ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
沼津駅に到着する頃には、もう陽が暮れかけていて空が藍色になっていた。駅前で故郷の空気を味わうようにルビィが「戻ってきたあ」と溜め息交じりに告げる。花丸も胸を撫でおろしながら、
「やっと『ずら』って言えるずら」
「ずっと言ってたじゃない」
「ずらあ!」
善子との漫才じみたやり取りを見て、梨子も戻ってきたんだな、という実感が沸いた。
「おーい!」という大勢の声が聞こえて、商店街のほうを向く。そこにはクラスメイト達が集まっていて、「お帰りー!」と声を揃えながら梨子たちのほうへ駆け寄ってくる。
「どうだった、東京は?」
いつきが訊いた。「ああ、うん……」と千歌は最初こそ歯切れが悪かったがすぐにいつもの調子を取り戻し、
「凄かったよ。何かステージもキラキラしてて」
「ちゃんと歌えた?」とむつが訊いて、「緊張して間違ったりしなかった?」といつきも質問を重ねてくる。
「うん、それは何とか」
応えた曜が「ね?」と目配せしてきて、意図を汲み取った梨子も「そうね」と調子を合わせる。
「ダンスのミスも無かったし」
「そうそう」と千歌が総括するように言った。それ以上の追求を避けようとしているかのように。
「今までで1番のパフォーマンスだったね、って皆で話していたところだったんだ」
「なあんだ、心配して損した」とよしみが安心したように言う。むつが興奮した様子で訊いてくる。
「じゃあじゃあ、もしかして本気でラブライブ決勝狙えちゃう、ってこと?」
そのとき、千歌の表情が固まった。梨子たちにしか気付くことのできない変化に目を向けることなく、クラスメイト達は盛り上がっている。
「そうだよね。東京のイベント、呼ばれるくらいだもんね」
止めることなんて梨子にはできなかった。止めれば本当のことを明かさなければいけなくなる。本当は失敗だったの。お客さんは誰もわたし達に投票してくれなかったの。ラブライブは諦めたほうが良い、って言われたの。
「そうだね。だと、良いけど」
千歌は当たり障りなく応じた。応援してくれたこれだけの人達を失望させたくない。そんな彼女の想いが痛いほど伝わってきて、梨子の胸を締めつける。
どうして、何も言ってあげられなかったんだろう。
それは梨子の自身に向けた問いだった。昨晩の千歌は不安を打ち明けてくれたのに、梨子はどうして何もかけるべき言葉を見つけられなかったのだろう。失敗したときの絶望を乗り切る術を知っていたら、こんな気分にはならなかったかもしれない。クラスメイト達に矮小な嘘をつくこともなかったかもしれない。
「お帰りなさい」
その声に向くとダイヤが立っていた。「お姉ちゃん………」とルビィが呼ぶと、ダイヤは普段とは全く異なる優しい微笑を浮かべる。笑うと凄く美人さんね、と梨子は思った。
嗚咽が聞こえてくる。それを漏らしたのはルビィで、彼女は目に溜めた涙を弾かせながら姉の胸に飛び込んだ。ダイヤにはそれで全てが伝わった。いや、ダイヤはここに来た時点で察していたのかもしれない。彼女は驚くことなく、抱き留める妹の頭を優しく撫でているのだから。
「よく頑張ったわね」
わたくしの前では、何も隠すことはありません。ダイヤはまるでそう言っているようで、ルビィの涙を優しく受け止めていた。
2
話を聞くのは少しだけ。
そう決めていたのだが、陽が暮れたせいか長く話を聞いていたように思える。時間が経ったのはドルフィンハウスから移動したせいかもしれない。両親に涼の存在を知られるのは避けたい。
街灯の光だけが頼れる夜のなかで、涼の開いた手帳の字が目を凝らさなければ見えないほど宵闇は深くなっていた。ページには確かに「松浦果南」という名前とドルフィンハウスの住所が綴られている。同じページには果南だけでなくダイヤと鞠莉の名前と住所まで。ぞわり、と背筋に走る悪寒を抑えながら果南は尋ねる。
