ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第3話

 

   1

 

 もう学校を救っていたのか。

 部屋に貼ったポスターの中にいる彼女たちを眺めながら、千歌はその裡を探ろうとしてみる。もう数年前に活動していたグループだけど、その人気は未だに衰えることなく多くの少女たちの羨望を集め続けている。

 彼女たちのようになりたい。

 彼女たちのように人を笑顔にしたい。

 彼女たちのように輝きたい。

 そんな夢を抱きしめてスクールアイドルを志す少女は、今や珍しくもなくなった。千歌もそのひとり。

 初めて彼女たちを見た秋葉原での街頭モニターを思い出す。あの時は自分とそんなに変わらない、普通の人たちが頑張ってきらきら輝いている、と思っていた。どこにでもいる普通の高校生が学校を廃校の危機から救って、更に日本一のスクールアイドルにまで上り詰めた。

 だから同じことがわたしにもできる、と思った。彼女たちと同じように仲間と一緒に切磋琢磨すれば、かつてのサクセス・ストーリーを辿れるはずだったのに。

「何が違うんだろう?」

 千歌はひとり呟く。答えを求めても、ポスターの中にいるμ’sのリーダーからは何も帰ってこない。

「リーダーの差、かな?」

 高坂穂乃果(こうさかほのか)。音ノ木坂学院でμ’sを結成した少女。活動当時は千歌と同じ2年生だったらしい。多くの曲でセンターを務めた歌声とポスターの中で浮かべている満面の笑顔からは、きっと明るい人だったんだろうな、と予想できる。でも、それだけだ。それだけしか彼女のことは分からない。一体彼女が何を想いスクールアイドルをやっていたのか。当然、学校を救いたい、という想いはあったに違いない。でも当初の目標を果たした後の彼女は、何をもってラブライブ優勝へとグループを引っ張っていったのだろう。

「もう考えててもしょうがない」

 千歌はスマートフォンを手に取った。いくら想像を膨らませたとしても、結局のところμ’sの物語は本人たちにしか分からない。それにどうにも思索ばかりするのは性に合わない。

「行ってみるか!」

「どこに?」

 不意に聞こえた声のほうを向くと翔一がいた。

「あれ、翔一くん帰ってたの?」

「今気付いたの? ご飯できたから、降りてきなよ」

「うん、ちょっと電話してから行くね」

 

 また東京に行きたい。

 μ’sとAqoursのどこが違うのか。

 μ’sがどうして音ノ木坂を救えたのか。

 μ’sの何が凄かったのか。

 自分の目で見て、皆で考えたい。

 

 皆で、か。千歌ちゃんらしいな。

 千歌からその電話を受けて、まず梨子はそう思い微笑した。予備予選を通過したのに学校説明会の参加希望者がひとりもいなかったことは聞いている。梨子としてもそれは辛いことだし、もっと多くの人に浦の星の魅力を知ってもらいたい、と思う。

「わたしは1日帰るの延ばせばいいけど………」

 そう梨子が歯切れ悪く言うと、電話口から千歌に『けど?』と促される。

「ううん。じゃあ詳しく決まったらまた教えてね」

 それだけ言って通話を切り、梨子は滞在先の部屋で積み重ねられた薄い本を睨む。

「片付けなくちゃ………」

 久々だったから買いすぎた。何としてもこの秘密の本だけは死守しないと。

 

 

   2

 

 誠が職場復帰して最初の仕事は、聴聞会への出席だった。もっとも、糾弾の場としか言いようがないのだが。

『全く、信じられんよ』

 画面越しに警備部長の苛立ちが嫌というほど伝わってくる。

『民間人にG3-Xを装着させて出動するとはな。一体何を考えてるんだ』

 じ、と黙っていると『何とか言いたまえ氷川主任』と補佐官から発言を促される。

『君は自分のしたことが分かっているのか?』

「はい、どんな処分でも受ける覚悟はできています」

 度の過ぎたことをした、という自覚はある。でも誠も、考えなしに翔一にG3-Xを装着させたわけじゃない。

「ただ今回の件で、G3-Xの優秀性は証明されたと思いますが」

 『どういうことだね?』と警備部長が声を荒げる。その圧を感じながらも誠は臆することなく、

「何の経験もない民間人がG3-Xを操りアンノウンを倒すことができたんです。先日の暴走は、この私の責任です」

 これが翔一を出動させた理由だ。G3-Xは適任な人材が装着すれば最大限の性能を発揮することができる。つまり小沢の設計に欠点はない。演習時の暴走は、誠が我を押し通したから起こってしまったこと。処分を受けるのは小沢じゃなくて誠だ。

