ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第2話 いま語ろう! 燦々と輝くその軌跡‼

   1

 

「皆、今日はうちでご飯食べてってよ」

 あの日、翔一くんはいつもの笑顔でそう言っていた。

 全てが一変してしまったあの日の光景は、今でも夢に現れるほど鮮烈にわたしの裡に植え付けられている。

 その日、ラブライブの優勝旗を手にドームを経ったわたし達Aqoursは、最後の戦いから戻ってきた翔一くん、氷川さん、葦原さんと一緒に内浦へ帰った。

 殆ど実家みたいなものなんだからゆっくりしていれば良いのに、沼津駅に到着すると翔一くんはそのまま夕飯の買い物に行こうとしていた。何だか一緒に住んでいた頃に戻ったみたいで、久々の彼の手料理をわたし達は楽しみしていた。俄然として翔一くんが張り切っていたのをよく覚えている。

 街の中では賑やかな方だけど、東京に比べたら静かな夕方の沼津駅前のたった1日だけしか離れていなかったのに、大舞台の後の故郷は不思議と懐かしく感じられて、微かに潮気を含んだ空気が心地よかった。

 そんな時だ。心地良い談笑の声に、喚き散らすようなサイレンの音が割り込んできたのは。

 何だろう、と皆で一斉に目を向けると、赤いランプを光らせたパトカーと無数の白バイが駅前のバスターミナルに入って来ていた。怖い、というよりは何で、という困惑ばかりがわたしの裡には渦巻いていて、物騒に銃を構える白バイから降りたG3に似た戦士――後にG3-MildというG3の量産型と知る――をただじ、と見ていることしかできなかった。

「何なんですかこれは? 一体どういう事ですか?」

 わたし達を庇うように立った氷川さんが、怒気を含みながら警官たちに訊いた。すぐに答える人は誰もいなくて、返答代わりなのかこちらへがしゃがしゃ、と金属の鎧を打ち鳴らしながらひとりの戦士が歩み寄ってきた。その姿を見て氷川さんは目を剥いていた。何故ならその戦士は、さっき氷川さんが身に纏ってアンノウンと戦っていたG3-Xだったのだから。

 わたし達とはある程度の距離を置いて足を止めたG3-Xは、顔の両側に手を当てた。かち、とスイッチを押すような音を経て、マスクが外されて素顔が露になる。

「北條さん?」

 と似合わない緊張感を纏わせながら訊いたのは翔一くんだった。

「何ですか? 悪い冗談はやめて下さいよ」

 「冗談ではありませんよ」と北條さんは憮然とした表情を崩さないまま告げる。

「つい先刻、アギト対策措置法が可決されました。それに伴い津上翔一、及び葦原涼2名の身柄を拘束します」

「そんな、何で………」

 氷川さんはすっかり混乱しているみたいで、がらんどうに固くなった唇を動かしている。北條さんの雄弁さは止まることがなく、

「氷川さん、あなたも先ほどの戦闘にいたのなら分かるはずです。アギトの力は進化を続ける。もはや抑えが効かなくなるのも時間の問題なんですよ」

 そうだ、とわたしは思い出していた。翔一くん達はついさっき、わたし達がドームで歌っていたのと同じ頃に戦っていた。

 アンノウンと、アンノウンを統べる神と呼ぶべき黒い青年と。

 3人はアンノウンと黒い青年を打ち倒し、この世界を護り抜いてくれた。アギトと人間の未来は開かれたはずだった。

「対処できるうちに、アギトを滅ぼすつもりですか?」

 氷川さんが乾いた唇で訊いた。世界を護った英雄とも呼ぶべき翔一くん達を待ち受ける、恐ろしい運命を。

「アギトは脅威と認定されましたが、敵性認定はまだされていません。その身体構造、進化のメカニズムを解明し、抑制させる術を見出す方針となっています」

 なら、翔一くんと葦原さんは拘束されても、そう酷い仕打ちを受けることはないのでは。そんな期待じみた想いが沸き上がるけど、北條さんの言葉が単なるまやかしでしかない疑念の方が大きかった。ただ病院に連れて行って検査を受けさせるだけなら、こんな街中で今にも銃撃戦を始めそうな状況を作る必要なんてない。

