ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

3 / 160
 1話分のエピソードを分割して正解でした。多分ひとつに纏めたら1話2万文字越えでとてつもなく長くなります。


第2話

   1

 

「ごめんねー、何度も付き合わせちゃって。でもこれが終われば完成だから」

 フィッティングデータの採取を終え、スーツを脱いだ誠に小沢は労いの言葉をかける。G3のスーツは装着員である誠の体形に合わせ、日々改修を重ねている。実践でポテンシャルを最大限に発揮できるよう必要な措置だ。誠としても自分の身を預ける装備なのだから、面倒だなんて思わない。ましてや警察が開発したG3の資金源は市民の税金。ぬかりはあってはならない。

 とはいえ、誠の思考はG3とは他にあった。カーゴベイの飾り気のないベンチでそのことにふける誠の隣に、小沢が腰掛ける。

「氷川君、何考えてるか当ててみましょうか? 例のオーパーツのことでしょ?」

 「はい」と誠は重苦しく答える。半分は正解だ。半分は。

「確かにそれもあるんですが、獅子浜(ししはま)中学校での事件のこと、ご存じですか?」

「樹の中に生徒の死体が入ってた、っていう?」

 誠の懊悩の根源にあるのは、先日にこの沼津の街で発生した殺人事件のことだった。人命が、それも子供の命が失われただけでも気が重くなるのだが、それ以上に発見された遺体の状況がまた奇妙だ。現場は被害者が通っていた中学校のグラウンドで、部活の朝練習をしていた生徒に遺体は発見された。

 グラウンドの外縁に植えられていた樹の幹から飛び出した、被害者の腕が。

「気になるんです。普通なら、あんなこと有り得ない」

 現場は騒然としていたらしい。殺人事件で死体を隠そうとしたという意図にしても樹とは奇天烈な発想なのだが、被害者が収まっていた樹には切断された跡が全く見受けられなかったらしい。まるでその樹は、被害者を腹に抱えたまま数十年かけて成長したようだ。

 勿論そんなことは「有り得ない」こと。樹が成長する間に死体は腐敗する。それなのに検死によると被害者の死亡推定時刻は発見から僅か14時間前だという。

「気持ちは分かるけど、ここで構えてたって仕方ないわ。あなたも捜査に参加するんでしょ?」

 小沢の言う通りだ。ここでただ考えていたって何も進展はしない。本庁の刑事として、誠も静岡県警と合同で事件の捜査に参加する。あまりにも奇怪だから、本庁の捜査一課にも捜査協力の要請が通達されている。

 迷いを吐き出すように深呼吸し、誠は着替えにカーゴベイの更衣室へと足を進めた。

 

 

   2

 

 天井からどすん、という振動が響いてくる。同時に甲高い「うわっ」という幼さの残った呻きも。今日も元気だなあ、と思いながら、翔一は居間へと続く廊下を歩く。「何?」という棘のある女性の声色が襖を挟んだ先から聞こえてきた。次に落ち着いた、優しい別の女性の声が。

「千歌ちゃんだと思うけど」

「まさか、まだやってるの? お客さんに迷惑だよ」

 「言ったんだけど」と高海家の長女が苦笑を漏らす。「お前も言ってやって」と次女のほうは次に声量を増した。

「こんな田舎じゃ無理だ、って」

 そこで丁度、翔一は襖を開きご機嫌な笑顔で居間に入る。畑で採れた大振りの大根を抱えて。

「いやー、せっかく頑張ってるんだから見守ってあげようよ」

 翔一が言うと湯呑を手にくつろいでいた次女の美渡(みと)は「いや」と呆れた視線を向けてくる。

「翔一じゃなくてしいたけにだよ」

 その通り、と言わんばかりに美渡の横で座る大型犬が「わん」と鳴いた。台所で朝食の食器を洗っている長女の志満(しま)は、「わあ」と翔一の持ってきた大根を嬉しそうに眺める。

