ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
どうすればスクールアイドルの魅力を分かってくれるんだろう。
バスで曜と別れて、千歌はとぼとぼ、と重い足取りで十千万に帰宅した。今日は何度梨子からの「ごめんなさい」を聞いたことか。もう、スクールアイドルがどうとか以前に意地からの「ごめんなさい」に思えてくる。もっとも、それは千歌も同じではあるのだけど。
「ただいまあ」
「お帰り」という志満の声が台所から聞こえてくる。いつもなら、台所からの「お帰り」は翔一だ。台所を覗くと志満が夕飯の煮物を炊いているところだった。千歌は尋ねる。
「翔一くんはまだ寝てるの?」
「起きてるけど、元気無いみたい。変なのは昨日からかしらね。夕飯の前に急に飛び出して」
昨日、翔一がバイクで十千万を飛び出したのは千歌も目撃している。あの後、千歌が美渡、志満と3人で夕飯を済ませてしばらくした後に翔一は帰ってきた。その時に千歌は自室にいたから見ていないのだが、志満と美渡によると翔一はとても怯えた顔をしていたらしい。残しておいた夕飯を断り、翔一は部屋に籠ってしまった。今朝も千歌のほうが早く起床して、登校の時間になっても翔一は起きてこなかった。だから今日は翔一の顔をまだ見ていない。
そういえば、と千歌は思い出す。梨子を勧誘することが最優先だったから気にも留めなかったが、昨夜に沼津港で爆発事故が起こったらしい。警察が捜査中とのことでまだ詳しいことは分からないが。もっとも、それに翔一が関係しているとも思えない。翔一は犯罪に手を染めるような人間じゃない。
「いまどこにいるのかな?」
「多分、畑にいると思うわ」
「ちょっと様子見てくる」と言って千歌は裏口に向かった。畑を覗くと、うずくまった翔一の小さく縮こまった背中が見える。指先で深緑に色付いたほうれん草の葉をつつく翔一の背中に、千歌はおそるおそる声をかける。
「翔一くん」
翔一は何も応じない。普段なら、呼べば「千歌ちゃん」と笑みを返してくれるのに。千歌は翔一の隣にしゃがみ込んで、その横顔を見つめる。傍から見ればほうれん草を眺めているようだが、翔一の目には何も映っていないことが分かる。ただ見つめる虚無が顔面に転写されたように、翔一の表情は何も浮かべていない。
「ねえ、昨日の夜に何があったの? 翔一くんの過去と関係あること? 何か思い出したの?」
質問を重ねた直後にしまった、と千歌は思った。記憶を取り戻したとしてもこの表情だ。あまり良い記憶とは思えない。
「全然、何も」
翔一は弱々しく応える。無神経な質問だとは理解している。でも、ここまで来たら後に引けない。まだ出会って1年半の仲でも、千歌にとって翔一は家族と言っていい。兄のような存在である翔一が悩んでいるのなら、寄り添わなければ。
「本当のこと言ってよ。何聞いても驚かないから」
「本当だって。別に何か思い出したわけじゃないよ」
「じゃあ、何で落ち込んでるの?」
翔一はちらり、と千歌のほうを向いた。ほうれん草へ視線を戻し、葉の輪郭を指でなぞった後に答える。
「過去のことじゃなくて、これからのことだよ。どうやって生きていけば良いか分からなくてさ」
意外な答えだった。記憶喪失に不自由を感じない翔一は、常に前を見て生きているものだと思っていた。不安とは過去の失敗や挫折から訪れる。翔一にはその「過去」の記憶がない。だからこそ不安なく日々を送り、立ち止まることなく歩いて行けるものだと。
「何か、翔一くんらしくないね」
「何だよそれ」と翔一は少し苛立ったように、
「俺らしくない、ってどういうこと? 俺だって俺のことが分からないのに、千歌ちゃんに何が分かるっていうんだよ?」
千歌はどう答えたらいいか分からない。翔一のこんな鬱屈とした顔を見るのは初めてのことで、過去が一切分からない翔一がこういう人間、と何故断言できるのか。
