ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

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第2話

 

   1

 

 去って行くバスの車窓から手を振る曜と善子に、梨子は「またね」と手を振り返す。バスが見えなくなったところで一緒に下車したはずの千歌がいないことに気付き、辺りを見回す。海水浴客も落ち着いてきた三津海水浴場で、桟橋に立つ千歌をすぐに見つけることができた。

 そういえば初めて会ったのはここだったっけ、とそう遠くもない過去に感慨を覚えながら、梨子も桟橋を歩き千歌の隣に立つ。

「綺麗………」

 生まれ育った地元の海を眺めながら、千歌は呟く。梨子も綺麗だな、と思った。水平線に沈もうとする太陽と、太陽の輝きに合わせて色を変える空と海。プリズムに分けられた光のように、ここの海もまたいくつもの色を見せてくれる。

「本当………」

「わたしね、一瞬だけど、本当に一瞬だけどあの会場で皆と歌って、輝く、てどういうことか分かった気がしたんだ」

 沈もうとする太陽に向かって手を伸ばす千歌に「本当に?」と訊く。

「うん、勿論」

 そう答えた千歌は、突然桟橋を駆け出し、その先端に届こうとしたところで跳び上がる。桟橋の縁で着地したが、ふらついて危うく海に落ちるところを追いかけた梨子が手を掴んで落水を阻止する。妙な既視感を覚えたところで、あの時と立場が逆転していることに気付く。

 本当、変な人。いきなり突拍子のないことをしでかすから目を離せない。

「まだぼんやりだけど、でもわたし達は輝ける。頑張れば絶対、て。そう感じたんだ」

「うん、大変そうだけどね」

「だから良いんだよ」

 この海のある街で芽生えた輝きたい、という願い。道はとても険しかったけど、それでもゼロを1にできた。確かに前に進んでいる。

 もっと先に進める、という確信は梨子にもある。きっと容易ではないだろうけど、だからこそ価値があるのかもしれない。

 だからこそ、その先にある輝きを視てみたい。皆と一緒に。

 

 

   2

 

「あ、千歌ちゃんお帰り。氷川さんが千歌ちゃんに用がある、て」

 帰宅してすぐ、翔一に言われ千歌は居間へと入った。旅館なのに行儀よく座布団に正座していた青年刑事は千歌を認めると「お帰りなさい」と会釈してくれる。「こんにちは」と千歌も挨拶を返し、誠の対面に腰を落ち着ける。

「調子はどうですか?」

「変わりないです。氷川さん心配しすぎですよ」

 つい笑みを零してしまう。誘拐されてからというもの、誠は頻繁に十千万まで足を運んでくれている。仕事があるはずなのに、これも仕事ですから、と嫌な顔なんて微塵も見せずに。

「そうそう、次のラブライブが決まったんです」

「らぶ、らいぶ?」

「スクールアイドルの大会です。決勝はアキバドームでやるんですよ」

「あの会場ですか? 凄い大会なんですね」

「こんな普通なわたしでも、あの会場で歌えたら、輝けそうな気がするんです」

「そんな普通だなんて。千歌さんは凄い人ですよ。以前夏祭りのライブを観させてもらいましたが、とても良かったです」

 面と向かって褒められるとこそばゆい気分になる。こうして近況報告をしていると、何だか年上の親戚と話しているみたいだ。

「お待ちどおさまあ」

 そこで翔一がお盆を手に入ってきた。「何ですかこれは?」と誠が訊くと、翔一は刺身や細切りの野菜が盛られた大皿と白米が詰められた底の浅い桶をテーブルに並べながら、

「手巻き寿司セットですよ。まだ暑いですからね。夏と言えばやっぱこれでしょ。今日の晩御飯なんですけど、氷川さんも食べてください」

 「千歌ちゃん」と居間に志満が顔を出してくる。

「お客さんよ」

 「どうぞ」と志満に促され、険しい顔つきの青年が「失礼します」と入ってくる。パーティーにでも行くのかな、と思った。素人の千歌にも分かるほど、青年の着ているスーツは仕立てが良い。

