

「さ、早く配っちゃおう」

 翔一が促し、千歌はチラシを手に取った。すぐ目の前を横切ろうとしたふたり組の女子高生たちに「あの、お願いします!」と笑顔でチラシを差し出すのだが、女子高生たちは他愛もないお喋りに夢中で至近距離にいる千歌に気付くことなく歩き去っていく。

「意外と難しいわね」

 その光景を目の当たりにした梨子が不安げに言う。

「こういうのは気持ちとタイミングだよ」

 そう言ってチラシを手にした曜は「見てて」と別の女子高生ふたりのもとへと向かい、「ライブのお知らせでーす!」と目の前に立つ。突然目の前に現れた曜に女子高生たちは驚くも、間髪入れず曜は「よろしくお願いしまーす!」とチラシを差し出す。興味を持ってくれたようで、受け取ったチラシを眺めながら「ライブ?」「あなたが歌うの?」と訊かれると、待ってました、というように曜は「はい、来てください!」と敬礼する。日にちが日曜ということで、互いの予定を確認しながら歩き去っていく様子から好感触のようだ。

 「凄い……」と梨子は呟いた。誰とでもすぐ仲良くなれる曜の性分を幼い頃から知っている千歌には見慣れた光景だが、いつ見ても流石だと思う。学校でスクールアイドル部――承認どころか申請もしていたかった頃だ――の勧誘をしていたときも、曜はすぐにチラシを捌き切ってしまった。

「よーし、わたしも!」

 気合と共に鼻をふん、と鳴らして千歌はひとりで駅の壁沿いを歩いている女子高生へと歩き、「あの」と声をかける。「はい?」と振り向いた彼女のすぐ脇の壁に手をつき動きを止めさせる。

「ライブやります、ぜひ」

 チラシを見せ、控え目な声で「あの……、その………」と困惑している女子高生に「ぜひ」と念を押して顔を近付ける。耐えかねたのか、女子高生はチラシを受け取ると「どうも」と律儀に告げて階段へと駆けていった。

「勝った」

 ガッツポーズする千歌に、「それいいね!」と翔一も品定めするように女子高生たちへと視線を巡らせる。

「津上さんがやったら犯罪になっちゃいますよ」

 呆れた様子の梨子だが、未だチラシを配れずにいる彼女に「次、梨子ちゃんだよ」と千歌は促す。梨子は少し臆した様子で、

「え、わたし?」

「当たり前でしょ。4人しかいないんだよ」

「それは分かってるけど……」

 梨子は曜へ視線を向けた。曜は順調にチラシを配っていて、彼女が声をかけた女子高生たちはみんなチラシを手にしている。次に翔一へ。翔一の持っている束も厚みが随分と減っていた。成人男性だから警戒されるかも、というのは杞憂で、持ち前の人懐っこい笑顔でチラシを配っていく。

「こういうの苦手なのに………」

 ぼやきながらも梨子は商業ビルのほうへ歩き、満を持してチラシを差し出す。

「あの、ライブやります」

 「来てね」と告げた先の少女は笑みで迎えてくれる。映画の広告ポスターのヒロインが。

「何やってるの?」

「練習よ、練習」

「練習してる暇なんてないの」

 「ほら」と千歌は背中を押した。こういうものは慣れだ。場数をこなしていくうちに羞恥も消えるだろう。「ちょっと」と脚をもつれさせながら前進した梨子の前に丁度よく人が通りかかった。初夏に差し掛かろうとしているこの時期には暑苦しい冬物のコートにサングラス、更にマスクという出で立ちの女性だった。顔が殆ど隠れているから年齢が判別しづらい。見るからに怪しいその女性に、引けなくなったのか梨子は意を期して「お願いします!」とチラシを差し出す。しばし逡巡を挟み、女性はチラシを受け取ると逃げるように走り去っていった。

 市街へと消えていく女性の側頭に纏められたシニヨンを千歌は見送る。似たような髪型を見たような気がしたが、いつどこでのことなのか思い出せなかった。

 

 

   3

 

 その青年がドルフィンハウスに客として訪れたのは、果南が高校に入った年の夏だった。

 第一印象は、正直なところ良くはなかった。幼い頃から家業を手伝ってきた果南は多くの客と接してきたし、当然若い男性の接客も慣れたものだった。中には年齢より上に見られがちな果南に言い寄ってくる男もいたが、そういった軽薄な誘いの受け流し方を、既に10代のうちに果南は身に着けていた。

 でも青年は果南に言い寄るどころか、果南から世間話を持ち掛けるまでひと言も発さなかった。話しかければ対応はするが、淡泊な態度でくすりとも笑わない。苦手意識を持つどころか嫌悪感すら抱いた。果南がダイビングのレクチャーをしようとしたら、必要ない、と突っぱねるように言ってそそくさと海に飛び込んだ。はいはいお好きにどうぞ、と当たり障りなく対応して帰ってもらおうと思っていたら、青年はすぐ水面に上がってきた。息継ぎをすると再び潜ろうとするのだが、フィンでの泳ぎ方をまともに聞かなかった青年は不格好なばた足で水飛沫をあげるばかりで、全く水面へ潜ることができていなかった。

「済まない。潜り方を教えてくれないか?」

 船上の果南を見上げて、青年はそう言った。果南は笑ってしまった。まるで子供が意地を張った末に折れたような姿に。不愛想な青年は機嫌を損ねると思ったのだが、果南の言うことには素直に耳を澄ませてくれた。一緒に潜ってレクチャーしていくうちに、青年は飲み込みが早いのかすぐにダイビングでの泳ぎ方を習得してしまった。

