ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

89 / 160
第4話

   1

 

 バスと電車を乗り継いで、沼津市街まで行くのに結構な手間が生じる。家に電話を入れてハイヤーでも手配すれば良かった、と鞠莉はマンションの階段を上りながら思った。着いてきた果南が質問を投げてくる。

「どうして、鞠莉がここを知ってるの?」

「ちょっと知り合いが住んでいてね」

「まさか、あの人たち?」

 誰とは言わないが、何となく鞠莉には察しがついている。「Yes」と答えると、果南に肩を掴まれ無理矢理面と向かわされる。「ちょっと――」とダイヤが止めにかかるが、果南は構わず、

「じゃあここの人たちがアンノウンに狙われてる、て鞠莉は知ってたの? 知ってて今まで何も言わなかったの?」

 黙っていたこと。知らない振りを装い傍観を決め込んでいたことは、鞠莉にも自覚はある。隠し事はしない、と3人で決めておきながら、何食わぬ顔で裏切っていたのは鞠莉自身だ。でもそれを間違いだなんて思っていない。たとえそのせいで親友から罵倒されようが絶好されようが、二度とスクールアイドルができなくなろうが構わない。それでふたりを守れるのなら。

「おやめなさい!」

 とダイヤが声を張り上げながら果南を引き剥がす。

「大体のことは察しがつきますわ。これから会う方は、あかつき号の関係者なのでしょう」

 ダイヤの口から出たその船の名前が、鞠莉の背に悪寒を走らせる。

「ダイヤまさか……、思い出したの?」

 「いいえ」とダイヤはかぶりを振る。

「ただ、ずっと違和感はありましたの。家で2年前のフェリーボートのチケットを見つけたのに、覚えが全く無いんですもの」

 ダイヤは射貫くように鞠莉を見据え、

「恐らく、わたくし達はあかつき号に乗っていた。そしてどういう訳かわたくしと果南さんはその当時の記憶をなくし、鞠莉さんだけが覚えている。違いますか?」

 名推理ぶりに、サスペンスドラマの犯人役になった気分になる。ドラマならここで犯人自ら真相を明かす場面だが、生憎そういうわけにはいかない。ダイヤと果南の空白の記憶は、墓場まで持っていくと決めた。あの船に乗っていた他の乗員乗客たちも、鞠莉の決心を尊重してくれたのだから。

「ダイヤの言った通りよ」

 白状するとまた果南が詰め寄り、

「ねえ、あかつき号で何があったの? どうしてわたしとダイヤは覚えてないの?」

「ふたりにとっては、それが救いだから」

「どういうこと?」

「知らない方がいい」

「どうして?」

「知ったら、ずっと苦しむことになるもの! あんなの忘れていた方がずっと良いに決まってる!」

 気付けば目元が熱くなっていた。浮かべた涙を腕で強引に拭ったところで、通路に並んでいたドアのひとつが開けられる。

「何大声出してるのよ」

 ドアから顔を出した関谷が、苛立ちを露わにしながら言う。「Sorry」と謝罪しながら鞠莉は会話の中断に安堵し、彼女のもとへと歩く。

「何があったの?」

「純と高島さんが死んだわ」

 え、と息を呑む。ふたりともあかつき号に乗っていたメンバー。

「アンノウンに殺されたの?」

「分からないわ。ふたりの家に行ったら、もう死んでたのよ」

 関谷は頭を抱えて泣き始める。

「もう本当に終わりよ………。私たち全員殺されるんだわ。あなたも、そこのふたりも………」

 「落ち着いて」と関谷の肩を抱く。確かに自分たちはもう長くないのかもしれない。でも果南とダイヤだけは死なせない、と強く誓う。鞠莉たちにだって、アンノウンに殺される時を待つだけじゃない。彼なら、戦える力を持った彼なら――

 突然、関谷は首を押さえて悶え始めた。

「真澄?」

 うずくまった彼女の口から液体が吐き出される。吐瀉物と思ったが、コンクリートの床に撒き散らされたのは無色透明の水だった。同時に関谷の呻きは止み、鞠莉たちを仰ぎ見る彼女の口元がにやり、と歪む。

