休息を取れとは言われたが、俺はどうも落ち着けそうになかった。
横には寝ている郷田さん、そして目の前には桂希。肝心の赤見さんは扉付近で警備を行っている状況だ。
それになんといってもこの部屋には、多くのジェネシス構成員があちらこちらに転がっている。
様子を見るにまだ息はありそうだが、みんな瀕死状態であった。
そんな状況下じゃ、落ち着けという方が無茶である。
「遊佐、初任務はどうだ?」
突然桂希に話しかけられたせいか俺は思わず驚いてしまう。
「まぁまぁ、リラックスしてくれ遊佐」
「あぁ……。なんともこういう場は慣れなくてな」
「しかし、随分と落ち着いている方だとは思うぞ。初任務だと戦いの恐ろしさから逃げ出してしまう者や、発狂してしまう者もいる。それに比べれば大したものだ」
前回の襲撃の時に既にテロリストとは戦っていたし、デュエルには自信があったからだろうか。
俺はそこまで恐ろしさというものは感じなかった。
そもそも前回の襲撃の時に一度命を捨てているようなものだ。怖いものなどない。
「それこそ、この間あんたが言ってた意志ってものがないんだろうな」
「ふっ、そうだな。戦いを舐めているとそうなる。遊佐はもう奴らとはデュエルしたのか?」
「3人ほど葬ってやったよ。どいつこいつもデュエルウェポンの力に溺れたやつだった」
デュエルウェポンがあればどんな兵器が相手だって勝てる。
そんな夢のような武器があれば、己の力を過信してしまうのも無理はないだろう。
だが、デュエルはただカードがあれば勝てるというわけではない。
デッキ構築からカードプレイング。相手を制する洞察力、デッキを信じる心。あらゆるものがあって初めて勝利へと繋がるんだ。
「なかなか順調ではないか。まぁ奴らはみんなそうだ。まっとうな人生を歩んでいれば、わざわざデュエルテロ組織などに入らないだろう?」
言われてみればそうだな。
何かしらの事情がなければ、よほど性格が歪んでいない限り他人に迷惑をかけようなどと思わないだろう。
そういう意味では、俺と似たようなものなのかもしれない。
ただ、進むべき方向が違うだけで……。
「奴らのことを深く考えていても、自らの枷となるだけだぞ? 私たちの行いに間違いはない。自分を……そして、このSFSという存在を信じて戦え。遊佐」
「あぁ……。そうだな。任務に集中することにするよ」
桂希の言うように彼らのことを気にしてもしょうがない。
今は任務を遂行し、ちゃんと生還することだけを考えよう。
「来たぞ。第二部隊だ」
赤見さんが突然声を上げた。
どうやら宗像班長率いる第二部隊が到着したようだ。
しばらくすると第二部隊の皆が部屋の中へと入ってきた。
結衣と颯の姿もあった。
「無事だったか! 結衣、颯」
「当たり前です。私たちが負けるとでも思ってたのですか?」
「そうだそうだ! むしろ繋吾の方がくたばってないか心配だったぜ」
口ではそうは言っている結衣と颯の二人だが、その表情には少しながら笑みが浮かんでいた。
素直に班員全員が合流できたことに喜びを感じているのだろうか。
「にしても繋吾、お前随分とくたびれてるじゃねぇか?」
颯に言われて自らの服装を見てみると少し破けたりしてボロボロになっていた。
度重なるデュエルでのダメージで何度か吹っ飛ばされたからな。
その時の影響だろう。
「まぁ……連戦でデュエルしたからな……」
「なるほど。相変わらずデュエルの腕だけは確かですねあなたは」
「負けなくてよかったよ、ハハハ……」
まるでデュエル以外はダメみたいな言い方で思わず苦笑いをしてしまう。
だけど、みんないつもの様子みたいで俺としては少し安心した。
「赤見。これからどうする? いま地下2階を歩いてきたが、テロリストがいる気配がしなかったんだが……」
「そうなんだよー、随分と静かでさ。かずくんと上の階でかなりの数のテロリストと戦ったんだけど、もしかしてあれで全部だったんじゃないかな?」
宗像班長と紅谷班長が状況説明を赤見さんにしている。
上の階にはそんな大量のテロリストがいたのか……。
ということはきっと結衣と颯はかなり大変だったのだろうな。
「大変な戦闘をさせて悪かったな。だが安心してくれ。次進む場所の目処はついてる」
「なに? 何か怪しいところがあったのか赤見?」
