ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
第1話
1
涼が運び込まれたのは廃墟だった。おそらくは病院だったのだろう。所々に薬瓶が散乱していて、すっかり汚れているが壁紙や床の色が白に統一されている。すすだらけの窓ガラスを見やると森が広がっている。沼津はすり鉢状に山岳が囲む地域だから、どこの山に建っている病院なのか分からない。
3日間眠っていた、と少年は言っていた。こんな朽ち果てた病院に点滴なんてないだろうから、涼は眠っていた間は栄養を補給できない状態にあったはず。それなのに、喉の渇きも空腹もまったくない。本能的な警戒心が生理的欲求を抑えているのか。
スマートフォンの地図アプリで現在地が分かるかもしれない。もっとも、この山が電波圏外でなければの話だが。
ポケットから端末を取り出した手を見て涼は目を剥いた。意識を失う直前、老人のようだった手が瑞々しさを取り戻している。あれは幻覚だったのか。いや、朦朧としていたがはっきりとあの瞬間の恐怖は覚えている。
涼は外を見下ろす。少年は瓦礫の散乱する地面にしゃがみ、水を張った桶を眺めていた。長めに伸ばした亜麻色の髪がそよ風に揺れている。見れば見るほど奇妙な少年だ。いかにも温室育ちといった品の良い容貌のせいか、この廃墟にいるのは酷く場違いに思える。黒ずくめの服装も殺風景で、少年の透き通るような肌の白さを際立てている。ただの家出少年じゃない。涼を匿い、この手を治した彼は何者なのか。
ひゅー、と強い風が吹く。目にゴミが入り涼は瞬きし目を擦った。視線を戻すと視界に映る光景に、涼は再び目を擦る。
少年の背が遠目でも分かるほどに伸びていた。体格はもう青年と言っていい。一瞬もうひとりいたのか、と思った。でも、あの青年はさっきの少年に違いない。肌の白さも、亜麻色の髪も同じだ。
青年はこちらを振り返った。建物の3階にいる涼を見上げている。その顔も美しく成長を遂げていた。造形が整いすぎて男女の区別がつかない。まるで古代ギリシャの彫刻が命を吹き込まれて動いているようだった。人類が突き詰めてきた理想的な美しさを全て集約させた、まさに芸術としては最高傑作。ダビデ像を造ったミケランジェロでも、あの青年を精巧に再現した作品を造れるだろうか。
青年の瞳がじっと涼を見据えている。琥珀を埋め込んだような美しい瞳だ。ぞわり、と涼の背中に悪寒が走る。
「やめろ……」
がたがたと歯を打ち鳴らしながら涼は呟く。体の奥底が疼いた。青年に涼の力が反応しているのか。鼓動が強くなる。歯止めがきかず、裡から沸き出す奔流を吐き出すように涼は叫んだ。
「うあああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアッ‼」
あたりの空気が震えているのが分かる。共振現象を起こした窓ガラスが一斉に割れた。
ガラスの破片と共に涼は外に降り立った。3階から飛び降りれば無事では済まないが、変身した涼の脚は落下衝撃を全て吸収する。青年を睨むと恐怖が更に増していく。あれだけの破片が降っておきながら青年の白い肌は傷ひとつ付いていない。足元を見やると青年の周囲だけ破片が落ちていない。見えないカプセルの中に青年は収まっていて、破片の直撃を防いだかのように。
「アギト………。いや、ギルスか。珍しいな」
青年の声はけして大きくはないが、透き通るような恐ろしいほどの美声が涼の耳をついてくる。湧き出る衝動に従い涼は青年へと駆け出す。
「そう、怖いんだね僕が。いいよ、好きにして」
黙れ、もう何も言うな。お前は消す。お前は俺の前から消えなければならない。
涼は跳躍した。右足を振りかざし青年の肩にヒールクロウを突き立てる。尖刀が青年の肩に刺さり、胸まで切り裂く。眩い光がまるで血のように青年の肩から溢れ出した。光は青年を飲み込み、その姿を隠す。直視できないほど眩しいが、涼は光のなかにいる青年を見つめ続ける。青年が笑みを向けた気がした。
やがて光が晴れる。青年はそこにいない。最初からいなかったように、光と共に消滅していた。
「………何故だ、何故俺は奴を怖れたんだ?」
元の姿に戻り、呆然としながら涼はひとり呟く。
理由は分からない。明らかに青年は人間の姿をしていた。でも、何故か恐怖が裡から込み上げてきた。おそらくは、あの青年の存在そのものに。