「じゃあ、亡くなった涼のお父さんがこのリストを持ってた、ってこと?」
「ああ、父の遺品の中にあった。父は死ぬ1年半前に、あかつき号というフェリーボートに乗って事故に遭った。そしてその直後に消息を絶ち、死んだ」
そこで涼は手帳を閉じ、果南に以前よりも疲れ切った目を向ける。
「聞き覚えはないか? あかつき号という名前に」
あかつき号。
裡でその船の名前を反芻するも、果南には全く思い当たる節がなかった。「知らない」と首を横に振ると涼は手帳を示し、
「じゃあ何故ここにお前の名前があるんだ? 何か隠してるんじゃないか? お前もあかつき号に乗っていた。一体あかつき号で何があったんだ?」
「いい加減にしてよ」
沸々とした怒りを露わにしながら果南は言い放つ。
「お父さんのことは気の毒だけど、わたしを巻き込まないでよ。それ、わたしに会うための嘘なんじゃないの?」
「違う、俺は――」
「ごめん、わたし用事あるから」
逃げるように果南は目的の場所へと歩く。後ろから涼が強引に手を引いてきたら大声でも出して人を呼ぼうとまで考えたが、涼はそうしなかった。それが尚更果南の胸を締め付ける。涼がもっと酷い男だったら、こんな想いをしなくて済むのに。もっと清々しい気持ちで、彼から離れることができるのに。
狩野川に沿って吊られた提灯が優しい光を放っている。祭り当日までは期間があるが、準備を早めに行うことから大きな祭りなのだろう。東京と違って沼津で多くの人が行き交うのは、祭りやイベントのほんの一時だけ。間もなく街は眠るだろう。
「得票、ゼロですか」
護岸が整備された川岸の階段に腰掛け、全てを聞いたダイヤは穏やかに言う。労いとも慰めとも取れるその声色に梨子は「はい……」と返した。
「やっぱりそういう事になってしまったのですね。今のスクールアイドルの中では」
どういう事なのか。梨子は俯いていた視線をダイヤへ向ける。ダイヤは膝の上で眠るルビィの背中を撫でている。ルビィは気持ちようさそうに寝息を立てていて、その姿がまだ幼子のように映った。
「先に言っておきますけど、あなた達は決して駄目だったわけではないのです。スクールアイドルとして十分練習を積み、観てくれる人を楽しませるに足りるだけのパフォーマンスもしている」
これまで彼女から向けられてきた言葉を顧みると、まるで手の平を返しているように聞こえる。でも、決して意気消沈した梨子たちを気遣っての安い慰めではないはず。彼女がその評価を下してくれているのなら、事実Aqoursは東京スクールアイドルワールドに出場するに相応しい実力があったということ。
「でも、それだけでは駄目なのです。もう、それだけでは………」
「どういう事です?」と曜が訊いた。ダイヤは即答する。
「7,236。何の数字か分かります?」
それに答えたのは善子だったのだが、
「ヨハネの――」
「違うずら」
「突っ込みはや!」
善子と花丸の漫才に少しだけ気分が和んだのか、ダイヤは微笑を零して続ける。
「去年、最終的にラブライブにエントリーしたスクールアイドルの数ですわ」
あまりの数字の大きさに、梨子はとても鵜呑みにはできなかった。現在スクールアイドル・ソーシャルサイトに登録されているグループよりも遥かに多い。アカウントを作らなくても活動はできるが、それを加味すれば日本で活動しているスクールアイドルはかなり膨大な数に昇りそうだ。
「第1回大会の10倍以上」
「そんなに………」と千歌は上の空のように応じる。第1回ラブライブは数年前、μ’sが活動していた頃に開催された。優勝したのは当時から既に絶大な人気を誇っていたA-RISEで、μ’sは出場しなかったらしいのだが。
