ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト 作:hirotani
1
温泉街に戻る頃には、夕刻も近くなっている。まだ陽が出ている時間帯なのだが、空は厚く濃い灰色の雲が覆っていて地上に影が落とされる。
色々と気になることは多いが、今は曲作りに励まなければ、とダイアは自身を律する。姉としてルビィに、先輩として後輩たちに不安な顔を見せてはいけない。
駅の停留所でバスを降りると、ベンチで待ってくれていた後輩たちは「お帰り」と迎えてくれる。
「遅かったじゃない。せっかくお風呂入ったのに湯冷めしちゃったわよ」
善子の文句を「マルはご満悦ずら」と宥める花丸はミカン味の棒アイスを食べている。きっと近くの売店で買ったものだろう。
「Sorry,色々と立て込んじゃってね。果南が海入りたいとか、ダイヤがお琴したいとか駄々こねるから」
な、と鞠莉の出まかせに、果南と揃って抗議の目を向ける。でも実際に口には出さなかった。こういう時の鞠莉の口達者ぶりには、本当に助けられる。自分は今、不安な顔をしていないだろうか。ダイヤにとってそれが最も気掛かりだ。
ぽつ、とアスファルトの1点を滴が叩く。それを皮切りに滴が止めどなく降ってきて、ざあ、という音が山中にこだましていく。
「どうしよう、傘持って来てない」
とルビィが言う。天気予報では晴れとあったから、この場で傘を持っている者はいないだろう。
「どうするのよ、さっきのとこ戻る?」
善子の提案に「それはちょっとなあ」と果南が難色を示す。ダイヤとしては先ほど散々走り回って汗をかいたからもう一度風呂に浸かりたいところだが、1日1度の入浴すら面倒臭がる果南にとっては既に済ませた事として処理されているらしい。
「結局何も進んでないかも」
恐る恐るルビィが言った。誰も否定できないことがまた悲しい。親睦を深めるためのレクリエーションも、結局意味があったのかも怪しい。あっちを立てればこっちが立たず。より違いが明確になっただけに思えてしまう。
当初の予定通り曲作りを進めることが先決だろう。でも温泉街に作業できるような場所なんてそうそう無いし、内浦までのバスは次発まで2時間も待たなければならない。
皆で頭を悩ませているなかで、花丸が口を開く。
「近くに知り合いのお寺があるにはあるずらが………」
その提案に、全員が乗った。いくら残暑のある季節でも、雨に打たれては体も冷えてしまう。
目覚めたのは、見知らぬ屋敷のベッドだった。何故ここにいるのか、誰が自分をここまで連れてきたのか、涼には全く分からなかった。最後の記憶は腹を貫かれた痛みと、ようやく受難の日々が終わることへの安堵。
そして光。
温かな光に導かれるように目を開けた涼はすぐにベッドから起き上がり、自分の体の軽さに驚きつつも屋敷を彷徨った。屋敷の主人らしき人物はリビングで悠長に紅茶を飲んでいて、涼が質問を飛ばす前に告げた。
「行くといい。お前の行くべき場所へ」
行くべき場所からの帰還を果たした涼を、男は紅茶でもてなす。
「何なんだ、あんたは?」
最初の質問はこれだ。この屋敷に、この男以外の住人は見当たらない。涼をここに置いていたのは、対面のソファに腰掛けるこの男で間違いないだろう。
「お前を、蘇らせた者だ」
「何故?」
眉を潜める涼に、男はシャツの胸ポケットから手帳を取り出す。いつも肌身離さず持っていたものが、今更になって手元にないことにようやく気付く。
「これはお前の父、葦原
男は手帳の名簿が綴られたページを開き、涼に見せる。
「残るあかつき号のメンバーは松浦果南、小原鞠莉、黒澤ダイヤ、関谷真澄、木野薫の5人だな」
「あんたあかつき号のこと知っているのか? 一体何があったんだあかつき号の中で」
「落ち着け」と男は言うが、これが落ち着いていられるか。諦めかけていた真実に近付いているというのに。やはり父の死の原因はあの船にあったということか。
「関谷真澄から出てきたあの存在が、あかつき号を襲った。そして船に乗っていた者たちは背負わされたのだ」
「何を言ってるんだ?」
一瞬だけだが、涼も関谷の体から出てきた存在を目撃している。これまで戦ってきた敵たちと似た、でもそれよりも大きな力を感じたほどだ。でも、あれが船を襲ったことが全てではない。男の口ぶりはそう言っているように聞こえる。
