ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第7話

 

   1

 

 敵の勢いが一気に引くように感じられた。無限に察知していたアンノウン達の気配。その中でもひと際大きな気配が消えた。翔一へ迫っていたアンノウン達が、まるで触覚を抜かれたように右往左往しはじめる。指揮官を失い誰から指示を仰げばいいのか分からなくなった兵隊みたいだ。

 それでも、まだアンノウン達は翔一を敵と認識しているようだった。徘徊している群れの中で、翔一と目が合った者から襲い掛かってくる。でも、ずっと戦っていた敵だから弱点は既に知っている。たった1撃の拳や蹴りで屠っていくうち、悲鳴が聞こえた。女性の声だ。

 声を頼りに通路を走ると、アンノウン達が密集している。群れの中心で女性が腰を抜かしているのが見えた。千歌を攫った女だ。アンノウンに埋もれてすぐに悲鳴は消える。ばり、がき、という不気味な音を立てるその群れへ駆け出し、翔一はアンノウン達を数秒たらずで殲滅した。

 でも、既に手遅れだった。翔一は足元に横たわる女性――だったと言うべき残骸――を見下ろす。腹は裂かれ内臓の殆どを食い破られてしぼんだ風船のようになっている。乱暴にもがれた手足は散々かじられて、骨に筋線維が少しばかりこびりついた。顔面の皮膚は剥がされて骨が剥き出しになり、左の眼窩からは食い残された眼球が垂れ下がっている。

 憎い人間だが、死ぬことを望んでいたわけじゃない。感傷を裡から追いやり、翔一は通路を進む。ふと気付く。消えつつあるアンノウンの気配に混ざって、浮かび上がるように現れた力を感じる。それほど強い力じゃないから、敵だとしても脅威にはならないだろう。でも、翔一はその力に敵意を持つ気にはなれなかった。その力からは暖かさを感じる。まるで陽だまりのようだ。太陽に向かって伸びる植物のように、翔一は力を感じる方角へと進んでいく。

 辿り着いたサーバールームもアンノウンの襲撃を受けたのか、自衛官たちと箱型のサーバーが倒れている。

 翔一の視界に、弱く灯る小さな光が入り込んだ。床に灯っていた光は浮き上がり部屋の中央、立てかけられた寝台に眠る少女の右手に収まり、やがて灯が消える。

「千歌ちゃん!」

 翔一が駆け寄ると、光の消えた千歌の右手にはオレンジ色のシュシュがはめられている。梨子から貰った、と嬉しそうに見せてくれた、千歌が練習に必ず持っていくものだ。忘れ物が多い彼女でも、シュシュだけは忘れたことがない。この千歌とAqoursの繋がりを示すものが、ここへ導いてくれたのだろう。今はもう何も感じられないが、翔一はそう確信できた。

 無数のコードに繋がれたヘッドギアと体を寝台に固定していたベルトを外す。重力に従って倒れる千歌の小さな体を、翔一は優しく抱き留めた。腕の中で、千歌は重たげに目蓋を開ける。まだ夢心地でいるのか、目蓋を垂らし蕩けた目で翔一を見つめる。

「翔一くん………」

 呟くと、親に甘える幼子のように千歌は翔一の胸に顔を埋め、気持ちよさそうに寝息を立てた。その柔らかい髪を撫でると、千歌は眠りながら笑っている。

「千歌ちゃん、帰ろう」

 抱きかかえて立ち上がったとき、翔一はサーバールームの壁に備え付けられた大型液晶に気付いた。画面の中で、青と黒の鎧を身に纏った戦士たちが対峙している。でもその戦いは、翔一には介入できるものではなかった。

 

 

   2

 

 AIは絶えず撤退を推奨している。口やかましく各部装甲の損傷具合を表示し、リアルタイムで逃走の手順を組み立てては提示してくる。G4のどこを攻撃すれば隙が生まれるか。その隙にどこへ逃げれば逃走することができるか。そして真正面から戦っていかに勝利が低いか。