「そんな事をしなくても、一緒に生きていくことはできないんですか?」

 そう訊いたのは翔一くんだった。いつも朗らかな彼の表情は、この時ばかりは悲しげだった。自分の持つ力――皆の居場所を護るために振るってきた力――が、新しい戦いの火種とみなされている事に。北條さんはそんな翔一くんの悲しみを真正面から受け止めるように、はっきりとした声音で返す。

「そうしたいのは山々ですが、他の人々があなたと同じ生き方ができるわけではない」

 ぴく、と葦原さんの肩が一瞬だけ痙攣したように震えたのを、わたしは見逃さなかった。きっとそれは違う、て否定したかったんだと思う。でも、北條さんの言葉が間違っていない事も確かだと、葦原さんもわたし達は知ってしまっている。

 葦原さんはギルスとして覚醒した力のせいで、孤独と絶望の最中にいた。

 木野さんはアギトへの覚醒を切っ掛けとして、裡に秘めてきた使命感を歪め暴走させてしまった。

 翔一くんのお姉さんはアギトの力に振り回された挙句、越えてはいけない一線を越えてしまい自ら命を絶つ末路を辿った。

 ここにいる皆が理解している。アギトの力が祝福か呪いになるかは、力を宿した当人次第でしかない事を。

「分かりました」

 翔一くんの答えを聞いたわたしは、口を半開きにして彼の顔を見上げた。わたしの視線に気付いていない翔一くんは続ける。

「ただ、連れて行くのは俺だけにしてください。またアンノウンが出たら、葦原さんに戦ってもらわないと」

 「私たちがいるじゃないですか」と肩をすくめる北條さんに翔一くんは悪意なく朗らかに笑い、

「あまり頼りないですからね」

 その言葉にさっきまでG3-Xとして戦っていた氷川さんは何も言わず、わたしと同じように困惑の目を翔一くんに向け続けている。

 翔一くんはわたしへと視線を流した。

「ごめん千歌ちゃん。今日は帰れなさそう」

 そう困ったように翔一くんは笑った。帰れないのが今日だけで済まない事を覚悟した顔だ、とわたしは悟ってしまった。ここで彼を行かせてしまったら、二度と帰って来てくれないという確信めいたものがあった。

 嫌だ。

 行かないで。

 わたしを置いて行かないで。

 言葉が次々と浮かんでくるのに、それを声に出すことができない。足は震えて動かず、喉元が硬直して佇むことしかできない。

 こんな時に行動を起こせるのは臆病で普通怪獣なわたしじゃなくて、荒事には慣れっこな人だ。今回の場合、それは葦原さんだった。

「変身!」

 吼えながら、葦原さんは地面を蹴って北條さんへと向かっていく。直後、1発の銃声が鳴り響くと共に葦原さんの身体がくの字に折れ曲がって倒れた。北條さんのすぐ近くにいたG3-Mildの構える銃口から硝煙が立ち昇っているのが見えた。

「葦原さん!」

 翔一くんの声を制止するように、葦原さんはむくり、と上体を起こした。その不死身ぶりに北條さんは目を剥き、G3-Mildたちは恐怖か困惑か狼狽えている。ゆっくりと立ち上がる葦原さんの身体は緑色の筋肉に覆われていき、頭に双角が伸びた。その足元にからん、と軽い音を立てて先端の潰れた鉛玉が落ちた。

「うおおおおオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアッ‼」

 獣みたいな雄叫びをあげて、ギルスに変身した葦原さんは北條さんの胸に拳を叩き込んだ。胸の装甲を抉られた北條さんを庇うように、我に返ったのか周囲にいたG3-Mildたちが一斉に葦原さんへ銃弾を浴びせていく。でも、無数の弾丸が葦原さんに命中する事はなかった。背中から伸びた触手が彼の周囲を飛び交い、向かってくる弾丸を全て弾いてしまったからだ。

「逃げろ津上!」

 「葦原さん……」と歯噛みする翔一くんに「逃げろおっ」と叫びながら葦原さんは全身から尖刀を生やしG3-Mildの鎧を切り裂いていく。せっかくのチャンスを作ってくれた彼の姿に、足の震えから解放されたわたしは翔一くんの手を引いた。

