ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 『feat.555』の頃は『555』サイドの方が書きやすく『ラブライブ!』サイドが書き辛かったのですが、本作では逆の事態になっております。『アギト』サイドの方が難しいです、何故か。

 うーむ、執筆とは不思議です。




第6話

 

   1

 

 次の件へ向かう道の途中、警報機が点滅する踏切の前で誠は車を一時停止させた。

 思わず溜め息が漏れる。沼津市内と範囲を絞っても、意外と末尾が62と登録された車は多い。捜査は脚と言うが、これほど聴取しても何の手掛かりも掴めなければ、流石に心が折れそうだ。

 目の前を電車が通過していく。編成車両がそれほど多くないのは地方ならではのもので、すぐに電車は過ぎ去った。警報が止むと同時にバーが上がる。アクセルを踏もうとしたとき、誠は電車が走っていた「そこ」に気付いた。

 2本の銀色の線。

 バックミラーで後続車がないことを確認すると、誠はスマートフォンを出して河野の番号を呼び出して耳に当てる。

『おお、どうした?』

「河野さん、2本の銀色の線ですよ。あれは車のバンパーかサイドラインを表しているのかと思ってましたが、線路のことかもしれません」

『何?』

「線路ですよ。だとすると、62という数字も車のナンバーではないのかもしれません。ひょっとしたら、貨車番号かも」

『まあ調べて損はない。ひとまず署で落ち合おう』

「はい」

 通話を切り、誠は車を走らせた。

 

 沼津署で河野と合流した誠は急いで貨物駅へ向かった。物流企業に62番のコンテナがないか問い合わせ、貨車から降ろされコンテナ置き場にあることは確認が取れている。

 立ち入ったコンテナ置き場はとても静かだった。立ち並ぶ立方体の箱はかくれんぼをするのに最適だ。それほどの広さがない置き場で、探し求める数字はすぐに見つかった。

 ED62

「間違いない」

 河野の言葉に誠は頷き、懐からM1917を抜く。グリップを握る手に汗が滲む。この中にいるかもしれないのは、ひとりの人間を殺した殺人犯。遥かに人間を超えたアンノウンを相手に戦ってきた誠でも、緊張というものは生じる。

 扉のロックを静かに解除し取っ手を掴む。いきます、と河野に目配せし、誠は一気にコンテナの引き戸を開けた。薄暗いコンテナのなかで、何かがもぞもぞと動く。即座に誠は銃口を向けた。

「動くな!」

 中にいた者は入り込んだ光に目が眩んだのか、目元と手で覆い隠している。

 上下ともに黒い服。梨子の言っていた通りの恰好をした青年だった。

 

 

   2

 

 バスを待っている間、すっかり力の抜けた千歌はアスファルトの地面にうなだれた。他の面々にも疲労の色が見えていて、練習をしていないのに立つのも億劫らしい。

「失敗したなあ……」

 この日の成果を総括するなら、その一言だ。成功すると確信していただけあって、尚更重い響きになる。

「確かにダイヤさんの言う通りだね。こんなことでμ’sになりたいなんて失礼だよね………」

 堕天使アイドルなんて所詮は一過性の人気で終わる色物。結果はランキングの順位で十分示されているし、こんな有様では伝説と謳われるμ’sには遠く及ばない。我ながら浅はかだった。

「千歌さんが悪いわけじゃないです」

 ルビィが言うと、間髪入れず「そうよ」と善子が続く。波の音に消えてしまいそうなほどのか細い声だが、しっかりと千歌の耳には届いた。全員が視線を向けるも、善子は海へと目を向けたままこちらを向こうとしない。

