俺がデュエルの余韻に浸っていると、上地がゆっくりと近づいてきた。
その表情はデュエル前に比べると少しばかり和らいでいるように感じる。
「約束は約束だ。仕方ねぇ。お前は俺に勝った。結衣ちゃんに近づくことを許そう」
上地は下を向きながら、やたら悔しそうに呟いた。
「いや、だから別に結衣はどうでもいいんだが……」
「遊佐! お前まだそんなことを! あの結衣ちゃんの綺麗な顔、さらさらな髪。そして、程よく整っているボディ……。どれをとっても素敵だと思わねぇか?」
「あ、あぁ……。まぁそうかもな」
確かに、容姿だけでいったらかなり綺麗な方だろう。
まぁただ……あの性格が全てを台無しにはしているが。
「お前だって隠す必要はないんだぜ? 遊佐。なぁ? どうなんだよ?」
上地は俺の肩に腕をかけながら問い詰めてくる。勘弁してくれ。
「はぁ。じゃあそういうことにしといてくれよ」
「なんだよツレねぇやつだなぁ……」
「それよりも、いいデュエルだったぜ。上地」
とにかく今はデュエルの余韻に浸りたい。
郷田さんとのデュエルもそうだが、やはり全力を出した中での拮抗したデュエルっていうのは勝っても負けても気持ちいいものだ。
「あぁ、そうだな。あそこまで燃えたデュエルは久しぶりだったぜ……」
「これで俺も特殊機動班員として認めてもらえたか?」
俺が上地に問うと、上地は急に笑いだした。
「おい、何がおかしい!」
「だってよ、郷田との入隊試験受かってるんだから当たり前じゃねぇかよ! それにお前とデュエルしてよくわかった。お前がどんな人だかな」
「どういうことだ……?」
「悪いヤツじゃねぇってことと……そしてなによりデュエル馬鹿だってことだよ!」
「おい、デュエル馬鹿ってなんだよ!」
彼の言い方はまぁ置いといて、俺に対する悪印象は改善されたみたいだ。
「間違いじゃねぇだろ? まぁ……お前なら……仲良くできそうな気がするよ」
上地はデュエルリングの天井を見上げながらぼそっと呟いた。
その表情はどことなく悲しそうだった。
「上地……?」
「おっとそうだ。上地って呼ばれるの気持ち悪いから、名前で呼んでくれ。正式な特殊機動班の仲間としてな!」
「わかった、なら俺のことも……」
「繋吾ぉ! これでいいだろ!」
急に自分の名前を大声で叫ばれて少し驚く。
こいつの母音を伸ばすような呼び方は変わらないんだな。
「びっくりしたじゃないか。それでーー」
「ちょっとあなたたち! もしかして……デュエルの特訓でもしてたんですか」
颯との会話を割り込み、突如響き渡る聞き覚えのある女性の声。
声の主を見ると結衣の姿だった。
「ゆ、ゆゆゆ結衣ちゃん!?」
おい颯……。ちょっと動揺しすぎだぞ。
にしてもデュエルの会話中じゃないだけまだ来るタイミングはマシってところだったか。
デュエルの最中にしていた結衣に関わる会話を聞かれていたら色々と誤解を招くところだった。
「せっかく特殊機動班について教えてあげたのに、私に内緒でこっそり特訓なんていい度胸ですね遊佐くん。それに、上地くんもなんで私を誘ってくれなかったのですか。せっかくのデュエル強化週間だと言うのに」
結衣は低い声で言いながら俺と颯のことを睨みつけている……。
「い、いや結衣ちゃん……。これはその……」
「私だけ省いての特訓なんて不公平です。何か言えない事情でもあるのですか?」
す、鋭い……。
結衣に対しては言えない事情なのは間違いないが、かといって言うわけにもいかない。
「そんなことは……ないけど……その……」
颯は完全に詰んでいるといった具合だ。
どうするか。何かごまかす嘘を……。
「図星みたいじゃないですか。さて、何を私に隠しているのですか。回答次第では、あなたたちのことを"チームワーク欠如要因"として開発司令部へ報告してもいいんですよ? そうすればあなたたちの評価は下がるばかりですね」
結衣の目を見る限り怒っている様子だ。
そして、どことなく俺たちのことを怪しんでいるような感じが見受けられる。