「ギルス………」
涼の唇がその音をなぞる。青年は変身した涼を見て「ギルス」と言っていた。それが涼の名前なのか。名前があるということは、他にも涼と同じ力に目覚めた人間がいるのだろうか。
2
一切の光が届かない空間を、
「感じます。聖霊結界の損壊により、魔力構造が変化していくのが」
黒翼と黒髪が風に揺れる。蝋燭の火が無ければいとも簡単に闇へ溶けてしまいそうな黒を纏いながら、自身を見つめる魔眼に向けて語る。
「世界の
ふ、と蝋燭の火を吹き消す。そして完全な闇が訪れる。
「やってしまったー!」
善子は頭を抱えて叫んだ。
「何よ堕天使って! ヨハネって何! リトルデーモン? サタン? いるわけないでしょそんなもん!」
いや、堕天使はいる。この前目の当たりにした。でも自分は違う。ただの人間だ。
カーテンを開けると朝陽が射し込んでくる。全貌が露わになった自室を見て善子は深く溜め息をついた。魔眼もとい撮影用のインカムに、風を演出するためのまだ出すには早い扇風機。机のノートPC画面には撮影した映像を配信しているインターネットの動画サイト。
見れば見るほどうんざりだ。壁に掛けてある鏡に映った堕天使衣装の自分自身も。
「もう高校生でしょ、津島善子。もういい加減卒業するの。そう、この世界はもっとリアル、リアルこそ正義。リア充にわたしはなる!」
いくら摩訶不思議な存在がこの世界に存在したとしても、自分には関われるようなものじゃない。あの堕天使と戦っていた戦士のような特別なものなんて自分にはない。だったら現実を受け入れなければ。学校に行って、友達を作って充実した華の高校生活を――
堕天使ヨハネと契約して、あなたもわたしのリトルデーモンになってみない?
不意に始業初日で犯した失態を思い出す。羞恥のあまり善子は身を悶えさせた。
「何であんなこと言ったのよ! 学校行けないじゃない!」
3
十千万の朝は早い。自分たちのみならず宿泊客の朝食も用意しなければならないから、必然的に準備は早いうちに済ませている。とはいえ今の時期は繁盛期じゃないからお客も少なく、高海家はゆっくりと朝食を摂ることができた。
朝練習が習慣になったとはいえ、千歌は未だに早起きが苦手だ。この日も翔一が起こしてくれなかったら寝坊していたことだろう。居間に降りると千歌以外の皿は全て片付けられている。味噌汁を置いた翔一が「ほら千歌ちゃん」と朝から元気よく千歌をテーブルに促した。
「眠いしご飯いらないよお」
眠気で開き切らない目を擦りながら言うと、「何言ってんの」と翔一が、
「朝ご飯は元気の源なんだからしっかり食べなきゃ」
せっかく用意してくれたのに食べないのも申し訳ない。のっそりと座った千歌は「いただきまあす」と味噌汁を啜る。
「そうそう、皆集まっているうちに話しておかないとね」
食器を洗っていた志満が大きな封筒をテーブルに置く。テレビを観ていた美渡も「なになに?」と封筒へ興味を示した。
「何ですか、これ?」
翔一が訊いた。千歌は口に詰めた白米を噛みながら封筒を覗き込む。「学校法人 沼津国際調理師専門学校」と印字されている。入学手続きの資料らしい。「願書?」と訊く美渡に続き翔一は「へえ」と漏らし、
「志満さん調理師の学校に行くんですか? 凄いなあ」
「私じゃないのよ」
「え? じゃあ千歌ちゃん?」
千歌は無言で首を横に振る。何となく話が見えてきた。「じゃあ美渡?」と翔一が言うと、美渡も既に察しているのか「んなわけないでしょ」と呆れを声に出す。
ようやく趣旨を察した翔一は自身を指さし、
「俺?」
「そう」と志満は首肯する。
「私なりに色々考えたんだけど、翔一君もいつまでも家でぶらぶらしていても仕方ないと思うの」
「なるほど、確かに」と美渡が同意した。「家で、ぶらぶら………」と力なく反芻する翔一を見て志満は少し慌てたように、
「誤解しないでね。勿論あなたには家事の全てをやってもらっているから感謝しているわ。でもそれだけじゃ詰まらないでしょ?」
「いえ、十分楽しいですけど」
翔一は迷うことなく言う。その笑顔から影はまったく感じない。翔一は毎日本当に楽しそうだ、と千歌の目には映っていた。掃除、洗濯、炊事、畑としいたけの世話。その全てを笑顔でこなしている。その返答に戸惑い気味の志満は改まって、
「別に調理師学校じゃなくてもいいのよ。何かやりたいことがあれば」
