ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。



第5話

 

   1

 

 休日の午前9時となると、街もまだ寝ぼけているように静かだ。商業施設が殆どない住宅街は特に。休日として早起き――それでも8時近くまで熟睡していた――した千歌だったが、翔一の運転するバイクのシートで向かい風に吹かれていくうちに目はすっかり覚めた。

「じゃあ佐恵子さん、また湖ですか?」

 前回と同じように、玄関先で対応してくれた数樹に千歌はそう尋ねる。佐恵子は不在で、こんな朝早くから湖に行っているらしい。数樹は「すみませんねえ」と苦笑し、続けて思い至ったように、

「そうだ、ふたりとも湖のほうに行ってみたらどうですか? そんな遠い場所じゃないし」

「あの、ちょっといいですか?」

 翔一がおそるおそる訊いた。「何でしょう?」と数樹は嫌な顔せずに受け応えてくれる。

「また土器を見せて欲しいんですけど」

 翔一がそう言うと、太古にロマンを馳せる考古学者らしく数樹は嬉しそうに笑って「良いですよ、どうぞ」と家へと促してくれた。

 客間へ入ると、翔一は数ある土器の中から迷うことなく割れた壺を手に取る。

「これ何のマークですか?」

 翔一が示した土器には、日付の書かれた付箋が貼ってある。発見した日を記録したのなら特に何の違和感もないのだが、日付の横に描かれたエンブレムのようなものがとりわけ目を引いた。まるで開いた翼のように見えるし、角のようにも見える。どこかで見たことがあるような気がする。

 数樹は首を傾げた。

「妹が描いたものでしょうが、ただの悪戯描きだと思いますよ」

 悪戯描きにしては凝っているような気がする。佐恵子は何からこんなマークを思いついたのだろう。そう思いながら千歌が土器を眺めていると、翔一は更に質問を重ねる。

「湖の中からこういうものが出てくるっていうことは、やっぱり昔文明とかがあったってことですか?」

「ええ、湖の周辺には様々な言い伝えが残っています。妹が採取してくる遺物は今のところ縄文後期のものばかりですが、それよりもずっと以前に高度な文明を持った民族が存在していた、って伝説もありましてね」

 変だな、と千歌は思った。幼い頃に神話や伝説を語ってくれた父から、伊豆の湖にまつわる伝説なんて聞いたことがない。話の途中で千歌はよく寝てしまうことがあったから、単に聞き逃しただけだろうか。

 

 朝の霧が薄まったとはいえ、もやで奥に広がる山々が朧気な湖はどこか幻想的に映る。ここは彼岸と此岸の境目で、湖はどこか賽の河原ではと思えた。数樹によると山王湖(さんのうこ)というらしい。

 穏やかに波が揺れる湖を見渡すと、湖面の真ん中に何かが動いているのが見える。霞がかったその一点を見ると、それが水をかく腕と分かった。千歌はそこを指さし、

「あ、あれじゃない佐恵子さん」

 湖畔への歩みを進めていくにつれて、霧も晴れていく。それに伴い、佐恵子の挙動がよりよく見えるようになっていく。

「ねえ翔一くん、何か様子が変だよ」

 クロールの動きをしているのかと思ったが、佐恵子の腕は左右上下、でたらめに水をかいている。かいている、というより湖面を叩いているようだ。激しく飛沫をあげるその顔が恐怖に歪んでいる。

 翔一は上着のウィンドブレーカーを脱ぎ捨てて駆け出した。躊躇うことなく湖面へと潜り込み、佐恵子のもとへと泳いでいく。その距離がどんどん近付いていくにつれて、千歌は別方向から佐恵子へと泳ぐもうひとりの存在に気付いた。その人物の泳ぎは翔一よりも速く、先に佐恵子へと到達してすぐさまその肩を支える。

 その人物は、先日に佐恵子を訪ねた青年だった。青年は戸惑った様子で浮かんでいる翔一には目もくれず、佐恵子を支えてこちらへと泳いでくる。湖畔へ辿り着く頃には佐恵子も落ち着いたのか、自ら停めておいた車のトランクからタオルを取って翔一と青年に渡した。