 AIが算出したG3-Xの勝率は17.8%。その数値に違わず、2機の「Gシリーズ」の戦いは一方的と言って良い。G4の繰り出す攻撃はどれも重く、しかも衰える気配が微塵もない。それもそうだ。中にいる水城がどれほど苦痛に叫ぼうが、システム運用に支障はない。装着員の悲鳴など制御するAIにとっては耳障りな騒音でしかないからだ。人間的な感情や苦痛の一切を無視し、どこまでも完璧にオペレーションを遂行するよう設計されたシステム。

 その完璧さは小沢にとっては罪でしかなかった。Gトレーラーに戻らず現地でのオペレーション開始を許可したのも彼女の罪悪、そして誠への信託もあってのものだろう。誠なら自分の犯した罪にけじめをつけてくれる、と。

 だが人間が操るとしてもG3-Xだって所詮は機械に過ぎない。設定されたスペック以上の能力は発揮できないし、故にG4システムとの差は埋まるはずもない。

 なけなしに突き出した誠の拳は、あっけなくG4の脇で固められる。逃れられなくなった誠の胸部装甲は何度も殴打を喰らい、火花を散らして陥没する。立て続けに振り降ろされた拳は何とか拘束から逃れて避けることができ、背後へ回る。だがG4の反応速度は速く、重厚な外見に見合わない俊敏さで繰り出された蹴りを腹に受けてしまう。しかも質の悪いことに、G4は装甲で覆い切れないインナー部分を狙ってきた。インナースーツでも防弾チョッキ以上の耐久性があるが、厚い鉄板を拳で貫通できるG3-X以上のパワーは流石に抑えきれない。

 「ごふっ」とマスクの奥で咳き込む誠に、慈悲なんて与えられない。顔面に迫ってきた拳を避けるも、掠めた肩の装甲が剥がされてしまう。無理矢理千切られた配線コードが飾り紐のようにぶら下がった。

 耳元でインカムがノイズを鳴らしている。どうやら通信機器がやられたらしい。また腹のインナー部分に拳を沈められ、前屈みの姿勢にさせられたところで更に背中に手刀を叩き込まれる。体の前後からの痛みに耐え切れず、誠は膝をついた。それでも立ち上がろうとしたのだが、向こうのAIはそれも予想していたとばかりに蹴りを顔面に入れてくる。衝撃のあまりに脳震盪を起こして視界が霞んだ。すぐに治まったのだが、視界を半分失っている。センサーアイに亀裂が入り、ディスプレイの右半分が潰されていた。

 追い打ちの蹴りがみぞおちに入る。床を転がり、首を掴まれ無理矢理立たされる。間髪入れず繰り出される殴打には反撃の余地がない。半分潰れてしまった視界のなかで、誠にできる対処は腕で胴と頭を防御するだけ。

 スピーカーからノイズが聞こえてくる。乱雑だった音声パターンが落ち着き、小沢の声へと変換されていく。

『氷川君、応答して! 氷川君!』

 通信が復旧した。戻ってきた上司の声に安堵し「小沢さん!」と応じる。

『G3-XとしてG4と戦っては勝ち目はないわ』

 ならどうしろというのか。小沢もAIと同じように撤退を命じるのか。だとしたら水城はどうなる。ここで逃げたら水城はG4に殺される。止めなければ小沢の罪は祓えない。

 逡巡を置いて飛んできた指示は、誠を驚愕させるのに十分だった。

『氷川誠として戦いなさい!』

 こんな時でも無茶な指示をしてくれる。でも、それが無根拠な根性論でないことを誠は知っている。小沢の根拠は、G3-Xの装着員が氷川誠であるということ。

 機械同士の戦いでは、既に机上で勝負が決している。設定されたスペックは覆ることはない。最初から絶対的な差が存在していて勝ち目なんて無かった。でもあなたなら、氷川誠なら機械なんて脆弱な代物に打ち勝つことができる。あなたの力を見せてやりなさい。