「北條さん?」

「氷川さん?」

 知り合いなのか、互いに見開いた目で視線を交わす。だがすぐに青年は千歌へと向き、

「警視庁捜査一課の北條です」

 そう名乗りスーツの内ポケットから警察手帳を見せる。

「はじめまして、高海千歌です」

 何だか怖い人だな、と千歌は肩を強張らせる。まるで全てのものに疑いの目を向けているような顔つきだ。この人も刑事ということは、誠と同僚ということか。

「ああ北條さんいらっしゃい。ほら座ってください。千歌ちゃん、北條さん確かに顔は怖いけど悪い人じゃないからさ」

 なんて翔一が言ってくれたお陰で、北條はますます顔を険しくしながらも誠の隣に座る。北條は卓に並べられた手巻き寿司セットを不思議そうに眺めたが、敢えて追求はしない。

「北條さん、もしかして千歌さんのお父さんが殺された事件について、ですか?」

 誠が訊くと北條は「ええ」と首肯し、

「河野さんから聞きましたか。確かに今、高海伸幸氏が殺害された事件の捜査をしています」

 それを聞いて、千歌の裡で締め付けられるような感覚を覚える。鼓動が速まっているのが分かる。

「何か新しい手掛かりとか、あったんですか?」

 その千歌の質問に北條は「いえ」と即答するが、

「それを得るために、こちらに伺ったんです。実は、ひとつお尋ねしたいことがあるのですが、高海伸幸氏の周りに、いわゆる超能力を使える人物はいませんでしたか?」

 突拍子もない質問だが、ふざけるのに北條の顔は険しすぎる。

「超能力? 何だってそんなこと訊くんです?」

 訊いたのは翔一だった。北條は眉ひとつ動かさないまま答える。

「高海氏の遺体の状況からみて、彼は超能力によって殺害された可能性があるからです」

 開いた口が塞がらなかった。北條は構わず続ける。

「ある説によりますと、超能力者は知らず知らずのうちにその力を発揮することがあるといいます。もしかしたら犯人に殺意はなく、無意識のうちに高海氏を死に至らしめたのかもしれませんが」

 裡に渦巻く感情をどうしたらいいのか、千歌には分からない。もし犯人が本当に超能力者で逮捕されたら、自分はその犯人を恨むのだろうか。父の遺体はかなり特殊な状態で、殺されたのか病なのかすらも分からない、と事件当時に聞かされていた。犯人の顔も分からない。その顔すら本当は無いのかもしれない。そんな事件の曖昧さが、千歌の裡にもあるべき感情を作ってくれず無秩序に溜まっている。

 場に漂う重たい沈黙を誠が破る。

「超能力者が犯人なんて、何か証拠があるんですか? 僕としては、あれはアンノウンの仕業だと思っていますが」

「機動隊員が超能力者らしき人物に殺害された事件は氷川さんもよくご存じでしょう? 遺体の状態は高海氏とよく似ています」

 北條のよく立つ弁に、誠は反論できずにいる。北條は千歌へと向き直り、

「どうです? 何か心当たりはありませんか?」

 心当たりなんて、まるでない。離れて暮らしていてあまり会えなかったから、父の周囲にどんな人物がいたかなんて分かるはずがない。心当たりがあるのは父の周囲じゃなく、千歌の周囲。そして千歌自身にある。

「いえ、分かりません………」

 本当のことを告げる勇気を、この場では持てなかった。梨子が超能力で誠に捜査協力をしたことも。千歌が超能力を持つ故に誘拐されたことも。それを言えば、何が起こるのかは分からないが得体の知れない恐怖が迫るという確信がある。

「本当に?」

 疑り深い性分らしく、北條は探るように千歌を睨みつける。

「何かちょっと緊迫してません?」

 と明るい口調で翔一が場を持ち直そうとしてくれる。

「手巻き寿司でも食べて、肩の力を抜きましょうよ。ほら、このトマトとキュウリはうちの菜園で採れたものなんです」

 察したのか、誠も笑顔で「美味しそうですね、いただきます」と箸と海苔を手に取る。

「手巻き寿司は久しぶり。トマトとキュウリがツヤツヤしてますね」

 と海苔に酢飯と細切りの野菜を乗せていくのだが、明らかに酢飯の量が多い。海苔に収まり切らないのに無理に巻こうとすれば、どうなるか千歌は知っている。何故なら経験者だから。予想通り、巻いた海苔の端から酢飯が零れ落ちて、更に注がれた醤油の中に沈む。