「大きいわね」

「今年一番の大きさですよ」

 この大根で何を作ろうか、と翔一が思案しているところで、美渡が何気なしに聞いてくる。

「翔一が作るとどうしてそんなに大きくなるんだろ?」

「そりゃあ愛だよ、愛」

 そう答えると、志満は「ふふ、そうね」と微笑した。高海家の裏にある畑は、高海家が経営している旅館「十千万(とちまん)」で出す料理のために耕されたもの。だが旅館を始めてすぐに食材を提携農家から仕入れるようになったから、お役御免となり放置されていた。そこで暇を持て余していた翔一が趣味として手入れし、いまや彼の畑になっている。

「もしかしてさ、翔一って農家の生まれだったりして」

 美渡がそう言うと、翔一は「それは――」と言葉を途切れさせ逡巡の後に、

のうか(・・・)な?」

 決まった、と翔一は確かな手応えを感じる。だが自信とは裏腹に美渡は呆れた視線を向けてきて、志満はただ無言のまま優しい微笑を湛える。助けをしいたけに視線で訴えるが、しいたけは我干渉せず、とでも言いたげにそっぽを向いた。

 

「大丈夫?」

 床の畳に打った尻をさする千歌に、曜は尋ねた。今日の勧誘の打ち合わせということで普段より早い時刻に自宅を出て高海家に寄ったのだが、家に着くなり千歌は練習したというポージングを決めようとして、結果としてこの光景だ。

 すぐに千歌は「平気平気」と立ち上がり、「もう一度」とターンしてピースした右手を顔に添える。

「どう?」

 出来栄えの確認として、曜は千歌とスマートフォンの画面に表示された少女を見比べてみる。千歌の憧れるグループのリーダーらしいのだが、「スクールアイドル」なる単語を知って間もない曜には良し悪しが分からない。

「ああ、うん……、多分」

 違うような気もするが、別にコピーするのではなく雰囲気としては上々だと、曖昧ながらに思う。

「できてると思う!」

 曜がそう言うと、「よし!」と千歌は納得したように両拳を握りしめる。そんなやる気に満ちた千歌をまじまじと眺めながら、曜は尋ねる。

「本当に始めるつもり?」

 思えば今更ながらの質問だった。昨日は千歌の勢いに押されて手伝いはしたが、誰ひとりとして興味を持ってくれなかったから諦めるのでは、と微かに予想していた。その予想に反して千歌は「うん!」と『部』の文字が訂正された『スクールアイドル部』のプレートを見せ、

「新学期始まったら、すぐに部活立ち上げる!」

「他に部員は?」

「まだ。曜ちゃんが水泳部じゃなかったら誘ってたんだけど」

 千歌から部の設立は前もって聞いてはいたのだが、幼い頃からよく遊んでいた曜に勧誘の声はかからなかった。曜は2年生へ進級する時点で既に水泳部のエース選手だから、千歌なりに配慮してのことだったのだろう。

「でも、どうしてスクールアイドルなの?」

 曜が尋ねると、千歌は「何で?」と返す。何でも何も、曜にとって千歌がここまで熱心になること自体が驚きだった。千歌を発起させた「スクールアイドル」とは、一体何なのだろう。

「今までどんな部活にも興味ない、って言ってたでしょ。どうして?」

 千歌はすぐに答えず、明後日の方向を向いた。逡巡を挟んで曜へ向き直ると含みのある笑みを浮かべたのだが、それがむしろ疑問を深めてくる。

「千歌ちゃーん、曜ちゃーん」

 廊下と部屋を隔てる障子の奥から翔一の声が聞こえてくる。「はーい」と曜が応じると、

「そろそろバスが来るんじゃないかな?」

 曜と千歌は目を合わせ、そして柱に掛けてある時計に視線を移す。現時刻は7時45分。最寄りの停留所にバスが来る時間。

 「もうこんな時間⁉」とふたりは声を揃えた。

 鞄を掴み急いで階段を駆け下りて玄関へ向かう。普段使っている裏口からだと遠回りになってしまうから旅館の正面玄関へと靴を持っていく。その様子を見られた志満から「もう、こっちの玄関使っちゃ駄目って言ってるでしょ」と小言を飛ばされ、「ごめんなさーい!」と謝りながらまだ靴の踵が潰れたまま外へ出る。「千歌ちゃんお弁当!」と翔一が玄関まで弁当箱を持って来てくれたのだが、「大丈夫、間に合わないから!」と踵を靴に収めたところで、旅館の目の前をバスが通っていく。