 その意思をしかと受け取った誠は、拘束していたG4の腕を振り払いやみくもに拳を振るう。反撃に流石のG4も狼狽え間合いを取った。誠はマスクの側頭部に手をかける。後頭部のカバーが開き、開けた空気が入り込んでくる。戦闘のせいか、焦げ付いた炭のような臭気が立ち込めていた。これが戦場の匂い。水城が片足を踏み込む死へと近い場所の匂いか、と奇妙な感慨を覚える。

 今、誠は仮面を脱ぎ捨てる。

 それは頭部の防御を完全に解く自殺行為だ。でも誠が飛び込むのは「死」なんかじゃない。これまでもそうだったように、誠が背負うのは「生」だ。

 自分が生きるために戦う。

 誰かを生かすために戦う。

 このオペレーションをG3-Xとしてではなく、生を背負う氷川誠として完遂する。

「勝負を投げるつもりか?」

 「違う」と誠は即答し、G4の青い両眼、その奥にある水城を見据える。

「僕は戦う。人間として、あなたを止めてみせます」

 無造作に放ったG3-Xのマスクが、鈍い音を立てて床に落ちる。その音を合図のようにして、G4が間合いを詰めてきた。やはり狙いは無防備になった頭部だ。飛んできた蹴りをいなし、反撃の蹴りを脇腹に入れる。散った火花が頬を掠めるが意に介さず、誠は組みついた。基本構造がG3と同じなら、G4の緊急離脱スイッチもベルトにあるだろう。だが容易に振り払われ、回ってきた蹴りを寸でのところで避ける。追撃の拳は腕で防御できたが、衝撃で間合いを開けてしまう。

 抑えられない水城の叫びが、誠の耳をついた。G4の装甲の隙間から蒸気が噴き出している。マスクを外している今、その蒸気がどれほどの高熱を帯びているかを感じられる。高音に包まれた状態でこれまで無理矢理に体を動かされていた水城の苦痛の一端を。

 スーツ内の温度は人間の生存限界を優に越えているだろう。上昇する体温に炎症を起こした血管が破裂して、体のあちこちで出血しているかもしれない。

「水城さん!」

 組みつこうとする誠を水城は払いのける。こんな状態でも、G4システムは水城に戦闘続行を強要している。水城もそれを拒まない。苦痛にあえぎながらも戦いの構えをし直す。兵器であろうとする男に、誠はなおも組みついた。

「危険です、離脱してください! 水城さん!」

 伸ばした手がようやくベルトのバックルに到達した。スイッチに触れられさえすれば、強制的に装備が解除される。誠はバックルに指を這わせスイッチを探す。

 だが、スイッチは無かった。

 脳裏が白紙になり、一瞬遅れて全てを悟る。

 最初から、G4システムに緊急離脱システムなんて搭載されていなかった。装着員が死亡しても稼働し続けるシステムだ。装着員を保護する機構なんて必要ない。

 垂らされた蜘蛛の糸を断ち切るように、水城は拳で誠を突き放す。情けなく尻もちをついた誠に、G4は拙い足取りで近付いてこようとする。中にいる水城はもう限界だ。スーツの補正がなければ立つこともできないだろう。いくらAIが命令を下しても、もはや水城の肉体は動かすことができない。1歩ごとに動きが鈍くなっていく。それでも水城は止まろうとしない。彼は最期まで兵士であり、兵器でいるつもりだ。

 やがて、G4は糸の切れた人形のように崩れ落ちる。制御を失った肉体は天井を仰ぎ、青いセンサーアイの奥にある瞳は永遠に閉ざされた。

 勝者は生者であり、敗者は死者となる。この究極の勝負の間に、そんな明確な違いはなくどこまでも曖昧だ。死を背負っていた水城は望んでいた通り死に両足を浸し、そのまま抗うことなく無限の奈落へと沈んだ。彼は最期まで己の信念に忠実で、そして果たすことができた。それのどこが敗北だろう。