 ああ、やっちゃうよね、と千歌は苦笑した。千歌も幼い頃、手巻き寿司で具と酢飯を大量に乗せて零したことがある。

「ああ氷川さんこれなんだからもう。ほら俺が巻いてあげますから」

 と翔一が海苔を取るのだが「結構です」と誠は制し、

「僕はこういうのが好きなんです」

 巻き寿司というよりおにぎりのようになった物を誇らし気に見せ、それを口いっぱいに頬張る。とても口に収まり切らない量だから、喉元にまで達したらしくむせかえった。翔一から聞いてはいたけど、本当に不器用なんだなあ、と千歌は思った。

「じゃあ、どうですか北條さん?」

 と綺麗に巻いた寿司を北條へ差し出したのだが、北條は目の前の寿司をじ、と凝視したまま手に取ろうとしない。

「こ、これは………」

 気のせいだろうか、顔が青ざめている気がする。「ささ、どうぞどうぞ」と勧める翔一の手を「い、いえ結構です」と払いのけネクタイを緩める。

「ちょっと、気分が………」

 お寿司嫌いなのかな、と千歌が思っていると、ようやく寿司もといおにぎりを咀嚼できた誠がひと言。

「トラウマですか?」

「違います!」

 

 

   3

 

「でも、パパは待つ、て約束してくれたじゃない! それを急に――」

 電話の奥からは、無慈悲な言葉が羅列されていく。伝えるべきことを伝えると、父のほうから通話は切られた。衝動的にまた連絡を、とスマートフォンの画面をタップしようとするが、すぐに落ち着きを取り戻し指を離す。

 頭を冷やそうとバルコニーに出た。夜の海風が鞠莉の髪を揺らす。父の事情も理解している。娘の我儘に付き合ってくれて、できる限りのこと全てに力を尽くしてくれている。鞠莉の我儘も、父の権限も、既に限界が来ているということだ。

 ふと、船着き場でライトが点滅していることに気付く。小原家専用だから、こんな時間に訪れるのはひとりしかいない。いつもなら来てくれると嬉しいのに、今夜だけは来てほしくなかった。気付かない振りをして部屋に引っ込んだところで、あのせっかちな親友は電話でもして呼び出してくるだろう。

 船着き場まで降りて、鞠莉はいつもの調子で「お待たせシマーシタ!」と果南を出迎える。

「何があったの?」

Sorry. I can’t speak Japanese. (ごめん。ちょっと何言ってるか分からない)

「何かあったでしょ?」

 苛ついた顔と声音で訊かれて、一瞬だけ鞠莉は怖気づいてしまう。でもすぐに調子を持ち直し、

「何の話デース?」

 と果南の胸に飛び込むのだが、返ってきた声はあまりにも冷たい。

「訴えるよ」

 流石にこれ以上ふざけたら怒られそうだから「Wait.wait.」となだめながら離れる。

「仕方ない。実は――」

「実は?」

「最近、weightがちょっと上がってblueに――」

 言い終わる前に体を抱き上げられる。果南ならこれくらい造作もない。

「嘘だね。変わりない」

「何で分かるの?」

「分かるよ。大体鞠莉はそのくらいでブルーにならないからね。何?」

 促され、鞠莉はきつく唇を結ぶ。体重が少し増えたことは本当なのだが、そんなことはどうでもいい。告げたら果南がどんな顔をするか想像できる。果南だけじゃない。他のメンバーも、生徒たちの顔が浮かぶ。

