無事桂希の勝利でデュエルが終わったことに安堵し、思わずため息をつく。
正直、もうダメなんじゃないかと思うようなデュエルだったな。
斉場副班長のサイバース族リンクデッキは、多くのモンスターを並べることで圧倒的なる制圧力を誇り、一撃必殺のパワーもある強力なデッキだった。
もしかしたら桂希のやつは途中からそれを見越しての展開へシフトしていったのかもしれない。
それでも最後はドローを信じた結果の勝利だろうが……。俺にはあんな危険な橋を渡るのはできないかもしれない。
桂希にはそれほどまでの固い意志ってものがあるんだろうな。そういえば聞いてなかったが桂希はなんのために戦っているのだろう。
今更ながら気になってきた。
「斉場副班長。これではっきりしたはずだ。司令直属班と決闘機動班の副班長同士のデュエルで勝利したのは私だ。つまり、"グリーン・ペンダント"の所有は司令直属班には認められないと」
「……ふふっ……」
斉場副班長は桂希の発言を聞くと口をにやつかせた。
「確かにあなた達の実力はそれなりにあるのはよくわかったわ。だけど私たちは"グリーン・ペンダント"の処遇についての話をしているわけではないの。あくまで遊佐 繋吾の異動は普通の人事異動での話。先日の本会議での話はまったく関係ないのよ」
「何を言っている! 普通の人事異動であるのであればましてや遊佐を司令直属班に配属する理由がないだろう?」
「まぁそう熱くならないで桂希副班長? 正直なところあなたに負けたのは事実だし、私としては潔く手を引きたいところだわ。デュエルの腕もなまってしまったみたいだしね。それにこんなど素人を司令直属班に歓迎なんて本音を言えばしたくはないし」
余計なお世話だ。
俺こそあんたみたいな強引なやり方をするやつなんて御免だ。
「なに……? どういうことだ」
「私が聞きたいくらいよ。今回の一件も須藤総務管理班長から指示されたまでだわ」
「なるほどな……人事を司っている総務管理班か……。ならば直接言いに行くか。いいな、遊佐?」
「えっ? ああ……」
今のデュエル結果を踏まえて異議を申し立てにでも行くってところか?
桂希から言ってくれるのなら俺としてはありがたい限りだが……。
「おいおい腑抜けた返事して大丈夫か? それと責任を持って斉場副班長にもご同行願おうか?」
「仕方がないわね……。負けは負け。今回ばかりは言うことを聞いてあげようかしら」
「感謝する。では行くぞ」
斉場副班長と桂希副班長についていくようにして、俺は総務管理班長室へと向かった。
「異例の入隊者……遊佐 繋吾。あなたはどうしてSFS入ったのかしら?」
道中、斉場副班長が話しかけてきた。
話してみれば……意外とそんなに悪い人ではないのかもしれない。
「まぁ……簡単に言えば復讐ってやつですかね」
「特殊機動班ってことは……ジェネシスに復讐ってところかしら。無謀すぎて逆に笑えるわね」
「おい……あんた馬鹿にしているのか?」
「そう怒らないで。冗談よ。いいじゃない、SFSは本来あなたみたいな人が配属されるべき会社だしね」
「え……」
この人の距離感はいまいちよくわからないな……。
「まっ、斉場の言うとおりだな。遊佐は他の奴らに比べれば度胸もあるし、実力もある。今のSFSには貴重かもしれん」
「あら……? あなたさっきと言ってること違うじゃない? この子のこと"問題児"って言ってたじゃない」
「お前と無理やり戦う口実作りに決まってるだろう。遊佐が司令直属班に行かれては困るんでな」
あれ……? それって言っちゃって大丈夫なのか……?
演技だったってことだろう。
「相変わらず憎めないやつねあなたは。まんまとやられたってわけか。それにしてもあなたと遊佐 繋吾はどういう関係なのかしら?」
「戦場を共にした後輩ってところか? な、遊佐」
「まぁ……そうなるかな。それにしてもさっきの桂希が演技だったみたいだけど、それでも総務管理班長室へいくのか? 斉場副班長」
「負けは負け。その結果に変わりはないわ。さっきも言ったけど私はあなたを歓迎するつもりなんてないしね。むしろ断る理由ができたってところかしら」
意外と自分に正直に生きているんだなこの人は。
「だけど、それじゃ黒沢部長とか須藤班長から何か言われるんじゃないか? 俺を……いや、"グリーン・ペンダント"を司令直属班に持ってくるのが開発司令部の方針なんでしょう?」
それを聞くと斉場副班長は目を閉じひと呼吸をおいてから口を開く。
「確かに、出世のことを考えたら今の私の行動はよくないわね。だけど、私は自らのやることには自分なりに筋を通したいって思っているの。現に私は桂希 楼に負けた。それは私の実力が足りてないからで、負けたまま何かを押し通そうとするような筋が通っていないことはしたくないのよ。だからこそ今は桂希 楼に従うってだけ」
完璧を求める斉場副班長らしい考え方……なのかな?