 「ああ、待って!」と曜が。

 「乗りますよー!」と千歌が叫び、ふたりはバス停へと駆けていく。

 

 十千万の目と鼻の先にある停留所で、千歌と曜を乗せたバスが発車する様子を翔一は見届ける。

「あ、間に合ったみたい。良かったあ、バイクじゃふたりも乗せられないからさ」

 朗らかに言うと、翔一の隣で妹とその親友を見送った美渡は溜め息交じりに、

「本当、そそっかしいんだよね」

 皮肉を含んだ笑みを浮かべる美渡を、翔一はじ、と見つめる。「何?」と目を細める彼女に「別に」と返した。美渡とそっくりじゃないか、なんて言ったら機嫌を損ねそうだ。翔一は千歌に用意した弁当箱に視線を移す。

「これどうしよう。美渡、食べる?」

「わたし弁当ふたつ食べるほど大食いに見える?」

「じゃあ俺が食べよう」

 玄関へと足を向ける。大根で作る料理のメニューを思案しようとしたが、それは唐突に遮られる。

 叫び。

 形容しがたいその感覚を表現するのに最も近い言葉がそれだった。咄嗟に頭を抱えた翔一の手から弁当箱が落ちて、包んだハンカチのお陰で中身の散乱は防げたものの蓋が外れたのか詰めた煮物の汁がハンカチにしみ込んでくる。

「翔一? ねえ翔一!」

 近くにいるはずの美渡の声が、遥か彼方からのように朧気になっていく。翔一は頭を必死に抑えつけた。恐怖と悲鳴。それは確かに感じ取れるのだが、自分の感情として認識するにはどこか違和感を覚える。分かるのは、自分ではない他人の激しい感情が頭の中でピンボールのように跳ね返っていることだけだった。

 叫びが苦痛へと変わり、翔一はその場で崩れるように膝を折った。

 

 

   3

 

 その日の朝、佐伯邦夫(さえきくにお)はいつもの時刻に会社へと出勤し、妻の安江(やすえ)は夫を玄関先で見送った。家に戻った安江はリビングで夫が職務書類を忘れていたことに気付き、届けようと再び家を出たところで、それを見つけた。

 住宅街に立つ樹の幹から飛び出した、携帯電話を握る夫の右手を。

 今朝、まだ1時間も経っていない過去を誠に語る佐伯安江の表情は悲しみの色を浮かべず淡々としている。窓の外を見やると、腕が飛び出した樹を見上げる鑑識の面々が一様に首を傾げている。普段なら閑静なはずの住宅街には、パトカーの鳴らすサイレンが日常をかき消している。

 まだ現実を受け止め切れていないに違いない、と誠は推測する。この短期間で家族をふたりも失ってしまうだなんて、誰が予想できることだろう。

 誠より早く現場入りしていた先輩刑事――本庁捜査一課から出向してきた刑事だ――から聞いたところによると、獅子浜中学校で発見された被害者は、この佐伯家の一人息子だった。親子が同じ状態で殺害されている。被害者の妻、母親である安江からすれば、悲しみに悲しみが上塗りされている状況だ。そんな未亡人に聴取なんて無神経であることは重々に理解している。それでも聞かなければならない。この悲しみを引き起こした犯人を暴き、被害者の無念を晴らすためにも。