「早く、翔一くん!」

「千歌ちゃ!?」

 他の皆も手伝ってくれて、わたし達は翔一くんを連れて沼津駅前から離れる事ができた。G3-Mildたちは葦原さんが止めてくれたお陰で追ってくることはなかった。

 港まで逃れて足を止めたところで、わたしは氷川さんがいない事に気付いた。でも彼の不在は些末と思えるほど余裕が無いのが現状だった。港の市場は普段なら賑わっているはずなのに、駅前の騒ぎのせいか人気が殆どなかったのを覚えている。果南ちゃんは葦原さんを案じてか泣き出してしまいそうで、鞠莉ちゃんとダイヤさんに肩を抱かれていた。

「これからどうするずら?」

 切り出したのは花丸ちゃんだった。少なくとも家には帰れないだろうな、とぼんやりとだけど思っていた。

「皆はもう帰りなよ。俺なら大丈夫だからさ」

 この時ばかりは、翔一くんの能天気さに苛立ったものだった。

「嫌だよ、翔一くんも一緒じゃなきゃ嫌だ!」

 とわたしは駄々っ子のように翔一くんの腕にしがみ付いて離さなかった。翔一くんは振り解くこともなく、困ったようにわたしを無言のまま見つめ返していた。縋るように皆を見渡すと、皆も困ったような表情を浮かべながらもわたしと同じように翔一くんの身体にしがみ付いた。

 

 十千万にはその日のうちに警察がやって来て、志満姉がいくら翔一くんの不在を伝えても北條さんは信じてくれず一緒に来た刑事さん達に旅館をくまなく調べるよう指示を出した。知らない人たちに強引に上がり込まれて自室に断りもなく入られるのはとても怖かったし心地は悪かった。

 でも、北條さん達は翔一くんを見つけることはできなかった。そりゃそうだ。本当に十千万のどこにもいなかったのだから。

「北條さんは、アギトを信じないんですか?」

 帰り際の彼に、わたしは訊いた。北條さんはいつもの憮然とした表情を崩さず、雄弁と告げていた。

「これは私個人の意思ではない。私は人類全体の意思を代表しているだけです。アギトの存在は世界を混乱に陥れる。これは間違いのないところだ」

「本当にそうですか? わたしは、翔一くんや葦原さんなら力を正しい事に使える、て信じています」

「先ほども言いましたが、全ての人間が彼らのように生きられるわけじゃない」

 「なら――」と熱くなるわたしの言葉を、北條さんは流暢な言葉の連なりで遮ってしまった。

「アギトになっても心が人間のままなら、力を悪用する者は必ず現れる。人間とは、あなたが思っているほど清浄な生き物ではない。よく覚えておく事です」

 それは、これからを生きるわたしへの激励のつもりだったのだろうか。それとも、これ以上自分たちの邪魔をしないように、という警告だったのだろうか。今になっても、あの時の北條さんの言葉の意味は分からずにいる。

「悪意を持った人間が力を付けてしまえば、人類は内側から滅んでいくことになる」

 そう言い残し、北條さんは刑事さん達を引き連れて十千万を後にした。聞いたところだろ、隣家である梨子ちゃんの家や、他のAqoursメンバーの家全てを捜査して回っていたらしい。でも、どこの家にも翔一くんはいなかった。それも当然の事だ。絶対に見つからない自信の下で、彼をあの場所に匿っていたのだから。

 

 

   2

 

 一夜が明けた朝、わたしは早いうちに秘密の場所へと向かった。同じ時間に家を出ていた梨子ちゃんと家の前に会って、バス停には鞠莉ちゃんと果南ちゃんが同じバスの便を待っていた。バスが来ると既に曜ちゃんと善子ちゃん、花丸ちゃんとルビィちゃんとダイヤちゃんが乗っていた。

 わたし達が向かった先は、わたし達がよく知っているところ。わたし達が出入りしても何も不思議じゃないところ。わたし達が護ろうとして、結局は護れなかった居場所。

 そう、浦の星女学院。そこに翔一くんを匿った。幸いにも空き教室はたくさんあったから、有効活用した形になる。

 でも翔一くんが寝泊まりしていたのは空き教室じゃなく、用務員さんが使う狭い休憩室だった。確かに、板張りの床よりは休憩室の畳のほうが快適だよね。翔一くんひとりで使う分なら広々と使えたのかもしれないけど、生憎ながらそこまでの都合は着かなかった。

