ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第3話

 

   1

 

 まだ朝陽が昇らない早朝に、果南は無人の桟橋に小型ボートを停めた。準備運動に軽いストレッチをして、波の音だけが響く内浦の道路を走り出す。海沿いにある水族館の看板の陰に隠れて、千歌たちはその後ろ姿をじ、と逃すまいと見つめていた。

「まだ眠いずら」

 花丸が大きく口を開けて欠伸をする。この尾行を提案した千歌自身もつられて欠伸を漏らした。

 過去を探るために果南を尾行。そんなスパイの真似事にもならない作戦は思いのほか難しい。ある程度の距離を置きながら果南を追跡しなければならないのだが、ただでさえ人が少ない内浦は早朝になるとほぼ無人。隠れる場所も殆どない。

「毎日こんな朝早く起きてるんですね」

 声を潜めながらルビィが言う。

「それより、こんな大人数で尾行したらばれるわ」

 今更な苦言を呈す梨子に曜が、

「だって皆来たい、て言うし」

 結構な距離を走っているが、今の所果南はこちらの尾行に気付いていない。多少の音は波の音が掻き消してくれるから丁度よかった。

 ただ、ここで問題が発生する。

「しっかし速いね………」

 息も絶え絶えに千歌が言った。浦の星への通学路である長浜方面へと果南を追っていったのだが、いくら通い慣れた道でも徒歩で行く距離じゃない。

「どこまで走るつもり?」

 善子もここで疲労を見せているが、果南は全くペースを落とさない。毎日走っているとこれが平気になるほど体力がつくものだろうか。

「結構走ってるよね」

 曜が涼しい顔で言った。水泳部と兼部している彼女にとって、これくらいの運動は何てことないらしい。

「マル、もう駄目ずら………」

 花丸がとうとう足を止めてしまう。ペースを落とすどころか速くなっている果南との距離はすぐに広がっていく。

「何だか、逃げてるみたい」

 逃げてるわけじゃない、とダイヤが言っていた事と矛盾していると分かっていながら、千歌はそう思わずにはいられない。

「逃げてる、て何から?」

 梨子から訊かれても、千歌には「………さあ?」と答えるしかなかった。

 ペースこそ着いていけなかったが、果南の追跡は何とか継続することができた。それは果南が内浦湾に突き出した岬の森に入っていくのが見えたからだった。それほど高くはない山なのだが、頂にある弁天島神社までの石段を果南は休憩を挟まず駆け上がっていく。

 千歌たちが石段の入口に着くと、とうとう体力がもたなくなった1年生たちは石段に腰を落ち着けた。曜と梨子も途中で膝に手をつく。千歌は何とか社のもとまで行けたのだが、流石に気付かれないよう音を潜めての呼吸が難しくなった。

 社の前で果南は流石に休憩していると思ったのだが、彼女の足は音を上げることなくしっかりと地面を踏んでいる。千歌は木陰に隠れてその様子を見ていた。遅れて他の皆が千歌の傍に集まって果南へ視線を注ぐ。

 果南は片足を軸にしてその場をターンし、数歩の助走を経て大きくスキップする。彼女のポニーテールに纏めた黒髪がふわ、と舞い朝陽を反射する。着地して再び1回転。途中でよろけることなく、しっかりと背筋を伸ばして。

「綺麗……」

 思わず千歌は呟いていた。とてもしなやかで、艶やかなダンスだ。元とはいえ果南もスクールアイドル。かつて東京のイベントに呼ばれたほどの実力者だったということだ。

 次のステップを踏むと思い期待しながら待つが、果南はその場に立ったまま動こうとしない。俯くと、その顔が次第にくしゃくしゃに歪んでいく。え、と千歌は口を半開きに呆けさせた。彼女の目尻に溜まった涙が頬へ零れようとする寸前、拍手の音が響く。果南は咄嗟に腕で乱暴に目元を拭った。

