ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
え、待ってない?
……………
さあどうぞ!
1
「やはり、鞠莉さんの家では全く作業になりませんわ。全く!」
本来の目的を思い出したダイヤによって、場所はホテルオハラから黒澤邸へ移る。少し離れてはいるが、網元だった頃から守られてきた屋敷は6人の客人を迎える余裕は十分にある。
「ええ………」
と不満の声を揃えるのは善子と花丸。豪勢な茶菓子を前に意地でも動こうとしなかったこのふたりを連れてくるのにどれだけ苦労したことか。最終的に黒澤家でも茶菓子を出す、と懐柔したのだが、まだ未練が大いにあるらしく、
「あっちがいいずら」
「もっとポップコーン食べたかったのに」
口を尖らせる後輩たちに凄んだ顔を近付け、
「やりますわよ」
流石に観念したようで、ふたりとも渋々ながら「………へい」と応じた。
「では、まず詩のコンセプトから」
目的をはき違えないよう、今度はダイヤがしっかりと場を仕切ることにする。Aqoursにおける曲作りの順序は千歌が作った詩を基に梨子が作曲・編集。そこから曜が衣装とダンスステップを考案する。ダイヤたちが1年生の頃の旧Aqoursも同じ順序だったから、まずは詩から。具体的なフレーズが出なくとも、全員で意見を出し合っていけば自ずと曲の方向性も見えてくるという見立てだ。
「ラブライブの予備予選を突破するには――」
「はい」と花丸が挙手する。この話し合いにおいて、ダイヤは花丸に密かに期待していた。読書家の彼女なら、何か印象的なフレーズを考え付いてくれるのでは、と。「ずはり――」と花丸は持参してきたスケッチブックに筆ペンで何やら書き始め、それを高々と皆に見せる。
「無、ずら!」
スケッチブックには大きく「無」のひと文字だけ書かれている。逡巡を経て果南が「無?」と眉を潜める。正直なところ、ダイヤもどういう意味合いなのか分からない。まずは考案者の意見に耳を傾けてみよう。
「そうずら。即ち無というのは全てが無いのではなく、無という状態が有るということずら。それこそまさに無」
理解の限界を迎え、ダイヤは「はあ?」と言ってしまう。「What?」と鞠莉にも理解不能らしい。口にこそ出さないがルビィも同じだろう。だがこの場で理解できたメンバーがひとり。
「何それ………、カッコいい!」
「善子さん」と花丸はその唯一の理解者へ流し目で視線をくべる。
「その無が有るということこそ、わたし達が到達できる究極の境地ずら」
「ヨハネ……。無……、つまり漆黒の闇。そこから出ずる力」
「そうずら!」
多分善子もこの「無」談義を理解してはいない。ただ一見理解し難い概念の響きに惹かれ同調しただけだ。
「凄いふたりとも!」
と普段なら同調し合えないふたりの仲睦まじい姿にルビィが感嘆の声をあげる。もっとも、ふたりには難題に対する賞賛に聞こえているだろうが。
「それでラブライブに勝てるんですの?」
テーマが無でも構わない。それが観客に伝わる曲になればの話だが。
「テーマが難しすぎるし」
「Of course! もっとhappyなのが良いよ」
といったようにダイヤたち3年生としては反対。説明を聞いても何を伝えたいのか全く分からない。
「理解できないとは」
「不幸ずら」
ぶつくさ言っているが無の概念については別の機会にふたりでじっくり論議してもらおう。花丸なら論文かエッセイにできそうな気がする。
「そういう鞠莉さんは何かアイディアはありますの?」
もっとhappyな、と言っていたからには漠然としたイメージはあるのだろうか。イメージ程度で構わなかったのだが、ダイヤの予想よりも鞠莉の思考は進んでいたらしく、
「まっかせなサーイ! 前から温めていた、とびっきり斬新でhappyな曲がありマース!」
と音楽再生アプリを起動させたスマートフォンを部屋にあった専用スピーカーに意気揚々と乗せる。
「皆に曲を聴いてもらうこの感覚……。2年ブゥリデスネー!」
嘆息しつつも、実はダイヤも久しい鞠莉の作曲が楽しみでもある。以前は聴き手がダイヤと果南しかいなかったが、今は後輩に聞かせることが更に高揚感を煽るらしい。
