ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
ゼロから1へ。
そのスローガンを掲げたAqoursに、次のステージの話は早いうちに舞い込んできた。
「夏祭り?」
練習前の打ち合わせで、その話を聞いたルビィが期待を込めた声色で反芻する。この日の打ち合わせの場は沼津に開店したばかりの花村ベーカリー。学校が閉まっている日曜日での話し合いはそれなりの広さがあって集まりやすい十千万と決まっているのだが、この日は翔一のバイト先を見たい、というメンバーの創意だった。パン屋は朝に昼食を買うお客が多いためか開店が早い。朝の繁盛期を過ぎた店内でお客は千歌たちしかいなかった。
「屋台も出るずら」
練習前の栄養補給に、と購入したミルクフランスパンを頬張りながら花丸が言う。日本という四季のある国柄、夏祭りという行事はどこの地域にもある。祖先の霊を祀る時期に催される行事の由来は多くの土地では死者を弔うことにあるのだが、現代においては地域の憩いの場や土着文化の維持という意味合いが強い。花丸のように屋台に並ぶ食べ物を楽しむ場でもある。
「これは……、痕跡。僅かに残っている気配………」
丸テーブルに頬を摺り寄せながら善子が何やら呟いている。正直何を言っているのかは分からない。この様子の原因をルビィが述べた。
「どうしよう。東京行ってからすっかり元に戻っちゃって」
「ほっとくずら」
かたん、という軽い音に千歌は陳列スペースへと振り向く。エプロンを着て頭にバンダナを巻いた、普段と殆ど変わらない出で立ちの翔一がクロワッサンを乗せたトレーを置いている。
千歌は席から立って、焼き立てのパンの香りを近くで楽しむ。
「良い匂い」
「だろ?」と翔一は得意げに笑い、
「なんせうちは厳選した素材を使った手作りでさ。そこらの店とは違うんだ。特にほら、このピクルスサンドなんて絶品でさ」
「自分のお店じゃないんだから」
そう指摘しながらも、千歌はどこかで安心していた。十千万の外に出てしまったら、翔一は変わってしまうかもしれない。でも、こうして笑顔で店に立つ翔一はいつもと同じ。そもそも不安になることなんてなかったのかもしれない。アギトに変身しても、翔一は翔一のままなのだから。
「いやそうだけど、でも本当親父さんの腕が良くって」
「ねえ親父さん」と丁度厨房から焼き上がったパンのトレーを手に出てきた店主に言う。
「無駄口叩いてないで仕事しろ。それから親父さんて呼ぶのやめてくれ。まだそんな歳じゃない」
「すいません」と苦笑しながら翔一はトレーを受け取った。そこでテーブルから曜の声が飛んでくる。
「千歌ちゃんは夏祭りどうするの?」
危うく忘れそうになった議題に「そうだねえ、決めないとねえ」と気のない返事をする。沼津の夏祭りでは地元の学生による催し物もイベントとして組み込まれている。恒例が吹奏楽部の演奏会なのだが、今年は東京のイベントに出たということでAqoursに市役所の運営委員会から出演依頼が来た。得票ゼロではあったが、あのイベントでAqoursにも箔が付いたということか。
「沼津の花火大会ていったら、ここら辺じゃ1番のイベントだよ。そこからオファーが来てるんでしょ?」
今年が祭り初参加の梨子に、曜が説明する。狩野川の河口から打ち上げられる花火は、街中でも間近に見られる迫力から人気は高い。「Aqoursを知ってもらうには1番ずらね」と花丸の言う通り、多くの観客にAqoursを観てもらう絶好の場だろう。悪くはないのだが、唯一かつ最大の不安要素をルビィが言う。
「でも今からじゃあまり練習時間ないよね」
それは致命的な問題だ。既にある曲だと面白味に欠けるから、どうせなら新曲が良い。でも祭りの日まであまり期間は無い。作詞作曲にダンス考案に衣装作成。曲作りでやることはとにかく多い。
「わたしは、今は練習を優先した方が良いと思うけど」
梨子の意見は後ろ向きとも取れるが、現状ではそれが最も堅実だ。地方の祭りだからといって、中途半端なパフォーマンスはできない。焦らず実力を磨くべき、ということ。
「千歌ちゃんは?」
