※ハーメルンが先行掲載となります。
「はーい、入ってま―――って、うぇえええええ!? 誰だ君は!?」
先ほど私が来たとき同様に、誰も来ないはずの時間に扉が開いた事に驚いたDr.ロマンがビクッと大きく体を強張らせせて驚いている。
やって来たのは綾瀬と本日到着した一般枠最後の候補者である藤丸立香だ。
ちなみに、ハッキングした監視カメラの映像で彼女が入館後居眠りしてた事や、所長に平手打ちされたシーンを見ている。
綾瀬が私にじとっと、あきれたような、胡散臭そうな視線を向けている。胡散臭そうな目で見られるのは不本意だが、詳しい説明をせず、とにかくレイシフト実験がはじまる前にこの部屋にやってくるよう指示したからには受け入れるしかない。
私は軽く頭を下げて挨拶に替え、そのまま視線を手元のPC画面に戻す。
見られても困らないよう、〇chの掲示板を表示させたまま、裏では私のアーティファクトである電子精霊の千人長七部衆が集めたカルデアの真っ黒な情報を吟味する。
人理保障機関カルデアという、標高6,000kmの山に建てられた天文台という触れ込みの秘境にやってきたのは、自発的なものではない。
ここに来て良かったと思えるのは、自分の目で天空で煌めく光のカーテンであるオーロラを見れた事くらいだ。写真も撮ったが、流石にリアルタイムで『ちうのホームページ』にうpしようものなら、身バレする可能性があるから当分の間はスマホの肥やしにするしかない。
「実際、ロマンって響きはいいよね。格好いいし、どことなく甘くていい加減な感じがするし」
「はじめまして、ドクター」
Dr.ロマンと挨拶を交わす藤丸が怪訝そうな視線を私に向ける。部屋の本来の主に挨拶もしない私に文句の一つもあるのだろう。
あいつらの話が本当かどうか分からないからこんな僻地まで来るはめになったが、もしもカルデアが爆破された後に、あいつらが言うような人類が滅亡するような事態が起こらなければ、すぐ日本に帰れるのだから、積極的に交流する気はない。
「千雨さんは本当に引きこもり生活が板についてしまったです」
綾瀬はおおげさに深く溜息を吐きながら、オーバーリアクションで天を仰いだ後、マントの中から紙パックの『アケビ山椒ジュース』を取り出してストローに口をつける。
綾瀬をはじめとする同級生たちは私の事をガチの引きこもりと思っているけど、実際は結界で閉ざされた土地で無理矢理厳しい修行を強要されていたんだぞ。これで本当に事が起きたら嫌イヤだけど、起きなければそれはそれで私の数年間を返せと言いたい。
いや、神隠しに遭ってちゃんと週末は帰宅でき、非常勤の特別顧問としての仕事がある日も帰ってこれたのだからあまり文句は言えないのだが……。
「飲みますか?」
Dr.ロマンと藤丸にじっと見つめられているのに気づいた綾瀬は、欲しがっていると勘違いして別のジュースを手渡す。どれどれ、『一日分の野菜が採れる焼き鯖ジュース』と『杏キャビアジュース』か。
Dr.ロマンが綾瀬の被害を受けるのは自業自得だ。電子精霊が集めた情報にはカルデアに運び込まれた物資のリストも含まれている。レイシフトの適応者が希望した嗜好品を全て揃えたのは目の前の優男だ。今日、この日に関与するためとは言え、電子精霊を使ってデイトレードで稼いだえらい金額をスポンサーとして提供している私はムカつくけどな。こんあ物に散財しやがって! 綾瀬のゲテモノジュースを適応者への支給品として搬入させたのも目の前のコイツなのだから。きっと本人の好物である団子や和菓子を大量に紛れ込ませたのもコイツだ。その結果が、断れずに飲んでしまい変顔をするDr.ロマンというわけだ。
一口以上飲みたくないのか、Dr.ロマンが話題を変える。
「あぁっ、紹介しよう。
彼女はISSDA(国際太陽系開発機構)特別顧問にして、人理保障機関カルデアのスポンサーの一人でもある長谷川千雨さんだ。今回はカルデアに視察のためにやって来たんだ」
藤丸はDr.ロマンが最後まで言う前に驚きの声を上げる。
「ISSDAって、あの魔法と科学技術を融合させて宇宙開発してる組織ですよね!?
