ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 特撮原作なので怪人の名前とか技名とか出すべきじゃ、とは思ったのですが、『アギト』の怪奇ものテイストを演出するために省くことにしました。




第4話

 

   1

 

「お願いしまーす!」

 すっかり聞き慣れたその声は、遠くからでも花丸の耳に届いた。たまにルビィと書店で本を買いに行くのに利用する沼津駅は今日も人が多いのだが、いつもと異なり多くの女子高生たちがチラシを手にする光景が映る。女子高生たちのチラシの中心に、あの先輩たちがいた。

「花丸ちゃーん!」

 こちらに気付いた千歌が駆け寄ってくる。同時にルビィが花丸の大量買いした本が包まれた風呂敷の陰に隠れる。「はい」と差し出されたチラシを手に取った花丸は見出しの「ライブ」という文字を声に出す。

「花丸ちゃんも来てね」

 千歌が言うと「やるんですか?」と背後からルビィが顔を出した。でもすぐに花丸の後ろに隠れて身を縮こませる。人見知りのルビィは未だに千歌に慣れていないらしい。そんな彼女の隣に千歌はそっとチラシを差し出す。

「絶対満員にしたいんだ。だから来てね、ルビィちゃん」

 おそるおそるチラシを受け取ったルビィは千歌を見上げる。その光景に花丸は少し驚いた。ルビィが他人と目を合わせるなんて滅多にない。

「じゃあわたし、まだ配らなきゃならないから」

 千歌は人の多いバスターミナルへと戻ろうとしたのだが、その背中に「あの」と震えながらもルビィが呼び止める。ルビィが大声を出すなんて、悲鳴以外にあっただろうか。ましてや他人との会話のなかで。脚を止めて振り返った千歌に、顔を赤くしながらもルビィは尋ねる。

「グループ名は、何ていうんですか?」

 「グループ名?」と反芻した千歌は自分のチラシへと視線を落とし、「あ……」と何かを思い出したのか気の抜けた声をあげる。何だろう、と花丸が思ったとき、ばさり、という音がバスターミナルの方から聞こえてきた。

 花丸の視線の先で、千歌の他にいる先輩たちとチラシを配っていた青年が棒立ちになっている。その足元でチラシが散らばっていた。

「翔一くん?」

 同じく青年に視線を向ける千歌が呟く。あの青年の名前だろうか。翔一と呼ばれた青年は千歌のほうを向く。何やらただ事ではないような、そんな顔をしている。

「ごめん千歌ちゃん、俺行かなくちゃ」

 そう言うと、青年は落としたチラシを拾うことなく走り出す。「翔一くん!」と千歌は青年の背中に言った。青年は脚を止めることなく走り続けるが、それでも構わず千歌は大声で続けた。

「ちゃんと帰ってきてよ! いつもの翔一くんのままで帰ってきてよ!」

 

 

   2

 

「これから海潜ってく?」

「いや、そこまで図々しくなれないよ」

 果南の誘いをやんわりと断りながら、涼は不思議な感慨を覚える。さっきまでの恐怖はすっかり抜け落ち、無意識に頬を緩めた。そんな涼を見て、果南も笑みを零す。

「そういえば、今日学校はどうしたんだ?」

 今更になって今日が平日であることを思い出した。高校生の果南は学校に行っているはず。会えたから良かったが間抜けなものだ。部屋に閉じこもって曜日の感覚が抜けかけていたとはいえ、平日の昼間に訪ねようだなんて。

「父さんが怪我で入院しててね。お店手伝わなきゃいけないから休学中」

「そうだったのか。そんな大変なときに………」

 「ごめん」と言おうとしたところで、「だから」と果南に遮られる。

「散々ほったらかしにされた分、いっぱい埋め合わせしてもらわないとね」

 果南は嬉しそうだった。年齢不相応に大人びた彼女だが、以前も時折見せていた少女らしい屈託のない笑顔に涼は頬の熱さを感じる。顔を背けようとしたが、いや、と思い直した。もう彼女と距離を取る必要はない。水泳という目標は失った。今の自分に残されたのは果南だけだ。どう生きていけばいいか、その答えが彼女の笑顔で見つかった。

