ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第5話

 

   1

 

「翔一くーん、電話よ。千歌ちゃんから」

 志満から呼ばれ、翔一は土に汚れた軍手を外して中へ入った。志満から受話器を受け取り「もしもし」と言うと、受話器から千歌の明るい声が聞こえてくる。

『あ、翔一くん?』

「千歌ちゃん、どうしたの?」

『もう、心配だから電話したんじゃん。どこか痛いところとかない?』

「大丈夫だよ。昨日だってよく眠れたしさ。もう、千歌ちゃんも氷川さんも心配症だなあ」

『え、氷川さんもそっち戻ってたの?』

「うん。さっき草むしり手伝ってもらったけど帰ってもらった。あの人不器用なんだよね。根っこだけ残したりしてさ」

 千歌の控え目な笑い声が聞こえる。「そんなことより」と翔一は続ける。

「千歌ちゃん達こそ眠れた?」

 『うん』と返ってきた声は逡巡を挟んだ。それを誤魔化すように千歌は早口に、

『皆ぐっすりだったよ』

「そっかあ。千歌ちゃん達も結構立ち直り早いよね」

『何が?』

「だってさ、昨日ルビィちゃんと花丸ちゃんがアンノウンてやつに襲われたばっかなのにさ」

『だって翔一くんわたし達のこと守ってくれるんでしょ?』

 その言葉に翔一は逡巡した。確かにそれは約束した。千歌や志満や美渡のいる十千万。千歌が頑張っているAqoursの皆。その人たちのいる居場所を守りたい、と。

「そりゃそうだけど………」

『わたし達は翔一くんのこと信じてるだけだよ。いけない?』

「いけなかないけど………」

『離れてても翔一くんが守ってくれるから、わたし達頑張れるんだよ。今日のライブも絶対に成功させるから、翔一くん楽しみに待ってて』

「……うん、頑張って」

 

 通話を切ると、千歌はスマートフォンをポケットに仕舞った。旅館の前は朝早いからか、車も人も通っていない。こっそり練習着に着替えて部屋から出てきたが、皆はまだ寝ているだろうか。東の空から射し込む朝陽が眩しくて、千歌は目を細める。ひとりだけでいると、まるでこの時間と場所が自分の物のように感じられる。

 千歌は軽いストレッチを経て走り出す。慣れない土地だが昨日散策したお陰で周辺の地理情報は頭に入っているし、ランニングの目的地まではそう遠くもない。

 流石の東京も朝は静かだ。まだ通勤時間には早くて、道を通っているのは犬を散歩に連れている婦人に、千歌と同じくトレーニングに励むランナーしかいない。でも目的地の秋葉原が近くなると、昨日ほどではないにしろ喧騒が耳に届いてくる。

 秋葉原駅に隣接する高層ビル。その壁に設置されたモニターこそ、千歌が神田明神の他にどうしても行きたかった目的地だった。

 千歌が初めてμ’sを、スクールアイドルという存在を知った場所。

 千歌の夢が始まった場所。

 画面の中で歌っていた彼女たちは、千歌と同じ普通の高校生のはずだった。制服を着て学校に行って授業を受ける。そんなありきたりな日常の中で、皆で一丸になって歌とダンスを披露した。その活動は音ノ木坂学院の廃校を阻止しただけに留まらず、千歌のように後を続く者の(しるべ)としてその人気は衰えることを知らない。

 μ’sのリーダー、高坂穂乃果(こうさかほのか)。画面の中で千歌は彼女からこう言われた気がした。

 

 ――飛べるよ。いつだって飛べる――

 

