ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
「すいません納得はできません」
毅然とした小沢の声が会議室の壁に反響する。PC画面を通じての会議で、対峙しているという認識はどうにも薄くなりがちだ。だからこうして真っ向から強気でいられるのかもしれないが、小沢なら直接の対峙でも同じ態度でいられるだろう、と隣の席につく誠は思った。
液晶のなかで警備部長は『何か勘違いしているようだが』と前置きし、
『氷川誠主任がG3システムの装着員として本当に相応しいかどうか、もう一度検討し直す――』
「部長!」
『これは既に決定したことで君が納得するかどうかは問題ではない』
小沢は誠を見やる。あなたも何か言ってやりなさい、と視線で告げているのが分かる。でも誠にそんな気力は起きない。国家試験に合格しただけで現場を理解せず幹部になったお飾りのキャリア組が知ったような口をきくな。そんな不満は多くのノンキャリア組が抱いているだろうが、大半がキャリア組の上層部に告げれば日本警察の組織形態を全否定しているようなものだ。
痺れを切らした小沢は早口に言う。
「彼以上にG3システムを理解し、その力を引き出せる人はいません」
『G3システムが大した成果を挙げていないのも事実だ』
淡々と告げる補佐官に「それは――」と小沢は反論しようとするが、警備部長によって遮られる。
『我々は何も氷川主任を
そこで警備部長は『氷川君、何か言いたいことはあるかね?』と訊いてくる。返答に誠はしばしの時間を要した。G3への執着は、確かに抱いているかもしれない。でもだからといって、それを主張したとしても何か変わるだろうか。自分はG3としての成果を挙げていない。初陣では大破させ、その後の戦闘オペレーションはアギトの加勢で乗り切る始末。
「いや、自分が未熟であることは、自分が1番よく分かっています」
結局、誠はこの場において最も求められているであろう答えを返す。唯一、その答えを求めていない者がまくし立てる。
「あんたここで弱気になってどうすんのよ!」
『とにかく』とため息交じりに警備部長が小沢を遮った。早く終わらせたい、というような口ぶりだった。
『結論が出るまでG3ユニットは全ての活動を停止すること。従って君たちは、速やかにGトレーラーから撤収するように』
『いいね』という圧力のこもった警備部長の声を最後に、通信が切れた。絶望、怒り。それらの感情は誠の裡に全くと言っていいほど湧いてこない。ただ、自分の後任を議論している間にアンノウンが現れたらどうするのか、とぼんやり考えていた。きっとアギトが現れて倒してくれる。そう楽観的に思ってみるが、もしアギトが現れなかったり、もしくはアンノウンに敗れてしまったりしたら。
何のためのG3だ。何のための警察だ。警察官としての矜持が崩れていくような気がした。
「何よ、頭の固い親父連中が」
会議室から出るや否や、小沢がそう毒づく。
「声が大きいですよ、小沢さん」
皮肉を飛ばしてくる声に振り向くと、署内では目立つ仕立ての良いスーツの北條が廊下を歩いてくる。
「話は終わりましたか?」
どうやら偶然通りかかったわけではないらしい。また何か嫌味でも言いに待っていたのか。それとも――
疑念を小沢が口に出す。
「あなたのせいね。どういうつもり? 一体上に何て吹き込んだの?」
向けられる嫌悪に北條はふ、という微笑で応え、
「私は知りませんよ、何も」
「失礼します」と会釈し、北條は会議室のドアを開ける。中へ入る直前、彼がこちらへ笑みを向けるのを、誠は見逃さなかった。
Gトレーラーが本格的に運用されてからまだ2ヶ月程度だが、カーゴ内にはすっかりユニットメンバーの私物が溜まっている。車内をオフィス代わりに使用していたために、それらを整理する前に尾室は少し気疲れしているようだった。職場に私物を持ち込むことは極力控えていた誠は段ボールひとつで事足りたが、尾室は既に3個目にファイルを詰めている。
「ひょっとして、俺も小沢さんもお払い箱になっちゃうのかな」
溜め息と共に尾室が言った。G3運用に際して疑問視されているのは装着員である誠だけのはず。なら尾室は引き続きユニットのオペレーターとしてGトレーラーに戻るだろう。小沢は分からない。いくら彼女がG3を開発した才媛だとしても、先の会議の場での態度は上層部にとって目障りに映るかもしれない。誠の戦闘オペレーションの失態もあって、ユニットから降ろされる名目は十分に成立してしまう。
