ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
読んでくれる読者様を意識すると「こんな出来でいいだろうか」と変に物怖じしていましたが、そもそもプロの作家でもない私がそんな気取った悩み抱える必要は無かったですね(笑)。「書きたいから書く」という原点を忘れず肩の力を抜いて書いていこうと思いますので、よろしくお願いいたします。
1
「大変だよ! 翔一くんが警察に連れてかれちゃった!」
曜と梨子と一緒に十千万へ帰宅してすぐ、千歌は姉ふたりに先の顛末を報告した。
「翔一が警察に連れてかれたって、それどういうことよ?」
宿泊客への迷惑も構わず美渡が語気を強める。
「津上さんが会う約束をしていた人が殺されたらしくて………」
千歌が省いてしまったことを梨子が補足してくれる。
「まさか翔一が――」
「何かの間違いだって!」と美渡の言葉を遮る。続けて曜が「そうですよ」と、
「絶対に翔一さんは犯人じゃありません。アリバイとかあればきっと………」
それだ、と千歌は希望を見出す。アリバイが、三浦が殺害されたと思われる時間帯に翔一が何をしていたか証明できれば、証人がいれば彼を釈放させられる。
「でも――」と美渡は気まずそうに、
「翔一、約束にはひとりで行ったんだよね。ホームセンター寄ったみたいだけど時間近いしアリバイになるのかな」
一気に不安が押し寄せる。意図はないだろうが、梨子が更に追い打ちをかけるようなことを言った。
「警察の取り調べって、結構強引だって聞いたことあるわ。もし津上さんが嘘の自白とかしちゃったら………」
「そんな………」と千歌は息を詰まらせる。もし翔一が刑務所に服役するなんてことになったら。そんな想像をすると脚から力が抜けて崩れてしまいそうになる。いつか別れの日が来るかもしれない、と漠然と思っていた。でも、こんな形で突然別れるなんてあっていいのだろうか。
「皆落ち着いて」
そう静かに告げたのは志満だった。受話器を片手に電話帳を捲りながら、
「知り合いの弁護士さんに相談してみるわ。きっと翔一君の無実を証明してくれる」
「志満姉」と千歌は長姉へ強く言う。
「わたし警察に行ってくる。翔一くんのために何かできるかもしれないし」
「気持ちは分かるけど、私たちにできることは何もないわ」
反論できず、千歌は唇を結ぶ。志満の言う通り、何かできるかもと言っても何ができるのか全く考えが思いつかない。いくら誠に説得を試みたとしても、高校生の証言が通るのか。しかもアリバイもない。
「それに翔一君なら大丈夫よ。きっとカツ丼でも食べさせてもらってるわ」
志満が穏やかにそう言うと、呆れ顔で美渡が漏らした。
「刑事ドラマじゃあるまいし」
2
「食えよ、腹減っただろ」
そう言って河野が差し入れた蓋つきの丼を、翔一はまじまじと見つめる。蓋を取ると卵で閉じられた豚カツが湯気と共に出汁の香りを昇らせる。
「へえ、こういうときって本当にカツ丼が出るものなんですね。刑事ドラマで見たことあります」
この男、自分の置かれた状況が分かっているのだろうか。嬉しそうに破顔する翔一を見て誠はそう思った。普通なら差し入れの食事なんて近くのコンビニで売っているおにぎりかパンで済ませる。わざわざカツ丼を出前で頼んだのは、刑事ドラマに憧れてこの仕事を志したという河野のこだわりだ。
「いいから食え」
河野がぶっきらぼうに言うと、翔一は律儀に「いただきまーす」と合掌する。箸を手に豚カツを頬張る姿を見て河野が「美味いか?」と訊くと翔一は「はい」と笑顔で応え、
「あの、ひとつ訊いてもいいですか?」
「何だ?」
「このカツ丼てどこのお店の出前ですか?」「何でまたそんなことを訊く?」
河野が呆れ顔で言うと、翔一はまるで新しい発見でもしたかのように笑った。
「今度、千歌ちゃんやAqoursの皆にも食べさせてあげようかな、と思って」
そう言って翔一は箸を動かす。深い溜め息をつき、河野は誠へ視線をくべてくる。こいつ普段からこうなのか、と訊きたげだ。誠は無言で視線を返す。はい、普段からこうです、という返答を込めて。
