ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第6話

 

   1

 

 ライブの準備は順調に進んでいる。チラシ配りに歌唱レッスン、衣装とダンスステップの調整。やることは多いけど、手応えは確かに感じている。それでも、曜にまったくの緊張が無いわけでもなかった。何せ初めてのライブ。大勢の人に歌を聴いてダンスを観てもらう、初めての舞台だ。楽しさの合間にふと訪れる不安は、ほんの一瞬だけど大きい。

 夜の内浦はとても静かだった。夜はまだ浅いが、陽が暮れると住民たちは外に出ることは基本的になく、車もほとんど通らない。幼い頃から見慣れた街の景観は良く言えば慎ましやか、悪く言えば寂れて見える。内浦湾を見て何の感慨も浮かばない自分が、何か大切なものが見えていないように思えてしまう。そう考えてしまうのは曜の隣で軽トラックを運転する翔一が、乗る前に「夜の海も綺麗だよね」と嬉しそうに言ったからだろうか。

 十千万で作業に没頭しているうちに終電バスの時間が過ぎて家まで送ってもらうことになった、と母に報告を済ませ曜はスマートフォンの通話を切る。

「大丈夫だった?」

 翔一が尋ねた。「はい」と曜は照れ笑いを浮かべ、

「いい加減にしなさい、って怒られちゃったけど」

「俺も謝ってあげるよ。ついでに大根も渡してさ」

「絶対に大根のほうが目的ですよね?」

「あれ、ばれた?」

 おどけたように笑い、翔一は「にしても」と遠くを見るような目で、

「本当、夢中だよね」

「え?」

「千歌ちゃんがここまでのめり込むなんて思わなかったからさ」

「そうですか?」

「ほら、千歌ちゃんてああ見えて飽きっぽいところあるから」

「飽きっぽいんじゃなくて、中途半端が嫌いなんですよ」

 「え?」と翔一はちらりと曜を一瞥する。確かに千歌は、今まで何かを初めても長続きしなかった。傍から見れば飽きっぽい、と思われても仕方ないかもしれない。でも、彼女の傍にいた曜には分かる。伊達に人生の大半を共に過ごしてきた仲じゃない。

「やるときはちゃんとやらないと、気が済まない、っていうか」

 そう言うと、「そっか」と翔一は満足げに頷いた。

「さすが曜ちゃん」

 何だか照れ臭くなり、誤魔化すように曜は笑った。もう千歌の兄と言っていい翔一からお墨付きを貰えると、不思議と自信がつく。

「それでさ、ライブは上手くいきそう?」

「………うん、いくと良いけど」

 煮え切らない返答をするしかなかった。何せ初めてだ。どう転ぶか分からない。そんな曜の懊悩を、こういう時ばかりは鋭い翔一は察したのか「満員か」と呟いた。曜は窓に頭をもたれて、眠りに落ちた街を眺める。

「人、少ないですからね。ここら辺」

 言ってすぐに、曜はそれが言い訳じみたように思える。初めてかどうかは関係ない。アイドルとして歌う以上、失敗は許されないということ。それが鞠莉から提示された条件の趣旨だ。ただでさえ人口が多くない内浦で満員にできなければ、活動を始めてインターネットにPVを掲載したところで誰からも見向きなんてしてもらえない。全国中にファンを作り、数千という会場の客席を埋めるまで集客できるほどのグループでなければ、ラブライブ出場なんて夢のまた夢。中途半端が嫌いな千歌が、取り敢えずの目標としてラブライブを目指すはずがない。だから鞠莉の酷な条件を呑み、そんな彼女だからこそ曜は付き合うと決めた。

「大丈夫だよ」

 翔一は朗らかに言った。

「皆、温かいから」

 記憶を失いどこから来たのかも分からず、人間を超えた姿に変身する青年。そんな翔一の口から出た「温かい」が、とても大きなものに感じ取れる。見ず知らずの自分を受け入れたこの街の温もりを、翔一は抱きしめているのかもしれない。不思議と安心できた。温かいのは翔一も同じだ。たとえ異形がもうひとつの姿だとしても曜が、千歌が彼を受け入れることができたのは、彼が津上翔一だからだろう。

 

 