 これからは、この少女のために生きていけばいい。

「約束する。もう寂しい想いはさせない」

 しっかりと果南の澄んだ瞳を見据え、涼は言った。果南は頬を赤く染めて、でも笑顔で頷いてくれた。

 海のほうから風が吹いてくる。そろそろ帰ったほうがよさそうだ。休学中とはいえ、果南を連れ回すのはあまり良くない。涼が歩き出すと、果南は隣につく。歩く度に、互いの服の袖が触れ合うほどの距離だ。以前のように離れはしない。

「ひとつ、訊いてもいい?」

「ん?」

「涼が水泳を辞めたわけを知りたいの。涼の支えになりたいし」

 果南の問いに、涼はどう答えたらいいか言葉を探る。身に起こったことを正直に話す勇気はまだ沸かない。果南なら受け入れてくれると信じたいが、両野のこともある。

「もうなってるさ。お前が俺を必要としてくれれば、それでいい」

 精いっぱいの返答だ。騙しているようで後ろめたさはある。でも、胸に感じる温もりは絶対に放したくない。もう泳げなくても構わない。果南が傍にいてくれれば、それで十分。

 不意に、展望広場に突風が吹いた。体が持っていかれそうなほどの強風で、涼は果南共々芝生の上に倒れてしまう。しゅるしゅる、という音が聞こえて、涼は視線を上げる。

 いつからそこにいたのか、「それ」は涼と果南の目の前に立ってふたりを見下ろしている。一瞬、筋骨隆々な不審者が裸でいると思った。だが「それ」の頭はまるでコブラのようで、人間に似た胴体とのアンバランスさに体が硬直してしまう。再び突風が吹いた。叩きつけるような風が涼と果南の体を持ち上げる。地面に背中から落ちると、肺に溜まった空気が咳と共に吐き出された。

「果南!」

 痛みに顔を歪める果南に駆け寄り肩を抱く。謎の生物はゆっくりと歩いてきて、しゅるしゅる、と蛇が地面を這うような呼気を歯が無数に並んだ口から吐き出す。

 その呼気が、バイクの走行音で打ち消された。

 ぶうん、とエンジンを唸らせながら、1台のバイクが展望広場の決して平坦ではない地面を走ってこちらへ近付いてくる。見るもの全ての光景が、涼の理解を越えていた。停車したバイクに乗るのもまた人ではなく、金色の鎧に覆われた戦士然としたものだ。バイクから降りた戦士を、謎の生物はぎょろりとした目で睨む。異形同士で交錯させていた戦士の赤い目がこちらへ向いた。それを隙と見たのか、謎の生物が拳を振り上げる。攻撃を察知した戦士は拳を腕で受け止め、腹に蹴りを入れた。よろめいたその顔面に、戦士は拳をぶつける。

 謎の生物は耳元まで裂けた口を歪めた。まるで怒っているように見えた。その頭上に光が渦を巻き、形成された光輪から1本の棒が突き出てくる。謎の生物は棒を掴み、引き抜くように下へ降ろすとそれが身の丈ほどある杖だと見て取れた。二又に別れた先端が現れると、光輪が消えていく。武器を得た謎の生物が、杖を横薙ぎに振った。戦士はバックステップを踏んで逃れ、腰にあるベルトのバックルにあたる球に手をかざす。

 謎の生物がそうしたように、戦士のベルトからも棒が伸びてきた。自分の腹から出てきた武器を掴み引き抜くと同時、周囲に先ほどよりは弱いが、十分に激しい風が吹く。風は戦士を中心として吹き荒れているようだった。吹き上げられる草に囲まれながら戦士の鎧が金色から青へと変わり、左腕の筋肉が一回り大きく隆起していく。それがベルトから出した棍棒を扱うに相応しい姿のように。

 戦士の棍棒の両端がぎらり、と鋭い光を反射しながら開き、一対の刃になる。戦士は刃を謎の生物に向け、ゆっくりと脚を動かしながら間合いを計っている。精神に一寸の狂いも見られない、全てが合理に叶ったかのような所作だ。まさに嵐を纏いながらも動じない、超越精神の青(ストームフォーム)

 互いに武器の切っ先を向け、先手を切ったのは戦士のほうだった。走り出す戦士を謎の生物が追い、林のなかへと飛び込んでいく。

「逃げるぞ果南」

 有無を言わさず果南の手を引いて起こそうとしたとき、涼の腹が疼いた。「うっ」と呻き膝を折る。「涼? 涼!」と今度は果南が涼の肩を抱いてきた。こんなときに発作か、と涼は苦痛に顔を歪める。腹を押さえ、額に汗を滲ませながら脚を持ち上げ、涼は果南と共に遊歩道へと駆け出す。