「どんな曲?」
その果南の質問を待ってました、とばかりに「聴いてみる?」ともったいぶりながら、場の皆が見守るなか鞠莉は端末の画面をタップする。
「ん?」
不意に志満が、遥か彼方へと視線を向ける。しいたけの毛並みにブラシをかけていた翔一が「どうしたんです?」と尋ねるが、志満自身も分からずにいるのか首を傾げながら、
「何か聞こえたような………」
ヘビィメタル調の楽曲が鼓膜を裂かんとばかりに大音量で流れ始める。エレキギターとドラムを力任せに打ち鳴らしたかのような旋律のなか、鞠莉は「Yeah!」と踊っている。
「何か良いね。体動かしたくなる、ていうか」
果南がしみじみと言った。2年前もこうして鞠莉から聴かされるのはヘビィメタルやハードロックばかりだった、とダイヤも懐かしさに曲調とは裏腹に穏やかな気分になる。
「確かに、今までやってこなかったジャンルではありますわね」
Aqoursのこれまでの曲はオーソドックスなアイドルソングを前面に押し出していたから、斬新ではある。旧Aqoursの頃もこんなハードな曲は結局のところ1度もステージで披露することはなかったわけだし、意外性を狙うのなら有りかもしれない。
「音楽に合わせて体を動かせば、happyになれマスネ」
「そうだね、ラブライブだもん。勢いつけていかなきゃ」
なんて以前と変わらない会話をしていると、唐突に曲が止まる。見れば、1年生たちは床で見事にのびている。どうやら曲も花丸が爆音のなかやっと止めたらしい。
「ルビィ、こういうの苦手………」
「耳がキーンしてる………」
「単なる騒音ずら………」
ああ、わたくしも初めて聴いたときはこんな感じでしたわね、とダイヤは苦笑した。
2
作業を始めてどれほど経っただろうか。翔一の淹れてくれたお茶を啜るとすっかり冷めている。未だに白紙のノートに視線を落とし、そのまま千歌はテーブルに突っ伏す。
「浮かびそうもない?」
曜の声に「うーん……」と気の抜けた返事をして、
「輝き、てことがキーワードだとは思うんだけどね」
「輝きねえ……」と梨子が嘆息気味に言う。今回だけでなく、これまでも曲には「輝き」もテーマのひとつとして組み込んではきたけど、それを前面に押し出すとなるとどうしたものか悩みどころだ。
「早くしないと果南ちゃんたちに先越されちゃうよね………」
別に勝負しているわけではないのだが、どうせなら向こうよりも良い曲を、というモチベーションで作りたい。
テーブルに置いたスマートフォンが着信音を鳴らした。画面を見るとメッセージが受信されていて、送信元の名前が表示されている。
「ルビィちゃん?」
文面はとても簡潔に綴られている。
《すぐに来て!》
ルビィたち1年生と3年生は黒澤邸で作業しているらしく、十千万からは徒歩で行ける距離ということもあり急行することにした。事情はまだ分からないが、急を要すということはルビィからのメールで漠然とだが察しはつく。
もしかしたら本当に先を越されたのでは、と走って邸宅に向かい、家人への挨拶もそこそこに彼女たちのいる部屋へ上がり込む。
「まさか、もうできた⁉」
そんな千歌の声は耳に入らないらしく、面々は議論を繰り広げている。
「それではラブライブは突破できません!」
というダイヤに噛みつくのは善子だ。
「その曲だったら突破できるというの?」
どうやら意見が二分しているらしい。3対3。それも1年生組と3年生組という具合に。
「花丸の作詞よりはましデース!」
という鞠莉の意見に花丸は何か言いたげに口を開きかけるが、そこは思い留まったのか口を固く結ぶ。
「でも、あの曲はAqoursには合わないような………」
恐る恐るルビィが言った。でも当然のごとく鞠莉は引く様子もなく、
「新たなchallengeこそ新たなfutureを切り開くのデース!」
「更にそこにお琴を!」「そして無の境地ずら!」と各々の好み全開な提案が飛び交い始めたところで、ようやく千歌は事情を把握することができた。
取り敢えず面々の中から千歌たちを呼んだルビィと、比較的冷静だったダイヤを玄関先まで引っ張り出して事情を聞いた。大体は分かっていたが、予想通りに1年生と3年生で意見が対立。互いに1歩も譲ることなく話は平行線。そのまま収拾がつかなくなったとのこと。
