ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第5話

   1

 

 パトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いている。どこかで事件でも起こったのだろうか。まあ、どうでもいい。俺には関係のないことだ。出動ついでにスピード違反で職務質問されないよう、法定速度は守っておこう。

 アクセルを緩め減速していると、対向車線から白バイが走ってくる。マシンを駆る隊員のその異様な出で立ちに涼は目を剥いた。

 青い鎧にオレンジの目。間違いない。アギトと戦ったときに乱入してきた警察の戦士だ。あれが出動しているということは、まさか怪物が出たか。

 だとしたら、アギトも現れるかもしれない。

 涼はバイクを急停止させる。車体をターンさせ、過ぎ去ろうとする戦士の白バイを追いかけた。

 

 内浦とは違う土地でも、夕陽が海に沈もうとしている光景が美しいのはどこも同じだ。μ’sもこうして、メンバー全員で海を眺めたことがあったのだろうか。自分たち以外に誰もいない夕映えの海岸で、音もなく沈もうとする太陽。もし眺めることがあったのだとしたら、そのとき彼女たちはどんな想いを抱いたのだろう。黄昏時の美しさに見惚れていたのか、それとも別のことを想っていたのか。

 千歌は想像を頭から追いやる。いくら想像したって誰も正解は提示してくれない。それに、正解が分かったところで何だというのか。同じ景色でも、彼女たちが見て抱いた感情は彼女たちのものだ。他の誰のものでもない。その時に抱いた想いというのは誰も代われるものじゃないし、決して譲ることはできないのだから。

「わたしね、分かった気がする。μ’sの何が凄かったのか」

 それは、千歌の見つけた答え。正解なのかは分からない。でも、それで良いと思える。

「多分、比べたら駄目なんだよ。追いかけちゃ駄目なんだよ。μ’sも、ラブライブも、輝きも」

 「どういうこと?」と善子が訊いてくる。「さっぱり分かりませんわ」とダイヤも。理論立てて説明できることじゃないから、すぐに理解できないのも無理はない。これは理論じゃなくて、感情で理解するもの。果南は早くもそれに気付くことができたらしく、

「そう? わたしは何となく分かる」

 梨子も同じく、

「1番になりたいとか、誰かに勝ちたいとか、μ’sってそうじゃなかったんじゃないかな」

 そう、初めから明瞭な正解なんて、どこにも用意されていなかった。

「μ’sの凄いところって、きっと何もないところを、何もない場所を、思いっきり走ったことだと思う。皆の夢を叶えるために」

 千歌たちは、輝きへ至る道を探していた。μ’sが至った輝きへの道。もしその道が敷かれているのだとしたら、μ’sはどうやってそれを見つけたのか。

 考えてみれば簡単なこと。見つけたんじゃなくて、自分たちで道を切り開いたんだ。元々何もないところから自分たち自身の手で。

 自由に。

 真っ直ぐに。

「だから飛べたんだ」

 道を作りながら彼女たちは翼を得て、更なる高いところへ飛び経っていった。

「μ’sみたいに輝く、てことはμ’sの背中を追いかけるものじゃない。自由に走る、てことなんじゃないかな。全身全霊、何にも捕らわれずに。自分たちの気持ちに従って」

 μ’sの走った道は、誰にも辿ることはできない。それは彼女たちが往った、彼女たちだけのものだから。走ったときに感じていた喜びも悲しみも、誰も決して踏み入ることはできない領域だ。でも、それは逆も然り。千歌たちの、Aqoursの往く道もμ’sは辿ることができない。

 本当の標とは先駆者たちの背中じゃない。輝きじゃない。往くべき道を示してくれるのは、自分たち自身の裡にある。その想いのまま、真っ直ぐ走り続ければいい。

 どこへ進むも自由だ。阻むものなんてない。自分たちで決めて、自分たちの脚で往ける。どこへ続いているのかは視えないけど、でも凄く気持ちが昂る。その熱を抱いて、全速全身できる。

「自由に走ったら、バラバラになっちゃわない?」

 善子の言う通り、9人全員が同じ方向でなければならない。いくら自由とはいえ、目的地は必要だ。梨子がそれを問う。

「どこに向かって走るの?」

 それについて、千歌は既に視えている。Aqoursの目指すべきところが。

「わたしはゼロを1にしたい。あの時のままで終わりたくない。それが今向かいたいところ」

 μ’sのように。Aqours結成当初と比べれば、かなりスケールダウンした。でもそれで良い。自分たちの歩幅で進んでいこう。まず目先のことが最優先。観客から応援を集めることのできるスクールアイドルになりたい。