答えあぐねているうちに「千歌」と後ろから聞こえてくる。振り返ると美渡が手招きしていて、千歌は背中を丸めた翔一を置いて次姉のあとを着いていく。居間に入ると志満が神妙そうな顔で待っていた。「どうしたの?」と訊いておきながら、既に千歌には翔一のことだと分かる。予想通り、志満は「翔一君のことなんだけど――」と切り出した。
「家事ノイローゼじゃないかと思うの」
「家事ノイローゼ?」と千歌は反芻する。「ええ」と志満は続ける。
「私たち、家事は全部翔一君に任せてきたでしょ?」
志満は十千万、美渡は会社、千歌が学校、と家族それぞれが普段から旅館の居住スペースにいるわけじゃない。翔一が何もしないのは悪い、と自ら名乗りをあげたのを良いことに訳あって両親不在な高海家の炊事、洗濯、掃除と家事全般を頼ってきたのは事実だ。
「それで翔一くん落ち込んでるの?」
大学で心理学を専攻していた志満は精神疾患に関して一般以上の知識は持ち合わせているが、千歌にはどうにも的外れに思える。志満は頷き、
「翔一君の症状は、抑圧された人が発症する典型的なものだから」
「美渡姉が日曜日の夕方に仕事行きたくないー、て言うのと同じ?」
「おい」と美渡は声に険を込めて千歌を睨んだ。次姉との皮肉の言い合いなんて幼い頃から繰り返してきたから今更喧嘩になんてならず、千歌は知らんぷりを決め込む。妹ふたりのよくある光景に志満は苦笑し、
「とにかく翔一君の負担を減らすために、私たちで家事を分担しましょう。掃除は美渡、洗濯は千歌ちゃん、料理は私がやるわ」
「しょうがないかあ」と美渡は溜め息をついた。千歌も面倒臭いとは思うけど、洗濯機の使い方ぐらいは分かるから問題はない。それに、それで翔一がまたいつもの笑顔を戻せるのなら異論はなかった。
2
昼休みの校舎はとても賑やかだった。女子しかいない校舎の各所には少女特有の甲高い声が重なっている。生徒たちが談笑するなりボール遊びをしている中庭の一画で、「ワンツー、ワンツー」と曜は千歌と並んでステップを踏む。スクールアイドルたるものダンス練習も必要だ。とはいえ練習は自己流ではあるけど。
「翔一さんも落ち込むことってあるんだねえ」
ステップを踏みながら、曜は奇妙な感慨を覚える。千歌から聞いた翔一の家事ノイローゼ。十千万を訪れた曜に笑顔で料理を振る舞ってくれた翔一もストレスを感じることがあるとは意外だ。
「どうやって生きていけばいいか分からない、って翔一くん言っていたんだ。何て言ってあげれば良かったんだろう」
千歌の疑問の正解を曜は見出せない。結局のところ、翔一の問題は本人にしか解決できないことだ。記憶喪失の彼から世界がどう見えて、過去なき翔一のこれからに対する不安の大きさは想像もできない。まだ高校生という若さから曜にも将来に漠然とした不安はあるが、それほど深刻には考えていない。
「記憶を思い出したら、不安もなくなるかもしれないよ」
曜はそう言うしかできない。もっとも、翔一は記憶を取り戻すことにあまり積極的ではないそうだから、彼にとって最善なのかは分からないが。少なくとも、過去の職歴や学歴を思い出せば、何かやりたいことを見出せるのかもしれない。
「そういえば――」と曜は話題を変える。翔一のことは、本人には悪いが力になれそうにない。
「勧誘、また駄目だったの?」
「うん」と応えた千歌の声が、少しだけ明るくなったような気がする。
「でも、あと1歩あとひと押し、って感じかな」
「本当かなあ………」と曜は苦笑する。梨子を誘う場には曜も立ち会っているのだが、ここ数日の間に梨子からの「ごめんなさい」は全く変化がない。
ひとまず休憩ということで、曜はスマートフォンで流していた音楽を止める。ベンチに腰掛け、千歌から勧誘の経過を聞いてみる。
「だって最初は――」
と始めた千歌は顔に苦笑を浮かべ頭を下げながら、
「ごめんなさい!」
「だったのが最近は――」と今度は目を細めて迷惑そうな顔をしながらぼそりと、