「いけなかったのは堕天使よ。やっぱり高校生にもなって通じないよ」

「それは――」

 違う、と否定しようとしたが善子は遮るように、

「何か、すっきりした。明日から今度こそ普通の高校生になれそう」

 善子は立ち上がり深呼吸する。今までの懊悩全てを吐き出そうとしているように見えた。

「じゃあ、スクールアイドルは?」

 ルビィが訊くと、善子は腕を組んで「うーん」と唸った後に、

「やめとく。迷惑かけそうだし」

 「じゃあ」と歩き出した善子はすぐに立ち止まり、言い忘れた、というようにこちらへと振り向く。

「少しの間だけど、堕天使に付き合ってくれてありがとね。楽しかったよ」

 優しく、でも寂しい笑みを残し、善子は再び歩いていく。その背中を引き留めることも、かといって何か言うこともできず千歌も、他の皆も見送ることしかできなかった。

「どうして堕天使だったんだろう?」

 梨子が何気なしに、誰にもなく尋ねる。当人が去ったなかで、答えたのは花丸だった。

「マル、分かる気がします。ずっと、普通だったんだと思うんです。マルたちと同じであまり目立たなくて。そういう時、思いませんか? これが本当の自分なのかな、って」

 千歌にも理解できた気がした。どこへ行っても、何をしても普通な自分。他人よりも秀でたものを持てないことの虚無。それに耐えかねて、普通じゃない自分を否定したい気持ちは何度もあった。

 こんなわたしはわたしじゃない。わたしはもっと凄い人間のはず。善子の抱えていたものは、きっとこれと似たようなもの。

「元々は天使みたいにキラキラしてて、何かの弾みでこうなっちゃってるんじゃないか、って」

 自分の人生はどこから普通になってしまったのだろう。何の華もなく、平凡な日々はどこから始まってしまったのか。そんなもの、誰かに転嫁できる責任じゃない。それでも、何かの力が自分を縛り付けている、と思わずにはいられない。そうしなければ自分が普通と認めてしまうから。

「幼稚園の頃に善子ちゃんいつも言ってたんです。わたし本当は天使で、いつか羽が生えて天に帰るんだ、って」

 本当の自分は神の使い。今は地上に降ろされてしまったけど、いつかは神のもとへ帰る存在。

 だから堕天使だったんだ。

 千歌は理解する。たとえ神から見放されたとしても、自分が特別であることに変わりはない。特別だと思いたい。天から堕ちても、裡にはまだ輝きがあると信じたい。

 そう、千歌には確かに感じ取れた。PCの画面越し、闇の中でも輝いている堕天使の姿を。善子のなかにある輝きを。でも、善子はそれを捨てようとしている。自らの輝きを恥ずべきものとして。

 不意にスマートフォンの着信音が鳴った。液晶には志満の名前が表示されている。「もしもし」と応答し、長姉の弾んだ声を聞いて千歌は「え、本当⁉」と上ずった声をあげる。

「どうしたの?」

 曜が訊いた。また通話中なのも構わず、千歌は皆に告げる。

「翔一くん釈放だって!」

 

 外から車の音が聞こえると、「来た!」と勢いよく立ち上がる千歌を追って梨子も玄関へ向かう。宿泊客用の広い玄関で、志満に続いて暖簾を潜った翔一は旅館の空気を堪能するかのように深呼吸した。

「おかえり、翔一くん」

 満面の笑みで迎える千歌と共に、梨子も「おかえりなさい」と告げる。家を空けていたのはたったの2日程度なのだが、翔一はまるで久しぶりのように感慨深げに笑った。

「ただいま」

 ふと梨子は思う。釈放されたということは、真犯人が逮捕されたということだろうか。梨子の視た像が役立ったのか、それとも誠は別の糸口を見つけて犯人逮捕へと至ったのか。気にはなるが警察の捜査情報を教えてもらえそうにない。翔一が事件と関係ないと分かったのなら尚更だ。

「取り調べ、乱暴なことされなかった?」

 千歌が心配そうに翔一の顔を覗き込む。翔一はあっけらかんと、

「全然。それどころか美味いカツ丼食べさせてもらってさ。お店教えてもらったから今度皆で食べに行こうよ」

 「良いわね、たまには外で食べるのも」と志満が微笑する。心配して少しだけ損した気分だが、こうして無事に帰ってこられたのだから良いだろう。千歌の笑顔も戻ったのだから。

