ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第12章 はばたきのとき / 完璧マシン
第1話


 

   1

 

 G3-Xのガトリングが発砲される寸前に、翔一は駆け出していた。走りながらすぐ後ろで地面が穿たれる音が聞こえる。真っ直ぐ向かっていったら良い的だ。弧を描き弾丸の雨から逃れながら、翔一は徐々にだがG3-Xへと接近していく。ある程度に間合いを詰めると、跳躍し一気に肉迫した。武器をもぎ取ろうと手をかけたが、容易に振り払われてしまう。

 再び銃口が向けられた。すかさず手を添えることで軌道を逸らし、体を反転させると共に回し蹴りでようやく武器を払い落とす。

 これで五分。そう思ったのだが、武器を失ったG3-Xは尚も拳で応戦してきた。その拳の重さもだが、無駄のない所作に恐怖すら覚える。まるで拳を翔一がどう防御するかを考慮し、それも計算に入れて攻撃を仕掛けているようにしか思えない。このG3-X、中には確かに人が収まっているはずなのに、挙動が的確すぎて機械じみている。

 徹していた防御が崩れ、がら空きになった腹に膝蹴りを食らってしまう。ごほ、と咳き込みながら倒れる翔一にG3-Xは容赦なく顔面を踏み付けようとしてくる。避けて立ち上がろうとするが、それもお見通しだったのか頭に蹴りを入れられた。重心を崩され再び倒れそうになるが、寸前で腕をばねに逆立ち跳びして距離を取る。でもそれは、相手に武器を回収させる余地を与えてしまうということ。

 G3-Xが拾い上げたガトリングの銃口は、真っ直ぐ翔一へと向けられている。相手は人間だから、と手加減するつもりでいたが、それは危険な油断だ。怪我を負わせることになってしまうかもしれないが、ここは全力をもって無力化しなければ。でなければこちらがやられる。

 はあ、と息を大きく吐き、翔一は角を開く。足元に浮かんだ金の紋章が足へ渦巻き、跳躍しようとしたときだった。

 G3-Xが膝をつき、そのまま崩れるよううつ伏せに倒れる。

 一体どうした。込み上げる力を押し留め、角を閉じる。そこへサイレンと共に、トレーラー車が広場へ入ってくる。ここで警察と相まみえるのは面倒だ。翔一はバイクへと走り、変身を解くと愛車を駆って広場から離れていった。

 

 

   2

 

 まだ夢と現実の境が曖昧な意識の中で、ぴ、ぴ、と一定のリズムで電子音が刻まれている。うっすらと開けた目は、自身を見下ろすふたりの人影を明瞭にできず朧気に映している。

「氷川君?」

「氷川さん」

 その声を聞いて、ようやく意識がはっきりしてきた。

「小沢さん………」

 体感が認識できていくにつれて、問いもまた増えていく。何故僕は寝ているんだ。マヌーバーはどうなった。アンノウンは――

 体を起こそうとするが、尾室に阻まれる。

「駄目ですよ氷川さん。まだ寝てなきゃ」

 体が酷く軋む。シミュレーションの時に負った怪我は完治したはずなのに。

「ここは……、僕は一体………」

 自分の声すらもくぐもって上手く聞き取れない。そこで誠は自分の口元にある酸素マスクに気が付いた。

「病院よ。あなたは演習中に北條透のV-1システムを破壊。そのままアンノウン出現の連絡を受けて出動したのよ」

 淡々と小沢の口から告げられた事実に、誠はどうにも実感が伴わなかった。まるで他人事のようにぼんやりとしている。

「僕が………?」

「詳しく教えてちょうだい。あなたはG3-Xを装着して、それからあなたに何があったのか」

 誠は記憶を探ってみる。おそらくそう時間は経っていないのだろう。でも記憶はまるで遠い過去のように朧気だ。昨夜食べた夕食のほうがまだ鮮明に思い出せる。

「はっきり覚えているのは、北條さんが僕に銃を向けて………。あの直後に、意識が朦朧として…………」

「それから?」

「それから、どうもはっきりしないんですが………。ただ……ずっとアンノウンと戦っていたような気がするんですが………」

 奇妙な記憶だ。北條に銃を向けられてからアンノウンとの戦闘。その間にあるはずの記憶が思い出せない。いや、小沢によると誠は北條を攻撃していた。まさか、最初に戦っていた記憶のあるカメのアンノウンは北條だったというのか。まさか、何でV-1をアンノウンと見間違えるのか。