「涼!」

 と名前を呼びながら、畳で横たわりながら呻き声をあげる葦原さんに果南ちゃんが駆けつけた。あの騒動から逃げ延びることができた葦原さんもわたし達と合流してここに匿っているわけだけど、手酷くやられたみたいだ。いくらアギトやギルスでも、銃撃されれば怪我もするし当たり所が悪ければ死んでしまう。

 果南ちゃんの姿を認めた葦原さんは歯を食いしばりながら起き上がり「大丈夫だ」と言ってみせるけど、きっとこの場にいる誰もが大丈夫だなんて思ってない。呼吸は粗くて額からは玉汗が滴っている。

「ほら葦原さん寝てないと」

 と翔一くんが葦原さんの身体をゆっくりと畳に寝かせる。溜め息をつきながらわたし達に少し気の抜けた笑みを向けて、

「しばらく休めば大丈夫だと思う。昨日は凄く血だらけだったけど、もう傷は塞がってるからさ」

 「たったひと晩で?」と梨子ちゃんが驚愕した。昨日、狩野川に流されていた葦原さんを引っ張り上げたときは酷いもので、皆で背負って歩く毎に血の滴が絶えず地面に垂れていたほどだった。全身が血を被ったみたいに真っ赤だったから、どこが患部なのかすら分からなかったほどだ。

 ひと晩で傷が治癒してしまうその異常なほど早い回復力は、ギルス故の恩恵なのかもしれない。その分、なかなか終わらない苦痛に葦原さんは悶える羽目になってしまっているわけだから、手放しに喜べないことが難しいところだ。

 何とか峠を越える事ができた安堵にわたしは微笑しつつ、鞄を開けて中身を広げた。

「ほら、家から着替えとか食べ物とかいっぱい持って来たんだよ」

 皆も次々と鞄の中身を出していった。取り敢えずしばらくはここに隠れられるよう食糧を持って来たのだけど、ペットボトルの水や缶詰といった非常食を翔一くんは物悲しそうに見下ろしていたのが印象的だった。

「次は、調味料とか持って来てもらっていいかな? あと菜園の野菜も。ここなら家庭科室とか使えるだろうし――」

「もう、こんな時に何言ってるのよ」

 いつもの楽天的な調子も、善子ちゃんの皮肉に遮られてしまう。この時ばかりは翔一くんの普段通りさに呆れ、

「そうだよ、落ち着くまでここで大人しくしてて」

 翔一くんからしたら味気ないものかもしれないけど、こういう時のための非常食なんだから。北條さん達も久しぶりにアンノウンが現れたから少し過敏になっているだけ。法律が可決されたとかどうとか言っていたけど、きっとしばらくすれば翔一くんが好きなだけ料理ができる日常が戻ってくる。

 そんな事を本気で信じていたわたしも翔一くんと同じくらい、いや彼以上に日和見だったと後になって思い知らされた。

「美味しいか味見してみるずら――」

 と花丸ちゃんが缶詰めのひとつに手を伸ばしかけたとき、部屋の窓ガラスが甲高い音を立てて割れた。飛び散る破片にわたし達は咄嗟に腕で顔を覆ったと同時、からん、という軽い音は缶詰めが倒れた音と思った。わたしの視界の端にあった筒状のものは缶詰めじゃなかった。缶詰めなら、煙なんて吹き出さないから。

「皆逃げて!」

「逃げろ!」

 翔一くんと葦原さんが立て続けに言う間に、用務員室は煙に覆われ視界が遮られていた。わたし達は手探りに出口へと駆け込んで、煙に咳き込みながら廊下に出ると同時にわたしの身体は何かに持ち上げられた。

 咄嗟のことに何が何だか分からないまま、ただ堅いものに身体を包まれる感触とがしゃがしゃ、と金属を打ち鳴らす音が耳朶を叩くのを感じ取っていた。

 外に出たらしく、太陽の光を感じつつ馴染み深いグラウンドの土が視界に入った。ようやく地面に降ろしてもらって多少の自由がきくようになると、わたしは絶句して足も口も動かすことができなかった。