「あなたは………」

 タオルで濡れた体を拭きながら、翔一は青年を見つめる。青年は訝し気に眉を潜め翔一を見返す。

「知り合い、なんですか?」

 千歌が訊くと、青年は「いや」とかぶりを振る。翔一も「ああ、何でもないよ」と笑みを返し佐恵子へと向く。

「篠原佐恵子さんですよね? 俺、津上翔一っていいます」

 翔一は人好しな笑顔で自己紹介したのだが、佐恵子は憮然とした表情で目を逸らす。

「情けないわね、足がつるなんて。私ももうおばさんかな」

 自嘲気味に言う佐恵子の隣に千歌は腰掛ける。翔一と青年も湖岸の砂浜に腰を落ち着けた。千歌は尋ねた。

「佐恵子さん、翔一くんに見覚えとかありませんか? 翔一くん、記憶喪失で昔のこと何も覚えてないんです。三浦さんは翔一くんのこと知ってるみたいだったんですけど………」

 佐恵子はじ、っと翔一の顔を見つめる。何が照れくさいのか、翔一は「よろしくお願いします」と曖昧に笑っている。記憶喪失の割に不安や緊張感なんて全く見えない顔だ。多くの人は、この翔一の振る舞いに戸惑いを覚える。

「残念ね、力になれそうにないわ」

 佐恵子はそう言い「それから君」と青年へ向き、

「助けてもらったのは有難いけど、無駄なことはやめた方がいいわ。あなたのお父さんのことも、私は何も知らない」

 「でもあの手帳には――」と青年は食い下がろうとしたのだが、それを遮るように佐恵子は切り出す。

「この辺りにはね、超古代の遺跡が眠っているのよ。どんな人たちが暮らしていたのか、どんな文明を築いていたのかは分からない。でもそこは聖なる戦部(いくさべ)によって護られていたの」

 「いくさべ?」と翔一は訊いた。「戦士のことよ」と応えた佐恵子は続ける。

「その村落は何度も悪霊たちの襲撃に遭った。そしてその度に聖なる戦士に助けられた。その戦士が人間だったのか、もっと特別な存在だったのかは分からない。でも人々は彼を神と崇め、感謝の印に戦士の像を造ってこの湖に沈めた。私はその戦士の像を探しているの」

 怪物を退治した戦士の伝説は各地に残っている。ヤマタノオロチを退治したスサノオノミコト。ミノタウロスを退治したテセウス。ドラゴンを退治した聖ゲオルギオス。そういう話はどこの国でも勇ましい英雄譚として語り継がれるもの、と父が教えてくれた。

 「あの……、これは?」と訊いた翔一の視線を千歌は追う。翔一の目は佐恵子の手元、指で砂浜に描かれたマークに向けられていた。壺に貼ってあった付箋に描かれていたものと同じマークだった。広げた翼のようにも、角のようにも見える何かの印。

 それを見て、千歌は思い出した。このマークはよく似ている。変身した翔一が足元に浮かべていた、あの金色の紋章に。

 

 

   2

 

 理事長室に集まった千歌たちAqoursの視線を一身に集めながらも、鞠莉は落ち着いた様子でノートPCの画面を細めた目で見つめている。休日返上で善子が編集してくれたPVは果たして出来が良いものかは、制作した本人たちでは判断しかねる。だから理事長である鞠莉の判断を仰ごうとした次第だ。

『以上、がんばルビィ! こと黒澤ルビィがお伝えしました』

 ルビィの声がノートPCから聞こえる。この台詞で動画は終了する。

「どうでしょうか?」

 細い目をした鞠莉に千歌は尋ねる。息を呑んで答えを待つが、一向に鞠莉は口を開く気配がなく、目蓋が徐々に垂れていき――

「………はっ」

 大きな瞳が見開かれ、がっくりと緊張で固まった肩が一気に落ちた。

「もう、本気なのに! ちゃんと見てください!」

「本気で?」

「はい!」

 鞠莉はノートPCを閉じて言い放つ。

「それでこのTeitarakuですか?」

 「ていたらく?」と千歌は反芻する。体たらく、と言ったのか。曜と梨子が口々に言った。

「それは流石に酷いんじゃ……」

「そうです。これだけ作るのがどれだけ大変だったと思ってるんです――」

 梨子が言い切る前に、遮るように鞠莉は立ち上がる。

「努力の量と結果は比例しません! 大切なのはこのtownとschoolの魅力をちゃんと理解してるかです!」

 「それってつまり……」と言いよどむルビィの続きを花丸が「わたし達が理解してないということですか?」と引き継ぐ。更に善子も、

「じゃあ、理事長は魅力が分かってるってこと?」

 上級生で理事長相手に挑発的な物言いなのだが、鞠莉は特に気にもしない様子でむしろ余裕ある声色で答える。

「少なくとも、あなた達よりは。聞きたいですか?」

 