『君はそれが言いたくてこんな無茶をしたのか?』

 はい、と口を開きかけたとき、小沢の「待ってください」という声で遮られる。

「今回出動した津上翔一なる者は、以前私がG3-Xの装着員として目を付けていた人物です。氷川主任は私の意向に従っただけです。また、津上翔一は私の見るところ特殊な才能の持ち主であり、彼の働きが氷川主任の非を証明することにはならないと思います」

 「いえ」と誠は声を強める。

「私の責任です」

 小沢も負けじと、

「私の責任です」

「いえ、私の――」

「いい加減にしたらどうです」

 この責任の被り合戦を止めたのは北條だった。

「G3-Xがどのようなものか確かめる方法は、この際ひとつだけだ。この私が、G3-Xを装着してみればいい」

 その提案に小沢は苛立ちを強める。

「何言ってんの? あなたはV-1システムの装着員でしょ」

 『いや、それがだ』と警備部長は少し疲れたような声で言う。「何か?」と上司に強気を崩さない小沢の姿勢に溜め息をつきながら、

『北條主任には既に伝えたのだが、高村教授から連絡があってな。V-1開発プロジェクトを放棄したい、と』

 「何ですって?」と小沢は上ずった声をあげる。誠も驚いていた。あの小沢への対抗心に溢れた男が、言うなれば彼女との勝負を降りるなんて。そういえば、G3-Xのデータは高村にも渡された。やはり、教え子の天才性を目の当たりにして挫折したのだろうか。

 北條を見るが、彼は何も言わず口を結ぶばかりだった。

 

「全く思い切ったことをやってくれたわね、あなたも」

 Gトレーラーへ戻る道中で、小沢が言った。すみません、と謝ろうとしたのだが、それは「小沢さん」と後ろから足早に追いかけてきた北條によってお預けになる。うわ、とあからさまに嫌な表情を作る小沢に北條は構うことなく、

「先ほどは失礼しました。いやあ、お互いにかばい合う姿には胸が熱くなりましたよ」

「分かってるわよ、あなたの魂胆ぐらい」

「何のことです?」

「V-1システムが駄目になって今度はG3-Xを乗っ取ろう、て腹でしょ。でもそう上手くいくかどうか」

「乗っとる? 人聞きが悪いな。私はいち警察官として全力を尽くしたいだけですよ」

 否定しないということは、本当にG3-Xの装着員に志願するつもりか。でも、北條に扱えるだろうか。翔一の戦闘をオペレートした誠も、彼の特異性は曖昧だが感じ取っている。

 彼は底が知れない。オペレーションが終わった後も、夕飯の支度をしたいから、と早々に帰ってしまった。銃を握った感触、戦闘時の緊張。それらを全く意に介すことなく、すぐに日常へと帰還してしまった。彼は戦いの経験があって、体に染みついているのではないか。記憶喪失で過去が分からないだけに、そんな想像をしてしまう。

「それにしても興味がありますね。あなたが目を付けたという津上翔一なる人物。果たしてどんな人間なのか」

 そんな北條の問いに、小沢は早口で返答する。

「身長2メートル体重150キロ。岩をも砕く肉体とコンピュータ並の頭脳を持った男よ」

 一体どんな鉄人だ。その嘘に誠は呆れるが、北條は信じたようで目を見開いていた。

 

 

   3

 

 来るのは2度目でも、やはり首都の名前を持つ駅のドームに立った感動は薄れることがない。各地方への新幹線が運行するこの駅から多くの人が東京を訪れて、または東京から各地へと散っていく。

「賑やかだねえ」

 千歌が都会ならではの喧騒を堪能していると、いつも以上に自身を律しようとするダイヤの声が聞こえる。

「皆さん、心をしっかり。負けてはなりませんわ。東京に呑まれないよう」

「大丈夫だよ。襲ってきたりしないから」

 前に来たときは花丸とルビィがアンノウンに襲われたけど。やっぱり翔一くんにも来てもらったほうが良かったかな、なんて考えているとダイヤの険のこもった声が飛んでくる。

「あなたは分かっていないのですわ!」

 まあ沼津とは大違いだから気負ってしまうのは分かるが。隣にいるルビィなら知っているだろうか。

「何であんなに敵対視してるの?」

「お姉ちゃん、小さい頃東京で迷子になったことがあるらしくて………」

 なるほど、道も路線も複雑でどこへどう行けばいいか分からなくなったわけだ。梨子曰く東京に住んでいても新宿駅や池袋駅の構内や路線を完全に把握できている人は少ないらしい。