「あぁ、うちの郷田がやたらセキュリティの厳しい部屋を見つけたそうでな。そこはまだ私たちも侵入していない。次にそこに襲撃を仕掛けようと思う」
おそらく郷田さんが言っていた部屋のことだろう。
「おー! その情報はありがたいね! だけどさっきの戦闘で第二部隊内に負傷者が出ちゃったから、私はちょっと負傷者の手当がしたいかなぁ」
第二部隊のメンバーを見ていると、デュエルウェポンで出現させただろう担架に乗せられたSFS隊員が何名かいた。
手当は優先しなければならないな。
「なるほど。ではその部屋には偵察警備班と特殊機動班で襲撃するか。救助護衛班は負傷者を連れて地上へ退避してくれ」
「了解ー! 仁くんとかずくん。気をつけてね?」
「あぁ。レンも気をつけてくれ」
「くれぐれも大事な偵察警備班員を殺すなよ? 紅谷」
「はいはーい。この紅谷さんに任せておきなさいなー」
紅谷班長はそう言うと、何名かのSFS隊員と共に来た道を引き返していった。
「さて、じゃあ例の部屋へ向かうとするか。郷田、案内を頼めるか?」
「あぁー、任せろや赤見」
郷田さんは眠そうに目を擦りながら言った。
本当にこの状況で爆睡してたのか……郷田さん。
「ではいくぞ。準備ができたものから私についてきてくれ」
その発言を聞き、俺はその場から立ち上がり赤見さんについていく。
果たしてその部屋には何が待ち受けているのだろうか……。
ーーー郷田さんの案内の下、俺たちは例の部屋の扉の前へとたどり着く。
部屋の扉を包囲するようにして、俺たち特殊機動班と偵察警備班のメンバーは臨戦態勢を取っていた。
赤見さんの突撃の合図と共に、俺たちは一斉に部屋の中へ入り込むこととなっている。
緊張感漂う狭い通路の中で、俺はその合図を待っていた。
部屋の中からはまったく物音が聞こえない。
見つからないように息を潜めているのか、それとも本当に誰もいないのか。
先ほどの警報で全てのテロリストが出払った可能性もある。
そうすれば部屋の警備は無防備であり、俺たちからすれば好都合だ。
何か貴重なデータでももらえれば成果があげられるのだが……。
すると、赤見さんが右手を上へとあげる。
そろそろ突撃の頃合だろうか。俺はデュエルウェポンを構え直した。
しばらくの沈黙の後、赤見さんの叫び声と共に扉が開かれる。
「突撃!」
その場の全員が勢いよく部屋の中へと侵入しカードを構えるが、先ほどみたいな警報は一切鳴らず、あたりには誰もいなかった。
「……誰もいないか……」
赤見さんが小声で呟く。
「あぁ……。にしても随分と広いなここは」
部屋を見渡してみると、今までの部屋より遥かに広く学校の体育館くらいの広さはあった。
だが、奥の方を見てみると、人影が確認できた。
誰かがいる……テロリストだろうか。
「あそこに……誰かいるぞ、赤見」
「一人か……。何者だろう」
警戒しながら俺たちはその人物へと近づいていく。
ある程度距離を詰めたところで、その人物はこちらを見ながら口を開いた。
「そろそろ来る頃だと思ってたぜ? SFSの皆さん?」
その人物は銀髪のスポーツ刈りに髭を生やし、片目に眼帯をした男であった。
悪そうな顔というかなんというか……あまりいい印象は受けない。
男は不敵な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへと歩いてきた。
「お前は……」
「ここのアジトの管理者ってとこかなあ? それにしても君たち、ここに来るのが予定よりも少しだけ早かった……思ったより優秀なんだねえ」
男は少し笑いながら言った。
こいつは俺たちがここに来ることを知っていたのか。
「私たちがここに来ることを想定していたのか?」
赤見さんが一歩前に出て男との会話を始める。
「まぁね? そうだ、ここにいたデュエリスト達はどうだった? 君たちには少し物足りなかったかなあ?」
俺たちと対峙していたテロリストのことだろうか。
まるで自分の部下のことを道具とでも思ってるかのような物言いだ。
「奴らもお前の部下だろう……。捨て駒としか考えてないのか?」
「部下? あー、実はね。あれ人間じゃないんだ」
「なんだと!? どういうことだ」
人間じゃないだと?
俺たちは人間じゃないものと戦っていたとでもいうのか?