 閉ざされたGトレーラーのカーゴに入ると、計器類と空調の駆動音が誠を迎える。カーゴの半分近くを占めるスペースに佇むガードチェイサーのボディに手を当てると、冷たく固いマシンの感触が皮膚にじわりと侵食してくるようだった。これからは自分がこのマシンを駆る。触れてみても、その実感はどこか曖昧で現実味がない。

「復帰おめでとう、氷川君」

 明るい口調で小沢が言った。

「G3 もまたあなたに合わせるために改修に出したから」

 装着員が変わる度にG3システムは調整しなければならない。ミクロン単位で装着員の体にフィットさせなければ、防御機構が作動せずまともにオペレーションを行うことができなくなる。ほんの微調整でもかなりの費用が要されているはずだ。警察のいち部署としては破格なほどの。

「どうしたんですか氷川さん、浮かない顔して」

 尾室が訊いてくる。

「いや……。僕には北條さんほどのG3に対する情熱がないような気がして………」

 聴聞会で異動を言い渡されたときははやる気持ちを抑えるのに必死だったというのに、いざその時が来たら怖気づいてしまう。果たして本当に自分が相応しいのか。

 「馬鹿ね」と小沢は誠の前に立ち、

「それでまた自信喪失ってわけ? あなたは十分情熱的よ。北條君のは情熱とは言わないの。あれは妄執、っていうのよ。分かった?」

「………そうでしょうか?」

 「あーイライラする!」という小沢の荒げた声が遠くに聞こえるようだった。

「もういいわ。嫌なら辞めればいいでしょ? G3は尾室君に装着してもらうことにするから」

 「え、そんな……、本当ですか⁉」と尾室が喚く。小沢はしっかりと誠を見据えている。G3装着員としての誠を。こうして小沢の叱責を受けるのはいつぶりだろうか。G3ユニットは誠ひとりで活動しているわけじゃない。尾室のオペレーティングも必要だし、作戦行動の判断を下すのは小沢だ。自分はいつから思い上がっていたのか。ふたりのサポートがあれば何も怖いものなんてない。小沢の指示の通りに戦い、G3のポテンシャルを引き出すのが誠の役目だ。

「済みません、またよろしくお願いします。全力を尽くします!」

 誠が宣言すると、小沢は満足げに笑った。

「分かれば良いのよ」

 

「どうして聞かなかったの?」

 玄関で靴を履き替えているときに、梨子がそう訊いてきた。千歌は明確な返答をまだ見つけられていないが、今の心持ちをそのまま答える。

「何か、聞いちゃ駄目な気がしたから」

 「何意地張ってんのよ?」と善子が皮肉を投げる。「意地じゃないよ」と千歌は応じ、

「それって大切なことだもん。自分で気付けなきゃPV作る資格ないよ」

 鞠莉なら浦の星と沼津の魅力を熟知しているのかもしれないし、知恵を借りるのが最善なのかもしれない。でも、これはAqoursの活動だ。活動している自分たち自身で見つけたものを発信しなければ意味がない。

「そうかもね」

 穏やかに梨子が言った。続けてこの重くなった雰囲気を消すように「ヨーソロー!」と敬礼した曜が、

「じゃあ千歌ちゃん家で作戦会議だ!」

 それはつまり、しいたけもいるということ。察した梨子が顔をしかめ、曜が意地悪い笑みを浮かべている。思わず千歌も笑ってしまった。この面々といると、さっきまでの鬱屈した気持ちが嘘のように晴れていく。根拠がなくても、このメンバーなら良いものが作れるという確信が持てる。この確信が一体何なのか、どこから来るものなのか、まだ高校生の千歌には分からない。

「よーし!」

 腕を高く上げてうちに集合、と声高に言いたかったのだが、

「――あ、忘れ物した。ちょっと部室見てくる」

 皆の苦笑と呆れを背中に受けながら部室まで走る。締まりがないけど、それもまた自分たちらしい。体育館へ入り真っ直ぐ部室へ直行しようとしたが、入口のところで千歌は足を止めてステージへと視線を向ける。

 あの絹糸のような長い黒髪はダイヤだ。摺り足でステージ上を動き、扇子に見立ててか書類を手にゆったりとした舞を踊っている。窓から射し込む陽光をスポットライトのように浴びて、彼女が動く度によく手入れされた黒髪がはらり、と広がり陽光を乱反射させていく。