「水城さん………」

 ぼそり、と呟いた誠の声が格納庫に消えていく。アンノウンは全て片付き、施設内は静寂に包まれていた。自衛官たちも死んでしまったのだろうか。戦場は死の匂いに満ちている。だが、感傷に浸ることを現実はまだ赦してくれない。

 不気味なモーター音が響き渡る。潤滑オイルが切れたような軋みをあげながら、倒れた水城の体がびくん、と痙攣する。かなりゆっくりと、死体になったはずの水城は上体を起こし始める。その恐ろしい姿に、誠は瞬きすらできなかった。

 これから始まろうとしているのは、G4システムの真のオペレーションだ。赤ん坊のようにやかましく泣き叫ぶ水城史朗は完全に沈黙した。その死体がフレームとして完全に馴染むまでそう時間はかからないだろう。いかにもロボット然としたぎこちない動きが少しずつなだらかになっていくのが見て取れる。ロボット工学の進歩過程を目の前で見せられているようだ。

 立ち上がった青い両眼は、しっかりと誠を見据えている。もし言葉を発するほどの演算処理ができればこう言っていることだろう。

 さあここからだ、氷川誠。

 まだオペレーションは終わっていない。

 どちらかが倒れるまで戦おうじゃないか。

「…………もういい」

 無意識に乾いた声を絞り出し、誠はホルスターにあるGM-01を手に取る。

 この人は全てから解放された。兵士としての枷も、矜持も、そして死も抱く必要はない。絶対的な安寧の中でようやく眠ることができるんだ。

 これ以上、この人を弄ばないでくれ。

 これ以上、何も背負わせないでくれ。

 

「もういいだろおっ‼」

 

 1発の銃声が空気を裂いた。

 GM-01の弾丸がG4の胸部装甲を穿つ。システムという糸を切られた鋼鉄の人形は、今度こそ完全に崩れ落ちた。スロートマイクに枯れた声で告げる。

「G4システム、活動を停止しました」

 報告を済ませてようやく、誠は感傷の涙を流すことができた。正直なところ出会ったばかりの人間の死に対して、それほどの悲しみを抱くことはできない。水城がどんな人生を歩み、何故死を背負う境地に至ったのかを知らない。

 悔しさの涙だった。

 氷川誠としてG4システムに勝利を納め、だが水城史朗には敗北した。彼を死への底なし沼から引き揚げることができず、2度と這い上がることのない深淵へと沈ませてしまった。

 何度も銃を撃ってきたが、彼に真の引導を渡した銃声は耳から離れることはない。最期まで苦痛に抗っていた彼の叫びも。彼の肉体を蝕んでいた蒸気の熱も。ここで覚えた感覚の全てが、この先一生誠には憑りつく。

 ああ、これが――

 そのとき全てを悟った。

 これが死を背負う、ということ。

 それは死を恐れないことじゃなかった。それは自ら背負えるものじゃなかった。

 目の前で散っていった者たちの無念を受け継ぎ、彼らの行けなかったところまで連れて行くこと。それは生き残った者しかできないことだ。そして、生き残った者もいずれは死者の仲間入りを果たす。その前に自分たちの無念と魂を受け継いでくれる存在を探し、全てを託す。水城は自身より前に散った装着員たちの「死」を背負っていた。

 目の前で「死」を目撃した者にしか背負うことができない。無理矢理持たされ、途中で降ろすこともできない理不尽なお荷物。ある意味で呪いでもある。次に死ぬ者に擦り付け、そして自身も死ぬことでしか解くことのできない呪い。

 それは今、水城史朗から氷川誠へと受け継がれる。この重すぎる呪いが裡に地獄を広げ、これからも続く人生を縛りつける。

 それでも、誠は水城と同じ境地には至っていない。今この瞬間、誠は自身の命が助かったことに安堵している。水城が弱さと断じたこの安堵を、決して離すものか、と握りしめる。