彼女なら本気で今から開発司令部へ報告することもやりかねない。
ここは、なんとか彼女をうまいことなだめなければ……。
「いや、待ってくれ結衣。これは……颯が結衣に案内役を押し付けて申し訳ないから、デュエルの特訓だけは颯が引き受けてくれるということで始まった話なんだ」
俺は必死さを出しながら結衣へ説明する。
颯は俺の方を向きながら、こっそりグッジョブを送っていた。
「そ、そうそう! 繋吾くんもぜひデュエルの特訓をしたいってことだったから……。結衣ちゃん疲れてると思ってさ! 俺が声をかけたんだよ!」
「へぇー……。人への説明だけで私がそんなに疲れると思いますか? デュエルの特訓くらいなら私にとってはどうってことありませんし。というかそれなら上地くんに案内役をやってほしかったのですけれど」
「ご、ごめんよ結衣ちゃん……。俺が勝手に変な気をつかっちゃって」
颯は苦笑いしながら答える。
「つまり……上地くんはデュエルがしたいがために、わざと案内役を断ったってことですか?」
「そういうつもりはないんだ! ほら、俺説明とか下手だろ? 結衣ちゃん!」
「まぁ……。確かにあなたは特殊機動班来てそんなに経ってないですし、このどうしようもないホームレスさんの案内役としては、不十分といったところですかね」
結衣のさりげない痛烈な発言に、颯は頭をかきながら苦笑いをしていた。
それにしてもだ。ここまでの話を要約すると結衣は"デュエルの特訓をやっているのであれば、自分も一緒に参加したかった"ってことだよな。
それで怒っている原因としては、"自分の知らないところで勝手に話が進んでいて省かれたと思い不満がある"といったところだろう。
「結衣に連絡入れてなかったのは悪かったが……。つまり結衣は俺たちとデュエルがしたかったことだよな。なら今からデュエルするか?」
思ったことをストレートに結衣に言ってみると、結衣は少し顔を赤くしながら怒ったように口を開いた。
「え……ち、違います! 班内でのデュエルの特訓があるのであれば、私も参加するべきだという話です! 私が自ら進んであなたなんかとデュエルなど……」
どうやら結衣は意地でも自分の"わがまま"という風にはしたくないらしい。
「素直じゃないなほんとに……」
「……遊佐くん。何か言いましたか?」
非常怖い顔をしながら結衣は俺のことを睨みつけている……。
これ以上言ったら本気で怒られそうだ。
「ま、まぁ結衣ちゃん! 別に結衣ちゃんを仲間外れにするつもりはないんだ! 結衣ちゃん忙しいと思って!」
「はぁ、とにかく事情はわかりました。あなたが気遣ってくれたことは、素直に感謝することとします」
「へへっ……」
おい、顔がニヤついているぞ颯。
ひとまずはまぁ……これでなんとかなりそうだ。
「あ、そうそう。明日もここで特訓やるつもりだからさ、結衣ちゃんもよかったらどう?」
「あら、そうなのですか。せっかくですし行かせていただきます」
「もちろん繋吾、お前もだから忘れんなよ」
「え? あぁ、わかった」
そんな話今初めて聞いたぞ。
だが、デュエルできる機会なら断る理由もないな。
「それじゃ先に失礼しますね。なんか妙に疲れましたので」
結衣は呆れ気味にそう言うと、デュエル訓練場を去っていった。
「またねー、結衣ちゃん」
俺と颯は結衣に手を振りながら、彼女がデュエル訓練場を出ていくのを確認すると、安堵したかのように振っていた手を降ろした。
「おい、繋吾。あんまり結衣ちゃん怒らせるようなこと言うなよ……」
「すまん、つい本音が……」
「まぁわからんでもないけどな」
どうやら颯のやつも結衣には苦労してるみたいだな……。
彼女のその性格を知った上で、本人は好んでいるってことか。
「結衣ちゃん。あれでも寂しがり屋なんだよ」
「ん? そうなのか」
「あぁ。その割にはいつも一人で突っ走っていっちゃうから、難しいところなんだけどな」
確かにあんまり人とつるんで行動するって感じのやつには見えないな。