 それを見た瞬間、恐怖が鞠莉の爪先から頭まですっぽりと覆い被さってくるようだった。

「人でない者は滅べばいい」

 それは関谷の声ではなかった。その声を鞠莉は知っている。何度も記憶から追いやろうとしてもへばりついて離れなかった声。

 恐怖で硬直した鞠莉の首に、関谷の手がかけられる。

「鞠莉!」

 咄嗟に果南が体当たりをかまして、手に力を込める寸前だった関谷は突き飛ばされて尻もちをついた。

「こっち!」

 果南に手を引かれ階段を駆け下り、マンションを出る。走りながらダイヤも動揺を止められないらしく、

「彼女はどうしたんですの?」

「分からないわ」

 ただ、関谷が発した声。あれは紛れもなくあの声だった。

「とにかく逃げなきゃ!」

 果南の声で思考を中断し、闇雲に住宅街を全速力で走る。住宅街を抜け、狩野川の近くに立つショッピングモールの駐車場に出たところで人ならざる者がこちらへと歩いてくるのが見えた。

 シャチのような顔をした、人間とよく似た体躯の生命体。

 方向を変えようとしたところで、その先には冷たい笑みを浮かべている関谷が。

「やれ」

 恐ろしい声がそう告げる。アンノウンはまるで主の命を承ったかのように頷き、引き締まった脚で駆け出す。だが、その行く手は横から割り込んできたバイクによって阻まれた。

「翔一さん!」

 果南の呼ぶ声には応じず、シートから降りた翔一はヘルメットを無造作に脱いでアンノウンと対峙する。

 あの青年が何をきっかけに記憶を失ってしまったのか、鞠莉は知っている。彼の名前が津上翔一でないことも。

「変身!」

 アギトへと姿を変えた翔一に、アンノウンが向かっていく。突き出された拳を腕で防ごうとしたが、重すぎたのか衝撃を受け止め切れず体勢を崩される。更に鋭い拳の連打が顔や胴に浴びせられ、苦し紛れに放った蹴りも受け止められる。動きを封じられたばかりか、鳩尾に反撃の蹴りを入れられた翔一はごほ、と咳き込みながら倒れた。

 アンノウンは更に追い打ちをかけ、翔一の首を掴んで無理矢理立たせると、その金色の鎧に覆われた体を片手で放り投げる。宙へ放り出された翔一は駐車場に停めてあった車と衝突し、フロントガラスを盛大にぶちまけながらボンネットから地面へと滑り落ちた。

 ひとまずの障害を排除したアンノウンの目が、再び鞠莉たちへ向けられる。だが、その顔はすぐさま別の方を向いた。異形の視線の先。駐車場の中をひとりの青年がこちらへ歩いてくる。

 それはあの、夢のような奇妙な屋敷で眠っていた青年。鞠莉たちが失われかけていた命を繋ぎ止めようと、力を使った青年。その名前を、果南が息を詰まらせながら告げる。

「涼………」

 涼と呼ばれた青年は駆け出す。靴音をアスファルトに叩きつけるように、力強く。

「変身!」

 その体は異形の姿へと変わった。果南から聞いていた通りの、緑色の筋肉に覆われ真っ赤な目を見開いた姿へと。

「ウオオオアアアアアアアアアアッ‼」

 

 

   2

 

「今は火葬になったが、爺さんの時代は水葬だったらしい」

 それは幼い頃から何度も聞かされていた、涼の故郷の風習だった。死者は沖まで船で運ばれて、船乗りたちの手で海に沈められる。墓標は建てられない。漁師たちが漁の安全を祈願する、海岸にいつの時代に建てられたのかも分からない小さな祠が墓標代わりらしい。

 だから、涼の故郷の漁村にある墓地の墓石は比較的新しいものばかりだ。最も古いもので戦後間もない頃に建てられた墓で、彫られた字も塔婆も朽ちたものはひとつもない。

 それでも多くの村民には古くからの土着信仰が強く根付いていて、代々村で漁師の家系だった父も漁に出る前は必ず海岸の祠に手を合わせに行っていた。

 あの日、母の10回忌の法事の日も、父は涼を連れて祠へ参りに行った。親戚と寺の導師も呼んで経を上げたのだが、父にとって最も信じるべき神は潮風ですっかり腐食した祠に宿っているようだった。