「やはり、一緒に曲を作るのは無理かもしれませんわね」
諦め気味に言うダイヤに続いてルビィも、
「趣味が違いすぎて……」
「そっか」と千歌は返した。元は自分が行き詰ったせいで起こした事と思うと、申し訳ない気になる。これからラブライブに向けてグループ内の結束をより高めていきたい、というときに。
「良いアイディアだと思ったんだけどな」
「もう少しちゃんと話し合ってみたら?」
曜と梨子が口々に言う。「散々話し合いましたわ」と返すダイヤの声色は少し気疲れしたように聞こえる。
「ただ、思ったより好みがバラバラで」
「バラバラか……」と千歌は反芻する。納得したように曜も、
「確かに3年生と1年生、全然タイプ違うもんね」
大きく分ければ3年生の鞠莉と果南はアウトドア派。1年生の善子と花丸はインドア派といったところか。
「でも、それを言い訳にしていたらいつまでも纏まらないし」
梨子の言う通り。趣味趣向の違いを言い訳にしていたらきりがない。
「確かに、その通りですわね」
ダイヤもそのことは承知らしい。
「わたくし達は、徹底的にコミュニケーションが不足しているのかもしれません」
「前から1年生と3年生、あまり話してなかったもんね」
曜の言葉にそうかな、と思ったがすぐにそうかも、と思い直す。考えてみれば1年生と3年生の意思疎通は2年生を介して行われていた。今回はその仲介人が不在になったことで双方にとっても互いを知ることのできる良い機会と思いこの振り分けになったわけなのだが、まさか裏目に出てしまうとは。今までステージで一緒に踊ってきたのだから根底の信頼関係は築けていると思ったが、どうやら見立てが甘かったらしい。
ここで1度、千歌はそれぞれのタイプを洗い出す。
「善子ちゃんと花丸ちゃんは積極的に話すほうじゃないし。鞠莉ちゃんと果南ちゃんも、ああ見えて人見知りなところあるし」
要は、互いに他人との距離感を計るのがあまり上手くない。それぞれ譲れないものがあって、それを譲れるほどの仲を構築できていない。もっと言えば、Aqoursというグループを介していなければ恐らく接点が無かった関係。
どうしたものか。もはや曲どころじゃない。千歌が深い溜め息をついたところで、ダイヤは名案を思い付いたのか、
「となると――」
3
後は任せて。
そう告げて千歌たちを返し、部屋へルビィと共に戻ったダイヤはそっぽを向いたまま沈黙していた面々に先ほど思いついた案を告げた。
「仲良くなる?」
声を揃えて反芻する面々の反応は予想の範疇。
「そうですわ。まずはそこからです」
「曲作りは信頼関係が大事だし」とルビィが補足してくれる。
「でも、どうすれば良いずら?」
花丸が訊いた。仲良くなることに異論はないらしく、ひとまず安心する。交流拒否なんてところにまで亀裂が入ったら、ラブライブどころではなくなってしまう。
「任せて」
そう拳を握るのは果南だ。
「小さい頃から知らない子と仲良くなるには、一緒に遊ぶこと!」
場所は移り再び学校へ。体操着に着替えた6人はグラウンドへと踊り出し、ドッジボールを始めた。チームは単純に1年生と3年生とで分かれる。親睦を深めるのはスポーツで、というのが何とも果南らしい。
果南の投げた剛速球は並んで立ちすくむ善子と花丸の脇を通り過ぎ、外野で待ち構えていた鞠莉の懐へ収まる。
「Nice ball!」
とはいえこの親睦ドッジボールを楽しんでいるのは果南と鞠莉のみで、善子と花丸は戸惑いの顔を見合わせている。
「さあ、行くよー!」
勝負事には真剣に取り組む質の鞠莉はそんな後輩たちに慈悲を与えるわけもなく、
「鞠莉shining――」
とまるで男子小学生が考えそうな技名を口にしながらボールを構える。「ずら……」と左右どちらへ避けたものかあたふたする花丸の前に、善子が「任せて」と立ち塞がる。
「力を吸収するのが闇。光を消し、無力化して深淵の後方に引きずり込む。それこそ――」
「Tornado!」
「
大きく両腕を広げた善子は、見事に鞠莉の剛速球を受け止めてみせる。ただし顔面で。
しかも善子の顔面で跳ねたボールは花丸の頭に直撃、更に跳ねて外野にいたルビィの頭も打って一網打尽に。早くも勝負は3年生チームの圧勝で終わった。
