ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
夏休み練習の恒例になったアイス買い出しじゃんけんは、もはや善子がひとり負けを喰うところまでが恒例になっている。毎回同じサイン――親指と人差し指と薬指を立てた本人曰くヨハネチョキ――を出すから反則負けだ。何度も普通のサインを出したら、と言ったのだが本人が決して譲らないものだから仕方ない、とメンバー全員が諦めている。律儀に買い出しにはしっかり行ってくれているし。
「誰よ、高いアイス頼んだの!」
そう文句を飛ばしながら汗を滴らせた善子が戻ってくると、場所を図書室に移動して溶けかけたアイスと設置された扇風機で涼む。
「全然こっちに風こないんだけど」
と梨子が言うが、扇風機の前を陣取っている1年生の3人は先輩に遠慮などせず退こうとしない。「教室に冷房でも付いてたらなあ」と曜がぼやくも、その望みは叶わないだろう。
「統合の話が出てる学校なのに、付くわけないでしょ」
非情だが、梨子の言う通り。「だよねえ」と暑さに項垂れていた千歌は頭を持ち上げ、
「そうだ。学校説明会の参加者って今どうなってるの?」
よくぞ訊いてくれました、とばかりに鞠莉がカウンターに設置されたPCを起動させ、浦の星のホームページを開く。
「今のところ――」
「今のところ?」
「今のところ――!」
「今のところ………!」
と何故か緊張を漂わせた末に、
「Zero!」
がっくり、と千歌は再び頭を机に伏せる。
「そんなにこの学校魅力ないかな。少しくらい来てくれてもいいのに………」
確かに沼津に比べたら田舎で通学も不憫だけど。それでも良い所だってあるのに。その良い所を具体的に述べられないところが悲しいところだが。
翔一くんだったら、そういうことは次々に言えそうなのに。
そう思ったところで、千歌は翔一の近況へと意識を向ける。一応、皆にも伝えておくべきだろう。決して他人事ではないのだから。
「ねえ皆」
千歌が呼びかけると、皆が何の気なしにアイスを食べながら顔だけを向ける。
「翔一くん、記憶が戻ったみたい」
そう告げると「え⁉」と皆が口を揃えた。中には「ピギィ⁉」「ずら⁉」という声も混ざったが。
「いつ戻ったの?」
最初に訊いてきたのは曜だった。
「それが分からなくて………。わたしと志満姉たちが気付いたのが今朝だったんだけど――」
「本当なの?」
千歌の言葉を遮り、鞠莉が歩み寄ってくる。
「彼、本当に思い出したの? 何か話してた?」
今にも掴みかかってきそうな鞠莉を「落ち着きなって」と果南が静止させる。そのおどけた様子が微塵も失せた鞠莉に少したじろぎながらも千歌は応える。
「それが翔一くん出掛けちゃって、まだ何も話せてないんだ。会いたい人がいる、て言ってたけど………」
「会いたい人……」と鞠莉は消え入りそうな声でひとりごちながら虚空を見つめている。一体どうしたのだろう。鞠莉は翔一と親しかっただろうか。でもふたりのことだから、千歌の知らないところで交流を深めていたのかもしれない。
「ですが記憶が戻ったとしたら、これからどうするんですの?」
とダイヤが先を見据えた質問を飛ばしてくる。でも千歌にはその先が視えず、「これから?」と質問を返す。ダイヤは淡々と、
「津上さんの素性が分かったのなら、ご家族のもとへ戻ることになるかもしれませんわよ。決めるのはご本人ですが」
意識の隅に追いやっていた不安がまた押し寄せる。そう、記憶を取り戻した翔一には本来の「居場所」がある。彼がいるべき、彼が幸せでいられる場所が。