「そうですねえ」と翔一は明後日のほうを向く。
「朝起きたときは顔洗って歯を磨きたいと思うし、掃除もしたいし洗濯もしたいし」
「いや、そういうことじゃなくて………」
「志満姉ちょっと急すぎるよ」と千歌は長姉を制止する。
「翔一くんが何か始めたとしても記憶が戻ったら違うことしたい、って思うかもしれないし」
「それは、そうだけど……」と志満は言葉を探しあぐねる。翔一が専門学校に通い調理師の資格を取って、十千万の板前として働いてくれたら千歌も嬉しい。でも、将来の志望は翔一自身から言うことを待つのが一番良いとも思った。翔一が本当の意味で自身の人生を送るためにも。
「俺、別にどっちでも良いですけど。記憶が戻っても、戻らなくても。まずいですか?」
罰が悪そうに苦笑する翔一を見つめながら志満は言う。というより、それしか言えなかったのだろう。
「変わってるわね翔一くん。本当に」
4
強化ガラスの向こうで、G3がGM-01を構えてゆっくりと脚を進める。自分がこの前まで同じ装備を身に着けていたと思うと、何だか自分自身を見ているような気分に捉われる。
G3ユニットの活動再開へ向けた演習で、誠の立場は「元」装着員。新しい装着員の技量が果たしてアンノウンに通用するかを見定める側にある。装着員が誠でないこと以外に面子は変わりない。指揮を執るのは小沢。オペレーターは尾室。そしてモニタリングに同席するのは霞ヶ関から沼津まで足を運んだ警備部長と補佐官。
G3が所定の位置につくと、誠の隣に座る小沢がマイクに向かって告げる。
「G3
ブザーが鳴り響くと同時、G3が銃を構えた。尾室がPCのキーを叩き、
「GM-01、アクティブ」
G3の周囲で黒の板が起き上がった。人間を簡易的に模した射撃訓練用の的。通常の訓練用と異なるのは、センサーと銃口が取り付けられているという点だ。複数の的が取り囲んだG3へ弾丸を射出していく。左右前後から飛び交う銃撃を全て紙一重で避けながら、G3はGM-01の銃口を向けトリガーを引いた。
的のひとつの、人間でいうと心臓にあたる位置に命中し銃撃が止まる。横へ跳びながら宙で発砲。またひとつ的の心臓へ。更に着地時に前転して衝撃を和らげながら発砲。それもまた心臓へ命中。残るひとつの的はまだ銃撃を続けているが、それもあっけなくGM-01の弾丸を受けて沈黙した。
「命中率100パーセント」
尾室が報告し、全ての的が倒れる。G3は警戒を緩めず、GM-01を構え直し周囲に視線を巡らせている。
ご機嫌な様子で警備部長が言った。
「やはり彼を装着員にして正解だったようだな」
隣の補佐官も満足げに頷く。「氷川君」と警備部長に呼ばれ、誠は思わず「はい」と上ずった声で応える。
「君から見て彼はどう思う?」
その警備部長からの質問が形式的なものに感じ得ないが、誠は率直に述べた。
「お見事です。何も言うことはありません」
本心からの言葉だ。全ての動きに一切の無駄がない。G3の性能を余すところなく使いこなしている。
やりとりを横目で見ていた小沢は淡々とマイクへ、
「マヌーバー終了、お疲れ様」
構えを解いたG3がマスクの両側面に手を当てる。後部カバーが開きマスクを脱ぐと、涼しい表情をした北條透の顔が現れた。
「凄い、完璧ですよ北條さん!」
尾室が興奮した様子で言うと、北條は不敵に笑みを零し控え室へと歩いていく。その背中を睨みながら小沢が机の脚を控え目に蹴るのを、誠は見逃さなかった。
演習後にGトレーラーへ戻る道中も、尾室の北條への賛辞は止まらない。
「いやー凄いですよ北條さん。これだけ短い期間でG3システムの扱いを完璧にマスターしちゃうなんて」
「あなた達のサポートがあってこそです。これからもよろしくお願いします」
北條は
「氷川さんのときはもっと時間かかったもんなあ。さすが北條さんですよ」
その言葉に小沢は何か言いかけたが、すぐに口を結ぶ。尾室だって、誠本人が一緒にいながらも悪気があって言っているわけじゃないだろう。それに、誠を装着員とした頃の調整に時間が掛かっていたのも事実だ。
廊下の分かれ道に差し掛かって誠は「すみません」と、
「僕はここで」
誠が3人と歩く道はここで別れる。3人はG3ユニット、誠は捜査一課へと。「ええ」と小沢が応え、続けて北條が笑顔で、
「氷川さん、あなたなら捜査一課でも十分通用しますよ」