   2

 

 十千万を訪ねると、裏手のほうからエプロンを泥で汚した翔一が出迎えてくれた。

「あれ、果南ちゃんどうしたの?」

「この前の大根のお返し」

 「はい」と干物の入ったビニール袋を差し出す。千歌と違って翔一は嬉しそうに「ありがとう」と受け取った。

「干物って、焼く以外にも食べ方あると思うんだよね。千歌ちゃんに聞いてみたら変なもの作らないでよ、って言われてさ」

「それ同感。焼くのが一番だよ」

 苦笑を返し、果南は十千万の2階を見上げ、

「千歌は?」

「もう学校行ったよ。ライブの準備とか、色々あるみたい。果南ちゃんもライブ見に行くの?」

 「うん」と答えると同時、ぽつり、と雫が果南の頬に落ちる。続けて雫が落ち続け、灰色の雲から雨が地面を叩く音が大きくなっていく。降る前に淡島を発って正解だった。海が荒れたら連絡船は運航しない。

「うわ、雨か。ライブ中止になったりしないかな?」

「会場は体育館でしょ。雨天決行だよ」

「あ、そうだった」

 見慣れたおとぼけを決め込み、「ちょっと待ってて」と翔一は中へ入った。すぐに傘を手に玄関へ戻ってきた彼はエプロンを脱いでいる。

「翔一さんも行くの?」

「勿論、千歌ちゃん達頑張ってたんだし、これは見ないといけないでしょ」

 もし天気が晴れていたら、翔一はバイクに乗せてくれたかもしれない。雨で良かった、と果南は密かに胸を撫でおろす。バイクはもう乗りたくない。涼のことを思い出してしまいそうで。

 バス停までのそう長くない道を並んで歩きながら、果南は尋ねる。

「ねえ、翔一さんは自分が何者か考えたことある?」

「うーん、考えても思い出せないしなあ。何て言うか、あの家が俺の居場所だと思うと、別に思い出さなくても良いと思うんだよね」

「居場所?」

「うん。千歌ちゃんが言ってくれたんだ。ここが俺の居場所、って。だからあの家を守れるなら、記憶がなくてもそれだけで十分かな」

 そこにいる意味を見出しているということは、それについて悩んだことがあるという証拠になる。いくら明朗な翔一でも、人間なのだから悩むことぐらいはあるだろう。自分の居場所はどこなのか。果たして十千万が、高海家が自分の在るべき場所なのか。そう悩むこの青年に千歌は手を差し伸べ、ここに居て、と告げたのだろうか。

 千歌は凄いな、と果南は思った。同時に罪悪感が込み上げてくる。涼もきっと、翔一と同じだった。普通の体じゃなくなって、それまで自分が生きてきた水泳という居場所がなくなって、果南に会いに来てくれた。必要とされたい。支えになりたい。そう思いながらも、果南は涼を拒絶してしまった。でも、拒んでしまった今となってはもう手遅れだ。自分では涼のために何もできない。支えることも、慰めることも、何も。

 バス停が目と鼻の先になったところで、不意に翔一が脚を止めた。「翔一さん?」と果南は呼びかけるが、翔一はどこか遠くへ視線をやり、その顔つきが今まで見たことのない険しいものであることに、果南は困惑を覚える。

「俺、行かなくちゃ。本当にごめん!」

 翔一は来た道を走って引き返していく。「ちょっと――」と果南が理由を訊く間もなく。翔一と入れ違いにバスがやってきた。

 

「やっぱり慣れないわ。本当にこんなに短くて大丈夫なの?」

 不安げな表情で衣装のスカートをつまむ梨子に、千歌は「大丈夫だって」とスマートフォンの画面を見せる。

「μ’sの最初の衣装だって、これだよ」

 今回の衣装は、μ’sが初ライブで披露した『START:DASH!!』をインスパイアして曜がデザインしたものだ。スクールアイドルらしく、きらきらしたイメージを集約させたもの。千歌にとっては彼女らと似た衣装に袖を通せるだけでも気分が昂ぶっているのだが、梨子は少し冷めたように、

