ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
これで良かったんだよね。
夏の虫たちが鳴き声を重ねている帰路の道中、曜は裡で自身に言い聞かせた。昨日にコンビニの駐車場でステップのコツを掴んだことで、この日の練習は順調に終えることができた。果南監修の下で千歌との連携も更に磨きがかかったし、後は曲全体の練習を通して細かいすり合わせを行えばいいとの見立てだ。
何も憂うことなんてないはず。それなのに、何で自分はこうもすっきりと過ごせないのか。
「うりっ」
不意に、そんな声と共に胸を鷲掴みにされる。羞恥よりもまず驚愕で、曜は全身を硬直させた。
「Oh! これは果南にも劣らな――」
そんな痴漢者の言葉など最後まで聞く前に、羞恥と怒りが込み上げる。咄嗟に曜は、父親譲りの護身術で相手の腕と胸倉を後ろ手に掴み背負い投げを見舞う。相手もまさか反撃を食うとは思わなかったようで、受け身もとれず見事尻から地面に落とされる。
「Ouch!」
その甲高い声と視界に入った金髪で、曜は痴漢の正体を驚愕の混ざった声で呼ぶ。
「ま、鞠莉ちゃん⁉」
不可抗力とはいえ、先輩でしかも学校の理事長を背負い投げてしまった。ただ鞠莉のほうも自身の行いを自覚しているのか、文句を飛ばさず打った尻をさすりながら罰が悪そうに笑った。
「ねえ翔一い、もう十分じゃない?」
桐箪笥にモップをかけながら、美渡が疲れたように間延びした声色で言う。「何言ってんの」と翔一は揚々と箪笥を指で擦りながら、
「まだこんなに埃たまってるんだから、もっと丁寧に拭かないと」
「うへえ」と美渡はモップ掃除を再開する。いくら文句を言ったところで、今の翔一は止められそうにない。千歌も練習から帰ってきていきなり掃除に駆り出されているが、頭にタオルを巻いて張り切る翔一を見ると喜んで手伝う気になれた。
良かった、と裏庭で座布団の埃を叩き落としながら千歌は笑みを零す。ここ最近、翔一は塞ぎ込んであまり家事をしなかったから。料理は欠かさず作ってくれたけど、あまり手の込んだものがなくて味気なく感じていた。理由は分からないけど、結果として彼が元の翔一に戻ったのだから気にすることはない。
「でもどうしたの? 急に大掃除だなんて」
床の畳を箒で掃きながら志満が訊くが、長姉もどこか嬉しそうにしているのが分かる。
「しばらく掃除サボっちゃってましたから。この際綺麗さっぱり片付けましょうよ」
何でも今日は朝から掃除しているらしいのだが、翔一は疲れた様子なんて微塵も見せない。
「美渡、この箪笥どかすからそこ持ってよ」
「えー?」と指名された美渡は口を尖らせる。それでも翔一はお構いなく、
「こういう目に見えない所にこそ埃が溜まるんだからさ。ほらほら早く。俺これ終わったら夕飯作らないと」
「もう………」
「あ、あと美渡の部屋も掃除しといたからさ。いやあ散らかってて大変だったよ」
「ええ⁉ ちょっと勝手に掃除しないで、て言ったじゃん!」
「だってお菓子の袋とかそのまんまだったから。流石に俺も見てられなくて」
「はあ……」と溜め息を垂れながらも、美渡は翔一の反対側に手をかける。「せーの」という掛け声で箪笥を持ち上げたとき、翔一は顔に浮かべていた笑みを一気に冷まし明後日のほうを向いた。
ぞわり、と千歌の背中に冷や汗が伝う。その表情の意味を知らない美渡は「翔一?」と眉を潜める。
「ごめん、俺ちょっと!」
持ち上がった箪笥から手を離し、翔一は頭からタオルを無造作に取って玄関へと走り出す。落下の衝撃で揺れる箪笥を支えながら、美渡は「ちょっと翔一!」と声を荒げた。
その文句も、千歌の視線にも気付かないまま、翔一はヘルメットを手に外へ飛び出していった。
2
