ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

74 / 160

 第1期最終回です!
 ここまで長かった! そんで本編も長い!

 しかも『サンシャイン』サイドと『アギト』サイドの温度差が激しすぎてかなり全体の情緒がおかしくなってしまいました。
 なので本編を読んでいただく前に謝罪させてください。

 申し訳ございませんでした(土下座)
 そしてこれまでの応援ありがとうございました。
 引き続きこれからもよろしくお願い致します。




第5話

 

   1

 

「実はまだ、信じられないんだ」

 楽屋で化粧をしながら、ルビィがそんなことを言っている。「おらもずら」と花丸も準備を着々と進めながら、気の抜けた返しをする。

「今、こうしてここにいられることが………」

「夢みたいずら」

 スクールアイドルへの憧れを強く抱きながらも踏みとどまっていたルビィ。本の世界で自分の物語を完結させることを受け入れていた花丸。そんなふたりに髪を整えた善子は皮肉を飛ばす。

「何今更言ってるの。今こそがリアル。リアルこそが正義」

 そう、これは現実だ。自分が見ているもの、聞いているもの。それは全て「いま」起こっていること全てが本物で、決して夢なんかじゃない。

 ふと、善子は想像してみる。もしあのとき、堕天使を捨てようとしたあの日に千歌の手を取らなかった、と。そうしたら、善子は普通の高校生活を送ることができたのかもしれない。普通に友人を作って、学校帰りに街で買い物をして、あわよくば素敵な恋人ができて幸福と感じられる日常を手に入れることができたのかもしれない。

 それは確かにかつて善子が望んでいたことに違いない。ただひとつ、堕天使への「好き」という感情を偽ること以外は。

「ありがとね」

 他のグループの談笑に消えてしまいそうな声に、ルビィと花丸が「え?」と振り向こうとしてくる。ふたりの顔が向けられる前、自身の顔が見られる前に、善子はふたりの肩を抱く。目元に込み上げる熱を抑え込み、いつもの強気な口調で、

「さあ、後はスクールアイドルとなって、ステージで堕天するだけ」

 こうして感じられるふたりの温もりも、紛れもなく本物だ。これからステージで抱く想いも全て。望んでいたものとは少しだけ違うけど、それ以上のものをわたしは手に入れることができた。

「うん」

「黄昏の理解者ずら」

 捨てなかった「好き」という感情。捨てなくていい、と迎え入れてくれたふたりから腕を離し、善子は高らかに宣言する。目尻から押し留めきれなかった涙を零しながら。

「行くわよ、堕天使ヨハネとリトルデーモン。ラブライブに、降臨!」

 

 開場までまだ時間があるから、ホールには誰もいない。既にステージの準備を済ませたのか、スタッフの姿も見えなかった。照明が暗転したこの静かなホールが、数時間後には観客で埋まる。観客の声援を受けながら、自分たちはホールの中央に設えられたステージで歌い踊る。

 この日のために練習を積んできたし、楽しみにしていたはずなのに、いざその瞬間が近付くにつれて現実味が薄れていく奇妙な感覚に囚われていた。

 色々とあったからかな、と果南は思う。

「高校3年になってから、こんなことになるなんてね」

 スクールアイドルを辞めると決めたときには、今頃は就職か進学の準備をしていると思っていたのに、まさかまたステージに戻るなんて。

「全くですわ。誰かさんがしつこいおかげですわね」

 そう言ってダイヤが並んでステージを眺める。「だね、感謝してる」と応じ、隣に立つ金糸の髪の親友へ目を向ける。

「鞠莉」

 この鬱陶しいほどに押しの強い親友のお陰で、またステージに立てる。こんな償いようのない罪を抱えてしまった自分を受け入れて。

「感謝するのはわたしだよ」

 と鞠莉は言う。最初に果南が誘ったときは渋っていたのに、戻るときは立場が逆転するなんて、と果南は思わず笑みを零す。

「果南とダイヤがいたからSchool Idolになって、ずっとふたりが待っててくれたから、諦めずに来られたの」

 2年という時間を経て、果南とダイヤはあの日々を忘れようとしてきた。ダイヤは生徒会長の仕事に没頭し、果南は初恋に拠り所を求めた。でも、鞠莉は微塵も諦めていなかった。また3人でステージに戻ることを誰よりも望んでくれていた。

