ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第4話

 

   1

 

 不可能犯罪の現場は毎度のこと騒然とし、鑑識たちは戸惑いの声を交わしている。人間の手では実行不可能だからこその「不可能」犯罪で、その犯行は想像の遥か上をいく。

 まるで嘲笑われているみたいだ、と誠は思った。お前たち人間にできないことが我々にはできる、と。

 犯罪の類型には劇場型犯罪というカテゴリがある。メディアに大きく報道され、世間に衝撃と動揺を与えることを目的とした犯罪。犯罪史上を辿ればロンドンの切り裂きジャックが代表例だろう。警察はアンノウンの存在を秘匿することに躍起だが、もしこの事件現場が報道されたら世間を騒がせることは間違いない。

 現場になったのは沼津市内のビジネスホテル。被害者は出張でこのホテルに宿泊していた香川県在住の40代男性だった。不可能犯罪の例に漏れず、捜査遅延のための身分証持ち出し等の隠蔽工作は一切なく、被害者の身元割り出しは容易だった。

 もっとも、被害者の身元が分かったところで、そこから捜査は泥沼にはまってしまうことになるのだが。

 誠の見上げる先。天井から被害者の死体はぶら下がっている。それも、スラックスに包まれた両脚だけ。床には片方だけ脱げた革靴と、ホテルの自動販売機で購入したと思われるビールの缶が転がっている。部屋で1杯やろうとしていたのだろう。

「見ましたか?」

 声をかけてきたのは、誠よりも遅れて現場入りしてきた北條だった。上階から戻ってきたらしい。上階にも捜査の範囲が及んでいる。何故なら上階の床からは、被害者の右腕が突き出しているからだ。

「まるで、コンクリートに吸い込まれたような殺され方だ」

 まだ現場検証は完了していないが、恐らく天井に穴を開けた形跡は発見できないだろう。アンノウンは人智を超えた力で被害者を天井に埋め込み殺害した。推理も何もあったものじゃないが、これが揺らぎようのない事件の真相だ。

「急いだほうが良いでしょう。G3-XとV-1システムの完成を」

 北條は強く言う。

「そして、どちらかがアンノウンを倒さなければならない」

 正直、両システムの有用性を競うことに関して、未だ誠は賛同することができない。競う意義を感じられない。でもこうして事件が起こってしまった今となっては、そんな根本の問題に思考を巡らせる余裕もなくなった。

 今は「力」が必要だ。

 G3の後を引き継ぐ、アンノウンに対抗できるだけの力が。

 

 

   2

 

 西の空から放たれる黄昏の陽光が、浮かぶ入道雲を茜色に染め上げている。昼間は蒼かった内浦湾も反射する色を変えて、藍とも朱とも取れるひと時のグラデーションを持っている。

 いつもなら千歌は自室の窓から、曜は帰路のバスの車窓から見るこの景色を、この日は海に面した近くのコンビニの駐車場で共有していた。他所から来た者にとっては何かセンチメンタルな気分になれそうだが、地元民のふたりにとっては毎日見ている風景で、特に感慨なんてものはない。ここに立ち寄ったのも、練習終わりの買い食いだ。ついでに土地が余りある地方ならではの広いコンビニ駐車場で、ダンスの練習に打ち込んでいる。

 結局、昼間の練習ではコツを掴めないまま時間ばかりが過ぎてしまった。3年生たちは生徒会の仕事を片付けるため、練習はいつもより早く切り上げた。でもやっぱり曜としては無為に1日を過ごすことを許容できず、千歌に練習を提案した。

 千歌はふたつ返事で賛成してくれたのだが、場所を変えても事は劇的に変わるわけでもない。

「ごめん」

 やはりふたり並ぶところで、距離を詰め過ぎてしまい方をぶつけてしまう。「ううん」と千歌はかぶりを振り、

「わたしがいけないの。どうしても、梨子ちゃんと練習してた歩幅で動いちゃって………。もう1度やってみよう」

 「うん」と応えながら、曜はふと気付く。梨子と練習していた歩幅。元々は梨子とのセンターだったのだから、相棒に梨子を想定して千歌が動いてしまうのは当然のことだ。いくら千歌に合わせようとしても、曜のステップで動いてしまえば、また失敗してしまうだろう。

