ラブライブ!サンシャイン‼︎ feat.仮面ライダーアギト   作:hirotani

94 / 160
第4話

 

   1

 

 手帳に書き留めておいた住所と建物名を、車を停めたアパートの名前と照らし合わせる。サンライズハイツ。ここで間違いなさそうだ。件の部屋番号のプレートがあるドアの前でインターホンを鳴らすと、中から「はい」と弱々しい返事が聞こえてくる。

「津上さん、氷川です」

 そう言ってしばらく待ってみるが、一向にドアは開けてもらえない。そういえば体調があまり優れない、と聞いた。ノブに手をかけると、鍵が掛けられていないらしくすんなりと開く。

「お邪魔します」

 中に入ると、翔一は奥のベッドで横になっていた。

「氷川さん、どうして?」

「千歌さんから頼まれまして」

「千歌ちゃんが?」

「ええ、君がアンノウンに狙われているので護衛をしてほしい、と頼まれまして」

 「いえ、結構ですから」と翔一は撥ねつけるように言う。こんな彼を見るのは初めてだ。

「下手をすると、氷川さんまで巻き添えになることになります」

 巻き添えもなにも、これまでアンノウンと戦ってきたのだから今更な心配だ。それに、たとえG3-Xの装着員にならなくても、誠は翔一の護衛を引き受けただろう。

「僕は警察官です。人の命を守るのが仕事です」

 そう告げる誠を、翔一はベッドからまじまじと見つめてくる。

「ひとつ、訊いてもいいですか?」

 ベッドの脇に無造作に置かれている椅子に腰かけ、「何でしょう?」と質問を促す。

「氷川さんは何故アンノウンと戦っているんですか?」

「命を守るのに理由なんかいりません。当然のことです」

 警察官であること以前に、この法治国家で生きる者であれば当然のことだ。命とは生きるためにある。生かすために戦う。理由を強いて挙げるとしたら、戦う術を与えらえた者として「生」を背負うことが、誠の使命だからだ。強くそう思うようになったのは、「死」を背負っていた者との戦いを経てからだが。

「強いんですね、氷川さんて」

 誠からしてみれば、翔一のほうが強く生きているじゃないか。野菜を作って料理を振る舞って、生きることは美味しい、と人生を無条件に素晴らしく思える彼が羨ましい。アンノウンに襲われたことがトラウマになっているのか、今の翔一はとても小さく視えてしまう。

「何馬鹿なこと言ってるんです。それよりどうですか。君の具合が悪いと聞いて、こんなものを持ってきましたが」

 来る途中、スーパーで買ってきたイチゴを袋から出して見せる。でも翔一は無言のままパック詰めされたイチゴをぼんやりと見つめている。

「嫌いですか?」

 子供の頃、風邪を引いて食欲がないときは母親がよくイチゴやリンゴといったフルーツを食べさせてくれた。フルーツは栄養満点で、少量でも食べれば元気になると母が得意げに言っていたから、誠にとって体調不良のときの栄養食はフルーツなのだが。

 でも杞憂だったらしく「いえ、いただきます」と翔一は答え、

「牛乳と砂糖をかけてもらえますか?」

 「はあ……」と応じながら、誠は主の顔を知らない部屋を見渡す。

「でも、良いんですか? お友達の家だそうですが、勝手に台所のものを使って」

「良いんじゃないですか? 少しくらい」

 まあ、翔一がそう言うなら。仕事で忙しく食事も外食が殆どだから、台所に立つなんていつ振りだろうか。そういえばこちらに転居するときに鍋やらフライパンやら調理道具を一式揃えておいたのだが、最後に使ったのはいつだったか思い出せない始末。

 少し不安はあったが、差し当たる問題はなかった。何せイチゴをパックからガラスの器に入れて牛乳と砂糖をかけるだけ。散々不器用と言われた誠でも、これくらいの調理はできる。翔一からすれば調理ですらないのかもしれないが。

「どうぞ」

 差し出した翔一は器に盛られたイチゴを見ると、不満そうに口を尖らせる。

「潰してくれないんですか? イチゴ」

 何て注文の多い人だ、と思ったが、病人相手だと割り切り、

「分かりました、潰しましょう」

 スプーンの腹でイチゴを潰そうとするのだが、

「結構硬いな………」

 なかなか赤い果肉は潰れない。もっと熟したものを買えば良かった、と思ったのだが、考えてみれば誠にイチゴの熟し具合なんて見たところで分からない。じれったくなり一気にスプーンに力を込めたら、するん、と滑った拍子にイチゴが器の縁から零れてしまう。