 着慣れないスーツのネクタイを締め、涼に学生服を襟まで詰めるよう言った父は、祠に向かって長く合掌していた。

「何でこんなチャチなものに頭下げるんだよ?」

 形だけの合掌をすぐにやめた涼が面倒臭そうに言うと、父は苦笑しながら、

「罰当たりなことを言うな。ここに祀られているのは海に還ったご先祖様たちだ。俺もお前も、死んだらここに祀られる。勿論、母さんもな」

 寂しさと虚しさが涼の裡を満たした。死んだら他の死者とひと括りにされて、こんないつ壊れてもいいような祠に祀られるなんて。この漁村だって過疎化が進んで、いつ廃村になるかも分からない。誰もいなくなったらここに祀られた死者たちも、村と一緒に忘れ去られる。墓標が建てられなかった時代の先人たちは、この虚無をどうやって満たしていたのだろう。

「どうして、昔は死体を海に沈めていたか分かるか?」

「知らないよ、そんなの」

「命を海に還すためだ」

 「はあ?」と涼は生意気に返した。いつものことだから父はそんなこと意にも介さず、

「全ての命は海から貰った。だから命が終わったら、海に還さないといけない」

「迷信だよ、そんなの」

 唐突に、父に背中を叩かれた。日頃から漁で鍛えられた父の張り手は中々に強烈で、まだ中学時代の涼の体は成す術なくつんのめってしまった。

「何すんだよ」

「そうやっていつまでも突っぱねていると、死んだとき海から追い出されるぞ」

 からから、と笑う父が山中の駅で寂しく死ぬなんて、このとき誰が予想できただろう。馴染みのない土地で焼かれた父の魂は、愛し敬っていた海へ還ることができたのだろうか。

 なら俺は、と涼は思う。

 何も視えない暗闇に溶けようとしていた涼に一筋の光が射したのは、海に拒絶されたからか。それにしては、あの光はとても暖かく優しすぎる。

 死の海から引き揚げられる時、涼は確かに聞いていた。

 ――涼………――

 父と同じように海を愛する少女の声を。

 

 

   3

 

 跳躍の勢いを乗せた涼の拳が、アンノウンの胸に突き刺さる。多少怯みはしたが、向こうも負けじと鳩尾に蹴りと拳を浴びせる。涼は苦悶の声こそ漏らしたが、怯みはせずアンノウンに足払いを見舞い体勢を崩す。すぐさま起き上がろうとした敵の腹を蹴りつけ、それでも起き上がろうとした敵の肩を掴み投げ飛ばした。

 それでも涼の猛攻は止まらない。無理矢理立たせた敵に殴打を浴びせ、渾身の蹴りを入れて突き飛ばす。蹴られた腹を押さえつけながら、アンノウンはよろめきながらも人間を超越した脚力で駆け出す。涼はすぐには追わなかった。凄まじい速度の敵は、もう大型商店の陰に消えてしまっている。

 涼の傍に誰も乗っていないバイクが走ってくる。変身した涼と同じ緑色のボディをしたバイクで、そのエンジン音は獣の唸り声にも聞こえるから果たして機械なのか怪しいところだ。勝手知ったように涼はバイクのシートに跨り、アクセルを吹かしてアンノウンの後を追った。

「涼……」

 その姿をただ見ていることしかできなかった果南が駆け出そうとして、慌てて鞠莉とダイヤが止める。

「待って果南!」

「危ないですわ!」

 うう、という呻きが聞こえる。振り返ると、関谷が地面に突っ伏していた。苦悶に歪むその顔に先ほどの不気味さは感じない。紛れもなく関谷真澄の顔だった。

「真澄?」

 歩み寄ろうとする鞠莉に、関谷は叫ぶ。

「逃げて! 逃げなさい!」

 それは懸命に抗いながら、ようやく発することのできた言葉だったのかもしれない。関谷の顔から一切の表情が消え、すう、と立ち上がる彼女の背後で生じた蜃気楼のような揺らめきが徐々に何かを形作っていく。