「トラウシだね」

 「トラウマね」と善子に訂正された。

「そういえば梨子ちゃんは?」

 そう訊く曜に「ここで待ち合わせだよ」と応えながら、千歌は丸の内駅舎のロビーを見渡す。多くの人が行き交う構内で、彼女は思いのほかすぐに見つかった。何故ならコインロッカーで荷物を詰め込もうと奮闘している少女に目が留まって、それが梨子だったから。

「梨子ちゃん?」

 千歌が声をかけると、何やら大袈裟に驚いた梨子は短い悲鳴をあげてこちらへ振り返る。コインロッカーに入れようとしている荷物は結構な量があるらしく、今も手で押さえつけていないと崩れそうだ。梨子は何やらぎこちない笑顔を浮かべ、

「千歌ちゃん、皆も」

「何入れてるの?」

「えっと……、お土産とか、お土産とか………お土産とか――」

 「わあ、お土産!」とはしゃいだ千歌が駆け寄ったら、驚いた梨子が手を離してしまい詰め込もうした紙袋が床に落ちる。中身が散乱、とまではいかなかったものの、紙袋からはみ出したのが本らしきものだったことが気になりしゃがんでよく見ようとする。

 突然、視界が暗転した。

「わあ見えないよ!」

 すぐ梨子に目元を遮られたと悟ったのだが、いくらもがいても梨子はなかなか離してはくれなかった。

 そんな合流早々トラブルに――梨子にとってはかなりのトラブルだったらしい――見舞われたが、無事に全員揃い荷物もロッカーに収納できたところで、梨子が心底安堵したように言った。

「さあ、行きましょうか」

 「とは言っても、まずどこに行く?」と曜が訊く。そう、この東京行きはμ’sゆかりの地を巡る旅なのだが、具体的にどこへ行くかを千歌はまだ皆に言っていない。

「Tower? Tree? Hills?」

 と鞠莉が候補を挙げていく。おそらく東京タワー、東京スカイツリー、六本木ヒルズのこと。東京に来たなら見ておきたい場所ではある。でもそれは「遊びに来たわけではありませんわ」とダイヤによって却下される。

「そうだよ、まずは神社」

 千歌はかねてから予定していた場所を告げる。

「実はね、ある人に話聞きたくてすっごい調べたんだ。そしたら会ってくれる、て」

 「ある人? 誰ずら?」と花丸が訊いてくる。

「それは会ってのお楽しみ」

 と顔を近付けて言うのだが、何故か花丸は怯えた表情を浮かべていた。後で、このとき千歌の目元には梨子に押さえられた手の跡がくっきり残っていたことを知った。

「でも話を聞くにはうってつけの凄い人だよ」

 きっと皆驚くだろうな、とはやる気持ちを抱きながら、千歌は先頭を切って歩き出す。

 

 長い間変身していなかったおかげか、ここのところ体調は安定している。手に刻まれていた不気味な皺は消えて、今は年相応の瑞々しい肌になっている。

 できることなら、このまま穏やかに暮らしていきたいものだが。

 その切な願いはきっと叶わないだろう。怪物どもが現れれば涼の力は戦いへと促す。誰かと心を通わせても、涼のもうひとつの姿を見れば離れていく。そして涼の力は涼の体を蝕んでいく。

 それでも、涼はこのアパートの狭い部屋に閉じこもっているわけにはいかない。あかつき号。父親の死の遠因になったあの船で起こったのは、ただの海難事故なんかじゃない。何としてでも真実を突き止めなければ、故郷にある父の墓を参ることもできない。

 それに果南。たとえもう会うことが叶わなくても、それでも守り続けると誓った少女。果南を傷付けようものなら、怪物だろうと人間だろうと容赦はしない。それで自身が傷付こうが構うものか。

「アギト………!」

 憎しみに満ちた声で涼は呟く。奴は絶対に許さない。前は余計な横槍が入ったせいで仕留め損ねたが、今度こそ逃がしはしない。

 涼はヘルメットを掴み、部屋から出て行った。

 

 

   4

 