「鞠莉!」

 果南に隠し事はできない。隠したって、これは告げなければならない。

「どうしたらいいの………」

 酷すぎる現実に、鞠莉は果南の胸に涙を落とすことしかできない。誰を頼ればいいのかも分からない。こんな時に助言をしてくれそうな人物とは、一向に連絡がつかないままだ。

 鞠莉は裡で、決して返ってこないと理解しながらも助けを求めずにいられなかった。

 

 ――(かおる)、わたしはどうしたらいいの?――

 

 

   4

 

 まだ抜け切らない眠気に、千歌は大口を開けて欠伸をする。今日は何とかひとりで起床できたが、できたらできたであまり熟睡した気がしない。夜更かしのせいで尚更。

「千歌ちゃん、良い場所あった?」

 曜が訊いてくる。各々で練習場所になりそうなところを提案しよう、と朝に部室で集まったのだが、発案者でありながら千歌からは良い知らせができない。

「中々無いんだよね」

 志満や美渡や翔一にも場所を聞いてみたのだが、これといった場所がない。公園だと屋外だから天候に左右されやすいし、スタジオを借りるにしても料金がかかる。半年近くもの利用料金を部費から捻出するには厳しく、千歌たちの小遣いは衣装代や遠征費に充てたい。

「ずら丸の家お寺でしょ? 大広間とかないの?」

 善子が提案するのだが、花丸は食べているのっぽパンの屑を口元に付けながら不気味に間延びした口調で、

「うちのお寺で本当に良いずらか?」

 そういえば家電を殆ど置いていないほど古い寺だった。寺なら敷地内に墓地とかあるかもしれない。そんなことを想像したのか、善子とルビィは肩をびくり、と震わせる。

「あと、うちは遠いから無理ずら」

 ひとつ候補が消えた。

「なら、善子ちゃんの家のほうが………」

 とルビィが恐る恐る提案するのだが、

「どこにそんなスペースがあるのよ!」

 即で却下される。マンションの共同スペースも無理らしい。

「あれ、そういえばダイヤさん達は?」

 曜が指摘して、いつの間にか部室から3年生の姿がなくなっていることに気付く。何だろう、と思ったが、疑問以上に眠気が勝り再び千歌は大きな欠伸をする。

 がたん、と長机が跳ねた。ひっくり返って、埃を立てながら床に倒れる。突然のことに部室にいる全員が驚いて、花丸に至ってはのっぽパンを喉に詰まらせたのか胸を叩いている。

「な、何⁉ 地震?」

「でも揺れなかったわよね?」

 曜と梨子が動転しながら口走る。

「まさかリトルデーモンが――」

「違うずら」

 善子の的外れな予想は無事にのっぽパンを飲み込んだ花丸に否定される。

「とにかく直そう」

 いち早く冷静になったルビィに倣い、皆で長机を持ち上げて元の位置に戻す。

「わたしが欠伸したせい?」

 「どんな欠伸なの?」と梨子から細めた目を向けられてしまう。千歌だって欠伸で机をひっくり返すなんて有り得ない、と思う。

 ――超能力者は知らず知らずのうちにその力を発揮することがあるといいます――

 不意に、北條の言葉が恐怖を纏って千歌の脳裏に走った。

 

 通話相手の声が聞こえなくても、鞠莉の表情から決して好都合に事が運んでいないことは理解できる。苦々しく固定電話の受話器を置く鞠莉に、果南は察したことを口にする。

「もう、覆しようがないんだね」

 「いえ、まだ――」と再び受話器を取る鞠莉の手を制し、

「ダイヤは知ってるの?」

「言えるわけない………」

 この理事長室にいるのがふたりだけだから何となく察してはいたが、やっぱりか。果南にもしつこく詰め寄られるまで白状しなかったのだから当然ではある。理事長だからといって、どうしてひとりで抱え込もうとするのか。理事長と同時に鞠莉だって生徒なのに。

「だったらちゃんと隠しなさい」

 そんな果南の想いを代弁するかのように、その声は理事長室に入ってくる。微かに驚きながら振り向くと、果南の予想外なことにダイヤは優しい笑みを向けていた。

「本当にブッブー、ですわ」

 

 

   5

 