ある意味でこの人も明確な意志を持っているってことだろう。
「かっこいいこと言ってるが、ただ負けず嫌いなだけだからな遊佐」
「う、うるわいわね……。この調子乗ってるところ見るとほんとムカつくわ……。桂希 楼……」
なんかちょっと結衣にも似てるかもしれないな。この人。
それにしても桂希とは親しそうだな。何か関係があったりするのだろうか。
「そういえば桂希と斉場副班長は知り合いなのか?」
「ああ、こいつとは2年前決闘機動班員だった頃に同じ班だったんだ。やたら張り合ってきてな」
「ええ……そうね。功績を争いあっていたわ……」
この二人が一緒の班だったらどんな相手でも負ける気がしないだろうな。
そう考えると数年前のSFSってとんでもなく強かったんだろうと感じる。
「あの頃はもっと規模も大きかったからな。我々が霞んで見えたレベルだ」
「そんなに大きかったのか……ってことはSFSに何かあったのか?」
「2年前くらいにな。夜間に小規模デュエルテロ組織によるSFS襲撃があったんだよ。決闘機動班の一部の班が爆発に巻き込まれて全滅。特に大きな戦闘はなかったみたいだが、金めのものが多く盗まれた。その時に死んだものもいるし、経営の悪化によって人員削減がなされた……。だから歳食ってるベテランの一部は国防軍に流れたんだ。そのせいか今のSFSは若いものばっかりになってる」
そんなことがあったなんて……確かに赤見班長や紅谷班長といった人たちも班長にしては若いしな。
「黒沢部長はその当時を知ってる。だからこそいまの特殊起動班は目に余って仕方ないんだろうな」
なるほどな……。当時の悲劇を繰り返してはならない。
そのためにムダを省く……。そういう方針を打ち立てていても不思議じゃない。
SFSのあり方というか……難しい問題だな。
「さて……ついたわよ。総務管理班室。失礼します」
斉場が総務管理班室へ入り、俺と桂希も後に続くようにはいっていく。
中にはワイシャツにネクタイを身につけたいかにもサラリーマンといった感じの人たちが忙しそうに目の前のPCを操作していた。
なんだかこれはこれで大変そうだ。
「なんだね、斉場副班長。決闘機動部の連中を連れて」
「お忙しいところすみません。須藤班長。人事異動の関係でお話がございまして」
「遊佐 繋吾の異動についてか? もうあれは決定事項だ。明日の新規入隊者の配置と共に決行される」
明日だって? そんな急な異動ってあり得るのかよ!
「ちょっと待ってください。俺は今日そのお話を聞きました。いくらなんでも急過ぎませんか?」
「まぁ……な。だが、いい話じゃないか。司令直属班だぞ?」
「俺は……自らが希望して特殊機動班にいるんです! なぜ異動しなければいけないんですか!」
「……。それは……」
俺の言葉を聞き、須藤班長は黙り込んでしまう。
「やはり……ペンダントですか? 黒沢部長に言われての異動なんですよね?」
「なんとか言ったらどうだ? 本会議で決断は出ているのにも関わらず往生際が悪いぞ。開発司令部は。ペンダントの処遇は決闘機動部に委ねられているはずだ」
「……」
俺の言葉に便乗するように桂希も須藤班長へと言った。
だが、それに対しても須藤班長は下を向いたまま口を閉ざしている。
「ペンダントを抑止力として頼るのでは……本当の意味での平和は訪れません。それに俺は……この力を操ってみせる。ジェネシスへの抑止力ではなく、制裁の刃として!」
「わかったわかった……。だが私の立場ではどうにもできないのだよ……」
「それなら黒沢部長に話をつければいいんだろう?」
「いや……この件については……黒沢部長とは異動の口実を作る相談をしたのみだ」
「……どういうことだ?」
異動の口実を作るのみ……? 命令は黒沢部長ではないってことなのか?