「スクールアイドルは確かに、以前から人気がありました。しかし、ラブライブの開催によってそれは爆発的なものになった。A-RISEとμ’sによってその人気は揺るぎないものになり、アキバドームで決勝が行われるまでになった。そして、レベルの向上を生んだのですわ」
出場グループが増えて競争率が高まれば、必然的に全体のレベルは上がっていく。どのグループもA-RISEやμ’sのようなスクールアイドルを目指し、彼女たちのように輝きたい、と。当時の10倍以上にまで競争率が膨れ上がった今は、言うなればスクールアイドル全盛期。スクールアイドルは芸能事務所に所属していないアマチュアなのだが、全体的なレベルはもはやプロに匹敵していると言って良い。
「あなた達が誰にも支持されなかったのも、わたくし達が歌えなかったのも、仕方ないことなのです」
「え?」と梨子は目を丸くする。梨子だけでなく、この場にいる皆が同じだった。ルビィも目を覚ましたのか、寝息が止まる。
「歌えなかった?」
千歌が反芻した。「どういう事?」と善子も問う。
ダイヤは語ってくれた。それが自分のものだろうが他人のものだろうが関係なしに、物語を読み聞かせるように淡々と。
「2年前、既に浦の星には統合になるかも、という噂がありましてね」
それは浦の星女学院にかつて存在していた、もうひとつのスクールアイドルの物語。
ダイヤと果南と鞠莉が入学した年、浦の星女学院の入学者は既に定員を大幅に下回っていた。入学試験なんてもはや形骸化していて、学費さえ積めば簡単に入学することができるほどに。入学した時点で空き教室が物置として使用されている学校では、どこから発したのか分からない統廃合という雰囲気が蔓延していた。
状況を打破するのに、ダイヤが出した案は勿論スクールアイドルだった。自分たちが広告塔となって入学希望者を増やそう、と。幼い頃から妹のルビィと共に憧れ続けていた、μ’sと同じ偉業を自分たちも成し遂げよう、と。
仲間として誘ったのは幼馴染でもある果南と鞠莉。幼い頃から習い事で歌と舞踊と嗜み、何よりもスクールアイドルを熟知しているダイヤ。ダイビングで鍛えた体力でダンスをすぐに習得できる果南。外国の血を受け継ぎ日本人離れした外見が華やかな鞠莉。この3人が揃えば絶対にできる、と確信していた。勧誘当初こそスクールアイドルに関心がなかった鞠莉に断られたが、そこは果南が入るまでハグする、と強引に引き入れた。
季節は夏に入る頃で、その年のラブライブ開催が発表されたのとほぼ同時期。ソーシャルサイトにアップロードしたダイヤ達の初めての曲は好評で、一時的にだがランキング上昇率1位にまで跳ね上がった。グループの人気ランキングではいきなり99位に潜り込み、東京スクールアイドルワールドの出場権を勝ち取るほどにまでなった。
順調にスターダムを駆け上がっている、と当時は思っていた。このままイベントで知名度を上げて、ラブライブに出場し、優勝を沼津へ持ち帰る。次の年度からは入学希望者が爆発的に増え、自分たちは学校を救いμ’sの再来と謳われる、と浮足立っていた。
「でも、歌えなかったのですわ」
それが、ダイヤ達の物語の結末だった。
「他のグループのパフォーマンスの凄さと、巨大な会場の空気に圧倒され、何も歌えなかった」
その悲しい結末を告げたダイヤは、どこか寂しそうに梨子の目には映った。いや、寂しいに違いない。幼い頃から憧れていた夢に近付いたと思ったら、一気に絶望へと突き落とされた。自分の未来を明るくしてくれる、と信じた夢にダイヤは裏切られてしまった。裏切りに対して怒っても、憎んでも、それは誰にも向けることができない。強いて向けられるとしたら、それは夢を見てしまった自分自身だ。
「あなた達は歌えただけ立派ですわ」
全てを悟ったのか、曜が訊く。
「じゃあ、反対してたのは………」
「いつかこうなると思っていたから」