 以前はソフトボール部が練習に励んでいたグラウンドには、G3-Mildたちが展開していて校舎に向けてライフル銃を構えていた。強張った首を動かすと、外に連れ出されたのはわたしだけじゃないらしく他のメンバー皆が同じように土の上に突っ立ったままでいた。ルビィちゃんに至っては腰を抜かしていたし、梨子ちゃんは過呼吸を起こしたみたいにひゅうひゅう、という不自然な呼吸を繰り返していた。

「千歌さん、怪我はありませんか?」

 その声に咄嗟に振り返ると、その先にはオレンジ色の目をしたG3-Mild――いや、より堅牢な鎧を纏ったG3-Xが立っていた。多分だけど、わたしを連れ出した人だ。マスクを外すと、険しい表情をした青年刑事の顔が現れた。

「氷川さん……」

 彼の存在に安堵すれば良いのか分からないまま、わたしはただ無言のまま氷川さんと視線を交わしていた。そこへ、別の冷たい声が飛んでくる。

「やはり、ここに隠れていましたか」

 向くと、G3-Mildの中では目立つ瀟洒な背広姿の北條さんが立っていた。

「失礼ながら、後を付けさせてもらいましたよ」

 そう言って北條さんが右手を挙げると、G3-Mildたちが一斉にライフルを構えた。銃口の先にあるのは学校。ぞわ、という恐れがわたしの全身を撫でて肌が粟立っていった。

「何を――」

 とわたしはかすれ声で訊いた。縋るように氷川さんの顔に視線を向けても、彼は眉間に皺を寄せて顔を逸らしてしまう。ふう、という北條さんの嘆息が聞こえた。

「昨日の1件から、葦原涼と津上翔一の処遇は捕獲から殺害へと変更されました」

 その冷たい宣告に、時間が止まったかのような錯覚にとらわれた。意識を元の時間に戻してくれたのは、鞠莉ちゃんの悲痛なまでに引きつった声だった。

「そんな……、ふたりは今まであなた達と一緒に戦ってきたじゃない!」

「それはアンノウンという共通の敵がいたからです」

 北條さんは撥ねつけるように言う。

「我々警察は市民を、アギトは同胞を護るという目的が一致していたに過ぎない。その均衡が崩れれば、アギトは次なる脅威になる。無力な人間に成す術はないのです」

 雄弁に語る北條さんにダイヤちゃんが静かな怒気を含んだ声で告げる。

「翔一さんや葦原さんが、人を襲うとでも?」

 そんな事は有り得ない、というのはわたし達の共通認識だった。曜ちゃんが言った。

「そうです。翔一さんはわたし達の居場所を護る、て言ってくれたんです。葦原さんだって、その気持ちで戦ってきてくれたはずです」

「それは、あなた達が同胞だからではないですか?」

 挑発するかのような問いに「どういう事ずら?」と震えるルビィちゃんの肩を抱きながら花丸ちゃんが訊いた。

「皆さんは過去にアンノウンに狙われた経験がある。つまり、あなた達もアギトになる可能性があるという事だ。ふたりはあなた達の中にある力を無意識に感じ取り同じアギトとして護ろうとしていた、とも考えられる」

 そんなの、ただのこじつけじゃないか。北條さんの仮説が正しかったら、翔一くんがわたしを護るはずがないのだ。

 だってわたしは――

「あなた達もただで帰すわけにはいかなくなりました。アギトの力のメカニズムと制御する術を解明するため、我々のもとに来てもらいますよ」

 その言葉で、わたしは翔一くん達に向けられた銃口の意味を悟った。既にアギトとして覚醒したふたりより、あくまでまだ人間でしかない皆の方が弱く、警察としても抑えやすい。もはや制御のきかない異形になったふたりを、危険を冒してまで捕らえる必要がなくなった。そうなれば、始末してしまったほうが手っ取り早く事態を収拾できる。

「主任!」

 そう北條さんを呼んだG3-Mildのひとりが、校舎を指さした。北條さんと、吊られてわたし達も視線を流すと、ゆっくりとした足取りでこちらへと歩いてくるふたり青年がいた。