曜から促され、千歌はいま1度自身の想いを確認してみる。現実的に考えて梨子の意見に沿うのが最善だが、夏祭りというイベントは年に1度だけ。披露の場を与えられる機会なんてそうそうない。
「わたしは出たいかな」
期間はなくても、絶対に不可能というわけじゃない。要は気持ちの問題だ。出たいか出たくないか問われたら、出たいに決まっている。理由なんてそれで十分だ。
「そっか」と曜が嬉しそうに笑う。「千歌ちゃん……」と消極的だった梨子も同じだった。
「今のわたし達の全力を見てもらう。それで駄目だったらまた頑張る。それを繰り返すしかないんじゃないかな」
また誰からも支持されないかもしれない。その恐怖はある。でも、泣いてもこの面々が千歌と一緒に泣いてくれる。絶望の底に落ちても引っ張り上げてくれる。そう思うと活力が溢れてきた。皆で一緒に歩く。互いに手を引いて、背中を押していけばいい。
「ヨーソロー! 賛成であります!」
敬礼する曜に続いて他の皆も笑顔で頷く。胸の奥を満たす思慕に、千歌は満面の笑みを向けた。
でもすぐに、もやもやとした溜まりが裡で
果南は毎朝、淡島神社への長い石段をランニングコースとして走っていた。Aqoursも練習メニューに組み込んでいるそのコースを、その日千歌ははいつもより早い時間帯に訪れた。普段ならすれ違いになる時間。山頂にある拝殿まで行ってようやく果南と会うことができた。
拝殿の前で立っていた果南は、粗い千歌の息遣いに気付いて振り向きただ一言だけ、
「練習、頑張ってね」
それだけ笑顔で告げて、果南は階段へと走り出そうとした。
「やってたんだよね、スクールアイドル」
千歌の質問に果南は足を止めて「聞いちゃったか……」と呟き、
「ちょっとだけね」
またも一言だけで階段を駆け下りていった。千歌が更に追求しようとしても、果南の背中はすぐに遠ざかっていった。
「どうしたの?」
思い悩んでいることが顔に出ていたのか、梨子が訊いてくる。
「果南ちゃん、どうしてスクールアイドル辞めちゃったんだろう?」
「生徒会長が言ってたでしょ」と善子が気だるげに、
「東京のイベントで歌えなかったからだ、て」
それは知っているし、ダイヤが嘘を告げたとも思えない。だからといって納得はしていなかった。
「でも、それで辞めちゃうような性格じゃないと思う」
「そうなの?」と梨子が訊く。「うん」と千歌は頷き、
「小さい頃は、いつも一緒に遊んでて――」
千歌は翔一と出会うより、父と死別するよりも更に昔を追憶する。幼い頃に海で遊んだ記憶。桟橋から海に飛び込むことを怖がっていた千歌に、先に飛び込んだ果南が水面から呼びかけていた。
――怖くないって千歌。ここでやめたら後悔するよ。絶対できるから――
志満と美渡に次ぐ3人目の姉のような存在。果南は実姉たちよりも千歌と歳が近く、傍に寄り添ってくれていた。
そのことを話すと「そうだったのね」と梨子が言う。千歌の知る果南はもっと勇気に溢れていて、例え大きな失敗をしても諦めるような人間ではなかった。それに、もうひとつ気掛かりなことがある。淡島神社で会ったとき、千歌に気付く前に彼女が発していた鼻をすするような声。
「果南ちゃん、あのとき泣いてたような………」
「果南ちゃんが? まさかあ」と曜は笑う。気のせいだろうか。果南が泣いている姿なんて千歌も見たことがない。
「もう少し、スクールアイドルやっていた頃のことが分かればいいんだけどなあ」
テーブルにうなだれると曜も溜め息交じりに、
「聞くまで全然知らなかったもんね」
それほど彼女にとっては酷な過去だったということか。ダイヤから聞かされなければこの先も決して知ることはなかっただろう。
そう、ダイヤから――
場にいる全員の視線がルビィに集中する。一斉に見られたことにルビィは「ピギッ」と小さな悲鳴をあげた。
「ルビィちゃん、ダイヤさんから何か聞いてない?」
千歌に続いて曜も、
「小耳に挟んだとか」
梨子も追い打ちをかけるように、
「ずっと一緒に家にいるのよね? 何かあるはずよ」
先輩たちからの追求にルビィはしばし口をまごつかせていたのだが、とうとう耐え切れなくなったのか店の外へ飛び出す。
「あ、逃げた!」
千歌が言うとすかさず善子も飛び出し、店先で追いつくと背後からプロレス技のコブラツイストで拘束する。