「僕にも、何が何だか分かりません………。何故僕が北條さんを…………」

 小沢はしばし無言でいたが、ややあって「あくまで仮説だけど」と口を開く。

「北條透が氷川君に銃を向けた瞬間、G3-XのAI機能が作動したのよ」

 そうだ、と誠は思い出す。あの時、AIが攻撃を提示してきて、誠はそれを拒否した。目を見開いたことで小沢は得心がいったのか、

「あなたはV-1システムの武器を叩き落とそうとするG3-Xの動作に抵抗した。記録を解析してみたら、その時マスクの酸素濃度が急激に下げられていたわ。それであなたは意識障害を起こした。AIにシステムの主導権を奪われたのよ」

 「じゃあ」と尾室が口を挟む。

「その後のG3-Xの行動は暴走した、てことですか?」

 「いえ」と小沢はかぶりを振り、

「G3-Xはロボットじゃないわ。一時的にシステムを掌握したとしても、それは反撃の一手のみのはずよ。あそこまで勝手なことはできない。演習の直前、氷川君は緊張から脈拍と血圧が上昇していた。だからほんの些細なことでも過剰に反応して、その反応をAIが拾ってしまったの。北條君を攻撃したのは、朦朧とした意識で彼をアンノウンと誤認してしまった意思にG3-Xが同調したから」

 つまり、AIは曲がりなりにも誠の意思と同調し、それに相応しい行動を促していたのか。暴走していたのはAIではなく、誠の意識のほうだったということ。

「何だか微妙ですね。一体どっちが主人なんです。氷川さんとG3-Xと」

 尾室の問いに、小沢も答えあぐねている。装着員かAIか。システムを操る者の境界をどう決めたらいいのか。

 

 

   3

 

 穏やかな波の音に引き寄せられるように、彼女は渚へと走っていく。脱いだ靴を片手に提げて。年齢は、自分とそう変わらなそうな若い女性だ。真っ白なワンピースを海風に揺らしながら、海水に足を浸しその冷たさに子供のようにはしゃいでいる。

 彼女は両手で海水を掬うと、それを勢いよく宙へ撒いた。散っていく水粒が陽光をきらり、と反射する。その数々の光を満面の笑みで見届けると、彼女はその笑顔をこちらへと移した。

 ――こっちに来て――

 その声を境にして、翔一は夢から醒めた。

 

 女の人の夢を見る。

 翔一がそう打ち明けてきたのは、いつもの朝食でのことだった。

「ここんとこ、毎日同じ夢を見るんだよね」

 鷹揚な翔一にしては珍しく、不安そうな面持ちで味噌汁を啜る。いつも食事を千歌たちと囲むときは笑顔を絶やさないのに。

「欲求不満なんじゃない?」

 と言う美渡を「こら」と志満が窘める。

「もしかすると、過去の記憶に関係があるのかもしれないわ」

 「どういうこと?」と千歌は長姉に訊く。

「翔一君の昔の恋人が夢に出てくるとか。もしかしたら奥さんかも」

 「奥さん⁉」と千歌と美渡は上ずった声を揃える。当のあまりにも突拍子がなさすぎるのか、何の気なしに漬物のキュウリ――畑で採れたもの――をぽりぽりと食べている。

「翔一くんが結婚してた、て?」

 「まさか」と翔一は笑い飛ばす。でも志満はそれで有耶無耶にはさせず、

「有り得ない話じゃないわ。単に可能性だけの話をするなら、子供がいたことも考えられるし」

「子供⁉ 俺の?」

 今度ばかりは翔一も驚いたらしい。

「志満姉、軽い調子で無責任なこと言い過ぎだって」

 美渡に言われ、志満は肩をすくめる。記憶喪失だから何もかもが確定じゃないけど、同時に全否定できることでもない。でも千歌には、どうしても翔一の家族というものが想像できない。妻子はおろか彼の両親も。というのも、アギトに変身できる翔一を産んだ母親とは、父親とは、または兄弟とは。同じ血統の家族もまた、翔一と同じ力を持っているのだろうか。

 ふと、千歌は翔一の仕草に目を細める。翔一は箸を置いて、何かを抱えるかのように腕を胸の前に添えている。

「翔一くん、何してるの?」

 訊くと、翔一は千歌へと視線を向け、

「………千歌ちゃん」

「何?」

「抱かせてくれないかな? 俺に子供がいるなら、抱っことかすれば思い出すかもしれないし」

 「ええ?」と千歌は困惑の声を返す。そんなことで思い出せるのなら、他にもきっかけなんて沢山あっただろうに。昔食べた食べ物の味とか、昔見たものと似た風景とか。

 とはいえ、体で覚えている、ということも有り得る。子供を抱くという感触を翔一の手が確かに覚えているのなら、良いきっかけになるかもしれない。子供扱いされるのは少々腑に落ちないが。