 「ルビィも」と同意の声が挙がる。

 梨子も「そうね、皆もきっと」と。

 果南も「何か、これで本当にひとつにまとまれそうな気がするね」と。

 ダイヤも「遅すぎですわ」と。

 鞠莉も「皆shy(照れ屋さん)ですから」と。

 裡に愛しさが込み上げてくる。この9人なら同じ道を同じ歩幅で往くことができる。そして求めていたものが見つかるはずだ。

 千歌は手を前に出す。すると自然と皆で円陣を組み、全員で手を重ねていく。

「待って」

 曜がいつものコールを止めた。

「指、こうしない?」

 と拳から人差し指と親指の2本だけをぴん、と伸ばす。

「これを皆で繋いで、ゼロから1へ」

「それ良い! じゃあもう1度」

 と千歌は早速曜の提案した形の手を出す。9人でその形で指同士を繋げていき、ひとつのゼロを形作る。

「ゼロから1へ。今、全力で輝こう! Aqours――」

「サンシャイン‼」

 全員で指を高く掲げる。1が9つに重なり、その声は焼ける空へと昇っていった。

 

 

   2

 

 Dear 穂乃果さん

 

 わたしはμ’sが大好きです。

 普通の子が精いっぱい輝いていたμ’sを見て、どうしたらそうなれるのか、穂乃果さんみたいなリーダーになれるのか、ずっと考えてきました。

 やっと分かりました。

 わたしで良いんですよね。

 仲間だけを見て、目の前の景色を見て、真っ直ぐに走る。

 それがμ’sなんですよね。

 それが輝くことなんですよね。

 だからわたしは、わたしの景色を見つけます。

 あなたの背中ではなく、自分だけの景色を探して走ります。

 皆と一緒に。

 いつか。

 いつか――

 

 

   3

 

 沼津港の埠頭までバイクを走らせると、アンノウンは腰を抜かした女性へにじり寄っているところだった。女性が運動着を着ているあたり、ジョギング中に襲われたのだろう。

 近付いてくる翔一のバイクに気付いたようで、アンノウンは獲物からこちらへと目を移す。

「変身!」

 翔一はアギトに変身した。バイクのスピードを上げ、その勢いのままアンノウンを撥ね飛ばす。成す術なくアスファルトに投げ出されたアンノウンはエイのような姿をしていた。先日G3-Xで倒した個体と似ている。僅かに体色が違うが。

 バイクから降りた翔一にアンノウンは向かってくる。狩りを邪魔されたことに酷くご立腹らしい。呻きながら向かってくるその腕を掴み、背負い投げて地面に伏せる。

 追撃の蹴りを見舞おうとしたとき、翔一の首に細いものが巻き付いた。それはアンノウンの背中に垂れるマントのようなヒレから伸びている。

 強く締め付けられ、呼吸が苦しくなる。引き千切ろうと手をかけるが、強く引っ張られて無理矢理に肉迫させられる。そのとき、首の触手が緩んだ。同時に腹を蹴り上げられる。

 防御の体勢を取れなかった翔一は高く宙へと投げ出された。先には水門のびゅうおが立っていて、そのコンクリートの柱に激突するはずだったのだが、翔一の体は何の抵抗もなく柱に潜り込む。

「っ⁉」

 驚愕している一瞬のうちに、柱から抜け出した。感触がまったくなかった。まるで柱は明瞭な蜃気楼のように、まるで実体が感じられない。あれが、あの個体の能力なのか。

 水門を透過した翔一の体が、魚市場のある埠頭のアスファルトに叩きつけられる。ごほ、と咳き込みながら立ち上がり、追跡しようとしたところでバイクのエンジンのような、でも獣の咆哮のような音を聞き取り足が止まる。音の方角を見ると、アンノウンとは別の異形がバイク――のはずだがどこか生物じみている――を駆ってこちらへ向かってくる。

 緑の生物。

 目を赤く血走らせた生物は、前輪を浮かせて突進してくる。寸でのところで避けることはできたが、すぐさま向こうはマシンをターンさせて再び浮かせた前輪を叩きつける。受け止めた前輪のスパイクは、まるで獣の牙のように鋭く、翔一の手に食い込んでくる。

 生物がハンドルをきった。前輪が大きく振り切られ、スパイクが翔一の手に創傷を刻み付ける。流れる血を止める間もなく、マシンから飛び降りた生物に喉元を掴まれた。身動きを封じられたところで顔面に迫った拳を腕で防御する。強化された筋力で振り払おうにも、相手もまた強靭な筋力で拮抗している。