「はあ、やっぱりやめておけば良かったかも。スクールアイドル」

 愚痴が止まりそうにない梨子に、曜も「大丈夫!」と元気よく、

「ステージ出ちゃえば忘れるよ」

 髪飾りのリボンを締めて、準備が整う。果たして出来栄えがどれほどのものかは怪しいところだ。着替えに使用している体育館の舞台袖には照明がない。色彩は光の加減で微妙に変わる。ステージの照明を浴びたらどんな色を映すのだろう。

「そろそろだね。えっと、どうするんだっけ?」

 段取りはしっかり頭に入れたと思っていたのに。楽しみにしていたはずが、自分も緊張していることに千歌は気付く。

「確か、こうやって手を重ねて」

 曜が差し出した手の甲に、千歌は自分の手を乗せる。続けて梨子の手が千歌の手に乗る。これもμ’sの動画を真似たもの。彼女らはピースサインした手で九角形(エニアグラム)を描き、コールと共に一斉に上へと掲げていた。

「………繋ごっか」

 千歌は呟き、右にいる梨子と、左にいる曜の手を取る。

「こうやって互いに手を繋いで、ね。あったかくて好き」

 千歌にならい、梨子と曜も手を繋ぐ。3人で腕を繋ぐことで成す円陣。それぞれの温もりが想いを乗せて、円を巡っていくように感じられる。緊張も、不安も、楽しみという期待も、3人で共有できる。

「本当だ」

 曜の呟きの後に沈黙が訪れる。完全な静寂というわけではなく、外の雨音と雷鳴がよく聞こえてくる。

「雨……、だね」

 千歌は呟く。「皆、来てくれるかな?」という曜に続き、「もし、来てくれなかったら……」と梨子も吐露する。

「じゃあ、ここで辞めて終わりにする?」

 千歌が問うと、3人一斉に笑みを吹き出した。普段自分が言われていることを他人に言うのは、少し奇妙な感慨を覚える。

 やめない。言葉はなくても、ふたりの意思が強く握られる手から伝わってくる。

「さあ行こう。いま全力で、輝こう!」

 そう告げて、3人で声を揃えた。

「Aqours、サンシャイン!」

 

 

   3

 

 地面を強く叩く雨のなかで、彼女はひとり傘をさして坂道を登っていく。目的地はきっと、この坂道の先にある浦の星女学院女学院。彼女が通う高校だ。この道を下り県道に面したところでチラシが貼ってあった。何でも今日、学校の体育館でアイドルがライブをするらしい。どうやら彼女はそれを観覧しに来たようだ。それなら学校へ行くのに私服姿なのも得心がいく。

 慣れているであろう道を歩く彼女を、それは岬に広がるミカン畑の樹の陰からじっと見つめていた。これほどの雨の中、傘もささずに。いや、その生物に傘は必要ないのかもしれない。それは人間のように、雨に濡れたところで困るほどの衣類を身に着けていないからだ。

 そのコブラに似た姿の、でも人にも似た生物は頭上に渦巻く光輪から杖を取り出す。コブラは杖を携え、彼女のもとへと脚を進め――

「いい加減にしろ」

 その脚を止めて、コブラは振り返る。樹の陰からゆっくりと、涼は自らの姿を晒した。コブラと同じように傘を持たず、激情で火照る体を雨で冷ましながら。

 こうして改めて対峙して、涼はようやく苦しめられた発作の正体に気付いた。脈絡もなく訪れたかのように襲う発作は、涼の中で目覚めたものがこの生物に反応しての疼きだった。同じ人間でない存在同士としての共鳴なのか。判然としないが、自分はもうかつての日々を取り戻すことができないということ。それは裏を返せば、人間でない目の前の怪物と戦うことのできる存在になったということ。

 あの夜、果南に拒絶された夜から涼はずっと考えていた。これからどう生きていけばいいのか。水泳という居場所を失い、親代わりになってくれたコーチにも、慕ってくれた少女にも拒絶された。もう自分には何もない。そう思っていた。でも、その虚心こそが涼に残された最後の持ち物だった。どんなに自分の姿が変わろうとも、心までは変わることがなかった。葦原涼という意識は、確かにこの脳のなかに存在している。ならば、おのずと選択は決まっていた。