「貸してください。やっぱり自分でやりますから」

 と見かねた翔一が誠の手から器を奪い取る。スプーンの腹をイチゴに押し付けようとしたところで、器は翔一の手から滑り落ちて床に潰れかけたイチゴと砂糖の溶けた牛乳を撒き散らしてしまう。

「………珍しいですね。津上さんがこんな………」

「………そういう時もありますよ」

 それだけ言って、翔一はベッドで布団を被ってしまう。これは聞いていたより重症みたいだ、と誠は溜め息をつき、床に零れたイチゴを拾い集める。床を雑巾で拭き終えたところで、スマートフォンが鳴った。画面に表示された小沢の名前から、まさか、と思いながら通話に応じる。

「はい氷川ですが」

『一般市民からの通報よ。アンノウン出現』

「分かりました、すぐに行きます」

 通話を切ったところで、翔一が「アンノウンですか?」と訊いた。

「ええ、すみませんが現場に向かいます。戸締りはしておいてくださいね」

 早口で言って、翔一からの返事も待たず玄関を飛び出し、アパート前に停めた車を走らせる。

 

 

   2

 

 装備一式を身に纏い、ガードチェイサーのサイレンを鳴らしながら現場へ急行する。道行く車は警察車両に道を開け、時折無視して走行し続ける車もあるが小回りのきくバイクで容易にすり抜けていく。

 小沢によればアンノウンは目撃された富士見町から大岡へ移動したと見られている。マスク内ディスプレイが、衛星が観測したアンノウン特有の熱源をマップ上に表示する。何度もアンノウンとの交戦を経て、警察はアンノウンの体温が生物としては異常なほど低いことを発見した。小沢がG3を運用していた頃からのサーモグラフィ記録を洗い出してくれた際に気付いたことだ。

 熱源を追って変電所に辿り着く。無数の鉄塔とアース線が張り巡らされた施設の入口付近で、男女がカマキリのようなアンノウンから逃げている。男のほうは怪我をしたのか、女性に肩を借りていた。そのせいか足取りはかなり遅く、アンノウンとの距離は縮まっていく。

 男が女性を乱暴に払いのけた。女性が日本人離れした金髪だから無意識に目が向いて、G3-XのAIが反応して女性の顔に焦点を当ててズームする。

「小原さん⁉」

 その女性は、浦の星女学院の小原鞠莉だった。腕を跳ねのけられた鞠莉はそれでも再び肩を貸そうとするのだが、男は「逃げろ!」と怒鳴り声を散らす。

《推奨 一般市民の救出》

 AIに言われなくても分かっている。『GM-01アクティブ』と小沢からの発砲許可を得て、誠はガードチェイサーのハッチから銃を取り出す。

 精密な射撃で敵の背中に全弾命中させる。アンノウンはほんの少し前のめりになり、こちらに気付いて昆虫なのか哺乳類なのか分からない肉体を向ける。

 だがアンノウンはこちらには向かってこず、変電所に立ち並ぶ鉄塔の群れに身を隠す。すかさず後を追いGM-01を構えるが、銀色の鉄に満ちた施設に、緑色のカマキリ人間らしきものは見当たらない。ふと視線を向けると、鞠莉と男は拙い足取りで施設から離れていく。男のほう、どこかで見たような気がする。ディスプレイをズームさせようとした時、ぴちゃり、と水が滴るような音が聞こえた。

 目を向けると同時、胸部装甲が衝撃と共に火花を散らす。衝撃に体を持っていかれた際にGM-01を手から零してしまった。さっきまで誠が立っていた場所、そこにはもう1体のアンノウンが立っている。まるでクジラのような全身を濡らし、手には長い錫杖を持って。

《推奨 GX-05使用》

 AIの指示をモニタリングしている小沢も見てか、使用許可が下りる。

『GX-05アクティブ』

 誠はすぐさまガードチェイサーへ走り、ロックの外された武器にコードを入力する。

《解除シマス》

 バレルを展開し、アンノウンへ照準を合わせると同時にトリガーを引く。発射された弾丸は全弾がアンノウンに命中している。敵の体はハチの巣にされ、とても歩いていられる状態ではないはずだ。