 脇腹に蹴りを入れられた。がく、と崩れおちたところで拳が振り降ろされるが、それを手刀でいなしその腹に拳を入れる。多少痛みはあったようだが、それだけだ。生物は足を突き出してきて、翔一が避けるとそのまま製氷工場の壁に穴を開ける。

 また首を掴まれた。翔一を上回る剛腕で持ち上げられ、壁に叩きつけられる。背中に走る痛みと共に、翔一の体は工場の壁を砕いた。

 

 現場の埠頭へ到着すると、マスクディスプレイの隅を人影がよぎった。映ったのは一瞬だったが、AIはすぐさま影を解析しその正体を割り出す。

《認定 アンノウン 前オペレーション時の個体と類似》

 誠がガードチェイサーから降りて、GM-01 とガードアクセラーをホルスターに収める。

『GM-01 アクティブ』

 小沢から発砲許可が下りた。サーモグラフィモードに移り変わった視界のなかで、人間では不可能な脚力で跳ねる影にGM-01 を発砲する。

 狙いは精密で、不意打ちを食らったアンノウンは誠へと顔を向けた。ディスプレイを通常モードに戻すと、確かに翔一が倒した個体と似ている。向かってくる敵に、誠はGM-01 を連射した。だがやはり牽制でしかない。銃撃に慣れてしまったアンノウンは跳びついてくるが、寸前でGM-01 を右脚に固定した誠は腕で防御する。

 銃撃時に出る照準用のポインタが、アンノウンの顔面に重なった。何故今、こんな至近距離で銃を取れと。

《推奨 指定箇所への打撃》

 そのロゴがディスプレイに浮かぶ。咄嗟に誠は顔面に拳を見舞った。たたらを踏んだアンノウンの各所にポインタが合わさる。攻撃に有効な箇所を、AIは示してくれているのか。

 アンノウンが組み付いてきた。推奨される打撃箇所が更新され、今度は脇腹を示している。その指示通り、誠は脇腹に蹴りを見舞った。続けて左脚からガードアクセラーを抜き、首筋に叩きつける。

 追撃を加えようとしたところで、敵が跳躍した。類似個体なだけあって、行動パターンが似ている。前回の戦闘で翔一がやってみせたように、誠は頭上を通過しようとするアンノウンの足首を掴んで引きずり落とす。襟首を掴んで立ち上がらせ、その顔面に拳を叩き込んで突き飛ばす。

『GX-05ロック解除、アクティブ』

 ガードチェイサーのリアシートに積まれたGX-05が、ハンガーラッチから解放される。自身が持つ最大の武装を掴みコードを入力した。

 1・3・2

《解除シマス》

 銃身が展開する。息を荒げている敵へ銃口を向けると、すぐに照準ポインタが重なった。躊躇なく誠は引き金を引く。

 雨あられのような弾丸がアンノウンの体を穿ち、辺りに肉片を撒き散らしていく。腕も脚も胴体も、削られていく肉体はとうとう立つこともできなくなり、地面に伏すと同時に爆散した。

 マスクの奥で、誠は安堵の溜め息をつく。やった、暴走せずミッションを完遂できた。流石は小沢だ。この短期間でこうも簡単にG3-Xを誠にも扱えるよう調整してしまうとは。手を加えたとしたら、やはりAIだろう。今回の戦闘で、AIは誠を主導するのではなく、まるでアシストするような指示をしていた。あくまで誠の意思に従い、その上で最善の動作を促すということか。

 詳しいメカニズムを理解するのは難しいが、これなら戦える。G3-Xは、人間の手で制御できる代物として完成した。

 

 高く跳躍したアギトはびゅうおの屋根に逃れた。涼も跳躍し、その後を追う。逃げられないことを悟ってか、アギトは腹に拳を打ってきた。鈍い痛みが走るものの、涼にとって意に介すほどじゃない。

 この手が果南を――

 理性が消し飛びそうなほどの怒りが駆け上っていく。腹に沈む腕を掴み、振り回してコンクリートの屋根に叩きつける。馬乗りになって、何度も顔面を殴打した。

 痛いか。お前はどれほどの痛みを果南に与えた。あいつ以上の痛みを与えてやる。殺すのはそれからだ。

 反撃の拳を胸に受ける。その拍子に離れてしまい、立ち上がったアギトは追撃を加えようとしてくる。だがそれよりも速く、涼の足はアギトの胸を蹴飛ばした。

 屋根の淵から離されたアギトが、海へと真っ逆さまに落ちていく。飛沫をあげて沈んだ金色の戦士は、しばらく待っても浮き上がってくることはなかった。

 