「復学届、提出したのね。思ったより遅かったけど」

 見ると、社の前に鞠莉が立っていた。「まあね」と素っ気なく応じる果南は、赤く腫らした目元を見せたくないのか鞠莉のほうを向こうとしない。

「やっと逃げるのを諦めた?」

 その言葉を受け、果南の目が険しくなる。

「勘違いしないで。学校を休んでたのは父さんの怪我が元で――」

「お父さんは2週間も前に退院したんでしょ? 他に何かあった?」

「………別に。それに復学しても、スクールアイドルはやらない」

 一切の感情が乗っていない声で言うと、果南は石段に向かって歩き出す。

「わたしの知っている果南は、どんな失敗をしても笑顔で次に向かって走り出していた。成功するまで諦めなかった」

 果南は足を止める。

「卒業まであと1年もないんだよ」

「それだけあれば十分。それに、今は後輩もいる」

「だったら千歌たちに任せればいい」

「果南………」

「どうして戻ってきたの? わたしは戻ってきてほしくなかった」

 そこで果南は腫れの引いた目を鞠莉へ向けた。鞠莉は戸惑いの表情を果南へ返す。それでも苦し紛れな笑みを零し、

「相変わらず果南は頑固な――」

「やめて」

 果南の声はそれほど大きくはなかったが、はっきりと聞こえて、冷たさを感じさせた。

「もう、あなたの顔見たくないの」

 流石に堪えたのか、鞠莉は口を結んで何も言わなくなる。まるで鞠莉をいないもののように、果南は石段を下りていった。

 

 

   2

 

 第2の焼死体は、狩野川に沿って整備された広場にて発見された。河川敷にはささやかながらゴルフ場が整備されていて、被害者は道路から逸れてすぐのコース上に黒焦げで倒れていた。道路には被害者のものと思わしき自転車が放置されていて、アンノウンによる不可能犯罪なら被害者は自転車で走行中に発火。転倒しコース上を転がった後に絶命したというのが、司の推理だ。

 ビニールシートを被せられた死体を前に北條が報告する。

「燃え残った免許証から被害者の身元が分かりました。名前は花村久志。ですが、前回の被害者との血縁関係はないようです」

 奇妙だ、と誠は思った。前回の被害者は手元になかったベーカリーの袋以外、つまり身に着けていた遺留品全てが焼失していた。この花村久志の財布に入っていた免許証は、多少燃えてこそいたがしっかり残っている。被害者を焼いた炎の温度が低いからだ。アンノウンの能力にむらが生じたとでもいうのか。

「どういうことだ? アンノウンは血の繋がった人間を襲うんじゃなかったのか?」

 司の質問に、誠も北條もすぐには答えることができない。こういった事態は前例が無いわけじゃない。だが、それは前の被害者に血縁者がいないか、血縁者が全て殺害された場合だ。前回の被害者である石倉大介には兄がいる。北條と他の刑事が護衛を担当しているが、まだ襲われていない。

 現時点で考えられる可能性を誠は述べる。

「もしかしたら、複数のアンノウンが活動しているのかもしれません」

「そんな目撃情報があるのか?」

 司の鋭い指摘に誠は「いえ……」と弱く答える。そもそも、今回のアンノウンについての目撃情報はまだない。だからどんな姿をしているのか、何体いるのかも不明だ。

「なら、君の推理が間違っていたという可能性もあるわけだ。アンノウンにとって、血縁関係などどうでもいいのかもしれない」

 司は淡々と告げる。今まで誠が、G3ユニットが積み上げてきた推理を崩すように。自らの加入で、全てをゼロに洗い流そうとするように。

「だとすれば、G3ユニットは今までずっと間違った基盤の上で行動していたことになるな」

 その間違った基盤は正さなければならない。その意図が読み取れた。司の隣で北條がほくそ笑んでいる。反論の言葉を探しあぐねていると、誠のスマートフォンがポケットのなかで振動する。すかさず「はい氷川ですが」と通話に応じると小沢の声が飛んできた。

『アンノウン出現。G3システム出動よ』

 

 通報元は前回の被害者、石倉大介の兄を護衛していた刑事からだった。運送会社に勤める護衛対象が沼津港で荷物の積み下ろし作業をしていた際に発火。それに伴いアンノウンが姿を現したという。