「千歌ちゃん!」

 後ろから聞こえた曜の声に振り返ると、練習着姿の皆が息をあえがせている。

「やっぱり、ここだったんだね」

 曜がしたり顔で言う。

「練習するなら声かけて」

「ひとりで抜け駆けなんてしないでよね」

 と梨子と善子は呆れ気味に。

「帰りに神社でお祈りするずら!」

 張り切って拳を掲げる花丸に「だね」とルビィが穏やかに応じる。

 あの時とは違うんだ、と千歌は裡の温もりを覚える。こうして一緒に、またこの秋葉原に来る仲間ができた。わたしは確かに、夢への階段を上っている。

 暗転していたビルのモニターが突然BGMと共に映像を映し出す。画面をピンク色のハートマークが無数に埋め尽くし、やがてそれらが散るとロゴが表れた。

 『Love Live!』と。

「ラブライブ!」

 ルビィがいち早く反応する。

「今年のラブライブが発表になりました!」

 画面の中で『Love Live!』の下に『ENTRY START』のロゴが浮かんでいる。会場は例年通りアキバドーム。

「ついに来たね」

 曜が真剣な声色で告げる。「どうするの?」と梨子が訊いてきたが、そんなものは決まっている。

「もちろん出るよ。μ’sがそうだったように、学校を救ったように」

 学校の廃校。共に目指す仲間。そしてラブライブ。舞台も役者も全て揃った。Aqoursは今、μ’sと同じ物語に確かな1歩を踏み出している。

「さあ、行こう! 今、全力で輝こう!」

 千歌は手を差し出す。千歌の手に皆もそれぞれ手を重ねていき、世界に響かせようと声を揃えた。

「Aqours、サンシャイン!」

 

 

   2

 

 ――信じてる――

 

 千歌から告げられたその言葉は、一向に離れることなく翔一の裡で響き続けている。洗面所に掃除機をかけているとき、翔一はふと手を止めて鏡に映る自分を見つめた。もしかしたら、今日自分は死んでしまうかもしれない。

 今まで死というものは怖くなかった。生命はみな死ぬものだし、この世界にある生命のひとつである翔一にもいつかは必ず死が訪れる。ただ世界から消えるだけ。眠るときの闇が永遠になるだけ。翔一にとって死とはそれだけの、何てことのないはずだった。

 でもいざ、自分が死んだ後のことを想像してみると沸々とした恐怖が裡の奥底から這い出てくる。まず十千万の家事をする者がいなくなる。これは大した問題じゃない。翔一が世話になる前は姉妹で交代してやっていたらしい。高海家の家庭事情は翔一が来る前に戻るだけだ。

 なら、アンノウンはどうする。突如現れた怪物たちは誰が倒すのか。あの青い戦士か。いや、あの戦士には期待できない。いつもアンノウンは翔一が倒してきた。翔一が死ぬということは、もうアンノウンを倒せる者がいなくなるということだ。

 

 ――もし俺が死んだら、誰が千歌ちゃんを守るんだ――

 

 翔一が死ねば、千歌たちAqoursの面々も襲われて、成す術もなく殺されてしまう。翔一を受け入れてくれたあの笑顔が、歌が、この世界から無くなってしまう。

 この命は自分だけのものじゃない。翔一は気付く。記憶を失い身軽だったはずの自分が、いつの間にか多くの守るべきものを背負っていたということを。

 翔一は水道から水を出して、顔に冷水を打ち付けた。タオルで乱暴に水気を拭き取ると、掃除機を押し入れに片付けて外出の準備をする。

「あれ、翔一どっか行くの?」

 ヘルメットを手に玄関へ向かう途中、美渡から声をかけられる。

「ああ、うん。千歌ちゃん達夕方には帰ってくるんだよね? ライブの成功祝いにケーキ作ろうかな、って」

「ええ? それ気が早いんじゃない? 明日でもいいよ」

「でもほら、明日のことなんて分からないしさ、今日できることは今日やっておこうよ」

「何かちょっと変……」

 顔を覗き込んでくる美渡から逃れるように、靴を履きながら翔一は早口に言った。

「良いから良いから。気にしない気にしない。松月にレシピ貰いに行ってそれから買い物してくるから志満さんに言っといて」

 

 東京に戻ると、誠は初めに千歌たちの宿泊先を訪ねた。旅館の従業員に聞いたら不在とのことで、建物の前で待ってしばらくすると彼女たちは運動着姿で額に汗を滲ませながら帰ってきた。

 良かった、と誠は胸を撫でおろす。無事に一晩を明かせたらしい。誠に気付き、千歌たちは旅館の前で足を止めた。

「高海さん。皆さんも」

「氷川さん、沼津に戻ってたんじゃ………」

 千歌が目を丸くする。

「皆さんの護衛に、僕も就くことになっているので」

 そう告げると、言葉の意味を察したのか花丸が言う。

「護衛って、あのアンノウンずら?」

 先ほどまで楽し気に談笑していた彼女たちの表情が、一気に固まった。ルビィに至っては涙目になっている。「アンノウン……、知られざる者………」と呟く髪をシニヨンに纏めた少女はよく分からないが。

