ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
理由としましては果南がまだ生存しているのに他の女性に目移りしてしまっては涼が浮気性に見えてしまうので、本作で涼の相手は果南ひとりという方針になりました。
なので今回の『アギト』サイドは氷川視点以外は本作オリジナルエピソードになります。
第1話
1
ステージ上で、ふたり組のアイドルがスポットライトを浴びている。満員の観客席から談笑の声が次第に小さくなっていき、誰もがステージから放たれる音を心待ちにする期待の波紋が広がっていくようだ。初めて見るライブという雰囲気を、誠は観客席の最後列から俯瞰する。
仕事上ステージばかりを見ているわけにはいかないのだが、彼女たちの堂々とした出で立ちは無意識に誠が視線を向けてしまうほどに煌びやかに映った。アイドルというコンテンツに疎い誠でも、彼女たちが「普通の」女子高生でないことは理解できる。これだけ多くの人々を目の前にして、ああも背筋を伸ばして立っているだけでも褒められたことなのに、これから更に歌って踊ろうとしているだなんて。
インカムから微かにノイズが聞こえた。誠は意識を耳元へ向ける。小沢の声だ。
『氷川君、そっちの様子は?』
「まだアンノウンは現れていません」
『そう……』と小沢の安堵のような吐息が聞こえた。
『実はね、さっき沼津市内でアンノウン出現の通報があったわ』
「沼津で?」
またルビィと花丸を狙うと東京まで来たのに、とんだ見当外れだ。『それで――』と小沢は続ける。
『アギトによって撃破されたそうよ』
深い安堵の溜め息が漏れた。でもまだ安心はできない。
「アンノウンの姿について、情報はありますか?」
『斧と盾を持っていて、サソリみたいな姿をしていたそうよ』
間違いない。昨日と同一個体だ。
『あと、その通報を沼津署にしたのが津上翔一なんだけど………』
「津上さんが?」
『ええ、彼の体内にある金属異物がどうなったか、確かめるために私たちは沼津に戻りましょう。昨日襲われた少女たちも、もうアンノウンに襲われる心配はないわけだし』
『それに……』と濁す小沢の声は普段からは考えられない程に弱く、誠の不安を煽った。
『何やら大きなことが動いているようね』
「ではー! トップバッターはこのグループ、Saint_Snow!」
マイクを手にした司会者――さっきの女性スタッフだ――が告げると、観客たちが一斉に歓声をあげる。でもそれはすぐに静まって、観客もSaint_Snowのふたりも、そして舞台袖にいる千歌もパフォーマンスの始まりを見守る。
ふたりを照らすスポットライトが消えた。間髪入れず曲のイントロが流れ始める。同時にステージの舞台ライトが四方から彼女たちを照らし、その光も赤から青へ、青から白へ、白からまた赤へと変化していく。
これが東京のステージ、と千歌は会場の雰囲気に呑み込まれてしまいそうだった。それでも会場より意識が向くのは、やはりSaint_Snowのダンスと歌声。最初は聖良のソロパートで、彼女に目が向きそうだが隣で踊る理亜の存在感にも引かれていく。
メインボーカルの聖良の声に、理亜のコーラスを乗せても阻害されることなく引き立たせている。それでいてダンスのステップも、まるでふたりは同じ糸で吊られた人形のように狂いなく同調している。
曲の時間はどれくらいだっただろう。ふたりがフィニッシュのポーズを決めたときには、とても短い時間のように感じられる。気が付けば会場には空気を割る勢いの歓声が沸き上がっていて、その空気の震えがこのイベントがどれほど高レベルなものかを示している。それを見せつけたのは、紛れもなくSaint_Snowのふたり。
まだ歓声が止まないうちにも進行が次へと移る。
「続いて人気急上昇中のフレッシュなスクールアイドル、Aqoursの皆さんです!」
その司会の声が耳に届いた観客はどれほどいたのだろう。観客席に手を振りながらステージから消えていく聖良とそれを追う理亜の背中を呆然と見つめる千歌に、曜が「千歌ちゃん」と呼びかけてくれたお陰でようやく我に返る。
大丈夫、と千歌は裡で自身に言い聞かせる。ちゃんと練習した。体調も万全に整えてある。絶好のコンディションだ。
怖がる心配なんてない。望んでいた大きな舞台。ここで、ひいてはラブライブのドーム大会で歌うんだ。きゅ、と拳を握り、千歌は曲がりそうな背筋を伸ばして足を踏み出した。
2