「うん、いいよ………」

 控え目な声で応じ、千歌は翔一の傍に座る。翔一は両腕を広げて、千歌はその腕の中へそ、と身を寄せた。翔一の腕がぎこちなく千歌の背に回り、もう片方の手が頭を撫でる。千歌を包む翔一からは洗剤と朝食の玉子焼きの匂いがした。父親、というより母親みたいだ。

 「うーん」と翔一は唸り、

「何にも思い出せないな」

 はあ、と溜め息をつきながら、千歌は翔一から離れた。何を期待していたのか、にやけながら美渡が言った。

「てか、千歌と同じくらいの子供だったら翔一て何歳よ?」

 

 

   4

 

 予備予選合格者 発表まで間もなく!

 

 スマートフォンの画面上に映るラブライブの大会ホームページには、未だにそのロゴが表示されている。

「まったく、どれだけ待たせるんですの?」

「ああ、こういうの苦手」

 ダイヤと果南がじれったさを苛立ちへと変えつつある。「落ち着いて」と千歌がなだめてみるが、それで収まるようなら苦労はしない。発表の日時は事前に告知されているのだから気長に待てばその時刻が訪れるはずなのだが、メンバー間でそれを呑気に待っていられる雰囲気はない。この日だって最初は部室に集合して結果発表を待つ予定でいたのだが、集合したのが発表時刻の2時間前ということもあって時間を持て余すことになった。練習でもして時間を潰そうか、という案も出たが、こんな時に集中できるはずもない。だから学校を出て、今は松月でお菓子を買っていたところ。

「ちょっと走ってくる」

 と制服のまま駆け出す果南に「結果出たら知らせるね」と言うが「いいよ」と返される。

「じゃあ知らなくていいの?」

 そう千歌が言うと、流石に果南は頭が冷えたのか足を止めてこちらへ戻ってくる。

「あんまり食べると太るよ」

 そう言ったのは鞠莉だ。ベンチに腰掛ける彼女の隣では、花丸が松月で買ったお菓子を食べている。因みに3個目。

「食べてないと落ち着かないずら」

 動いたり食べたり、何かとせわしないなかで、また変わった気の紛らわせ方をする者もいる。

「リトルデーモンの皆さん」

 店の駐車場にラインテープを張っていた善子が、そのテープで引いた魔法陣の中央に立つ。傍では儀式の準備を手伝わされたルビィが、呆れ顔でその様子を見ていた。

「この堕天使ヨハネに魔力を、霊力を。全ての………力を!」

 両腕を広げたところで、まるで茶々を入れるかのようにトラックが道路を走り去っていった。善子の魔力が呼び寄せたのはリトルデーモンではなくトラックだった。

「来た!」

 満を持して、曜が告げる。皆が彼女の周りに集まって、スマートフォンの画面に視線を集中させる。

「うう、緊張する………」

 ここに来て恐怖が千歌の裡に広がっていく。全力は出し切ったが、だからといって努力が必ずしも結果に繋がるわけじゃないことは身を以って知っているだけに。

「Aqoursのあ、ですわよ」

 ダイヤがまくし立てているところで、大会ぺージが更新された。50音順で発表されるのなら、Aqoursはきっと最初にあたりに名前が載るはず。表示された最初のグループ名を、曜は読み上げた。

「イーズーエクスプレス」

 しばし思考が停止する。全身の血液が流れを止めたような錯覚に陥り、全てが真っ白になる。その空白になった脳裏に、無慈悲な3文字が浮かんだ。

 落ちた。

 空白が色付き始め、それに伴い感情が付随してくる。これまで重ねてきた練習の日々が走馬灯のように過ぎ去ろうとしたとき、曜があっけらかんと言った。

「あ、エントリー番号順だった」

 その時、場にいた全員の力が抜けた。「もう、曜ちゃん」と口を尖らせる千歌に「ごめんごめん」と笑いながら、曜は画面をスクロールしながら引き続きグループ名を読み上げる。

「グリーンティーズ、ミーナーナ……、Aqours」

 ずい、と画面に顔を近付ける。確かにAqoursだ。「Aqua」でも「あくあ」でもない。千歌たち浦の星女学院の「Aqours」の文字が、しっかりと表示されていた。

 「あった!」「ピギャア!」と歓声が次々と上がっていくなかで、鞠莉のソプラノボイスが海沿いの町で一際高く響いた。

「Oh my God……。Oh my God…………。Oh my God‼」

 