 

 広場から十分に離れた頃合いを見計らい、翔一は脚を止めた。これだけ離れれば、戦いの余波が果南に及ぶことはない。敵もまた脚を止め、杖をこちらに向けてくる。杖の切っ先を鋭く光らせながら、敵の武器が迫った。それをハルバートで受け流しつつ、交差した武器を上から抑えつけて動きを拘束する。力ずくで拘束を解こうとする敵の構えに緩みが生じた瞬間を翔一は見逃さず、がら空きになった腹に蹴りを入れる。

 互いの体が離れ、再び間合いを計る。この姿で戦うのは初めてだが、勝てる、と翔一は冷静に分析する。素早く立ち回れるこの姿なら。

 ふふふ、という笑みに似た声が聞こえ、翔一は僅かに視線を背後へと向ける。相対する敵が視界から外れないように。背後にも敵が立っていた。こちらも蛇に似た顔で、体躯はどこか女性じみた丸みとしなやかさがある。ドレッドヘアのように絡まり合った頭髪は目を凝らして見ると蛇だ。区別するなら杖を構える敵は雄蛇、光輪から鞭を取り出した敵は雌蛇というべきか。

 雌蛇が鞭を振った。しなる革紐がハルバートに絡みつく。自由がきかないなかで無理矢理にハルバートを振り回して引き千切ろうとするが、頑丈な鞭はむしろきつく柄に縛りつく。空気を裂く音を捉え、翔一は身を屈めた。雄蛇の振る杖の切っ先が翔一の頭上を掠め、振り切ったところで柄で胸を突かれる。

 流石に2体を相手取るのは分が悪い。先日も2体を相手に戦ったが、青の戦士が片方を倒してくれなければ危ないところだった。不利な状況が長引けばいずれ致命的な隙が生じる。

 翔一は勢いをつけて体を反転させた。鞭で繋がれた雌蛇が脚をもつれさせる。そこへ援護に回ってきた雄蛇の突き出された杖をハルバートで軌道を逸らし、慣性のまますれ違おうとする雄蛇の背中に拳を打ち付ける。前のめりになった雄蛇は地面を転がり、そのまま重力に従って丘の斜面を転げ落ちていく。

 これで1体1。雄蛇が戻ってくる前に雌蛇を倒し、次に雄蛇を倒す。

 鞭がハルバートから離れた。まるで意志を持っているかのように。よく見れば、鞭の素材は革じゃなく蛇だった。鱗をてらつかせ、先端にある頭をもたげてこちらを見据えると、細長い舌をちろりと出している。

 翔一がハルバートを構えたとき、突風が林のなかを吹き抜けた。枯草が舞い上がり、土煙が視界を妨げる。翔一はハルバートを振った。空気を震わせる刃が風を吹き、翔一の体を中心として旋風を巻き起こす。旋風が土煙を吹き飛ばすと、そこにいたはずの雌蛇が消えていた。どこへ行ったのか、足跡も残さず。

 ざわざわ、と樹々の葉が擦れ合う音が聞こえてくる。翔一は耳を澄まし、雌蛇の笑い声を探ったが、それは聞き取ることができずただ林のざわめきばかりが耳をついてきた。

 

 発作は治まるどころか悪化していくばかりだった。激しくなる脈が走っているせいか、それとも発作のせいか分からなくなる。それでも涼は懸命に脚を動かし走り続ける。後で倒れてもいい。でも果南だけは逃がさなくては。

 遊歩道を下った先の駐車場まであと少しのところで、樹の陰から人影が出てきた。明らかに人ならざる者、蛇面の生物がふたりを待っていたかのように立つ。

「この野郎!」

 果南から手を放し、涼は謎の生物に掴みかかった。顔面に拳を見舞うが、謎の生物の顔を多少歪めたばかりで佇まいは一寸の乱れもない。いとも容易く、まさに赤子の手を捻るように涼は突き飛ばされた。

「涼!」

 樹にぶつかった衝撃が発作の苦しみに上乗りされたのか、目眩がしてきた。ぼやける視界でこちらへ果南が駆け寄ろうとしてくるのが見える。その果南へ脚を進めようとする謎の生物の姿も。涼は声を絞り出した。

