ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第5話

 

   1

 

「はい、どうぞ」

 ちゃぶ台にお粥の入ったお椀を置くが、青年は手を付ける素振りを見せず翔一へ視線を向けている。人見知りはしない質なのだが、こうして無言で見つめられると流石の翔一も何て言葉を向けるべきか悩む。

「お前……」

 重い沈黙を破ったのは青年のほうだった。

「俺を恨んでいないのか?」

「恨む? 何をです?」

 そこで青年は眉を潜め、

「覚えてないのか? 山王湖でのこと」

 「山王湖……」と翔一は反芻する。確か篠原佐恵子という、翔一の過去を知っているかもしれない女性に会った湖だ。あの後、佐恵子が湖で溺死したと聞いてから足を運んではいないが。だが何故この青年が山王湖を知っているのか。その疑問が沸いてすぐ、当時の記憶が蘇った。当時と言っても半年も経っていないのだが。

「あ、俺を殴った人!」

 そうだ、この青年とは山王湖でも会った。青年は少し呆れたように翔一を見ている。

「助けないほうが良かったな」

 と青年は皮肉っぽく言うが、「いえいえ」と翔一は手を振り、

「もう過ぎたことじゃないですか。あ、そういえばお互いまだ名前も知りませんでしたね。俺、津上翔一っていいます」

「葦原涼だ」

「どうですか葦原さん、お粥。ずっと寝てましたし、食べたほうが良いですよ」

 翔一はお椀を手で示すのだが、涼は依然として手を出そうとしない。代わりに「なあ」と不愛想に尋ねてくる。

「ここは内浦なのか?」

「はい、そうですけど」

 翔一が答えると涼はす、と立ち上がる。さっきまで寝ていたとは思えないくらい身軽な動作だった。関心してる場合じゃない、と翔一は慌てて「ちょ、ちょっと」と涼の肩を掴んで静止させる。

「どこ行くんですか?」

「淡島のドルフィンハウスという店にな」

「だからって今は無理に動いちゃ駄目ですよ。用事あるなら俺が代わりに行きますから。俺、あのお店の娘さんと知り合いなんです」

「果南を知っているのか?」

「ええ、ここの娘さんの友達です。てか、葦原さんこそ果南ちゃんと知り合いなんですか? もしかしてお店の常連とか」

 涼はすぐには答えず、再び床に腰を降ろした。翔一も座り直し、返答を待つ。

「果南は、俺の支えになってくれるかもしれない女だ」

「………は?」

「俺と一緒に生きていきたい。果南は俺にそう言ってくれた」

 翔一はつい笑ってしまう。果南はAqoursに入ったばかりで、スクールアイドルとしての活動が忙しい。今日だってAqoursの合宿の際中だ。そんな果南に恋人だなんて。

「またそんな冗談ばっかり」

 でも、涼が嘘を言っているようにも見えなかった。涼は翔一の笑いにつられることなく、ただ無表情に無言を貫く。段々とそれが真実味を帯びていくような気がして、翔一の笑みも消えていく。

「マジ、ですか………?」

 涼は無言で頷いた。

 

 昨夜の事件現場は、当時のまま維持されている。既に鑑識による現場捜査は済んでいるが、前例のない状況のためひしゃげたガードレールはそのままにされていた。この現場に来たい、と言ったのは北條で、彼の護衛に当たっている誠も共に現場へと赴いていた。

「この目で見なかったら、とても信じられませんよ。これが、人間の超能力によってなされたと」

 自分の体に巻き付いていたガードレールの破片を忌々しげに見つめながら、北條は重苦しく言う。発見当初、北條をガードレールから救出するのに人力では適わず、市内の工場から借り受けた金切りバサミで切断した。北條の証言ではガードレールがひとりでに体に巻き付いてきたという。

