ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
アンノウンとアギトはカメラでその姿を捉えることができない。中継では問題なく映るのだが、録画された映像になると決まって彼らの姿はもやのようなものに覆われて原型が分からなくなる。だから市民に目撃され、スマートフォンで撮影された映像をインターネットに流されても、世間では単なる悪戯やデマとされ異形の存在は世間になかなか広まることがない。
これまでのG3オペレーションでは全て、アンノウンおよびアギトの映像を記録できていない。映像をチェックしたところで無駄だから、ほぼ形式だけになっていた。でも例外として、あの緑の生物と遭遇したオペレーションは念入りに映像チェックをすることになっている。
尾室が記録の「正常さ」を発見したのは、アギト捕獲作戦の記録だった。勿論そのオペレーションもアンノウンの姿を映すことができなかったのだが、アンノウンを撃破し誠が撃退した緑の生物は、しっかりと映像記録に姿を捉えられていた。
空調と機器の駆動音が規則的に響くGトレーラーのカーゴのなか、再生された映像から緑の生物の野性的な咆哮が画面越しに牙を剥く。G3の視界カメラのなか、鮮明に映る生物の踵から生えた尖刀が振り降ろされ、それと同時に映像がノイズに覆われ途絶える。マスクの半分を抉られた際、センサー類も破壊されてしまったから映像記録はここまでだ。誠もすぐに意識を失ってしまった。回収に来た小沢と尾室によると、現場から少し離れた路上に寝ていたらしい。だからこの後に状況がどうなったのかは分からない。緑の生物はアギトに倒されたのか。それともアギトを倒したのか。それに誰が誠を安全圏まで運んだのか。
まさかアギトが。そんな期待にも似た憶測が浮かぶ。
映像を止めた尾室が嘆息交じりに言う。
「何度見ても凄いパワーですね」
「そうね」と小沢が応え、
「アンノウンとは全く別の力を感じるわ。何と言うか、感情の爆発とでも言うような………」
アンノウンとは違うが、アギトとも違う。ここに来てまた謎が増えた。一体この生物は何で、どこから生まれたのか。
「あの存在に遭遇したのはアギト捕獲作戦のときと合わせて2度目ですが、僕も同じようなものを感じました。人間臭さと言っても良いと思うのですが、それはアギトに関しても同じです」
この生物から自分を救ったのはアギトでは。そう思えてしまうのは、あの戦いでアギトはまるで誠を庇うように立ち回っていたと感じたからだった。こちらがアギトを認識しているように、アギトも誠のほうを同志のようなもの、と認識しているのかもしれない。アギトが情を抱いたということか。
「どういう意味です?」
尾室が訊いた。
「こいつもアギトも、正体は人間てことですか?」
「いえ、詳しいことは分かりませんが………」
正体が人間だとしても、攻撃してきたこの生物は敵性ありと判断するしかない。もし再び相まみえたとしても、勝てる見込みは薄い。そもそも、再戦の機会すら危うくなってきた。
「とにかく謎が多いわよね」
少し疲れたように小沢が言う。流石に今回のオペレーションの損失は、彼女にとっても堪えたらしい。
「この存在がアンノウンでないとするなら何故アギトに襲い掛かったのか。両者の関係はいかなるものなのか」
小沢の提示する謎について、この時の誠は思索している余裕は持っていなかった。ただ自身の不甲斐なさに憤慨する気力も失せ、自責ばかりに捕らわれていた。
「どうした? 元気ないみたいだけど」
やはり小沢にはお見通しだったらしい。
「G3システムが破壊されたことに責任を感じている、てところかしら?」
「………はい。彼らの戦いに、全く太刀打ちできませんでした」
通信、情報処理といったシステムの中枢が詰め込まれたマスクを破壊されたのは致命的だ。他の装甲部位の損傷も激しい。胸部はサスペンション、腕部は油圧シリンダーのほぼ全てが破壊されたという。これまで修理改修を手掛けてきた整備班も匙を投げる有様だ。直すよりは再製造したほうが効率的、と言えるほどに。
「G3システムの能力を十分に引き出すためには、僕では力不足なのかもしれません」
こんなことを言ったら、また小沢さんに叱責されるだろうか。そんなことを考えたが、尾室が口を開いたことによってそれは現実にはならなかった。
「というより………」
そこで口をつぐむ。こういったことに苛立ちを覚える質の小沢が「何?」と促すが、尾室は「いや、別に」と苦笑しはぐらかそうとする。
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい気持ち悪い」