 互いの真意を知らずに過ごした2年間。後悔と、でも得られた「いま」という瞬間への喜びと、そして懺悔を同時に含んだ涙が流れる。

 わたし、ここに居て良いのかな、という想いはまだ裡に燻っている。人を殺したのかもしれないのに、何食わぬ顔して幸福を噛みしめていいものだろうか、と。もし神さまがいるのなら、と果南は両隣に立つふたりを抱きしめながら祈る。

「あのとき置いてきたものを、もう1度取り戻そう」

 どうかもう少しだけ時間をくれますように、と。

 このふたりと、Aqoursの皆で最後までステージに立つことを赦してください、と。

 

「不思議だな」

 と梨子が唐突に言った。

「内浦に引っ越してきたときは、こんなことになるなんて思ってもみなかった」

 その感慨は、きっと他の皆も抱いていることなのかもしれない。千歌自身、こうなることを望んできたはずなのに、どこかで無理かもしれない、と弱気になったこともあった。

「千歌ちゃんがいたからだね」

 曜がそう言ってくれるけど、皆がいてくれたから、と千歌は断言できる。

「それだけじゃないよ」

 そう返すとふたりは意外そうに目を丸くする。

「ラブライブがあったから、μ’sがあったから、スクールアイドルがいたから、曜ちゃんと梨子ちゃんがいたから」

 普通の高校生が特別な存在になれるスクールアイドルという夢。その夢を大衆に広げてくれたμ’s。きっと彼女たちにも彼女たちの物語があって、それが意図しないところで自分たちAqoursの物語へと繋がっている。とても奇妙な、素敵だと思える縁。

 でも、自分たちの夢の終着点はここじゃない。

「これからも色んなことがあると思う。嬉しいことばかりじゃなくて、辛くて大変なことだっていっぱいあると思う」

 これで本当に浦の星の廃校が阻止できるのかは分からない。まだまだ入学希望者を増やす必要はあるだろう。

 アンノウンという恐ろしい存在に怯えることもあるだろう。翔一の今後のことだってある。

 不安は山積みだ。考えればきりがないほどに。でも、千歌のなかに立ち止まる理由はない。

「でもわたし、それを楽しみたい。全部を楽しんで、皆と進んでいきたい」

 わたしにはAqoursの皆がいてくれる。学校と街の皆がいてくれる。翔一くんがいてくれる。

 仲間が、応援してくれる人たちが、守ってくれる人がいる。だから前へと進むことができる。これからも進んでいける。

「それがきっと輝く、てことだと思う」

 

 

   2

 

 目的地もなく、ただ逃げるために走り続ける。でも鉛のように重い脚はなかなか前に進んでくれなくて、涼はまるで亀にでもなったような気分だった。しばらく眠ったままろくに食事も摂れなかったせいか、目眩がして視界が歪んでいる。だから、足元にある鉄骨に気付くこともできず脚を取られて転倒してしまう。どうやら工事現場に迷い込んだらしい。でもここなら身を潜めることができそうだ。

 微かな希望と共に身を起こしたとき、転がっていたコンクリートの瓦礫が飛んできて涼の脇腹を打つ。再び地面に伏せられた涼の視界のなかで、ひとりの男がじ、と涼を睨んでいる。マンションから結構離れることができたと思っていたのだが、走ることすらままならない涼に追いつくのは容易だったらしく息もあがっていない。

 建物を囲っていた柵から、細い鉄筋が1本だけ外れる。まるで透明な巨人がねじり切ったようだった。鉄筋は真っ直ぐひとりでに涼へと向かってきて左腕に突き刺さる。焼けるような痛みに悶えながら、涼は問う。