少し前の会話を思い出す。翔一が話していた夢に出てくる女性。その人が翔一の恋人や妻だとしたら、彼はそこへ帰らなければならない。千歌たちといた2年間、その人はずっと翔一を待ち続けていたのかもしれないのだから。
何も言えず顔を俯かせるだけの千歌に、果南の優しい声が届く。
「寂しいよね。ずっと一緒に暮らしてきたんだから」
辛いとき、優しい言葉に惹かれてしまうのは弱さだろうか。千歌は俯いた視線を果南へと上げる。果南は口元こそ笑っているが、物憂げに目蓋を垂らしている。
「でも、翔一さんと離れ離れになるとしても、いつだって会えるんだから別に悲しいことでもないんじゃない」
まるで、もっと辛い別れを経験したような言い方に千歌は戸惑いを覚える。年上の幼馴染としてよく知っているはずの果南に、一体何があったのか。
追求しようにも、それは図書室の戸が開けられたことで打ち止めになった。
「あれ?」
休憩所になった図書室を見て、よしみ、いつき、むつが戸惑いの声を漏らす。
「むっちゃん達、どうしたの?」
「図書室に本返しに」
そういえば夏休みでも図書室は利用できる、と図書委員の花丸が言っていた。
「もしかして今日も練習?」
といつきの質問に「もうすぐ地区予選だし」と応じるとよしみが眉を潜め、
「この暑さだよ」
「だけど、毎日だから慣れちゃった」
あっけらかんと答えると、3人は目を見開く。
「毎日?」
「夏休み……?」
「毎日練習してたの?」
3人は帰宅部だから、夏休みに毎日学校に来ることに違和感を覚えたのかもしれない。千歌も1年の頃は授業がないことに歓喜して学校に寄り着かなかったが、実際に部活を始めてみると何てことはない。せっかくの長期休暇をスクールアイドル活動に当てられるのだから。
「そろそろ始めるよ」
と果南の声が聞こえた。さっきの声色が嘘のような、いつもの溌剌とした果南の声だった。「じゃあね」と言って、千歌は勝手口へと駆け出す。図書室を出るとき、「頑張ってね」というむつの声が聞こえた。
2
「離して、嫌よ私は!」
そんなヒステリックな声をあげながら、女は男に手を引かれマンションから出てくる。声色は異なるが、さっきインターホン越しに聞いた関谷真澄と同じ声質をしている。そんな関谷の手を引く男は、意中の相手を連れ出すにはひどく必死な顔つきをしている。
「家の中が安全とは限らないだろ。早く乗れ。木野さんならきっと何か考えてくれる」
木野。その姓にマンションの陰からふたりを見る涼は引っ掛かりを覚える。確か父親の手帳に
観念したのか、関谷は大人しくマンションの前に停めてある車の助手席に乗った。男は運転席に乗り、すぐに車が走り出す。それに合わせて、涼もバイクを走らせた。
あの男もあかつき号に関わっているのか。だとしたら、これから彼らが会うだろう木野と合わせて3人の証人が揃うことになる。尾行して押しかけるなんて本意じゃないが、致し方ない。涼だって間接的ではあるが関係者なのだから。
車は沼津市街を出て、内浦方面へ向かっているところだった。狩野川の沿岸道路を往き、涼はバックミラーに映らない距離を保ちながら追跡していく。
不意に、脳裏に戦慄が走った。咄嗟に視線を上げると、まるでカラス天狗のような翼を広げ、鼻面に
「逃げるぞ真澄!」
川はそれほど深くなく、男の膝までが浸かる程度だ。でも助手席の関谷はパニックに陥ったらしく、男は車内に戻る。どうやらシートベルトを外しているらしい。ようやく女も車から出られて岸へ上がろうとするのだが、その前に怪物が降り立ち黒い翼を畳む。
方向転換し逃走しようとするふたりを、怪物は口端を歪めながら人間と同じ足で追っていく。まるで狩りを楽しんでいるかのように悪趣味だ。