「いや、小沢さんきっと怒るから――」
「早く言いなさい怒らないから」
この時点で既に語気が強くなっている。尾室は逡巡を挟み、意を決して告げる。
「G3を破壊されたのは氷川さんのせい、ていうより、G3システムそのものが……ちょっと弱いんじゃないかなって………」
いくら促されたとはいえ、その発言は流石にまずかった。怖れていた通り、小沢は無言で椅子から立ち上がり尾室へと詰め寄る。
「怒らない、て言ったじゃないですか!」
まるで蛇に睨まれたカエルのように縮こまった尾室の姿に小沢も頭が冷えたのか、
「尾室君の言う通りね」
その素直さに尾室は目を丸くする。誠も驚いていた。自ら設計したG3システムを「弱い」と言われたのに、小沢があっさりとそれを認めるとは。
小沢は続ける。
「確かにG3システムの性能はまだ十分じゃないわ。でもね、G3はいわば
さらりと言ってのけたその言葉を、誠は反芻した。
「新しい……G3」
2
ピアノコンクールに出たい。
梨子からその話を切り出されたのは、合宿の3日目――事故に巻き込まれて半日入院していた果南が戻ってきた頃――の夕飯の席だった。
どうしても発表したい曲がある。日程が重なるラブライブの予備予選には出られないけど、どうか出場させてほしい。
そう頭を下げられたときはメンバー揃って困惑したが、そう長く話し合う必要もなく、満場一致で賛成という形に落ち着いた。まだ本番まで期間はあるし、歌唱とダンスのパートを修正する余裕はある。
それに、梨子自身も無責任に頼んだわけじゃないということは、十分に伝わった。彼女も悩みぬいた上での決断だったのだろう。だったら仲間として、友達として彼女を彼女自身のステージへ送り出したい。それがメンバー達の総意だった。
この梨子が一時的に抜けたAqoursを語るうえで、中心になるのは梨子でも、彼女の背を押した千歌でもない。
今回は、渡辺曜の話だ。
沼津駅の改札前で、梨子と千歌が固い握手を交わしている。
「しっかりね」
そう告げる千歌に「お互いに」と梨子は返した。コンクールは東京にて開催される。大会の運営委員会が手配してくれたスタジオで、本番前の練習に集中するためらしい。離れるのはそう長くないけれど、しばしの別れを惜しみにこの日はメンバー全員が駅に見送りに来ていた。
「梨子ちゃん、頑張ルビィ!」
「東京に負けては駄目ですわよ」
黒澤姉妹が激励を送ったところで、曜は電光板へと目を向ける。
「そろそろ時間だよ」
曜が告げると、「うん」と応じた梨子はスーツケースに手をかける。
「Ciao、梨子」
「気をつけて」
「ファイトずら」
鞠莉、果南、花丸の順に激励を受け取ると、梨子はスーツケースを引いて手を振りながら改札へと歩いていく。彼女が改札ゲートを潜ったところで、千歌が「梨子ちゃん!」と呼びかけた。
「次は、次のステージは絶対みんなで歌おうね!」
一緒にステージに立てないというのに、梨子を送り出せたのは予備予選で終わらせるつもりが毛頭ないからだ。目標は優勝。こんなところで終わりはしない。皮肉なものだが、梨子が離れたことでその意識がより一層強まった気がする。
「勿論!」
笑顔で応じた梨子が、ホームへの階段に消えていく。自分たちが一緒に来られるのはここまで。応援には行けないけれど、代わりに彼女が戻ってきたときはその先の東海地区予選への切符を贈ろう。
「さ、練習に戻りますわよ」
ダイヤが告げると、皆はそろそろと歩き出す。今日もこれから練習だ。
「よし、これで予備予選で負けるわけにはいかなくなったね」
最初から負けるつもりなんて無かったけど、果南の言うように重みが更に増した。プレッシャーと受け止めてしまいそうだが、「何か気合が入りマース!」と意気込む鞠莉のように、前向きに捉えて練習により熱を入れられそうだ。
「ね、千歌ちゃん」
と曜も同意を求めるが、隣にいると思っていた千歌がいないことに気付く。振り返ると、千歌だけは改札の前から動こうとせず、とうに消えていった梨子を追うように奥へと視線を釘付けていた。
このとき、曜は梨子の不在をあまり重く受け止めてはいなかった。ただ、梨子の分の衣装を作る必要がなくなったのは少しだけ寂しいな、とだけしか考えていなかった。まさかこの出来事が、自身に予想だにしない変化をもたらすことになるなんて。
ここで語るのは気恥ずかしいけれど、これもまたAqoursにとって、曜にとって必要不可欠な通過儀礼だ。
しばし、この話にお付き合い願いたい。
3
「翔一君、お茶にしない? ご近所さんから美味しいお茶菓子貰ったのよ」
畑に実ったキュウリとトマトを眺める翔一に志満が語りかけるが、翔一の耳にはまるで入らなかった。
