ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第5話

 

   1

 

 Gトレーラーのカーゴでは昼夜を感じ取られない。窓なんて設けられず外光は完全に遮断されているから、常に白色蛍光灯の光に照らされている。こんな場所に閉じこもっている小沢は体内時計に狂いが生じないのだろうか。訪れる度に誠はそう思う。尾室のほうは外に出て交感神経を整えるようにしているらしい。

「じゃあアギトが市民を守った、っていうの?」

「はい。保護した少女の証言から、そう推測するのが妥当だと思います」

 松浦果南という、アンノウンに襲われた少女を保護できたのは偶然の幸いと言っていい。パトロール中の巡査がスピード違反のバイクを目撃したが、そのバイクの運転手がとても人間とは思えない容姿をしていたという通報を受け、まさかと思い誠はそのバイクが向かったという本城山公園へと車を走らせた。そして果南の保護へと至る。

 一応沼津署で聴取はしたのだが、果南はまだ気が動転しているようでその時の状況をさわりだけしか聞けていない。金色の角を持つ生物が怪物と戦っていた、という証言からアギトで間違いないだろう。今日のところは母親に迎えに来てもらい家に帰したが、後日詳しく話を聞く必要がある。

「アギトは襲われた少女を庇っていたようです」

 「でも」と尾室が口を挟む。

「それだけでアギトを味方と見るのは――」

「あなたいつまでそんなこと言ってるのよ」

 と小沢が遮った。「男らしくないわね」とデスクについてPCのキーを叩き始める。誠がカーゴを訪れるまでG3の油圧システムを調整していたらしい。「そ、そんな」と狼狽えた様子で尾室は小沢の背中へ、

「小沢さんだって判断を保留とか言ってたじゃないですか」

「あーうるさいうるさい。市民を助けるために戦ったならもう味方に決まってんでしょ」

 そこで小沢は手を止めて誠へ向き直る。

「でも、こうなると何としてでも彼の正体を知りたいところね」

 小沢はまるで楽しんでいるような声色だ。未知の領域に迫ろうとしていること、それを解明できるかもしれない可能性。全く予測できないことに期待を膨らませている。市民を守る警察官としてはあまり褒められるものじゃないが、誠も理解できなくはない。

 アギトは味方かもしれない。同じ人間を守る者同士、対話が可能なら分かり合える気がする。

 誠の横で、尾室が拗ねたように言った。

「名刺交換でもしたらどうですか」

 

 

   2

 

 這うようにして涼がアパートまで辿り着く頃になると、すっかり夜が更けていた。玄関で腰を落ち着かせたところでバイクを置いてきたことに気付くが、どの道こんなに疲れ切った体では運転なんてできそうにない。徒歩でも途中で何度か倒れて意識を失いそうになった。

 発作のあとは酷い疲労感に襲われる。全身から汗を噴き出し、まるで長距離マラソンを完走した直後のように。今日はとりわけ酷い。目を閉じたら泥のように眠れそうだ。高所から落下したことを考えれば当然だが。

 体の異変には既に気付いていた。前の発作のときも、手が黒く変色し腕の筋肉が隆起した。人とは到底呼べない姿へと変わりつつある自分の手に涼は恐怖した。まるで寄生虫が自分の胎内で成長し、皮を破り羽化しようとしているようだった。でも変化した手は紛れもなく涼の手だった。涼の開けと脳から信号を出せば拳を開き、閉じれと信号を出せば拳を握った。

 果南の前で自分はどこまで変わっていたのだろう。手足だけだっただろうか。それとも全身か。変わった自分がどんな顔をしていたのか、涼は知らない。でも、今でも目に焼き付いた果南のあの怯え切った目から、とても醜い顔をしていたに違いない。両野は腕だけ変化した涼を見て吐き気を催していたのだから。

 涼はまずキッチンで水を飲んだ。コップ一杯だけでは足りず、何杯もコップに注いで貪るように飲んだ。ようやく喉の渇きが癒えて、照明も点けず部屋の壁に背を預ける。果南の無事を確かめなければ。そう思いポケットからスマートフォンを出して、果南の電話番号を発信する。

『…………はい』

 消え入りそうな果南の声が耳に届く。ああ、やっぱり彼女は見てしまったんだ、と虚しい感慨を抱きながら、涼は掠れた声を絞り出す。

「あれが………、あれが水泳を辞めた理由だ。もう、普通の体じゃないんだ………」

 自分から逃げていった時点で、既に答えは提示されていたのかもしれない。それでも涼は希望を捨てることができずにいた。普通の体じゃない。人間じゃなくなった。それでも俺はお前のために生きたい。その想いに応えてくれ、と。