「超能力は、人間の未知なる可能性の芽生えだと小沢さんは言っていました。そしてアンノウンは人間の未知なる可能性を怖れているのかもしれない、と」

 アンノウンが怖れるということは、超能力者とはいずれアンノウンをも超える存在になりえるということか。

「北條さんはどう思います? 超能力について。そういう力は人間にとってプラスになるのか、マイナスになるのか」

「それは人間を善と見るか、悪と見るかによりますね」

 確かに北條の答えは的を射ている。力そのものに善悪なんてものはない。力はそこに在るだけだ。それが善と悪のどちらに転じるかは扱う超能力者、つまり人間に委ねられる。

「氷川さんはどうです? どっちだと思いますか?」

 逆に尋ねられ、誠はしばし逡巡する。人間の善性を信じたいが、この仕事はそういった尊いものが稀少に感じられてしまう。正直な答えを誠は述べた。

「こういう仕事をしていると、人間の嫌な部分ばかり目についてしまって………。まだ判断しかねるというのが正直なところです」

 警察官という職務上、出会う人間は善人より悪人のほうが圧倒的に多い。自分で選択した仕事だし、誇りもある。それでも、この世の中には悪人しかいないのでは、と考えてしまうこともある。だからといってこの職から退くこともできない。僅かではあっても、善に生きる人間がいることも確かだし、そんな人間が胸を張って生きられる社会を守りたい。

「私は、人間は善なるものだと信じています」

 北條は明確に告げる。続けて「意外ですか?」と皮肉に笑った。

「理由は簡単です。この私が、良い人間だからですよ」

「………………はあ」

 しばし思考が停止した。

 いやあなたは善人ではないでしょう。あなたのせいで何度G3ユニットが憂き目に遭ったことか。いやでも司の件で北條にも警察官としての矜持があることは確かで。でもやっぱり嫌な部分が目立つから一緒に仕事をするのは億劫になることもあって。

 分からない。北條こそ善なのか悪なのか判別がつかない。

 言葉を探しあぐねているうちに、北條は「行きますか」と車に乗り込む。問答をやめ、誠も助手席に乗った。

 

 

   2

 

 合宿2日目の海の家営業は、まずまずと言ったところだった。大繁盛とまではいかなくても、お客の入りは昨日よりも上々になっている。曜のヨキそばの評判が良かったからだ。因みに当初の価格設定が10万円だったシャイ煮は500円に大幅値下げして販売中。

 午後の昼食時が過ぎた頃、チラシ配りを担当していた果南が、客引きをしていた千歌と梨子のところに来た。

「梨子ちゃん、お店落ち着いてきたしそろそろ行こっか?」

「はい」

 「どこ行くの?」と千歌は訊いた。

「梨子ちゃんとダンスの相談。来る?」

「良いの?」

「勿論。良いよね梨子ちゃん?」

 「ええ」と梨子は嫌な顔せずに答え、

「歌詞も見せてもらいたいし」

 そう言われ、千歌は尻込みしてしまう。でも、果南も交えて相談に乗ってもらうのも良いかもしれない。

 桜内家の梨子の部屋に場所を移した打ち合わせで、ダンスのほうは滞りなく進められた。もっとも、果南は既に大部分の考案を済ませていて、梨子が多少修正や提案を添える、といった程度だったが。果南は1年生の頃も活動していただけあって作業が早い。もし完成した曲とイメージが合わなくても修正可能というのだから、流石としか言いようがない。

 そして打ち合わせはすぐ曲のほうへと移った。

「大切なもの?」

 千歌が告げたそのフレーズを、梨子は確かめるように反芻する。

「それが歌詞のテーマ?」

 と果南が訊いた。「うん」と応じながら、千歌はキャンパスノートを梨子に手渡す。

「まだ出だしだけしか書けてないんだけど」

 千歌は観察するように、ノートを開く梨子の顔を注視する。気に入ってもらえるだろうか。誰かに詞を見てもらうのは何度経験しても緊張する。

「大切な、もの………」

 また梨子はそう呟いた。何か、心に打つものがあったのだろうか。となれば反応は好感触か。とはいえ、まだ完成していない。曲のテーマが決まっただけだ。

 ふと、千歌の視界に紙の束が映った。綺麗に整頓された梨子の勉強机に譜面用紙が置いてある。

「梨子ちゃん」

 反応の無さがじれったくなったのか、果南が呼ぶ。「え?」と梨子は上ずった声を返した。

「梨子ちゃんも読んでみて、どう?」

「ああ、はい………」

 千歌の意識はふたり会話より、机上の譜面に向けられていた。千歌の作詞があまりにも遅れているから、先に曲のほうを作ったのだろうか。でも、だとしたら梨子は相談してくれるはず。書き連ねられた楽譜の上には、梨子らしい几帳面な字でタイトルが記されている。