「翔一、ねえ何かあったの? 女の子にでも振られた?」
美渡が冗談交じりに言うが、それも翔一は無言で受け流す。視線は畑に向いてこそいたが、その目には何も映っていなかった。普段なら野菜が実ると何よりも喜ばしいものだが、この時は何も感じられない。
守れなかった。
ただその懊悩だけが裡に渦巻いて汚泥のように撹拌していく。
何故あの場所に果南がいたのかは分からない。でも、彼女がアンノウンに狙われたのなら自分が守らなければならなかった。それなのに――
しいたけが寄ってきて、翔一の目の前に座る。無意識に頭を撫でたが、すぐに引っ込めてその掌を見つめる。
幸いにも果南は助かった。でも、あと僅かでも遅れていたら取返しのつかないことになっていたかもしれない。
俺の力は、皆の居場所を守るためにあるんじゃなかったのか。守れないのなら、これは何のための力なんだ。
自分がアギトの力を持つ理由は分からないが、そのことに意義を持っていたのは確かだ。皆を怪物から守る力を持っている。この力はそのために使おう。皆の居場所――皆がいるべき、皆が幸せでいられる場所――を守ることが自分のすべきこととして見出し、そのための力を誇りに思えていたのに。
どうして、俺にアギトの力があるんだろう。
久しぶりの問いだった。以前に沸いたのは、初めてアンノウンと戦った数ヶ月前。無意味な問いだということは理解している。理由を探っても、その力を手にした過去は覚えていない。以前は自分の出自についての問いだったが、今度は意義についての問い。もし何らかの意義があって翔一にアギトの力が目覚めたのだとしたら、一体その意義とは何なのか。自分にアギトの力を手にする資格があったのだとしたら、それは一体何だったのだろう。
もはやシステム本体すら失ったG3ユニットの会議の場で、今度こそ更迭か、と誠は腹を括る。以前浮上したユニット再編案は立案者の司が汚職を働いたことで有耶無耶になったが、今度こそ逃れられないかもしれない。巨額の資産が投じられやっと完成したシステムを修理不能まで破壊されてしまった。責任は被ることになるだろう。
会議には誠と小沢、北條も出席している。やはり小沢が構想中の新しいG3の装着員として、上層部は北條を推薦するつもりだろうか。
だが、会議の内容は誠の予想を遥かに超えていた。渡された資料の表紙を凝視する誠の隣で、小沢が警備部長を映すPCへ噛みつくように訊く。
「V-1システム………。何ですかこれは?」
上司に向かって相変わらずな小沢の態度に嘆息しつつ、部長は答える。
『北條主任が立案した、対アンノウンのための新しいシステムだ。同システムが完成した場合、G3システムに取って代わる可能性がある』
そんなことは初耳だ。部長の口ぶりからしてまだ完成には至っていないようだが、こうして資料が作成されているということはある程度話は進んでいるのだろう。そのことに我慢ならなかったのか、小沢は立ち上がり強い語気で言う。
「待ってください。私が提案したG3-Xのことをお忘れではないですか?」
『忘れてはいない』と怪訝そうに補佐官が、
『我々は北條主任のV-1システム、小沢管理官のG3-X両方を完成させ、どちらか優れたほうを正式に採用したいと考えている』
その言葉を聞いて、小沢は追求を止めて大人しく椅子に腰を戻す。その口元に浮かんだ微笑を北條は見逃さない。
「何が可笑しいんです? 自信満々ということですか?」
「まあ、そういうことなら頑張りましょう、お互い」
「V-1プロジェクトは、既に日本のトップ頭脳によって動き始めています。スタッフリストを見れば、あなたにも分かるはずだ」
北條はそう言って、開いた資料のページを見せる。そのページにはプロジェクトの参加メンバーが、証明写真と経歴を添付された上で記載されている。全てが盛りを過ぎた、老年に差し掛かろうとしている男性だ。名前の横に太字でそれぞれの専門が記載されている。ロボット工学やエネルギー工学は勿論、精神医学を専門とする者まで計画に携わるらしい。
小沢のことだから歯牙にもかけない言葉で一蹴してしまうと思ったが、彼女は無言のままページを見下ろしている。それを見て、北條は不敵に微笑んでいた。
4
「特訓ですわ!」
梨子を見送った後、集合した部室でダイヤが開口一番にそう宣言する。当人と曜たちメンバーの熱量はかなりの差があって、妹のルビィに至ってはPCのキーを叩いて完全に無視を決め込んでいる。
「また?」と千歌が冷めた声で訊く。「本当に好きずら」と花丸も先輩相手に容赦ない。そこで「あっ」とルビィが声をあげたから、メンバー達の関心はそちらへと移りPCの画面に注目する。