「二度と果南には触らせない。二度と果南の前には立たせない」

 どくん、と鼓動が強くなっていく。前は抑えようと躍起になっていたその鼓動を受け入れ、涼は身を委ねる。体の奥底から何かが、足音を立てて近付いてくるようだった。足音は大きくなり、背後から歩み寄り、涼の隣に立つ。足音と肉体の完全な一致を認識できたとき、涼は姿を変えた。

 果南に拒絶された、果南を守るための、妖拳の姿へと。

 足元の土が窪んでいて、そこに水溜まりができている。見下ろすと、波紋に揺れる水面で大きな真っ赤な目が涼を見返している。俺は果南の前でこんな顔になっていたのか。これじゃ逃げられるのも当然だ。

 びちゃり、と水溜まりを踏み涼は駆け出した。コブラが杖を向け、こちらに向かってくる。互いに肉迫すると、コブラが杖を横薙ぎに振ってきた。身の丈ほどの武器にも関わらず、コブラは軽々と素早く先端の刃で涼の首を狙ってくる。身を屈めて避け、涼はコブラの腹に拳を打った。痛みを感じさせるほどの強さはあるらしく、コブラはたたらを踏むようによろめく。追撃を加えようとしたところで蹴りが飛んできた。強烈な一撃で、今度は涼の体がよろめく。追撃の蹴りもまともに受けてしまい、背中をミカンの樹にぶつけた。太い幹は衝撃に耐えられず、中腹から折れて地面に倒れる。

 この姿になっても、まだ奴には敵わないというのか。歯ぎしりしながら敵を捉えようとしたとき、すぐ目の前に杖の切っ先が迫ってくる。咄嗟に掴み眼前で止めたが、コブラは杖を振り上げ、涼の体を投げ飛ばす。再び樹に衝突し、幹をへし折りながら涼の体は地面に伏した。雨で水気を含んだ土が、緑に変色した体に纏わりつく。

 どくん。

 鼓動が更に強くなった。血流が激しく体中を巡り、全身の細胞ひとつひとつが脈打っているようだ。立ち上がると同時に抑えきれない昂ぶりが迫ってくる。この一線を越えてしまったら、もう自分は元に戻れないかもしれない。身だけでなく心も化け物になってしまうかもしれない。そんな恐怖を感じながらも、涼に迷いはなかった。

 ここでくたばるわけにはいかない。完全な化け物になるのなら、なってやろうじゃないか。もう失えるものは全て失った。でも、決して奪われてはいけないものはひとつだけ残っている。せめて果南は、果南だけは――

「うおおおおおおああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼」

 大口を開け涼は咆哮をあげた。獣と言ってもよかったが、涼は湧き上がる衝動を発散させてもまだ理性を保つことができていた。いや、まだ「俺」という意識があるにしても、それが理性と呼ぶかは曖昧だ。獣と人の境界線上に立っているというべきか。

 水溜まりに目をやると、額から突き出していただけの双角が高く伸びている。コブラが杖を構え向かってくる。突き出される杖を腕で弾き、顔面に回し蹴りを見舞った。さっきよりも強い力が漲るのを感じる。拳を倒れた敵へ向けると、手首の突起が伸びて鋭い刃を形作った。杖を支えに起き上がったコブラが、涼へ跳び掛かってくる。涼も跳躍した。すれ違いざまに刃を滑らせ、コブラの腹筋が浮き出た脇腹に創傷を与える。赤い鮮血が傷口から流れた。

 受け身も取れず泥に身を打ち付けたコブラは、切られた腹を見て目を剥いた。痛みよりも、自分が傷を付けられたことに驚愕しているようだ。その首筋に、涼は鋭く尖った牙を突き立てる。首の筋肉にずぶずぶ、と牙を沈めて肉を噛み千切ろうとしたとき、顔面を殴られて離してしまった。

 首筋から血を流しながら、コブラが樹々の中へと走っていく。逃がすものか。息の根を止めるまで追いかけてやる。

 

 沼津駅前通りにてアンノウン出現。小沢からの出動要請を受け、G3を装着して現場へ向かうと既に戦闘は始まっていた。雨のなか鞭を手にしたアンノウンと戦うアギトを視界に収め、誠はやっぱりという確信を覚える。アンノウンが現れたとなれば、必ずアギトも現れる。