話せば話すほど、津上翔一という人間は得体が知れない。それが数時間の取り調べで誠が思い知ったことだった。取り調べは一種の心理戦と言っていい。容疑者を疲弊させ真実を証言させようと、誠と河野は飴と鞭の法則を駆使した。でもその試みは翔一のペースを前にしてあっけなく頓挫している。厳しく詰問しようが穏やかに諭そうが、翔一のペースは全く崩れない。疲弊した様子もなく溌剌と受け応えている。
河野の言った通り長くなりそうだ。もっとも、参ってしまうのは翔一ではなくこちらのほうかもしれないが。とはいえまだ始まって数時間。これからが正念場だ。
「津上君」と誠が呼ぶと、翔一は箸を止める。
「君はさっき被害者に会いに行く前に買い物をしたと言いましたが、一体何を買ったんです?」
「庭の樹を直したくて、ガムテープとか針金とか――」
それを聞いた瞬間、河野は射貫くような視線を翔一に向け、
「語るに落ちたな。被害者はな、針金で殺されていたんだよ」
3
気付けばすっかり夜が更けていた。
カーテンの隙間から街灯の白んだ光が部屋に入り込んでいる。気付くと色々なことが浮かび上がってきた。まずは自分自身から発せられている強い臭気。あの青年に匿われていた廃病院から家に辿り着いてからというもの、風呂に入らず部屋でぼう、と過ごして結構な日が経っていたらしい。
時間の経過を認識できても、不思議と空腹はなかった。無意識に何か口にしていたのだろうか。いや、もしかしたら空腹を感じられるほど意識がはっきりしていないのかもしれない。ずっと現実と夢想の狭間にあるような、ぼんやりとした感覚に身を委ねていたのだから。
全てに対する反応が鈍くなっているようだ。恐ろしいほど静かな部屋に、突然スマートフォンの着信音が響いても動揺なんてしない。応対なんてする気になれず放置する。着信音はしばらく鳴り続けた後に止んで、続けて人の声が発せられる。留守電モードに切り替わったのだろう。
『涼か? 神奈川の松井だ』
母方の叔父の声だった。幼い頃に母が死んだ後も色々と世話を焼いてくれて、父とも実の兄弟のように仲が良かった。
『久しぶりだな、2年前の正月以来か。突然だが、驚かないでくれよ』
今更何に驚くというのか。軽く聞き流すつもりでいた叔父の声は震えているようだった。
『行方不明になっていた義兄さんが……、お前の父親が、死体で発見されたそうだ』
端末から発せられた声に、涼は目を見開く。耳孔に入った音声に電流でも走っていたかのように、全身に痺れのような戦慄が駆け抜けた。
『私はこれからその件で警察に行く。お前もこの電話を聞いたら連絡をくれ』
留守電が終わった。涼はただ虚空を見つめ続ける。父が死んだ。1年半前に突然行方をくらまして、それでもどこかで生きているだろうと淡い希望を信じ続けた果てに。
4
放課後になってすぐ、スクールアイドル部と善子は十千万に集合した。曜とルビィがたった一晩でメンバー全員分の衣装を仕上げたということで、その衣装合わせだ。量販店で安く買った服に雑貨屋で買った装飾を組み合わせるだけとは言っていたが、簡単といっても仕事が早い。
十千万に上がり込んで千歌の部屋へと向かう間、梨子はせわしなく館内を見渡した。当然のことながら翔一はいない。たった一晩だけとはいえ、翔一が掃除をしてない千歌の部屋は心なしか散らかっているように見える。
「はい、これは花丸ちゃんのね。それでこれが梨子ちゃん」
完成した衣装を手渡す千歌はいつも通りの様子だ。明るく元気で、笑顔の絶えない。たまらず梨子は訊く。
「ねえ千歌ちゃん、津上さんのこと心配じゃないの?」
早速着替えようと制服のボタンを外しながら千歌は「え? ああ……」と思い出したように、
「何か一晩寝たら大丈夫、って思って。翔一くんは犯人じゃないんだし、すぐに疑いも晴れるよ」
そこで「ねえ、何の話?」と善子が口を挟んだ。
「ああ、3人にはまだ言ってなかったよね。翔一くんちょっと警察行ってるんだ」
さら、っと言いのけた事実に、1年生の3人は「ええ⁉」と声をあげる。「翔一さん何かしたずらか?」と花丸が「大丈夫なんですか?」とルビィが口々に言う。ただひとり、善子だけは「翔一……」と呟いた。