 「じゃあ行くよ」と位置につく千歌を「千歌ちゃん」と呼び止め、

「もう1度、梨子ちゃんと練習してた通りにやってみて」

 「え、でも……」と戸惑う千歌に「良いから」と告げて曜は自分の位置につく。きっと、千歌も曜に合わせようと意識していたのかもしれない。それが動いているうちに梨子を相方としたステップを踏んで、それでタイミングがずれてしまったのだろう。上手くできるかは分からないが、やってみる価値はある。

「いくよ」

 千歌が位置についた頃を見計らって、再びステップを踏む。距離を取ったところで同じパートを踊り、次にふたりは歩み寄り背中が合わさりポーズをとる。

 一通りのパートで、初めてタイミングが合った。

「おお、天界的合致!」

 様子を見ていた善子が、意味の分からない称賛を飛ばしてくる。

「曜ちゃん!」

 千歌が驚きの混ざった、でも嬉しそうな声をあげる。

「これなら大丈夫でしょ?」

「う、うん……。流石曜ちゃん、凄いね」

 千歌が梨子との動きをしてしまうのなら、曜が梨子の歩幅を真似すればいい。至って単純な話だ。曜としても、1回目で成功するとは思わなかったが。後日果南に見てもらって、細かい部分に綻びがあれば調整しなければ。でも、昼間は全く合わなかったステップがようやくものになった。それだけでも今日の中では十分すぎる収穫だろう。

 スマートフォンの着信音が聞こえる。これは千歌の端末の音だ。

「あ、梨子ちゃんからだ!」

 隅に置いてある鞄から取り出した端末の液晶を見て、千歌は嬉しそうに声をあげる。それを聞いて、店内にいたルビィと花丸がアイスを手に出てきた。連絡してきたということは、もう現地入りできたのだろうか。

 ずっと笑顔で通話していた千歌は「あ、ちょっと待って。皆に変わるから」と端末を耳から離す。

「花丸ちゃん」

 たまたま近くにいた花丸にスマートフォンを差し出す。機械にあまり馴染みのない家庭で暮らす花丸は目の前の精密機械に慄きながら、意を決して声を出す。

「え、えーと………、もすもす?」

 緊張のあまり出た訛りで分かったのか、スピーカーモードに切り替わった梨子の声は少し離れた曜にも聞こえた。

『もしもし、花丸ちゃん?』

 「み、未来ずらあ!」と花丸は驚きのあまり仰け反ってしまう。既に数年前から普及している代物なのだが。「何驚いてるのよ」と隣にいる善子が呆れ気味に、

「流石にスマホくらい知って――」

『あれ、善子ちゃん?』

 電話越しに呼ばれ、善子は何かのスイッチが入ったのか「フフフ……」と不気味に笑う。

「このヨハネは堕天に忙しいの。別のリトルデーモンに変わります」

 とルビィを端末の前に差し出す。逃げたな、とこの場で思ったのは曜だけではなかっただろう。

『………もしもし?』

 険のこもった声で、電波を越えた先で梨子の呆れ顔が目に浮かぶ。恐怖を感じたのか「ピギイイイイッ」と悲鳴をあげながらルビィは駐車場に植えられたシュロの樹に隠れてしまう。

「どうしてそんなに緊張してるの? 梨子ちゃんだよ?」

 千歌が訊くと花丸は未だスマートフォンを凝視しながら答える。

「電話だと緊張するずら。東京からだし」

「東京関係ある?」

 ふと曜の視界にコンビニのビニール袋が映り、それを拾い上げる。ルビィが落としたものらしい。曜と千歌が頼んだミカン味のアイスが入っている。

「じゃあ曜ちゃん」

 そこへ、千歌がスマートフォンを差し出してくる。

「梨子ちゃんに話しておくこと、ない?」

 話すことか、と曜は逡巡する。報告すべきことはある。梨子のパートを曜が務めることになった。何かアドバイスがあれば聞いておいた方がいい。でも、この時それを聞くのは抵抗があった。