「ありがとうございます。私も北條さんの活躍に期待しています。アンノウンとの戦いは大変でしょうが、私もできる限り力になりたいと思っていますので」
「それは心強いな。まあ、今のところあなたの力が必要になるとは思えないが」
そう告げて北條は行くべきところへと歩き始める。ユニットメンバーに支給される制服を着こなすその背中を見送ると、誠は「失礼します」と小沢に一礼して別方向へと歩く。
「氷川君」
小沢に呼ばれ足を止めた。振り返ると小沢はいつもの強気な、でも優しい表情を向けてくる。
「どこに行っても応援してるから、あなたのこと」
元とはいえ上司からの激励に、誠は無意識に笑みを返す。報いよう、小沢の期待に。これから現場は違えど、警察官である自分たちの守るものは同じだ。小沢たちが実働部隊としてアンノウンと戦うのなら、自分はアンノウンの謎を追っていく。
戦おう。砂漠に落ちた一粒の小石でも、真実があるのなら放棄せず。警察官という矜持を携えて、市民のために。
5
スクールアイドル活動をするならば、ラブライブ運営委員会が展開しているソーシャルサイトへの登録が一般的だ。サイト内でブログを立ち上げての活動報告ができ、プロモーション動画をアップロードすればスクールアイドルの検索で発見されやすくなる。アカウントを持てば、サイト内でのブログや動画の閲覧数と評価に応じてのランキングが付く。
浦の星女学院スクールアイドル・Aqoursとして登録された千歌たちのランキングは現在4768位。これでも一応順位が上がっているのだが、競争率の高さを突き付けられて千歌は盛大な溜め息をつく。
「まあ落ちてはないけど」
放課後の部室にて、全員でPC画面を凝視するなかで曜が現状を総括する。
「ライブの歌は評判良いんですけど……」
ルビィが控え目に述べる。ライブ動画は今のところ初ライブの曲だけだ。決して悪い状況ではないはず。千歌はサイトのコメント欄を見ながら、
「それに新加入のふたりも可愛い、って」
「そうなんですか⁉」とルビィが興奮気味に言った。ふたりが入部してすぐブログに紹介文と写真を掲載したのだが、どうやら反応は良好らしい。続けて曜が、
「特に花丸ちゃんの人気が凄いんだよね」
梨子がコメントを読み上げる。
「花丸ちゃん応援してます。花丸ちゃんが歌ってるところ早く観たいです、って」
「ね、大人気でしょ?」と言う千歌の横につき、花丸はPCをじっと見つめる。感激しているのかと千歌は思ったのだが、
「こ、これがパソコン?」
花丸のその言葉に曜が「そこ⁉」と椅子から立ち上がる。
「もしかして、これが知識の海に繋がってるという、インターネット?」
まさかパソコンを初めて見るのだろうか。目を輝かせる花丸に戸惑いながらも梨子が「そ、そうね」と応える。
「知識の海かどうかはともかくとして………」
千歌はルビィに訊く。
「花丸ちゃんパソコン使ったことないの?」
「実はお家が古いお寺で電化製品とかほとんどなくて」
現代で家電が殆どないとは、まさか洗濯物は手で洗い米は釜戸で炊いているのだろうか。十千万も1世紀以上続く老舗旅館だが、流石に現在は家電くらい置いている。
「この前沼津行ったときも――」
ルビィによると、沼津駅前の本屋へ行った際、トイレでセンサー式の蛇口とジェットタオルを見て花丸はこう言ったらしい。
「未来ずら! 未来ずらよルビィちゃん!」
既に現代の技術なのだが、古風な家庭に育った花丸にとっては未来へタイムスリップしたかのような衝撃を受けたのかもしれない。
そんな未来の産物に等しいPCを目の当たりにした花丸はこちらを向き、
「触ってもいいですか?」
「勿論」と千歌が応えると、花丸はPCへと手をかざす。キーを押して画面に出力されたらもっと驚きそうだな、と思っていると液晶が暗転した。
「何をしたのいきなり?」
梨子が訊くと花丸は興奮冷めやらぬ様子で、
「1個だけ光るボタンがあるなあ、と思いまして――」
それは電源ボタンだ。最後まで聞く前に梨子と曜が強制終了されたPCへ向かう。
「大丈夫?」
「衣装のデータ保存してたかなあ?」
PCを立ち上げながら交わされるふたりの会話で、花丸は事態を察したらしく表情を引きつらせる。強制終了のことは多分知らないだろうが。
「ま、マル何かいけないことしました?」
「大丈夫大丈夫」と千歌は苦笑を返した。