「済みません、僕のせいで」
「あ、別にそういう意味じゃないんですけどね。ただ、何か寂しいですよね」
尾室の言葉で、誠はG3ユニットを離れることの意味に気付く。本庁所属の自分たちはこの沼津から離れるという意味だ。仕事ばかりで故郷の空気を感じる間なんてなかったから、そう思うと寂しさが思い出したように湧いてくる。せめて、十千万で一泊だけでもゆっくりしていきたかった。
カーゴのドアが開き、小沢が入ってくる。「分かったわよ。北條透、やっぱりあのバカ男のせいだったわ」
先にカーゴに戻るように、と別れたあと、やはり小沢は北條について訊き回っていたらしい。そしてやはり、小沢にとって不愉快な事実を突き止めた、と怒り心頭な声色で分かる。
「あのアホ男、あかつき号事件のことで上層部をゆすったらしいの。事件の裏をマスコミに流す、って」
小沢はどか、と椅子にふんぞり返る。そんな彼女に怯えながら、尾室がおそるおそる訊いてくる。
「あかつき号事件て、氷川さんがたったひとりで遭難したフェリーから乗員乗客を救出した、っていうあれですよね。あれでどうして上をゆすれるんです? あの事件に裏なんてあるんですか?」
「あのとき何故海上保安庁はあかつき号を救出に向かわなかったのか」
小沢の提示した問いに尾室は「そういえば、確かにおかしいですね」と呟く。小沢は続けた。
「その日海上保安庁の巡視船は
「なるほど、巡視船を私用に使って救助信号を無視したってわけですか」
公用の船を使っての私的な送迎。公務員にとってはそんな些細なことも大問題になりえる。給与が税金で賄われているから世論の反発は免れない。しかし悲しいかな、警察内部においてはよくある話だ。当時の巡視船は不幸にもあかつき号事件と重なってしまったことで不正が明るみになったということ。
でも誠は、救助信号が無視された原因がお偉方の私用だけでないことを知っている。当事者だからこそ。
「いや、それよりもまず海上保安庁は救助信号を信用しなかったんじゃないかと思います」
「どういうこと?」と小沢が訊いた。誠はその日の、まだ鮮明に思い出せる記憶を回顧しながら語り始める。
「不思議な日でした。僕だってまさか、あんな事故が発生するとは思わなかった」
その日は1年と半年前の夏で、誠は当時静岡県警の巡査として、静岡市清水区の派出所に勤めていた。
日常業務のパトロールルートだった駿河湾の沿岸は快晴だった。雲はひとつもなく、水平線まで広がる青空は同じ青色を映す海との境界を曖昧にしていて、パトカーの窓から眺めて気持ち悪いと思ったほどだ。
青い海の一画で生じていた現象を目撃し、誠はパトカーを止めた。最初は蜃気楼かと思った。でもそれは空気の揺らめきではなかった。光の柱が海に立っていた。その柱が海底から空へ突き出しているのか、空から海に突き刺さっているのか分からない。
稀に、雲中の氷の粒が陽光をプリズムのように反射して光の柱を伸ばす現象を聞いたことがある。でも、その日は快晴で雲なんてどこにも見当たらなかった。それに、あの光は陽光の反射にしては、はっきりとし過ぎていた。まるでそこが第2の太陽のように。
「そして現場に向かった僕は、光のなかで暴風雨に見舞われているあかつき号を発見したんです」
思い出せば思い出すほど奇妙だ。現地の漁師から借りたボートで辿り着けるほどの距離だったというのに、その光のなかだけピンポイントで嵐が吹き荒れていた。ならば、あの光は超小型の台風が陽光の加減で柱のように見えたのだろうか。いや、台風なら中心は「台風の目」になるはず。中心点だけ暴風雨だなんて「ありえない」ことだ。
「そうだったの。初めて知ったわ」
小沢が言った。尾室も腕を組んで唸るように、
「海には謎が多い、って言いますけど、本当不思議なことが起こるものなんですね」
「だけど」と小沢が話題を軌道修正する。
「だからといって本庁の罪が消えるわけじゃないわ。北條透の脅迫は十分成立する」
あなたは賄賂を受け取ったんだ、と北條から言われたことを思い出す。確かにそうかもしれない。首都警察というポストを与えると同時に、自らの管轄内に置き誠が口を滑らせないか監視する。辻褄の合う話だ。
小沢は立ち上がり、誠を見上げる。