 有難いことに、スマートフォンがアラームを鳴らす。バッテリー残量が残り少ないらしい。

「あ、ごめん電池切れそう」

 「またって言わないでよ。‥‥‥まただけど」と罰が悪そうに千歌は苦笑している。何度も電話してるんだ、と思うと同時に何故か喉の奥が詰まったような感覚を覚える。作詞担当と作曲担当なのだから、電話で相談することくらいあるだろう。当然なのだが、どうしても意識に引っ掛かって離れようとしない。

 通話を切ると、千歌はスマートフォンを大事そうに抱える。まるで梨子との大切な繋がりと捉えているように。

「良かった、喜んでるみたいで」

 そう呟く千歌も喜んでいるようだった。千歌の喜びは曜の喜びでもある。幼い頃から一緒にいた曜と千歌は喜びも辛さも、抱いた感情を共有してきたと言っていい。曜が水泳の大会で優勝したときも千歌は自分のことのように喜んでくれたし、千歌の父が亡くなったときも曜はもうひとりの父親を失ったように悲しかった。

 でも今は、千歌の喜びに共感できない。手元のアイスを見て、曜は誰にも気づかれないほど小さな溜め息を漏らした。ふたつでワンセットになっている棒アイス。無意識にパックを割ったそれらが、まるで自分たちに見えてしまう。

「じゃあ曜ちゃん」

 不意に呼ばれ、「え……」と曜は人生の大半を共有してきた親友へ視線を向ける。

「わたし達ももうちょっとだけ、頑張ろっか」

 一切の邪さがない無邪気な顔で千歌は言う。その顔に陰りを降ろしたくなくて、曜は似たような笑顔を取り繕った。さっき梨子の動きを真似したように、この時の笑顔も千歌の真似と思わずにいられなかった。

「うん、そうだね」

 

 生徒会室の机には、未処理の書類やらファイルやらが山積みになっている。理事長として生徒会の事情もあらかた把握している鞠莉はともかく、果南は予想以上だったのか書類の山へ向けた呆れ顔をダイヤへと移す。

「こんなに仕事溜めて。ひとりで抱え込んでたんでしょ?」

 「違いますわ、これはただ……」とダイヤは言うが、見事に目が泳いでいる。もっとも、ひとりで抱え込んで、なんてことは果南も人の事を言えないのだが。どうせダイヤのことだから、兼部している他の役員たちに仕事を割り振れなかったのだろう。会長として容量が悪い。それが何事にも正直すぎるダイヤらしいことだが。

「仕方ないなあ。これからはわたしと果南が手伝ってあげましょう」

 そうおどけてみせて鞠莉は部活動予算案の紙を手に取る。その拍子に、山の頂から髪が1枚零れてしまった。床に落ちたそれは部設立の申請書で、承認の判が押されていない。そもそも、設立には最低でも5人必要なのに部員の欄にはふたりの名前しかない。

「あれは……?」

「スクールアイドル部の申請書ですわ。以前千歌さんが持ってきた」

 懐かしむようにダイヤは言う。まだ数ヶ月前のことなのに、鞠莉も懐かしさを覚えながら申請書を拾い上げる。まだ頭数も揃っていないのに活動を始めた千歌の話を聞いて、とても可笑しかったことはよく覚えている。でも同時にこの子なら、と希望を見出せた。予感は的中し、鞠莉はこうしてまたふたりと一緒にいる。

「あら、最初はチカっちと曜のふたりだったのね」

 「意外?」と果南が訊く。

「てっきりStartはチカっちと梨子だとばかり思ってマシタ」

 ふたりは曲作り担当だし、曜は水泳部との兼部だから。

「まあ、確かにそう見えなくもないですわね。今の状況からすると」

 ダイヤの言葉に、鞠莉は「そうデスネ」と頷きを返す。

 梨子は今年度に音ノ木坂学院から転入しているが、千歌との仲は随分と長いように傍から見て取れる。それだけ短期間でふたりは交流を深めてきたのだろう。でも、梨子よりも長く千歌といた曜はそれについて何を想っているか、何となく鞠莉には察しがついた。

 

 

   3

 