 不意に千歌が梨子の肩に手を添えて、

「梨子ちゃん凄いんだよ。翔一くんの無実証明してくれたんだ」

「ちょ、ちょっと千歌ちゃん」

 慌てて制止して耳元で囁く。

「あれのことは言わないで」

「え、どうして?」

「信じてもらえないでしょ? お願い」

 釈然としないながらも、千歌は「うん」と応じてくれる。首を傾げている翔一に苦笑を返して誤魔化すと、翔一は「そうそう」と思い出したように、

「俺がいない間、家のこと大丈夫だったかな? 皆ちゃんとご飯食べてた?」

「大丈夫だよ。まあ不便はあったけど」

「ごめん! 今日はご馳走作るから。梨子ちゃんも食べてってよ」

 昨日と今日の千歌の昼食は購買のパンだったことを思い出しながら、梨子は「ありがとうございます」と応える。

 ふふん、と千歌が得意げに笑う。

「あのね、Aqoursにどうしても入ってほしい子がいるんだ」

 翔一が帰る少し前まで、十千万にはメンバー達が集まって話し合っていた。善子をAqoursに迎えるにはどうすれば良いのか。一応話はまとまったのだが、名案と言えるわけでもない。でも賭けてみる価値はある。

「へえ、どんな子?」

 翔一が訊くと、千歌はずっと後ろ手に隠し持っていた衣装を広げて、

「堕天使だよ」

 

 

   3

 

 堕天使と謳っておきながら、衣装や小道具は全てネット通販や雑貨屋で買ったものだった。魔力なんて込められていない。水晶玉もネックレスの宝石も、実際はプラスチックに色を付けただけ。衣装の翼も生のカラスから獲ったものじゃなく、商品として色付けされたものだ。

 今まで収集してきたもの全てを段ボールに詰めると、部屋がすっきりと片付いた。清々しいのに、どこか寂しさを感じる。まるで他人の部屋にいるようで落ち着かない。

 いや、と善子はかぶりを振る。これが自分の部屋。何もない、地味で普通な自分を映した部屋だ。これが自分の本当の姿。堕天使であることを捨てるのなら、向き合わなければ。

 マンションのゴミ捨て場にそっと段ボールを置くが、その場をすぐに離れることができない。そんな未練がましい自分に嫌気が指す。もうやめる、って決めたでしょ、津島善子。堕天使は確かにいる。でもあなたは人間。あの堕天使と、それと戦っていた戦士とは住む世界が違う。この地上で生きていくしかないの。

 普通の学校生活。普通の友達。何も特別なことなんて起こらない人生。それで十分じゃない。皆そうして生きているんだから。それが一番幸せなことなんだから。

「堕天使ヨハネちゃん」

 ゴミ捨て場から出たところで、年上の割には幼げな先輩の声が聞こえる。向くと、そこには堕天使衣装を着たAqoursの面々が立っていた。

 彼女たちは声を揃えて、

「スクールアイドルに入りませんか?」

 数舜の間を置いても「はあ?」という声しか出てこない。こんな朝早くから何言ってるの、と言おうとしたところで千歌が、

「ううん、入ってください、Aqoursに。堕天使ヨハネとして」

「何言ってるの。昨日話したでしょ? もう――」

「良いんだよ、堕天使で。自分が好きならそれで良いんだよ!」

 力強い千歌の言葉が、まるで貫くように響いてくる。誰が何と言おうと、自分が好きならそれで良い。そう思っていたし、思い続けたかった。でもそのせいで害が及んでいる。中学の頃なんて周囲に敬遠されて友達はいなかった。高校でも入学早々自己紹介で失敗して学校に行き辛くなった。

「駄目よ」

 善子は逃げた。「待って!」と千歌たちは負ってくる。数人分の足音から逃れるため、善子は沼津の市街を走った。

「生徒会長にも怒られたでしょ!」

「うん、それはわたし達が悪かったんだよ。善子ちゃんは良いんだよ、そのままで!」

「どういう意味⁉」

 そのままなんて、今の延長でしかない。周囲から変な目で見られて、友達もろくにできない惨めな青春を送るだけだ。

 アーケード商店街から仲見世通り、そこから駅に着くと方向転換する。それでも追いかけながら千歌は言う。

「わたしね、μ’sがどうして伝説を作れたのか、どうしてスクールアイドルがそこまで繋がってきたのか、考えてみて分かったんだ」

「もう、いい加減にして!」

 μ’sがどうとか、スクールアイドルがどうとかなんてどうでもいい。自分はただ普通に生きていきたいだけなのに、どうして阻もうとするのか。

 気付けば沼津港の水門まで走っていた。車でも駅から10分ほどかかる距離だ。運動不足な善子にとってはかなりハードなもので、とうとう脚が止まる。笑っている膝をおさえて粗い呼吸を繰り返していると、同じように息も絶え絶えなのに千歌は告げる。