「何故だ、何故俺を………?」

 あの男は関谷真澄から自分を守ってくれていたのに、一体どうしてこんなことに。

「助けてもらったことには感謝してる」

 ゆっくりとこちらへ歩きながら男は言う。

「だがあの人の指示なら、仕方がない」

 木野という人物か。随分とその木野に信頼を寄せているらしい。彼の迷いのない眼差しに恐怖を覚え、涼は立ち入り禁止の札を押し退けて工事中の建物へと入り込む。

 どうやら解体工事らしく、辺りに鉄パイプやスチール版といった資材が散乱し、砕いたコンクリート片も無造作に放置されたままになっている。柱の陰に身を潜めた涼は左腕に刺さったままでいる鉄筋を右手で掴む。触れただけで激痛が走った。見つからないよう息を殺し、歯を食いしばると一気に引き抜いた。

 あまりの激痛に呻き声を漏らし、抜いた鉄筋を右手から零してしまう。とコンクリートの床に落ちた鉄骨は甲高い音を立てた。傷口から沸き出すように流れる血を抑えつけながら、柱に背を預けたまま立ち上がる。口に血の味が広がった。食いしばったときに唇を噛んだらしい。腕の痛みで気付かなかった。額からも玉汗が溢れているらしく、目に入り塩気で痛む。

 不意に、顔の真横から何かが突き出してきた。柱の中に配された鉄筋だ。立て続けに突き出してくる鉄筋は折れ曲がり、涼の体を柱に縛り付ける。

 こつ、こつ、と近付いてくる足音は死神のものに思えるが、その音を立てているのは明らか人間の男だ。あの男がこんな芸当をやってのけたのか。一体奴は何者なんだ。

 男の足元にある薄いスチール版が切断される。三角形に切られたスチール版は薄いだけあってまるで鋭利な刃物のように、切っ先を不気味に光らせながらブーメランのようにこちらへ旋回してくる。

「変身!」

 涼は裡から力を呼び起こす。でも、変化があったのは右腕だけだった。スチール版を弾き返した右腕は元の姿に戻り、だらりと力が抜けていく。

 弾いたスチール版が男の顔を掠めたとき、巻き付いていた鉄筋が解けていく。好機と外へ逃れようと踏み出した右脚が痛む。今度は右の太腿に鉄筋が刺さっていた。抜いている余裕なんてなく、涼は痛みにまた歯を食いしばりながら鉄筋を脚に刺したまま外へと拙い足取りで飛び出していく。

 

 

   3

 

「信じられません。あの姉さんが………」

 真実を聞けば、納得できると思っていた。でも真実を聞けば聞くほどまさか、という反発が強まっていき、確かなはずの事実にも目を背けたくなる衝動に駆られる。

 沢木は言う。

「君は姉さんのことを、知らなかっただけかもしれない」

「姉さんのことを、知らなかった………?」

 その疑念は刃のように裡に突き刺さる。

「人は他人(ひと)に対してイメージを抱く。ただそのイメージが正しいとは限らない。思いもよらないもうひとつの顔を、知らないのだ」

 あの海に出掛けたときに見た無垢な笑顔も、料理を食べたときに向けてくれた美味しいという言葉も。姉の全てではなかった、とこの恋人だった男は言うのか。だとしたら、一緒に過ごしてきたなかで姉はどこまでの面を見せて、どれほどの面を隠していたのだろう。

 ――どうして――

 あの疑念だ。姉が去ってから呪いのように脳裏に貼りついていた疑問が強く脈打っている。

 姉さん、どうして何も言ってくれなかったんだ。たったふたりだけの家族だったのに。

「ありがとうございました」

 立ち上がって深く頭を下げる。問いは未だに溶けないままだ。あの日に対面した、凍り付いた姉の寝顔と共に。でも、これ以上沢木の話を聞くのは堪えられそうになかった。更に姉の知らなかった一面を聞いてしまったら、子供の頃から感じていたはずの愛情さえ疑ってしまいそうで。

 玄関まで送ってくれた沢木は言う。

「人間は弱く、愚かなものだ。偉大な力を持っても、その力を正しく使うことができない。自我を超越した者だけが、力を制御することができる。そのような人間がいずれ必要になるだろう」

 その口調は研究者然としたもので、先ほど垣間見られた姉への思慕は全く感じられない。姉の本当の面も見えなかったのだから、今日初めて会ったこの男の本心も霞のように明瞭としない。姉と姉の中にあった力。彼が本当に愛していたのはどっちだったのだろう。