 

   5

 

「どう、具合は?」

 病室を訪ねてきた小沢の問いに、はっきりとした声音で誠は答える。

「ええ、もう大丈夫です」

 酸欠を起こしただけで、シミュレーション時のような筋断裂はない。体調は良好だ。一応経過観察ということでしばらく入院は続くと医師から告げられたが、誠としては早く現場復帰したいところだった。事が大きく動いているというのに、自分だけこうしてベッドの上で何もできずにいることが酷くもどかしい。

「それより聞きました、尾室さんから。V-1システムを破壊したこと。僕のせいなのかG3-Xのせいなのか、責任の所在が問題になってる、て」

 小沢とすれ違いで見舞いに来てくれた尾室から、事の詳細は全て聞いている。

 あの演習で、G3-Xの攻撃を執拗なほどに受けてしまったV-1システムは大破した。システムの装甲は装着員を保護できないほど破壊され尽くし、それは先に大破したG3同様、修理はもはや不可能と開発チームから匙を投げられたらしい。装着員である北條は昏倒し救急搬送されたが、すぐに意識が回復し負傷も腕の筋を傷めただけで済んだ。左腕を吊った状態ではあるが、既に誠よりも早く現場に復帰しているという。

 当然、晴れ舞台を汚された北條はこの事態に怒りを露わにした。先日行われた聴聞会。G3-Xの暴走について小沢が説明を求められた場で、本来の議題を差し置いて北條は責任の追及を求めた。装着員の意思によってG3-Xが暴走状態に陥ったのなら誠が責を負う。G3-Xのシステムに欠陥があったのなら、対アンノウン装備としてV-1システムの採用という2択を警備部長へ迫った。

 だが、警備部長はG3-Xがアンノウンを撃破したことに重点を置いていた。撃退に留まっていたV-1システムに対し、最適な運用ではなかったにしろG3-Xはダメージを負うことなくアンノウンの撃破に成功している。その戦績から、上層部としてはG3-Xを採用するほうに意見が傾いているらしい。勿論、北條は納得しないだろうが。

 とはいえ、これから運用していくにあたってAIの暴走に関しては目を瞑るわけにはいかない。小沢には報告書と、問題の改善案の提出が求められた。現在、G3-Xは検査のため各方面へ設計データが配られている。どこに問題があるのか、どう改善していけばいいのか、第3者の意見を参考にしようということだ。スーツの製造を委託されたスマートブレイン社、V-1プロジェクトのスタッフである高村教授にも。

「すみません。全て僕のせいなのに」

 元はと言えば、誠が強く装着員に志願したからだ。シミュレーションの時点で適性がないことは分かっていたのに、無理矢理にも決行したから。

「小沢さんが言った通り、僕はG3-Xの装着員として失格だったんです」

「何を言ってるの? あなたは何も悪くないわよ」

「悪くない? 何故です? 僕が無理を言ってG3-Xを装着したからあんなことになったんです。僕の責任です。今度の会議で、自分の口からそのことをはっきりさせるつもりですが」

 G3-Xのシステムは完璧だ。その証拠に装着員である誠が意識障害を起こした状態にも関わらずアンノウンを倒してみせたのだから。問題があるとすれば装着員自身。AIと同調するための素質が必要で、誠にはそれがない。そのことを小沢はしっかりと警告してくれた。それを子供のように駄々をこねて、ユニットの立場を悪くしてしまったのは誠だ。事の全責任は誠にある。幸いにも、上層部はG3-Xの採用に前向きらしい。誠が大人しく身を引けば、小沢と尾室は引き続きユニットに残留できるはずだ。装着員に関しては、改めて厳正な審査をしなければならないだろが。

「あなた、何でいつも自分を責めるの? G3-Xのほうに問題があるとは思わないの?」

「小沢さんの設計したシステムに欠点があるとは思えません。僕の腕が悪いんです」

「もう1度言うわ。あなたは何も悪くないのよ。もっと自信を持ちなさい」

 自信、か。

 北條のように自分は優秀だ自分に間違いはない、などとがなり立てれば良いというのか。それは違う気がする。自信を持つのは、自分の非を認めず他者に責任を転嫁することじゃない。誰がどう見ても、誠の責任であることは事実だ。それこそ、自信を持って断言できる。

 

 

   6

 

