ーー眩しい光に当てられ、重たいまぶたを上げ、目を開く。
目の前には人気のない殺風景な路地が続いており、俺にとっては馴染み深いゴミ箱が近くに置かれていた。
その光景を目の当たりにして、今まで見ていた出来事が夢であることを認識することができた。
はぁ。今日も行く当てのない1日が始まる。
今は何時だろう。朝か、それとも昼か。
時計がないのでよくわからないが、そろそろ起きるとしよう。
体を起こすと意識がはっきりとしてくる。今日はいい天気のようだ。
俺の名前は遊佐 繋吾。
今から5年くらい前になるのかな。
デュエルモンスターズを利用したテロリストの襲撃によって、家も大事な家族も失ってしまった。
それからは行く当てもなく街を彷徨う路上生活。つまりホームレスってことだ。
頼れる相手も場所もないし、こうして毎日ゴミ箱の近くに陣取って、捨てられた廃品でなんとか日々を生き抜いている。
先ほど見た夢はただの夢じゃない。
悪夢のフラッシュバックとでも言おうか。
俺の心をずっと蝕み続けている5年前のデュエルテロの記憶だ。
それを思い出すだけで……俺はやり場のない怒りと悲しみの感情に支配されてしまう。
だからこそ、その記憶を消すべく必死に思い出さないようにしようとしているのだが、こんな惨めな生活をしているとそれもなかなか難しい。
つい……ネガティブな感情が表に出てきてしまう。
そんなことを考えるより、今すべきことはただ一つ。
食料にありつくことだ。
昨日はほとんど何も口にしていない。
いつも通っている近場の公園で水を飲んだだけだ。
空腹状態ではますますネガティブな思考が強まるばかり。
そう考えた俺は、すぐ近くにあるごみ箱の中を物色した。
紙ゴミや飲み終わった後のペットボトル。色んなゴミが出てくる中、柔らかな固形物の感触が手に触れる。
期待を込めてそれを掴み引っ張り出してみると、それは未開封のパンだった。
消費期限は……1ヶ月くらい前に切れてるみたいだが、それでも食えないことはないだろう。
捨てた人にとってはゴミだとしても、俺にとってはこの上ないご馳走だ。
久しぶりにまともな食料にありつけた俺は貪るようにそのパンを食べる。
何も味付けなどないパンだったが、喉を食べ物が通っただけで生き返るようだった。
「ふう……。ごちそうさまでした」
ゴミ箱に向かって頭を下げる。
例えゴミとして捨てられたものとはいえ、食べ物は食べ物。
礼儀だけは忘れてはいけない。
「……ん?」
ゴミ箱の脇に何かが落ちていることに気づく。
一体なんだろうか。
気になって拾い上げてみると、それはデュエルモンスターズのカードであった。
ーーー
【虹クリボー】✩1 光 悪魔
ATK/100
ーーー
それは虹色に輝く可愛らしいゆるキャラのような見た目をしたモンスターカードであった。
ステータスは低いが、なんとも癒されるような見た目をしている。
せっかくだからもらっていこう。俺のデッキにも役立つかもしれない。
そうそう。こんなホームレスの俺でもたった一つだけ趣味というか……楽しみがある。
それがデュエルモンスターズだ。
今は"デュエルウェポン"なんていう物騒な兵器ができてしまったせいで兵器というイメージが強くなってしまっているが、元はと言えば対戦型カードゲーム。
世界大会もあるくらい有名なゲームで、世界規模で楽しまれていただけでなく、プロデュエリストという職業も存在しているくらいだ。
まぁ……今じゃ下手にプロデュエリストとしてデビューすれば、国のデュエルモンスターズ専用戦闘部隊である国家決闘防衛軍……。
略して国防軍っていう軍隊にスカウト受けたりなんなりで、なりたいという人も随分と減ってしまったけど……。
かくいう俺も幼少期に父親からデュエルを教わって夢中になり、デュエルの練習を続けてきた。
父親のデュエルスタイルであったモンスター効果を連携させ、大きな戦力を生む戦術。
俺はそのデュエルスタイル目標にデュエルの練習に励んできた。
将来はプロデュエリストを目指そうとも考えていた。
だけど、その夢はもう叶うことはないだろう。
ホームレスとなった今、デュエルを楽しむ相手もいなければ、デュエルディスクもない。
そもそも今の現状じゃいつまで生きてられるかもわかったもんじゃないしな。
まったく、現実ってのは非情なもんだよ……。
気を紛らわせようと俺は空を見上げる。
空には綺麗な夕焼けが広がっていた。
あれ、もうそんなに時間が経っていたのか。今日は少し寝すぎたか。
美しい夕焼けに見とれてぼんやりと空を眺めていると、続けて何かが降ってくるのが見えた。
なんだあれは。黒……? いや紫色か……。