『………同じだよあなたも。あの化け物と』

 「違う」と反射的に涼は言った。でも、何が違うのだろう、とすぐに思い直す。もはや人間でなくなった自分があの怪物と異なる存在と、人間と証明できる根拠がどこにあるというのか。ただ、果南を想う気持ちは間違いなく人間のはずだ。それは伝えなければならない。「俺は――」と言いかけたところで『聞きたくない』と果南の嗚咽交じりの声で遮られる。

『わたしを巻き込まないで。あなたのせいじゃないの? あなたがわたしのところに来たから化け物が来たんじゃないの? お願いだからわたしを巻き込まないで』

 矢継ぎ早に飛んでくる果南の声は激しく、そして次第に弱々しくなっていく。鼻をすする音が聞こえた。巻き込まないで。その言葉が腹の底に重く圧し掛かってくるようだ。化け物である自分が化け物を呼び寄せた。そのせいで果南が巻き込まれたのか。そうかもしれない。同族というのは引かれ合う性質なのかもしれない。

「………分かった」

 果南には泣いてほしくない。彼女には何の不安もなく、幸せに生きていってほしい。俺のせいで日常が壊れてしまうなら、喜んで消えてやろうじゃないか。

『涼………、ごめん』

 震える声で果南は言った。

『でも、わたしには無理だから』

「気にするな。それでいいんだ」

 果南は何も悪くない。不思議と笑みが零れた。果南、本当にお前の言う通りだったよ。俺はわがままで弱虫だ。お前の気持ちに気付いていながら目を逸らしたくせに、自分がどうしようもないと都合よくお前を求めた。これは当然の報いだ。だから謝ることはないさ。

「………それで、いいんだ」

 静かに告げて、涼は通話を切った。

 

 

   3

 

『浦の星女学院スクールアイドル、Aqoursです!』

 三津会館の屋根から伸びる広報スピーカーから、3人の声が揃って街中へ響き渡っている。漁協の近くにある施設の放送設備は主に広報もしくは災害時の緊急用に使用される。こうした女子高生たちによるライブ告知なんてきっと初めてのことだから、住民たちはきっと何か、と興味を持ってくれるだろう。

『待って。でもまだ学校から正式な承認貰ってないんじゃ――』

 梨子の声だ。放送で三津・内浦全域に声が届いていることを忘れるほど緊張しているらしい。『じゃあ、えっと――』と千歌の声が逡巡を置いて、

『浦の星女学院非公認アイドル、Aqoursです! 今度の日曜、14時から浦の星女学院体育館にて、ライブを――』

 『非公認ていうのはちょっと――』と再び梨子が指摘する。段取りが見事に崩れて、口上を見失った千歌の大声は電波に乗って街へと響き渡った。

『じゃあ何て言えばいいのー⁉』

 千歌ちゃんらしいなあ、と三津会館の前でバイクに寄りかかりながら、翔一は笑みを零した。スクールアイドル。数ヶ月前に修学旅行から帰ってきたら、千歌はそればっかりだ。テレビはニュースくらいしか観ない翔一はアイドルのことはあまり知らないし、千歌の熱弁するμ’sなるグループがどれほど凄いのかも分からない。

 とってもキラキラしてる。そう語る千歌の目も輝いていた。自分には何もできないが、できる限りの力になってあげよう。翔一はそう思い、千歌が活動の手伝いを頼み込んでくるとふたつ返事でOKした。毎日3人で練習しているんだから精が出るものを食べさせてあげよう、と。

 しばらく待つと、会館の正面玄関から3人が出てきた。顔を赤くして俯き加減な梨子を、千歌と曜が何やら慰めているように見える。

「もう、段取りくらい決めておいてよ」

 文句を飛ばす梨子に「まあ何とか宣伝はできたんだし、上出来じゃない?」と曜がフォローを入れる。そんな3人に「そうそう、良い感じだったよ」と翔一が声をかけると、千歌がぱっ、と表情を明らめて駆け寄ってくる。

「お待たせ翔一くん」

「お疲れ様」

 片肘を張っての敬礼で迎えると、曜が同じポーズで「ヨーソロー!」と応えてくれる。梨子は翔一の背負うリュックからはみ出したものを指さし、

「あの、それ何ですか?」

 「ああこれ?」と翔一はリュックの中身を引き抜き、自分の腕よりもふた回りは大きい大根を自慢げに見せる。

「お見舞いにいいかなって。果南ちゃんミカンばっかで飽きてるみたいだし」

 まだたくさんあるし、曜と梨子の家にもお裾分けしよう。そんなことを考えていると曜は踵を返し、

「じゃあ、わたし達は千歌ちゃん家で準備してるね」

「うん、後でね」

 十千万への道を歩いていく曜と梨子を見送ると、翔一は千歌にヘルメットを手渡す。千歌はヘルメットのハーネスを顎にかけながら淡島のほうを見やり、

「でもびっくりしちゃったよ。おじさんの次は果南ちゃんが事故に遭うなんて」

「まあ、怪我はしてないみたいだし良かったじゃない」

「そうだねえ」

 