 

   4

 

 穏やかに打ち寄せる波打ち際にしゃがんだ彼女は、両手で優しく海水を掬いあげる。大きく広げられた両腕からは飛沫となった海水が撒かれ、陽光を反射し燦々を輝いている。

 ああ、最近になってよく見る夢だ。一体、彼女は誰なんだろう。俺の恋人、それとも奥さん。

 ――こっちに来て――

 女性が白いワンピースの裾を風になびかせながら、こちらに手を振っている。年齢は自分とあまり変わらなそうだが、その笑顔は子供のように無垢で、太陽のように眩しい。

 ――こっちこっち、こっちに来て――

 今行くよ、という声が聞こえた。翔一の声だ。

 これは、俺の記憶なのか。

 情景がモザイクのように粗くなっていく。駄目だ。あとちょっと。あとちょっとで全てが分かりそうなんだ。

 景色が変わった。いつかの夜。蒸し暑いなかずっと走っていたせいで体中が汗で濡れていた。視線が低い。民家の庭に植えられたヒマワリが翔一の背を優に越している。まるで自分を見下ろしているかのように開く花が怖ろしくて、その場を走り去った。

 そうだ、これは俺が小学生だった頃だ。夕食に嫌いな野菜を出されて、癇癪を起こして家出した夜の光景だ。道中に畑にあった野菜を勝手にもぎ取って食べたけど、空腹は治まらず疲れも相まってやがて道端に座り込み途方に暮れてしまった。

 ――もう、こんなところにいた――

 そう言って翔一の前に現れたのは、海岸にいたのと同じ女性。まだ中学生だった頃の彼女だ。

 ――ほら、帰ろう。お腹空いたでしょ?――

 うん、と頷いた少年時代の翔一は、彼女と手を繋いで夜道を歩いた。

 また景色が移り変わる。少し成長して、ふたりで暮らし始めた頃のこと。翔一が初めて作ったチャーハンを食べて、彼女は笑顔を向けてくれた。

 ――美味しい。凄く美味しいわ――

 そう、彼女はいつも笑顔を絶やさなかった。翔一が悪戯をすれば怒るころもあったけど、すぐにその顔は笑顔に戻っていた。彼女の笑顔は常に翔一を見守ってくれた。進学先を打ち明けたときだってそうだ。

 ――調理師の専門学校か………。将来は料理人になるの?――

 駄目かな、と翔一は訊いた。ううん、と彼女は笑顔で言ってくれた。

 ――料理好きなんでしょ、大賛成よ。お金は心配しないで。あなたの料理食べると笑顔になれるもの。料理で人を笑顔にできるって、とても素敵なことよ――

 そうだ、俺はあの人のために料理を始めたんだ。美味しい、て食べてくれるあの人の笑顔が見たくて。

 ――こっちに来て。こっちこっち――

 景色が海に戻った。彼女が手を振っている。

 ――こっちに来て!――

 あの笑顔は、何の前触れもなく消えてしまった。最後に見た彼女の顔は笑顔じゃなかった。

 最後に見たのは寝顔だった。閉じられた目蓋も結ばれた口元も二度と開かれることはない。握った手はとても冷たく凍り付いていて、いくら強く握りしめても握り返してくれなかった。翔一は泣きながら彼女を呼び続けていた。

 姉さん………――

 俺のたったひとりの家族。

 姉であると同時に、母でもあった人。

 姉さん!――

 

 全身を包む冷たさに目を開く。真っ暗だ。顔を上げると茜色の光が見える。その光目掛けて昇っていく。水面から顔を出すと、翔一は思いきり息を吸って肺に酸素を送り込んだ。港からそう離れていない沖合は夕陽の茜に染まっていて、沈もうとする太陽のこの日最後の輝きに目がくらむ。

 海面に浮かびながら、翔一は裡を探ってみた。夢で見た光景は朧気で、すぐに元の空白へと戻っていく。でも今、夢から醒めたはずの翔一の裡は、何も描かれていないキャンパスのようだった空白に色彩がもたらされた。

 それはとても奇妙な感覚だ。空白を日常としてきたものが一瞬で色付くと、どうしたものか分からなくなる。でも、この色彩こそが本来裡を満たしていた。

 今なら鮮明に思い浮かべることができる。彼女の笑顔や声。子供の頃から最期の時の姿まで淀みなく。

 翔一が、津上翔一になる前に確かに持っていたもの。

「思い出したぞ………、全てを!」

 

 




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