もしかして、長谷川さんも魔法使いなんですか!?
火星にも行った事はあるんですか!?」
「あー、藤丸さん。カルデアであんまり魔法とか言わない方がいいぞ」
一般候補枠であまり事情を知らない藤丸に一応軽く注意する。
「そうだね。ここカルデアは神秘を秘匿する魔術と科学技術を融合させた技術体系の組織でね。一般に公開されている精霊魔法とは別系統のものなんだ」
Dr.ロマンに続いて綾瀬も補足する。
「魔術師の方からすると、『魔法』という言葉には並々ならぬ思い入れがありまして、私たち精霊魔法の使い手は魔法使い(笑)なんて嘲笑されてますからね」
「選ばれた者しか扱えない上に、何百・何千年と一族で研鑽を重ね、神秘の秘匿を絶対とする魔術師の連中からすると、誰でも使える精霊魔法は専門性の違う同業他社というか……」
改めて説明しようとするとめんどくせーな。
「正義の魔法使いは非人道的な事をしでかす魔術師については敵視してますが、内に篭って研究してる魔術師については、なんとも思ってないです」
「よくある本家と元祖みたいな感じですか?」
藤丸は一般的にイメージされる魔女が被るようなとんがり帽子を自然に着こなす綾瀬を見ながら言う。カルデアで支給された魔術礼装の上からマントと帽子を被る綾瀬は、カルデア唯一の精霊魔法使いであるため、なんだかんだと目立っている。女性用の魔術礼装は胸が強調されるデザインだから、藤丸と比べてしまうと綾瀬の控えめなバストは涙を誘う。
もしかすると、藤丸はカルデアに来て早々ダメな連中とつるんでしまったと思っているのかしれない。
「あ~、まあとにかく仲が悪いって事だけ分かってくれればいいさ
ところで、君の肩にいるはマシュが話してた噂の怪生物?
うわあ、はじめて見たよ!」
Dr.ロマンは「マシュの想像上の見えないお友達かと思ってた」と呟きながら手なずけようとし、フォウに無視される。
フォウを初めて見た時は思わず固まったが、納得もした。妖怪の連中も見た目は可愛いのに、えげつない奴らがだったしな。
「ならボクと同類だ。何を隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ」
藤丸は一緒にするなと不満そうだが、間違いなくDr.ロマンの同類だ。
「もうすぐレイシフト実験が始まるのは知ってるね?
スタッフは総出で現場に駆り出されているけど、ボクはみんなの健康管理が仕事だから、やる事がなかった」
「コフィンに入った魔術師たちのバイタルチェックは機械の方が確実だしね。
所長に『ロマニが現場にいると空気が緩むのよ!』って追い出されて、ここで拗ねていたんだ」
満面の笑みを浮かべて綾瀬と藤丸を見た後、じとっと私を見るDr.ロマン。
「でもそんな時に君たちが来てくれた。
視察に来たはずなのに、一度施設を案内されたら、後は客室で引きこもっていた長谷川さんはカルデアの一大イベントであるレイシフト実験の立ち合いもせずに、ボクのサボり部屋にやって来てネットサーフィンしてるし……」
おい、お前らそんな目で私を見るな。
スキマ妖怪と超、胡散臭い二人から情報を元に、カルデアの監視カメラ映像を確認して最も安全そうな場所に避難しただけだぞ。
「所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして交友を深めようじゃないか」
「そうですね。でも、ここはDr.ロマンの部屋ではなく、わたしの部屋だし」
その後、Dr.ロマンが藤丸に人理保障機関カルデアの概要を説明したり、藤丸の疑問に情報公開できる範囲で麻帆良で建設中の軌道エレベーターやISSDAについて答えてた後、何故か話題が好きなアイドルに移る。
「ボクはバーチャルネットアイドルのマギ☆マリが大好きなんだ!」
Dr.ロマンがアイドルは2.5次元に限ると熱弁をふるう。
続けて綾瀬はアイドルではないが、TVでもよく露出しているネギ先生を挙げ、私は無難に最近売れている男性アイドルグループを答える。
「バーチャルじゃないけど、ネットアイドルと言えば、ちうって知ってます?」
藤丸の言葉にむせそうになる。
「もう十数年も続いてるコスプレネットアイドルですけど、いつまでたっても若いままですし、絶対に写真加工ソフト使ってますよね。
こういうのも2.5次元になるんですか?」
「加工してまで若く見せようとするのは2.5次元じゃないよ。
ババア無理スンナって言ってあげたいね」
おい、綾瀬! 正体を知ってるからってクスクス笑ってんじゃねー!