「何か冷たいんですね。姉さんのことなんか、どうでもいいように聞こえますけど」

「時は流れたということだ」

「それは、そうですけど………」

 この男の言う通りだ。時は無情にも過ぎていく。真実を知ってしまった以上、納得するしかない。それこそ時の流れに身を委ねて、納得できる日が訪れるのを待つしかない。

 姉の時間は止まってしまったが、まだ生きている自分の時間はこれからも過ぎていくのだから。

「いずれ必要になる。君のような人間が」

 その言葉の意味が分かりかねて、どういうことか尋ねようとしたとき、

「っ!」

 脳裏に戦慄が走る。急いでヘルメットを被り、バイクを猛スピードで走らせた。

 

 

   4

 

 地区予選ではパフォーマンスの前に、グループ紹介の時間が設けられている。大会の運営から紹介の形に関しては特に決まりは提示されてはいない。口頭、映像、音楽とアピールは自由だ。ステージでのメインは当然曲なのだが、紹介もまた立派なパフォーマンスということで、他のグループも準備に余念のない、各々の趣向を凝らした紹介をしている。

 このグループ紹介で、Aqoursは演劇の形式を取ることにした。それが1番わたし達らしい、と満場一致だった。

 会場に灯された照明は、主役である演者へ向けられたスポットライトのみ。でも観客席が満員であることは、観客たちが掲げるサイリウムの光で見て取れる。各々が好きな色に灯る様子は、まるで一見すれば取りまとめなく寄せ集められた自分たちのようだ。

「今日は皆さんに伝えたいことがあります!」

 これまで立ってきたなかで最も大きなステージ。その広さと観客の多さに圧倒されるも、それもまた楽しもう、と千歌は声を張る。皆に聞いてもらえるように。見てもらえるように。

「それは、わたし達の学校のこと、街のことです」

 演目が始まる。千歌は広いステージを余すことなく駆けていく。

「Aqoursが生まれたのは、海が広がり太陽が輝く、内浦という街です。

 小さくて人もいないけど、海にはたくさんの魚がいて、いっぱいミカンが採れて、暖かな人で溢れる街。

 その街にある小さな小さな学校」

 生徒たちがいる区画の席を手で示す。観客席は暗いけど、皆が制服を着ているおかげですぐに分かった。

「今ここにいるのが、全校生徒。そこでわたし達はスクールアイドルを始めました」

 続いて曜のパートに入り、スポットライトが(かしず)くように手を組んだ彼女へ移る。

「アキバで見たμ’sのようになりたい。同じように輝きたい。

 でも――」

 気持ちはあった。でも具体的に何をすればいいのか、その目処もろくに立っていなくて、そのときの衝撃を思い出しながら、千歌と曜は声を揃える。

「作曲⁉」

 アイドルなのだから当然歌うわけで、それには曲が必要になる。その現実を突きつけたダイヤが、暗がりから現れる。

「そう、作曲ができなければラブライブは――

 出られません!」

「ハードル高っ!」

 千歌も曜も、音楽とは無縁に過ごしてきた。作詞は何とかなっても、作曲となるとお手上げ。でもそこで起こった出会い。曜は手を差し述べ、

「そんなとき、作曲のできる少女、梨子ちゃんが転校してきたのです」

「奇跡だよ!」

 だけど漠然と信じるだけでは奇跡なんて簡単に起きるわけもなく、

「ごめんなさい!」

 と梨子が深々と頭を下げる。

「がーん!」

 観客席から笑い声が聞こえてくる。自分たちとしては真剣にやってきたつもりだったけど、傍から見たら滑稽に映るかもしれない。

「東京から来た梨子ちゃんは、最初はスクールアイドルに興味はなかった。東京で辛いことがあったから」

 当時、梨子の抱えていた懊悩。ピアノに真剣だからこそ、他のことに目移りしたくなかった。でも彼女の裡にも確かに燻っていた光への渇望が、千歌の手を取ってくれた。

「輝きたい!」

「その想いは梨子ちゃんの中にもあった」

 「そして――」と曜が目を向けた先でスポットライトを浴びる次のメンバー。

「お、おら……、わたし運動苦手ずら………、だし」

「ルビィ、スクールアイドル好きだけど人見知りだから」

 1年生の最後のひとりは、観客席に現れる。その演出に観客たちは驚きの声をあげ、当人はとてもご満悦そうに光を浴びながら、

「堕天使ヨハネ、ここに降臨!