両者の間に、涼はバイクで割って入る。怪物は何かを感じ取ったのか、その不気味な眼光を涼へ移す。その腹へ涼はバイクを突進させるが、怪物は受け止めたばかりか羽毛で覆われた腕で涼をシートから引きずり降ろす。
「変身!」
緑色に変わった涼の腕が、怪物の拳を受け止めた。顔面に蹴りを入れて、浅い川面に沈める。翼を濡らした敵の両肩を掴み、無理矢理立ち上がらせてその腹に何発も拳を叩き込んでいく。回し蹴りで飛んだ怪物の体が、車のボンネットに叩きつけられた。涼も跳躍してボンネットに飛び乗り、その嘴をへし折ろうと拳を振り降ろす。だが寸前で避けられ、拳は車のフロントガラスを砕いた。
怪物は翼を広げ、川面すれすれに旋回しこちらへと突撃してくる。肉迫してきたその瞬間、涼は身を沈め頭上を過ぎ去ろうとする腹を蹴り上げた。微かに突き上げられた体が再び川に沈む。なけなしの蹴りを放ってくるが、それは拳で容易にいなすことができた。
怖れるに足る敵じゃない。首を掴んで持ち上げ、無造作に投げ捨てる。
「ウオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼」
咆哮をあげた涼の手首から尖刀が伸びた。立ち上がった怪物は慄いたように、涼との間合いを取ろうと後退している。逃がすか。俺の邪魔をするならその首を落としてやる。
怪物が翼を広げた。まずは翼だ、と尖刀を振り上げたとき、高圧電流を流されたような激しい痛みが頭蓋を駆け巡る。目眩がして車のボンネットに手をつくが、それでも体を支えることができず川面に身を落とす。
体の内側から波が一気に引いていくような脱力感があった。水で霞む視界で、肌色に戻った手が震えている。頭痛は更に激しくなっていく。脳が膨らんで今にも破裂しそうな錯覚を覚え、痛みに耐え切れない意識が途絶えようとしている。ここで倒れたら溺れる。
脚に力が入らず、腕を這いつくばって岸を目指すが、すぐに涼は頭を水中に沈めた。
覚えていた通りの住所に、その大学はキャンパスを構えていた。夏休み期間だから学生は部活動に励む者しかいなくて、本来の活気が失せたように閑散としている。ひんやりと冷房の効いた受付で青年がその人物のことを尋ねると、事務員の中年男性は眉を潜めた。
「彼なら確かにうちに勤務していましたが、随分前に退職しましたよ」
「そうですか………。住所とか、分かりますか?」
そう訊くと事務員は青年の顔をじ、と凝視し、
「失礼ですが、君の名前は?」
そういえば名前も言わずに尋ねちゃったな、と思いながら青年は名乗った。親から与えられ、姉に愛しみを込めて呼ばれていた、本当の名前を。
青年の名前を聞いた事務員は「ほう、君が……」と呟く。
「あの、何でしょう?」
「ああ失礼。君と同じ名前の人が来たら、引越し先の住所を教えてやってほしい、と彼から頼まれていたんです」
事務員は自分のデスクの引き出しを開け、1枚のメモ用紙を出すと青年に渡した。
「もし彼に会ったら、研究室を片付けるよう言ってもらえますか? 急に辞められたもんで、部屋の私物がそのままになっているんですよ」
「はあ」と気のない返事をしながら、青年はメモに視線を落とす。
「……………え?」
その住所に口を開いたまま声を詰まらせる。
「何か?」
「いえ……」とはぐらかしながら、メモをバッグに押し込む。
「あの、研究室を見ていっても良いですか?」
「ええ、良いですよ」