 誠は死を背負うと同時に、生もまだ背負っていた。

 

 

   3

 

 すっかり静かになった建物のある山に、一条の風が吹いた。少しばかり強い風は樹々をざわざわ、と揺らし木の葉を彼方へと運んでいく。建物から立ち込める焦げ臭さと煙さえも。まるで全てを洗い流していくように。

 建物の中から少女を抱えた青年が歩いてくる。少女は青年の腕のなかで安らかに眠っていた。起こさなければ、いつまでも眠り続けてしまいそう。

「千歌ちゃーん! 翔一さーん!」

 はやる声色で、抱えられた少女と同じ制服を着た少女たちが彼らのもとへ走っていく。ある少女は安堵に笑っていて、またある少女は目に涙を浮かべている。その様子を樹の陰に隠れながら、花丸は眺めていた。

 戻れば、また元の日常が始まる。いつ再びこんな恐怖の日が訪れるかも分からない。全て嘘になればいい。

 ――それでも生きていくしかない――

 彼の言葉が、花丸の背中を押してくれた。樹の陰から飛び出し「みんなー!」と駆けていく。最初に反応したのはルビィだった。

「花丸ちゃん!」

 ルビィも駆け出して、花丸と抱き合い肉体の感触を確かめる。親友の暖かさを感じ取り、花丸の目にも涙が浮かんだ。やっぱり、嘘になんかしたくない。ルビィがいて、Aqoursの皆がいるこの「本物」が好き、と断言できる。

「良かった。無事で良かったよお………」

 涙と鼻水で顔を濡らすルビィを抱きしめながら、花丸も「ごめんね」と涙を流しながら告げる。

 森のほうからバイクの音が聞こえ、花丸は振り返る。ずっと聞いていた音。間違いようがない。その姿は森の樹々に隠れて既に視えず、音も次第に小さくなっていく。

「ルビィちゃん。マル、名前聞かなかったずら」

 今更ながら、その事実に気付く。青年も花丸も互いに名乗らなかった。彼とはこれきりなのかもしれない。

「また会えるよ」

 ルビィが優しく言ってくれる。花丸もそう信じている。根拠はない。でも、信じなければ始めることはできない。

 きっと、いつかまた会える。

 その時まで生きよう。

 

 山道を下っていきながら、涼は安堵に溜め息を漏らす。結局マルの友人を見つけることはできず、敵たちもいつの間にかいなくなっていたから外に出たが、どうやら涼の出る幕はなかったらしい。友人らしき少女を抱きかかえていたのが以前世話になった翔一だったことには驚いたが。

 世話になった礼を言いたかったが、涼はあの「居場所」には行けない。何故なら翔一を囲む少女たちの中に果南がいたからだ。彼女の前に現れてはいけない。それは決して譲れないものだ。果南の知り合いなら、マルとも今後は会うことは無いだろう。

 寂しい、という気持ちはある。でもこれで良い。涼のために涙を流してくれたからこそ、マルにも幸せになってほしい。

 不意に、前方からの衝撃でシートから投げ出された。まるで視えない巨人の手で殴られたようだ。枝と葉で切り傷と擦り傷を負いながら、涼の体が地面を転がる。横転したバイクはエンストしている。かさ、と草を踏む音と共にこの怪奇現象を起こした者が、涼のもとへ歩いてくる。

「お前は……!」

 その恐ろしいほどの無表情は忘れようがない。涼の命を狙い追いかけ回していた男だ。

 起き上がろうとした涼の腹に凄まじい衝撃が突く。見下ろすと、腹から太い枝が血まみれで突き出している。気付くと、あの腕を落とされた時よりも熱い痛みが走る。破られた内臓の血が逆流してきて、ごふ、と咳き込む口から鮮血が垂れた。倒れると枝に腹の中を抉られ更に痛みが増す。息を荒げるが、喉元から血が溢れてきて呼吸すらできない。自分の血で溺れようとしている。