「それ以上近付けば撃ちます」

 北條さんが告げると、葦原さんの肩を支えていた翔一くんは素直に足を止めた。

「北條さん、皆を離してください。俺たちがそっちに行きますから」

 「駄目!」とわたしは訴えを叫んだ。「千歌さん――」と氷川さんが止めに入ろうとしたけど、構わずに喚き続けた。

「翔一くん来ちゃ駄目! 殺されちゃうよ!」

 流石にお人好しな翔一くんでも、これが罠であることに気付いているはず。仮に戦ったとしても、重傷の葦原さんを抱えて10人は越えているだろうG3-Mildたちを相手に勝てるかどうか。

 大勢から銃口を向けられているにも関わらず、翔一くんは笑っていた。いつもの屈託のない笑顔とは違う。不安なわたしを何とか慰めようとするかのような、不器用で少しばかりぎこちない笑顔だった。

「大丈夫」

 そう言って、翔一くんは葦原さんの肩を支えて歩き始めた。北條さんはきっと、この時を待っていたのだろう。制止や警告も聞かないふたりに、堂々と撃てる機会を。

「撃て!」

 北條さんが声を張り上げた。G3-Mildたちの構えるライフルに据え付けられた砲身からグレネードが射出され、宙に放物線を描きふたりへと向かっていく。数舜の後、暴発した花火みたいな轟音が幾重にも響いて、離れていたわたしの骨の芯まで震わせた。

 おびただしい数のグレネードは着弾と同時に辺りに粉塵を撒き散らして、翔一くんと葦原さんの姿を完全に覆い隠してしまった。流れ弾が校舎にも及んだらしい。鉄筋コンクリート製の校舎はグレネード程度では倒れなかったけど、そこに建っているのはもうわたし達の通っていた浦の星とはかけ離れた姿だった。前にテレビで見た事のある、紛争地帯の崩れかけた建物。傷付けられても懸命に倒れまいと踏ん張っているようで、無意識にわたしの頬を涙が伝った。

 突如、粉塵の中から細長くしなるものが伸びてきて、凄まじいスピードでわたしの隣を横切った。涙も拭かずにわたしが目で追うと、伸びてきた触手は北條さんの身体に巻き付いて拘束していた。

「ウオオオオオアオアアアアアアアアッ‼」

 咆哮をわたし達の耳朶に轟かせながら、触手に引っ張られるように緑色の戦士が一気にこちらへと肉迫した。全身から尖刀を生やしたギルスが、身動きの取れない北條さんの眼前に手首の刃を突き立てる。次の瞬間には無惨な血飛沫が飛び散る様を想像したわたしはぎゅ、と目を閉じた。

 でも一瞬の後も、数秒の後にも飛沫が散る音も悲鳴も聞こえず、目を開くと葦原さんはまだ北條さんの眼前に刃を突き付けたまま動きを静止させていた。丸腰の相手に引導を渡そうとしない緑色の異形に回りのG3-Mildたちはどう対処すれば良いのか考えあぐねているようで誰も見動きせず、生殺与奪を握られている北條さんも目の前の刃を瞬きせず睨んでいた。

 ずっと続いてしまいそうな逡巡の後、葦原さんは腕を降ろし、丸太みたいに隆起した脚で北條さんのお腹に蹴りを入れた。ごぱあ、と奇声にも似た悲鳴をあげ、北條さんの身体は遠くへと飛ばされていった。

「撃てえっ!」

 誰かが叫ぶと、G3-Mildたちが葦原さんへ一斉にライフルを発砲していく。「やめて下さい!」と氷川さんが言ったが、誰も聞かず容赦なく引き金を引いていく。絶え間ない発砲音に思わず耳と目を塞いでしまった。また誰かに抱えられる感覚がして、目を開くとわたしは氷川さんの腕の中にいた。

「皆さんもこっちへ、早く!」

 そうだ、皆は。気になって氷川さんの腕から顔を出そうとしたけど、「危ない!」とグローブに覆われた手で引っ込められた。

 ようやく降ろしてもらえると、銃撃戦——殆ど一方的に葦原さんが撃たれているだけだが――から少し離れたグラウンドの一画にわたし達は集まっていた。幸いというべきかメンバー全員がいて、遠くで繰り広げされている銃殺刑を皆で眺めることしかできなかった。