 避難誘導が完了した港は静かだった。ガードチェイサーのサイレンのみが鳴り響き、波の音を掻き消す。魚市場の幅広な建物を通り過ぎた先で、異形の存在は佇んでいた。まるで頭にクラゲを被ったかのようなアンノウンに向かって、誠はガードチェイサーのスピードを更に上げる。このままの勢いで撥ね飛ばそうと接近したとき、カウルに衝突の感触はなく何の障害もないまま前進し続ける。

 誠はマシンを急停止させ辺りを見回した。サイレンを止めると恐ろしいほど静かだ。活気を失った魚市場には誰もいない。人間も、異形も。視界の隅で炎が上がっている。焦点を合わせると、停まっているワゴン車の横で何かが燃えていた。まさか護衛対象か。

 はあ、と背後から吐息が聞こえた。咄嗟に振り返るとクラゲを被ったアンノウンの顔面が至近距離まで迫っていて、驚愕すると同時に肘打ちを見舞う。よろめいたアンノウンはそれほど強いわけではないらしい。追撃の拳を突き出すが、すぐ目の前にいたはずのアンノウンは音もなく消えて拳が宙を切る。

 視界を這わせると、アンノウンは少し距離を取った場所にいた。

『GM-01、アクティブ』

 小沢の報告が聞こえ、誠はハッチから銃を取る。敵に向けて発砲すると同時、胸部装甲から火花が散った。何が起こった。これが発火現象か。G3のスーツは素材上燃えないが、内部に張り巡らされた回路を焼かれてしまえば致命的ダメージだ。

 誠は再びGM-01を発砲する。それに伴い敵の攻撃も再び。スーツが火花を散らす。これでは分が悪い。敵に与えるダメージよりこちらが負うダメージが深刻だ。GG-02で一気に畳みかけるか。でもその判断は遅すぎた。姿勢制御ユニットをやられたらしく筋力補正が効かない。マスク内のスピーカーもやられたのかノイズが響いた。

 アンノウンの拳が胸に打たれ、誠の体が地面に倒れた。更に迫ってくる敵の腹に蹴りを入れるが、それはただ敵の攻撃を遅らせる効果しかない。

 視界の隅から、強烈な光に包まれた何かが接近してくる。光が晴れると同時、黄金の戦士の拳がアンノウンの顔面を突いた。アギトは更に拳と蹴りを追撃し、アンノウンを圧倒していく。

 投げ飛ばされたアンノウンが、地面に埋まる顔を市場の建物へ向けた。視線の先でパトランプを付けたクラウンが停まり、北條と司が出てくる。アンノウンがゆったりとした動作で立ち上がる。骸骨を薄皮で覆ったかのような口が動いた。

「人が人を殺してはならない」

 え、と誠は漏らす。今の声はアンノウンが発したのか。

 アギトがアンノウンへ駆け出す。誠もGM-01の銃口を向けたとき、ふたりの鎧が火花を散らす。アギトも炎上こそしないがダメージを負ったようで、胸を抑えつけながらガードチェイサーに寄りかかる。

 アンノウンは既に消えていた。港には波の音だけが響く。

 

 

   3

 

 Gトレーラーに帰還後、誠は揃ったユニットメンバーたちに事を報告した。アンノウンの攻撃でG3の通信機器がやられたせいで、小沢と尾室はアンノウンに起こったことを知らない。

「アンノウンが喋った?」

「はい間違いありません」

「で、何て言ったの?」

「人が人を殺してはならない、と」

 「何よ偉そうに」と小沢は苛立たしげに椅子に腰かける。

「さんざん人を殺しといて説教でもするつもりなのかしら?」

 「それよりも」と司が口を挟む。

「今まで君たちはアンノウンが喋れることに気付かなかったのか? そっちの方が迂闊だろ」

 「そんな」と小沢が噛みつくように、

「アンノウンが意味のある言葉を発したのはこれが初めてのことです。気付きようがありません」

 そう、誠がこれまで遭遇してきたアンノウン達が発した言葉は「アギト」のみ。知性のある生命体なのかは不明だった。敵が人語を解せるという事実を、不可能犯罪発生から数ヶ月経ってようやく発見したことに司は我慢ならないらしい。