 ああ、今度こそだな。

 不思議なことに、涼は穏やかでいられた。やるべきことはやった。マルは友人と再会できた。これで終わることができる。もう苦しむことはない。

 受け入れると痛みが急速に引いていく。やっと全てから解き放たれる。これでいい。彼女を助けることで、少しだけ最期に報われた気がする。

 果南、マル。幸せにな。

 愛しい少女と心を通わせた少女。ふたりの顔を思い浮かべながら、涼は瞳を閉じる。

 痛みも苦しみも、そして思慕も、全てが冷たい無限の奈落へと沈んでいった。

 

 

   4

 

 これがふたりの「G」の物語。

 4のナンバーを与えられた死を背負う戦士の物語はここに幕を閉じる。続きを綴られる者はいつだって生者のほうだ。

 八王子駐屯地でのアンノウン襲撃事件は、陸上自衛隊と警視庁の間だけで完結させられ、市民に公表されることはなかった。幸いというべきかは曖昧だが、市街地にまで被害は及んでいなかったらしい。あの事件での犠牲者は、全員が陸自の自衛官たちだった。それを好機として、アンノウンの存在を未だに公表していない双方の上層部は沈黙することで口裏を合わせ、駐屯地の近隣住民には爆弾の暴発事故という虚偽の説明で済まされた。

 PROJECT G4(G4計画)の結末についてだが、概ねこの章を読んでくれたあなたの予想通りだろう。

 警視庁からのデータ盗用。未成年児の拉致監禁に無許可での人体実験。問題未解決でのシステム運用。それらの人道に反した所業の全ては、死亡した責任者である深海理沙ひとりに押し付ける形で陸自の上層部は誰も現職ポストから外れることなく責任を逃れた。当然のごとく計画は破棄。そもそも上層部は許可を出さず、計画は深海の独断で進められたもの、というのが陸自からの回答になっている。G4なんてシステムは存在しなかった。計画なんてそもそも発足すらしていなかった。抹消された事実は1世紀と待たずに風化し完全に忘れ去られるだろう。

 最強の軍団として君臨し歴史に名を刻むはずだったG4も、その開発を主導した深海も、そして国防の礎として文字通り命を捧げた水城史朗ら装着員たちも、自らが忠義を誓った国によって歴史の闇に葬られることになった。生き残った事件の当事者たちが口外しない限り、浮上してくることはないだろう。

 その生き残ったG3ユニットの面々には箝口令こそ敷かれなかったものの、明け透けな口止め料として特別手当が支給されることになった。決して高給ではない誠にとっては魅力的な金額ではあったのだが、受け取る気になれず誠は小沢と共に拒否した。尾室は受け取る気満々だったらしいのだが、自分だけ受け取ることが後ろめたかったのか結局彼も拒否した。落ち込む彼を見かねて小沢が誘ったのはやはり焼肉だ。

「特許取れば手当なんてはした金なくらい稼げるわよ」

 というのはビールを浴びるほど飲んでいた小沢の弁だ。因みにそれを聞いた尾室はやけ酒をあおって見事に酔いつぶれた。

 

「いらっしゃいませ」

 訪問した誠を、翔一はいつもの笑顔で出迎えてくれる。隣には陽だまりのような笑顔の千歌もいる。

「あれから、どうですか?」

 誠が訊くと、千歌はあれほどの惨劇を感じさせないほどの笑顔で応えてくれる。

「全然元気です。そろそろ練習にも出て良いかな、と思って」

 良かった、と誠は心底安堵する。あの事件で最大の被害者にも関わらず、彼女はしっかりと前を向いて生きている。千歌もまた、翔一と同じように人生の「美味しさ」と味わっているのだろう。

「どうぞ」

 居間に通された誠に、翔一はお茶を出してくれる。飲むと温かい緑茶の香りが鼻を抜けていく。

 生きているのなら、必ず最期の時が訪れる。命ある者なら逃れることができない宿命だ。その未知への恐怖に怯えるか、克服を試みるか、目を背けて生きるかは人それぞれだ。どれを選択しても、他人からとやかく言われる筋合いなんてない。