「あかつき号のメンバーは、ある運命を背負うことになっている。それはお前と同じ運命だ」
「俺と……同じ?」
「そうだ。彼らはいずれ、お前と同じになる」
聞けば聞くほど意味が分からなくなる。果南も自分と同じ怪物になるというのか。
「あんた何なんだ? 俺を蘇らせたと言ってたが」
「松浦果南をはじめとする、Aqoursという少女たちの力を借りて、お前を復活させた」
その言葉だけは、素直に信じることができる。暖かな光と共に、涼は確かに果南の声を聞いた。彼女が自分を助けてくれた。そう思うと少しばかり気分が落ち着いてくる。
「高海千歌に感謝するといい。彼女があの少女たちに力を使わせたのだからな」
でも、まだ納得できないこともある。この男の手引きとしても、何故自分は蘇らなければならないのか。まだ俺は、終わることができないのか。
全てを見透かしたかのように、男は言う。
「お前はまだ、死んではならない。ある存在と、戦わなければならないのだ」
「ある存在? 奴らのことか?」
男は首肯する。
「彼らは、お前のような人間が増えるのを怖れている。お前のような、変身能力を得る可能性のある人間たちを抹殺しているのだ」
先ほど告げたあかつき号のメンバーが背負う運命とは、そのことだろうか。だとしたら何故――
「何故俺が? 俺はあかつき号に乗っていないのに」
「力に目覚めるのは、あかつき号のメンバーだけではない。現にお前は、不完全ながらアギトと同じ存在として覚醒している。Aqoursの者たちも、いずれアギトになるだろう」
その口から出た名前に、涼は息を呑む。
「俺が……アギトと同じ?」
憎んでいた相手と自身が同じ存在だと告げられたことにショックはある。自身のみならず果南も、彼女の仲間たちも。だが、それが新しい疑問を生む。
「何故……、何故俺が?」
「それは、お前が自分で答えを見つけなければならないことだ」
2
雨のなか走っていくと、花丸の言った通り寺は駅からすぐ近くにあった。境内への門は閉じられていたが鍵はないらしく、花丸がゆっくり開けるとぎい、と軋みをあげる。
「入って良いずら」
と花丸が言うが、正直足を踏み入れる勇気がない。せっかくの厚意に申し訳ないのだが。
「こ、ここですの?」
「良いの?」と訊く鞠莉は、どこかこの状況を楽しんでいるように見える。まあ、さっきの騒動よりは幾分ましではあるのだが。
「さっき連絡したら、自由に使っていい、て」
確かに花丸には電話で先方の許可を取ってくれた。ダイヤは門越しに境内とその周辺を見るのだが、住職の居住らしき建物が見当たらない。
「お寺の方は、どちらにいらっしゃるんですの?」
「ここに住んでるわけじゃないから」
と花丸はいつ用意したのか懐中電灯で下から顔を照らし、
「いないずらあ」
見事に恐怖心を煽られたのか、ダイヤの背中にしがみつくルビィが「ピギィッ」と小さく悲鳴をあげる。
「となると、ここで雨宿りしていくしかないですわね」
「雨も、まだまだ止みそうにないし」
鞠莉も同意を示すと、今度は鞠莉の背中にしがみついている果南が小さな悲鳴をあげる。せっかく貸してくれるのだから住職に礼くらいは言いたかったのだが、それはまた後日するとしよう。
「暗黒の力を、リトルデーモンの力を感じ――」
という善子の肩に花丸が手を添え、
「仏教ずら」
「知ってるわよ!」
躊躇いつつも境内に上がり込むと、ひんやりとした空気に出迎えられる。すぐに花丸がマッチで燭台に挿されていた蝋燭に火を灯すが、朧気な光に照らされた仏像はより不気味さを増す。外の光も取り込みたいところだが、強くなってくる雨足に仕方なく扉を閉めるしかない。
「で、電気は?」
善子が当然のように訊き、「ないずら」と即答される。「Really?」と鞠莉が上擦った声をあげた。天井を見上げると、確かにどこにも電灯らしきものが見当たらない。天井に描かれた龍が、ダイヤ達を見下ろしている。
雨の音がより強くなっていくのが分かる。通り雨ならすぐに止むが、果たして通りで済むのだろうか。場所を借りている身で罰当たりだが、どうにも皆ここの居心地が悪そうに見える。特に未だダイヤの背から離れないルビィと、心なしか声が震えている果南が。
「どどどどうする? わわ、わたしは平気だけど………」