 メンバー全員で訪れた「プラサヴェルデ」は、沼津駅の北口から徒歩数分もないほど近くにある。主に会議場や展示場として使用され、ホテルも併設されている多目的施設になっている。フロアによって大きさは異なるが、最も大きいホールは最大1000人を収容可能になっている。Aqoursに手配されたのは、その施設内の小会議室だった。

「ひろーい!」

 部屋に入って開口1番、千歌は感嘆のあまり大声をあげる。小会議室と名が付いているが、9人いても十分すぎるほど余裕がある。

「ここ開けると鏡もありますし」

 ルビィが壁一面に張られたカーテンを開くと、そこにはカーテンと同じ面積の姿見が千歌たちの姿を映し出す。

「いざ、鏡面世界(ミラーワールド)へ!」

 なんて鏡に駆け出しそうな善子を「止めるずら」と花丸が阻止する。でもそうしたくなる気持ちも千歌は理解できてしまう。こんな場所を借りられるなんて、プロのアイドルになった気分だ。今日は下見だけ、ということで来たが今すぐにでも練習したい。

「パパの知り合いが借りてる場所なんだけど、しばらく使わないから、て」

 この場所を提案してくれた曜に「さすが船長!」と称賛を送るも「関係ないけどね」と苦笑交じりに返される。

「それに、ここなら帰りにお店もたくさんあるし」

 練習帰りに買い食いやアミューズメント施設に行けるなんて都会の高校生になったよう。

「そんな遊ぶことばっか考えてちゃ駄目でしょ」

 と梨子の苦言が来るのだが彼女も「本屋もあるずら」という花丸の声に「ええ!」と目を輝かせる。人のこと言えないじゃん、と文句のひとつも言いたくなったところで「じゃあさ」と曜が、

「皆で1度フォーメーション確認してみない?」

 やっぱり曜も早くこの場所を使いたかったらしく、勿論千歌は賛成の声をあげようと口を開く。

「ちょっと待って」

 千歌より先に、果南の声が発せられる。

「その前に、話があるんだ」

 そう切り出す果南はとても楽し気には見えない。両隣にいるダイヤと鞠莉も。特に鞠莉は、顔を俯かせて千歌たちのほうを見ようとしない。見られない、と言うべきか。

「実はさ………」

 「鞠莉」と果南から促され、ようやく鞠莉は顔を上げる。

「実は、学校説明会は中止になるの………」

 消え入りそうな声で告げられたことを理解するのに、千歌はしばしの時間を要した。どうせ嘘だ。鞠莉のことだから冗談に決まっている。すぐに「It’s joke」と言うに違いない。

 でも、どれだけ待っても鞠莉の口からは続きが出てこない。いや、いくら鞠莉でもこんな質の悪い嘘はつかない。そのあたりの良識くらいわきまえている。

「………中止?」

 千歌が反芻し、続けて梨子が訊く。

「どういう意味?」

「言葉通りの意味だよ。説明会は中止。浦の星は正式に来年度の募集をやめる」

 果南は淡々と答える。どうしてそんなに冷静でいられるのか、不気味とすら思えてくる。学校が本当になくなってしまうというのに、果南はそれを受け入れるのか。

「いきなりすぎない?」

 その冷静さが鼻についたのか、善子が噛みつくように言う。

「そうずら。まだ2学期始まったばかりで………」

 花丸の言う通りだ。まだ自分たちは何もできていない。これから躍進していこうと、1になった10をもっと増やそう、と意気込んでいたところなのに。

 ダイヤが後を引き継ぐ。

「生徒からすればそうかもしれませんが、学校側は既に2年前から統合を模索していたのですわ」

 3年生がスクールアイドルを始めた時期。その時点で既に浦の星は窮地に立たされていた。千歌たちの代が最後のチャンスなのは知っている。だからこそ、3人はまたステージに戻って一緒に廃校阻止に動いてくれたのに。