梨子の裡で、ダイヤにこれまで向けられていた言葉が、全く別の意味へと変わった。
――これは今までのスクールアイドルの努力と、街の人達の善意があっての成功ですわ。勘違いしないように――
あのファーストライブの直後に告げられた言葉を思い出す。あれは熱心なファンとしての苦言ではなく、スクールアイドルの先輩としての警告だった。このまま続けても自分たちと同じ轍を踏むだけ。二度と這い上がれない奈落にまで落ちてしまうことになる。自分の前でそんな様を見せてくれないでほしい。誰も自分たちと同じ想いをしないでほしい。
歌えただけ立派と評されても、慰めにはならない。ダイヤもきっとただ純粋に評価しただけで、慰めの意図なんて無いのだろう。
全力も出せずに下されたゼロと、全力を出してのゼロは全く意味が違うのだから。
3
ホテルオハラへの潜入ルートは、海路の他に陸路もある。幼い頃にダイヤと共に鞠莉を迎えに行くため、よく使っていたルートだ。同じルートを使えば鞠莉の親に見つかってしまうことも見越して、何通りかを切り開いている。子供だったから杜撰なところはあるが、成長した今でも陸路はなかなかに見つかりにくい有効な道程だった。
小原家プライベート用のヘリポートと併設された船乗り場に着くと、果南は持参してきた懐中電灯を点滅させる。しばらく待っていると、モールス信号を受け取った鞠莉が部屋着のワンピース姿でやってきた。
「いつ以来かな、こうやって呼び出されるの」
懐かしむように言う鞠莉に苛立ちを覚えながら果南は言う。
「ダイヤから聞いた。千歌たちのこと」
「そう」とだけ何の気なしに鞠莉は応じる。鞠莉は理解しているはずだ。東京スクールアイドルワールドに行かせること。あのステージで叩きつけられる挫折を。
「どうするつもり? わたしもダイヤもずっと離れていたのに。千歌たちにスクールアイドルやらせて――」
「その何が悪かったの?」
波の飛沫が降りかかってくる。上等な服が濡れるのも構わず、鞠莉は果南と対峙する。
「街の人も学校の人も、School Idolだと応援してくれたじゃない」
「ライブも上手くいったしね………」
千歌たちAqoursのファーストライブは果南も見ていた。成功して良かった、という想いは確かにある。同時に不安もあった。このまま順調にソーシャルサイトの順位を上げたら、いずれ東京のイベントに呼ばれる日が来る。そこでレベルの高さと現実を目の当たりにしてしまうだろう、と。こんな事になるならわたしも止めればよかった、と果南は遅れた後悔を噛む。
「でも、外の人にも観てもらうとか、ラブライブに優勝して学校を救うとか、そんなのは絶対に無理なんだよ」
それは自分たちで立証されたはず。現実を前にして、一介の高校生でしかない自分たちは無力だった。挫折から這い上がれず、同じ人間を生むまいと芽を摘み取りながら今まで過ごしてきた。それが最善だと思っていたのに、鞠莉は戻ってくるといきなり場をかき乱している。
「だから諦めろ、っていうの?」
「わたしはそうすべきだと思う」
続きを告げようとしたとき、果南は鞠莉の仕草に目を剥いた。細くしなやかな両腕を広げて、鞠莉は果南を迎え入れようとしている。
「果南……」
きっと、ダイヤにも手を差し伸べたに違いない。彼女がその手を取らなかったのは想像がつく。ならば果南は。答えは決まっている。
つかつかと果南は鞠莉へと歩き、彼女の横を素通りする。すれ違い様にさっきの続きを告げながら。
「誰かが、傷付く前に」
もう誰も傷付いてほしくない。それが千歌なら尚更だ。妹のように想ってきたあの子の笑顔を奪わないで。
「………わたしは諦めない」
背後から波の音に消されそうなほど弱い声が聞こえてきたが、果南は足を止めなかった。止めてしまったら全てが無駄になる。立ち止まってはいけない。鞠莉と同じ道を歩いてはいけない。背にした彼女が泣き喚いていると分かっていても。