 海に還るもの

 それは、あまりAqoursらしさを感じられないタイトルだった。どこか情緒的で淑やかで、でも大胆さもある。

 まるで、梨子自身のような響きを感じた。

 歌詞に関しては平行線を辿ったまま打ち合わせが終了した。結局のところ、多少の意見を取り入れるにしても完成度は千歌次第になる。ただふたりからのプレッシャーが余計に重くなっただけだった。

 海の家の営業に戻ろうと海岸へ歩いていたとき、丁度十千万から翔一が出てきた。

「あ、翔一くん」

 千歌が呼ぶと、こちらに気付いた翔一は「ああ、皆」と笑顔を浮かべる。

「どうしたの? 3人で」

「梨子ちゃん家で曲の打ち合わせ。翔一くんは?」

「鞠莉ちゃんから材料持ってきて、て頼まれてさ」

 そう言って翔一は手に持ったビニール袋の中身を見せてくれる。3人で覗き込むと、中にはピンポン玉くらいの黒い物体がたくさん詰め込まれていた。一瞬堕天使の涙と思ったが、形が少し歪だ。それに何だか妙な匂いがする。スパイスのような、それか土のような。

「何これ?」

 果南が恐る恐る訊く。

「トリュフだって」

 「トリュフ⁉」と3人で驚愕の声を揃えた。黒いダイヤモンドにも例えられる高級食材だ。そんなものがスーパーのビニール袋に無造作に詰められている。

「これ、シャイ煮に入れるんですか?」

 そんなダイヤモンドを指さしながら梨子が訊く。「そうみたい」と翔一は何の気なしに言った。

「これだから金持ちは………」

 と果南が皮肉を漏らす。「あ、そうだ」と翔一は思い出したように、

「うちで果南ちゃんを待ってる人がいるんだよね」

 「わたし?」と果南は首を傾げる。「何て人?」と千歌が訊くと、翔一はこめかみに指を当てて、

「確か芦田さん……、いや木原さん………。いや、金剛寺さんだったかなあ?」

 駄目だこりゃ、と千歌は苦笑する。大体最後のはもはや原型を留めていない。原型が何なのかは分からないけど。

 

 

   3

 

 この日の夕食も売れ残りだ。ヨキそばは昨日と同じく完売。シャイ煮と堕天使の涙の在庫状況によって買い出しが必要かどうかが決まるのだが、今晩もその必要はなさそうだ。壁際でうなだれている鞠莉と善子の様子でその有様が分かる。

「今日も売れなかったんだね………」

 千歌も肩を落とした。堕天使の涙はもとより、シャイ煮は美味なのだから少しは売れると思っていた。

「できた!」

 と曜の声が聞こえ、振り返るとテーブルに今日の献立が既に並べられている。

「カレーにしてみました!」

 そういえば先ほどからカレーの匂いがしていた。曜が任せて、と張り切っていたから調理は一任したが、これもまた普通のカレーとは言えない。曜はその料理名を高々に宣言する。

「翔一さん直伝! 船乗りカレーウィズ、シャイ煮と愉快な堕天使の涙たち」

 つまりはカレーにシャイ煮と堕天使の涙を全部投入したものだ。これもまた見事ゲテモノに仕上がっている。人数分皿が並べられているのだが各々にアワビや伊勢エビといった異なる高級食材が丸ごと乗っていて、脇に福神漬けやラッキョウ代わりなのかキャビアが添えられている。散らされている薄いチップのような物体はきっとスライスしたトリュフだろう。極めつけは潰れて中身のタバスコが漏れ出した堕天使の涙。

「ルビィ死んじゃうかも………」

 ルビィのみならず、皆がそのゲテモノカレーを不安げに見下ろしている。

「じゃあ梨子ちゃんから召し上がれ」

 調理した本人から指名された梨子はびく、と小さく震えた。これじゃ味見というより毒見役だ。逡巡しながらも梨子はスプーンを手に取り、ひと口よりも少ない量を掬ってやけくそ気味に口へと放り込む。