 生も死も背負ったところで、結局のところ誠もいつか死ぬ人間のひとりであることに変わりはない。この儚い肉体が朽ちるのに数十年もないだろう。死神は常に誠の背後にいる。鎌の切っ先で首を狩る機会を伺っている。もしかしたら、既に切っ先は誠の首筋に当てられているのかもしれない。

 でも世界は無情なものだ。多くの人々が死んでも、世間には大した衝撃にはならず市民は日常の延長を送り続ける。誠ひとりが死んだところで、僅かな人々が溜め息をついてそれで終わりだ。

 果たして自分の人生にどれ程の意味があるのだろう。ふとそんなことを考えてしまう。本質的に意味なんて無いのかもしれない。ただ産まれ死んでいく。命なんてものはそのひと言で片付いてしまうのかもしれない。

 それでも生きていこう、と誠は思う。

 お茶を出してくれた青年のように全てを素晴らしい、と肯定できなくても。無垢な少女のように心から笑うことができなくても。いつか、彼らのように生きることができるように。彼らのような人々を生かすために。

 大丈夫、僕はまだ戦える。

 生と死の両方を背負いながら。

「どうですか? 良い茶葉貰ったんですよ」

「美味しいです」

 このお茶が美味しい、と感じられるうちは。

 

 

 

   PROJECT G4 ―完―

 





 こんにちは、hirotaniです。

 『アギト』の劇場版である『PROJECT G4』いかがだったでしょうか? お楽しみ頂けたら幸いです。本作でも『サンシャイン』の1期と2期の中間に起こった番外編という位置付けで執筆させて頂きましたが、同時にこのエピソードは本編に組み込み切れない『アギト』のエピソードを消化するためのすり合わせでもあります。第28話『あの夏の日』と第29話『数字の謎⁉』を組み込ませて頂きました。29話に関してはテニスとラーメン一気食いの件だけですが(笑)。
 28話の導入は葦原涼について語るべき重要な話で、どうしても執筆したかったのですが原作では回想ということになっていて本編に組み込み辛かったのと、劇場版で涼の出番が少なかったので活躍の場を増やしたかった、という理由です。涼の相手役は1年生の3人から、と最初から決めていたのですが、誰にするかは執筆直前まで難航していました。「現実逃避」という思春期ならではの懊悩を抱えたキャラとしてルビィちゃんと善子ちゃんは涼との絡みがすぐに思い浮かんだのですが、花丸ちゃんだけしっくり来ませんでした。そのしっくり来ない違和感こそが、花丸ちゃんを相手役として書いた理由です。矛盾していますが、私自身違和感のある組み合わせでどう仕上がるか、という興味本位の人選でございます。
 それともうひとつ。『サンシャイン』2期での軽いネタバレですが、花丸ちゃん主役のエピソードが無かったことも理由です。国木田花丸は達観していて既に成熟していたキャラクターなので特筆すべきことがないのですが、彼女もまた多感な思春期の少女ということで、本作のオリジナル展開として成長の場を描く運びになりました。
 原作のほうでは劇場版でアギトとギルスの強化形態初お披露目となっていましたが、本作ではその要素はカットさせて頂きました。というのもビジュアルが大きく変わる強化形態とは映像作品だからこそ映える演出で、小説として書いている本作では必ずしも必要なわけではなかったのです。それにあくまで『PROJECT G4』の主役は氷川誠なので、いたずらに翔一君と涼を活躍させ過ぎるのは控えました。
 さて、劇場版も無事消化し、ようやく第2期へ進むことができます。1期が1年半もかかってしまったので、恐らく2期も同じくらいの時間がかかってしまうことでしょう(笑)。ストーリーは原作通り、なんて既にネタバレしているので今後の展開をお楽しみに、とは言えませんが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。


   hirotani
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