「必ず取り戻すの、あの時を! 果南とダイヤと失ったあの時を! わたしにとって……、宝物だったあの時を………」
もう鞠莉の声は聞こえない。波の音しか響いていなかった。誰の耳にも届くことはないと分かっていても、果南は口に出さずにいられなかった。鞠莉とダイヤと千歌と、そして自分自身に向けたその言葉を。
「奇跡なんて起きないんだよ」
ホテルオハラの敷地を出てすぐ、宵闇に溶けそうな人影を見つけた。見知った人物ではあったが、果南は警戒の目を向けながら影に告げる。
「しつこいね、本当に」
慣れたものだ、とでも言いたげに影は月光の当たる場所へと出てくる。
「そこが良い所さ、俺の」
そういえば、と果南は思い出す。涼の手帳にはダイヤと鞠莉の名前もあった。
「お願い涼。鞠莉とダイヤには会わないで。わたし達、いまそんなに余裕ないから」
「なら教えてくれ。何故死んだ父の手帳に果南の名前があるんだ?」
涼はじ、っと果南の瞳を見つめてくる。その真剣な眼差しがどうしても嘘を付いているとは思えなかった。でも嘘でないとしても、どうして涼の父が果南とダイヤと鞠莉を知っていたのかは本当に分からない。
「ねえ、涼のお父さんがあかつき号に乗ったのって………」
「今から2年前だ」
だとすると、果南たちが東京スクールアイドルワールドに出場したのとほぼ同時期だ。確か、それからしばらく経って涼がドルフィンハウスに初めて訪れた。でも、涼と出会ったのは夏休みに入ってから。イベントと出会いの中間。数週間ほどの期間が空いているのに、その辺りの記憶がどうにも曖昧だ。何の当たり障りもない日々だったから忘却してしまったのか。そういえば、夏休みの間は両親からとても心配されていたような気がする。果南が店の手伝いをしようとすれば「大丈夫?」と母は気遣っていた。
「………思い出せない、何も」
駄目だ。思い出せないものはどうしようもない。しかし何故覚えていないのか。ぽっかりとその領域だけ穴が空いたみたいだ。
「果南!」
唐突に、涼が果南を突き飛ばした。数舜前まで果南がいた所に、暗闇から異形の存在が飛び込んでくる。前とは違う。目の前にいるのはまるでジャッカルのような鋭い歯を剥き出しにした個体だった。逃げなくちゃ。そう思ったときには遅く、ジャッカルの怪物は鋭い爪が伸びた手を果南へ振り降ろす。
その手が、横から伸びてきた涼の腕によって阻まれた。一回り大振りな剛腕を涼は容易く弾き、果南と怪物の間に割って入る。
「変身!」
涼は変身した。あの時と同じ、明らか人間ではない緑と黒の筋肉を纏った生物に。
怪物は涼に拳を突き出した。涼の反応は拳よりも早く、伸びてきた腕を右脇で挟み込み動きを封じて顔面に何度も左の拳を叩きこむ。追撃で腹を蹴り飛ばし、ようやく両者は離れた。すぐさま立ち上がった怪物は頭上に浮かぶ光輪から垂れてきた棒のようなものを手に取って引き抜く。身の丈ほどもある棒の先には大振りの鎌があって、涼の接近を拒むように前へ切っ先を向ける。
涼もまた武器を取った。両手首から鋭い刃が伸びて、月光をぎらりと反射する。振るわれた鎌が涼の刃に弾かれた。怪物は足元に鎌を一閃するが、跳躍で避けられ宙を切る。そしてがら空きになった胸元に着地と同時に降ろされた涼の刃が走った。
よろめいた怪物の胸から腹にかけて引かれた一筋の傷から血が垂れる。胸を抑えつけ、怪物は海へと飛び込んだ。
恐ろしいほど静かになり、波の音が際立つ。涼は敵が浮上してこないかずっと赤い両眼で海面を見つめていたが、やがてその姿を元に戻す。人間の姿に戻った涼は崩れるように膝をついた。咄嗟に果南は駆け寄り、粗い呼吸を繰り返す彼の肩を支える。
「涼! 涼‼」
果南の呼びかけに応じるように涼は地面に手をつき、懸命に体を持ち上げようとする。でもその腕も崩れ、涼は頭を地面に垂らした。