「あれはね。俺が"コレ"で召喚しただけなんだよ。今頃はもう消滅してるんじゃないかな?」
男はそう言いながらデュエルウェポンを指さした。
まさか……奴は人間と同等のようなものをデュエルウェポンによって生み出したとでもいうのか。
「人間を……召喚したのか」
「まぁそんなところ? だけどアレ失敗だねぇー。全然デュエルに勝てないんだもん」
「デュエルモンスターズを愚弄するのもいい加減にしろ……!」
赤見さんは低い声で男に対して言った。
その声からは怒っている様子が伺える。
あんな赤見さんの声は初めて聞いたな……。
「ほほう。SFSの人ならまぁそう思うか。でも、おかげさまで作戦は成功だ。なぁ? 赤見 仁?」
「なぜ……私の名前を!」
「今更だねぇ赤見。俺たち"ジェネシス"があんたを探しているのは知ってるんだろう? それでこのアジトにも攻め込んできた。違うか?」
やはりジェネシスの奴らには俺たちの作戦がバレていたのか。
ということは、もしかしたら既に俺たちは罠にハメられている……?
「くっ……その通りだ。だが、ここで私たちがお前を拘束すればーー」
「逆だよ逆! 甘いねぇ赤見。俺たちの狙いは赤見。お前を拘束すること。そのためにこのアジトに入り込んでもらったのさ。思惑どおりあんたはいまこの部屋までたどり着いた。筋書きとおり行動してくれて助かるよ」
「だが、状況的にはお前の方が不利だ。ここで決着を付けるまで!」
赤見さんはデュエルウェポンを構え、男へ接近していく。
デュエルで決着を付け、奴を拘束してしまえばこちらのものだ。
あの男が何を考えているかは知らないが、やられる前にやればいい。作戦前に赤見さんが言っていたことだ。
「おっと。デュエルなんてしちゃっていいのかなぁ赤見?」
「黙れ、正々堂々私とデュエルしろ!」
「まぁまぁ、デュエルは一向に構わねぇが、そろそろ……始まるぜ?」
「何がだ……?」
赤見さんの発言と同時に、急遽デュエルウェポンの通信音が鳴り出した。
「外の部隊から連絡……?」
音の主は宗像班長のデュエルウェポンのようだ。
宗像班長はすぐさまデュエルウェポンを操作し、通信を繋ぐ。
「こちら宗像だ。どうした?」
「宗像班長! いきなり大量のテロリストが現れました! 包囲されてます! これじゃ逃げ道が……ありません!」
「なんだと!? 敵の数は?」
「50名以上は……いるかと……。どうしたら……」
通信先の偵察警備班員は絶望したような声で嘆いていた。
どうやら俺たちをアジトへ潜入させたあとに、閉じ込めて殲滅するのが奴らの目的だったみたいだ……。
元々、潜入部隊の退路の確保のために外の部隊が配置されていたが、想像以上のテロリストの数にどうしようもなさそうな状態だ。
「赤見。どうする?」
「どうするもこうするもない。ここは特殊機動班に任せて偵察警備班は外の増援へ向かってくれ!」
「わかった……。無理するなよ、赤見」
「お前こそな。一樹」
そう言い残し、宗像班長を筆頭に偵察警備班の班員達は来た道を引き返していった。
この場に残ったのは赤見さんと郷田さん、結衣と颯と俺の計5人の特殊機動班と桂希のみとなった。
「さて、これでいいだろう。デュエルだ、テロリスト」
赤見さんが再びデュエルウェポンを構えながら男に近づいていく。
「燃えてるとこ悪いけど、俺強いよ? ほんとにいいのかい?」
男は余裕そうに笑みを浮かべながら赤見さんを挑発している。
相手ながらただものじゃなさそうだ。
「その口、喋れなくしてやる。いいから構えろクソ野郎」
「赤見班長……!」
赤見さんの変わりぶりに、結衣が心配そうな眼差しでその様子を見ていた。
普段は温厚な赤見さんだが、あの人もテロリストに思うことがあるのだろうか。
だが、我を忘れてしまうほど危険なことはない。
「あれは挑発です赤見さん。気をつけてください」
「心配するな結衣、繋吾。すぐに終わらせてやる……!」
赤見さんはじっとテロリストのことだけ見つめて微動だにしない。
その様子は本気という感じだ。
「ヘッヘッヘ、若いヤツらに心配されるとは、いいご身分だな赤見? そこまで言うのならいいだろう。この”デント”、相手になろうじゃねえか!」
デントと名乗った男もようやくデュエルウェポンを構えだした。
赤見さんにとって……そして、俺たちSFSにとってこの任務の成功か失敗かを決める一大デュエルが始まるようだ。
「デントか、デュエルが終わった後に色々と聞かせてもらおうか。いくぞ!」
「デュエル!」
赤見 手札5 LP4000
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デント 手札5 LP4000