対アンノウンの最前線であるG3ユニットも、警察組織の中で所詮は末端の実働部隊でしかない。だから上層部で何が動いているかは全てが決定してから通達されるのが常だ。いかにも官僚的な発想は現場の人間にとっては迷惑なものだが、その上からの命令で市民にアンノウンの存在を大っぴらに告白することができない誠も同じ穴の狢といったところか。
イベント会場からGトレーラーに戻ってすぐ、小沢から聞いた決定事項を誠は反芻する。
「アギト捕獲作戦?」
「ええ、さっき上から通達があってね。北條透の指揮のもと、機動隊の人員を使って特別チームを編成しているらしいわ」
「アギトを………」
「いつかこうなるとは思っていたけど、指揮官が北條透というのがどうもね………」
そういえば、と誠は思い出す。河野は最近になって北條の様子がおかしいと言っていた。霞が関の本庁舎に足しげく通っているという話も聞いている。全ては作戦の準備のためだったということか。
「もし捕獲された場合、アギトはどうなるんでしょう?」
「まあ、感謝状に金一封ってことはないわね。アンノウンとの関係性。その存在はいかなるものなのか。当局は利用できるのかできないのか。とにかくあらゆる角度から徹底的な調査がなされるでしょう」
「研究材料、ってことですか?」
「そういうことになるわね」
アギトの正体を知りたいのは誠も同じだ。でも、この捕獲作戦には嫌な予感しかしない。もし機動隊が必要以上の装備を行使してアギトを殺してしまったら、と。これまでアンノウンの殆どがアギトによって倒されてきた。G3装着員としては情けない考えだが、もしアギトが失われてしまった場合、果たして誠だけでアンノウンと戦えるのか自信がない。
「あれ?」と小沢はカーゴ内を見渡し、
「ところで普段から影が薄いせいか今やっといないことに気付いたけど、尾室君は?」
何て酷い言い方を、と苦言を呈したいが、誠も今気付いた。「もう」と小沢は苛立ちを露わにして、
「置いてって私たちだけで戻りましょうか?」
「それは流石に………」
噂をすれば何とやら。丁度そこへ尾室がカーゴに入ってくる。
「ああ氷川さん、戻ってましたか」
「あんたどこで油売ってたのよ?」と小沢が言うと尾室は口を尖らせる。
「失敬な、科捜研に行ってたんですよ。これを調べに」
ずい、と尾室はポリ袋に入ったUSBメモリを示す。
「それがどうしたって?」
面倒臭そうに小沢が訊く。「ええ、変だと思いませんか?」と尾室はベンチに腰掛け、
「3年前に殺害された高海氏は、何故何も映っていない映像を隠しておかなければならなかったのか」
確かにそれは気になっていたことだ。ただ暗闇とノイズだけのデータに、高海伸幸は何の意味を見出していたのか。
「実は、初めてこれの映像を見たときから、ある違和感を抱いていたのですが………」
顎に手を添える尾室の仕草が芝居じみて滑稽に見えたのか、小沢は吹き出しながら、
「ちょっとあんた何カッコつけてんのよ。言いたいことあるならさっさと言いなさい」
「だから音ですよ音!」
いつもの調子に戻った尾室に、誠は「音?」と尋ねる。
「はい。これの映像、殆ど聞き取れないくらいの声が入っていたんです。増幅して録音してきましたから、聴いてみてください」
そう言って尾室はポケットからICレコーダーを出して再生ボタンを押す。ざざ、というノイズが流れ始め、カーゴ内に響く。
「何よ、何も入ってないじゃない」
小沢が言うと尾室はすかさず「しっ」と人差し指を口に当てる。再び沈黙のなかノイズだけの時間が訪れ、しばらく経ってレコーダーからようやく女性の声と認識できる音が紡ぎ出された。
『……………こっちに来て……――こっちに来て……――こっちに来て………――』
3
スカイツリーにシンボルの座と電波塔としての役割を譲っても、東京タワーは現役で稼働していた。非常時の予備電波塔に切り替わり、塔周辺に展開していた商業施設の多くが撤退している。それでも長く東京のシンボルであり続けた赤い塔の大展望台には、かつてよりは慎ましやかだが観光客もいる。
デッキから見下ろせる
「この街、1300万人も人が住んでいるのよ」
「そうなんだ」と曜はがらんどうに答えた。語っておきながら、梨子もその人口数の意味することをよく理解できていない。
「って言われても、全然想像できないけどね」
「やっぱり違うのかな? そういう所で暮らしていると」
曜の質問に梨子はどう答えたらいいか分からない。自分も以前は、この街に住む1300万人のひとりだった。だからといって、沼津に住む曜や他の面々と意識の相違があるとも思えない。
「どこまで行ってもビルずら」
すぐ隣で花丸の声が聞こえる。ルビィの声も。ちらりと横目で見ると、ふたりは双眼鏡で街を見ている。