 いつの間にか、千歌はその舞に見惚れていた。舞踊なんてまったく知らないが、ダイヤの所作ひとつひとつに瞬きもせずに釘付けになっていた。

 千歌が拍手をすると、気付いていなかったのかダイヤは少しばかり驚いたようで丸くした目をこちらに向ける。

「凄いです! わたし感動しました!」

 「な、何ですの?」とダイヤは頬を赤く染める。大人びているが、こうした恥ずかしがる仕草を見ると自分と同年代の少女なんだ、と分かる。

「ダイヤさんがスクールアイドルを嫌いなのは分かってます。でも、わたし達も学校続いてほしいって、なくなってほしくないって思ってるんです」

 生徒会長のダイヤも、きっと廃校阻止のために奮闘しているはず。目的が一緒なのだから、例えこちらの活動が気に入らなくても分かり合えないはずはない。

「一緒にやりませんか? スクールアイドル」

 こんな勧誘、ダイヤを怒らせてしまうだろうか。少しばかり怖気づいたのだが、ダイヤは無表情のまますとん、とステージから飛び降りる。降りた拍子に書類が1枚床に落ちたのだが、それに気付かないままダイヤは歩き出す。

「残念ですけど。ただ、あなた達のその気持ちは嬉しく思いますわ。お互い頑張りましょう」

 ダイヤの背中を追って振り返ると、いつの間にか体育館に他のメンバー達も集まっていた。千歌たちの会話が聞こえていたのか。それでも構わず、ダイヤは妹であるルビィにも目を向けることなく出入口へと歩き続ける。

 千歌はダイヤが落とした紙を拾い上げる。「署名のお願い」と題目に書かれている。出入口へ視線を移すと、既にダイヤは体育館を後にしている。それを見計らってか、曜が口を開いた。

「ルビィちゃん、生徒会長って前はスクールアイドルが………」

「はい、ルビィよりも大好きでした………」

 ルビィの答えを聞いて、何で、と千歌は思った。何故大好きだったものが嫌いへと変わってしまったのか。いや、本当にダイヤはスクールアイドルが嫌いなのだろうか。彼女は最初こそ千歌たちの活動を認めてはくれなかったが、さっきの言葉。お互い頑張りましょう、と応援してくれたじゃないか。建前かもしれないし、本当は理事長の鞠莉に従って渋々見逃してくれているだけかもしれない。

 それでも、さっきステージでひとり踊っていたのは、好きだからでは。ステージに立って多くの人に踊りを見て欲しい、という願いをまだ抱いているのではないのか。

 追求しようと足を進める千歌を、ルビィが両腕を広げて阻む。

「今は言わないで!」

「ルビィちゃん………」

 ルビィにしては珍しい、強い口調だった。続けて「ごめんなさい……」とか細く言う彼女には、これ以上追求しようとは思えなかった。

 

 ステージ以外の証明が全て落とされた会場。

 唯一の光、スポットライトを浴びるダイヤたち。

 おそらく、まだ17年の人生で最も輝いていた頃を思い出しながら、ダイヤは校舎へと続く連絡通路を歩いた。

 あの頃は楽しかった。先に不安があっても、一緒にいる仲間がいてくれたら乗り越えられる、と無根拠に信じられるほどに。

「ダイヤ」

 不意に呼ぶ声に足を止める。通路の脇で立っている鞠莉が告げる。

「逃げていても、何も変わりはしないよ。進むしかない。そう思わない?」

「逃げてるわけじゃありませんわ。あの時だって………」

 続きを言おうとしたが、やめた。言う必要はない。自分は逃げたわけじゃない。引き際を見定めただけ。裡で自身に言い聞かせ、ダイヤは再び歩き始める。背後から聞こえた鞠莉の声に気付かないふりを決め込みながら。

「ダイヤ……」

 

 

   3

 

 十千万を訪れたメンバー達のお茶を用意する翔一の横顔を千歌はじ、っと見上げる。お客が来れば鼻歌でも歌いながらお茶の準備をするのに、今の翔一は無表情のまま急須に茶葉を入れている。