 ダイビングショップを経営する松浦家を訪問すると、玄関先で迎えてくれた面々に誠は少しばかり驚いた。十千万の娘が「あ、あの時の刑事さん」と誠に少し緊張した面持ちで会釈してくる。青年は誠よりも、「立派なリンゴですねえ」と手土産のほうに意識が向いているらしい。

「つまらないものですが、どうぞ」

 誠はスーパーで見舞い用に包装してもらったリンゴの籠を手渡した。笑顔で受け取る果南はしっかりしている。とてもまだ高校生とは思えない。

「すみません、こんなお気遣いまで」

「いえ、気にしないでください」

 良かった。精神的に安定しているようだ。誠が裡で安堵していると、「俺、剥くね」と翔一が果南の手から籠を取り奥へと引っ込んでいく。

「さ、どうぞ」

 居間に入ると、果南に促され誠はソファに腰を落ち着ける。キッチンを見ると翔一が慣れた手つきでリンゴの皮を包丁で剥いている。ダイニングテーブルでは新聞紙でくるまれた大きな大根が横たえていた。ふたりが持ってきた見舞いの品かもしれない。

 十千万の娘と並んで誠の向かいにあるソファにつくと、果南はそう言って頭を下げてくる。

「この間は助けてもらって、本当にありがとうございました」

「いやーそんな、気にしないでよ」

 そう応じたのは誠ではなく、お盆を手にした翔一だった。

「なぜ君が返事をするんです?」

 誠が冷ややかに訊くと翔一は「それは……」と詰まらせるが「お待ちどうさま」とはぐらかしてテーブルに切り分けたリンゴの皿を並べていく。

 「わたしは後で」と手を振る果南に「食べないの?」と翔一は訊いた。フォークを手にした十千万の娘はまだ幼げだから仕方ないとして、視た感じ成人している翔一はこの場の雰囲気ぐらい察することはできないのか。

「どうぞ」

 自分の隣に座る青年に呆れと共に誠は言った。「じゃあいただきまーす」と翔一と十千万の娘は声を揃え、大口を開けてリンゴを頬張る。ふたりがしゃりしゃり、と咀嚼音を鳴らすなか、誠は果南に向き直った。

「あんなことがあった後です。すぐに忘れることはできないと思いますが――」

 「あの」という声に、誠は視線を横に流す。まだ口をもぐもぐと動かしながら、翔一は誠の前に置かれた皿を見て、

「もうひとつ食べていいですか? リンゴ」

「あ、わたしも」

 元気よく便乗する十千万の娘の横で、果南は苦笑を誠に向ける。すみません、こういう子なんです、と言いたげに。本来ならこの苦笑を向けるべきなのは君だろう、と思いながら誠は翔一に言った。

「申し訳ありませんが席を外してもらえませんか。大事な話があるものですから」

 誠に続いて果南が、

「ごめんね千歌。翔一さんもせっかく来てもらったのに」

 千歌と呼ばれた十千万の娘は「ううん」とかぶりを振る。

「果南ちゃん元気そうで良かったよ。ほら行こう翔一くん」

 千歌に促された翔一は慌てて咥内のリンゴを飲み込んだ。危うく喉に詰まらせかけたのか胸を叩き、ようやくソファを立つ。やっとこれで話ができる、と誠が溜め息をつくと、

「あの」

 振り返り「まだ何か」と多少の苛立ちを覚えながら誠は翔一を見上げる。誠の視線に気付いていない様子の翔一は果南へ笑みを向けた。

「果南ちゃん、元気出して。必ず果南ちゃんを守ってくれる人がいるから」

 

 翔一と千歌が出て行ったのを見計らい、誠は改まって果南へ両眼を向けてくる。その眼差しに、恩人という認識がありながらも果南は少し怖気づいてしまう。誠の眼差しがとても険しくなった。多分、本人は無自覚のうちに身に着けた視線なのかもしれない。

「松浦さん、奇妙な質問ではありますが――」

 誠の前置きに「はい」と応えながら、果南は鼓動がどくん、と強く脈打つのを感じた。まさか、涼のことが知られたか。署で聴取を受けた際は咄嗟に涼の存在を伏せてしまったが、警察の捜査能力を甘く見ていたかもしれない。