「何でもいいんです。ご主人と息子さんについて、生前何か変わったことはありませんでしたか?」

 誠が開いている手帳のページは、遺体が発見された状況を綴ったところで止まっている。ソファに腰掛ける安江はただ視線を俯かせ、空虚を見つめている。

「佐伯さん」

 誠が語気を強めると、安江の顔が一気に悲哀へと沈んだ。両手で顔を覆い、嗚咽交じりに「すみません」と台所へと駆け込んでいく。しまった、と誠は自身の性急さを(かえり)み、「すみません」と謝罪して手帳のページを捲ってペンを走らせる。

「何か思い出したら、連絡をください」

 自分の名前と仕事用の電話番号を書いたページを切り離し、テーブルに置いたところで「何をしているんです?」と冷たい声がリビングに入ってくる。振り向くと、同年代らしき若年の同僚が誠に怪訝な視線を向けている。先輩刑事から聞いている。名前は確か北條透(ほうじょうとおる)。階級は誠と同じ警部補ながら、本庁から将来を期待されている若手刑事。

「あなたはG3ユニットの人間だ」

 お前の出る幕じゃない。その拒絶の意が含まれていると、痛々しいほどに理解できる。

「僕もG3ユニットの人間であると同時に現職の警察官です。管轄内の事件を捜査しても問題ないはずですが」

 この奇怪な事件は静岡県警と警視庁の合同で捜査が行われている。保守的な警察組織のなかで県警同士の確執があることは承知だ。同時に自身の立場の難しさも。G3という装備の出現によって、警察が守り続けてきた組織の均衡が危ぶまれている。だからG3ユニットに配属された面々に対する風当たりは強い。

 だが、同じ本庁の刑事同士で軋轢を生んで何になるというのか。負の慣習に呑まれてなるものか。警察は市民を守るためにある。誠はG3装着員としての誇りは当然あるが、その根底に抱く警察官としての誇りを捨てたつもりはない。意思が伝わってかそうでないのか、北條は冷たく吐き捨てる。

「ま、邪魔にならないようにお願いしますよ」

 

 

   4

 

 昨日は入学式で、今日は校則やカリキュラム等の説明会。チャンスはまだある。そう意気込み千歌は曜と共に大声で校門を潜る新入生たちに勧誘を呼びかけた。

「スクールアイドル部でーす………」

 始めたばかりの頃は溌剌(はつらつ)としていた曜の声が、今は弱々しく人気のなくなった校門前に消えていく。勧誘の結果は昨日と同じく、入部希望者ゼロ。

「大人気、スクールアイドル部でーす………」

 もはや立っている気力すらなくなり、ふたり揃って段ボール箱に腰を沈める。

「全然だねえ……」

 応じるのも億劫になり、千歌は深く溜め息をつく。どうしてだろう。輝ける場があるというのに、誰も興味を持ってくれないなんて。皆、輝きたくないのだろうか。

 ふと上げた千歌の視線の先で、ふたり組の生徒が通り過ぎていく。友達同士なのだろうか。ひとりは亜麻色の髪を肩まで流して、冷え性なのか制服の上に黄色のカーディガンを重ねている。もうひとりは両サイドに纏めた髪の房を風で花弁と共に揺らし、成長を考慮してか制服のサイズは大きめに見繕われ手が半分まで袖で隠れている。とても親し気に笑うふたりはまだ幼さが大きいが、邪さのない笑顔がとても愛おしい。

 「あの!」と千歌は素早くふたりの正面へと回り込んだ。唐突に話しかけられたふたりは驚きのあまり口を開いたまま静止する。

「スクールアイドルやりませんか?」

 千歌が前置きもなくそう言うと、「ずら?」とカーディガンの少女は漏らした。

「ん、ずら?」

 千歌が反芻すると、少女は慌てた様子で口元を手で覆い「い、いえ……」と言葉を詰まらせる。間髪入れず千歌は「大丈夫」とチラシを差し出し、

「悪いようにはしないから。あなた達きっと人気が出る。間違いない!」

 「でもマルは………」と返答に困った様子のカーディガンの少女の背後で、ツーサイドの少女が千歌の持つチラシを睨むように見ていることに気付く。試しにチラシを左右に動かすと、ツーサイドの少女の目線も移動する。間違いない、と千歌は確信する。