 けど、葦原さんはまだ息絶えてはいなかった。それどころか、負傷すらも覗えない。際限なく発砲される弾丸は、葦原さんの前で鞭のようにしなる触手が全部叩き落としてしまっていた。ひたすら弾を浪費していくG3-Mildたちに、葦原さんは刃を振るい銃や剣を次々と斬っていく。でも、G3-Mildたちの身体を傷付けるような事はしなかった。拳や蹴りで鎧を穿つ程のダメージは与えていたけど、決して血を流させはしなかった。葦原さんなら、その気になればあの場にいる全員を血に沈めることができたはずなのに。

「…………翔一くん」

 ふと、わたしはその名前を呼んだ。そうだ、翔一くんは。粉塵の晴れた着弾地点に目をやると、そこには誰もなく抉られた窪みがあるだけだった。

「翔一くん……!」

 わたしは何度も名前を呼びながら足を踏み出そうとしたけど、「千歌ちゃん!」「駄目よ!」と曜ちゃんと梨子ちゃんに両脇から止められた。

 ぱあん、と何かが弾けるような音と同時に悲鳴が聞こえた。見れば、葦原さん膝をついていた。足元にはコップをひっくり返したような量の鮮血が零れ続けている。

「撃ち方始め!」

 という指示が飛んで、ねじ伏せられていたG3-Mildたちが武器を構え直す。でも、1発も撃たれることはなかった。銃撃の輪の中に、猛スピードで1台のバイクが光の尾を引きながら割って入ったからだ。

 金色の輝きを放つそれは、アギトに変身した翔一くんだった。翔一くんは赤と黄金に彩られたバイクをターンさせ、辺りに粉塵と光の粒子を振り撒いてG3-Mildたちを蹴散らす。生じた僅かな隙で葦原さんの襟首を掴み、わたし達のもとへと放り投げた。

 一瞬。ほんの一瞬だったけど、翔一くんの赤くなった目がわたしを捉えた気がした。何か言おうとしたのかもしれないけど、状況がそれを赦してはくれず、翔一くんはバイクのアクセルを吹かしグランドを疾走し始めた。

 G3-Mildたちはそれぞれのバイクに跨って、丘を下り始めた翔一くんを追跡していく。全員が行ったわけではなく、ふたりだけ残ったG3-Mildが止めを刺すつもりなのかチェーンソーみたいな剣を構えて葦原さんに近付いてくる。もはや変身も解けてしまった葦原さんの前に、果南ちゃんと鞠莉ちゃんが立ち塞がった。丸腰の人間相手にG3-Mildたちは困り果ててしまったようで足を止めた。

「氷川さん、何やってるんですか。早く目標に止めを」

 片割れに言われ、氷川さんが逡巡した。G3-Xのマスクを持つ手が小刻みに震えているのが分かる。

「氷川さんは、こんな事に賛成したんですか?」

 わたしが訊いても、氷川さんは答えてはくれなかった。ただ手を小刻みに震わせて、唇を固く結んで、ただそこに立っているだけ。

「もういい、やるぞ」

 そんな木偶の坊ぶりに痺れを切らしたのか、G3-Mildたちが再び歩き始める。その時、グラウンドの隅で停まっていたトラックが走り出してこっちへと向かってきた。スピードを上げていくトラックは、その勢いのまま味方であるはずのG3-Mildふたりを撥ね飛ばし、わたし達の目の前で停車する。

「乗って!」

 とカーゴの扉から出てきたのは若い女性だった。「小沢さん⁉」と氷川さんが女性を呼ぶけど、女性は「早く乗りなさい!」と繰り返す。目まぐるしい状況に思考が追いつかないわたし達だったけど、何とか彼女の指示だけは理解できて急ぎカーゴに駆け込んだ。氷川さんも葦原さんを背負い中に入れてくれて、全員を収容したトラックはタイヤの甲高い音を立てながら再び走り出した。

 

 





 次回予告

 突如として日常を奪われたAqours!
 だが泣かないッ! 希望が在る限りは泣かないイイ‼

 次回 シャゼリア☆キッス 24.7
 悲劇開幕! 戦士は己が愛を貫く‼
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