 女性のようなフォルムで、だが蛇のような顔のアンノウンにアギトは苦戦を強いられているようだった。アンノウンの動きは素早く、アギトは追いつけていない。アンノウンの鞭がアギトの首に巻き付いた。喉を締めあげられまいとアギトは鞭を掴み引き寄せるが、アンノウンもアギトの拳の範囲に入るまいと拮抗している。突如現れ同じ敵と戦う存在。それが誠にとって味方かどうかは分からないが、今の状況から見れば敵でないことは確かだ。

『GM-01、GG-02、アクティブ』

 小沢の声がスピーカーから届く。誠はガードチェイサーの武装パックを開き、取り出した銃とグレネードランチャーの弾頭をドッキングさせる。誠の存在に気付かないアンノウンに照準を合わせるのは容易だった。発射したグレネードはアンノウンの手首に命中し、その皮膚に裂傷を与える。その拍子に鞭が手から離れて、アギトは拘束から解かれた。

 アンノウンの目がこちらに向く。睨むように目を細めた生物に、誠は2発目のグレネードを発射した。さすがにこちらは避けられて、放物線を描いたグレネードは地面で炸裂してアスファルトを砕く。こちらへ向かってくるアンノウンにGG-02の砲身を叩きつけるも、手首に手刀を打たれ落としてしまう。

 そこへ、アギトが乱入してきた。アギトは薙刀のような、両の先端に刃の付いた武器を振りかざしている。

「変わった………」

 思わず誠は呟いた。アギトの鎧が金色から青に変わっている。武器を軽々と降るその動きも、先ほどよりも素早い。アギトは戦い方に応じて姿を変えることができるのか。

 アギトの薙刀が、アンノウンの足元へ滑り込む。払われる直前に跳躍し、自分の頭上へ達したアンノウンの頭にアギトは薙刀を掠めた。バランスを崩し、受け身を取れずアンノウンが地面に伏す。アギトの足元に、掠めた際に切断されたアンノウンのドレッドヘアが落ちた。目を凝らすとそれは髪ではなく蛇だ。鎌首を斬られた蛇がうねうねと動き、断末魔が終わると塵になって霧散していく。

 頭を押さえるアンノウンの背後から強風が吹いてくる。風は渦を巻き、小さな竜巻になって振ってくる雨を上空へと返していく。雨水と粉塵に覆われ、アンノウンの姿が見えなくなっていく。アギトは薙刀を振った。闇雲に振り回していると思ったがそうでなく、アギトを中心に第二の旋風が巻き起こっている。ふたつの竜巻が接触し、相殺された。再び雨が垂直に降ってくる。その雨のなかに、アンノウンはいない。

『氷川君、アンノウンらしき熱源を感知』

 小沢の報告の後、マスクのディスプレイに街の地図上を移動している赤い点が表示される。

「了解、追跡します」

 落とした武装を拾い上げると、バイクのエンジン音が聞こえた。見ると、アギトがバイクに跨って雨のなかを疾走していく。アギトもアンノウンを追うのだろうか。誠も急ぎガードチェイサーへ走り、武装を素早くパックへ納めるとマシンを発進させた。

 

 コブラは岬を下り、県道へ出ようとしていた。もう息も絶え絶えで、走ることも辛そうに見える。涼は岬の中腹から跳躍し、コブラの前に降り立った。涼を視認したコブラは目を見開く。

 もはや満身創痍と言っていい敵に対して、涼は慈悲なんて微塵も与えない。容赦なく顔面に拳を浴びせ、更に追い打ちの蹴りを入れてねじ伏せる。仰向けに倒れたコブラが杖を突き出した。降り下ろされた涼の手刀が杖の中腹を折る。武器を失った敵の肩を掴んで無理矢理起き上がらせ、先ほど傷を負わせた脇腹に膝蹴りを見舞う。痛みに絶叫したコブラの口から血飛沫が飛んで涼の顔にかかった。敵を後ろへと投げ飛ばし、涼はまた咆哮をあげる。