なんというか……周りの人からするとエリートゆえに話かけづらいってところもあるかもしれない。
「だからよ、繋吾。お前も結衣ちゃんには気軽に声かけてやってくれよ。嫌そうな反応されるかもしれねぇけど」
「まぁ……大体文句ばかり言われてるけどな」
「確かに結衣ちゃんは人を突き放すような性格かもしれないけど、それでも内心は寂しがってると俺は思ってるんだ」
その気持ちは少し分かる気がする。一人でいるって言うのは寂しいものだ。
俺も路上生活時代にその孤独っていうのを痛いほど味わった。
誰も助けてくれない、話さえしてくれない孤独。自分を強く保ち続けなければ生きていけないのが孤独の世界だ。
「お前……意外としっかり結衣のこと見てるんだな」
「意外とはなんだよ! 俺の結衣ちゃんへの思いは本気なんだぞ!」
「それはわかってるよ。まぁ、結衣のことは俺も気にかけてみるよ」
「あぁ、頼むぜ? それと……今日は悪かったな」
颯が突然真面目な表情をすると俺に頭を下げる。
急にかしこまってどうしたんだ……。
正直、俺からしてみると今更な感じもするが。
「俺はいきなり特殊機動班に入ってきたどこのやつともしれないお前が、みんなにちやほやされるのがちょっと羨ましくてな。つい悪いことも言っちまってた」
「気にしないでくれ。それに特殊機動班に入るからにはちゃんとお前とも話をしておきたいと思っていた」
「へっ、あんだけ自分のことを悪いように言ってたやつと話したいなんて珍しいやつなんだなお前は」
「しばらくまともな会話できるような人間すらいなかったからな……。居場所があるだけでもありがたいよ」
「ホームレスってのも楽じゃねぇんだなぁ……」
そりゃあ楽じゃない。俺だって望んでやってたわけじゃないからな。
毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ。
「ただよ、繋吾。今回のデュエルでお前がいきなり"ここ"へ来たわけじゃなくて、今までちゃんと"努力"してきてるんだなってのがわかったんだよ」
「努力か……。どうなんだろうな」
「お前のデュエルにかける思い。そして、最後まで何が何でも諦めない根性。あれは普通の人間じゃなかなかできるもんじゃねぇよ」
言われて思ったが、それも路上生活で身に付いたものかもしれないな。
毎日空腹を耐え切る忍耐力や、過酷な環境を生き抜く根性。俺の5年間の路上生活も無駄ではなかったということだ。
「ハハ、あんまり褒められたことないからどんな反応していいんだか……」
「おいおい、また調子に乗るんじゃねぇぞ? さぁて、今日はいいデュエルもできたことだし、そろそろ部屋戻ってデュエルのレポート作ったり、明日の準備とかするかな」
「デュエルのレポートなんて作っているのか?」
「あぁ。デュエルの強化週間じゃ別に作る必要はないけどな。任務で出撃した時とかは、任務内容を記録して提出することになってるんだ。まぁ自己分析も兼ねて作ってる」
自己分析か。デュエル内容を振り返ることで自分のデッキの改善点が見つかったり、プレイングの見直しができるかもしれない。
「なるほどな。今度俺も作ってみるよ」
「まぁ、入隊したばっかなんだからしばらくは無理に頑張らなくてもいいと思うぜ? 特殊機動班は忙しい時期とそうじゃない時期の差が激しいから、こうやってのんびりできるのも今のうちだしな」
任務が始まってからの活動はまだ俺には検討もつかないが、やはり任務に備えて自分の実力は上げておきたいところだ。
自分なりに特訓なりデッキ調整はしっかりやっておこう。
「あぁ、しばらくは自分のペースでやらせてもらうよ」
「そうだな! んじゃあ明日の特訓忘れずに来いよ! 次はお前に勝ってやるからな、覚悟しとけよ!」
「俺も負けるつもりはない。全力で相手させてもらうよ」
「へっ、望むところだぜ。それじゃあな!」
俺と颯はお互いに手を振り別れると、各々デュエル訓練場を後にした。