沼津湖にある水門「びゅうお」は震災時に発生する津波を防止するために建造された。平常時には運用されず、曜もまだ10数年の人生の中で閉じたところを見たことがない。とはいえ400トン以上の扉体を支える巨大建造物は地方集落の沼津では珍しいもので、巨体を活かし地上約30メートルの連絡橋に展望デッキを併設することで観光施設としての役割を果たしている。前後ガラス張りのデッキからは蒼い駿河湾、目を転じれば緑生い茂る沼津アルプスも望めて、自然の雄大さに嘆息できるだろう。
景色は間違いなく絶景なのだが、平日の夕方にびゅうおの展望デッキには曜と鞠莉のふたりしかいない。水門には展望台以外には売店もアトラクションもないから、娯楽施設としてはセールスポイントがあまりない。しかもワンコインだが入場料を取られる。地元民は必ず1度は来る場所だし、また来たいか、と訊かれてもそれほどの価値があるとは残念ながら言い難い。
何故ふたりがこんな水門の展望台にまで足を運んだかというと、鞠莉からの誘いだった。鞠莉はまだ沼津に戻って数ヶ月だから、久々の景色を楽しみたいのだろう、と曜は予想していた。でも、それは少しばかり外れたらしい。
「チカっちとはどう?」
デッキに着いて早々、鞠莉は景色を眺めることなく切り出す。
「千歌ちゃんと?」
「ハイ、上手くいってなかったでしょう?」
「ああ、それなら大丈夫。ふたりで練習して上手くいったから」
そもそも鞠莉だって今日の練習に参加していたのだから、千歌とのステップが合っていたことは知っているはず。「いーえ」と鞠莉はかぶりを振り、
「ダンスではなく」
「え?」
「チカっちを梨子に取られて、ちょっぴり――」
唐突に鞠莉は両腕を伸ばし「嫉妬fire!」と歌いだす。
「が燃え上がってたんじゃないの?」
「し、嫉妬⁉ まさかそんなこと――」
言葉では一蹴できても、挙動までは取り繕うことができず曜は真正面にいる鞠莉から目を逸らす。嫉妬なんてあるはずない。梨子だって大切な友達なのだから。千歌との息が合わなくたって、元は梨子とのダブルセンターなのだから急遽曜が相方になればずれが生じるのは当然のこと。嫉妬する理由がない。
「ぶっちゃけtalk!」
と鞠莉は曜の両頬を掴んで視線を矯正するどころか、頬を引っ張ってくる。さっきの背負い投げの仕返しか。
「する場ですよここは」
だから人気のないびゅうおを選んだということか。解放された曜は頬をさすりながら金髪の先輩を見上げる。
「鞠莉ちゃん……」
「話して。チカっちにも梨子にも話せないでしょ?」
そう言って鞠莉はベンチに座ると、「ほら」とその隣に曜を促す。普段は自由奔放な面が目立つのに、いざこういう先輩らしいところを見せられると調子が狂う。何だか練習よりも疲れた気がしたが、曜は促されるまま鞠莉の隣に腰掛けた。
何から話せばいいのか逡巡する。この気持ちはどう言葉に表せばいいのだろう。こういう改まった時に限って上手くできない。普段なら小手先で大抵のことはできてしまうのに。自身に呆れながら、曜は未だ取りまとめのつかない裡を何とか言葉として紡いでいく。
「わたしね、昔から千歌ちゃんと一緒に何かやりたいな、てずっと思ってたんだけど。そのうち中学生になって………」
中学に進学した曜は迷わず水泳部に入った。幼い頃から続けていたことで、他の部に入ることは選択肢に入れていなかった。千歌も誘ったのだが、他の部も見てから決める、というのが返答だった。だから気長に待って進級してからでも中途入部を勧めてみよう、と思っていた。でも2年生になって間もなく、千歌の父が何者かに殺されてしまった。大好きだった父親を殺された千歌の落ち込む様は傍にいた曜でさえ辛くて泣き出してしまいそうで、とても部活なんて誘う余地はなかった。結局千歌は帰宅部のまま中学を卒業して、高校でも中学の延長だと思っていた。
「だから、千歌ちゃんが一緒にスクールアイドルやりたい、て言ってくれたときは凄く嬉しくて。これでやっと一緒にできる、て思って」