「ウアアアアアアアアアアアアアアアア‼」

 踵から刃が伸びた。涼は跳躍と同時に右足を振りかざす。敵の眼前に迫り、その肩に踵の爪(ヒールクロウ)を叩きこんだ。ずぶり、と刃がコブラの肩口から体内へ滑り込む。腹に蹴りを入れて引き剥がし、同時に突き刺した刃が肩から胸までを切り裂いた。

 道路に面した海に、コブラの体が落ちていく。飛沫をあげて落水してから数舜の間を置いて、まるで間欠泉のように海水が噴き上げられた。

 乱された海面の波が戻っていくまで、涼はその一点を見つめる。体の疼きが治まっていることに気付き、ふと手を見ると元の肌色の手に戻っていた。完全な化け物にならずに済んだ。そう思っても安堵は訪れない。姿が戻っても、もうあの日々は戻ってこない。

 雨に濡れた顔を岬へ向ける。自分が行けるのはここまでだ。この岬には、彼女のもとへ登ることはできない。

「………さよならだ、果南」

 決して届かない言葉を呟き、涼は雨に濡れたまま帰路へついた。

 

 

   4

 

 3人で手を繋いだまま、ステージの真ん中に立った。垂れ幕が体育館とステージを遮っていて、向こう側の様子が分からない。

 大丈夫、きっと満員になってる。半ば祈りを込めて、千歌は目を閉じて自身に言い聞かせる。ダンスのステップは意識せずとも踏めるまで仕上げた。歌唱だってしっかりとテンポと音程を崩さずにできるようになった。宣伝も抜かりない。チラシ配りだって曜が駅前で人だかりを作るほど人々にライブ開催を知らせることができた。やれることは全部やった。それをこれからぶつけていくだけ。

 リールを巻く音が微かに聞こえてくる。垂れ幕が上がっていると分かった。さあ、始まりだ。意を決して千歌は目を開く。

 ステージ以外の照明が落とされた体育館に拍手が響き渡る。控え目な拍手。いや、観客たちは強い拍手で迎えてくれている。控え目に聞こえてしまうのは、その数が少ないからだった。ざっと10数人程度。主にクラスメイト達が体育館の中央で千歌たちを見上げている。少し離れたところに鞠莉が立っていて、出入口の辺りには花丸とルビィがいる。

 そうだよね、と千歌は目の前の光景を受け入れることができた。意外なほど、すぐに。

 μ’sが活動していた秋葉原と違って、ここは過疎化の進む地方集落。ただでさえ人は少ないし、そもそも自分たちは活動を始めたばかり。初めてのライブでいきなり会場を満員にするなんて、最初から無理な話だったということ。

 それでも、やり遂げなきゃ。千歌は一歩前へ踏み出す。最初で最後になっても構わない。ずっとやりたかったライブができるだけでも十分じゃないか。まだ部として承認されていないのに歌う場を与えられて、少ないけど観てくれる人達だっている。観客が少なかろうが関係ない。観てくれる人に全力のパフォーマンスを魅せる。

「わたし達は、スクールアイドル」

 「せーの」という掛け声で、曜と梨子が千歌の両隣に立って宣言する。

「Aqoursです!」

「わたし達はその輝きと」梨子が始め、

「諦めない気持ちと」曜が引き継ぎ、

「信じる力に憧れ、スクールアイドルを始めました」千歌がまとめる。

「目標はスクールアイドル、μ’sです」

 「聴いてください」と告げて、3人それぞれの位置につく。これが合図。打ち合わせ通りに、ライブの音響を頼んでおいたクラスメイトのよしみへの。

 歌い出しと共に、曲のイントロが流れた。曲の構成上タイミングを合わせるのが難しいが、まずは成功。一度動き出せば、千歌は自然と踊ることが、歌うことができた。反復練習の賜物だ。どうせもう、最後のライブになってしまう。なら、自分たちの想いを乗せた歌に、今の全力を出し切ろう。

 スクールアイドルというものに出会ったときに感じた胸の高鳴り。普通だった自分が普通でない、輝ける存在になれる場を見つけたこの想い。どこまでも走っていけると、どこまでも高く昇っていけるという、ときめきを――