「すみません急にお邪魔しちゃって」

 押しかけるも同然に訪ねてきても、翔一は嫌な顔ひとつせず「いえいえどうぞ座ってください」と誠を茶の間へと促してくれる。飲み物は冷たい麦茶を出してくれた。窓辺に吊るされた風鈴と相まって、仕事中なのにここへ来るとつい和んでしまう。

 こんな場所でお茶を出すこの人好きな青年が、G3-Xを扱ってみせたことなんて信じられないほどだ。

「で、今日はどんなご用です?」

「G3-Xのことです。無理なお願いを聞いてもらって」

 「ああ」と翔一は思い出したように漏らす。彼にとって、あの戦闘はさほど大きな出来事ではない、ということか。接するほど不思議な青年だ。誠も認識を改めなければならない。

「君にあんな才能があったとは驚きました」

「そんな大したことないですって。何か簡単でしたし」

 さらりと言った翔一は麦茶を飲む。

「簡単……?」

「ええ、誰でもできますよあれくらい。猿でもできます」

 誠の頬が硬直する。シミュレーションで全身の筋肉が断裂したのも、演習で暴走したのも、猿が装着していれば起こらなかった、ということか。

「僕は、猿以下ということですか?」

「そんなムキになることないじゃないですか」

 そこで、正面玄関の引き戸が開く音がした。「はいはい」と翔一はお客を出迎えに行く。

「お邪魔します」

 ほどなくして、翔一に促されたお客が茶の間に入ってくる。何気なく視線を向けてお客と目が合うと、互いに驚愕の表情を浮かべた。

「北條さん」

「氷川さん」

 北條の麦茶を持ってきた翔一に、誠は簡潔に北條が同僚であることを説明すると、翔一は感心するように、

「へえ、北條さんも刑事さんなんですね。凄いなあ」

 「でも北條さんは何故ここに?」と誠は尋ねる。

「G3-Xを見事に使いこなした、津上翔一さんに是非お会いしたいと思いましてね」

 それを聞いた当の本人は照れ笑いを浮かべる。

「そんな大した事ありませんて」

「いえ、君ではなく津上翔一さんのことです」

 次第に小沢の嘘を真に受けた北條が憐れに思えてきて、誠は真実を告げる。

「彼が津上さんです」

 北條は改めて翔一の顔を眺め、しばし逡巡したのちにようやく声を絞り出す。

「……………は?」

 無理もないだろう。身長2メートル体重150キロ、岩をも砕く肉体とコンピュータ並の頭脳を持った男、という触れ込みで訪ねてきたのに、本物は身長目測180センチ体重恐らく60キロ代。その手は畑の野菜を優しく包み、頭の中で組み立てているのは料理の献立という平凡極まりない青年だ。

 誠のスマートフォンが鳴った。「失礼」と背広のポケットから出す。小沢からだ。

「はい氷川ですが」

『氷川君、あなた今十千万にいる?』

「はい」

『そっちに津上翔一君はいるかしら?』

「ええ、いますが」

『彼と変わってくれる? ちょっと話したいことがあるの』

「ええ………」

 気になりながらも、誠は「津上さん」と翔一にスマートフォンを差し出す。

「小沢さんが、君と話がしたいそうです」

 「俺に?」と戸惑いながらも、翔一は端末を受け取った。

「はい、お電話代わりました」

 

 神田明神へ続く男坂の階段を上り切ると、社殿の前で待ってくれていた先方が見えた。幾重にも重なるこちらの足音に気付いたのか、その待ち合わせの相手、Sain_Snowのふたりはこちらを振り向く。

「お久しぶりです」

 愛想よく、でも不敵な表情を崩さずに挨拶をする聖良に千歌も「お久しぶり」と返す。

「何だあ………」

 と失礼な落胆と共にへたり込んだのは黒澤姉妹だ。駅で千歌が待ち合わせの相手をもったいぶってから何やら興奮してサイン色紙まで用意してきた。

「誰だと思ってたの?」

 鞠莉の質問にルビィは苦笑して誤魔化し、ダイヤは表情を険しくしたまま口を結んで答えようとしない。まさかμ’sのメンバーに会えるとでも思っていたのだろうか。それは流石に無理だ。Saint_Snowと連絡が取れたのは、ふたりが在籍している学校のホームページに連絡先が載っていたから。音ノ木坂学院のホームページにμ’sの連絡先は当然のごとくない。