「どうかな? 君たちの不注意だった、てことも考えられるだろう」

 小沢が口をつぐんでしまう。それを良いことに司は続ける。

「今回の連続殺人で、アンノウンが血縁関係者を狙うという君たちの説も怪しくなった」

 今まで現場に立ってこなかったあなたが何を知っているのか、という憤りはある。だが捜査は結果が全てだ。誠たちは捜査を日々進めているように感じているがそれはあくまで主観でしかなく、監査官である司や上層部にとっては何も進展していないのかもしれない。

「正直、俺は失望している。天才小沢澄子は威勢が良いだけ。英雄氷川誠は、図体がでかいだけの無骨漢」

 「無骨⁉」と我を忘れて詰め寄ってしまう。激昂は踏みとどまったが、そんな誠を司は冷ややかに見つめる。

「というのは、言い過ぎか?」

 ここで下手に声を荒げればG3ユニットの存続がまた危ぶまれるかもしれない。司はそういった権限を与えられ出向してきた。この場でこそ対応は慎重にしなければならない。

「あなた達に警察官としての司さんのモットーを教えてあげましょう」

 北條が言った。

「あらゆる偏見を排除して、ただ事実を事実として直視する。これです。きっと勉強になると思いますよ」

 込み上げる怒りが治まるをどこへ向けたらいいものか。いま発散させるわけにもいかず、誠はそっぽを向いて治まるのを待つ。偏見や先入観が障害となってしまう事件捜査において、司のモットーは理想的だ。だがそのモットーを掲げる本人はどうだ。自分の意にそぐわない人間を無能と決めつけ、ただ否定しているだけじゃないか。

 がた、という音が聞こえて振り返ると、小沢が椅子から立って北條と対峙している。10代半ばでマサチューセッツ工科大学(MIT)卒業という誰が見ても輝かしい経歴を持つ才媛が、どうふたりを論破してくれるのか。

「ありがとう北條君。嬉しいわ、とっても」

 穏やかな声で小沢は告げた。意を突かれた北條は多少面食らうも、すぐにいつもの憮然とした表情に戻す。小沢は再び椅子に座った。カーゴ内に重い沈黙が漂う。

 誠の裡で怒りが治まっていく代わりに、呆れが浮上してきた。こんなユニット内の確執が捜査を妨害している。アンノウンはこちらの都合なんてお構いなしに人を狙っているというのに。

 司の加入でG3ユニットの質が向上するとは、どうしても考えられなかった。

 

 この日の花村ベーカリーは店主不在のため臨時休業だが、翔一は出勤していて誠の聴取に応じてくれた。誠が遺留品の免許証を見せると、翔一は神妙な顔をする。

「じゃあ親父さん………」

 まだオープンして間もないのに、店主の死という憂き目に遭っているベーカリーは寂しい様相だった。陳列スペースには殆どパンが並んでいない。花村は毎朝開店前にパンを焼いていたのだろう。

「津上さん、花村さんには何か特別な力があったということはありませんか? それも、際立った超能力が」

 翔一はじ、と花村の免許証に視線を落としながら答える。

「俺には分かりません。でも――」

「でも?」

「親父さん、自分が死ぬことを知ってたような感じが………」

「どういう意味ですか?」

 翔一は席を立ち、厨房へ行くとノートを手に戻ってきた。翔一は誠へノートを差し出し、

「見てくださいこれ」

「これは?」

「パンのレシピです」

 受け取ったノートを開くと、ページに隙間なくパンの作り方が綴られている。アンパンやクリームパンといった定番から、イカ墨パンやピクルスサンドといった変わり種まで。

 翔一は言った。

「親父さん、自分にもしものことがあったら俺にパンを作ってくれ、て………」

 誠はページを捲り続ける。もし花村が自分の死を予見していて、その運命を受け入れて翔一にこのレシピを託したのだとしたら。どこかに遺言らしき書き込みはないか探してみるが、最後のページを捲ってもそのような文言は見当たらない。ノートには、ただパンの作り方だけが書かれているだけだった。

 

 

   4

 