 小沢がGトレーラーに戻ってきたのは、誠が現場から戻って2時間後だった。

「どこ行ってたんですか小沢さん!」

 カーゴに入ってきた上司を尾室は荒げた声で迎える。尾室がこんな態度を取ってしまうのも無理はない。彼は誠たちがトレーラーを出払っていた頃、V-1システムの進捗状況を知らされていた。V-1システムは先ほど設計の最終調整を終えて、いよいよスーツの作製に入るらしい。

「G3-Xはどうするんです? まだ設計図もできてないじゃないですか。やばいですよこのままじゃ」

 新しいアンノウンの被害者が発生した今、一刻の猶予もない。先に完成したシステムの方が実戦に投入され、そのまま採用されるかもしれない。小沢にとっては不戦敗になる。

 まくし立てる尾室を無視して、小沢はひと言も発しないままデスクについてPCを立ち上げる。キーボードにかざされた小沢の指は、今まで見たことがないほどのスピードでキーを打ち始めた。液晶に映し出される数字とアルファベットの羅列は、コードの入力されるスピードに遅れ気味のように見えた。すぐにプログラムを書き終えたのか、小沢は新しいウィンドウを立ち上げてそこへまた猛スピードでコードを入力していく。

 プログラミングについて誠は全くの素人だから、小沢の組み立てるコードが何を意味するのか全く理解できない。プログラムの完成度よりも、小沢の迷いのなさに舌を巻いた。基礎的な部分はG3をベースとしているのだろうが、G3から発展させるべきもの、逆に排除すべきものを取捨選択し設計を進めていく。

 ほどなくして全てのプログラムが組み上がったのか、コンピューターはプログラムを3D化し全体像を自動算出していく。

「これが、G3-X………」

 画面に映ったシステムのデザインは、G3の装甲をより重厚化させた印象を受ける。単純にパワーは上がっているだろう。この短時間で設計図ができてしまうとは。後は微調整が残っているのか、小沢は引き続きキーを打つ。

「小沢さん、本当に天才だったんですね………」

 うっかり失言してしまった尾室はすぐ「あ、すみません」と謝罪する。作業に集中している小沢は耳に入っていないようで何の反応ないのだが、

「ひっく」

 不意に小沢の口から飛び出した奇声に、誠は尾室と共にびくり、と肩を一瞬震わせる。今のはしゃっくりか。天才でも小沢だって人間なのだから横隔膜の痙攣くらい起こすだろう、と思っていたのだが、誠はそこで小沢から放たれる臭気に気付いた。

 何やらニンニク臭い。それに酒の匂いもする。漂う、というより鼻腔を刺すような酸味のきつい。まさか酒気帯びでG3-Xを設計していたのでは。

 急激に不安が押し寄せてくるが、今は小沢の天才性を信じるしかなかった。

 

 

   4

 

 演習場の壁と天井を固めるコンクリートが、ゆっくりと進む誠の靴音を反響させる。地下演習場での訓練では実弾を使用するから、いつもは実戦同様G3システム全てを装備して臨んでいた。でも今はG3が大破し、後継機のG3-Xもまだ完成していない。今回の誠の装備は、インナースーツにG3の予備部品を流用した腕部と脚部のユニットだけと脆弱だ。ヘルメットも市販のバイク用を改造したもので、内部には通信用インカムとVRディスプレイが搭載されている。

『用意はいい? 氷川君』

 インカムから聞こえてくる小沢の声に「オーケーです」と応じる。

『このシミュレーションでは、実際にG3-Xを装着して敵と戦ったときと同じ負荷があなたの体に掛かることになる。あなたにはG3-Xが完成する前に完璧に扱いを覚えてほしいの。良いわね』

「はい」

 システムが完成した後になって訓練しては、いざアンノウンとの戦闘で本来の性能を発揮できない。スーツの完成と同時に実戦投入できるよう、装着員である誠はシステムを意のままに操ることを求められる。そのことに異論はない。完成を待つ間、アンノウンによる殺人が発生していても何もできないのはもどかしい。やれることがあれば、やっておくことに越したことはない。