 大丈夫。今日は誠と一緒にGトレーラーも本庁に来ている。アンノウンが現れたらG3を万全の状態で出動させることができるはず。彼女たちが参加するアイドルイベントの会場にも護衛人員が配備される。抜かりはない。

 不安材料があるとすれば、それは誠がアンノウン相手に上手く立ち回れるか。不安を表に出すまいと、誠は力強く告げた。

「心配しないでください。皆さんの身の安全は、警察が全力をあげて守ります」

 

 

   3

 

「翔一君がケーキかあ。細かく教えちゃうとうちより美味しく作られちゃいそうね」

 カフェスペースのテーブルでメモ用紙にペンを走らせながら、女性店主が感慨深そうに言う。

「カボチャを使いたいんですけど、どうすれば美味しくできますか?」

「チーズを合わせると良いわ。生地と混ぜて焼くだけだし、濃厚でしっとり仕上がるわよ」

 「へえー」と翔一は漏らす。チーズを使う発想はなかった。あと卵の臭みを消すためにバニラオイルで香り付けすることも。

「バニラオイルって添加物ですよね? できれば使いたくないんですけど、レモンとかオレンジ果汁とかで代用できないですか?」

 試しに行ってみると、店主は「ふふ」と微笑し、

「研究熱心ね翔一君。うちではそうしてるわ。本当に、すぐ追い越されちゃいそう」

 レシピを書き終えると、店主はメモを翔一に手渡してくれる。材料を一通り頭に入れると、翔一はポケットに大切に仕舞った。

「ありがとうございます。今度お礼にうちのピーマン持ってきますんで。あ、でも俺今日で――」

 言いかけたところで失言に気付く。「ん?」と眉を潜める店主に「ああ何でもないです」と誤魔化すと、翔一はヘルメットを掴み店を出た。

 あとはスーパーで材料を揃えよう。早く帰って調理に取り組まなければ。バイクで海岸沿いの道路を走っている途中で、前触れもなく戦慄が翔一の体を走る。いる、奴が。この近くにアンノウンと誠が呼んだ敵がいる。

 バイクを路肩で停め辺りを見渡す。人は殆どいない。この場にいるのは翔一と、歩道を歩く長い黒髪の少女ふたりだけ。きょろきょろと視線を巡らせる翔一を不審がってか、少女はほくろのある口元を固く結び吊り上がった眼差しを向けてくる。その少女の足元に、昨日も見た触手が這っていた。咄嗟にバイクのギアを入れてアクセルを捻る。同時に触手が飛び掛かり、少女に到達する寸前に回り込んだバイクのボディが触手の針を弾いた。

「逃げて!」

「な、何ですの?」

「早く!」

 うろたえている少女に声を飛ばし、翔一は主のもとへ引っ込んでいく触手を追うべくバイクを走らせる。道路のすぐ近くに広がる山の樹々から、サソリのアンノウンが跳び出してくる。

「変身!」

 裡から沸き出た光で、アギトに変身した翔一は容赦なくアンノウン目掛けてバイクで突っ込んでいく。ただ轢かれただけでは何ともないのか、アンノウンはカウルにしがみ付いてきた。翔一は更にエンジンを吹かし、アンノウンに組み付かれたままバイクを走らせる。

 確か近くにボート置き場があったはず。そこなら少しは戦いやすくなるだろう。アンノウンに前方の視界を遮られているせいで上手く走れない。蛇行運転を繰り返し、組み付いた状態で繰り出される拳をいなし、時に反撃しながらも翔一はボートが並べられた目的地へと辿り着く。内浦湾に突き出すように伸びる埠頭の中腹でバイクを急停止させると、慣性でアンノウンが投げ出された。でも、それくらいで倒れるほどやわな敵じゃない。

 バイクから降りた翔一は角を開いた。神経を集中させ、跳躍と同時に力を込めた右足をアンノウンへ突き出す。アンノウンは慄くことなく、頭上の光輪から出した盾を掲げた。翔一の右足が、盾の寸前で見えない障壁に阻まれる。