 だが、そのアンノウンは悠然とこちらへの歩みを止めない。その体は文字通りハチの巣状態だ。隙間なく穴が空けられ、開いた穴からは透明な水が血のように流れている。

 弾丸が尽きた。攻撃が止むと、敵の体に空けた穴が塞がっていく。ものの数秒足らずで、元の端正な筋肉を纏った肉体が蘇った。

 弾倉を替えようとしたとき、アンノウンのかざした手から水流が放たれる。その圧力に誠の体が大きく投げ飛ばされ、金属音を打ち鳴らしながら地面に叩きつけられる。また武器を離してしまった。武器を失ってか、AIも戦闘は不利と判断したらしい。

《推奨 撤退》

 起き上がろうとした誠の胸を、アンノウンは容赦なく踏み付ける。その顔にある大きな両眼は、どこかアギトに似ていた。

「人間もこれほどの力を持ったか」

 慈悲なんて微塵も感じられない声で呟くと、アンノウンは錫杖の先に付いた刃を誠へ向ける。水に濡れた刃が鋭く光ったのだが、アンノウンは戸惑ったかのような吐息を漏らし武器を引く。

「お前はアギトではない。アギトになるべく人間でもない」

 一体、何を言っているんだ。疑問を投げたいが、痛みで声が出ない。アンノウンは誠の胸から足を退け、踵を返して去っていく。その背中に銃口を向けようにも、もはや誠のコンディションは戦闘を続行できる状態ではなかった。

 

 敵の気配が消えた。それは唐突に、一切の余波も残すことなく。鞠莉もそれを悟ったのか、足を止めて涼を道端にゆっくりと降ろす。固い塀だが、背中を預けられたことで幾分は楽になった。まだ体の節々が痛むが。

「何で逃げなかったんだ………」

 息も絶え絶えに涼は自身を置いて行かなかった少女に訊く。鞠莉は真剣な眼差しで涼を見つめながら「訊きたいことがあるから」と即答し、

「あなた、葦原和雄さんの息子さん?」

 どうして父の名を、と一瞬思ったがすぐに思い出す。鞠莉もあかつき号に乗っていた。なら父との面識があってもおかしいことじゃない。「ああ」と答えると、鞠莉は悲しそうな表情を俯かせ独りごちる。

「あの船にいなかったあなたにまで………」

 彼女は知っているのだろうか。事の全てを。

「あんたは知っているのか? あかつき号で何があったんだ?」

「………あいつが、あのアンノウンがあかつき号を襲ったの。そのせいでわたし達は………」

 鞠莉の声は震えていた。彼女の言葉が真実なら、あの水のアンノウンは間接的だが父の仇ということになる。恐怖を植え付けられ、逃れるために当てもなく彷徨い続け、最期はひとり寂しく死んでしまった父。あれのせいで俺たち親子は人生を狂わされたというのか。

 湧き上がる怒りのお陰だろうか。痛む脚に力が入り、よろけながらも立つことができる。歩き出す涼に鞠莉は尚も「ねえ」と、

「果南からあなたのこと聞いたわ。どうして今まで果南に会わなかったの?」

「果南を守るためだ」

 即答しながら、涼は歩みを止めない。千鳥足だからすぐ鞠莉に追いつかれてしまうが、それでも逃げるように歩き続ける。

「俺が傍にいると、果南も巻き添えになる。あいつが幸せに生きていくために、俺は消えなきゃならないんだ」

「それでも、果南はあなたに会いたがってた」

 鞠莉の口から発せられたことに、思わず足を止めてしまいそうになる。鞠莉の言葉は止まることなく、涼に突き刺さるように並べられていく。

「あなたにもう1度会いたいから、あなたを蘇らせるために力を使ったの。果南を守るために果南に会わないなんて、そんなのあなたの自己満足じゃない。あなたは果南から逃げているだけよ」

 高校生の子供にここまで言われるなんてな、と自分の情けなさに溜め息が出る。痛い所を突かれて激昂する気力もない。

 逃げたことは認める。俺の抱える運命に巻き込みたくないから、なんて言っておきながら、本当は彼女に醜く変貌する自身の姿を見られるのが怖いから。彼女を守り切れず、失ってしまうのが怖いから。俺にはもう果南しかいない。彼女の存在そのものが、俺の生きる理由だ。たとえ、それがほんの一時しのぎに過ぎないとしても。

「あんたは、俺に資格があると思うか? 果南の傍にいる資格が」

「それは………」

 鞠莉は答えあぐねる。結局のところ、これは涼と果南の問題だ。気遣いは嬉しいが、鞠莉が決めることじゃない。

 歩き続ける涼を、もう鞠莉は追ってこなかった。

 

 

   3

 