「松浦さんは普通の人間にはない力、何か特別な才能を持っていることはありませんか?」

 「え?」と思わず声を漏らす。涼ではなかったことに拍子抜けし、更に予想の斜め上をいく質問だ。とても刑事が捜査でするような質問とは思えない。

「いえ、そんなものは………」

 昨日、勉強中に何故か答えが分かったことは勘が良かっただけ。何ら特別なことじゃない。誰にだってあることだろう。

「すみません、おかしなことを訊いてしまって」

「特別な才能を持っていることが、あれに襲われたことと関係があるんですか?」

 「それは――」と誠は言葉を詰まらせる。関係があるとしたら、誠はあの怪物について何か知っているのだろうか。そう考えると質問は溢れるように出てきた。

「刑事さん、あれって何なんですか? 最近起こっている事件も、あれに関係してるんですか? 一体何が起こってるんですか?」

 春先からこの沼津で立て続けに起こっている事件について、警察からは何の発表もない。人伝いの噂で化け物だ何だというものは聞いたが、話題づくりの出まかせと思っていた。でも、実際に遭遇してしまった果南は噂が真実と知ってしまった。

 誠は沈黙した。波の音が静かに響いている。果南も沈黙して答えを待った。そう長くない沈黙を経て、誠は弱々しく答える。ただ、険しい眼差しを携えたまま。

「分かりません、まだ何も」

 警察は一体何をしているんだろう。そんな文句が出そうになるが、果南は喉元で抑える。果南だってこの若い刑事に隠しているのだから。

 

 内浦の船着き場に着いた誠の背を、淡島の方角から吹く潮風が押してくる。もう来るな、と告げられたようだった。とはいえ、風に拒絶されても誠が淡島を、松浦家を訪ねることは今後もあるかもしれない。松浦果南という、アンノウンの襲撃を受けた生存者は貴重だ。これから訪問を重ねていくうちに、彼女が超能力者であるという確信を得られるかもしれない。もっとも、それは誠の仮説が正しければの話だが。

 駐車場へ歩くと、誠の車のすぐそばに色違いのクラウンが停めてあって、その灰色の車体に北條透が背を預けている。

「氷川さん、前回の被害者である片平久雄と今回の松浦果南に血縁関係は無いようです」

「分かりました。では松浦家の人間にも護衛を付けるよう手配しましょう」

 自分の車へと駆け寄り、ロックを解除して乗ろうとしたとき、北條の声が背後から飛んでくる。

「分かりましたよ、あなたの過去が」

 ドアに掛けた手が止まる。「僕の過去?」と視線を向けると北條は不敵に微笑み、

「G3の装着員としてあなたが本当に相応しいかどうか、もう一度検討すべきではないかと上層部に訴えたのですが拒絶されましてね。そこで調べさせてもらったんです、あなたの過去をね。まさかあなたが、あの『あかつき号事件』の英雄だったとは。驚きましたよ」

 あかつき号事件。

 もう1年と半年前だったか。フェリーボート「あかつき号」が暴風雨のなかで遭難し、雨と海水に濡れながらも誠が単身で乗員乗客の救助に向かった。

「もっともひとりだけ行方不明になった乗客がいたらしいが、それでもあなたが英雄であることに変わりはない。しかし――」

 そこで北條は間を置く。あの事件について今更何を語ろうというのか。状況については現場にいた誠のほうが詳しい。あれほどの事件、忘れたくてもそう忘れることはできないだろう。

 北條は続ける。

「あの事件は警視庁にとって忘れたい事件。いわば封印しなければならなかった事件のはずだ。本庁は口止め料として、あなたをG3の装着員として抜擢した。つまりあなたは賄賂を受け取ったんだ」

 腹の底から深い溜め息が出てきた。ここまで馬鹿らしい言い掛かりをつけられると、怒りを通り越して呆れるしかない。確かにあかつき号事件の後、救助活動を行った誠は静岡県警本部長から功労賞を受け取り警視庁へ異動、そしてG3ユニットへの配属となった。だが異動にしても警視庁の人事は誠が首都警察として適任か審査したはずで、G3装着員にしても高い倍率の試験をクリアして抜擢された。

 小沢さんから聞きました。あなたもG3装着員の候補だったそうですね。でも自分を差し置いて選ばれた僕が気に入らない。だからこうして突っかかってくるんですか。

 皮肉が出そうになるが、誠は押し留める。ここで口論したって仕方がない。それにこの手の嫌味は散々聞いてきたじゃないか。氷川は上層部の親戚らしいとか、氷川は上層部の黒い秘密を握っているとか。

「………失礼します」

 それだけ言って誠は車に乗り込んだ。

 

 


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