また場所は移り図書室へ。インクと紙。時折かび臭いこの場所を指定したのは当然、ここを誰よりも知っているメンバーだ。
「やっぱりここが1番落ち着くずら」
「そうだよね」と利用し慣れているルビィも笑顔で応じる。
「光で穢された心が、闇に浄化されていきます!」
と口走る善子の顔を見て、花丸とルビィは「その顔」と笑ってしまう。先ほどのドッジボールで付けられたボールの痕が未だ残っている。
「何よ、聖痕よ、スティグマよ」
という感じに1年生組はいつもの仲睦まじい姿を見せてくれるのだが、こちら3年生組はというと、
「退屈う………」
「そうだよ海行こう海い………」
案の定、鞠莉と果南は入室10分ともたず音を上げる。ふたりも音楽雑誌と海の写真集を開いているのだが、全くページが進んでいない。元々活字をあまり好まないふたりだ。果南に至っては恐らく教科書もまともに読んだ試しがない。
「読書というのはひとりでも勿論楽しいずら。でも皆で読めば、本の感想が聞けて――」
という花丸の読書流儀に水を差して悪いが、もはや寝息を立ててテーブルに突っ伏しているふたりの耳には入っていない。
「寝てるの?」
その先輩ふたりの醜態に流石のルビィも眉を潜める。
「ふたりは長い話が苦手ですので………」
鞠莉は理事長挨拶のスピーチも短すぎるからいつも文面はダイヤが考えていたし、果南は話の途中で立ったまま寝るという妙技を身に着ける始末。長いことダイヤも矯正させようと尽力してきたが、もう諦めている。
「というわけで何となく分かったのですが、このメンバー………」
また場所は変わり、次の場所へのバスで。車中での各々の行動ひとつ取っても、その人間性が伺えるものだ。
晴天の下で青々と波打つ海を眺める果南と鞠莉はこの通り。
「わあ、今日は絶好のダイビング日和だね」
「また一緒にtogetherしましょ!」
対して花丸は読書に耽り、善子は何やらぶつぶつと呟いている。花丸の読んでいる本が少し気になり覗いてみたら、タイトルは『虐殺器官』と何とも花丸に似合わない物騒な本だった。
「アウトドアな3年生とインドアな1年生に分かれてる、て訳ですね」
全く正反対な趣向だから、意見も正反対で真っ向から対立してしまうということ。
「どうすればいいの?」
隣の席にいるルビィが訊いてくる。
「仕方ないですわね。こういう時は、互いの姿をさらけ出すしかありません
という事でダイヤ達を乗せたバスは、伊豆長岡の温泉街へ向かう。海を観光地とした宿が多い伊豆半島の中で、内陸に位置する伊豆長岡は山の森林を売りとした温泉街として開発されている。夏の海水浴シーズンは賑やかな海沿いの宿、それ以外の季節では静かな山で、という観光サイクルを半島で機能させている。まだ海沿いに観光客が集中する季節からか、伊豆長岡は比較的客足もまばらだ。
数多く乱立している宿の中で、ダイヤ達は日帰り温泉が利用できる宿に入った。
「即ち、裸の付き合いですわ」
源泉かけ流しの露天風呂に浸かると、体の奥から疲れが流れ出ていくように思える。これまでラブライブやら廃校阻止やらで慌ただしかったから、こうして足を延ばせる広い風呂に浸かる時間がとても尊い。
「安直ずら………」
そんな手厳しい花丸の声を「お黙りなさい」と撥ねつけ、
「古来日本には、共にお風呂に入ることでコミュニケーションを図り、物事を円滑に進める文化があったのですわ」
江戸時代では各世帯に風呂なんて持てなかったということもあり、大衆浴場は庶民で賑わう憩いの場として親しまれていた。時代を経て現代になっても銭湯という娯楽場が存在しているということは、誇るべき日本の文化と言うべきではないだろうか。風呂で汗を流しながら他愛もない会話に華を咲かせ、風呂上がりに冷たい飲み物で火照った体を冷ます。近年は不特定多数が浸かる浴槽内の雑菌を嫌って銭湯に入りたがらない者が増えているらしいが、文化を親しめないとは何とも悲しい話だ。
「でもこんな時間からお風呂かあ」
と入浴をただの汚れ落としと捉える果南が文句をたれる。ダイビング後にシャワーを浴びた日は風呂に入らず寝てしまう、と聞かされる度に入浴の重要さを説いたのだが、彼女には響かなかったらしい。何なら幼い頃の果南はこんな極論を垂れていたくらいだ。
