赤見さんと別れ、今度は結衣のいる治療室前へとたどり着いた。
さっきの赤見さんのいた部屋とは違い、ここは重症患者用の部屋みたいで、一人につきひと部屋と豪華な仕様となっている。
俺は部屋の扉を軽くノックし、静かに開く。
中を覗くと大きめのベッドに寝ている結衣の姿があった。
その瞳は閉ざされており、寝息でベッドがかすかに動いているのが見える。
どうやら寝ているらしい。タイミングが悪かったかな。
無理に起こすのもよくないだろうし、手紙でも置いておくか。
この部屋に何か書くものと紙はないだろうか。
部屋を見渡してみると部屋の入口に置いてあるテーブルにメモ用紙の束とボールペンが置いてあった。
ちょうどいいあれにお見舞いのメッセージでも書くとするか。
メモ帳とペンを取ろうとしたが、取るときに勢い余って床に落としてしまう。
「……誰ですか。人が寝ている時に不法侵入とは。通報しますよ」
落とした時の音で起こしてしまったらしい。
そんなに大きな音は立ってないが……けっこう音に敏感なのだろうか。
「あっ……」
結衣の声に気がつき振り向くと、俺の顔を見た結衣が驚いたような顔をする。
「悪い。寝てたから手紙でも置いておこうと思って」
「あなたでしたか……。それなら起こしてくれてよかったのに」
「随分と気持ちよさそうに寝てたからな。具合の方はどうだ?」
俺はベッドの脇に置いてある椅子に腰掛け、結衣の様子を伺う。
「かなりよくなりました。まだ医療班の人にはデュエルは控えるよう言われていますが……」
そう話す結衣は穏やかな感じだった。
なんというか以前とは違って気を張っていないような……そんな印象を受けるな。
「あと……改めてありがとうございました。私が今こうして生きていられるのも、安心していられるのも……あなたが助けてくれたからです」
俺から顔を逸らし、照れくさそうに言う結衣。
なんだか素の彼女の姿が見れたようで嬉しくなるな。
「いや、俺は大したことしてないよ。俺だってあの時、あのままネロと戦っていたらここにいなかったかもしれない」
「赤見班長……負けたみたいですしね……。私も、あの女の人に負けないようにしないと……」
リリィのことか。
力量がどの程度かはわからないが、おそらく相当な実力の持ち主だろう。
俺が見た時は桂希の操っていた【サイバー・ドラゴン】のような機械竜モンスターを操っていたな。きっとあれがエースモンスターなのだろう。
「結衣なら勝てるさ。だって、"SFSの特殊機動班"だろう?」
「ええ……。というかなんか繋吾くんにそう言われるとちょっと……」
「ん……?」
「……悔しいですね」
なんだか不満足そうな表情の結衣に言われ、俺は思わず吹き出してしまった。
「ちょっと何を笑っているんですか! 私にデュエルで1回勝ったからっていい気になってるんじゃないですか!」
「いや、そういうつもりじゃないって! お前を励ますつもりで……」
「むー……。でも今思いっきり笑ってたじゃないですか。私を馬鹿に……!」
「そりゃあ……結衣はやっぱり変わらないなぁって思っただけだよ」
「あ、また何か含みのある言い方じゃないですか! 大体、繋吾くんはデュエルは強いかもしれませんけどーー」
結衣がいつもの調子に戻ってきたところで、治療室の扉が開く。
その音に気がつき、入口を向くと一人の女性がいた。
「あれえー? 随分と元気じゃん? もう退院していいんじゃない結衣ちゃん?」
「……なんの用ですか。野薔薇さん」
そう、野薔薇だった。
結衣の表情が一気に臨戦態勢のような……きつい表情へと変わっていく。
「遊佐くんもおつかれさまー! この間の国防軍出張は災難だったみたいだね……。桂希先輩から聞いたよー」
「ああ。まさかジェネシスの襲撃に巻き込まれるとは思わなかったよ……」