「あれが富士山かな?」
「ずら」
沼津ではすぐ近くに大きく見える富士山も、東京では遠くて小さい。
結論から述べると、イベントでのAqoursのパフォーマンスは失敗に終わった。大きなミスは犯さなかったが、成功と失敗の2択だと失敗に天秤は傾いた。
曲が終わった後に観客から向けられたのは、Saint_Snowの時とは分かりやすいほどに慎ましやかな拍手だった。まるで子供のお遊戯会を労うような。こんな大勢の前でよく歌って踊れたね、というお世辞の拍手。
「ふっふっふ………」
後ろから不気味な笑い声が聞こえる。振り返ると、感傷なんて微塵も感じられない善子が、昨日購入したマントとアクセサリーを身に着けて不敵に笑っている。
「最終呪詛プロジェクト、ルシファーを解放。リトルデーモンを召喚!」
すっかり堕天使を楽しんでいるらしい。「かっこいい」と呟くあたり満足のいく出来に仕上がったようだ。さっきのステージで披露したのは堕天使とは無縁の『夢で夜空を照らしたい』だったから、ここで発散させたいのだろう。一種のガス抜きだ。
「善子ちゃんは元気だね」
ルビィが言うと善子はすかさず、
「善子じゃなくて、ヨ・ハ・ネ!」
はあ、と梨子は深く溜め息をつく。善子と同じくらい気持ちの切り替えができたらどれほど幸せなことか。
「お待たせー!」
いつもの明るい声で、千歌がアイスクリームの箱を抱えて駆け寄ってくる。
「何これ凄い、キラキラしてる!」
普段と変わらない様子が、尚更に梨子の裡を重くする。曜も同じらしく、「千歌ちゃん……」と消え入りそうに呼びかけるも当の本人には届いていないのか、千歌は皆にアイスを配り始める。
「それにこれもすっごい美味しいよ。食べる?」
沼津にはアイスクリームパーラーが無いから、こういったコンビニ以外で買えるアイスは珍しい。でも、アイスを受け取る面々の表情はどれも暗くて重い。
「全力で頑張ったんだよ。わたしね、今日のライブ今まで歌ってきたなかで出来は1番良かった、って思った。声も出てたし、ミスも1番少なかったし」
それは梨子も感じていたことだ。出来は良かった。これまでで1番のパフォーマンスと言っていいほどに。あくまでAqoursとしては。「でも――」と言いかけるが千歌は遮るように、
「それに、周りは皆ラブライブ本戦に出場しているような人たちでしょ? 優勝できなくて当たり前だよ」
こんなものが、千歌の言葉なのだろうか。スクールアイドルが好きで、μ’sのように輝きたいと願って、ラブライブ出場に向かって走る千歌が、こんなことを言っていいのだろうか。
梨子は反論する。とはいえ、言葉を追うごとに声が弱くなっていったが。
「だけど、ラブライブの決勝に出ようと思ったら、今日出ていた人たちくらい上手くならないといけない、ってことでしょ………?」
「それはそうだけど」と千歌は言いかけるが、畳みかけるように曜が、
「わたしね、Saint_Snow見たときに思ったの。これがトップレベルのスクールアイドルなんだ、って。このくらいできなきゃ駄目なんだ、って。なのに入賞すらしていなかった。あの人たちのレベルでも無理なんだ、って」
ライバルなのに魅了されてしまうほどのパフォーマンスをしてみせたSaint_Snowでも、優勝どころか上位入賞を逃した。イベントの勝者として優勝盾を受け取ったのは、スクールアイドルのソーシャルサイトでのランキング上位に座しているグループだった。既に人気を得たグループが観客の支持を集めるのは当然と言える。
「それはルビィもちょっと思った」
「マルも………」
沈んだふたりに反して、善子は「な、何言ってるのよ」と腕を組み、
「あれはたまたまでしょ? 天界が放った魔力によって――」
「何がたまたまなの?」
「何が魔力ずら?」
とルビィと花丸が双眼鏡で善子の顔を覗き込む。「いや、それは――」と頬を染めながら善子がそっぽを向くと、ふたりはようやく笑みを零した。
「慰めるの下手すぎずら」
「な、何よ! 人が気利かせてあげたのに!」
「そうだよ」と言う千歌の声は、まるで自身に言い聞かせているように梨子には思えた。
「今はそんなこと考えてもしょうがないよ。それよりさ、せっかくの東京だし皆で楽しもうよ」
とてもじゃないけど楽しめないよ。こんな、皆が上辺だけの笑顔で取り繕ったところで、どこへ行っても楽しめるはずがない。
着信音が聞こえた。千歌のスマートフォンらしく、端末をタッチして耳に当てる。
「高海です。………え? はい、まだ近くにいますけど」
4