 ステージが暗転した。曲が途切れ、観客たちのざわめきが聞こえる。体育館の屋根を叩く雨音と雷鳴も。落雷による停電か。

「どうすれば………」

「一体、どうしたら………」

 梨子と曜の震える声が聞こえる。電気系統の復旧はすぐにはいかないだろう。観客だって少ない。このまま中止にしたほうがいいのかもしれない。

 それでも、千歌は続きを歌い始めた。最初で最後なんだよ。せめてやり切らせてよ。

 曜と梨子も歌い始める。まだできる。照明がなくても、音響が機能しなくても、まだ自分たちの声がある。歌い続けよう。最後まで歌い切ろう。その想いがあっても、声の張りがなくなっていく。震えてか細くなり、とうとう声も途切れた。

 何でこうなっちゃうんだろう。悔しさと共に湧き上がる問いを誰に向けるべきか分からない。ただ輝きたかっただけなのに。μ’sのように、誰かを笑顔にできる存在になりたかっただけなのに。どうして何もかもが無常に過ぎ去って、なけなしに積み上げてきたものが崩れていくのだろう。

 もう駄目だ。こんな現実、耐えられない。

「千歌ちゃん!」

 その声に、千歌は俯いていた顔を上げた。出入口で翔一が手を振っている。その隣でレインコートを着た三津が「バカ千歌!」と、

「あんた開始時間間違えたでしょ!」

 照明が復旧した。様変わりした体育館の光景を見て、驚きのあまり千歌は目尻に溜まった涙を拭くのも忘れてしまう。

 体育館の床が見えなくなるほど人が溢れかえっている。浦の星だけでなく他校の制服を着た少女たち、学外の人も大勢いる。まさか主催側の自分が、ライブの開始時間を間違えていたなんて。

「本当だ、わたしバカ千歌だ」

 涙を拭い、今度こそ続きを歌う。蘇った音響が会場に曲を流した。歓声が沸く。あまりにも大きくて体育館の壁が振動しそうなほどだ。曲はもう残り僅かだけど、その残りに全力を注ぎ込む。せっかく来てくれた観客たち。協力してくれた生徒たち。その人たちへの「ありがとう」という気持ちを込めて、千歌は歌い上げた。

 フィニッシュを迎え、ポーズを決める。汗と疲労が一気に押し寄せてきた。同時に先ほどよりも大きな拍手と歓声が。あまりに大きすぎて他の音が一切聞こえない。長く聞き続けたら難聴になってしまいそうだけど、この大音響が心地いい。最後列でサイリウムの光が見えた。目を凝らすと翔一だった。そういえば、昨夜翔一にサイリウムの使い方を教えた。

 これが千歌の望んでいたもの。ステージで歌って踊り、観客から楽しかった、という賛辞の拍手喝采を浴びること。みんなで楽しむ場を作る。それがスクールアイドル。μ’sの築き上げたもの。

「彼女たちは言いました」曜は告げる。続けて梨子が、

「スクールアイドルはこれからも広がっていく。どこまでだって行ける。どんな夢だって叶えられる、と」

 それは、かつてμ’sがラストライブで告げた言葉の連なり。たとえ普通の少女でも、自分たちは輝ける。輝ける世界がきっとある。その夢を信じ続け、走り続けた末に辿り着いた境地。自分もそこへ行きたいと、心から願えた。

「これは今までのスクールアイドルの努力と、街の人達の善意があっての成功ですわ」

 鋭いその声に、千歌はステージの前へ視線を下げる。観客の最前にダイヤが立っていた。自分たちの実力じゃない。スクールアイドルというブランドがもたらしてくれた集客と、そう告げられていると理解できた。

「勘違いしないように」

「分かってます」

 迷うことなく千歌は言う。

「でも……、でもただ見てるだけじゃ始まらない、って。上手く言えないけど、今しかない瞬間だから」

 ずっと、「普通」であることに燻っていた。水泳で才覚を示した曜と、ピアノに打ち込んできた梨子。両隣にいるふたりに比べたら、自分には何もない。今までのように、口を開けて待っているだけじゃ駄目だ。待っている間に「今」という瞬間は過ぎていく。流れを止めることはできないけど、限られた流れの中だからこそ一生懸命になれる。その果てにある、μ’sが視たであろう光景を目指して。