「興味あるの?」

 尋ねると少女は輝かせた目を千歌へ向け、

「ライブとか、あるんですか?」

「ううん、これから始めるところなの。だから、あなたみたいな可愛い子に是非」

 と千歌がツーサイドの少女の腕に触れると、笑顔だった彼女は表情を凝固させ一気に血の気を引かせる。千歌が「ん?」と言葉を待った瞬間、

「ピギャアアアアアアアアアアアアアアア‼」

 少女期特有の高周波な叫びが辺りの空気を震わせる。突然のことに驚き、千歌は尻もちをついた。少し離れたところで傍観していた曜が手で耳を押さえている。

「ルビィちゃんは究極の人見知りずら」

 振り返ると、カーディガンの少女は取り乱すことなく耳を押さえている。既に何度かこの光景を目の当たりにしているのかもしれない。ルビィとは未だ叫び止まない少女の名前だろうか。

 続けて違う声の悲鳴が聞こえてくる。上からだ。見上げると浦の星の制服を着た人影が、桜の木から花弁を散らせて落ちてきた。辛くも転ばず着地に成功したようだが、落下時の衝撃で脚が痛むのか膝が笑っている。長い黒髪の少女で、右の側頭にシニヨンを纏めている。俯いたその頭に鞄が落下し、少女は「ぐえっ」と呻いた。

「ちょ……、色々大丈夫?」

 驚くことが続けざまに起きて、千歌は立ち上がる余裕もなく四つん這いの姿勢のまま少女に尋ねる。今にも泣きそうな声が止んだと思うと、頭に鞄を乗せたまま少女は不敵な笑みを浮かべた顔を上げる。

「ここはもしかして、地上?」

 「大丈夫じゃ、ない……」と思わず漏らした。後ろにいる皆の「ひいっ」という声にならない悲鳴が聞こえるのだが、それでも鞄を頭に乗せた少女は続ける。

「ということは、あなた達は下劣で下等な人間ということですか?」

 「うわ……」という曜の声が背後から聞こえた。関わるべきじゃない、と悟ったのかもしれない。千歌の関心は少女の言動よりも未だに震えている脚に向いていて、「それより脚大丈夫?」と指で彼女の膝をつつく。やはり痛いのか、少女は顔をしかめて目尻に涙を浮かべるも、すぐに表情を不敵に繕い、

「痛いわけないでしょう。この体は単なる器なのですから。ヨハネにとっては、この姿はあくまで仮の姿。おっと、名前を言ってしまいましたね。堕天使ヨハ――」

善子(よしこ)ちゃん?」

 カーディガンの少女が、ヨハネと自称する少女の言葉を遮る。

「やっぱり善子ちゃんだ。花丸(はなまる)だよ。幼稚園以来だね」

 花丸と名乗るカーディガンの少女が、親し気に善子と呼ばれた少女に歩み寄る。善子――多分「ヨハネ」は本名じゃない――の表情が引きつった。「は、な、ま……る………」と反芻した後、「人間風情が何を言って………」と繕おうとするが、

「じゃんけん――」

 「ぽん」と花丸がグーを出すと、吊られたのか善子も手を差し出す。人差し指、薬指、親指を立てた独特のサインだった。「そのチョキ」と花丸は懐かしそうに善子の手を眺める。それはチョキだったのか。

「やっぱり善子ちゃん!」

「善子言うな! いい? わたしはヨハネ、ヨハネなんだからね!」

 逃げるように校舎へ走っていく善子を「善子ちゃん!」と花丸が追いかけ、更に「待って!」とルビィが追っていく。慌しい3人の背中を見つめながら、千歌は不思議な縁を感じていた。こんなインパクトに満ちた出会いは、何かが始まる予兆のように思える。