「そういえば善子ちゃんはまだ翔一くんと会ったことなかったよね。帰ってきたら紹介するね」
千歌の言葉に善子は「うん……」とぼんやりした様子で聞いていたのだが、すぐに「ヨハネ!」と噛みつくように言う。
「何か大丈夫って思えちゃうんだよね、翔一さん」
曜が笑いながら言った。続けて千歌も、
「翔一くんのことだから、取り調べでもお茶とか淹れてそうなんだよね」
取り調べが始まって丸1日が経とうとしているが、翔一の容疑が濃厚になったところから進展はみられない。あとひと押し。容疑者の自白があれば容疑は確定する。
職務上、誠は翔一から何としてでも情報を引き出さなければならないのだが、この気の良い青年が果たして罪を犯すとは到底思えずにいる。とはいえ、現状からして彼の無実を晴らすことは難しそうだが。
先ほど三浦の勤務先へ河野が聞き込みに行ったが、特に他人から恨みを買うような人物でもなかったという。仕事ぶりは真面目で、プライベートでもトラブルの相談はなし。殺害へと繋がるようなことが日常で起きていなかったということは、突然出会ったこの青年へと消去法で容疑が向く。
もし翔一が、自分を記憶喪失者と偽っていたと仮定する。自分の身元を隠さなければならない事情があり、過去の自分を知っている三浦智子の存在は都合が悪い。だから殺害へと至った。
推理はしてみたが粗だらけだ。翔一の記憶喪失が嘘と証明できていない上に、そもそも何故身元を偽る必要があるのか、という話に昇華してより事件が複雑になる。
いたずらに推理を深めても仕方ない。翔一の身元に関しては、今河野が捜査を進めてくれているはずだ。自分は取り調べに専念しなければ。
取調室にお茶のセットを持ち込んだ誠は、急須に適当な量の茶葉とお湯を入れる。トイレ以外はずっと座っている翔一からまだ疲労の色は見えない。急須を揺らし、茶葉にお湯が馴染んだ頃を見計らって湯呑に注ぎながら誠は言う。
「以前君にお茶を淹れてもらったことがありましたが、今日は僕が淹れましょう」
「どうぞ」と差し出された湯呑を一口だけ啜ると翔一は顔をしかめた。
「あの、俺が淹れ直してもいいですか?」
そんなに自分の淹れたお茶は不味いか。そもそもお茶に美味いも不味いもあるのか。ともあれ、容疑者に物を触らせるわけにはいかない。お湯のポットだって鈍器になりえるし、ポットの熱湯だって立派な凶器だ。
無言で冷ややかな視線を送る誠に、翔一はおそるおそる「駄目?」と訊いてくる。溜め息をつき、誠は椅子に腰かけた。この男、とことん得体が知れない。
「では、もう一度最初から昨日の君の行動を教えてもらえますか?」
「はい。朝6時に起きて顔を洗って歯を磨いてから、菜園のキャベツに水をやって、そのキャベツがまた出来が良くって――」
「そこの所はもういいです。もう少し先に進んでください」
「はい。朝食のために白味噌を使った大根の味噌汁を作って。うちはお客さん用の味噌汁には赤味噌を使うんですけど、千歌ちゃんと美渡は甘い白味噌が好きなんです」
「もっと先です」
ここまでくると、この男は取り調べを送らせるためわざと話を逸らしているのでは、と思えてくる。何度目になるかも分からない溜め息を漏らしそうになったとき、開けられたドアの間から河野が「ちょっといいか?」と顔を出す。「はい」と応じて席を立つと、
「ああ、それからキャベツを――」
翔一の声を無視し、部屋から出てドアを閉めると完全に音が遮断される。
河野は言った。
「間違いないな。奴が購入したというホームセンターの針金は、凶器に使われたものと同じものだ」
そうなると、もう翔一の容疑は確定したも同然だ。他に容疑者が現れない限り。河野は取調室のドアへ視線を向け、
「それにしてもあの容疑者、指紋を照合しても前科はないし、記憶喪失だそうだが捜索願も出ていない。全くの正体不明。奴こそアンノウンてところだな」
既製品に手を加えただけと安心していたのだが、どうやら曜は一晩でかなりの改造をやってのけたらしい。着替え終わった衣装のスカートを押さえながら梨子はおそるおそる言う。