「ステージの上で、自分の好きを迷わずに見せることなんだよ。お客さんにどう思われるかとか、人気がどうかじゃない。自分が一番好きな姿を、輝いてる姿を見せることなんだよ」

 自分が輝いていると言いたいのか。あんな恥ずかしい姿を。暗闇のなかに身を置いている自分に酔いしれている姿のどこが。

「だから善子ちゃんは捨てちゃ駄目なんだよ! 自分が堕天使を好きな限り!」

 千歌の声が、真っ直ぐ届く。善子は戸惑った。堕天使ヨハネという、切り捨てるべきもうひとりの自分。千歌は、Aqoursはそれを受け止めてくれるのか。

「………良いの? 変なこと言うわよ」

 「良いよ」と曜が即答する。

「時々、儀式とかするかも」

 「それくらい我慢するわ」と梨子が答える。

「リトルデーモンになれ、って言うかも」

 「それは……」と千歌は苦笑する。ほら、やっぱり無理じゃない、と思ったとき、

「でも、やだったら『やだ』って言う」

 変に気遣いなんかしない。わたし達はあなたと向き合うよ。そう告げられたように思えた。いや、そう告げたと理解できる。こうして堕天使衣装で自分を訪ねてきたのも、全ては善子を、ヨハネを受け入れるため。堕天使ヨハネとして、暗闇のなかで灯る輝きを見出してくれた。

 千歌は歩み寄り、黒く染色された羽を差し出してくる。

「わたし、変われるのかな?」

「無理に変わらなくていいよ」

 千歌は穏やかに言う。

「善子ちゃんは善子ちゃんのままで、変われば良いんだよ」

 初めてだった。こんなに自分と向き合い、受け入れてくれる人が現れるなんて。この人と一緒に行けば、望んでいたものが得られるかもしれない。ただ変に見られるだけの堕天使から、本当の天使よりも輝ける堕天使に。最初に望んでいたものとは違うけれど、きっとそれ以上に尊いものなのかもしれない。

 善子は千歌の手を取る。捨てなくていいなら、これは契約と取って良いだろう。

 スクールアイドル、堕天使ヨハネとして。

 ぼごん、と泡が立つような音が聞こえた。皆が視線を向けると、すぐ傍の海面の一点が呻くように気泡を弾けさせている。まるで水中から打ち上げられたかのように、何かが水面から飛び出してきた。

 思わず尻もちをつく。海水を滴らせながら降り立ったのはタコだった。いや、タコのような頭を持った、それでいて体は人間に似た生物だった。

 悲鳴をあげながら立ち上がり、港口公園へ走り出す。

「何よあれ! 何なのよ‼」

 「翔一さん、翔一さん呼ばなきゃ!」と曜が言う。確か警察に行っているという千歌の同居人だったか。何故その翔一をここへ呼ばなきゃいけないのか。

 さっきまで走っていたせいで、公園の樹々のなかで脚がすぐに止まってしまう。振り返ると、謎の生物の姿がどこにもいない。

「どこ行ったずら?」

 花丸があちこちへ視線を巡らせている。ルビィは涙を浮かべながら震えている。「翔一くん……」と千歌はポケットからスマートフォンを出そうとする。

 その時、公園の土から水が噴き出す。水道管が破裂したかのように激しい勢いで、すぐに池とも言えるほどの水溜まりが生じる。土と混ざって茶色く濁った水の中から、謎の生物が触手をしならせながら上がってくる。

 サイレンが聞こえてきた。続けてバイクの甲高いエンジン音が。警察の白バイが公園に入ってきて、こちらへと向かってくる。バイクを駆るのは青のジャケットを着た隊員ではなく、青の鎧を身に纏った戦士だ。戦士はスピードを緩めることなくバイクを走らせ、怪物を容赦なく撥ね飛ばす。

 善子には何が起こっているのか全く理解が追いついていなかった。タコが現れて、白バイに乗った青の戦士まで。あれは警察なのか。警察がいつ、あんな怪物と戦うための鎧を造り出したのか。

 善子だけでなく、その場の全員が状況を呑み込めていなかったのだろう。だから逃げることもせず、バイクから降りた青の戦士を凝視していたに違いない。

 「生きていたのか」と青の戦士は怪物を見て言う。一度戦ったことのある相手なのだろうか。青の戦士は動揺の素振りを見せず、バイクのフロントケースから拳銃を取り出して怪物へ発砲する。