加工なんてしてねーよ!
年齢詐称薬使ってるだけだ!
ファンの大きいお友達はJCがストライクゾーンなんだよ!
ランキングを維持するためには仕様がないんだよ!
怒りに震えていると、カルデア顧問のライノールから連絡が入る。
Dr.ロマンは仕事を頼まれたにも関わらず、藤丸にライノールの紹介をしだした。さらに、続けてカルデア驚異のメカニズムを紹介する。おい、仕事はどうした。
「おしゃべりに付き合ってくれてありがとう。
落ち着いたら医務室を尋ねに来てくれ。今度は美味しいケーキくらいはご馳走するよ」
Dr.ロマンが部屋を出ようとしたところ、照明が消えた。
「緊急事態発生。緊急事態発生。
中央発電所及び、中央管制室で火災が発生しました」
緊急アナウンスに動揺したDr.ロマンがモニターに管制室の状況を表示させる。
映像を確認したDr.ロマンは私たちに避難を促すと走り出す。
「分かってる。マシュを助けにいこう!」
藤丸はフォウと意思疎通できるのか、駆け出す。
「放ってはおけません! 私も行くです!」
「もしも、あいつらの言う通りに事が運んで私がレイシフトされてしまった時は、観測頼んだ」
一人残された私は、電子精霊に指示を出しながら遅れて管制室に向かう。
最悪だ!
事前に知らされてたけど、本当に起こるなんて最悪だろ!
八雲紫に拉致されたのも!
古明地さとりに前世を想起させられて死に様を思い出させられたのも!
前世があんなに我儘で短絡的で自分勝手だったのも、いくら私が転生同位体だからって、平行世界の生きてる私を師匠として修業させられたのも本当に最悪だ!
同族嫌悪でイライラさせられっぱなしだったし!
大体、なんで大学卒業後に無理矢理前世を思い出させられて異能力を持たされるんだよ!
異世界転生なら普通、子供の頃に思い出してチートするもんだろ!
子供の頃から力があれば、あんな思いもせなくても済んだのに!
あ、やっぱり子供の頃じゃダメだな。すぐに学園にバレて魔法生徒として強制労働させられそうだし。
でも、魔法世界に放り出された時に力があればどれだけ助かった事か……。
Dr.ロマンと入れ違いで管制室に入る。
「システム レイシフト最終段階に移行します。
座標 西暦2004年1月30日 日本 冬木」
アナウンスを聞き流しながら、先に来たはずの綾瀬達を探す。
「ラプラスによる転移保護 成立
特異点への因子追加枠 確保
アンサモンプログラム セット
マスターは最終調整に入ってください」
見つけた!
綾瀬と藤丸は瓦礫に押しつぶされたキリエライトを助けようとしている。
「人類の痕跡は発見できません
人類の生存は確認できません
人類の未来は保証できません」
覚悟を決め、綾瀬達のそばに走る。
「レイシフト定員に達していません。
該当マスターを検索中。
発見しました」
「どうしたらいいですか……。ネギ先生と、のどかと、3-Aのみんなと救った世界が……」
綾瀬は茫然とつぶやいている。
藤丸はキリエライトの手を握りしめ、励ましている。
「マシュ、一緒にいるからね」
「適応番号47 綾瀬夕映
適応番号48 藤丸立香
適応番号暫定49 長谷川千雨
以上3名をマスターとして再設定します」
綾瀬とキリエライトが驚いて私を見る。
「アンサモンプログラム スタート
霊子変換を開始します」
ポケットに手を入れてパクティオーカードとスマホに触れる。予備バッテリーもある。
体が光の粒に変換されていくのを見ながら、ようやく本当に覚悟を決める。
「全行程完了
ファーストオーダー実証を開始します」
こうして、私の引きこもり生活を取り戻す物語が始まった。