「競泳とはまた違うんだな」

 船に上がった青年は感慨深そうに言った。そのとき、ふっ、と青年が浮かべた笑みは果南にとって不意打ちだった。この人、こんな風に笑うんだ、と。

「俺、大学で水泳をするためにこっちに越してきたんだ。ずっとプールで泳いできたから、海での泳ぎがどんなものか知りたくてな」

 そう語る青年はとても楽しそうだった。店に訪れたときの仏頂面とはまるで別人のように。この人、泳ぐのが好きなんだな、と果南にはすぐに分かった。水に包まれることの心地よさ。特に夏の温められた海中は、まるで母親の胎内に戻ったかのような安らぎがある。子供の頃は、何で自分にはエラが無いのか、と疑問に思ったものだ。そのことを何気なしに話すと、「俺も思った」と青年も共感してくれた。果南と青年は互いに濡れた顔を見合わせながら、声をあげて笑った。

 その日から、青年は毎週日曜日にドルフィンハウスを訪ねた。水泳部の練習が休みなのは日曜日だけらしい。果南は自然と日曜日が待ち遠しくなり、日曜日を迎えると開店前から青年を待ちわびて船着き場を眺めるようになった。青年が船から降りるのが見えると胸が高鳴り、無意識に緩む頬で青年の来店を出迎えた。

 この気持ちの正体に気付いたのは、青年が事故のせいで来店が途絶えた頃だった。会わずにいたら忘れるどころか、青年の存在は果南のなかで着実に大きくなっていくばかりで、来るはずない、と分かっていても日曜日は落ち着かなくなった。

 これが、恋か。

 そう気付いたのは、青年が来店しなかった日曜日に閉店準備をしている際中だった。まさか自分が恋をするだなんて。言葉の意味は知っていても、それが持つ響きは実際にしてみないと分からなかっただろう。顔、声、仕草の全てが愛おしく、胸を熱くさせる存在。

 その青年こそが、葦原涼。

 果南の初恋の相手だった。

 

 沼津と三島の境目にある、かつては北條氏が城を構えていた丘はそれほど高くはない。遊歩道も整備されているし、十数分ほど歩けば山頂の公園へと到着する。普段から運動を欠かさない果南と涼は息を乱すことなく、山頂にて切り株をモチーフとした展望台に迎えられた。

 平日の淡島は静かだが、涼はできるだけ人気のない、間違っても知り合いと鉢合わせることのない場所を選んだような気がした。まだ高校生の自分に気を遣っているのだろうか。浦の星女学院に男女交際禁止、なんて校則は無い――不純異性交遊禁止、とあのお硬い生徒会長は言っていたけど――し、むしろ果南は知り合いに見せつけたい、とすら思った。わたしにはこんな素敵な彼氏がいます、と。

 でも、果南と涼は決して恋人同士とは言えない。こうしてふたりでどこかへ出掛けるのも今日が初めてだ。涼の運転するバイクの後ろに乗せてもらったのも初めて。果南は涼への想いは隠していない。直接本人に告白こそしなかったけど、分かりやすいくらいのアプローチはしてきたつもりだ。でも涼は果南が自然体を装って抱擁を誘っても適当に受け流すか、「本当に好きな奴のために取っておけ」と拒んだ。互いに触れられない、一定の距離を保つ。涼はそうすることで、果南とは店員と客という関係を維持してきた。唯一距離を詰めることができたのは、ふたりで写真を撮ったときだったか。子供扱いされていることにやきもきしたが、自分のことを尊重してくれる涼の硬派な一面に果南は一層に好意を深めた。

 それを改めて認識すると、果南は無性に自分の出で立ちが気になりポニーテールにした髪を手櫛でとく。恰好も野暮ったくないだろうか。ファッションにはあまり興味がないからよく分からない。

「1年ぶりかな、会うの」

 広場を歩く涼の背中に、果南は切り出す。話をしよう、とここへ連れてきたのは涼のほうだったが、山頂まで歩く道中でも無言を貫いていた。久々に会う果南に向けるべき言葉を探して、未だ見つかっていないように。

「聞いたよ。水泳も大学も辞めた、って」

 城南大学水泳部のホープとして、涼の活躍は沼津の地方新聞でも度々取り上げられていた。だから本人から連絡がなくても果南は涼が事故に遭ったことも、復帰してから初の大会で体調を崩したことも知っている。退学のことは、最近になってドルフィンハウスに客として訪れた城南の学生から聞いた。

「何かあったの? 復帰してからお店に来なかったの、水泳に打ち込んでるからだと思ってたけど」

 訊くと、涼は脚を止めてゆっくりと果南へと顔を向ける。とても寂しそうな眼差しだった。

「もう泳げない。もう選手ではいられないんだ」

「どうして? 事故の後遺症?」

 果南の問いに、涼は無言のまま顔を背ける。答えてくれるのを待ってみるが、涼は俯いたままの視線を上げることなく、ただ空虚を見つめ続ける。

 「勝手だよね」と痺れを切らした果南は呟く。

「ずっと顔見せなかったくせに、久々に会いに来てくれたと思ったら何にも話してくれないし。涼ってすっごいわがままですっごい弱虫なんだよね」

 ぶっきらぼうで粗暴に見える涼が、実はとても繊細な青年だと果南は知っている。店に訪れた涼はよく果南に打ち明けてくれた。水泳選手としての伸びしろ。周囲から寄せられる期待へのプレッシャー。

「お前の言う通りだ。やっぱり来るべきじゃなかったか」

 そう言って涼は遊歩道へと歩き出す。その背中に果南は告げる。

「いいよ、頼ったって」

 1年ぶりに会っても涼への気持ちは変わらない、と確信できる。だから以前のように話してほしい。果南は今年で18歳になる。もう子供扱いせずに頼ってほしい。振り向いてくれる涼に果南は微笑む。

「わがままで弱虫な涼が好きなんだから」

 

 

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