どうやらルビィはラブライブのホームページで、別地区での予選についてチェックしていたらしい。先に行われた予選の動画のなかで踊っているのは、
「これって、Saint_Snow!」
千歌が興奮した声色でそのふたりのグループ名を言う。曲は東京スクールアイドルワールドで披露したものと同じらしい。ルビィが動画の説明欄にあるテキストを読み上げる。
「北海道予備予選をトップで通過した、て」
「へえ」と果南が感慨深そうに、
「これが千歌たちが東京で会った、ていう………」
そういえば、3年生たちはまだSaint_Snowとは会っていない。イベントで上位入賞を逃しはしたが、あの艶やかなパフォーマンスを目の当たりにすれば、彼女たちも闘志を燃やすことだろう。
「頑張ってるんだ………」
千歌は嬉しそうに呟いた。親しい間柄、とまではいかず、むしろ厳しい言葉を投げかけられた相手だが、同じスクールアイドルとして知り合いが努力を実らせたことは曜にとっても喜ばしい。千歌にとってSaint_Snowは競争相手というより、スクールアイドル仲間という認識が強いのかもしれない。
「気持ちは分かるけど、大切なのは目の前の予備予選。まずはそこに集中しない?」
そう冷静に告げる果南をからかうように鞠莉が、
「果南にしては随分堅実ね」
「誰かさんのお陰で、色々勉強したからね」
「では」と共にダイヤはぱん、と両手を叩き会話を打ち止めにさせる。
「それを踏まえて――」
ダイヤの言う「特訓」の場は屋上ではなくプールだった。とはいえ水は抜かれていて、1年近く放置されている間に発生した藻がこびり付く床をデッキブラシで擦りながらメンバー達はこの状況の意味について考えているのだろう。
そう、特訓と聞いていた。だから予選に向けた練習メニューをダイヤが考えてきてくれていたと思っていたのに――
「何でこうなるの!」
千歌がとうとうその疑問を投げた。
「文句言ってないでしっかり磨くのですわ!」
ひとり、プールサイドに立って場を監督するダイヤが告げる。「ずらっ」と声がしたほうに目を向けると、ぬかるんだ床に花丸が足を滑らせて、すぐ傍で作業していたルビィが巻き添えを食って共倒れしてしまう。
「これで特訓になるの?」
千歌の疑問に答えたのはダイヤではなく悪戯に笑う鞠莉だった。
「ダイヤがプール掃除の手配を忘れていただけね」
道理で今年はプール開きが遅いな、と思った。生徒会長としての不手際を指摘されたダイヤは噛みつくように、
「忘れていたのは鞠莉さんでしょう」
「言ったよ。夏休みに入ったらプール掃除何とかしろ、て」
「だから何とかしてるじゃないですか!」
「へえ、何とかねえ」
おちょくる理事長に睨みつける生徒会長。ふたりをどう静めたらいいか、間にいる千歌も対処に困っている。
「生徒会長と理事長があんなんで大丈夫?」
巻き添えを食らうまい、と遠くで傍観を決め込んでいる善子が、傍にいる果南に訊く。いくら親友でもこれはフォローしきれないのか、「わたしもそう思う……」と果南は苦笑を返すことしかできない。
何とかダイヤの怒りが頂点に達しないよう、千歌は「まあでも」と、
「皆で約束したもんね。生徒会長の仕事は手伝う、て」
その言葉を好機とみて、更衣室の影でずっと待機していた曜は満を持して燦々と煌めく太陽のもとへと踏み出す。他の皆より準備に手間取り、ずっと出るタイミングを窺っていた。
「そうだよそうだよ、皆ちゃんと磨かなきゃ。ヨーソロー!」
皆の注目を確かに感じながら、自宅のコレクションから引っ張り出してきた水兵服に敬礼も更に身を引き締める。断じてセーラー服じゃない。
「デッキブラシといえば甲板磨き。となれば、これです!」
とここまでは決めることができたものの、ぬかるみに足を滑らせて盛大に尻もちをついてしまう。
「あなた、その恰好は何ですの!」
遅れてきた上に恰好もふざけている、とダイヤには映ったのか檄を飛ばされる。「本当にいつになったら終わるのやら……」とひとり嘆いている横で、尻をさする曜を心配そうに見ていた千歌の口元にふ、と笑みが浮かぶ。
そういえば、幼い頃も似たようなことがあったな、と曜は思い出す。確か海岸で捕まえたフナ虫を、虫嫌いな美渡に見せて脅かせたことがあった。当然ふたり揃って叱られたのだが、そのとき千歌はやっちゃったね、というように曜へ笑みを向けていた。
あの頃から自分たちは何も変わっていない。人生の大半を共に過ごしてきたから、ちょっとした所作で互いの考えていることが分かってしまう。今も変わらないし、これからも変わることはないだろう。
そんなことを想っていると、曜の口元も綻んだ。