教えられた棟と番号の部屋に鍵はかけられてなく、青年は何の断りもなく入ることができた。研究室というだけあって壁一面が本棚になっていて、隙間なく本が並べられている。どれも歴史や宗教についての本で、この部屋の主が何の研究をしていたのかが分かる。部屋には本だけでなく、絵画も多く並んでいた。風景画は1枚もない。人物画はあるのだが、描かれているのが人間であるかは微妙なところだ。鬼のようなものが躍っていたり、太鼓を叩いていたり、奇妙な絵ばかりだ。見ていると吸い込まれてしまいそうな迫力を感じられる。きっと、何かの宗教にまつわる絵なのかもしれない。
几帳面に整頓されたデスクに写真立てが置かれている。写真の中で姉が、男性と肩を寄せ合っている。この男が恐らくは、この部屋の主。そして――
――紹介したい人がいるの。その人のためにご馳走作ってくれる?――
青年が記憶を失う前に会いに行こうとした人物。
3
太陽が西へ傾き始めた頃合いを見計らって、この日最後の練習は麓から学校への丘陵をダッシュして締め括られた。しっかり休憩を挟んだとはいえ、疲労の溜まった体での全力疾走は流石に息が上がる。
果南の提案でゴールに指定されたプールサイドに到着する頃になると、既に空は茜を映していた。多くのメンバーが肩で息をしながら膝に手をついているのに、果南と曜はしっかりと背筋を伸ばして立っている。
「今日も目一杯だったね」
毎日のことながら、やっぱりこの暑さでの練習は堪える。外にいるだけで体力を持っていかれるほどの猛暑だ。
「でも、日に日に良くなってる気がする」
まったく息を荒げていない曜が言う。良くなっている、という実感は千歌も同じだった。練習は苦しいけれど、しっかりと毎日の積み重ねが身を結んでいる。
「それで、歌のほうはどうですの?」
ダイヤが訊いた。
「花丸ちゃんと歌詞を詰めたら、果南ちゃんとステップ決めるところ」
と梨子が答える。地区予選に向けて制作中の新曲は、千歌と花丸で歌詞を考えている。読書家なだけあって語彙が豊富な花丸の協力もあって、今回の進捗は順調だ。それに出来もかなり良いものになりそうな気がする。
「聴いてる人のheartにshinyできると良いんだけど」
鞠莉の言うように、千歌はこれまで作詞では聴き手を意識してきた。観客の心にどれだけ自分たちの歌を響かせることができるか。歌い上げる言葉のどこに輝きがあるのか。
答えはまだ見つからないけど、焦ることはない。μ’sの背中を追うことをやめたあの日から、確かにAqoursとしての道を進んでいるのだから。
きっと見つかる。この9人で。
「とにかく今は、疲れを取ってまた明日に備えよう」
そう言うと、果南は水を張ったプールへ跳び込む。触発されたのか、善子と鞠莉もプールへ跳び込んで熱くなった体を冷ます。
「また! 服のままではしたないですわよ!」
ダイヤの苦言も「だって気持ち良いんだもん」と果南に受け流される。ゴール地点をプールにしたのはこれが理由だったらしい。
ふと、千歌は空を見上げた。夕焼けのなかでまだ昼の蒼が残っている空に、一条の飛行機雲が伸びている。人はもう、あんな空高くまで昇ることができる。なら、自分たちも。あの飛行機雲よりも、この世界を覆う空よりももっと、高い場所へ。
「あ、いたいた。千歌!」
伸ばそうとした腕を引っ込め、視線を降ろす。同級生の3人組がプールサイドに入ってきた。
「むっちゃん、帰ったんじゃなかったの?」
「何かちょっと、気になっちゃって」といつきが所在なさげに言う。どういう意味か、「え?」と千歌は尋ねる。よしみが答えた。
「千歌たちさ、夏休み中ずっとラブライブに向けて練習してたんでしょ? そんなにスクールアイドル面白いのかな、て」
総括するように、むつが恐る恐る訊いた。
「わたし達も、一緒にスクールアイドルになれたりするのかな? 学校を救うために」
え、と千歌が呆けていると、いつきが続ける。