「あの子たち、後でスカウトに行こう」

 隣で曜は何も言わず、代わりに乾いた笑い声を漏らす。

「あなたですの? このチラシを配っていたのは」

 不意に静かな、でも強かな声が背後から聞こえて、千歌は曜と共に振り返る。長い黒髪をストレートに伸ばした少女が、さっきルビィが叫んだときに落としたチラシを見つめている。

「いつ何時(なんどき)、スクールアイドル部なるものがこの浦の星女学院にできたのです?」

 その吊り上がった双眸が向けられる。可愛い、というより美人な少女だ。口元のほくろが(うら)らかな印象を与える。「あなたも1年生?」と能天気に聞く千歌の隣にいた曜が、「千歌ちゃん違うよ」と耳元で囁いてくる。どこか怯えているような声色だった。

「その人は新入生じゃなくて3年生。しかも………」

 更に声を潜めて告げられる事柄を、千歌は全身が凍り付くような緊張感を覚えながら反芻する。

「………生徒会長?」

 

 通された生徒会室には、千歌と生徒会長である黒澤(くろさわ)ダイヤのふたりだけだった。ダイヤは曜が水泳部員で、エースであることも把握していて「スクールアイドル部」とは無関係ということでこの場からは外されている。とはいえ生徒会室前までは一緒に来てくれたから、今も事を見守ってくれているだろうけど。

「つまり、設立の許可どころか申請もしていないうちに、勝手に部員集めをしていたというわけ?」

 部屋に置かれた長机、生徒会長の席につくダイヤは厳しい口調と視線を千歌に向ける。腰を落ち着かせているときも、この生徒会長は背筋を凛と伸ばしている。

「悪気はなかったんです。ただ皆勧誘してたんで、ついでというか……、焦ったというか………」

 重苦しい雰囲気を何とか消そうと照れ笑いを浮かべてみるが、ダイヤは冷たい表情を崩さない。

「部員は何人いるんですの? ここにはひとりしか書かれていませんが」

 ダイヤはそう言って、千歌が今しがた提出した部活動設立申請書に目を通す。部員の欄に書いてあるのは、現段階で千歌の名前だけ。

「今のところ、ひとりです」

「部の申請は最低5人は必要というのは知っていますわよね?」

「だーから勧誘してたんじゃないですかあ」

 努めて明るく言ってのけるが、千歌の態度はむしろ生徒会長の神経を逆撫でしてしまったらしい。ばんっ、と乱暴に申請書が机に叩きつけられ、千歌は驚愕のあまり上体を反らせてしまう。次に叱責が飛んでくると身構えたのだが、「いったあ……」とダイヤは机を叩いた右手を振る。思わずくすり、と笑ってしまったのだが、そこへダイヤが千歌の眼前に人差し指を突き出し、

「笑える立場ですの!」

 「すいません……」と言ったところで、もっと早く謝罪しておけば怒らせずに済んだかも、と千歌は遅れた反省を裡に秘める。

「とにかくこんな不備だらけの申請書、受け取れませんわ」

 「ええええええ⁉」と落胆の声をあげる。不満をぶちまけようとしたところでドアの空く音がして、続けて「千歌ちゃん、一回戻ろう」と曜の控え目な声が聞こえてくる。

 喉元まで出かかった文句を堪え、千歌は告げる。

「じゃあ、5人集めてまた持ってきます」

「別に構いませんけど、たとえそれでも承認は致しかねますわね」

「どうしてです?」

 5人集めれば申請は通るはず。それなのに何故、条件を満たしても承認されないというのか。まったくもって納得できない。

 ダイヤはその理由を言い放つ。はっきりと、冷たく。

「わたくしが生徒会長でいる限り、スクールアイドル部は認めないからです」

 

 




 善子ちゃんは私の暗黒時代を思い出させるキャラで敬遠していたのですが、何気に書いてみると楽しかったりします(笑)。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。