「鞠莉が頑張って、お父さんを説得して今まで先延ばしにしていたの」

 もうどうしようもない。果南はそう言っているように思えた。

「でも、入学希望者は増えてるんでしょ? ゼロだったのが、今はもう10になって、これからもっともっと増える、って――」

 曜の言う通り、増えているのは事実のはず。千歌も説明会の受付で人数を確認している。成果はしっかりと出ているのに。

「それは勿論言ったわ」

 鞠莉は苦しそうに弁明する。こんなこと言いたくなかった、という彼女の懊悩が、嫌というほど伝わってくるのが尚更に辛い。

「けど、それだけで決定を覆す理由には――」

 全て言い切る前に、千歌は衝動的に鞠莉へ詰め寄っていた。

「鞠莉ちゃん、どこ?」

「チカっち?」

「わたしが話す!」

 答えが返ってくる前に、千歌は部屋から飛び出す。

「千歌ちゃん!」

「待って、アメリカよ!」

 曜と梨子に呼び止められ、少しだけ頭が冷えた。足を止める千歌の背中に梨子は告げる。

「鞠莉さんのお父さんはアメリカなのよ」

 「そうですよね?」と訊かれ、鞠莉は気迫の失せた声で「Yes」と答える。

 だからどうした。場所なんて関係ない。まだ冷え切っていない千歌の脳裏では、そんな思考が走っている。直談判でもしなければ気が済まないほどに。

「志満姉や美渡姉やお母さんや翔一くん。あとお小遣い前借りして、前借りしまくってアメリカ行って。もう少しだけ待ってほしい、て話す」

 梨子が訊いてくる。

「できると思う?」

「できる!」

 これまで無理だと思っていたことでも、自分たちはやってこられたじゃないか。ゼロから脱することができたのだから、渡米して説得するくらい可能のはず。

 やっと進み始めたところだ。

 これから、という時にチャンスが潰えるなんて、絶対に認めない。

 これまで千歌の熱意を共にしてくれたメンバー達は、この時ばかりは同意してくれない。「こうなったらわたしの能力で――」と善子も口上を諦める。とてもそんな雰囲気じゃない。

 誰も着いてこなくなっていい、とすら千歌は思っていた。わたしひとりでもアメリカに行くから、と。

「鞠莉はさ、この学校が大好きで、この場所が大好きで。留学より、自分の将来より、この学校を優先させてきた」

 果南に続いてダイヤも、この辛すぎる現実を述べる。

「今までどれだけ頑張って学校を存続させようとしてきたか。わたくし達が知らないところで、理事長として頑張ってきたか」

「その鞠莉が、今度はもうどうようもない、て言うんだよ」

 諦めの言葉なんて聞きたくない。耳に蓋があったら塞ぎたい気分だ。頑張ってきたなら尚更諦めてはいけない。今まで諦めかけたことは何度もあった。でも諦めなかったからここまでこられた。

 次々と言葉が浮かんできて、それをぶつけようと振り返る。でも、鞠莉の顔を見たらそれらの言葉が全て消えてしまう。

「チカっち、ごめんね」

 そう謝りながら、鞠莉は笑っていた。その瞳に浮かんでいる涙を懸命に堪えているのを、千歌は見逃さなかった。

「違う、そんなんじゃない。そんなんじゃ………」

 泣きそうになるほど悔しいなら、わたしと一緒にもっと悔しがってよ。諦め切れないなら諦めないでよ。そう喚きたくても、それは子供の我儘だ。鞠莉も千歌の知らないところで散々悔しがって、枯れるほど泣いたのかもしれない。そう思うと、自分の言葉がどれも無責任に思えて仕方ない。

 突然、鞠莉の体が後方へと吹っ飛んだ。まるで見えない何かに撥ねられたみたいに。

「鞠莉!」

「鞠莉さん!」

 いち早く果南とダイヤが、床に倒れた鞠莉のもとへ向かう。他の面々も「大丈夫?」と声をかけている中、千歌は膝が震えてその場から動けずにいた。

 今の、わたしがやったの?

 部室で机を跳ね返させたのも、やはり自分の力なのか。その可能性が更に震えを激しくさせる。

 ――無意識のうちに高海氏を死に至らしめたのかもしれませんが――

 また北條の言葉が脳裏をよぎり、気付けば千歌は施設を飛び出していた。

 

 

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