 あの星空の中から、ひとつでもアイディアになって降ってこないかな。

 夜空に煌々と散らばる星々を屋根の上からぼんやりと眺めながら、千歌はふとそう思ってしまう。勿論、そんなことあるはずがない。上を向いて口を開けて待っていても、天から与えてくれるほど世の中は都合よくできていない。

「千歌ちゃん」

 隣家のバルコニーから梨子の声が聞こえてくる。

「翔一さん、まだ帰ってきてないの?」

「うん、ちゃんとご飯食べてるかなあ?」

 隠しているつもりはなかったのだが、翔一の不在は早くも知られた。毎日野菜のお裾分けでご近所付き合いのあった翔一が、近ごろは姿を現さない。その違和感に梨子は気付いていて、訊かれたら正直に彼の不安を千歌は打ち明けていた。

「想像できないわ。あの翔一さんが落ち込むなんて」

「まあ、初めてじゃないんだけどね………」

 ここまで長引くことになるなんて、千歌にとっては予想外だった。家事の担い手がいなくなった高海家の家事は姉妹で分担してやり繰りしているけど、やっぱり翔一の作った食事が恋しい。

「わたし、何となくだけど翔一さんの気持ち分かる気がする」

 「え?」と声を漏らす千歌に、梨子は不安げな瞳を向けながら、

「わたしもね、正直怖いの。自分の力が」

 そう言って梨子は自分の手を見つめる。ピアノをやっていただけあって、細い指には傷ひとつない。

「ずっと自分のこと普通だと思っていたのに、あるはずのないものが視えたり、人を蘇らせるほどの力があるなんて。力を使っても信じられない。というか………、信じたくない、かな」

 お前に力はない。涼を蘇らせた屋敷の主人からそう告げられた千歌からすれば、梨子の力は羨ましい。Aqoursのなかで、千歌だけに力がない。千歌だけが、本当の意味で「普通」の人間。その羨望はずっと裡で燻り続けている。

 でも、持っている側の梨子はその力への恐怖を感じている。理解してあげたいのに、千歌では真に理解することができない。

「きっと他の皆や、翔一さんも同じなんだと思う。わたし達が蘇らせたあの人も。まるで、これまで自分だ、て信じてきたものが丸ごとひっくり返されたみたいで、自分が自分でなくなっちゃうみたいで………」

 語る梨子の手は、微かに震えている。震えを抑えようともう片方の手で包み込む彼女に、「梨子ちゃん………」と続きの言葉が見つからない。

「ごめんね」

 ぱ、と明るい表情に変わった。

「それよりも、今は他に考えなきゃいけないことあるでしょ?」

 そう、翔一や力のことは、正直なところ千歌の手には負えないし、涼や誠に任せるしかない。説明会かラブライブか。目下の問題は千歌たち自身で解決しなければならないし、しかも早いうちに案が必要になっている。

「ああ、何か良いアイディア出てこないかなあ」

 頭を掻きむしってぼやく。

「うるさいわよ」

 と梨子から注意され、「だって……」と子供のように講義してみるが梨子からは溜め息を返され、

「気持ちは分かるけど、いつまでも悩んでる時間は無いわ」

「だよね………。梨子ちゃんはどっちが良いと思う?」

 「そうね……」と梨子はしばし逡巡する。

「ラブライブに出て輝きたい。輝いてみたい、てスクールアイドル始めたけど………」

「それができたのも、学校があったから。浦の星があったから」

「そうよね………」

 スクールアイドルとは、名前の通り学校を背負うアイドル。全てのスクールアイドルは通う学校があってこそ生まれ、活動できる。浦の星女学院があったからこそ、Aqoursは生まれた。9人のメンバーが集まったのは、あの丘の上で内浦を見守るように建つ校舎があってのもの。

「あーあ、何で同じ日にあるんだろう。体がふたつあればなあ」

 屋根の縁から投げ出した手に、梨子が手を伸ばしてくる。

「やっぱり選べない?」

 「そりゃあ、ね」と答えながら手を伸ばす。あの時、梨子がスクールアイドルになる選択をしてくれた時みたいに届かない。無理に触れようと手を伸ばせば、千歌の体は屋根から真っ逆さま。

 無言のまま互いに手を伸ばしていたことが可笑しくなって、ふたり揃って笑みを零す。別に、直接触れ合わなくてもそれは大した問題でもない。いつだって繋がっているのだから。