「………ごめんなさい」
「――になってきたし!」と千歌は胸の前で拳を握る。「嫌がってるとしか思えないんだけど」と苦笑を漏らす曜に「大丈夫、いざとなったら――」と千歌は音楽の教科書を示す。
「何とかするし!」
「それは、あんまり考えないほうが良いかもしれない………」
素人から作曲なんて、何年かかるのやら。自分たちが高校生でいられるのは残り2年だというのに。
「それより、曜ちゃんのほうは?」
千歌がそう訊いてきて、曜は両手を合わせて表情を明るくさせる。既にこちらの作業は完了している。待ってました、というように曜は応える。
「描いてきたよ」
中庭から教室に移って、千歌は曜の成果をまじまじと見つめる。思わず「おお……」と声が漏れた。
「どう?」
自信ありげに曜はスケッチブックに描かれたイラストを見せた。手先が器用で何でもそつなくこなせるから、曜には衣装のデザインを頼んでおいた。絵が上手いことは知ってのことだからその点の称賛は省くことにする。それを抜きにしても、曜のデザイン画は息を呑む出来だ。
何せ、紙面に色鉛筆でポップに描かれたのは船員服を着て笛を吹く千歌なのだから。
「凄いね。でも衣装というより制服に近いような………」
紺色のダブルジャケットに制帽。シンプルといえば聞こえが良いのだがアイドルとして考えると飾り気がない。そもそもアイドルなのにスラックスとは。
「スカートとか、無いの?」
千歌が訊くと曜は「あるよ」とページを捲る。2枚目のイラストに描かれた千歌は女性警察官の制服で敬礼をしている。確かにスカートを穿いているのだが、そのスカートも装飾品が全くない。
「いや、これも衣装っていうか………。もうちょっと、こう可愛いのは?」
「だったらこれかな」と曜はまたページを捲る。見た瞬間に「武器持っちゃった」と声に出した通り、紙の中で迷彩柄の野戦服を着た千歌がロケットランチャーを構えている。
「可愛いよねえ」
「可愛くないよ、むしろ怖いよ!」
指摘が腑に落ちないようで、曜は首をかしげる。これではただのコスプレだ。曜が制服マニアということは知っていたがここまでとは。
「もう、もっと可愛いスクールアイドルっぽい服だよ」
「と思ってそれも描いてみたよ」
また曜がページを捲ると、紙面にはフリルやリボンで装飾されたオレンジ色のワンピースを着た千歌が描かれている。
「うわあ、凄い。キラキラしてる」
まさにアイドルな、千歌がイメージしていた衣装だ。「でしょう?」と得意げに言う曜に訊く。
「こんな衣装作れるの?」
「うん、勿論。何とかなる!」
「本当? よーし、挫けてるわけにはいかない!」
準備は着実に進んでいる。決してつまずいているわけじゃない。そんな勢いを保ち部設立の申請も通るのではないか、ということで生徒会室を訪ねたのだが、
「お断りしますわ!」
ダイヤは明確に撥ねつける。「こっちも⁉」と声をあげる千歌の横で曜は「やっぱり」と苦笑する。一応止めはしたのだが、熱中した千歌を止める術はなかった。未だ部員の欄に千歌と曜の名前しかない申請書をダイヤは苛立たし気に指でつつき、
「5人必要だと言ったはずです。それ以前に、作曲はどうなったのです?」
「それは……、多分、いずれ、きっと………」としどろもどろに言葉を稼ぎ、ようやく千歌は告げる。
「可能性は無限大!」
ああ、これは怒られる。曜は思ったのだがダイヤは無言で冷たい視線をこちらにくべる。「で、でも……」とおそるおそる千歌はゆっくりと切り出す。言葉を選んでいるように見えた。
「最初は3人しかいなくて大変だったんですよね、ユーズも」
グループの名前が千歌の口からでたとき、ダイヤの眉がぴくり、と動いた気がした。それを捉えた曜は切り揃えられた前髪の奥にある目元を注視する。ダイヤの肩がわなわなと震えていることに気付かない千歌は「知りませんか?」と、