「堕天使奥義、堕天龍鳳凰縛!」
せっかく捕まえてもらって有難いのだが、生憎ここはよその店だ。溜め息と共に店先へ出た花丸が「やめるずら」と止めた。
「君たち、今は他にお客さんいないが静かにな」
1年生たちがテーブルに戻ってくるとき、店長から注意された。全員で「ごめんなさい」と謝ると、店長は叱り慣れていないのか罰が悪そうに頭をかく。棚からピクルスサンドを人数分取ってテーブルに置いてくれた。
「せっかく来てくれたんだ、ゆっくりしていきな」
「おお、さすが親父さん。懐が広いなあ」と翔一が茶々を入れてきた。
「代金は津上の給料から引いとくよ」
「ええ⁉」
「あと親父さんて呼ぶな」
不機嫌そうに顔をしかめる店長の顔を見て、自然と千歌は頬が綻ぶ。翔一もいずれはパンを焼いてこの店を任されるのだろうか。そう考えるとこれからが楽しみになってくる。
「ありがとうございます」
千歌は言った。店長は照れ臭そうに頭をかいて厨房に戻っていく。
本筋に戻ってルビィに尋ねると、彼女も本当に詳しくは知らないとのことだった。
「ルビィが聞いたのは、東京のライブが上手くいなかった、て話くらいです。それからスクールアイドルの話は殆どしなくなっちゃったので。ただ――」
「ただ?」と全員で続きを促す。どれほど皆の興味があるかというと、花丸がピクルスサンドを食べる手を止めるほど。
「鞠莉さんがうちに来て――」
その日、ルビィは客間にいるふたりのもとへお茶を運んでいた。部屋の前に着いたとき、ダイヤはこう言っていたらしい。
――逃げてるわけじゃありませんわ。だから、果南さんのことを逃げたなんて言わないで――
「逃げたわけじゃない、か………」
声に出してみても、千歌にはその言葉が意味することを見出せない。事の当事者でないのだから当然。3人のことは3人にしか分からない。
結局、本人たちから引き出す他ないことだ。
2
司がG3ユニットに加入して初めて参加する事件捜査は間もなくして訪れた。現場は沼津市街にあるコンビニの駐車場で、朝の通勤時間帯に被害者は焼死を遂げた。目撃したコンビニの店員によると、被害者はペットボトルのお茶を購入し店を出てすぐ、自動ドアの目の前で突然燃え上がったという。
死体は既に検死へと回されたが、現場には焦げ跡が人の形にくっきりと残されている。回収される前に白線が死体に沿って引かれたのだが、あまり必要性を感じない。
「何の理由もなく人体が発火する」
鑑識が記録を採取している死体の跡を見下ろしながら、苦々しく司が呟く。現場周辺を聞き込みしたところ可燃性ガスと思わしき異臭はなし。しかも燃えたのは被害者のみ。
「不可能犯罪。これがアンノウンの犯行か」
司は隣に立つ北條に尋ねる。
「それで、被害者の身元は?」
「それが、被害者の所持品は全て焼失し、今のところ手掛かりはありません」
聴取によると、コンビニの店員はよく被害者と顔を合わせていたらしい。だが顔を知っていても関係は店員と客。商品を買うだけで特に世間話をすることはなく、被害者がどこの誰かまでは情報を得ることができなかった。
「その袋は?」
北條が誠の手にある紙袋を見やる。
「被害者のものだと思われるんですが」
現場で唯一焼失しなかった遺留品。被害者がこの紙袋を所持していたことは、店員も認めている。恐らくは発火してすぐ被害者の手から離れたのだろう。多少煤がこびり付いているが、完全な状態で残っている。中身を覗いてみると、ラップで包装されたサンドイッチが入っている。
紙袋には商品の販売元が印字されていた。
花村ベーカリー
被害者はこの店でサンドイッチを購入したらしい。
昼食の時間帯ということもあり、花村ベーカリーは混雑していた。香ばしく焼かれた生地の香りに誘われて来店しているのは女性が多く、年齢層は幅広い。香りと暖色系の壁紙に彩られた店内は夏でも心地良い温かみがある。
女性ばかりの店内で、誠以外では唯一の男性である店員は慣れない手つきながら笑顔でレジを打っていた。
「津上さん!」
「あれ、氷川さん」
「何をしてるんですこんな所で」
「ちょっとバイトを」
接客中の翔一は紙袋にパンをトングで入れながら、
「氷川さんこそ……、ああお客さんですよね? いらっしゃいませ」