 わたしの羽を広げられる場所はどこ?」

 自分のなかにあるはずの「好き」という気持ち。それに蓋をしようとしていた彼女たちにも手を差し伸べた。千歌にとってはキラキラと輝いて見えたから。もっと輝ける、という確信があったから。観客席から善子が連絡通路でステージに戻ってくる頃合いを見計らって、

「こうして6人になったわたし達は歌を歌いました。街の皆と一緒に」

 わたし達が住む街、わたし達を育ててくれた街が大好き。その想いを込めた歌は人気を呼び、また一波乱が起こる。

「そんなとき、わたし達は東京のイベントに出ることになった」

 梨子が言うと、1年生たちが大都会を目にしたときの感嘆を口々に述べる。

「未来ずらあ!」

「人がいっぱい!」

「ここが魔都、東京!」

 地元にないもので溢れた東京。国の中心で歌えるという胸の高鳴りは、確かにあった。

「ここで歌うんだね、頑張ろう!」

 曜の告げたその意気込みは嘘じゃない。当然、ステージに立つからには全力のパフォーマンスを披露した。

「でも結果は――

 最下位」

 努力が必ずしも報われるとは限らない。まだ結成して間もないグループが実力のあるグループに競り勝つだなんて、そんな楽観視を決め込んでいたわけじゃない。

 不安はあった。

 覚悟はしていた。

 でも現実はそれを遥かに上回る絶望を突き付けてくる。

「わたし達を応援してくれた人はゼロ」

 誰も感動させられず、

 誰も笑顔にできず、

 誰も輝くことができなかった。

 μ’sが活動していた頃よりも、爆発的に増えたスクールアイドル。増えた分だけ競争率は高くなり、比例して全体のレベルも向上している。

 頑張れば、仲間がいればできる、なんて簡単なものじゃなかった。

「千歌ちゃん、やめる?」

 うずくまる千歌に曜が訊く。スクールアイドルなんて始めなければ、こんな絶望を見ることはなかったかもしれない。普通なわたしは普通に過ごしているべきだったのかもしれない。