徐々にその物体が近づいて来ると、落ちてきているものの正体が一枚のカードだと言うことがわかった。
何のカードだろう。
目を凝らして見てみると、そのカードの名前を解読することができた。
ーーー
【万能地雷グレイモヤ】 通常罠
ーーー
地雷というワードに嫌な予感がし、考えるよりも先に俺の体は動いていた。
そのカードから遠ざかるようにして、俺は建物の影に身を隠す。
するとその直後、あたりに耳を貫く大きな音とともに爆発が巻き起こった。
俺の直感は正しかった。
ただ、空からカードが降ってくるならなんとでもない。
だが、そのカードが"デュエルウェポン"を通じて放たれたものだとしたら話が違う。
あらゆるデュエルモンスターズのカードの力を現実とする最新兵器。デュエルウェポン。
つまり空から落ちてきたその地雷はただのカードではなく、本物の爆弾だったのだ。
続けるようにして周辺から次々と爆発音と同時に悲鳴が聞こえてきた。
どうやら落ちてきたのは一つではないらしい。
これは……デュエルテロか……?
それに……かなりの大規模な……。
空からここまでの大規模なデュエルテロを行うなんて、並大抵の組織ではできるはずがない。
少なくとも俺が経験した5年前と同等……。その時以来だった。
待てよ……。5年前と同等のデュエルテロ。
この5年間、こんな大規模なデュエルテロは1度もなかった。
もし仮に今回の襲撃者が5年前と同じ組織による犯行だとしたら……。
俺は無意識に胸元にかけている父さんからもらったエメラルドグリーンのペンダントを握り締める。
5年前の自分と今の俺は違う。
臆病で戦うことができなかったあの頃とは違うんだ。
今しかない。俺からすべてを奪ったテロリストへ復讐するチャンスは!
俺の後悔は、人生は、俺自身の手で切り開かなきゃいけないんだ!
テロリストに立ち向かえば当然命を落とすリスクはある。
だけど、このままずっと先の見えないホームレス生活を続けていたって俺の人生は何も変わらない。
俺はずっと過去の悪夢に縛られ、悩み続けるだけだ。
だったら、例え死ぬリスクを負ってでもやってみる価値はある。
後から行動しなかったことを後悔しても遅いんだ!
決意が固まった俺は爆発音が鳴り響く中、その爆風を掻い潜りながら駆け出し始めたのだった。
ーーしばらく走ると建物の合間の路地で大きな音が聞こえる。俺は近くの建物に身を隠しながら中の様子を覗く。
そこには一人の人物が立っており、その左腕にはデュエルモンスターズ専用の装置、デュエルディスク……。
いや、デュエルテロが起きている今ならデュエルウェポンと考えるのが自然か。
それが装備されていた。
その人物の顔はヘルメットで隠されており人物像を確認することはできないが、骨格的には男性のようであった。
デュエルウェポンを装着しているということはテロリストか、もしくはそれに対する国家決闘防衛軍……すなわち国防軍かどちらかとなる。
黒一色の怪しい服装をしているとはいえ、それだけでどちらであるのか判断することは難しい。
テロリストである確証がない以上、下手な行動はできない。
俺は物音を立てないように気をつけながら、様子を見ることとした。
するとその人物はデュエルウェポンへカードを1枚セットし始める。
「シンクロ召喚! 来い! 【魔王龍ベエルゼ】!」
ーーー
【魔王龍ベエルゼ】✩8 シンクロ
ATK/3000
ーーー
禍々しい見た目をした二頭の頭を持つ龍が出現し、雄叫びを上げた。
これがデュエルウェポンで生み出されるデュエルモンスターズ。
久しぶりに見た。興奮を覚えると同時に、矛先が自分でないことに少し安堵する。
こんな強大な龍に攻撃されたらひとたまりもないだろう。
「失せな、【魔王龍ベエルゼ】でダイレクトアタック! "マリシャス・ストリーム"!」
二頭の口元より、黒き光線が放たれる。
その攻撃した先には一人の人物が立っていた。
灰色の髪をした30代くらいの男だろうか。
その【魔王龍ベエルゼ】の攻撃を受けて、その男の体は宙を浮き、奥の建物にもたれかかるようにして倒れた。
そして、その衝撃を受けたことで飛ばされた男の背後にあった建物が崩れ始め、辺りに粉塵が漂った。
「正義気取りがいいザマだぜ。ふん……」
ヘルメットの男は倒れた人物に近づくと、再びデュエルウェポンを構える。
やがてデュエルウェポンから白い光が出現すると、倒れていた人物は何かに抵抗している素振りを見せる。
だが、その光が収まると同時に抵抗をしていたその人物はその場へぐったりと倒れ込んでしまった。
一体なにが起きたというのだ……?