「ねえ翔一くん、何か気になることでもあった?」

「え、気になるって……、何が?」

 向けられた笑顔がぎこちなく引きつっている。千歌もすぐ顔に出る性分とはいえ、翔一はもっと分かりやすい。

「だって翔一くん変なんだもん。佐恵子さんのところ行ってからずっとだよ」

 翔一は何か言おうとしたのか口を開け、でも無言のまま急須にお湯を注ぐ。準備がひと段落したところで、ようやく言ってくれた。

「千歌ちゃん。俺、今まで戦ってきた奴らから『アギト』って呼ばれてきたんだ」

「アギト?」

 その名前を千歌は反芻する。アギト。聞いたことのない、不思議な響きだ。

「翔一くんが変身した姿、『アギト』っていうの?」

「うん。もしかしたら何か関係があるんじゃないか、って。佐恵子さんが話してくれた伝説と」

「古代にもアギトがいて、それが伝説のいくさべ、ってこと?」

「よくは分からないけど……。もし何か関係があるなら、俺が何故アギトになったのか、敵の正体が何なのかヒントにならないかな?」

 湖に眠る伝説は事実かもしれない。それは千歌も漠然とだが抱いていた予想だ。佐恵子が砂浜に描いたマークは、翔一が変身した「アギト」の紋章と似ていた。翔一は古代に存在していた戦士と同じ力を持っていて、その力をどうやって翔一は得たのか。本人が思い出せない以上、伝説を頼りにするしかない。

「うん。もし何か分かれば、翔一くんの過去にも繋がるかもしれないしね」

「後で調べるの手伝ってくれないかな? 俺パソコンとか使い方分からなくて」

「良いけど……。あ、じゃあお茶持ってくついでに花丸ちゃんに聞いてみたら? 花丸ちゃんなら伝説とか詳しそうだし」

「確かに、よく本読んでるもんね」

「うん。わたしお手洗い行くから先行ってて」

 

 障子を恐る恐る開き、梨子は部屋のなかを覗き込む。部屋にはメンバー全員が集まっていて、曜が大丈夫といった声色で、

「しいたけいないよ」

 「ね、千歌ちゃん」と訊くと、ベッドで布団にくるまった千歌がもぞもぞ、と動いた。お茶準備してくるから、と言っていたのに、いつから部屋にいたのか。それにしても何故布団を被っているのか。そんなに寒くもないのに。

「それよりもPVだよ。どうすんの?」

 善子が切り出し、花丸も「確かに」と、

「何も思いついていないずら」

 早く梨子も部屋に入って話し合いに参加したいところだが、本当にしいたけはいないだろうか。隣の部屋からひょっこり出てこなければいいのだが。

「あ、梨子ちゃん」

 廊下の奥から聞こえた声に振り向くと、お盆にお茶の道具を乗せた翔一が歩いてくる。流石にここで立ち往生しては邪魔になる。梨子は観念して部屋に入り、ベッドに腰を落ち着ける。翔一はお盆をちゃぶ台に乗せると、皆のお茶を湯呑に注ぎながら言う。

「皆で相談もいいけど明日みんな早いからさ、あんまり遅くなっちゃ駄目だよ」

「明日って?」

 梨子は訊いた。何があるのだろうか。翔一の口ぶりからこの場の全員が参加するようだが。曜が思い出したように、

「あ、明日って海開きだった」

「海開き?」

 まだ時期として泳ぐには早い気がする。詳しく訊きたかったが、翔一は「花丸ちゃん」と話題を変える。

「山王湖の伝説って知ってるかな?」

 「伝説、ですか?」と花丸が、「どうしてそんなことを?」と善子が訊いて、翔一はお茶を注いだ湯呑を各々に配りながら答える。

「もしかしたら、湖の伝説が俺に関係してるかもしれなくてさ。俺が変身するアギトのことに」

 「アギト?」とその場の全員で反芻した。それが変身した翔一の名前なのか。翔一は言う。

「花丸ちゃんなら、伝説とか知ってるかもしれないからさ」

「この辺りの歴史とかは本で読んだことありますけど……」

 花丸は確認するように「山王湖、ですよね?」と訊いた。翔一は頷くも、花丸は不思議そうにかぶりを振って、

「聞いたことないです。そもそも、あの湖は伝説っていうほど古くないずら」

 「え?」と翔一は呆けた顔をする。次に障子のほうから「どういうこと?」という声がして、障子の影から千歌が顔を出した。

「千歌ちゃん⁉」

 その顔を見た瞬間、梨子は悟る。自分のすぐ傍にいる、この布団にくるまったものは――

「ワン!」

 

 

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