ーー翌日。
既に日は沈み、時刻は21時を回ろうとしている。
俺は例のマンション付近の建物脇に止めた車両の中で、静かに出撃の時を待っていた。
あたりは暗く街灯もあまりないような場所だったが、夜間出撃用に支給された暗視ゴーグルのおかげで視界は良好だった。
「一樹、状況はどうだ?」
車内から聞こえるのは赤見さんの声だ。
俺たち特殊機動班は偵察警備班より定期的に現地の状況連絡を受けている。
「そうか、変わりないか。ありがとう」
赤見さんは宗像班長と思われる人との通話を終えて、デュエルウェポンから顔を遠ざける。
しばらくの沈黙。
こう待っている間というのは非常に時間が長く感じるな。
やがて、デュエルウェポンの時計は21時の時刻を表示させた。
「いくぞ!」
赤見さんはそう声を上げると、車の扉を開き、小走りで建物の壁をつたうように移動し始めた。
俺たち班員も赤見さんに続くようにして移動を始める。
少しずつ周りの状況を確認しながら進んでいくと、やがてマンションの裏口にあたる細い通路に差し掛かった。
俺たちは姿勢を低くし、中腰の姿勢でその通路を突き進む。
すると、今回の目標である大きな倉庫へとたどり着いた。
偵察警備班の情報のおかげで、ここまでは敵に見つかることもなく順調に進むことができた。
このままアジトまで侵入できれば、うまいこと先手を打てそうだな。
この倉庫の正面には大きな扉があり、固く閉ざされていた。
郷田さんが開けるべく倉庫の扉に手をかけたが、どうやら鍵がかかっているようで開かない様子だった。
「鍵かよ……。無理やりこじ開けてやるかぁ!」
「待て、郷田。これだ」
扉に向かって今にもタックルしそうな郷田さんを赤見さんが止めると、腰に装着されたデッキホルダーから1枚のカードを取り出した。
「なんだそのカードは?」
「これは【キーメイス】のカードだ。このカードには閉ざされているものを開ける力が宿っている。来い、【キーメイス】」
赤見さんが【キーメイス】のカードをデュエルウェポンにセットすると、大きな鍵を持ったピエロのような精霊が出現した。
「この扉を開けられるか? 【キーメイス】」
その言葉を聞いた【キーメイス】は小さく頷くと、自らの持つ鍵を扉に向けてかざした。
すると、その扉から開錠したような音がし、ゆっくりと扉が開き始める。
すごい、デュエルウェポンを駆使することによって、ただ戦うだけじゃなくてこういうこともできるのか。
「よし、すまなかったな【キーメイス】。先を急ぐぞ」
赤見さんはデュエルウェポンから【キーメイス】のカードを取り、再びデッキホルダーへと戻すと、倉庫の中に入り込んだ。
続けて俺たちも倉庫の中へと侵入する。
中にはスコップや長靴といったものから、大きな棚に積み込まれたタイヤ等、様々なものが収納されていた。
一見抜け道のようなものは見受けられないが、一体どこに隠されているんだろう。
気が付くと班員のみんなは近くの棚を調べたり、置かれている荷物を引っくり返してみたりと倉庫内の調査を始めていた。
「遊佐くん。いつまでぼけっとしているのですか。早く手伝ってください」
「あ、悪い」
結衣に怒られながら俺も倉庫内の調査を始めた。
なんの変哲もない倉庫で、置いてあるものも特に変わったものはない。
仮に抜け道があるとしたら地下しかないだろうから、床に着目してみるが棚をどかしたりしても特に怪しい場所は見つからない。
もしかすると抜け道なんてものはないんじゃないか……?