千歌の夢は曜の夢。千歌が輝きたい、と願うなら、曜も千歌の隣で一緒に輝きたい。ふたりならできる、と信じて疑わなかった。
「でも、すぐに梨子ちゃんが入って、千歌ちゃんとふたりで歌作って、気付いたら皆が一緒になってて。
仲間が増えたことは素直に嬉しい。梨子のお陰でAqoursの曲を作れるようになったし、後輩だってできたし、3年生が入ってくれたお陰で歌もダンスにも磨きがかかった。仲間の存在が喜ばしい事は、そこから生まれる疎外感を否定する根拠にはならない。大勢で楽しそうにスクールアイドル活動に励む千歌。その隣には梨子がいて、ふたりの間に曜が立ち入る余地はない。千歌の隣にいるのはいつも自分だったはず、という自負は崩れていき、千歌にとっての渡辺曜という存在が疑わしくなっていった。
「それで思ったの。千歌ちゃん、もしかしてわたしとふたりは嫌だったのかな、て………」
視界が霞んでくる。いつの間にか涙が浮かんでいたらしい。ああ、確かに嫉妬だ、と裡で自嘲する。ただ長く一緒に過ごしてきただけなのに、どうしてそれが千歌の隣にいられる理由になれるというのか。
「Why? 何故?」
素朴な疑問を鞠莉は向けてくる。「わたし、全然そんなことないんだけど――」と前置きし曜は応える。
「何か容量良い、て思われることが多くて。だからそういう子と一緒に、てやりにくいのかな、て………」
思い返してみれば、幼い頃から曜と千歌は何かと比較されることが多かった気がする。毎年、夏休みの終盤になっても千歌は宿題が終わっていなくて、序盤で既に終わらせていた曜が手伝っていると決まって美渡から皮肉を言われていた。
――少しは曜ちゃんを見習いなよ――
家庭科の授業で、課題の裁縫が上手くできない千歌を見かねた教師も、
――渡辺さん、高海さんにやり方教えてあげて――
水泳部の先輩から言われた何気ない一言。
――渡辺さんとあの子って、何か対称的よね。あの子何か普通、ていうか――
千歌は決して何事にも劣っているわけじゃない。それなのに、一緒にいる曜が多少人より手先が器用なばかりに、常に比較され劣等性というレッテルを貼られているのだとしたら、曜の存在は千歌にとって毒でしかないのかもしれない。
今が、千歌ちゃんと離れる良い機会なのかな。そんなことが脳裏に浮かび上がってきたところで、
「ていっ」
不意に頭に手刀を叩かれた。結構強めで「いたっ」と反射的に声をあげる。すかさず鞠莉は両頬を手で覆い、強引に曜の顔を至近距離で向かい合わせる。
「何ひとりで勝手に決めつけてるんですか?」
「だって――」
抗弁の余地も与えてくれず、鞠莉は曜の顔を「うりゃうりゃ」と弄んだ後にようやく放してくれる。
「曜はチカっちのことが大好きなんでしょ? なら、本音でぶつかったほうが良いよ」
本音。その言葉に重みを感じると、鞠莉は包み隠すことなく少し恥ずかし気に笑う。
「大好きな友達に本音を言わずに、2年間も無駄にしてしまったわたしが言うんだから、間違いありません」
狩野川からの水が海へと放たれる用水路までバイクを走らせた翔一は、感じ取れる異形の存在を頼りに迷うことなくハンドルを傾け方向転換する。トンネルを抜けて空間が開けると同時、眼前に黄色い影が掠めた。咄嗟にバイクを急停止させる。シートから降りて振り返ると、そこには人型のシルエットでありながらハチのような複眼を持ったアンノウンが翔一を睨んでいる。傍には腰を抜かした壮年の女性が、怯えに顔を歪ませて息も絶え絶えに場から離れようとしている。恐らくアンノウンの標的だろう。アンノウンのほうも翔一の存在を察知しこの場での標的を切り替えたらしい。間に合って良かった。
「変身!」
翔一は変身した。その姿にアンノウンは「アギト!」と憎しみを込めた声で呻き、頭上の光輪からレイピアのような細身の剣を引っ張り出す。縦横に繰り出される剣戟を避け、翔一は敵の腹に拳を打つ。あまり手応えがない。アンノウンは寸でのところで後退し衝撃を最小限にしてみせたようだ。「フッ」とニヒルに笑い、再びレイピアを突き出してくる。剣の軌道を手で逸らし、肉迫したところで腕を掴み投げ飛ばす。だがアンノウンは素早く立ち上がり武器を構え、間合いを取りながら攻撃のタイミングを窺っている。