「逃げろ果南!」

 起き上がり謎の生物へ組み付く。決して離すまいと肩を掴みながら、涼は叫ぶ。

「逃げろおっ!」

 謎の生物を道連れに、涼は遊歩道から外れて林の中へと飛び込んだ。互いに掴み合ったまま地面を転がり、何度か視界がぐるぐる回ったところで背中に衝撃と鈍い痛みが走り、涼は手を放した。どうやら樹に激突したらしい。荒い呼吸を繰り返しながら涼は謎の生物を睨んだ。この生き物は果南を狙っていた。何故彼女を標的にするのか。この生物にとって、果南は敵だというのか。

 突風が吹いた。さっき現れたときといい、奴は風を操ることができるのだろうか。吹き飛ばされる周囲の枯草が散らず、むしろ一点に集束していくのが分かった。風の吹く先を見やると、林の樹々が揺らめいている。揺らめきは渦を巻き、そこへ枯草や折れた枝が吸い込まれていく。涼の体も渦へと引かれ、ずるずる、とまるで巨大な蛇に飲み込まれていくかのように、空間の渦へと体が沈んでいく。渦の奥へ広がる虚無の暗闇へと。涼はか、と目を見開いた。頭まで渦へ引きずり込まれる寸前まで、涼は謎の生物を見続けた。謎の生物は風に体を運ばれることなく、まるで鑑賞物のように涼を眺める。大きなその口が、まるで笑っているかのように歪む。

 次の瞬間、視界に蒼穹が広がった。

 

 駐車場へ辿り着くと悲鳴が聞こえてきた。涼の声だ。でもおかしい、と果南は思った。涼の声が上空から聞こえるからだ。見上げると果南は目を剥いた。さっきまで山頂への道にいたはずの涼が、手足をばたつかせながら落ちてくる。このまま落下すれば涼は果南のすぐ目の前、舗装された駐車場のアスファルトに叩きつけられるだろう。想像できる光景のあまりの恐ろしさに、果南は目をぎゅ、と閉じた。数舜の間を置いて鈍い音が耳孔に響く。続けて力の抜けた「うう……」という呻き声が。

「涼!」

 生きてる。奇跡が起きた。彼に駆け寄ろうと目を開くと同時、果南は踏み出そうとした脚を止めた。

 目の前に倒れて身をよじらせているのは、涼ではなかった。

 涼どころか、人間とも呼べない生物だった。

 黒ずんだ皮膚には太い血管が浮き出ていて、皮膚を覆う緑色の鎧もまた生体組織のようにどくん、と脈打っている。顔の半分を占める両眼は赤く充血していて、額から左右へと角が伸びている。

 生物の黒い皮膚が瑞々しい肌色になっていく。角も引っ込んでいき、赤い目も小さくなって涼の顔を形作っていく。

 果南に気付いた涼が、未だ赤く染まった目を向けてきた。ぞくり、と背中に冷たい汗が伝っていくのが分かる。それを認識してようやく、果南は脚を動かすことができた。涼が上体を起こそうと地面に手をつくと同時、果南は全速力で駆け出した。

 住宅街へ出ると、パトカーのサイレンが聞こえてくる。音が大きくなるにつれて、屋根に赤いパトランプを付けた黒のクラウンが近付いてくる。警察だ、助かった。果南に気付いたのか、クラウンが本城山へ入る曲がり角のところで停車した。運転席から若いスーツ姿の男性が出てくる。

「大丈夫ですか?」

「助けてください! 化け物が………」

 息をあえがせながら果南が言うと、男性の眼差しが鋭くなった。果南が走ってきた方向を一瞥し、「乗りなさい」と果南を助手席に急かす。急いで乗り込むと同時、男性はシートベルトも着けずアクセルを踏み込む。ぶうん、とエンジンが甲高くうねりをあげ、静かだった街へと走り出した。

「こちら氷川。現場近くにて女性ひとりを保護しました」

 男性が車に備え付けられた通信機に話しかけている。通信機のスピーカーから何やら聞こえるが、ノイズ交じりでよく聞き取れない。通信機を所定の位置に戻した男性が尋ねてきた。

「他に人はいましたか?」

 「いいえ、いません……」と果南は答えた。あれは人じゃない。

 涼だって、人間じゃなかった。

 