徐々に俺の中で不安な気持ちが高まってきていた。
「赤見班長。どこにも抜け道なんてものないっすよ。アジトなんてものはない可能性は……」
最初に声を上げたのは颯だ。倉庫内は大体探し終わったし、そう思うのも無理はない。
「確かになぁ。これだけ探してもねぇんじゃこの倉庫はハズレかもしれねぇなあ。どうする赤見?」
「そうだな……。まだ見てないところはないか?」
まだ見ていないところか。この倉庫内は大体見尽くしたような気はするが。
「そうは言っても地下通路になってそうな怪しい場所は全部探し尽くしたぜ? あとどこを見りゃいいってんだ」
郷田さんの言うとおり床は大体調べ尽くした気がする。いや待てよ、地下通路とは言え必ず床になにかがあるとは限らないか。
俺はふとそう思い天井を見上げる。
すると倉庫の入口にあたる天井部分に、少しだけ色の違う部分があった。
「あの天井、妙だな」
ふと疑問を口にしてみると、みんなも天井を見上げ始めた。
「他の部分と少しだけ色が違う……? 気になりますね。では……来てください【ゴーストリックの駄天使】」
結衣はデュエルウェポンに【ゴーストリックの駄天使】をセットすると、ゴシックな服装をした天使が悪戯な笑みを浮かべながら出現した。
「あの天井について調べてください」
結衣がそう言うと、【ゴーストリックの駄天使】は翼を羽ばたかせながらその天井へと近づく。
【ゴーストリックの駄天使】はしばらくその天井を眺めていたが、にやりと笑みを浮かべるとその色が変わっている部分に手を触れる。
すると、その色が変わっている箇所が凹み、それと同時に倉庫の床の一部が動き始めた。
「なんだ……これは……!」
思わず驚きの声を上げてしまう。倉庫にここまでの仕掛けが用意されていたとは……。
やがて動きが止まると、そこには地下へ続く階段が続いていた。
「なるほど。そういうカラクリだったか。繋吾、結衣。よくやった!」
「いえ、それにしても手の込んだことしてくれますね」
「そうだな。だが、本番はここからだ。先に進むぞ!」
赤見さんを先頭にして、アジトと思われる地下通路へ俺たちは進んで行く。
見慣れない地下道、そしてアジトへの潜入という現実にどうも緊張してしまう。
俺の額からは自然と汗が流れているのが分かった。
周囲を警戒しながら20mくらい進んだ頃だろうか。やがて階段がおわり、今度は長い通路が見えてきた。
通路に差し掛かると電灯が設置されはじめ、暗視ゴーグルがなくても辺りが見渡せるようになってきた。
俺は暗視ゴーグルを取り外しながらこの通路を見渡してみる。
全体的に薄暗く、冷たい鉄の壁で覆われた通路。そして、一定の間隔で設置された蛍光灯。
まるでちょっとした刑務所のような……ずっとこんなところにいたら、少し気でもおかしくなりそうな場所だった。
できるだけ音を立てないように慎重に進んでいたが、通路の曲がり角へと差し掛かかった。
歩みを止めると、先導している赤見さんが曲がり角から先を覗きはじめる。
「ここから先にまず守衛室のようなものがあるな。そして、そこから先には通路の両側に部屋が張り巡らされている感じだ」
「おっし……!」
郷田さんが先に飛び出そうとするが、赤見さんがそれを無理やり止める。
「お、おい赤ーー」
「静かにしろ。頼むから今はまだ動くな郷田」
赤見さんは小声で郷田さんへ低い声で言った。
「あぁ……」
郷田さんは残念そうに呟くと、一歩後ろへと下がった。
「まずは私が守衛室の無力化を行う。終わったら合図を出すからその後は二手に分かれてそれぞれ左右の部屋の無力化を順次行っていこう。颯と結衣。通路の右側の部屋を頼めるか?」
赤見さんの問いに結衣と颯は無言で頷いた。
さすがに颯のやつもこういう時はいつものお調子モードではいかないようだ。
「私と繋吾は左側の部屋担当だ。合図が出たら郷田。好きにしていいぞ」
あれ、郷田さんって俺たちと同じグループじゃなかったのか。
今の発言だとフリーで行動していいよという風に聞こえたが……。
「わかったよ。ちゃちゃっとやってこいよ赤見」
「あぁ。それじゃあ行ってくる」
赤見さんはそう言うと低姿勢で駆け出していき、守衛室に接近し始めた。
曲がり角から赤見さんの様子を眺めていると、デュエルウェポンに3枚のカードをセットし始める。
するとそのうちの2枚、先日赤見さんが配っていた【しびれ薬】と俺を散々痛みつけてくれた【バスター・ランチャー】が出現した。
あの【バスター・ランチャー】、赤見さんのお気に入りなのだろうか。
すると、具現化した【しびれ薬】を【バスター・ランチャー】へ設置し始め、そのままその銃身を守衛室の窓口部へ置いた。