『では司課長は、G3ユニットの活動内容にやはり問題があると言いたいのかね?』

 この緊急会議のために時間を割いた警備部長はPC画面上で迷惑そうな顔ひとつ見せず、司からの報告を要約する。いくら立場が上とはいえ、司は警察庁の人間。自分の直属の部下でない者に対して、部長も強気には出られないようだ。

 「はい」と応じた司は淡々と、

「例えば、アンノウンによる被害者が特殊能力者及びその親族であるというのも、憶測の域を出ていません。小沢管理官らは何も知らないのです」

 ならあなたは何を知っているのか。誠がそう思っている横で、小沢が代弁するように小声で愚痴を零す。

「知らないのはあんたの方でしょ、このアホ男」

『何か? 小沢管理官』

 目ざとく補佐官が問う。PCの収音性は高く、小沢の愚痴も逃さなかったらしい。小沢は億すことなく強気に言う。

「先日殺害された花村久志の件は例外的な事例です。事実、同じアンノウンに殺害されたと思われる他の2名は親族関係にありました。司課長はアンノウンのことを何も知らないのです」

 そう、これまでの不可能犯罪の犠牲者たちは親族関係にあることが多かった。これが単なる偶然で片付けられるのか。誰が見てもそれは明らかなはずなのに、司はそれを真っ向から否定し別の推理を立ててもいない。なのに、何故警備部長も補佐官も司に意義を申し立てないのか。

 司の隣で、北條は不敵に微笑むだけだった。

 

「あーあ、もうG3ユニットもおしまいですね。監査員に目付けられちゃ」

 屋台でラーメンを啜りながら、尾室が溜め息交じりにごちる。小沢はちらりと彼を見やるも、無視して誠のほうを向き、

「なかなか良い店を知ってるじゃない氷川君」

「はい、河野さんに教えてもらいました」

 こういった店のほうが好みでは、と昼食に誘ったのは正解だった。小沢はずるずる、と豪快に音を立ててラーメンを啜る。あまり良い状況ではなくても美味なものは美味だ。

 尾室がまた愚痴を零す。

「あーあ、せめて小沢さんがあんなこと言わなければな」

「ちょっとあんた何ぐだぐだ言ってんのよ? 別に死ぬわけじゃないでしょ」

 そこで、新聞を読んでいた店主が「どうしたんですか?」と尋ねてくる。

「何かあったんですか?」

 「ええ、ちょっと……」と誠は濁した。店主は深くは聞こうとしなかったが、椅子から立って誠たちの背後へと回り込んでくる。

「どれどれ………」

 ラーメンの丼を覗き込む店主に小沢が「何か?」と尋ねる。店主は「ナルト占い、てやつでね」と答えた。

「ナルトでその人の運勢が分かるんですがね」

 本当だろうか、と誠が眉を潜めると、店主は小沢の丼にあるナルトを凝視して「あっ」と声をあげる。

「あなたは何の心配もいらない。いやあ、憎らしいほど運に恵まれた人だ」

 気を良くした小沢は「味玉もらうわ」と注文する。「毎度」と笑顔で応じた店主は次に誠の丼を覗き、

「ああ、あんたはちょっと微妙だなあ。何て言うかこう、浮き沈みが激しいね」

 「はあ……」と気のない返事をしながら誠はナルトを眺める。小沢のと見比べてみるが、違いがあるようには思えない。ただ白のすり身に渦巻き模様があるだけだ。

「あ、ちょっと僕のも見てくださいよ」

 尾室に言われ、店主は彼の丼を覗く。

「あ、これは……!」

 店主は目を見開いた。尾室は少したじろぎながら、

「な、何ですか?」

「………何でもありません」

 真顔に戻り、店主は厨房のスペースに戻って小沢の注文した味付玉子の準備を始める。誠は小沢と一緒に尾室のナルトを見てみるが、やはり普通のナルトだ。麺が伸びないうちに、と食事を再開した。

 

 昼過ぎの花村ベーカリーは営業こそしていたが、あまり客足が芳しいとは言えない。商品は日持ちするジャムやコーヒー豆の類しかなく、パンは殆ど並んでいない。

 店主亡き店で唯一の店員になってしまった翔一は、厨房でパン作りに励んでいた。カタツムリのように渦を巻いたデニッシュパンに絞り袋でホイップクリームを添えている。誠が厨房に入っても、作業に熱心な翔一は気付かずパンにのみ視線を向けている。