 腕が良いらしく、怪物の体に次々と銃創が撃ち込まれていく。少なくとも10発くらいは受けているはず。人間ならば絶命してもおかしくない量だ。にも関わらず、怪物はまるで汚れを落とすように胸を撫でる。ぱら、と弾丸が体から零れ落ちた。

 青の戦士はなお余裕の佇まいを崩さない。バイクから取り出した砲門を拳銃に連結させ、コッキングレバーを引いて砲口を向けて数舜、特大の火を噴いた。今度も見事に命中。それでも怪物は倒れない。気味の悪い呻き声を発しながら足を進めていく。

「何、効かない⁉」

 さすがに青の戦士も焦りを見せ始める。更にもう1発を撃とうと砲口を向けたとき、一気に距離を詰めたタコが触手を鞭のように振った。青の戦士の鎧に火花が散り、手から銃を落としてしまう。格闘で応戦しようと拳を構えたが、タコの触手が青の戦士をいたぶるように打ち付けられる。

 素人目でも分かる。完全にタコの優勢だ。青の戦士は腹を蹴られ、大きく吹き飛んで樹の幹を抉りながら地面を転がる。タコがじりじりと歩み寄っていく。青の戦士は仰向けのまま立ち上がろうとせず、腰のベルトに触れた。

 胸の鎧が左右に開く。続けて肩と腕、太腿と脚のプロテクターが外れていき、最後に残った頭のマスクも後頭部が開く。

 マスクを脱ぎ捨てて現れたのは若い男だった。怯え切った表情で顔を歪め、全身黒のインナースーツ姿でその場から走り出す。途中でつまずきながらも、男は全速力で鎧と、そして善子たちを残して逃げていった。

 タコの白く濁った両眼がこちらへと向けられる。

 絶体絶命、という文字が脳裏に浮かぶ。それを掻き消すように再びバイクのエンジン音が聞こえた。白バイの音とは違う。公園にもう1台、銀色のバイクが入ってきた。運転手はバイクを善子たちの傍で停め、ヘルメットを脱ぎ捨ててシートから降りる。知っている顔だった。あの堕天使と戦っていた青年。名前は確か、と思い出そうとしたところで、千歌が青年を呼ぶ。

「翔一くん!」

 声が届いていないのか、青年はこちらに一瞥もくれず怪物を見据える。腹に光が渦巻きベルトを形作る。

「変身!」

 力強く告げると同時、ベルトから発せられた光が視界を呑み込んだ。一瞬で晴れると同時、青年のいた場所に金色の戦士が立っている。

 「え……」と梨子の口から洩れている。「ずら⁉」「ピギィ!」という花丸とルビィの声も。

 タコが低く唸った。金色の戦士はゆっくりと歩き出す。タコは触手を振るうが、金色の戦士はそれを腕で防ぐ。追撃が来ようとしたところで、その腹に拳を打ち付けた。ごぽ、とタコの歯が無数に並んだ口から黒い隅が吐き出される。口元が黒く染まった顔面に、金色の戦士が鋭い突きを見舞う。

 タコの体が突き飛ばされ、両者に距離が生じる。戦士の角が開いた。堕天使と戦ったときと同じく足元に紋章が浮かび、渦を巻いて足に集束する。

 跳躍した戦士の右足がタコへ突き出される。勇敢に立ち向かおうとしたタコだったが、その胸にキックを受け、後へと土の上に(わだち)を刻みながら転がっていく。倒れたタコの頭上に光輪が浮かぶ。まるで天使のように。神から授けられたリングだというのに、タコは苦しそうに胸をかきむしり、その胸が体内から生じた爆発で裂かれた。

 家一件は飲み込むほどの爆炎が昇ったが、それはすぐに消えてしまう。視えているのに、まるで現世の炎でないようだ。タコがいた場所の土と草は焼け焦げているが、肉片らしきものが全く見えない。

 戦士の角が閉じた。ベルトのバックルに埋め込まれた球が眩い光を放ち、収まると同時に戦士が翔一の姿になる。

 翔一はあっけらかんと、前に会ったときと同じ呑気な笑顔を善子たちに向けた。

「皆、怪我はない?」

 

 





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