何て素早い相手だ。見切れなくはないが、徒手空拳の構えでは分が悪いか。敵の剣を避けつつ背後へ回り、背中に蹴りを入れて距離を取る。ベルトの球からハルバードを取り出し、
振り降ろされたレイピアをハルバートで防御し、弾くと同時に先端の刃を胴めがけて滑らせる。だが敵も強化された翔一のスピードに追随し、寸前にレイピアで刃を阻む。一瞬の隙。アンノウンは俊敏に体を反転し、勢いを増した蹴りを翔一の胸に叩き込む。
スピードに上乗せされたパワーで、翔一の体は狩野川の対岸にまで突き飛ばされた。敵が跳躍し、川を飛び越えようとしてくる。翔一もすぐさま立ち上がり跳躍した。河川上空で両者が交差し、すれ違うその一瞬を見極めた翔一は眼前へ突き出されたレイピアを紙一重で避けつつ、その胴にハルバートを一閃する。対岸へ渡ると同時、両断されたアンノウンの体が川に着水し爆発の飛沫をあげていった。
敵の最期を見届けた直後、また頭蓋に戦慄が走る。察知した方へと視線を転じると同時、第2の敵が跳びかかってきた。咄嗟にハルバートを突き出し、いなされると同時に顔面へ拳をぶつける。
さっきのと同じハチのような姿をしたアンノウンだ。呻き声が女のようで、さながらメスバチといったところか。お仲間を殺されたことで大層ご立腹らしく、その拳がハルバート越しでも重く圧し掛かる。どうやらパワーとスピードは先のオスバチよりも高いらしい。メスバチは翔一のハルバートを手から弾き落とし、首に手をかけてくる。みし、と首筋を締め付けられる寸前に腹への蹴りで引き剥がし、ベルトから刀を引っ張り出して超越感覚の赤へと変わる。
剣を構え、相手の出方を窺いながらじりじり、と間合いをゆっくり詰めていく。向こうもまた翔一の動きを探っているようで、翔一は1歩進むと向こうも1歩後退し間合いを保ち続ける。
来ないのなら、こちらから先手を切らせてもらう。
翔一は上段から刀を振り降ろす。避けられ、背後へ回られたところで背中に肘打ちを食らってしまう。すかさず刀の柄で敵の脇腹を突き、怯ませたところで刀を一閃する。首を狙ったのだが、咄嗟に頭を傾けられたことで額から突き出した触覚の1本を落とすに留まる。だが掠り傷でも負傷したことに脅威を感じたのか、メスバチは背中の羽を震わせ飛び経つ。追跡しようにも、敵は山陰に隠れてしまった。いくらアンノウンの存在を察知できる翔一でも、常に感じ取れるわけじゃない。ここで追ったとしても、悪戯に体力を消耗して満足に戦えはしないだろう。
ふと視線を降ろす。切り落とされたメスバチの触覚はほどなくして、蒸発するように塵となって霧散していった。
3
『血縁関係がない? どういうことかね?』
不可能犯罪捜査本部報告会の場で、警備部長が液晶の奥から怪訝な顔を向けている。第1の殺人から1週間も経たず、ふたり目の被害者が出てしまった。被害者が発見されたのは勤務先である沼津市内のビルで、死体はコンクリートのビル壁に埋め込まれ腕だけ突き出した状態だったという。
同一個体のアンノウンによる犯行というのが、捜査員たち全員の推理だ。同じ個体ならば血縁者を狙うはず。だから捜査本部は、香川在住の第1の被害者の親族へと護衛の刑事を向かわせた。香川県警に協力を要請したのだが、アンノウンという懐疑的な存在のために人員を割けない、と突っぱねられ、沼津署の捜査員を出向させる羽目になった。だから今回の犯行は捜査本部にとって完全に不意打ちだったわけで、現場の刑事たちはこぞって戸惑いの表情を浮かべている。何せ香川にいる遺族は無事で、まさかの近場で事が起こってしまったのだから。
『アンノウンは血の繋がった親族を襲うはずだが』