 千歌は両隣にいるふたりと声を揃えて宣言する。

「だから、輝きたい!」

 体育館に、3人の声が反響していく。勢いに任せて言っちゃった、と千歌は微かに目を伏せた。活動はできるけど、成功するのは今回だけかもしれない。やっぱり、無謀なのだろうか。こんな地方で、世界の片隅で彼女たちと同じ場所に行きたい、だなんて。

 ぱらぱら、と拍手が起こった。どこかで起きた拍手が体育館中に伝播していく。さっきのものが割れんばかり、というなら、これは優しい拍手だ。千歌の宣言を受け入れるような、肯定してくれるような。笑みが零れて、目頭が熱くなった。サイリウムを脇に抱えて拍手する翔一に向けたい言葉を、千歌は裡に秘めた。

 翔一くん、ここがわたしの、Aqoursの「居場所」だよ。

 

 

   5

 

 アンノウンの熱源は各地を移動している。とある場所に留まったと思えば凄まじいスピードで移動し別の場所に留まっている。まるで瞬間移動でもしているみたいだ。終わりの見えない鬼ごっこを繰り広げているうちに夜になっている。ガードチェイサーの燃料はまだ余裕があるものの、長時間G3を装着している誠のほうが参ってしまいそうだ。

 小沢から通信が飛んでくる。

『氷川君、近いわ』

「はい」

 誠はアクセルを捻りスピードを上げた。街灯が朧気に照らす暗闇のなかで、その人ならざる生物のシルエットをG3のセンサーアイが捉えた。今度こそ逃がさない、と同時に違和感を覚える。アギトがいない。あの戦士はどこへ行ったのか。

 疑問が晴れるのを待たず、アンノウンが駆け出す。逃げるつもりか。そう思ったとき、アンノウンの走る先で女性が歩いているのが見えた。まさか次の標的か。更にアクセルを捻り疾走するが、辿り着くと同時、アンノウンの手が女性の腹に沈む。

 誠はガードチェイサーを突進させた。カウルに衝突したアンノウンの体が突き飛ばされる。急いでバイクから降りて、倒れた女性を前に屈む。服に血が滲み、範囲を広げていく。アンノウンの鋭利な爪で腹を刺されたらしい。傷口を手で圧迫し、呼吸を確かめようと顔を見たとき、誠は目を剥いた。

「三雲さん⁉」

 その女性は、解散したオーパーツ研究局の三雲だった。思わぬ知人との遭遇でただでさえ困惑している誠の耳に追い打ちが来る。

「死ね、自らの手で」

 その幼い声に、誠は視線を上げる。いつからそこにいたのか、まだ10歳にも満たなそうな少年が三雲の傍に立っている。少年は驚きも恐れもしていない。ただ無表情に、アンノウンを見つめている。

「逃げなさい! 早く!」

 誠は少年の前に立ちふさがる。近接戦の構えを取るが、アンノウンの様子がおかしいことに気付く。何かに怯えているように見えた。威風堂々とした出で立ちは消え失せ、脚をすくませるその頭上に光輪が浮かび上がる。爆死する直前に浮かぶ光だ。アンノウンは呻き声をあげながら、指先に鋭く生えた爪を自らの腹に突き刺す。ごぽ、と奇声を発しながら、口から鮮血が流れ出た。地面に零れた血が、乾く前に光の粒子を散らして蒸発していく。アンノウンの体も血と同じように、体の細胞が内部から燃えているかのように光りだして、やがて跡形もなく宙へ散っていく。

 分からないが、アンノウンは消滅した。振り返ると、少年の姿がない。周囲に視線を巡らせるが、暗視モードに切り替わったG3のセンサーでも捉えられない。まるで初めからいなかったみたいに。

 そうだ、と誠は思い直す。それよりも三雲を助けなければ。

「三雲さん、三雲さん!」

 呼びかけながら、誠は三雲の首筋に触れる。脈動が感じられない。出血のせいで顔が青白くなっている。誠はモニタリングしているであろうふたりに向けて叫んだ。

「小沢さん、救急車をお願いします! 三雲さんが……、三雲さんがアンノウンに――」

 

 





次章 ふたりのキモチ / 記憶の一片
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