ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第3話

   1

 

 いくら人通りが多い秋葉原でも、路地裏となると流石に人はほとんどいない。こういったところに隠れた商店はないものか、と翔一は辺りを見渡すが、生憎めぼしい店らしきものは何もない。

「んー、何かないかな? 物凄くでっかいカボチャとか売ってるお店」

 「秋葉まで来てお買い物ですか」とルビィが苦笑する。「カボチャで今度は何作ってくれるずら?」と花丸も。翔一はふたりに両腕を大きく広げて、

「明日のライブ成功させてさ、帰ったらお祝いにパーティしたいじゃない。おっきなカボチャで特大ケーキ作ってさ」

 「ケーキ!」とふたりは声を揃えて瞳を輝かせる。

「ケーキ作れるずら?」

「作ったことはないけど、松月に習いに行こうと思うんだよね。ふたりとも楽しみにしててよ」

 まずカボチャは砂糖で炊いて、潰して生地に練り込もう。少量の砂糖でも、カボチャ本来の甘味を引き立たせてくれるはずだ。どうせなら生クリームにもカボチャをペーストにして混ぜたい。モンブランのようにするのも手だ。

「翔一さん」

 ケーキの調理工程を思索していたが、ルビィの声で現実に引き戻される。

「東京に来て、何か思い出しましたか?」

「え、どうしたのいきなり?」

「志満さんが言ってたんです。翔一さんはもしかしたら東京に住んでたかもしれない、って。だから、懐かしいとか感じないのかな、と思って」

 「うーん」と翔一は唸りながら空を見上げる。秋葉原のビル群に狭められた空。飲食店の排気ダクトから発せられる蒸した臭気。街を埋め尽くさんとばかりに行き交う人々。

「ピンと来ないなあ」

 以前は来たことがあったのかもしれないが、記憶を失った今では東京とは生まれて初めて訪れた都市のような感覚だ。記憶はなくても心は覚えている、だなんてノスタルジックな感慨もない。沼津しか知らないせいか、こんな街があってこんなにも人がいるものか、と世界の広さに感心しているほどだ。

 刹那、翔一の背筋に戦慄が走る。辺りを見回していると、よほどの剣幕をしていたのか花丸が「どうしたずら?」と訊いてくる。ルビィも不安げに花丸に寄り添う。

 しゅるしゅる、と蛇が這うような音が聞こえて、翔一は振り返った。視界にサソリの尾にも似た触手が入り込み、猛スピードでこちらに向かってくる。咄嗟に翔一が手刀で払い落としたおかげで、触手は地面に落ちる。見れば、先端に針が付いている。すぐに触手は引っ込み、その先を目で追うと建物の陰から異形の存在が翔一たちにその姿を晒した。サソリの甲羅を鎧のように纏ったそれは、じりじりとこちらへ歩いてくる。

「ふたりとも逃げて!」

 花丸とルビィが駆け出し、ふたりの背中へと目を向けた敵の前に翔一は立ちはだかる。

「変身!」

 翔一は変身した。この敵と同じ存在たちが、「アギト」と呼ぶ姿に。

 敵は頭上の後輪から一振りの斧を取り出した。振り下ろされた武器の柄を掴み、脇に絞めて動きを止める。その隙に、翔一もベルトの玉から刀の柄を掴み引き抜く。同時に、鎧をフレイムフォームの赤に染め上げた。刀を上段から敵の肩口めがけて振り下ろすが、敵の反応も早く鍔迫り合いに持ち込まれる。互いに武器を押し込み、その反動でバックステップを踏む。

 間合いと取ると、翔一は武器を構え直し敵の出方を待つ。敵は一気に間合いを詰め、斧を横薙ぎに振るってきた。翔一は再び刀で受け止め、再び鍔迫り合いへ持ち込む。このパワーに特化させた姿なら、鍔迫り合いは自分に分がある。一気に押し込もうとしたが、予想に反して敵のパワーは翔一を上回り逆に押し込まれる。壁際まで追い込まれ、受け流した敵の武器は壁にめり込んだ。にも関わらず、豆腐のように壁を容易く砕きながら敵は武器を押し込んでくる。