「びっくりだねー。っと、遊佐くんと喋ってると結衣ちゃんの視線が痛いなー! てかてか……」
すると野薔薇は小走りで結衣の耳元へを顔を近づけ小声で呟いた。
「結衣ちゃん。遊佐くんとデキてるの?」
「っな……何を言ってるんですか! そんなわけないじゃないですか!」
結衣は顔を真っ赤にしながら野薔薇を突き飛ばすように叫ぶ。
「いやあーだって"繋吾くん"って呼んでたからさ! 何かあったんでしょ? 聞かせてよー!」
「何もないですから! っていうか仮にあったとしてもあなたにだけは話しません!」
「いいじゃない減るもんじゃないしー! "あの結衣ちゃん"が親しく下の名前で呼ぶなんてよっぽど何かがあったんじゃないー? ねえ遊佐くん?」
うわ……話がこっちに降ってきた……。
参ったな……。
「いや……。大したことはないよ」
その場をごまかすために、苦笑いで答えると、なぜかその発言に対し結衣の方が突っかかってきた。
「大したことはないってなんですか! あの時の言葉は嘘なんですか! あっ……」
こいつ……せっかくごまかしてあげたというのになんてこと……。
勢いで叫んでしまった後に気がついたのか結衣は口をぽかんと開け呆然としていた。
その様子を見た野薔薇はにやにやした表情で結衣のことを見る。
「へえー……。ほんっとに嘘つくの下手なんだねー。さてさて、その話詳しく聞かせてもらいましょーか! 結衣ちゃん」
「ちょっと、離してください野薔薇さん! あなたに話すようなことは何もないですから! 早く出てってください。ほら、ぼーっとしてないで繋吾くんもなんか言ってください」
これは野薔薇に説明するのはめんどくさそうだ……。
俺はこのままありのままの話をしてしまった方が、かえって楽に済むと思うんだけどな……。
結衣の昔の話を聞いただけっていうことをな。
「もう諦めて言ったほうがーー」
「馬鹿言わないでください! 野薔薇さんに勘違いされるじゃないですか! 誰がこんなホームレスと……!」
「ホームレスだったらお前もだろ?」
「え? 結衣ちゃんホームレスだったの?!」
「あぁもう! これ以上混乱させないでください!」
俺はため息をつきながら、しばらくの間結衣と野薔薇の不毛な争いを見守っていた……。
ーー場所は変わり決闘機動班長室。
椅子に座り腕を組む白瀬班長とその前に姿勢よく立っている桂希の姿があった。
「国防軍襲撃の報告書。ご苦労だった。特殊機動班は全員無事のようだな」
「はい。重症は負ったようでしたが、命を落とすまでには至らなかったようです。ですが……ジェネシスの奴らは白瀬班長の言うとおり遊佐のことをピンポイントで狙っていました」
「なるほどな。緑のペンダントが奪われなくてよかったものだ」
「はい……。しかし、白瀬班長はなぜ国防軍基地に襲撃があったことをいち早く察知したのですか?」
「国防軍の基地にある……いや、あったというべきか。紅色に輝くペンダントが保管されていただろう。あれも遊佐がもっているペンダントと同様の力を秘めているらしい。当然、ジェネシスはそれも欲しがるはずだ。そこに遊佐 繋吾が行くとなればジェネシスとすれば少ない労力で一気に二つのペンダントを手に入れることができる。それならば襲撃するには好都合だろう?」
白瀬班長は口元をにや付かせながら静かな表情で桂希を睨む。
「確かにそうですね……。あの赤のペンダントについても白瀬班長はご存知だったのですか?」
「ああ。昔、国防軍と共同訓練か何かをやっている時に教えてもらってね。そして、遊佐のもっているペンダントと性質が似ていることに気がついた。そこでお前を行かせたってわけだ」
「なるほど……。しかし、赤のペンダントはジェネシスによって奪われてしまった。となれば次の狙いは間違いなくSFSです。我々にジェネシスの攻撃を凌ぐ力があるのか……」