「氷川君、G3の装着員としてのあなたの立場、危ういわね」
「とにかく今は、上の決定を待つしかないでしょう。たとえG3を使えなくなっても、自分は自分なりにアンノウンと戦っていければと思っています」
G3装着員であること以前に、誠は刑事だ。ユニットが活動停止したとしても、アンノウンは待ってくれない。ならば一刻も早く、アンノウンが人間を襲う理由を突き止めなくては。有事の際にだけ動くのが警察じゃない。起こる前に防がなくては、警察の矜持は今度こそ堕ちる。
「でも、具体的には何をするつもり?」
「もう一度、高海さんに会いに行きます」
2
スクールアイドルになりたい。
そんなルビィの望みを、花丸は漠然とだが感じ取っていた。部もできたことだし、入部を申し込めば簡単にその望みは叶う。たった1歩で叶えられるのに、ルビィは踏み出そうとしない。そのことにやきもきする気持ちはあったが、どうにも人見知り以上に1歩を踏み出せない理由があることも感じ取っていた。
黒澤ダイヤ。
浦の星女学院生徒会長で、ルビィの姉。実際に会ったことはないが、その人柄はルビィからよく聞いている。ルビィにとって自慢の姉であるダイヤは、網元である黒澤家の娘として幼い頃から茶道、華道、琴、日本舞踊といった様々なものを嗜み、それらを完璧に習得したらしい。古くから続く文化で育ったダイヤにとって、文化も伝統もないアイドルとは俗なものに見えるのかもしれない。
その推測が、間違いだったことを花丸は知る。ルビィ本人の口から聞いたことで。
「お姉ちゃん、昔はスクールアイドル好きだったんだけど――」
バス停で海を眺めながらルビィの語るダイヤの姿を、花丸は懸命に想像しようと試みる。入学式の生徒会長挨拶で凛とした佇まいだったダイヤから、アイドルが好きな年相応の感性を持った少女へと。
「一緒にμ’sの真似して、歌ったりしてた」
読書で現実と離れた世界に意識を落としているのだから、想像力を働かせることに自信はある。でも、とてもアイドルファンとしてのダイヤは想像しがたい。あの硬派な生徒会長が、家では妹と共にアイドルのコスプレをしていただなんて。
「でも、高校に入ってしばらく経った頃――」
そう語るルビィの表情が曇った。ダイヤが高校1年になった年の半ば。家でアイドル雑誌を読んでいたルビィに、ダイヤは冷たく言い放った。
――片付けて。それ、見たくない――
まるで汚いものを見るような眼差しだったという。
「そうなんだ」
「本当はね、ルビィも嫌いにならなきゃいけないんだけど………」
「………どうして?」
「お姉ちゃんが見たくない、っていうもの好きでいられないよ」
どうしてそういう理屈になるんだろう、と花丸は思った。スクールアイドルが嫌いになった理由は知らないが、それはダイヤ自身の問題。ルビィにまで嫌悪を押し付けていい根拠なんて、どこにもない。
「それに………」
言葉の途切れたルビィに「それに?」と促す。ルビィは俯いた顔を挙げて、
「花丸ちゃんは興味ないの? スクールアイドル」
「マル? ないない」
突拍子もない問いに面食らって、花丸は上ずった声で応えた。何故そこで自分が出てくるのか。今までアイドルに興味を示したことなんてなかったのに。Aqoursのライブに行ったのもルビィに誘われなければ行かなかった。
「運動苦手だし。ほら、『おら』とか言っちゃうときあるし」
そう言うと、ルビィは笑みを向けた。アイドルを語るときとは全く違う、寂しさを隠すような笑みだった。きっとルビィは、花丸の答えを知っている上で質問をしたのだろう。自分を納得させるために。
「じゃあルビィも平気」
3
十千万へ向かう途中、誠は淡島のドルフィンハウスに立ち寄った。平日の昼間だが客はいるようで、「ありがとうございました。またよろしくお願いします」と果南は髪を湿らせた客を見送っていたところだった。店のウッドデッキへの階段を上る誠に気付いた果南は、高校生にして職業病なのか「いらっしゃ――」と言いかける。
「済みません、仕事中に」
「いえ、今日は空いてますし大丈夫です」
「どうぞ」とテーブルを指し示すが、「いえ、すぐ行きますので」とやんわり断る。
「今日はどうしたんですか?」
「もうあの生物が襲ってくる心配はなさそうなので、松浦さんの護衛が解かれることになりました。そのことを伝えに」