不可能犯罪の例に漏れず、現場から被害者の身分証は持ち去られていない。だから身元の割り出しは迅速に行われる。河野がその結果を読み上げる。
「それが、ふたりの被害者たちはお互いまったくの他人で、血縁関係はありません」
誠は未だ軋む手で資料の束をめくる。シミュレーション中に昏倒してしばらく安静にしていたから第2の現場には訪れていないが、誠が赴いたところで新しい発見があったなんて傲慢さは持ち得ていない。
「もしかしたら――」
ここまで静観を決め込んでいた北條が口を開く。議場にいる全員の視線が集中し、補佐官が『何かな、北條主任』と促す。
ややあって、北條は言う。
「昨日、アンノウンに襲われたという女性の証言によりますと、アギトと戦ったアンノウンが1体逃走しています。その際に受けた傷が、アンノウンの行動と関係があるのかもしれません」
『傷を負ったアンノウンが暴走を始めた………、といことか?』
補佐官が重々しい声色で訊く。「はい、あるいは」と北條が簡潔に答えると、画面の中にあるその顔が青ざめていくのが見て取れる。ただでさえ警察の手に余るアンノウンが無差別に人を襲うなんて、いよいよ対処方がなくなった。しかもG3が大破した今という、最悪のタイミングで。
『G3-X及びV-1システムの進捗状況はどうなっている?』
警備部長の質問に、間髪入れず北條が「順調です」と即答する。
『これ以上アンノウンによる被害者を増やさないためにも、一刻も早い両システムの完成を期待している』
急がなければ悪戯に被害者は増え続ける。アギトがいるから心配ない、なんて悠長に構えてはいられない。G3-Xもスーツの製造に入っている。小沢が完全な対アンノウン用戦闘システムとして開発されたG3-Xの性能は疑っていない。扱えるかどうか、それは誠の肩にかかっている。
僕がしっかりしなければ。
自然と腕に力が入るのだが、びり、と走った鋭い痛みに顔をしかめる。
「どうした?」
隣に座る小沢に気付かれた。「何でもありません」と誠は答え、額に浮いた玉汗を手で拭った。
人間の筋肉とは、本人が意識していなくても使われているものだ。何か動作をするときは勿論、寝床で横になっているときでさえ、姿勢を安定させるためにどこかの筋肉が使われている。だから、あまり負担をかけないよう意識しながら歩いていても、誠の無意識のうちに収縮する筋繊維は悲鳴をあげてくる。
「氷川君?」
会議からGトレーラーへ戻る道中、危うく崩れそうになった膝を抑えつける誠に小沢が探るような視線を向けてくる。「いえ――」と上手い言い訳を考えようとしたとき、北條が近付いてきたのは幸いというべきか。
「象徴的ですね、氷川さん」
「どういう意味よ?」と小沢の興味が移る。北條はこちらへと歩きながら、
「あなた方G3ユニットも、足元が危ないということです。V-1システムがG3-Xより優れているということが証明されれば、当然G3ユニットは解散になる」
「何言ってんの下らない」
足を止めた北條は「下らない?」と反芻して次に「どうかな?」と鼻で笑い、
「V-1プロジェクトのリーダーはあなたの恩師にあたる高村教授だ。あなたの手の内は全て知っています」
「私は高村教授の全てを知っている。でも彼は私のごく一部しか知らないわ」
「相変わらずはったりだけは天才的だ。ま、すぐに答えは出ますよ」
北條は小沢への眼光を鋭くする。
「V-1システムは勿論、私が装着します。私に相応しいシステムをね。今度こそ、私の本当の力を発揮できるでしょう」
「面白いおとぎ話ね」
「あなたの与太話よりはましですよ」
散々痴話喧嘩を繰り広げてようやく気が済んだのか、北條は再び歩き始める。
「北條さん」
誠が呼ぶと、北條はまた足を止め小沢に向けたのと同じ、いやそれ以上に鋭い眼光で振り返る。それに臆することなく、誠は宣言する。
「僕は負けません。必ず、あなたに勝ってみせます」