あの人は死んでしまったのか……?
倒れた人物のデュエルウェポンを見ると、彼のデッキはなぜか消滅しており、抜け殻となったデュエルウェポンだけが残っていた。
「へっ、SFSってのも大したことねぇなぁ」
ヘルメットの男はそう呟くと、倒れた男から離れるように歩き出した。
SFS……聞いたことあるな。
確かテレビでテロリストを撃退したかなにかでニュースになってた会社だったような……。
いわば民間軍事組織みたいなところか。
ということは間違いない。やられた方がSFSってことはあのヘルメットの男はテロリストだ。
あいつらが俺たちの街を……そして、あの人の命を……。許せない、手始めにまずはあいつからぶっ潰してやるッ……!
自らを奮い立たせるため、右手拳を左手に打ち付けるようにして叩きつける。
だが、踏み出そうとする俺の足は震え、思うように動かない。
死ぬかもしれない恐怖だろうか。なかなか前に足を踏み出すことができなかった。
なにやっているんだよ俺は……5年間ずっとこの時を待っていたはずだろう。
俺からすべてを奪っていったテロリストに復讐する……この瞬間を。
ここでまた逃げて……後悔するわけにはいかないんだ!
俺は右手を強く握りしめると、震える足を無理に動かし、決死の覚悟で走り出した。
「街をめちゃくちゃにしやがって! くたばりやがれ!」
枯れそうな声で叫びながら、右腕を大きく振りかぶってヘルメットの男へと接近する。
だが、恐怖心を拭うために叫んだせいか、その拳を振るう前に奴に気づかれてしまった。
「おうおう、びっくりするじゃねぇか。ガキは引っ込んでな」
ヘルメットの男は冷静にポケットから一枚のカードを手にすると、デュエルウェポンを構えた。まずい。
「デュエルウェポンにはいかなる攻撃も通用しない! 罠カード【シンクロ・バリアー】発動!」
手に持つカードをデュエルディスクにセットすると、その男から巨大な白いバリアのようなものが展開される。
勢いあまった俺の拳は当然止まることはなく、そのバリアへと触れた。
すると俺の拳はとてつもない力で押し返され、その腕につられて体ごと大きく吹き飛ばされてしまった。
なんなんだこの力は……。
俺の右腕には引きちぎれそうなほどの痛みが走った。
あんな武器相手に素手でかなうはずがない。
冷静に考えてみればそうだ。
俺はそもそもデュエルウェポンがどれほど危険なものなのか理解していなかった。
デュエルウェポンは今までの兵器を過去のものにするほどの兵器革命を起こしたとも言われる代物だ。
そんなものを相手に対等に戦うことなんて……いくら相手の背後を突いたとしても、はじめから勝ち目なんてなかったのかもしれない。
それに、こんな見ず知らずのテロリストをぶん殴れば俺の気が済むのか。
俺の復讐するべき相手は、5年前に父親を殺したあの黒髪の青年……。あいつを倒すことだ。
こんな奴を相手にしたところで、何の意味もないじゃないか。
このままでは殺される……。
体中に走る痛みが、俺の思考を冷静にさせてくれた。
これが生存本能ってやつなのかもしれないな。
「泣いて詫びても無駄だぞガキ、俺らに見つかったからには有り金全部寄越して……死んでくれや!」
ヘルメットの男は不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。
思わず俺は後ずさりしながら彼から距離を保ち続けた。
「デュエルウェポンにはデュエルウェポンでしか対抗できない。死ぬ前にいい勉強になっただろう」