「悔しい」

 でも千歌は、それでも前に進んでいくことを選んだ。

「悔しいんだよ。わたし、やっぱり悔しいんだよ!」

 その想いを抱けたのは、スクールアイドルが好き、という気持ちをまだ捨てずにいられたから。生まれて初めて熱中できたことを、そう簡単に諦められなかったから。

「ゼロだったんだよ、悔しいじゃん!」

 そんな千歌の傍に梨子はいてくれた。

「そのとき、わたし達に目標ができました」

 梨子だけじゃない。曜もいた。

「ゼロから1へ」

 花丸もいる。

「ゼロのままで終わりたくない」

 善子もいる。

「とにかく前に進もう」

 ルビィもいる。

「目の前のゼロを1にしよう」

 ここからが本当の始まり。

「そう心に決めて、そんな時新しい仲間が現れました」

 ようやく訪れた出番に、待ちわびたのか3年生たちが声高に告げる。

「生徒会長の黒澤ダイヤですわ!」

「スクールアイドルやるんだって?」

「Hello,everybody!」

 この3人にも物語があったことを、曜が告げる。

「以前スクールアイドルだった3人は、もう1度手を繋いでわたし達は9人になりました」

 経験者を仲間に迎えたことで、グループのレベルもより向上できる。希望はどんどん膨らんでいった。

「こうしてラブライブ予備予選に出たわたし達。結果は見事突破。でも――」

 それでもまだ、現実は厳しいままだった。

「入学希望者はゼロ」

 とルビィが。

「忌まわしきゼロが」

 と善子が。

「またわたし達に突きつけられたのです」

 と花丸が告げる。

「どうしてゼロなのおおお!」

 千歌の嘆きが会場にこだまする。進んでいるようで、実はまだ進めていない。自分たちに提示される数字はゼロのまま。

 果南は言う。

「わたし達は考えました」

 鞠莉が言う。

「どうしたら前に進めるか」

 ダイヤが言う。

「どうしたらゼロを1にできるのか」

 答えを見つけるためにまた訪れた東京の地。伝説のスクールアイドルが救った、後のスクールアイドル達の聖地と名高い音ノ木坂学院。

 そこで見出せた、願いへの道。

「そして決めました」

 千歌の横を、次々とメンバーが通り過ぎていく。新しい決意、新しい目標を携えながら。

「わたし達は――

 この街と

 この学校と

 この仲間と一緒に

 わたし達の道を歩こう、と

 起きること全てを受け止めて

 全てを楽しもう、と

 それが輝くことだから」

 最後に残った千歌も、往くべき道を見据える。自分たちだけが往ける道。たとえμ’sでも辿ることのできない、Aqoursだけの道。

 それを見出してようやく、Aqoursは前進する。

「輝く、て楽しむこと。あの日、ゼロだったものを1にするために」

 先に往った皆のもとへ辿り着き、千歌は「さあ行くよ!」と円陣の中心に手を置く。人差し指と親指のみを伸ばし、全員でゼロを形作り点呼を取る。

「1!」は高海千歌。

「2!」は渡辺曜。

「3!」は桜内梨子。

「4!」は国木田花丸。

「5!」は黒澤ルビィ。

「6!」は津島善子。

「7!」は黒澤ダイヤ。

「8!」は松浦果南。

「9!」は小原鞠莉。

 この9人で、この9人だからこそ往ける居場所へと――

「10!」

 その幾重ものコールが聞こえて、観客席を振り返る。一画に固まった浦の星の生徒たちが、サイリウムを振りながら歓声をあげていた。千歌は笑みを零す。

 そうだったね。9人だけじゃないんだよね。

 学校の皆、街の皆。たくさんの人が自分たちを応援してくれる。一緒に輝きを目指してくれる。

「いま、全力で輝こう!

 ゼロから1へ

 Aqours――」

 1の形にした手を、全員で高く掲げる。この会場。それよりも、もっと大きく広げていくために声を張り上げる。

 どこまでも広く。

 どこまでも高く。

「サンシャイン‼」

 曲が始まった。

 Aqoursの想い。願いと決意の全てを込めた曲を踊り、歌い上げる。

 裡から溢れ出す光への願望。それが未来を照らしてくれる、と今でも信じてる。

 でも、願うだけじゃせっかく生まれた夢は叶わない。その現実に涙を流したこともあった。

 それでもわたしは、皆は諦めなかった。迷いながら、遠回りしながらも辿り着いた「居場所」で、繋がった夢でようやくひとつになれた。

 だからこそ「いま」がある。もう迷いはない。最初は憧れから始まった夢だけど、その更に先へと進みたい。

 あの人たちが往ったところじゃく、わたし達だけの往ける新世界へと――

 さあ、今こそ船出のとき。全速前進ヨーソロー、と声高々に行こう。きっと青空が笑うように祝福してくれる。

 湧き上がる熱に身を任せ、千歌はステージの縁へと駆ける。

「皆! 一緒に輝こう!」

 歌いながら手を伸ばす。ステージからじゃ絶対に届くことはないけど、この手に、歌に込めた想いは確かに皆と共鳴している。生徒たちが最善席へと躍り出る。サイリウムをめいっぱい振る中には、来てくれたメンバーの母親たちもいる。

 輝くのはわたし達だけじゃない。きっと皆が輝ける。誰の心にも光はある。その光は手放さず、ずっと抱き続けていこう。

 輝きがきっと、未来への切符なのだから。

 

 

   5

 

 空を覆う灰色の雲から、大粒の雨が降ってきた。叩きつけるような雨水が涼の体に浮かぶ汗と血を流していく。

 河原の茂みに隠れた涼は脚から鉄筋を抜き、無造作に投げ捨てる。そこで涼は違和感に気付いた。脚の痛みで意に介さなかっただけと思っていたが、左腕の痛みが消えている。傷口を見ると、確かに鉄筋が刺さったはずの穴がどこにも見当たらない。

 まさか、治ったのか。この短時間で。

 自身の異物さに恐怖を覚えるが、怯えている余地すら今はなかった。

 ぱあん、と何かが弾けたような音が響く。近くに屹立していた樹の幹が根本から折れて、涼のもとへと倒れ込んでくる。避け切れず、背中を幹が打ってきた。稲光はなかった。これは落雷じゃない。