 μ’sメンバーたちの現在については、ひとりも分かっていない。秋葉原でのライブで活動を終えた彼女たちは、その後ひとりも表舞台に戻ることなく姿を消した。インターネットでは様々な憶測が行き交っているけど、どれも信憑性は薄い。消息の不透明さが、それほど遠い過去の人間でもない彼女たちの神秘性に拍車をかけている。もしさらに時間が経ったら、実在すら疑われてしまいそうだ。

 普通の少女からトップアイドルになった彼女たちは、普通の少女に戻っていったことになる。

 立ち話も何だから、と千歌たちは聖良が事前に予約していた店に場所を移した。その店はかつて、UTX学園という高校の校舎として使用されていたビルの1画にある喫茶店だった。

 UTX学園。スクールアイドル界隈では、音ノ木坂と同じく知らない者はいない。スクールアイドルというジャンルを世間に広めたA-RISEというグループが在籍していた高校。彼女たちは初めて行われたラブライブ大会で優勝し、第2回大会では惜しくもμ’sに負けてしまったが、それでも当時のスクールアイドルの代表格として揺るぎない人気を誇っていた。秋葉原での路上ライブも、A-RISEの働きがあってこそ実現したという。彼女たちもまた、μ’sと同じスクールアイドル黎明期を代表するグループ。

 現在UTX学園は生徒増加に伴い新設された校舎へ移設されている。残されたビルは「A-RISEがいた学校」というセールスポイントから、当時の内装がそのまま保持されカフェやレストランの商業ビルとして運営されることになった。

「凄いところですね」

 通されたラウンジのソファに腰掛けた千歌は緊張と共に言う。広いカフェスペースの中で区切られたこの一画は、かつてA-RISEの特等席として使用されていたらしい。一般人も入れるようになった現在でも、予約を取るのは難しいとか。

「予備予選突破、おめでとうございます」

「coolなperformanceだったね」

 梨子と鞠莉の賛辞を受けながらも聖良は浮かれた素振りを見せることなく、

「褒めてくれなくて結構ですよ。再生数はあなた達のほうが上なんだし」

 「いえいえ」「それほどでも」と曜とルビィが満更でもなさそうに言う。

「でも――」

 聖良のその声が、ラウンジに緊張を走らせる。

「決勝では勝ちますけどね」

 あくまで聖良は笑顔だ。隣で憮然と座っている理亜とは対照的に、Aqoursに敬意をもって接してくれている。だからこそ、その宣言は本気なんだ、と千歌には分かる。

 聖良は続ける。

「わたしと理亜はA-RISEを見てスクールアイドルを始めよう、と思いました。だから、わたし達も考えたことがあります。A-RISEやμ’sの何が凄いのか。何が違うのか」

 きっと、スクールアイドル達にとっては珍しくもない問いなのだろう。多くのグループがA-RISEやμ’sを目指し、その輝きを自分たちも得ようと奮闘している。

「答えは出ました」

 千歌の問いに「いいえ」と聖良はかぶりを振る。

「ただ、勝つしかない。勝って追いついて、同じ景色を見るしかないのかも、て」

 何となく予想はしていた。そう、彼女たち の輝きの理由を知りたければ、同じ舞台に立つしかない。ラブライブ優勝という栄誉を手にして、同じ境地に至らなければ結局のところは知る術がない。勝者と同じものを得たいのなら、自分たちも勝者になるしか方法はない。

「勝ちたいですか?」

 千歌は更に問う。馬鹿げた質問だとは理解している。それでも訊きたかった。このふたりの想いを。

「ラブライブ、勝ちたいですか?」

 ふたり揃って目を丸くする。理亜のほうはすぐ目を鋭く吊り上げ、

「姉様、この子馬鹿?」

 妹の無礼に聖良は何も言わず、千歌に真っ直ぐ視線を向けて問いを返す。

「勝ちたくなければ、何故ラブライブに出るのです?」

「それは――」

「μ’sやA-RISEは、何故ラブライブに出場したのです?」

 既にトップアイドルの座にいたA-RISEが何故また優勝の旗を求めたのか。廃校阻止という目的を果たしたμ’sが何故スクールアイドルのトップに立ちたかったのか。その理由は千歌にも分からない。彼女たちの物語を見たわけじゃないから、正解の分からない想像を膨らませるしかなかった。きっとSaint_Snowも、多くのスクールアイドル達も同じなのかもしれない。

 誰もが同じ問いを抱いて、未だに誰も辿り着けずにいる。

 聖良は言った。

「そろそろ、今年の決勝大会が発表になります。見に行きませんか? ここで発表になるのが恒例になってるの」

 

 

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