「実は他にも、もっと自分たちにも何かできるんじゃないか、て考えてる子結構いるみたいで」
「そうなのですか?」とダイヤが尋ねる。そんな話、聞いたこともなかった。「はい」といつきは応じ、
「統廃合の話あったでしょ? 皆最初は、仕方ない、て思ってたみたいなんだけど………」
そう、統廃合の話が学校中に広まったとき、生徒たちの反応は「仕方ない」だった。目に見えて生徒は少ないし、一介の高校生である自分たちの手に負える問題じゃない。中には自分には関係なし、と無関心な生徒もいたくらいだ。本気で阻止しようとしているのは自分たち9人だけ。そう思っていた。
「やっぱり、皆この学校大好きなんだよね」
よしみはそう言いながら笑う。「だから」とむつが、
「学校を救ったり、キラキラしたり、輝きたいのは千歌たちだけじゃない。わたし達も一緒に何かできることあるんじゃないか、て」
目元の熱を感じ、千歌は咄嗟に顔を伏せる。むつ達の願い。どこにでもいる普通の高校生の千歌と同じ願い。そう、自分の願いは、決して特別なものなんかじゃなかった。誰だって輝けるものなら輝きたい。でもどうすればそれが手に入るのか、見つからなくて何をすればいいのか分からず進みあぐねていた。
千歌はスクールアイドルという道を見出すことができた。本当に進むべき道へと進み始めた。進むのはμ’sではなく、Aqoursだけの道。そう思っていた。
でも、自分たちと同じところを目指すのは、Aqoursの9人だけじゃなかった。Aqoursと同じ願いを持つ目の前の3人。他の生徒たち。多くの人たちが抱く願いのために進むべき道を、自分たちは見つけた。願いとは、想いとは広がっていく。同じものを抱く者同士が互いの熱を感じ取ることで、どこまでも。
良かった、1歩を踏み出せて。その思慕を抱きしめながら、千歌は顔を上げる。
「やろう、みんな一緒に!」
4
山の中を縫うように舗装された道路を、青年はバイクで駆けていく。いくらバイクとはいえ山を越えるのはなかなかに体力がいるもので、途中ひと息ついた。この山を越えた麓には旅館やホテルの密集した温泉街があって、この山道もバイク乗りにはツーリングスポットとして人気らしい。もっとも、青年はバイク乗りでありながら、普段の行先はスーパーのある市街地でこういった辺鄙な道はあまり馴染みがない。
ヘルメットを脱ぎ、青年は緑色に色付く山々の合間から一望できる黄昏時の海を眺めた。記憶を失ってから2年間、ずっと見続けてきた内浦の海だ。いつもはその美しさに見惚れていたのに、今この親しんだ海を見て裡に湧き上がるのは重苦しいガス溜まりのような形容しがたい感情だった。
皮肉なものだ。渇望していたわけではないが、自身の記憶の手掛かりがこんなに近くにあったなんて。
訪ねた大学の事務員から受け取った住所。そこに綴られた地名は、沼津市と伊豆の国市の境目だった。青年が記憶を失う前に会うはずだった人物は、青年が津上翔一として暮らすこの伊豆半島に移住してきたことになる。そして記憶を失った青年はその人物とどこかで接触していたかもしれないが、抱くはずの違和感すらも忘却し津上翔一としての生活を営んできたことになる。
でも、そうだとしたらひとつの疑問が生じる。向こうは青年がこの地方にいると知らず移住したとしても、2年の間に見かける可能性は十分にある。なのに何故、自分から会いに来ようとしなかったのか。会う理由はあるはずだ。青年は意図せず、大切なものを奪っていたことになるのだから。
ヘルメットを被りエンジンを駆動させる。いま考えても仕方のないこと。これからその疑問を晴らしに行くのだから。
「――っ!」