「もうひとつだけ方法はあるけど――」

 「本当⁉」と身を乗り出そうとした拍子に、危うく落ちそうになって必死に縁の瓦にしがみつく。

「で、何なに?」

 体勢が落ち着いたところで改めて訊くと、額に冷や汗を浮かべながら梨子は呆れ気味に答える。

「つまりわたし達はひとりじゃない。9人いる、てこと」

「9人?」

 

 うっすらと浮かびつつある意識の中で、粗い息遣いが聞こえた。重い目蓋を開いてベッドから体を起こすと、椅子にもたれかかった涼が顔中に玉汗を浮かべて粗い呼吸を繰り返している。

「大丈夫ですか? やっぱりあいつに………」

 「大したことない」と涼は苦しそうに答えた。話すのも億劫そうだ。敵の気配はもう感じられないが、倒されたわけじゃないことは分かる。きっと、水のエルに手ひどくやられたんだな、と分かった。

 俺も一緒に戦えたら。そんなことを考えてみるも、果たして自分が力になれるだろうか。水のエルを前にして、恐怖でまともに戦えなかった自分が。一緒に行ったところで、涼の足手まといになるだけ。今度こそ水のエルに殺されてしまうかもしれない。最悪の場合は涼も。

 いや、本当に最悪な場合とは、千歌たちが犠牲になってしまうことだ。離れたからといって、それが本当に根本的な解決にならないことは分かっている。彼女たちにも魔の手が及んでしまう可能性もあるというのに、本当に傍にいるべき時にいられないなんて。

「葦原さん………」

 翔一は尋ねる。翔一と同じ力と苦悩を持つ、涼にしかできない質問を。

「俺たち、これからどうやって生きていけば良いんでしょう? 俺、今までずっとアンノウンと戦ってきたけど、何か自信なくしちゃって………」

 力があるのに戦えないなんて、そんな俺に何ができる。これからどうやって生きていけばいい。こっちの都合なんてお構いなしにアンノウンは人々を襲う。その度に翔一の裡に宿る「アギトの力」は戦いを強いる。

「大体アンノウンて、一体奴ら何なんですか?」

「奴らは、アギトになる人間を狙ってると言っている奴がいたが………」

「どういう事ですかそれ? 俺らみたいな人間がもっと増えていく、てことですか?」

 口調が荒くなっていく。

「分からない、俺にも」

 アンノウンはアギトになる人間を狙う。それが何を意味するのかは分からないが、翔一にはそれが事実と受け入れることができる。アンノウンが現れた時に走る戦慄。ぴり、と脳内を駆け回っていくような衝撃。時折はっきりと、それが誰かの「叫び」と認識できる瞬間があった。

 ああ、そういうことか。

 あの叫びは、いずれ翔一や涼と同じ存在になる者が発するSOSだったということ。アンノウンに対抗できるほどの力を備えた翔一は今まで、同胞たちの助けを求める声に導かれてアンノウンのもとへと向かっていた。

 だとしても、何故俺なのだろう、という疑問が裡に渦巻いていて、灰汁まみれの煮凝りのように固まり鎮座している。自分以外にもアギトになる人間がこれから増えていくのであれば、戦うのは自分じゃなくてもよかったはずなのに。戦いを経るごとに人間から離れていって、そのせいで怪物から狙われて。大切な人たちの居場所を守ることのできる、誇りとも思える力だったのに、今はとても煩わしい。

「お前の気持ちは分かる。俺も普通の人間でいたかった」

 力があるからといって、心まで強くなれるわけじゃない。涼だって、裡から目覚める力に戸惑い苦しみ続けたことは、聞かなくても分かる。涼はきっと、力に目覚めたせいで多くのものを失い続けた。もう戻らないものへの未練が、彼の哀しい瞳から窺える。

「でも俺は自分を哀れんだりはしたくない」

 それでも涼は、強く告げる。

「俺が今の俺である意味を見つけたい。いや、俺が俺である意味を必ず見つけなければならないんだ」

 何て強い人なんだろう、と思った。力に苦しめられても、涼は前へ進もうとしている。課せられた運命を拒絶せず、その「意味」を問い続け受け入れようとしている。

 俺に、こんな強さが持てるだろうか。ただ力に従って戦ってきて、勝てない敵が現れたら尻尾を巻いて逃げ出すような俺に。

 俺が俺である意味。十千万やAqoursの皆。記憶もなく、人でもない俺を受け入れてくれた人たちの居るべき場所を守る。それが揺るぎない戦う理由であって意味だった。

 その意味を、俺は自分から捨ててしまったんだ。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。