 嫌な予想通り、雨のなか傘もささずに男が涼へと確かな殺意を込めた眼差しを向けている。その視線が物理的な力を持ったように、涼の体が川面へと吹き飛ばされた。浅瀬で、ぬかるんだ泥が体にまとわりついてくる。

 立ち上がろうとする脚に痛みはない。どうやらこちらの傷も治ったらしい。踏み出そうとしたとき、顔面を泥に押し込まれた。まるで見えない手に頭を掴まれているように。泥は顔に吸い付くように鼻と口を塞いできて息ができない。もがけばもがくほど見えない力は強くなってきて、みしみし、と頭蓋骨が悲鳴をあげ鼻が潰れそうになる。

 脳に痺れのような戦慄が走ると同時、力が解ける。泥まみれになった顔を上げて新鮮な空気をめいっぱい吸い込んだ。

 振り向くと、カラスのような怪物が男に剣を向けてにじり寄っている。この前に仕留め損ねたやつか。戦え、と涼のなかにある力が喚いているが、もう変身するほどの力は残っていない。

 雨で急流になった川に、涼は体を滑り込ませる。全身を包み込む水が泥を落としていき、流れに沿ってどこか遠くへと運んでいってくれる。

 流れに抗うことなく、涼は目を閉じて水中をたゆたっていく。

 遠くなっていく意識のなか、涼は怪物とは別の存在を感じ取っていた。

 自分と似た、でも異なる力。それが発現する声と気配を感じられるも、その正体を見る前に意識が途切れた。

 

「変身!」

 アギトに変身した際の光で、アンノウンがこちらに気付く。襲われていたであろう男は泥まみれになりながら、雨の中を走り去って行く。どこかで見たような気がしたが、確認する暇もなくアンノウンが襲い掛かってくる。

 振り翳される剣の柄に手を添えて、剣尖の軌道を逸らしつつ腹に蹴りを見舞う。水溜まりの泥で翼を濡らした雄カラスは苦し紛れに剣を一閃するが、動きが見えているから避けるのは容易だ。

 でもその剣は囮だった。避けた時に間合いが生じたことで、翼を広げる敵に対処できない。低空飛行した敵は雨を弾きながら宙を舞い、猛スピードで旋回し突進してくる。辛くも回避できたが、また旋回し次の攻撃が来るだろう。

 ふう、と深呼吸する。裡から力を湧き上がらせ、鎧に火と風を纏わせ三位一体(トリニティフォーム)へと姿を変える。

 向かってきた敵に、ベルトからハルバートを飛ばす。咄嗟に剣で弾かれたが、地に降ろすことはできた。続けて出した刀を手に取り、二刀の構えで攻撃を見計らう。

 先手は向こうから来た。振り降ろされた剣をハルバートで受け止め、刀を剣の中腹に叩きつける。悲鳴のような甲高い音を立てた剣が折れ、敵はその衝撃でたたらを踏む。

 両手の武器を放ると同時に角を開き、力を臨界にまで高める。足元の光を両足に集束させ、跳躍し敵の胸に渾身のキックを両足で叩き込んだ。

 黒い羽に覆われた胸を穿った瞬間に爆発が起こる。力が強すぎたせいか、爆炎が視界を覆い尽くし雨も吹き飛ばしていく。

 炎が全てを朱く染め上げ、その朱が裡にも侵食していくような錯覚に囚われる。姉と一緒に行った蒼かった海も。姉が初めて食べてくれた油まみれで茶色く焦げたチャーハンも。

 駄目だ――

 塗り潰されていく思い出の数々を手放すまいと、懸命に目を剥く。

 やっと思い出せたんだ。

 まだ思い出さなきゃいけないことがあるんだ。

 凍り付いた姉の寝顔が、朱のなかへと沈んでいく。

 姉さん!