 発表から1夜明けたが、未だに夢心地な気分から醒められずにいる。夢なんじゃ、と何度か頬をつねってみたが、痛みはしっかりとあって現実と証明してくれる。綴りが似ている他のグループなんじゃ、と発表のページを何度も見返したが、やはり何度見ても「Aqours」だ。

 突破した。まだ地方の予備予選だけど。

 わたし達、やったんだ。

 そんな嬉しさすらまだぼんやりしているのは千歌だけじゃないらしい。せっかくだしお祝いしよう、とこうして部室に集まったが、誰もが心ここにあらず、といった様子でいる。

「さあ、今朝採れたばかりの魚だよ。みんな食べてね」

 そう果南がクーラーボックスから出したお祝いの料理は、刺身の船盛だった。それを見てようやく現実へ引き返してきた千歌は呆れつつ尋ねる。

「何で、お祝いにお刺身?」

「だって、干物じゃお祝いっぽくないかな、て」

「それ以外にもあるでしょ。夏ミカンとか」

 「パンとか」とのっぽパンを食べながら花丸が言う。いやパンはお祝いに出すものじゃない。

 そこへ「見てください!」とノートPCを操作していたルビィが、皆に液晶を向ける。画面に映っているのは先日の予備予選での映像だった。運営委員会のほうでステージのパフォーマンスが撮影され、そのビデオは各グループへ記念として配られる。大半のグループがその映像をPVとしてスクールアイドルのソーシャルサイトにアップロードしていて、Aqoursもその例に漏れなかった。

「PVの再生回数が………」

 驚きのあまり、ルビィは声を詰まらせる。その続きを千歌は自分の目で確かめようと、画面の隅にある再生回数の数値へと視線を向けた。

 158,372回。

 まだアップロードして数日も経っていないのに、その数値は叩き出されていた。

「凄い再生数!」

 歓喜に沸いた曜の声が響く。

「それだけじゃなくて、コメントもたくさん付いていて」

 そう言ってルビィは動画ページのコメント欄を展開する。9万9千以上綴られたコメントは、どれも好意的なものばかりだ。

《可愛い》

《全国出てくるかもね》

《これはダークホース》

「良かった、今度はゼロじゃなくて」

 そう告げる曜に「そりゃそうでしょ」と善子が皮肉を飛ばす。

「予選突破したんだから」

 着信音が鳴った。千歌の端末で、画面には「桜内梨子」と受信先の名前が表示されている。

「梨子ちゃんだ」

 画面をタップすると、スピーカーモードに切り替えてテーブルに置いた。梨子の嬉しそうな声が、部室にいる皆の耳に届く。

『予選突破、おめでとう』

「ピアノのほうは?」

『うん、ちゃんと弾けたよ。探してた曲が弾けた気がする』

 その報告に「良かったね」と千歌は安堵する。送り出した甲斐があった。声だけでも分かる。梨子は答えを出せた。ピアノに対する気持ちを。彼女自身の音と、曲を。

 曜が力強く言う。

「じゃあ、次は9人で歌おうよ。全員揃ってラブライブに」

 まだ予備予選だ。次のまた次もある。関門を乗り越えた先には、更に厳しい関門が待っていることは理解している。だからこそ全員揃って、9人で歌いたい。ステージに立ちたい。

『そうね、9人で』

 「そして」とダイヤが告げる。その先にある、Aqoursの掲げるものを。

「ラブライブで有名になって浦女を救うのですわ」

 「頑張ルビィ」とルビィが姉の宣言に同意する。

「これは学校説明会も期待できそうだね」

 果南の言ったその台詞を、千歌は反芻する。

「説明会?」

 そういえば、千歌も中学生の頃に浦の星へ見学に来た。もっとも、最初から家から近い、という理由で受験先は浦の星と決めていたのだが。

「Septemberに行うことにしたの」

 と理事長の鞠莉が言う。

「きっと今回の予選で学校の名前もかなり知れ渡ったはず」

 ダイヤの言う通り、Aqoursは今や無名からラブライブ大会のダークホースと称されるまでのグループに昇り詰めた。

「そうね、PVの閲覧数からすると説明会参加希望の生徒の数も――」

 スマートフォンを操作した鞠莉が言葉を詰まらせる。しばし画面を凝視し、鞠莉は声を絞り出すように告げる。

「………Zero。Zero……、だね」

「嘘……、嘘でしょ!」

 ダイヤがヒステリックな声をあげた。参加希望者ゼロ。

「ひとりもいない、てこと?」

 曜の言葉で、今度こそ夢から完全に現実へと引き戻された。

 

 

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