「それがですね………」
かき入れ時に厨房から呼び出された店長の花村久志は最初こそ不機嫌だったが、誠が警察手帳を出して自己紹介するとかしこまってカフェスペースでの聴取に応じてくれた。商品と一緒に入っていたレシートの発行時刻を伝えると、腕組みしながら聞いていた花村は「それなら……」と口を開く。
「石倉さんかもしれないな」
「石倉?」
「ええ。よく町内会で顔を合わせるんですが、よく仕事前にピクルスサンドを3つ買っていってくれたんです」
「詳しく話を聞かせてくれませんか?」
コンビニの店員よりは被害者との関係は深いようだが、やはり花村も被害者とは店主と客であまり私生活については知らないとのことだった。ましてや被害者が超能力者を持っていたか、なんてことは知るはずもない。だが、身元の手掛かりが見つかっただけでも収穫は大きい。
「親父さん、お願いします」
電話応対をしていた翔一に呼ばれ、花村は「すみません」と断りを入れて席を立つ。「親父さんて言うな」と悪態をつきながら受話器を受け取ったときに丁度、司と北條が店に入ってくる。
「どうです、氷川さん」
北條に尋ねられ、誠は手帳のページをペンでなぞりながら、
「ええ、被害者は石倉大介という人物と思われます。連絡が取れなければ親族と遺体のDNA鑑定を。それと親族への護衛も付けましょう」
パン屋の1日は朝が早く夜は遅い。夕方には閉店するのだが、その後は次の日に焼くパンの仕込みで営業時間と同じくらい店に留まらなければならない。翔一はバイトということもあって、閉店後の片付けを済ませれば仕事が終わる。十千万で家事全般をこなしていたお陰か、掃除は1時間も経たずに終えることができた。
「今日もお疲れさん。お茶でもしないか?」
この日、いつもなら夕飯の支度に早く帰ろうとする翔一に、花村はそう言った。
「その間の時給は出す。大事な話があるんだ」
「いや、いらないですよ。俺コーヒー淹れます」
花村ベーカリーではコーヒー豆も販売している。パンに合うブレンドを花村自らが吟味して、提携しているコーヒー店から仕入れているらしい。
翔一が「親父さんブレンド」と勝手に名付けたコーヒーを淹れると、花村は香りを楽しんでからゆっくりと啜った。
「君はコーヒーを淹れるのが上手いな」
「そうですか? お茶のほうが得意なんですけど」
仕事のときは厳しい顔ばかりだが、この時の花村はとても穏やかに笑った。翔一もコーヒーを一口啜る。甘い菓子パンや塩気のある総菜パンのどちらにも合う、苦味のなかにすっきりとした酸味のあるブレンドだ。
おもむろに、花村が鞄から出したキャンパスノートを差し出してくる。
「何ですかこれ?」
「うちのパンのレシピだよ」
受け取ってページを開くと、パンの作り方がイラスト付きで丁寧に綴られている。パン生地の材料の割合。焼く際のオーブンの温度と時間。使用する小麦の産地と味の特徴。花村がこれまで研究を重ねてきた、まさに秘伝のレシピだった。
「へえ、凄いな」と言いながら翔一はページを捲った。これで更に料理のレパートリーが増える。実のところ花村ベーカリーのバイトに募集したのも、パン作りに興味が湧いてあわよくば作り方を伝授してもらおう、と考えてのことだった。どうせなら実生活の身になる所で働きたい。
「でも、何でこれを俺に?」
「俺にもしものことがあった場合、君にこの店を続けてほしいと思ってね」
「もしものこと、て………。どういう意味です?」
「いや、例えばの話だよ。特にピクルスサンドだけは作り続けてほしい」
花村は真正面から翔一に視線を合わせて言った。それは翔一からしてみればとても奇妙な頼みだった。翔一はレジ打ちの他にサンドイッチの調理を任されている。ただ食パンに具材を挟むだけの簡単な作業だ。でも花村は店の一押しであるピクルスサンドだけは作らせてくれなかった。これは自分の手で、とこだわっていたのに、どうしてまだバイトを始めて間もない翔一に託そうとするのだろう。
「あれには想い入れがあってね」
花村は翔一から視線を外す。
「やだな、変なこと言わないでくださいよ」
翔一は笑った。これじゃまるで遺言みたいだ。つられたのか花村もふ、と笑みを零してコーヒーを啜った。