なるほど。デュエルモンスターズの力は同じものでしか対抗できないってことか。
カードはあるが、肝心なデュエルウェポンがない。逃げるしかこの場を切り抜ける方法はないのか。
あたりを見渡すと先ほどの倒れていた人物が目に映った。
前方にある建物の残骸の下敷きとなっていたが、彼の腕とデュエルウェポンだけは微かに顔を出していた。
……あの人が持っていたデュエルウェポンは使うことができるのだろうか。
もし使えるのであれば、俺が持っているカードでテロリストと戦うことができるかもしれない。
逃げるか戦うかの二択。生き残るためなら逃げる方が間違いないだろう。確実に逃げ切れるとは言えないが。
だけど……。そもそも死ぬ覚悟で俺はこのテロリストに立ち向かったんだ。
もうこの際どうなってもいい。俺にできることならなんだってやってやる……!
「じゃあな! 魔法カード【ファイヤー・ボール】発動!」
ヘルメットの男はデュエルウェポンにカードをセットすると、人の顔よりも大きな火の玉が出現し、こちらに向けて発射される。
そんなに速度が速いわけじゃない。これなら避けられる。
「――当たるかよ!」
俺は前転しながらその攻撃を避ける。
その勢いのまま受身を取り立ち上がると、俺は倒れている人物をめがけて走り出した。
距離はそんなになかったのが幸いだった。俺はその人物の近くへ到達すると、腕に装着されたデュエルウェポンを取り外す。
「誰だか知らないがすまない。借りるぞ。あなたの街を守ろうとする思い、無駄にはしない」
そして、奪い取ったデュエルウェポンを自らの左腕に装着する。
けっこう重い。これをずっとつけて走り回っていたらいい筋トレになりそうだ。
その様子を見ていたヘルメットの男は不気味な笑い声を上げていた。
「へへへ……。なんだガキ、この俺とデュエルでもしようと言うのか? そいつのデッキはもうないぞ。デッキがなければデュエルは――」
「デッキならある。デュエルウェポンならお前と戦えるんだろ? なら俺とデュエルしろ」
俺はボロボロの服のポケットからカードの束を取り出しデュエルウェポンへセットする。
すると体の全身に力がみなぎるのと同時に、デュエルウェポンの画面に「生体反応を確認。リンクしました。」と表示された。
これがデュエルモンスターズの力なのか。不思議と自信が湧いてくる。
「ちっ、子供の遊びじゃねぇんだよこれは。そんなに死にてぇなら地獄に送ってやるよ」
ヘルメットの男は渋々デュエルウェポンを構える。
すると、デュエルウェポンの画面に「決闘モード」と表示される。
どうやらデュエルが始まるようだ。
「うるせぇ! お前らテロリストのせいで俺がどんな思いをして過ごしてきたか……!」
そう叫ぶ俺の声は震えていた。
デュエルウェポンを使うこと自体初めてなんだ。
うまく戦えるかわからないし、そもそも俺がかつて励んできたデュエルが通用するのか不安もある。
だが、ここまで来たらやるしかない。俺は俺自身……そして、カード達を信じるだけだ。
「あ? 舐めた口聞いてるんじゃねぇぞ。いいからとっとと構えろガキが」
「言われるまでもない! 地獄に行くのはお前の方だ」
俺はデュエルウェポンを構えながらヘルメットの男を睨みつける。
こんなところで死んでたまるかよ!
「ふん、デッキがあるからっていい気になるなよ。デュエルは遊びじゃねぇ。本当の戦いってやつを教えてやるよ……」
「……何が本当の戦いだ…ふざけるんじゃねぇ。いくぞ!」
「デュエル!」
繋吾 LP4000 手札5枚
ヘルメットの男 LP4000 手札5枚