 一瞬の間を置いて、翔一の体が弾かれた。足から力が抜けて、角が閉じる感覚を覚える。並の攻撃では駄目か。ならば、あの盾で弾けないほどの突進力なら。

 翔一はバイクに跨り、アクセルを捻りエンジンのスロットルを上げていく。十分な動力を得た頃を見計らい、マシンを発進させた。さっきよりも速く。奴の盾を弾くほど速く。アクセルを更に捻り、スピードをあげていく。一瞬、目の前の地面が青く光った気がした。それが何かを確認する間もなく通過してしまう。

 

 ――アギトは、もうすぐ死にます――

 

 頭の中で甘美な声が響いた。何だ今のは。だがそれに意識を向ける間もなく、翔一はバイクに意識を戻さなければならなくなった。あの光は罠だったのか。ハンドルが固定されたように動かない。ハンドルだけでなくアクセルとブレーキバーも。これはアンノウンの能力なのか。

 敵は好機と見たのか、光輪から出した斧を翔一目掛けて投げてきた。バイクは猛スピードのまま止まらない。止む無しと、翔一はシートから跳び上がる。

 

 ――まだ早い。アギトは貴重なサンプルだ。アギトを殺してはならない――

 

 宙を舞っている間にまた声が聞こえた。今度は違う声。全く聞き覚えのない男の声だ。だがまた、翔一の意識は声に向ける間がなくなった。

 腰を降ろそうとしたバイクの車体が、スライドするようにして前後に伸びた。前輪と後輪は縦から横へと回転する。地面からホイールが離れたにも関わらず、バイクは浮いたまま高速で走っていた。なし崩しに翔一はサーフボードの容量で、ホバー走行する車体に両足を落ち着けた。

 これは一体――

 考えている間にアンノウンの横を通り過ぎてしまう。埠頭の先端へ差し掛かったところで、バイクは急旋回する。何故かは分からないが、こいつは俺の意思で動いてくれるのか。試しに念じてみると、スピードが上がった。

 この速さなら、いける。

 翔一は再び角を開く。狼狽したアンノウンも再び斧を投げてくるが、マシンはすう、と宙を滑るようにして避けてしまう。

 バイクを急停止させると共に、翔一の体が射出される。アンノウンは盾を構えたが、「はああああああああああああっ‼」と雄叫びと共に突き出した翔一の右足は障壁も盾本体も貫き、アンノウンの胸に突き刺さった。あまりのスピードのせいか、着地して数メートルほど足裏が地面を擦って止まる。

 振り返ると穴の開いた盾が落ちていて、傍では仰向けになり胸を陥没させたアンノウンが、倒れた反動で上がった両脚を遅れて地面に降ろす。同時に、その体が爆発し木端微塵に四散していく。

 バイクが翔一の傍まで飛んできた。もはやバイクでなくなったマシンをどう扱えばいいか。悩んでいるとマシンは車体を縮小させ、ホイールを地面に付けたバイクへと戻った。

 

 

   4

 

 旅館をチェックアウトして会場に向かうと、全面ガラス張りの開放的なロビーでスタッフの女性がイベントの説明をしてくれた。

「ランキング?」

 千歌が反芻するとスタッフは「ええ」と揚々とした様子で応え、

「会場のお客さんの投票で、出場するスクールアイドルのランキングを決めることになったの!」

 このスタッフとは初対面だが、千歌の知っている顔だ。まだμ’sが活動していた時期、この人はラブライブやスクールアイドル関連のイベントのレポーターを務めていた。当時はかなりのハイテンションぶりで有名だったが、数年たって流石に落ち着いたらしい。

「上位に入れば、一気に有名になるチャンス、ってことですか?」

 曜が訊くと「まあ、そうだね」と応え、

「Aqoursの出番は2番目。元気にはっちゃけちゃってね!」

 とスタッフルームに引っ込んでいく。確かイベントに参加するグループは全部で30組だったはず。その2番目に披露。それの意味することを梨子が口に出す。

「前座ってことね」

 「仕方ないですよ」とルビィが続いた。

「周りは全部ラブライブの決勝に出たことあるグループばかりですから」

 「そうずらか……」と花丸も沈んだ声で言う。

 千歌だって、強者揃いのイベントだということは理解していた。全国で5千以上ものスクールアイドルのなかで人気上位の30組。ルビィの言う通りラブライブ決勝への出場経験があるグループが揃っている。