 その腹に蹴りを見舞い、生じた一瞬の隙をついて翔一は跳躍した。敵の背後へと回り込みひとたび距離を広げるが、振り返った瞬間に翔一は目を剥いた。何かが向かってくる。咄嗟に避けて紙一重で顔面の横を通過していくそれは、敵の投げた斧だった。まさか武器を自ら捨てるなんて。だが回転しながら飛ぶ斧は宙を旋回し、まるでブーメランのように敵の手元へ戻っていく。

 長期戦だとこちらが消耗する。熱を帯びた力を手元に注ぎ込み、刀の鍔を展開させる。次は並の攻撃でない、と敵は察したのか駆け出してくる。同時に翔一も駆け出し、互いに距離を詰めてそれぞれの領域へと踏み込んでいく。

 翔一は跳躍した。落下と同時に刀を両手で振り降ろし、渾身の一刀を叩きこもうとする。刃が触れようとした寸前、敵の空いていた左手に盾が出現した。がちん、という金属音と共に翔一の刀が防がれる。

 翔一は逡巡した。確かに感触があるのに、刀は盾に触れてすらいない。力任せに圧そうとするが、刀は宙で震えているばかりで前進しない。

 にたり、と敵が笑ったような気がした。その瞬間、敵の後頭部から触手が伸びて翔一の首に絡まる。妙なことに圧迫感がそれほど強くない。その気になれば引き剥がせるくらいだ。その理由を悟ったのは、首筋に走った激痛だった。刺された、と認識すると同時、右肩に強烈な殴打を食らい体が投げ出される。

 地面に身を打ち付けると、痛みの後で急速に意識が薄れていく。花丸ちゃんとルビィちゃんは。ふたりが気掛かりでも、翔一の体にそれを確かめる余力は残されていない。

 意識を完全に失う直前、翔一の耳孔に届いたのは銃声だった。

 

 秋葉原にアンノウン出現。

 その報を小沢から受けた誠が東京にいたのは幸いだったのだが、肝心のGトレーラーは沼津にある。当然到着を待っている余裕もないから、誠は警視庁舎に保管されていた間に合わせの装備で現場へと向かった。

 予備として複数製造されたガードチェイサーの1機で現場の路地裏に到着すると、サソリのようなアンノウンが2人の少女へ斧と盾を手に歩み寄っている。

 誠は前腕部のユニットしか装備していない右手でGM-01を発砲する。胸を狙ったのだが、装甲が反動を吸収しきれなかったせいで弾道が逸れ盾を持った左手に命中する。今度は左手を添えて、照準に狂いがないよう固定する。頭部に装備したヘルメットはポインターなんて映しはしないが、全弾がアンノウンに命中した。

『氷川君、絶対に近接戦に持ち込まれては駄目』

 ヘルメットに備え付けられたインカムから小沢の指示が聞こえる。「はい」と応じ、誠はガードチェイサーのハッチからGG-02を取り出す。

『GG-02、アクティブ』

 今の誠が装備するG3システムは、改修用として本庁が保管していた予備だ。インナースーツに前腕部と脚部だけ装甲ユニットを装備しただけで、バックパックに繋がれた配線コードも露出している。ヘルメットだって市販のものに通信用のインカムを搭載したのみで気休めに近い。最大の懸念は誠専用に調整されていないことだ。インナースーツはサイズが大きく、逆に装甲ユニットはサイズが小さくて窮屈になっている。わずかな動作でも誤差が生じるため、近接戦は自殺行為だ。間違っても手の届く範囲に近付いてはならない。

 GM-01とドッキングさせたGG-02の砲口をアンノウンに向け、トリガーを引く。胸に命中したグレネードが炸裂し、辺りに噴煙を撒き散らした。流石に堪えたのか、アンノウンはよろめきながら建物の陰へと千鳥足で向かっていく。

 追撃しようとしたが、背後から聞こえた「翔一さん!」という声に振り向く。「しっかりするずら!」とふたりの少女に体を揺さぶられているのは、津上翔一だった。

 

 

   2

 

 アンノウンに襲われた翔一は最寄りの病院に緊急搬送された。正確にはアンノウンの標的になった少女たちを庇い、攻撃を受けたとのことだが。

 外傷と言えるものは首筋にある針のようなもので刺された跡くらいで、救急車の中で目覚めた翔一はいつもの溌剌とした様子で担架から降り、自らの足で検査室へ向かっていった。