 姉さん

 ねえ――

 

 ――お祝いにご馳走作って。こないだのトマト料理に負けないくらい、すごいの――

 

 最後に残っていた千歌の声も、朱く塗り潰されていく。全てを覆い尽くした朱は白になり、その白になったキャンパスに色が足されていく。

 描かれた光景は全てが満ち足りていて、同時に大部分が欠けた矛盾をはらんでいる。

 全てが白紙となり、そこから彩られていったものを取り戻したとき、

「俺は………、何をやっていたんだ?」

 青年は“津上翔一”になっていた。

 

 

   6

 

 沼津駅に降り立つと、先に戻っていた生徒たちが駅前のターミナル広場で千歌たちを出迎えてくれた。

「おかえりー!」

 まだライブの熱が収まっていないのか、皆がサイリウムを掲げている。何だか凱旋みたい、と照れ臭さを覚えながら、千歌は笑顔を向ける。群衆の外縁には親たちが微笑を浮かべたまま待っていてくれて、千歌は母と姉たちのもとへ行く。

「よくやったじゃん」

 と美渡が背中を叩いた。

「お疲れ様」

 と志満が労ってくれる。そしてこの日のために東京から帰省してきてくれた母はとても優しく笑って、

「良かったね、やめなくて」

 傍にはいなくても、見てくれてたんだな。そんな感慨を抱きしめながら、千歌は「うん」と頷く。

「みんなー、お帰り!」

 そんな気の抜けた声に、高海家全員が勢いよく振り返る。バイクから降りたその青年はお馴染みの人好しな笑顔でこちらへと歩いてきて、

「いやあ驚いたよ。帰ったら誰もいなくてさ。従業員の人たちに聞いたら名古屋に行った、て言うから。それで、こんな大勢で何しに行って来たの? あ、制服着てるから遠足とか?」

 「翔一くん!」という千歌の声を皮切りに、矢継ぎ早に姉たちも質問を飛ばしていく。

「てか翔一こそ今までどこ行ってたのよ?」

「とにかく思い出したこと全部話してみて翔一君」

 翔一はきょとん、と目を丸くしている。そのとぼけた様子はいつもの翔一だが、千歌はどこか違和感を覚える。

「て何よ? 皆、変な顔してどうしたの?」

 母が翔一の顔を見上げながら、

「翔一君、過去のこと思い出したんじゃないの?」

 小柄なせいで気付かなかったのか、翔一は母の姿を認めると驚きながらも嬉しそうに笑って、

「あ、女将さん戻ってたんですか? やだなあ言ってくれればご馳走作って待ってたのに」

 じれったくなったのか、美渡が翔一の肩を叩く。

「もう、そんなことより記憶よ。思い出したんでしょ昔のこと」

「誰が? 何を?」

 冗談にしては質が悪すぎる。そもそも、翔一は嘘が付ける性分じゃない。トランプでババ抜きをしたとき、すぐに顔に出るから毎回必ず翔一が負けるほどだった。

「翔一くん覚えてる? 今日、お祝いにご馳走作ってくれる、て」

 「だから何よそれ?」と翔一は首を傾げる。

「わけ分かんないこと言わないでよ」

 目の前にいるのは、確かにいつもの翔一だった。記憶がなくても前向きで、毎日を楽しみながら生きている。千歌たちのために料理を作ってくれて、時には奇抜な料理を作ってしまう家族も同然な青年。

「あ、そうだ。そうそう実はさっきまた新しい料理のメニュー思いついたんだけど。まあ楽しみにしててよ」

 満面の笑顔でバイクに戻っていく翔一に、千歌はどんな言葉をかけていいのか分からなかった。

 

 こうして日々の出来事を整理して、物語の半ばまで語り終えても、未だに答えの出ていないことがある。

 わたし達がゼロから創りあげたもの、て何だったんだろう。

 形のないものを追いかけて、

 迷って、

 怖くて、

 泣いて、

 そんなゼロから逃げ出したい、て。

 でも何もないはずなのに、いつも心に灯る光。

 この9人でしかできないことが必ずある、て信じさせてくれる光。

 わたし達Aqoursはそこから生まれたんだ。

 叶えてみせるよ、わたし達の物語を。

 この輝きで。

 だから、この物語をここまで読み進めてくれたあなたに、わたしは訊いてみたい。

 あなたの答えはきっと、わたし達が創りあげたもの、てことだから。

 

 君の心は輝いてるかい?

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。