「でも、チャンスなんだ。頑張らなきゃ」

 その言葉と共に千歌は拳を強く握りしめる。

周りは人気グループ。自分たちには場違いなステージなのかもしれない。でもわたし達はここにいる。Aqoursが肩を並べるほどに上り詰めた。それは紛れもない事実だ。

 だから成功させなければいけない。更に人気を押し上げるために。

 

 控え室では特にライバル同士で意識するような緊迫した雰囲気はなく、違うグループでも顔見知りの面々が談笑に華を咲かせている。人気グループでも自分たちと同じ高校生なんだな、と千歌は感慨を覚えた。

 割り当てられたスペースで衣装に着替えると、自然と体に力が入るようだった。ふと隣を見やると、梨子が微かに脚を震わせている。そんな彼女に曜が「緊張してる?」と声を掛けると、隠すことなく「そりゃあね」と梨子は応えた。

「じゃあ、わたしと一緒に敬礼」

 「おはヨーソロー!」と曜が敬礼すると、「お、おはヨーソロー……」と梨子は戸惑いながらも倣う。すると曜は満足げに笑い、

「よくできました。緊張が解けるおまじないだよ」

 それでも梨子以上に緊張している者もいる。隅でルビィがうずくまり嗚咽を漏らしている。

「やっぱり無理です………」

 スクールアイドルに熱心なルビィはこのイベントがどれ程のものか、きっとメンバーの中で最も理解している。千歌がどう言葉をかければ良いか探しあぐねていると、花丸がルビィの肩を抱いてささやく。

「ルビィちゃん、ふんばルビィずら」

 まるで魔法でもかけられたかのように、ルビィの表情から不安が抜けていく。目尻に涙を浮かべた彼女は、花丸と一緒になってようやく笑うことができた。

 善子はというと、何やら気色悪い笑みを浮かべながら何かをぶつぶつと呟いている。彼女は大丈夫そうだ。

「駄目駄目、弱気になっちゃ」

 千歌は自分の両頬を叩く。大事なステージで、観客に不安な顔なんて見せるわけにいかない。

「Aqoursのみなさーん! お願いしまーす!」

 女性スタッフの声が聞こえる。まだイベントは始まっていないが、Aqoursは2番目。開始前の時点から舞台袖で待機しなければならない。

 ステージの袖ではスタッフ達がイベントの進行チェックにせわしない。我慢できなかったのか1年生たちが幕の間から観客席を覗き込んでいて、ルビィが「す、すごい人です……」と怖気づいている。「だ、だ、だ、大丈夫よ」と善子が上ずった声で何とかはっぱを掛けようとしている様子がおかしくて、千歌はつい笑ってしまう。

 背後からふたり分の足音が近づいてきた。その音は訓練された軍靴のように揃っていて、何度歩みを重ねても狂いが生じない。振り返ると、バレリーナを思わせる衣装のスクールアイドル、昨日に神田明神で会ったふたりが靴を鳴らしてこちらへと歩いてくる。ふたりは千歌の前で足を止めた。長身の少女が昨日と同じ自信に満ちた眼差しで千歌を射貫く。

「よろしくお願いしますね」

「スクールアイドル、だったんですか……」

 驚愕のあまりに声が詰まってしまう。そんな千歌がおかしいのか、長身の少女は微笑を零し、

「あれ、言ってませんでしたっけ? わたしは、鹿角聖良(かづのせいら)

 名乗ると、聖良は颯爽とステージへ向かっていく。もうひとりの小柄な少女はひと言も発することなく無言で千歌に刺すような視線を向けてくる。千歌だけでなく、Aqours全員に対してのようにも思えた。

「理亜」

 聖良が呼ぶと、理亜と呼ばれた少女は相棒のもとへと歩き出す。理亜が隣につくと、聖良は千歌たちに背を向けたまま告げた。重圧も不安も、全て自信というものに変換したかのような、よく通った声で。

「見てて。わたし達、Saint_Snow(セイントスノウ)のステージを」

 

 






次章 くやしくないの? / 捕獲作戦!
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