「よお、少しだけしびれてもらうぜ」
赤見さんはそう言いながら【バスター・ランチャー】を派手に打ち始めた。
【バスター・ランチャー】の発射スピードは尋常じゃない。避けるのは容易ではないのは、何発も受け続けた俺が一番よく知っている。
中にいるテロリストが悲鳴を上げる間もなく、【バスター・ランチャー】の発射音だけが響き渡る。
それと同時に守衛室の方からは蒸発しているような音が聞こえていた。きっと【しびれ薬】の音だろう。
一通り【バスター・ランチャー】を打ち終えた赤見さんは、1枚の罠カードを発動させると、守衛室の扉を開け中へと侵入を始めた。
あのカードは……【パルス・ボム】だろうか。あのカードを使えば……もしかすると電子機器を無力化することのできる電磁パルスを発生させることができるのかもしれない。監視カメラ等を無力化するのが狙いだろうか。
赤見さんが守衛室の中に入ってしばらく経った後、ここでデュエルウェポンを通じて赤見さんより連絡が入った。
「守衛室の無力化を完了。監視システム等は全て無力化した。突入を開始してくれ」
その連絡を聞き、俺たちは曲がり角から飛び出し通路を小走りで進み出した。
「おっしゃー! 派手に暴れてやるぜえ!」
郷田さんは俺たちを置いて勢いよく通路の奥の方へと向かっていってしまった。
これは作戦的には手前から順次やっていったほうがいいような気がしなくもないが……。
「あぁ繋吾。郷田のやつはいつもあんな感じなんだ。気にするなよ」
「そうなのか……」
颯が郷田さんの様子を不思議そうに見ていた俺に言った。
なるほど。郷田さんは猪突猛進なタイプなのかもしれないな。
「遊佐くん。赤見さんがついているとは言え、無茶は禁物ですよ。気をつけてください」
「あぁ、結衣、颯。お前たちも気をつけてくれ」
「言われるまでもねぇよ! んじゃあな!」
俺は結衣と颯に手を振ると、守衛室から出てきた赤見さんと合流した。
「繋吾。俺たちは左側の部屋を手前から順番に入っていき一つずつ無力化していくぞ。【しびれ薬】で手におえなさそうだったら、他のカードも駆使して対応してくれ」
「了解しました」
一応、デュエルはできるだけ避けろというのが赤見さんの作戦だったから、デュエル以外用のデッキといえばいいのかな。カードの束も用意はしてきた。
うまく相手に当てられるかが心配なところだが、頑張るしかないな。
「最初はあそこの部屋だ。いくぞ!」
守衛室から10mくらい離れたところに扉があった。まずはあそこの部屋からのようだ。
走る赤見さんの後に続き、俺はデュエルウェポンを構えながら後を追う。
そして、扉にたどり着くと俺と赤見さんはその扉に張り付く。
「合図とともに突撃するぞ。準備はいいか、繋吾?」
「はい」
手には既に【しびれ薬】のカードを準備してある。
やることは、突入と同時にカードをセットして、具現化した【しびれ薬】を相手に投げつける。
うまく当てられるかはわからないが、やってみるしかない。
「いくぞ!」
赤見さんが合図とともに力強く扉を開く。
中には人が1名……2名くらいだろうか。思ったより少なかった。
俺はすかさず【しびれ薬】をデュエルウェポンへセットすると、緑色の液体が入った瓶が目の前に出現した。
その瓶の蓋を外し、相手のテロリストへと狙いを定める。
思いっきり力を入れて投げようとしたが、投げる瞬間瓶から手が滑ってしまい、あさっての方向へと【しびれ薬】は飛んでいってしまった。
「あ……」
思わず呆気ない声を出してしまう。
まずい。
周囲を確認すると赤見さんは具現化させた【しびれ薬】を無事1名のテロリストに当てていたようだ。
だが、俺が狙っていたテロリストは俺たちの様子に気がつき、今にもデュエルウェポンを構えようとしていた。
デュエルウェポンの準備を整えられたら【しびれ薬】の作戦は防がれてしまう。
これは戦闘は免れないか……。
「罠カード【仕込みマシンガン】!」
俺がそんなことを考えていると、隣の赤見さんが一枚の罠カードを発動した。
すると、赤見さんの足元からカラフルな色をした銃火器が出現し、テロリストへと発泡を始める。
「ぐっぐああああ!」
まだ完全にはデュエルウェポンの準備が完了していなかったせいか、その銃弾はテロリストへと直撃しているようだった。
彼の悲鳴の直後、赤見さんが俺に向かって叫んでくる。
「繋吾! 今だ!」
俺はその声を聞き頷くと、再び【しびれ薬】のカードをセットし、出現した【しびれ薬】の瓶をテロリストへと投げつけた。
今度はうまく頭部へ直撃し、液体がテロリストの体へと注がれる。
「う、うああ……」
テロリストはうめき声のようなものを上げていたが、それ以上動く様子はなかった。