「第2回ラブライブ優勝。音ノ木坂学院スクールアイドル、ユーズ!」
ダイヤは立ち上がり、窓の外へと向く。
ユーズとは千歌の憧れるスクールアイドルのグループ名だ。第2回ラブライブで当時の人気グループだった
「それはもしかして、
ダイヤは背中越しに冷たく問う。曜は千歌と顔を見合わせ、同時に唾と共に恐怖を飲み込もうとする。当然恐怖なんて腹に収まらず、おそるおそる千歌は訊いた。
「あ、もしかしてあれってミューズ、って読むんで――」
「お黙らっしゃああああああい‼」
あまりの剣幕に千歌は壁際まで追いやられる。
「言うに事欠いて名前を間違えるですって?」
「はああ?」とダイヤは千歌に迫る。ユーズ、もとい
ダイヤは早口にまくし立てた。
「μ’sはスクールアイドル達にとって伝説、聖域、聖典、宇宙にも等しき生命の源ですわよ。その名前を間違えるとは。片腹痛いですわ」
「ち、近くないですか………?」と眼前にまで迫られた千歌は困惑気味に状況を指摘すると、ダイヤは「ふん」と鼻を鳴らし一旦顔を離す。
「その浅い知識だと、たまたま見つけたから軽い気持ちで真似をしてみようと思ったのですね」
「そんなこと――」と千歌は反論しようとする。「ならば」とダイヤは遮った。
「μ’sが最初に9人で歌った曲、答えられますか?」
「え、えっと………」と口ごもる千歌にダイヤは再び顔を至近距離にまで近づけ、
「ぶー、ですわ!」
顔を離したダイヤを、千歌は口を半開きにしたまま見つめている。曜もダイヤを制止させることもできず、ただ彼女の口から出るμ’sの軌跡を聞いていることしかできない。
「僕らのLIVE君とのLIFE、通称ぼららら。次、第2回ラブライブ予選でμ’sがA-RISEと一緒にステージに選んだ場所は?」
「ステージ?」と漏らす千歌を一瞥したダイヤは「ぶっぶー、ですわ!」と長い黒髪を振り乱して言った後に正解を告げる。
「秋葉原UTX屋上。あの伝説といわれるA-RISEとの予選ですわ。次、第2回ラブライブ決勝。μ’sがアンコールで歌った曲は――」
「知ってる!」と千歌は挙手して答える。
「僕らは今のなかで」
しかしダイヤは不敵な笑みを向けて「ですが」と、
「曲の冒頭をスキップしている4名は誰?」
そんなマニアックな質問、ファンでも答えられるのはかなりコアな層に限られるのではないだろうか。「ええええ⁉」と意地悪な問いに文句を言いそうになった千歌にダイヤは三度迫り、
「ぶっぶっぶー、ですわ!」
その声が部屋に備え付けられたスピーカーから聞こえてくる。生徒会室は放送室も兼ねているから音響機器が備え付けられている。千歌が丁度背を預けているのがその機器で、迫られたとき手をかけた拍子に起動させてしまったらしい。放送は校舎全域に及ぶ。音量が最大なら学校近隣にも聞こえるほどだ。だがダイヤは自分の声が全校生徒に聞こえていることに気付いていないらしく、答えを告げる。
「
「す、すごい……」と曜は呟いた。続けて千歌が「生徒会長、もしかしてμ’sのファン?」と。するとダイヤは得意げに口角を上げて、
「当たり前ですわ。わたくしを誰だと――」
そこでダイヤは言葉を飲み込み「一般教養ですわ一般教養」と強調する。
「へえー」
曜は千歌と共に細めた視線を向ける。ファンにとっては一般教養に等しい常識、という意味ですか、と不敵な眼差しで問いてみる。たじろいだダイヤは「と、とにかく」と真一文字に結んでいた口を開いた。自分の声がハウリングして放送されていることにも気づかないまま。
「スクールアイドル部は認めません!」
μ’sの活躍については原作『ラブライブ!』無印か私が以前投稿していた『ラブライブ! feat.仮面ライダー555』にてどうぞ。
はい宣伝です。申し訳ございません。補足しておきますと原作『ラブライブ! サンシャイン‼』はμ’sを知らなくても内容を理解できるので予習は必要ありません。『サンシャイン』はAqoursの物語なので。