みし、と何かが軋む音がした。恐らく気圧の変化で寺の木材が収縮なり膨張した音なのだろうが、神経が過敏になっている果南は近くの柱に抱きつく。既にお察しの通り、果南は幽霊や妖怪の類に弱い。幼い頃に千歌の父から古今東西の怪談話を聞かされてから苦手になったとか。
「他にすることもないし、曲作り?」
鞠莉の言う通り、ただ雨が止むのを待っているのも時間が勿体ない。「でも――」とルビィが恐る恐る、
「また喧嘩になっちゃったりしない?」
そうはならない、と言いたいところだがどうなることやら。
「きょ、曲が必要なのは確かなんだし、とにかくやれるだけやってみようよ」
ようやく柱から腕を離した果南の言うこともごもっとも。「そうですわね」とダイヤが同意したと同時にまたどこかが軋み、驚いた果南は次にダイヤへ抱き着く。力が強いから少し苦しい。先ほどのアンノウンに比べれば大したことでもないだろうに。
「意外とぱあ、とできるかも」
既に何度も同じ光景を目にしている鞠莉は完全にスルー。1年生たちも少し戸惑ってはいるものの、突かないのが情けか果南の様子には誰も触れない。
「歌詞は進んでるんですの?」
ダイヤが訊いた。すると花丸が悪戯っぽい笑みを善子へ向けながら、
「善子ちゃんがちょっと書いてるの、この前見たずら」
「何勝手に見てんのよ!」
と見られた本人がご立腹だが、果南とルビィが口々に「へえ、やるじゃん」「凄い!」と、更に鞠莉も「Great!」と称賛を送る。それに機嫌を良くしたのか、善子は「ふふふ」といつもの調子を取り戻し、
「よかろう、リトルデーモン達よ。だがお前たちに見つけられるかな。このヨハネ様のアークを!」
見つけた。
固めて置いてある皆の荷物の中から、表紙に「ヨハネの黙示録」と書かれた持ち主がすぐに分かるノートが。
「あったずら」
皆で開いたページを見てみると、あっけなく発見された善子が「こらー!」と喚く。構わず読んでみた皆の反応はこの通り。
「こ、これは……」
「う、うらはなれ聖騎士……?」
「
「この黒く塗り潰されているところは何ですの?」
「ブラックブランク!」
「読めませんわ」
まさかこれも歌詞とは。
「お前にはそう視えているのだろうな。お前には!」
「誰にでも読めなきゃ意味ないずら」
また軋む音が聞こえた。怯えながら果南が振り向くと、その先で暗闇から1匹の黒猫が出てくる。安堵の溜め息をつきながら、果南は「何だ、お前だったのか」と猫を抱きかかえた。
「それで、作曲のほうは?」
ルビィが訊くと、鞠莉が「進んでるよ」と音楽プレーヤーを構え、
「チカっち達より元気な曲のほうが良いに決まってるわ」
またヘビィメタルだろうか。そんな不安がルビィと花丸の顔から読み取れる。
「でも、あれは……」
「苦手ずら………」
目の錯覚だろうか。ダイヤは目を擦りながらノートの紙面を注視する。
「そういえばこのブラックブランク? 動きますわ」
黒く塗り潰された箇所がもぞもぞ、と蠢いているように見える。何なのかと顔を近付けると、ルビィが息を呑みながら、
「お、お姉ちゃん………。それ、虫……!」
文字に伸ばした指が、ぶに、という柔らかいものに触れる。
「ピギャアアアアア‼」
悲鳴で室内の空気が乱れたせいか、蝋燭の火が消えた。閉じられた境内が一瞬にして暗転し、元から怖がりな果南やルビィのみならず全員の悲鳴が響き渡る。それに上乗せするように雷鳴まで。
唯一落ち着いていた花丸がすぐに火を点け直してくれて光が戻ったが、パニックが収まると同時に疲労感がど、と全身に押し寄せる。もはや議論を交わす気力も起きず、全員が畳に腰を落ち着かせた。
色々と試したが、実になることはあったのだろうか。何だかやることなすこと全てが空回りしているような気がしてならない。
「全然噛み合わないずら」
「このままだと、曲なんてできっこないね」
花丸と果南が弱音を漏らす。
「そんなに違うのかな? ルビィたち………」
人それぞれ個性が違うのは当然のこと。メンバー各々の趣味趣向を否定するつもりはないし、尊重したいと思う。でも、こうして一緒に歌う曲を作ろうとして、こんなにも纏まらないことがあるとは。全員が一緒くたになって、同じ顔つきで同じ声で、同じ振り付けで踊るのならグループである意味がない気がする。同じ曲で同じ振り付けのなかでも、歌い方やステップの癖に各メンバーの個性が出るし、それを見比べるのもアイドルというコンテンツの楽しみ方でもある。全員の全てが同じならば、ひとりでステージに立つのと変わらない。