 一見すれば人のような、でも姿がはっきりしていくにつれて人でないことが分かる。

「あれは………!」

 恐怖が鞠莉の胸をきつく締め付けた。あの姿は忘れようがない。あの場にいた者には、恐怖といえばあの存在が思い浮かぶほどに記憶にしつこく纏わりついているだろう。

 その姿は、すぐ揺らめきの中へと消えてしまう。ただ無表情の関谷がこちらへ歩いてくるだけ。でも、彼女からは確かに”あれ”と同じ恐怖が感じ取れる。

 鞠莉たちの前に、息を荒げた翔一が立った。翔一の姿を認めた関谷はす、と右手をこちらへとかざす。

「逃げて!」

 咄嗟に鞠莉は果南とダイヤを突き飛ばした。一瞬遅れて、凄まじい衝撃が襲ってくる。まるで竜巻を直接ぶつけられたみたいに。直撃寸前のところで翔一に抱き留められたが、流石の彼でも衝撃は受け止め切れず宙に投げ出される。数舜の浮遊感の後、がん、という鈍い音と共に跳ねそうになる体を、必死に翔一にしがみついて留めようとする。

 翔一の体がクッションになってくれたお陰で地面との衝突は避けられたらしく、打ち身以外に痛みは無い。でも鞠莉を庇った翔一のほうは痛みが凄まじいのか、起き上がるのにしばしの時間を要した。

「逃げて鞠莉ちゃん。早く逃げて」

 手を貸そうとする鞠莉を撥ねつけながら、翔一はあがった息遣いで言う。振り返ると、関谷は再び手をかざしている。

「逃げて!」

 と翔一が鞠莉を乱暴に突き飛ばした。次の瞬間、翔一が吹き飛ばされる。モールの壁に激突しクレーターを作った翔一の体は光を放ち、ほどなく収束すると人としての翔一に戻る。

 苦悶に顔を歪めていた翔一は関谷を、その背後に浮かぶものを視界に収め目を見開く。記憶を失っているのなら、あの時の恐怖も彼は忘れているはず。それなのに、翔一は関谷の背後に視線を釘付けたまま粗い呼吸を繰り返し、表情に怯えを満たしていく。

「翔一さん!」

「津上さん!」

 果南とダイヤが駆け寄り、翔一の体を起こす。「逃げなきゃ……」と翔一はか細く呟いた。

「あなた、思い出したの?」

 鞠莉の質問が耳に入らなかったのか、翔一はふたりの肩を借りながらショッピングモールの駐車場から離れていく。鞠莉にできることは、彼らと一緒にこの場から逃げることだけだった。

 

 アンノウンが目撃された場所が沼津署近くのショッピングモールとのことで、G3-Xを装着した誠は直接ガードチェイサーで現場へ向かった。

 小沢によるとアギトらしき生物と交戦中らしいが、現場に到着した誠が見たのはアギトではなかった。アンノウンと戦っていたのはG3システムを破壊した、あの緑色の生物。

 緑の生物は誠の存在に気付きはしたが、すぐに標的のアンノウンへ赤い両眼を向けて殴りかかる。再びあれと交戦することになったとしても、今度はやられない。あれとの戦闘データも組み込んだG3-Xは強度も上がっているのだから。

 反撃の拳を腹に受けた緑の生物が、モールの壁に追いやられ更に首に手をかけられる。誠がアンノウンに突進し引き剥がすが、すぐに振り払われ胸部装甲に思い拳を入れられる。火花を散らしながら身を投げ出された誠はすぐには起き上がらず、ホルスターから抜いたGM-01を発砲する。全弾命中するが、案の定ダメージを負わせるには至っていない。

 だがアンノウンにとっては都合の悪い状況らしく、銃弾の(あられ)を抜け出し街中の陰へと消えていく。緑の生物は雄叫びをあげながら追っていくが、通りに出たところでアンノウンはどこにも見当たらない。誠もG3-Xのセンサーで辺りを見渡すが、どこにもそれらしきものは探知できなかった。

 路上で佇んでいた緑の生物が、隆起した筋肉を委縮させる。黒と緑だった皮膚は肌色になり、額から生えた角は収縮しやがて消えていく。顔面の半分を占めるほどだった赤い目も、縮んで色も黒くなっていく。