「これが俺の体の中に?」

 全ての検査を終えた翔一は、診察室で自分の胸部が写されたレントゲン写真を見て眉を潜める。CTスキャンによる精密検査も行われたが、翔一の体に見られた異常は胸部のみ。アンノウンに埋め込まれたとされる、卵型の影が心臓の辺りに写っている。

 検査の間、誠は小沢から沼津にてアンノウンに殺害されたと思われる死体が発見された、という連絡を受けていた。被害者は運送会社社員の男性。目撃情報によると誰かに襲われた様子もなく、荷物を積み下ろしていた際に突然倒れたという。

 司法解剖の結果、死因は凍死とされた。もう夏に入ろうとしている時期に。少し前にも、群馬県と埼玉県でも同じ状態の変死体が発見されたらしい。3人の共通点は首筋に虫刺されのような跡があり、調べてみたところ血縁関係があったという。今回のものと同一個体かは不明だが、標的とされた黒澤ルビィと国木田花丸という少女たちに聴取したところ、ふたりとも3人とは血縁関係はない。

「何ですかこれ?」

「何らかの金属らしいんですが、まだ特定はできていないそうです」

 医師から受けた説明をそのまま告げると、翔一は自分の胸をさすりながら、

「何か気持ち悪いな。取り出してくれません?」

「それが心臓にごく近い位置で、手術しても取り出すのは難しいと………」

「それで、どうなるんですか俺?」

「今まで、君と同じようにアンノウンと同じ被害に遭った人々が3人、全員が襲われてからおよそ24時間後に亡くなっていると思われます」

「じゃあ、俺死んじゃうってことですか?」

 流石に翔一もこれには堪えたようで、神妙な表情を浮かべて視線を下げる。千歌たちのイベントに同行して上京してきたらしいが、せっかくの旅先で怪物に襲われて余命24時間なんて宣告を受ければ泣き喚いてもおかしくない。でも、その余命宣告も確信は持てない。

「それが、そうとも言い切れないんです」

 誠はスマートフォンを取り出し、小沢から送られてきた資料を開く。

「アンノウンに襲われた人々の死体を解剖した結果、体内から君と同じような金属異物が発見されて、どうもそれが人体の熱エネルギーを奪って被害者を凍死させるそうです。ですが君の体内の異物は他の被害者のものと比べると、とても小さいんです」

「どういうことですか?」

「多分、24時間のうちに金属異物が肥大していくんだと思います。でも金属がそれ自身で大きくなるとも考えづらく、アンノウンの力が作用しているというのが我々の見解です」

「それって、アンノウンとかを倒せば助かるかもしれない、ってことですか?」

「そうかもしれません」

「分かりました」

 ん、いま分かりました、と言ったか?

 自分の耳を疑いたくなり、誠は翔一を凝視する。流石に笑ってはいないが、怯えているようにも見えない。

「あの氷川さん、このこと皆には内緒にしといてもらえますか?」

「それは、構いませんが………」

「ありがとうございます。色々お世話になりました」

 愛想よく言うと、翔一は立ち上がって診察室から出ていく。変わった人とは思っていたが、あそこまでいくと能天気を通り越している気がする。いや、自分が明日には死んでしまうことを信じていないのか。

 でも不思議と、ルビィと花丸のもとへ向かう翔一の背中が明日に失われてしまうとは、誠にも思えなかった。

 

 

   3

 

「いや、俺本当に大丈夫だからさ。ほら、宿だって俺の部屋も取ってくれてるんでしょ? キャンセル料とかさ」

 まくし立てるように言う翔一に、千歌は切符を押し付けるように渡し、

「もう、気にしなくていいから! ひょっとしたらどこか怪我してるかもしれないでしょ? 帰って休んでなよ!」

「いやちゃんと病院行ってきたし――」

 メンバー全員で翔一の背中を押して、改札へと無理矢理連れていく。なかなかゲートを通ろうとしないから、曜が切符を入れた。ようやく観念した翔一は渋々ゲートを過ぎて、千歌たちに大声を張り上げた。

「皆、明日頑張ってね! ご馳走作って待ってるからさ!」

 

 神田明神へ続く路地を歩く頃には、空が茜色になっていた。

「せっかくじっくり見ようと思ったのに………」

 まあ、緊急事態だったのだから仕方ない。ルビィと花丸が無事で、翔一も大事に至らなかったのだから幸いと言うべきか。そんな大変だったときに、他の面々はすっかり東京を楽しんでいたようだが。千歌が視線をくべると、梨子は買った本の袋を咄嗟に背中へ隠す。一体何の本を買ったのか。