アクセルを捻ろうとしたとき、脳裏に戦慄が走る。酷くタイミングが悪いが、行かなければならない。青年はハンドルを切り、Uターンして来た道を下っていく。麓の県道に出れば、そこからは青年にとっては庭のようなものだ。通い慣れた海沿いの道を走り、市街へと入る。敵の存在は、大雑把ながらもその方向を感じ取ることができる。東海道新幹線の線路が走る高架下で、青年はようやく敵を見つけることができた。
敵、アンノウンはカラスのような姿をしている。女性のようにしなやかな体躯で、自身から逃れようとしている壮年の男との距離を詰めているところだった。翼があるにも関わらず脚で寄る辺り、良い性格とは言えない。
「逃げてください!」
バイクで間に割って入った青年は、男に向けて言い放つ。突然現れた青年に男は呆気にとられた視線を送るも、背を向けて一目散に走り出す。邪魔者を排除しようとしたのか、それとも青年の力を感じ取ったのか、雌カラスは首を掴んで壁へと押しやってくる。
「何者なんだお前たちは! 目的は何なんだ!」
絞り出した青年の問いに、アンノウンは答えない。ただ憎悪に満ちた眼差しを向けてきて、首にかけた手の力を更に込めてくる。話の通じる相手じゃないか。
青年は敵の腹に蹴りを入れる。突き剥がされた雌ガラスは更に血走った眼で再び接近してくる。
「変身!」
アギトに変身した青年の拳が、雌カラスを迎え打った。ごふ、と咳き込む敵の腕を掴み、地面に組み伏せる。しかし受け身を取ってすぐさま立ち上がった敵は拳を振り上げるが、青年にしてみれば遅い。腕で拳をいなし、その胸に蹴りを入れる。
素手では不利とみたのか、雌カラスは光輪から槍を引っ張り出す。対して青年も、ベルトから刀を出して鎧を
刀を上段から振り降ろす。パワーは増したが半面スピードが落ちたせいか、バックステップで避けられる。振り切ったところで好機と見た敵が向かってくるが、咄嗟に向けた柄で腹を突く。
刀を構え直し、間合いを計りながら攻撃の瞬間を見定める。突き出された槍を弾いたところで、上空から空気を裂く気配を感じ取った。咄嗟にその場から離れる。一瞬遅れてもう1体の、同じくカラスのアンノウンが青龍刀のような剣を地面に叩きつけた。アスファルトを斬った刀身は刃零れすることなく、街灯を反射して不気味に煌めく。ふう、と野太い声で唸る雄カラスは、剣を手に雌と挟み撃ちにするようにしてこちらへと接近してくる。
流石に2体を相手取るのは厳しい。刀で雄の脚を払おうとするが、跳躍で避けられたばかりかそのまま翼をはためかせて高架の淵へと逃げられる。だが、それこそ青年の狙っていた事。2体を引き離し、同時攻撃を防ぐことが。間髪入れずに繰り出される雌の槍をいなし、青年も高架へ跳躍する。横薙ぎに振るわれた刀身を刀で受け止め、鍔迫り合いに持ち込みつつ青年は裡にある力を臨界へと昇らせる。力技で敵の武器を弾き、前のめりになったその背に踵を落としてコンクリートに叩きつける。
同時、旋風を纏った鎧がその姿を変えた。右腕は
3の力を同時に宿した、
足元にいた雄を高架下へと蹴り落とし、ベルトからハルバートを引っ張り出す。飛び降りると同時に振り降ろした刀は雌の槍に阻まれたが、もう一刀のハルバートで突きを食らわせる。迫ってきた雄の剣を刀で受け止めつつ、両者に蹴りを入れて間合いを取った。
それでもリーチのある雌の槍が迫ってくる。刀で弾くと、すかさずその腹にハルバートを滑り込ませ、更に刀を加え二刀で胴を斬り裂いた。
飛び散った血飛沫が、詰まっていた本体の爆発で拡散していく。至近距離で巻き込まれながらも耐えられる青年はその場で佇みながら、もう1体の敵を探す。でも、いたはずの敵は既に消えて、辺りは戦いの前の静寂を取り戻していた。