『じゃあ、いくわよ。ARシミュレーション開始』

 視界――正確には頭部を覆うバイザー――に微かなノイズが走る。同時にずん、と体全体の重量が増した。視界を降ろすと纏っていないはずの胸部装甲が映っている。試しに右腕を振ってみる。装甲の重量感はあるが、動きを阻害されることはない。筋力補正もしっかり再現されている。インナースーツに張り巡らされた信号素子が、誠の神経に疑似的な信号を送っているからだ。拡張現実(Augmented Reality)を併用したシミュレーション。実戦と同様の環境を作り出し、より正確なデータ採集が期待される演習だ。

 再び視界にノイズが走る。前方数メートル先にモザイクが生じ、粗かった画素が精密になっていき、何度も対峙した異形の存在を形作る。

 仮想の敵として現れたのは亀の姿をしたアンノウンだ。G3で唯一撃破に成功した個体。アンノウンは映像には映らないが、グラフィックデザイナーは提供された資料を基に見事な異形ぶりを再現してくれた。

 アンノウンが駆け出し誠へと迫ってくる。右太もものホルダーからGM-01を抜き発砲。実際に弾丸は入っていないはずだが、ARによって右腕には反動を感じ、耳には銃声が入る。5発放った銃撃は1発も漏らすことなく命中するが、やはり牽制用の装備では堅牢な肉体に傷は付けることができない。命中した弾丸は全て弾かれ、床に落ちてからん、と軽い音を立てる。

 肉迫したアンノウンが剛腕を振りかざし、誠は左腕で防御する。実際に敵は存在しない。モニタリングしている小沢と尾室には、誠が貧弱な装備でひとり動き回っているように見えるだろう。だが誠の腕には送信された電気信号で衝撃が発生し、ほぼ実戦といって差し支えのない緊迫感をもたらす。敵の腕力とシステムの衝撃吸収機構から算出された痛みは微々なものだ。G3では間違いなく装甲が破損していた攻撃も、G3-Xなら理論上では耐えられる。

 受け止めた腕を払いのけ、がら空きになった胸に右拳を打つ。更に左拳でもう1発。敵の顔面を打った瞬間、左手に鈍い痛みが走った。咄嗟に手を抑えたことで敵の反撃を許してしまう。痛みを抑えつけ、誠は目の前の敵に集中する。

 右から拳を腕で防御、一瞬の隙を逃さず左手で顔面を殴打。更に腹部への膝蹴りを見舞い、体幹バランスを崩しにかかる。狙い通り、どっしりと構えていたアンノウンがよろめく。そこで敵の片腕を脇で固め、拘束しつつ顔面に拳を浴びせていく。

 拳を打つ毎に、腕の筋肉が軋みをあげていく。咄嗟に蹴りを入れた。反撃の隙は与えず、すかさず胸に渾身の拳を入れる。

 ぶち、という感覚が右腕を貫く。その感覚がはっきりとした痛みへと変わる前に、蹴りを入れた。

 アンノウンの体が大きく跳ぶ。地面に打ち付けられた敵は苦しそうに悶えた後、内部からの爆発で身を四散させた。

『お疲れ様。以上でシミュレーションは終了よ』

 小沢の声が聞こえ、誠はだらりと力の入らない腕を垂らす。シミュレーションに集中していたからか、いつの間にか自身の顔面が汗に塗れていることに気付く。呼吸も粗い。ヘルメットは密閉されていないが、顔の閉塞感からかいくら呼吸しても酸素が取り入れられた気がしない。

『氷川君、どうかした?』

 スピーカーから聞こえる小沢の声に「大丈夫です」と言おうとするが、声が出ない。ひどく喉が渇いた。ああそうだ、シミュレーションは終わったんだった、と遅れて気付きヘルメットのバイザーを上げようとする。でも、腕に力が入らない。

「氷川君!」

 また小沢の声が聞こえる。でもおかしい。スピーカー越しのはずがやけに音がクリアだ。視界がぼやけてくる。体の感覚も朧だ。自分が立っているのか座っているのかも分からない。ここはどこだ。僕はシミュレーションを終えて控え室で一息ついているはずでは。

 がしゃん、と金属のぶつかる音がした。何だ、何が起こった。続く小沢の声すらも遠くなっていく。

「氷川君、氷川君!」

 

 

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