「な、何よ、だから言ってるでしょ。これはライブのための道具なの!」

 善子はそう言って両手に提げた袋を示す。少なくとも明日のライブで堕天使グッズは使わない。次に視線は巫女服姿の曜へ流れる。

「そんな恰好して………」

「だって、神社に行くって言ってたから。似合いますでしょうか?」

 随分と満足げに敬礼する曜に「敬礼は違うと思う……」とやんわり指摘する。

「ふたりは、大丈夫?」

 尋ねた視線の先で歩くルビィと花丸は不安げな表情だった。特にルビィは悪寒がするのか両腕を抱いている。花丸もルビィを気遣うよう肩に手を添えているが、怖いに違いないだろう。それでもふたりは千歌に笑顔を返し、

「大丈夫です」

「マルたちより翔一さんの方が心配です」

 あの怪物がまた襲ってくるかもしれないから、明日から千歌たちには警察の護衛が就くと誠から告げられた。でも、アギトになった翔一を退けるほどの怪物に、警察が太刀打ちできるだろうか。以前目撃した青の戦士がやってくるとしても、正直なところ期待はできない。

 あれこれと考えているうちに目的地が見えた。街の低地から神田明神の台地を繋ぐ男坂。坂と付いているが階段が整備されている。それでも勾配は急で、登るにはそれなりに体力を要する。

 ここが、千歌がどうしても来たかった場所。向こうにある社が見えないほど急な階段を前に、ルビィは先ほどの恐怖も払うことができたようだ。

「これが、μ’sがいつも練習していた、って階段………」

 この男坂は神田明神への入口とは他に、かつてのμ’sの練習場という面を持っている。

「登ってみない?」

 千歌の提案に反対するメンバーは誰もいなかった。何故ならこの地は伝説のグループがいた場所。彼女たちに憧れる、スクールアイドルの聖地だ。

「よーし、じゃあみんな行くよー!」

 千歌の号令で、皆が一斉に階段を駆け上がる。1段1段を踏みながら、千歌はかつての光景を想像していた。μ’sのメンバー達は毎日この階段を登っていた。この険しい階段を、ラブライブ優勝への道のりとして、夢を膨らませていった。みんなで叶える物語。そのキャッチフレーズの通り、皆でひとつの光となって、時を越えるほどの輝きを放った。

 そうして、μ’sは伝説のスクールアイドルになった。

 階段を登りきると一気に疲労が押し寄せ、額から玉汗が伝い千歌は膝に手をついた。普段のランニングで呼吸を乱さないよう意識しているのに、興奮のあまり忘れてしまっていた。改めてμ’sの偉大さを実感できた気がする。こんな練習を毎日続けていたなんて。でも千歌だって登りきることができた。可能性はゼロじゃない。Aqoursだってμ’sのようになれる、という確信が持てる。

 そう遠くない方からハミングが聞こえてくる。ひとりじゃなくふたりだ。それぞれが高音と低音のパートで歌っていて、見事なハーモニーが耳に心地良い。まさかμ’s、と思ったがすぐに違うと分かる。どのメンバーの歌声とも似ていない。

 音を頼りに近付いてみると、本殿を前にしてふたりの少女が歌っている。ひとりは背が高く、もうひとりは対称的に小柄だ。ふたりとも同じ服を着ていた。白のブラウスの上に紺色のベスト。上と同じ色に纏められたプリーツスカートはきっと学校の制服。それはつまり、ふたりは千歌たちと同年代ということ。

 一体誰なんだろう、と思っていると歌が終わった。本殿に向かっていたふたりが、千歌に気付いたのかこちらへと振り向く。

 背の高い少女は柔和ながら、どこか棘を感じさせるほどの自信に満ちた笑みを向けてくる。

 小柄な方の少女は目尻を鋭く釣り上げていて、他を寄せ付けようとしない棘どころか針を思わせる。その口元に浮かんでいるのが笑みなのか、千歌には判断しかねた。

 

 

   4

 