アンノウンによる高所落下の不可能犯罪は止んだ。また新しい個体に狙われる可能性も捨てきれないが、ひとまずは解決ということで処理されている。とはいえ、G3で撃破したわけでもなく、アンノウンの消滅を目撃しながらも上層部に揉み消されるという形になったが。
「わざわざありがとうございます」
「ご家族の様子はどうですか?」
「あれから何も起こっていませんし、両親も落ち着いてますよ」
「そうですか、良かった」
まだ子供だからトラウマになりはしないか気掛かりだったが、果南は誠が思っているより成熟しているらしい。安堵の溜め息をつくと「あ、そうだ」と果南は思い出したように、
「お礼にお土産でも持って行ってください。うちの干物、味は折り紙付きですよ」
「いえ、仕事でやったことなので――」
断ろうとしたが果南は聞かず、中へ入ろうと踵を返す。歩き出そうとしたところで、その足が止まった。いつからいたのか、制服を着た金髪の少女が果南の胸元に顔を埋めている。
「やっぱりここは果南のほうが安心できるなあ」
「って、鞠莉!」と果南は鞠莉と呼んだ少女を引き剥がす。刑事としてここは注意するべきか、誠は迷った。鞠莉が男性なら明らかわいせつ行為なのだが、同性で顔見知りなら友人としてのスキンシップかもしれない。スキンシップにしても行き過ぎな気がするが。
「果南、Shiny!」
そう言って鞠莉は再び果南に抱き着く。
「どうしたのいきなり?」
今度は成すがままに抱擁を受け入れた果南は、険のこもった声色で尋ねた。鞠莉は抱擁を解くと真っ直ぐと果南の目を見据え、
「Scoutに来たの」
「スカウト?」
「休学が終わったら、School Idol始めるのよ。浦の星で」
スクールアイドルとは何だろう、と思ったが、このふたりの間に割って入り質問できる雰囲気でないことを誠は察した。果南は眉根を寄せて鞠莉を睨んでいるのだから。
「本気?」
「でなければ、戻ってこないよ」
果南の表情がより険しくなった。初めて見る顔だ。客商売をしている身なら、普段からこういった表情なんて出さないだろう。雰囲気に耐えかねて、誠は告げる。
「関係のない僕が言うのもなんですが、無理に誘うのは良くないかと」
ふたりの視線が誠に向いた。果南は後ろめたくなったのか顔を背け、鞠莉のほうは誠の顔をじっと見上げてくる。
「あなた……」
「何か?」
「刑事の氷川さん」と果南はぼそりと告げる。果南は苦笑を誠に向けて、
「氷川さん、お土産すぐに持ってくるので少し待っていてください」
そう言って、果南は店内へと急ぎ足で入っていく。彼女の背中を眺めながら、鞠莉が独り言のように呟いた。
「相変わらず頑固親父だね」
4
翔一がほぼ毎日掃除をしているおかげで、十千万の居住スペースにはほとんど塵が落ちていない。でもだからといって、さぼってしまえばすぐに塵は積もる。たった1日でも人が過ごす部屋というものは結構汚れるものだ。居間にも、昨日美渡が食べたスナック菓子の欠片が結構落ちていた。
居間の隅々にまで掃除機をかけると、翔一は千歌の部屋に入った。残りはこの部屋だけ。何故最後にしたかというと、千歌の部屋が最も時間が掛かるから。
女の子の部屋の割には散らかってるんだよねえ、と思いながら翔一は掃除に取り掛かる。まず床に物が散乱していては掃除機をかけられない。水族館で買ったという伊勢海老のぬいぐるみを定位置であるベッドに置き、脱ぎ捨てられた寝間着は畳んでミニテーブルに。何冊ものスクールアイドル雑誌を本棚に戻そうとしたのだが、押しのけた英和辞典が床に落ちてしまった。持ち主の不勤勉さを物語るようにまったく傷みのない辞書のページから、落ちた拍子に新聞紙の切り抜きが何枚も散らばる。
手に取ると、全て同じ内容の記事だった。見出しは「大学教授、他殺体で発見」というもの。紙面には犯行現場と被害者の顔写真が掲載されている。被害者は高海
「嘘だろ、千歌ちゃんのお父さんて殺されたわけ?」
思わず声をあげると同時、脳裏に映像が現れた。写真とよく似た、いや、これは紙面のモノクロ写真にそのまま色を付けたような景色、同じ場所だ。写真と違うのは、その一角でスーツを着た中年男性がだらりとスーツを投げ出していること。次々と知らないはずの風景が飛び込んでくる。全ての光景が早く過ぎ去っていくようで、処理が追いつかないのか目眩がしてくる。視界がぼやけていく。黒いもやのようなものがかかり、全てが真っ黒に塗りつぶされて――
翔一は意識を失った。