皆でひとつに。でもそれぞれの魅力を出せる曲。2年生たちが、今までこんな難しい作業をしていたとは。先輩として偉そうな口を叩いてきたが、これからは千歌たちに敬意を以って接していこう。
不意に、何か冷たいものが背中に落ちてきて、思わず「ピギャア!」と声をあげてしまう。続けてぽつ、ぽつ、と境内のあちこちで天井から大粒の滴が落ちてくる。
「雨漏りずら」
花丸が言った。年季の入った寺だ。住職だって普段から住んでいるわけではないらしいから、建物の整備もあまり行き届いていないのかもしれない。「こっちにお皿あった」と果南が両手に小皿を持ってきて、雨の落ちる場所に置く。でも皿2枚で収まるほど、雨漏りは軽いものではないらしい。
「今度はこっち」
「鞠莉さん、こちらにお茶椀がありましたわ」
境内からかき集めた皿や茶碗、桶や湯呑と使えそうな容器を総動員させて、ようやく全ての滴を受け止めることができた。
ほ、とひと息ついたところで、ダイヤは漏れる雨音に聞き入る。ダイヤだけでなく、場にいる皆が、無言のままその音を聞いている。
落ちる雨水を皿や茶碗が受け止める音。それはまるで琴楽器を叩いているようで、不思議と心地いい。焼き物、プラスチック、木。容器の素材によって音の高低が異なり、同じ素材であっても底の深さや大きさによっても音が微妙に変わってくる。
どれひとつでも、同じ音はない。まるで自分たちみたい、とダイヤは思った。同じ滴を受け止めても、各々で違う音を出す。それぞれの音に良さがある。一見すればてんでばらばら。取りまとめの無い音の連なり。
でも何故だろう。ばらばらなのに、落ちてくる雨のリズムも無作為なのに、調和が取れている。
テンポも音色も大きさも。
ひとつひとつ、全部違ってバラバラだけど。
そのひとつひとつが重なって、調和して――
ひとつの曲になっていく。
そう、曲とは様々な音の連なり。互いに支え合い、高め合い、その調和のなかに歌い手の想いを込めていく。
できる気がする。この雨が奏でる音から、自分たちだけの曲が。
鞠莉が意気揚々と、明るい声を張り上げた。
「よーし、今夜はここで合宿ずらー!」
3
東にそびえる山々の陰から、朝陽が昇り内浦を照らし出す。藍色だった空は白み始め、やがて青く色付いていく。そんな世界が目覚める光景を、千歌は屋根の上で眺めていた。
「千歌ちゃーん」
梨子の声がして視線を降ろすと、窓から泊まり込みで作業していたふたりが顔を出している。
「そんなところで何してるの?」
曜が訊いてくる。「輝いてる」と千歌は答えた。
「何か、視えたんだ。今何を言いたいか、何を想っているのか。わたしがわたしに問いかけていた、答えが」
昨日からずっと頭の中で繰り返し反芻していた問い。輝き、て何だろうという、スクールアイドルを始めてからずっと追いかけてきたもの。この答えが正解なんて分からない。そもそも、誰にも当てはまる正解なんて、どこにもない。
答えはいつだって、千歌自身のなかにあった。
色々な感情や想いを探り続け、まるで砂の中から見つけたひと粒の砂金のように、それは輝きを放っている。
この輝く想いを、歌に乗せる。ステージの上で、精一杯歌い上げよう。
「千歌ー!」
果南の声が聞こえて、千歌は振り返る。十千万の門のあたりで、3年生と1年生たちが晴れやかな顔で立っている。
「みんなー!」
「曲はできた?」と曜が訊くと、果南が自身満々にノートを見せる。
「ばっちりですわ!」
そう告げるダイヤの作戦が、きっと上手くいったのだろう。「じゃあ練習しなくちゃね」という梨子の声は、とても嬉しそうだ。「2曲分あるんだから、頑張らないと」と応える曜の声も。
ようやく、また走り出せる。立ち止まってしまった分の遅れはすぐに取り戻せる、という確信がある。だって、こんなにも自分たちはひとつになっているのだから。
朝陽に背を向け、千歌は1日の始まりを最高の気分で迎える。ラブライブと学校のために駆け出す始まりを。
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