桂希は自信なさそうに自らの足元に視線を落とす。
しかし、その右手は固く握り締められていた。
「それについては、何かしら手を打たねばならんだろう。そのためにも次のSFS本会議ではペンダントの話をせざるを得ないだろうな。対ジェネシスに対する防衛線を引くためにも」
「しかし……それこそ開発司令部が黙ってないでしょう……。ペンダントの危険性がわかればその排除にかかるのではないですか? そうすると特殊機動班の撤廃は加速するものと思いますが……。それでいいのでしょうか?」
「そうだな。緑のペンダントを開発司令部で管理するなんてことを言い出すかもしれない。楼、お前はどちらの方が安全だと思うかね? 開発司令部か、特殊機動班か?」
「そうですね……」
桂希はしばらく考えるように天井を眺める。
「個人的には開発司令部の人間は信用なりません。特殊機動班を支持しますね」
「同感だな。私もその方が都合がいい。特殊機動班の撤廃については、そこが焦点となるだろう。いくら会社の中枢である開発司令部が撤廃と言おうと、決闘機動部の大半を納得させなければこの件は実行されんよ。つまり、我々決闘機動部が命運を握ることができるってわけだ」
「決闘精鋭班……神久部長はどのようなお考えなのでしょうね。ペンダントのことは知っているんでしょうか?」
「神久部長はおそらく知らんだろう。あいつはスピード出世だ。私よりも後に入社している。知るはずがない!」
少し険しい表情をしながら白瀬は強い口調で言った。
その口調からは何か憎悪のようなものが感じ取れられる。
「それだと少し不安はありますね……。もし、厳重な保管が良いという決断になれば開発司令部に……」
「それは有り得ないだろう。国防軍ですら一つのペンダントを守りきることはできなかったんだ。SFSでは到底不可能だろう。特定の人物が持っていた方が危険度は高まるが、相手の目をごまかす方法がいくらでもある。そんな危険な役目をやってくれるという特殊機動班がいるのなら、SFSとしては撤廃する理由はない」
「確かにそうですね。これで特殊機動班の撤廃はなんとか凌げそうですか……。しかし、肝心なジェネシスに対する対抗策は何か……あるんでしょうか……」
「それは気にするな楼。我々はSFSと特殊機動班の防衛だけを考えていればいい。ジェネシスに対する策は赤見班長が考えるべき仕事だ」
「そうでしたね……。そうすると我々が考えるべきことは防衛線をどうするかですね」
白瀬はその言葉を聞き、椅子にもたれかかりながら唸るような声を上げる。
「……今のままでは実力的にも兵隊の数的にも足りなさすぎる。近々臨時の新規隊員募集をやらねばなるまいな」
「決闘機動班が防衛の主力となるでしょうし、いいと思います。攻めるよりは守る方が圧倒的に有利でしょうし、十分な兵隊さえ確保できれば勝機は十分にあります」
「ああ。我が決闘機動班の副班長連中はお前と野薔薇こそ実力は優れているが、小早川と坂戸については指揮者としては向いているがデュエルの腕はいまいちだ。その指揮下に優れた新兵さえ入れば、ジェネシスに十分対抗できるはずだ。足りないところは野薔薇と協力して補ってやってほしい」
「了解しました。ひとまずは新兵の募集ってところですね。しかしまぁ……お先が暗いというかなんというか……」
「そうでもない。先は見えている」
白瀬班長の想定外の一言に驚いたような表情をする桂希。
その様子を見た白瀬班長は、口元をにやつかせながら言葉を続ける。
「もう少しの辛抱だ、楼。ジェネシス壊滅へのカウントダウンは始まっている」
「どういうこと……ですか? 白瀬班長?」
「私を信じたまえ。今はまだ言えんが、私にも策があるということだ」
「……はい」
自信に満ち溢れた表情の白瀬に対し、桂希は少し戸惑ったような表情をしていた。