「あれは、まさか………」

 マスクの奥で誠は息を呑んだ。あの姿は、まさに人間じゃないか。服を着ていて、髪が明るい茶色に染められている。知性どころか、ファッションを楽しむほど人間社会に溶け込んだ存在だ。

 青年のもとへ、緑色のバイクが走ってくる。シートに誰も乗っていないのに単独走行してきたことも驚きなのだが、もっと驚愕なのが緑色のボディが赤い市販のボディへと変わったことだ。さも当然のように、青年はバイクに跨りヘルメットを被る。

「待って。待ってください!」

 青年は誠の声に動きを止めて僅かにこちらへ振り向くのだが、すぐにバイクのエンジンをかけて走り去ってしまった。

 

 

   4

 

「本当にありがとう。皆は怪我とかなかった?」

 手ひどくやられた翔一を十千万に送り届けると、彼の帰宅を聞きつけた千歌たち2年生が玄関まで来てくれた。「うん」と果南はさも平気のように言いながら、

「でも、ごめんね。わたし達のせいで翔一さんが怪我しちゃったみたいで」

「ううん、本人も大したことない、て言ってるし。志満姉が止めたのに台所入っちゃって」

 その彼らしい光景はすぐ想像できて、場の全員で笑みを零す。

「で、曲はどう?」

 曜か訊いてきて、果南はまだ曲作りの際中だったことを思い出す。

「ダイヤさんの作戦、上手くいってる?」

 梨子の質問にダイヤは「まあ……」と歯切れ悪く、

「ぼちぼち、といったところですわね」

 「そう言う千歌たちは?」と果南は意地悪に訊いた。千歌の目が泳いでいるあたり、こちらも芳しくないらしい。

「お互い頑張りましょう。Greatな曲になるように」

 そう言って手を振って千歌たちに背を向ける鞠莉に倣い、果南とダイヤも「それじゃ」と十千万から出ていく。

 千歌たちに告げるべきか迷ったが、この大変な時期に悪戯に不安にさせたくない。それに、果南自身も色々なことが短期間で重なり過ぎた。

 あかつき号に自分も乗っていた。

 何故かその時の記憶がない。

 その記憶は鞠莉曰く、とても恐ろしいもの。

 それに涼。

 彼が蘇った。色々な事象のなかで、その事実がとりわけ大きく果南の裡を満たしている。

「良かったですわね」

 安堵が顔に出ていたのか、ダイヤが優しく言った。

「想い人が無事でいてくれて」

「………うん」

 

 オペレーションは常時モニタリングされているから、Gトレーラーにいた小沢と尾室も事の次第は既に知っている。カーゴに誠が帰還すると、当然のごとく先のオペレーションの話になった。

「以前G3システムとアギトを襲った謎の存在。やっぱり人間だったわけだ」

 G3-Xの記録映像を見ながら、小沢が得心したように告げる。映像の中にいる生物が人間になる瞬間。小沢は隅々まで確認しようと、何度も同じ箇所をリプレイする。

 あれが人間だとしたら、アギトも――

 思考に耽っていたところで、小沢に「どうした?」と促される。

「もしアギトも人間なら、一体どんな人物なのかと」

 あの黄金の姿の他に人間としての姿も持っているのなら、一体どんな顔をしているのだろう。どこに住んで、何を食べて、どんな言葉を発するのか、全く想像がつかない。

「そりゃ良い人に決まってますよ。何度もG3のこと助けてくれたし」

 と尾室が調子よく言う。「どうかしらね」と小沢はその日和ぶりを一蹴し、

「意外と想像もつかないような裏があるかもしれないし」

 その口ぶりはとても許容できるものではなく、「ちょっと待ってください」と誠は声を荒げて彼女に詰め寄る。

「僕は尾室さんの意見に賛成です。何度もアギトと一緒に戦ってるこの僕が言うんです。アギトが人間なら、きっと高潔な人間愛に溢れた人物に違いありません!」

「わ、分かったわよ………」

 因みにこの時、誠は熱くなりすぎて小沢の足を踏んでいたらしいのだが、全く気付いていなかった。

 

 





 人は主の慈悲により滅びを逃れる。
 正しき一対のみが方舟に乗ることを赦される。
 方舟に乗る者は笑たな始まりを託される。
 しかしその魂には悪しき光も託される。

              ノア記

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。