沼津に戻ったGトレーラーは市内の病院に直行した。昨日アンノウンに襲われた時間帯を考えると、翔一は余命1時間もない。にも関わらず、バイクで病院に来た翔一はあっけらかんとした笑顔で「こんにちは」と氷川に挨拶し、誠と共に検査に立ち会う小沢とも互いに自己紹介した。
「氷川君と働いてる小沢澄子よ」
「津上翔一です」
何故小沢も検査に立ち会うことになったのかというと、彼女が単純に翔一に興味があるとのことだった。天才である小沢の目に翔一はどう映っているのだろう。よほどの大物か、ただ呑気なのか。もしかしたら、また別の人物像を捉えるのかもしれない。少なくとも誠には、やはり呑気にしか見えない。
昨日と全く同じ検査が行われたわけだが、結果は異常なし。心臓付近に確かにあったはずの異物は跡形もなく消滅していた。初めから無かったかのように。本当に異物なんてあったのか、と医師が疑うほどだった。
「そっかあ、やっぱり治ってたんだ」
検査を終え、診察室に張り出されたレントゲン写真を見て翔一は自分の胸をさすり、
「何かこの辺がすっきりしたなあ、って思ってたんです」
「良かったわね、本当に」と小沢は翔一に笑みを向けると視線をレントゲン写真へと戻し、
「それにしてもこの短時間でこうも綺麗に金属異物が消滅するとはね。やっぱりこの異物の存在はアンノウンの力によって支えられていた、ってことでしょうね」
金属異物を取り出して分析したわけじゃないからまだ仮説の域を出ないが、的中していたら本当に翔一は危ないところだった。今頃は誠の目の前で凍死していたかもしれない。
「君はアギトがアンノウンを倒したと言いましたが――」
誠の続きを小沢が身を乗り出す勢いで引き継ぐ。
「それなのよ。君の目から見て何か気付いたことはない? アギトとアンノウンについて。彼らについてはまだ何も分かっていなくてね。どんな小さな情報でも欲しいんだけど」
「そういわれても………」と翔一は顔をしかめ、
「俺もアンノウンについて知りたいんですけど」
「アギトは?」と誠は訊いた。
「アギトに関してはどうです? どんな印象を持ちました?」
「アギトですか………」
翔一は更に顔をしかめる。命を救ってくれた恩人なのだからきっと感謝の念を抱くと思っていたのだが、翔一はさも興味なさげに、
「まあ……、別に」
「別に? 君はアンノウンには興味があるのに、アギトには関心がないと言うんですか?」
思わず語気を強めて詰め寄ると翔一は手を振りながら、
「いやそんな大した奴じゃありませんよ」
「アギトに助けてもらったのに何故そんなことを言うんです? 君には感謝の念というものが無いんですか?」
「あれ氷川さん、何だってそんなムキになるんです? もしかしてアギトのこと好きなんですか? やだなあ」
何で翔一が照れているのか分からない。大体論点は誠でなく翔一のアギトに対する情だろう。
「君は――」
言いかけたところで誠は口を止めた。何を言っても翔一には無駄な気がする。助け船を求めに小沢のほうを向いたが、彼女は面白そうに誠と翔一を見て笑っている。
「あ、そうそう」と翔一は思い出したように、
「氷川さんさっきまで東京行ってたんですよね?」
「ええ、そうですが」
「どうでした千歌ちゃん達。ライブ盛り上がってましたか?」
「ああ、済みません。彼女たちの出番が来る前に戻ったので」
「そうですか……」と翔一は少しばかり残念そうな顔を見せるもすぐ笑顔になり、
「でも頑張ってましたしね皆。早く帰ってケーキ作らないと。ありがとうございました」
そう言って翔一は軽い足取りで診察室を出て行く。出口に向かってロビーを歩くその背中を見送りながら小沢が開口一番に、
「面白い子ね。気に入ったわ」
「彼がですか?」
一体彼のどこに面白味を見出したのか。天才という人間の感性は凡人の誠には理解できない。もしかして小沢と翔一は波長が合うというのだろうか。だとしたら翔一も呑気ではなく本物、ということか。
「氷川君はああいう子と付き合ったほうが良いわね。きっとあなたのプラスになるから」
「そんな、まさか」
勘弁してほしい。翔一と話すと疲労度が一気に増す。体力も気力も削っていく彼との交流が一体誠に何をもたらすのか。小沢がそれを見出したのなら正体を教えてほしいところだ。
「それにしても、どうせ無事なら戻る前に観てくれば良かったわね。アイドルイベント」
「別にいいですよ。アイドルには興味ないですし」
「そう?」と小沢は誠をじ、と見上げてくる。何もかもが見透かされそうで視線を逸らしたいが、そうしたところで効果はないだろう。
「案外氷川君はハマるかもしれないわね。そういった息抜きもプラスになるわ」