――海に入って綺麗になったんだし、お風呂入らなくていいよね!――
あの日のべたついた髪に海藻を巻き込んでいた果南の磯臭さは今でも忘れられない。
「堕天使が人前で素肌を晒すなんて有り得ないわ!」
未だ脱衣場から出てこない善子がそう喚く。別に混浴じゃないし、お客だってダイヤ達以外いないのだから恥ずかしがることもないだろうに。そんな彼女に「善子ちゃん」と花丸が別の風呂を指さしながら、
「暗黒ミルク風呂というのがあるずら!」
暗黒なのにミルクの湯船とは。
「白黒どっちやねん」
思わず全員で関西弁ツッコミを入れてしまう。だがそんな矛盾した風呂に惹きつけられた善子は真っ先にその暗黒ミルク風呂に浸かり「くっく……」と笑う。
「体に……体に染みわたる………。このパトスが!」
「笑いながらお風呂入ってると不気味ずら」
「うっさい!」
まあ何にしても善子も入ってくれて良かったとしよう。ここから談笑して親睦を深めたいところだったのだが、
「もう飽きたあ」
「そうだよ十分あったまったよお」
と長時間じ、としていられない上級生ふたりが湯船から出ようとする。
「全く、少しは我慢なさい」
まだ10分も浸かっていないというのに。そういえば、とダイヤは思い出す。幼い頃、鞠莉の招待でホテルオハラのプールで遊ばせてもらったとき、プールから上がった鞠莉はこう言ってのけた。
――プールで綺麗になったんだし、お風呂入らなくてもNo problemよね!――
あの日のぱさぱさになった鞠莉の金髪を見た、彼女の母親の「Oh my God!」というヒステリックな叫びが今でも忘れられない。
そこでいつの間にかルビィがいないことに気付き辺りを見回すと、
「ああ、ごくらくう………」
暗黒ミルク風呂に浸かっている妹を見つけた。
温泉街を歩きながら、鞠莉は先ほどの宿で買ったフルーツ牛乳で喉を鳴らす。
「っぷはあ!」
隣を歩く果南もすぐに瓶を開けて、
「やっぱお風呂上りにはこれだよね」
15分ほどで出たが、体が十分温まった。というよりまだ冷える季節でもない。
「結局、何だったんですの?」
深い溜め息と共にダイヤが漏らした。ここを提案したのはダイヤだというのに。
父親の視察で世界中様々なホテルへ赴いたが、こうした日本の温泉街は中々お目にかかれず新鮮な気分になる。土産物でも見ようかな、と店を視線で探している際中、スマートフォンが着信音を鳴らす。通話のようで、端末の液晶には関谷真澄のロゴが表示されている。温泉で温まった体が一気に凍り付くような錯覚を覚えながら、鞠莉は通話に応じる。
「もしもし?」
『あなた今どこにいるの?』
「あなたこそ、今どこに?」
『家にいるわよ。とにかく速く来て!』
通話が切れた。遅れて皆の視線を一身に受けていることに気付く。「どうしたの?」と果南が訊いて、何の気なしにやれやれ、と軽く溜め息をつく素振りを見せながら、
「ちょっと
と手を振って駅の方向へと駆け出すのだが、後ろ手を果南に引かれ止められる。
「わたしも行く」
その険しい表情で駄目だったか、と悟る。やはり果南に隠し事はできない。しかも鞠莉を見透かしてしまう者はもうひとり。
「わたくしも行きますわ」
「ちょ、ダイヤまで――」
「隠したいならしっかり隠しなさい。何も知らされない方も、辛いのですよ」
「でも――」
「ルビィ」とダイヤは鞠莉の声も聞かず1年生たちの方を振り返り、
「申し訳ないのですが少し外しますわ。この辺りで時間を潰していてください」
全く状況が呑み込めないながらも、姉の言いつけだからか「う、うん……」とルビィは応じる。
「何かあったずら?」
「ちょっと、何なのよ?」
花丸と善子も疑問や文句を飛ばしてくるが、「ほんとにちょっとだから待ってて」と果南が言い捨てるようにして鞠莉の背中を押して駆け出す。
これから何かが起こる。鞠莉にはそれが確信できる。それが単なる直感なのか、それとも裡に目覚めようとしている力の予兆なのか、鞠莉には区別のつけようがなかった。
人の
エルの傲りに人は怒った
人は怒りの炎で翼を焼き
エルは清浄なる水で総てを洗い流した
プリミラ記