なんとかなったようだ。
「ふぅ、危ないところだったな繋吾」
赤見さんは安心したように言った。
「すみません。俺が上手く当てられなかったせいで」
「いや、気にするな。いきなりで焦ってしまうのは誰にだってある。だが、まだ序の口だ。ここからは体力勝負だぞ?」
このアジトの規模がわからないが、入口から順に制圧していくとなるとかなりの時間を要するだろう。
それまでくたばらないようにしないとな。
「はい、精一杯やりますよ」
「頼んだぞ? では先に行こうか」
再び俺たちは通路へと出ると次の部屋をめがけて足を進めた。
ーー赤見さんと共に3つほど部屋を回り、先ほどと同じように無力化を行った後、俺たちは再び通路を歩いていた。
無力化したうちのひと部屋は先ほどと同様に2名のテロリストがいたが、残りの部屋は中に誰もいなかった。
意外とそんなに使われていないアジトなのか、それとも元々そんなに構成員がいないのか。
想像していたよりも小規模な印象だった。
「赤見さん、随分とテロリストが少ないみたいですが……」
「そうだな。小規模なアジトなのか……それとも俺たちの襲撃に備えて既に退避していたか……」
事前に逃げているという可能性は考えられる。
しかし、それならば赤見さんをおびき出すためという目的とは矛盾するような気はする。
俺たちをおびき出して罠にはめるのであれば、人数が多い方がいいはずだ。
「それだと赤見さんを狙っている動機と矛盾します。もしかしたら、奥にたくさん待ち構えているとか……ですかね?」
「そうだな……もしかしたら既に敵の罠にハマってしまっている可能性は十分にある。用心するに越したことはないな。さて……どうやらここで分かれ道みたいだ」
そんな会話をしながら歩いているとT字路に差し掛かった。
右側は階段。左側は短めの通路があり、突き当たりには扉があった。
「よし、そろそろ連絡を入れておくか」
赤見さんはデュエルウェポンで音声通信を始めた。
おそらく宗像班長や紅谷班長だろう。
「後続班、こちら先行部隊赤見だ。地下1階の無力化がある程度終了した。今のところ作戦継続に異常はない」
赤見さんがそう言うと、デュエルウェポンから応答の声がした。
そろそろ第二部隊の出撃が始まるのだろうか。
「さて、待たしたな繋吾。どっちから進むか……」
「そうですね……」
俺たちが悩んでいると後方から人の気配がして振り返る。
結衣と颯の姿だった。
「おぉ、お前たちも無事おわったか」
「はい! 敵もそんなにいなかったし余裕っすよ! 赤見班長!」
颯がガッツポーズをしながら言った。
やはり颯の方もテロリストの数が少なかったみたいだ。
「遊佐くんも無事になによりですね」
「まぁ……こんなところで死にたくないからな」
実際、一度攻撃に失敗してしまっている以上、思わず苦笑いをしてしまう。
「にしてもここで分かれ道ですか……。赤見班長どうされますか?」
「では二手に分かれる……」
赤見さんがそう言おうとした時だった。
突如、階段の先の方から大きな爆発音のようなものが聞こえてきた。
「これは……もしかして……」
赤見さんは、急に真顔になって階段の方を見つめる。
「どうしたんですか? 赤見さん」
「郷田のやつ……随分と早いじゃないか……」
「郷田さん……?」
そういえば郷田さんの姿が見当たらない。
既に階段で地下2階へ向かっている可能性が高いだろう。
すると同時に警報のような音が鳴り出した。
「くっ、完全に襲撃がばれたか。仕方がない。すぐに助けにーー」
赤見さんが階段へ向かって走ろうとすると、二択で迷っていた通路側の扉が開き、中からテロリストが出現し始めた。
その数は10人前後くらいだろうか。
「おいおい……聞いてねぇぞ! どうするんすかこれ!」
「落ち着いてください颯くん。やるしかないってことですよ」
結衣はデュエルウェポンを構えると、カードをセットしテロリストへ向かって攻撃を始めていた。
「くっ……仕方ない。結衣、颯。ここを頼めるか? すぐに宗像班長達の第二部隊が来る! それまで持ちこたえてくれ!」
「わかりました。赤見班長は……?」
「私は繋吾と共に郷田の救助に向かう。行けるか? 繋吾」
「はい! 任せてください」
「二人共、何かあったらすぐ連絡してくれよ! 幸運を祈る」
そう言い赤見さんは階段へと駆け込んでいった。
俺もついていくべく階段へと向かうが、一度結衣達の様子を見るべく振り返る。
「私たちの心配は無用です。早く行ってください遊佐くん!」
「いいから繋吾! 郷田の奴を助けに行けえ!」
「わかった。二人共、頼んだ!」
俺は二人にそう告げ、階段を駆け抜けていった。