「…………美味しい」

 その感想に皆が「え⁉」と声をあげた。曜は満足そうに胸を張っている。

「凄い、こんな特技あったんだ」

 すると壁際にいた鞠莉が素早く駆け寄ってきてカレーを口に運び、

「うーんdelicious!」

 翔一直伝と聞いて不安は増していたが、杞憂だったらしい。今回は当たりの方だったようだ。ダイヤも味に満足しているのかいつ出したのかそろばんを指で弾き、

「これなら明日は完売ですわ」

 その顔が完全に守銭奴だったから、場にいた皆の表情が一気に冷める。唯一気にも留めずにカレーをかき込んでいた花丸は早くも「おかわりずら!」と空になった皿を曜へ差し出した。

 千歌も空腹なのだが、食卓に混ざってカレーを食べる気にはまだなれなかった。無意識に視線が梨子へと向く。楽しそうに食事をする彼女は、一見すると迷いなんて無さそうに見える。昨夜に本人から聞いたのだから、本当に迷いなんて無いのかもしれない。でも、彼女の部屋にあった楽譜を見た後では、どうしてもそうは思えなかった。

 

 食後は千歌の部屋にて皆で談笑、といきたかったのだが、それはダイヤが許してくれなかった。かねてから用意していたのか小さめのホワイトボードを立てて、他のメンバー達はその前に座らされている。

 教師然と皆の前に立つダイヤは、ホワイトボードにこれまた達筆な字で「ラブライブの歴史!」と書き、

「では、これからラブライブの歴史とレジェンドスクールアイドルの講義を行いますわ」

 「今から?」と果南が苦笑交じりに訊く。聞く側で乗り気なのは「うわあ」と感嘆の声をあげるルビィだけだ。

「大体あなた方はスクールアイドルでありながら、ラブライブの何たるかを知らなすぎですわ」

 そう言われたら反論できない。千歌だって昔のスクールアイドルはμ’sやA-RISEといった有名グループしか知らないのだから。しかも最初の頃はμ’sをユーズと読んでいたわけで。

「まずはA-RISEの誕生から――」

 講義を始めようとしたのだが、ダイヤは弁を一旦止めて鞠莉のほうを向く。千歌の隣に座っているのだが、鞠莉にしてはいやに静かだ。しっかりと目を開けて話を聞いているはず。

 ん? 目?

 千歌は開かれた鞠莉の目を注視する。確か鞠莉の瞳は金色のはず。なのに今、鞠莉の瞳は蒼い。

「鞠莉さん、聞こえてますか?」

 ダイヤも違和感に気付いたのか、鞠莉の眼前で手を振りながら呼びかける。

「おーい、ミス鞠莉――」

 そこで、鞠莉の目が捲れた。それも物理的に。至近距離で目撃したダイヤは奇声にも似た悲鳴をあげてひっくり返る。

 畳に落ちた鞠莉の目は紙だった。紙に目を描いて顔に貼りつけるとは、何とも古典的な擬態だろう。隠されていた本来の目は目蓋が閉じられていて、鞠莉は座ったまま気持ちよさそうに寝息を立てている。

「お姉ちゃん!」

 ルビィが介抱しているダイヤは気絶してしまったようで、目を閉じたまま起きそうにない。張り切ってはいたが彼女も合宿で疲れていたのだろう。形としてはともかく、これで面倒な講義から解放された。

 トランプでも出そうかな、と棚のほうを見た千歌の視線が、棚のすぐ傍の僅かに開けられた襖で留まる。襖の奥からこちらを覗いている美渡の瞳に。

「今日はもう遅いから早く寝よ!」

 千歌がそう言うと、美渡の視線に気付かない曜が「遅いって、まだ9時だよ」と壁の時計を見る。確かに深夜ではないけれどもう寝なければ。

「今日のところは早く静かにしないと、旅館の神様に尻子玉抜かれるよ」

 尻子玉を抜くのは河童なのだが、千歌の剣幕に圧されたのか曜は指摘せず「よ、ヨーソロー……」と戸惑い気味に敬礼する。

 襖が音も立てずに閉じられ、千歌は安堵の溜め息をついた。

 

 

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