 

   3

 

 グループ名。

 一応アイドルなのだから、それくらいはあるものと梨子にも分かる。自分たち3人が何というグループなのかは気にはなっていたのだが、決まってなくても千歌は考えているものと思っていた。

「まさか決めてないなんて………」

 夕焼けに染まる千本浜の海岸で、ストレッチをしながら梨子は呆れを漏らす。「梨子ちゃんだって忘れてたくせに」と千歌が文句を飛ばしてきたのだが、呆れて皮肉をこれ以上言う気になれない。

「とにかく、早く決めなきゃ」

 と曜が言った。ライブ当日まであまり日がない。歌唱やダンスのレッスンに時間を割きたいところを、グループ名なんて初歩的なもので潰したくない。「そうだよねえ」と千歌が応じ、

「どうせなら学校の名前入ってるほうがいいよね。浦の星スクールガールズとか」

「まんまじゃない」

 指摘すると「じゃあ梨子ちゃん決めてよ」と千歌が振ってくる。「そうだね」と曜も便乗してきて、

「ほら、東京で最先端の言葉とか」

 いきなり何てハードルを上げてくれたのか。音ノ木坂にいた頃もピアノばかりやっていたのだから流行なんて全く知らなかった。ましてや最先端の言葉なんて自分のほうが知りたい。とはいえ早くグループ名を決めたいのは梨子も同じで、「えっと、じゃあ」と言葉のボキャブラリを絞り出す。

「3人海で知り合ったから、スリーマーメイドとか」

 「いち、にー、さん、しー」とふたりは開脚ストレッチを続行した。まさか採用ということか。

「待って、今のなし!」

 もし本当に採用されてしまったら、忘却したい青春の1ページになるところだった。我ながら捻りがない。今後千歌から作詞を手伝ってほしいと頼まれても絶対に断ろう、と梨子は誓った。

「曜ちゃんは何かない?」

 砂浜をランニングしながら、千歌が尋ねる。「んー」としばし唸り、曜は脚を止めると敬礼して、

「制服少女隊、どう?」

 「ないかな」という千歌に「そうね」と梨子も同意する。「ええええ⁉」と不満の声をあげるあたり、曜にとっては名案だったらしい。

 ひとまず練習を中断して、砂浜に落ちていた木の枝で候補を書いていく。Sunshine、波の乙女、みかん、エトセトラエトセトラ。

「こういうのはやっぱり、言い出しっぺが付けるべきよね」

 梨子が言うと、「賛成!」と曜が挙手する。「戻ってきたあ」と空を仰ぐ千歌に梨子は詰め寄り、

「じゃあ制服少女隊で良いっていうの?」

「スリーマーメイドよりはいいかな………」

「それはなし、って言ったでしょ!」

「だってえ――」

 言いかけたところで、「ん?」と千歌の視線が下へと落ちる。その視線を追うと、波打ち際に他の案よりも大きな文字で『Aqours』と書かれている。波が迫ってくる寸前で、このまま潮が満ちたら波に洗われて消えてしまいそうだ。こんな案が出ただろうか。いくら候補が多く出たからといって、こんな目立つ大きさなら覚えていそうだが。

 「エー、キュー、アワーズ?」と千歌は読み上げた。それだと語呂が悪い気がする。「アキュア?」と梨子も声に出してみるが、それも少しおかしい。

「もしかして、アクア?」

 と曜が言った。それが一番しっくりくる。水という意味だろうか。でも、水ならばスペルは『Aqua』のはずだが。

「水かあ」

 と千歌はしみじみ言った。

「何か良くない? グループ名に」

「これを? 誰が書いたのかも分からないのに?」

「だから良いんだよ。名前決めようとしているときに、この名前に出会った。それって、凄く大切なんじゃないかな?」

 「そうかもね」と曜が応じた。誰が書いたかも分からず、でも確かにそこにある『Aqours』という文字。出自の曖昧さがどこか神秘的な響きを醸し出している。

「このままじゃ、いつまでも決まりそうにないし」

 皮肉を言いながら、梨子もこの名前が良いと思った。更に案を出しても、これ以上に自分たちにしっくり来る言葉は見つからない気がする。

「じゃあ決定ね」

 千歌は言った。

「この出会いに感謝して、今からわたし達は『Aqours(アクア)』だ!」

 

 

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