「こ、これで歌うの? この前より短い……。これでダンスしたら流石に見えるわ………」
羞恥に身を強張らせながら隣を見やると、下に体操着の半ズボンを履いている千歌がスカートを大きく捲って、
「大丈夫!」
「そういうことしないの!」
咄嗟に千歌のスカートを押さえた。「良いのかな、本当に」と溜め息交じりに呟くと千歌が、
「調べたら堕天使アイドルっていなくて、結構インパクトあると思うんだよね」
「確かに、昨日までこうだったのが――」と曜が視線をベッドの上に広げた『ダイスキだったらダイジョウブ!』の衣装からメンバー達へと移し、
「こう変わる」
白と黒のモノクロ調、所謂ゴシックアンドロリータにコーディネートされた衣装は、スクールアイドルでは邪道と言える。アイドルとして踊るならばもっとカラフルに彩った華やかな衣装が定番なのだが、こういったシンプルな色合いもある意味で目立つ。
「何か恥ずかしい………」とルビィが、「落ち着かないずら………」と花丸が言う。ふたりにとっては初めての衣装だから照れもあるだろう。まさかルビィも憧れのスクールアイドルになって初めての衣装テーマが堕天使とは。因みにひとりだけ自前衣装の善子は着慣れた様子だ。違和感がない、というより今回の衣装は善子の趣向を参考にしたのだから当然なのだが。
梨子は千歌に訊いた。
「ねえ、本当に大丈夫なの? こんな格好で歌って」
「可愛いねえ!」
「そういう問題じゃない」
可愛いかどうかじゃなくて、これで人気が出るかが焦点のはずだ。「そうよ、本当に良いの?」と善子も同意を示す。千歌は明確に答える。
「これで良いんだよ。ステージ上で堕天使の魅力を皆に思いっきり振りまくの!」
「堕天使の魅力………」と善子は興味ある素振りを見せたのだが、すぐに「ダメダメ!」と首を振る。
「そんなのドン引かれるに決まってるでしょ!」
善子は部屋の隅でこちらに背を向けてうずくまる。それでも千歌は「大丈夫だよ」と、
「きっと人気でるよ。『天界からのドロップアウト。堕天使ヨハネ、堕天降臨!』みたいな感じで」
想像したのか、善子の背中から「大人気……、くくくっ」と控え目な笑い声が聞こえてくる。正直なところ薄気味悪いが、協力はしてくれるらしい。
衣装サイズの調整を済ませる頃には、陽が傾いて西の空が燃えるような色を映し始めている。今日の活動はここまでにして、家が沼津市街の曜と善子を見送りにメンバー全員でバス停へ移動した。
「じゃあ、衣装よろしくね」
千歌が言うと、善子と共にバスへ乗り込んだ曜は「ヨーソロー!」と応えて敬礼する。ほどなくしてバスは走り出し、手を振って車体が建物の陰に隠れて見えなくなるまで見送った。
「じゃあマルたちも」
「失礼します」
花丸とルビィも自分たちの帰路を歩いていく。「じゃーねー」と手を大きく振って見送る千歌の横顔を、梨子はじっと見つめる。その顔の奥に秘められている想いを読み取ろうと、観察するように。
「ん、どうしたの?」
視線に気付かれて咄嗟に「あ……、別に………」と応える。
「もしかしてスカート丈のこと不安? 大丈夫、曜ちゃんきっと上手くやってくれるよ」
それも不安といえば不安だが。言いかけたところで、千歌はふふ、と笑みを零した。「どうしたの?」と今度は梨子が訊く。千歌は言った。
「皆色々と個性があるんだなあ、って」
「え?」
「ほら、わたし達始めたは良いけどやっぱり地味で普通なんだなあ、と思ってた」
「そんなこと思ってたの」
「そりゃ思うよ。一応言い出しっぺだから責任はあるし。かといって、今のわたしに皆を引っ張っていく力はないし………」
こんな、千歌から弱音のような言葉を聞くのは初めてだ。いつだって前向きで真っ直ぐな千歌が、このときばかりは小さく見えてしまう。弱気になってしまう理由を梨子は悟った。
「でも」と千歌は続ける。
「皆と話して少しずつ皆のこと知って、全然地味じゃないって思ったの。それぞれ特徴があって魅力的で。だから、大丈夫じゃないかな、って」
元気で溌剌とした曜。アイドルへの熱が人一倍強いルビィ。達観しているようで無邪気な花丸。そして梨子。