「やってますね」

 声をかけられてようやく誠に気付いた翔一は「ああ、いらっしゃいませ」と挨拶もそこそこに作業を継続しながら、

「少しは親父さんの気持ちに応えようかな、て」

「実はそのことなんですが、君は花村さんが殺されることを知っていたようであったと言いましたが、自分の死を予知していたということはありませんか? つまり、花村さんは予知能力を持っていたと………」

 「んー」と翔一はクリームを絞りながら唸り、

「ちょっと違うと思うけど、よく分かりません。俺、親父さんとは知り合ったばっかだったし」

「そうですか………」

 そうなると花村の親族に問い合わせるしかなさそうだ。そう思っていると翔一は作業を中断し、

「そんなことより、ちょっとこれ手伝ってもらえませんか? 俺違う仕事がありますから」

「いや私は………」

 断ると翔一は粘ることなくあっさりと作業に戻る。

「そうですよね。こういう細かい仕事は無理ですよね。氷川さん無骨そうだし」

「ぶ、無骨?」

 今のは聞き捨てならない。図体がでかいだけの無骨漢だなんて。

「そんなことありません、貸してください」

 手を差し出すと翔一は絞り袋を後ろ手に引っ込めて、

「いいですから本当に」

「いや貸してくださいよ」

「いいですよ!」

「いいから貸したまえ!」

 無理矢理にでも翔一の手から絞り袋を奪おうとしたのだが、乱暴に掴んだせいでクリームが飛び出してしまう。しかも口が誠のほうを向いていたせいで、背広にクリームが盛大にかかった。

 

 クリームを布巾で落としてもまだ背広が甘い香りを纏ったまま、誠は署に戻って捜査資料の整理を始めた。ひとまずは被害者たちの親族関係を洗わなければ。護衛が必要になるかもしれない。

 まず第1の被害者である石倉大介。彼の両親は既に死亡していて、本人も未婚で子供はいない。血の繋がった親族は今朝方殺害された兄ひとりだけ。その兄も独身で子供はいない。これで石倉家の親族は途絶えたことになり、次に狙われるとしたら第2の被害者である花村久志の親族。

 彼の身辺調査は思いのほか手強いものだった。市役所に問い合わせてみると花村は最近になって、花村ベーカリーの開店に伴いこの沼津へ住民票登録を移している。元は東京に暮らしていたようだが、それ以前の経歴はまだ不明のままだ。転居したばかりなのだから、こちらで親しい友人がいるという望みも薄い。

 考えていたら小腹が空いてきた。誠はデスクの隅に置いた花村ベーカリーの紙袋からピクルスサンドを取って食べる。仕事の邪魔をしてしまったお詫びに購入したものだった。ピクルスの強い酸味はあまり好きではないが、このサンドイッチはマヨネーズで緩和させている。

「氷川さん」

 オフィスのドアを前にして、北條が不敵に笑っている。先ほどの会議のあと司とふたり会議室に残っていたが、もう終わったのだろうか。

「聞いてますか? 今度の会議のこと」

 また会議か、と誠は思った。

「何か重大な通達があるらしいですよ。いやあ、今から楽しみです」

 北條が楽しみと述べるということは、誠にとって都合の良いものではないだろう。また誠がG3装着員から降ろされるか。それとも今後の捜査方針を大幅に変えていくのか。もしくは、北條が司の右腕として小沢よりも高い地位を得るのか。

「そのサンドイッチは確か………」

 北條の目が、デスクの紙袋へ向けられる。

「ええ、例の花村ベーカリーのものなんですが――」

 最後まで言い切る前に、北條は紙袋の中から小沢と尾室にもと買ってきたピクルスサンドを掴む。

「良かったら、どうぞ」

 誠の声が届いていないのか、北條はサンドイッチを凝視している。

「どこかで見たことがあると思ったが………」

「どうかしましたか北條さん」

 誠の声で我に返ったのか、北條は誠を一瞥するも無言のままサンドイッチを手にしてオフィスから足早に出て行った。

 

 

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