 沼津に戻ってきた誠は、その日のうちに東京での出来事を真っ先にGトレーラーへ持ち帰った。あまりにも不可能犯罪に近い高海伸幸の死と、彼の家から発見された物品を。

「2年前の殺人事件がアンノウンと関係があるかもしれない、って?」

 小沢の言葉に誠は「ええ」と頷き、

「捜査一課の河野さんが担当している事件なんですが、被害者の高海伸幸は不可能犯罪と思われるような殺され方をしています」

 「そして――」と誠はベンチに置いてある押収品を手にして「これを見てください」と、

「昨日被害者宅から新たに発見されたものなんですが」

 「何ですかこれ?」と尾室がゴムボールを詰めた袋を手に取った。

「テニスボールにしては変わってますけど」

 「テニスボールですよ」と誠はすかさず、

「ただし、裏と表が逆転しているんです」

 その一見するとゴムボールなのが実はテニスボールと分かったのは、誠が高校時代テニス部だったことが大きい。毎日ボールに触れていたのだから、手に持った感触だけでもしや、と思い実物を持ってきたら的中していた。

「これは普通のテニスボールをふたつに切ったものなんですが」

 半分だけのテニスボールを尾室に手渡す。尾室はボールを裏返して押収品と同じ状態にし、その感触の一致を認識して「本当だ」と呟く。

「でもどうやって? 切って張り付けた痕は無いですし………」

 切断せずにテニスボールを裏返すなんて、普通なら「有り得ない」こと。それを察したのか、小沢が頷く。

「言いたいことは分かるわ。その被害者の高海伸幸は超能力者だった。そしてアンノウンに殺された」

「ええ。でもそれはあくまで僕の推理で。河野さんは、犯人は人間と信じているようですが………」

 アンノウンが出現し始めたのは今年に入ってから。河野からはそれを根拠に誠の推理を否定されたが、どうにも不可能犯罪と似通っている。被害者は不可解な死を遂げて、自宅からは超能力によるものと思わしき物品。でも違和感があるのも確かだ。3年前にアンノウンが既に活動していたのだとしたら、何故現在に至るまで鳴りを潜めていたのか。

「じゃあこのUSBメモリは?」

 尾室の質問に、誠は我に返り思考を一旦止める。そういえば、この記憶媒体の中身はまだ確認していない。犯人の指紋が残されているかもしれないからまだ手を付けていなかったが、先ほど鑑識から指紋の検出はなし、と報告を受けていた。物体そのものに証拠は残っていない。残っているとしたら中身のほうか。

「見てみましょう」

 誠が言うと、尾室は袋からUSBを出してPCのポートに繋ぐ。開かれたファイルの中に保存されているデータはひとつだけ。

「動画ですね。再生します」

 尾室がアイコンをクリックすると、動画再生のウィンドウが開きタイムコードのバーが左から右へと動き出す。確かに動画は再生されているのだが、画面に映るのは真っ暗闇だ。音声もノイズしか聞こえない。じ、と僅かな変化も見逃すまいも画面を食い入るように見ていたのだが、20秒ほどで動画は終わってしまう。

 尾室は肩を落とし、

「何だ、何も映ってないじゃないですか」

 落胆しているのは誠も同じだ。研究者だった高海伸幸の経歴から、何か重要な研究データが残されているのでは、と期待していた。

「このUSBメモリは被害者宅の隠し戸棚から発見されました。何故何も映っていないデータを隠しておかなければならなかったのか」

 そこで「あれ?」と尾室が声を漏らす。動画を何度かリプレイしていたようだ。「どうしたの?」と小沢が訊く。でも尾室は「いや、別に………」と濁しただけだった。ふう、と溜め息をついた小沢は話題を変える。

「そういえばどうしてるかしら? アンノウンに襲われた、って子」

「津上翔一ですか?」

「話を聞いただけでも変わってる、って分かるわ。もうすぐ死ぬかもしれないっていうのに、淡々としてたんでしょ? よっぽどの大物か、ただ呑気なのか、どっちかでしょうね」

 実際に何度か話した誠には、後者のほうだと思うのだが。翔一の場合、こちらのほうが心配してしまうほどに。彼も養生のため沼津に戻ったらしい。明日もルビィと花丸を護衛するためにGトレーラーごと東京へ行かなければならないが、出発する前に様子を見に行ったほうがよさそうだ。

 それに、志満にも高海伸幸について訊いておきたい。

 

 

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