それらの人々をメンバーとして見出した千歌。真っ直ぐ前だけ見ているようで、この少女は意外と隣も見ている。
「………やっぱり変な人ね。初めて会ったときから思ってたけど」
そう言うと、千歌は「ええ⁉」と口を尖らせる。
「何、褒めてるのけなしてるの?」
「どっちも」
「何? 分かんないよ!」
子供のように地団駄を踏む千歌が何だかおかしくて笑みが零れた。
「とにかく頑張っていこう、ってこと。地味で普通の皆が集まって、何ができるか」
「ね」と千歌の肩にぽん、と手を添える。
「よく分からないけど………。ま、いっか」
その言葉に、また梨子は笑みを零す。周りを見ている割には、自分のことをあまり見ない人なんだ、と思った。
「じゃ、頑張る前に片付けなくちゃね」
「え?」
目を丸くする千歌をよそに、梨子はバス停の時刻表を見る。次のバスは40分後。千歌が訊いてきた。
「どこ行くの?」
「警察署。千歌ちゃん場所分かる?」
「分かるけど、梨子ちゃん………」
正解、とまるで生徒に回答を促す教師になった気分で、梨子は続きを告げた。
「津上さんの無実、晴らさないと」
5
昨日、誠が翔一を逮捕したのとほぼ同時刻、北條透を装着員としたG3システムは清水町営野球場へと出動した。
G3の主観カメラが写す現場は無人だった。球場に隣接している中学校のグラウンドにも人影はない。そんな開けた場所で、誰かが倒れていたらすぐに気付く。停車させたガードチェイサーからGM-01を掴むと、視点はすぐさま倒れている人影のもとへと進んでいく。
うつ伏せで倒れているのは全身を濡らした男性だった。奇妙なことに、男性の周辺は全く濡れていない。球場は狩野川に近いが、川に落ちて球場まで移動したのだとしたら、その道程は必ず濡れる。でも、グラウンドで濡れているのは男性だけ。
報告書によれば、この時点で北條はG3の生体センサーで生体反応の消失を確認。男性は死亡と判断された。
視点が背後へと流れる。視界の中央で、もやのかかった影のなかで小学生くらいの少年が手足をばたつかせながら「助けて!」と叫んでいる。北條は少年を抱えたアンノウンへ発砲。この時点で小沢は少年の救出を優先するよう指示したが、北條は発砲を継続。13発命中させたところで、アンノウンは少年の拘束を解いた。
アンノウンが迫ってくるが、それに伴い視界の殆どがもやに覆われて状況が把握できない。報告書には、G3はアンノウンの猛攻を掻い潜りながらGM-01で牽制。近接格闘術を駆使しアンノウンを投げ飛ばし、次にGG-02を使用。グレネードを受けたアンノウンは頭上に光輪を浮かび上がらせ、直後に溶解するようにして消滅。残された体液はほどなくして気化したためサンプルの採取は不可能。
小沢から誠のPCに送られてきた映像と報告書から見れば、北條の初陣は輝かしい勝利で飾られている。少年を巻き添えにする危険性を無視してまで発砲したことは問題だが、保護された少年に外傷がなかったことから厳重注意で済まされるかもしれない。むしろ北條の腕をより信頼させる材料だ。結果論ではあるが、上層部もせっかく見つけたG3装着員を簡単に降ろしはしないだろう。
問題は多少あれど、前任の氷川誠よりも優秀。
そんな上層部の声が聞こえてくるようだった。誠という「失敗例」がより北條の株を上げる。少しばかり気分は落ち込むが、人には適材適所というものがある。誠はG3装着員として向いていなかっただけ。北條のほうが適任だったというだけのこと。
まあ、G3装着員としての適性なんて今はどうでもいい。気掛かりな点がふたつあることが重要だ。
ひとつはアギトが現れなかったこと。アンノウンが現れれば必ずアギトも現れアンノウンと戦う。現れなかったのは確認できるものでは今回が初めてだ。
もうひとつはアンノウンが溶解したということ。アンノウンがアギト、又はG3の攻撃を受けて消滅するときには必ずその身を爆散させていた。明らかにこれまでとは異なる最期。本当にアンノウンは撃破されたのだろうか。
「氷川さん」
不意に呼ばれて振り返ると、オフィスに同じ不可能犯罪捜査本部の刑事が顔を覗かせている。
「面会ですよ。容疑者の身内だそうですが」