「この異動命令を下したのは……生天目社長なんだよ……」
「なんだって……?」
生天目社長だと……? これは一体……。
「だからどうしようもないんだよ私にも……」
「……生天目社長はSFS本会議で決断をしたはずだ。一体どんなお考えが……」
想定外の展開に桂希も頭を悩ませているようだ。
いっそのこと社長へ話を付けに行くか……?
「とりあえずこの件はもう変えることはできない。斉場、お前にも言っただろう? 決定事項だ。と」
「申し訳ありません……」
「すまないが人事異動の話は終わりにしていただこう。明日には辞令が出る。準備しておいてくれ」
「……わかりました」
社長決断に対して総務管理班にいくらいっても状況は変わらない。
仕方がないのかこれは……。
生天目社長は赤見班長に対して信頼を置いてそうに見えた。
俺の父さんの件でも赤見班長は直接話をされていたみたいだし。
きっと俺の異動も何か考えがあってのことなのだろう。
「失礼しました」
俺たちは須藤班長に挨拶を済ませ、総務管理班室を後にした。
「遊佐、これからどうするつもりだ? 社長室にでも行くか?」
「いや……やめておくよ」
「お前らしくないな?」
「そんなことはないさ。ただ俺は……生天目社長を信じてみたいってだけだ」
「そうか……お前がいいならいいんだろう。また何かあれば声をかけてくれ。ではな」
「それじゃ私も失礼するわ。明日からよろしくお願いするわ。遊佐 繋吾」
桂希と斉場の二人に挨拶を済ませると、俺は自らの部屋へと戻るべく足を進めた。
ーー部屋の前へ差し掛かった頃、俺の部屋の前に一人の人物が立っていた。
あの黄金色の長髪は……結衣か?
「どうしたんだ?」
「っひゃ!?」
後ろから声をかけると驚いた表情をして手に持っていたカードの束を床へ落とす。
案の定床にはカードの束が散らばってしまった。
「急に後ろからなんてびっくりするじゃないですか!」
「悪い悪い……ってこれ俺のデッキか……?」
床に散らばっていた結衣の落とした束は颯貸していた俺のデッキだった。
なぜ結衣が持ってるんだ……?
「はい。上地くんが今日急に情報収集に外部偵察任務に行くって言いだしてて、デッキ返そうとしたら繋吾くんが部屋にいないから、代わりにこのデッキを返すように頼まれたんです」
外部偵察任務なんて颯のやつ張り切っているな。
ジェネシスのアジトへ繋がる地下への入口でも探しにいってるのだろうか。あるいはそれに繋がりそうな情報収集とか……。
にしても、結衣のやつもよく引き受けたな。いつもだったら断りそうなものなのに。
「それはめんどうをかけたな」
「まったくです。私の返事も聞く間もなくデッキを私に渡して走って行ってしまったものだったので……。おまけに繋吾くん連絡しても繋がらなかったし……。まだ寝てるのかと思ってましたよ」
颯のやつそんなに急いでどうしたんだろうな。
それはさておき……まさかまたデュエルウェポンの着信を見逃していたかもしれない……。
「悪い悪い……気がつかなったよ……」
「あなたのだらしなさはもう慣れました。それにしても今日はどこに行ってたのですか?」
「ああ……それがな……」
俺は今日あった話を結衣に話した。
俺が司令直属班へ異動することになったこと。斉場副班長が押しかけてきたこと。桂希がそれを阻止してくれたこと。
そして……それを生天目社長が指示していたことを。
「一体どうなっているのですか……。繋吾くんが司令直属班に……」
「俺も困ってるんだ。せっかくこれからだというのに……」
「なら私が今から社長に話してきます。安心してください」
「おい、待て! それはいい」
俺はすぐさま走り出しそうとする結衣の腕を掴む。
「何か考えあってのことかもしれない。それに……赤見さんにも一度相談した方がいいと思ってな」
「でも明日には決行なんでしょう? 赤見班長は今日は新規入隊者の最終試験なはずです。連絡が取れません」
「明日でも話はできるだろう? それに俺はどこの班にいてもやることを変えるつもりはない」
「出撃ができなくなるかもしれないんですよ? せっかくあなたの目的が近づいてきたというのに……」
なんと言われようと最悪独断で行動して、特殊機動班と共に作戦を行えばいいだけの話だ。
斉場副班長になにか言われようと知ったことじゃない。
「ただ所属する班の名前が変わっただけ。俺は誰に何を言われようと特殊機動班の作戦には同行するつもりだ」
「それなら……いいですけど……。何かあったら絶対に連絡してください。あなたは私の中で数少ない信頼のおける人……なんですから」
結衣はそう言った直後に顔を真っ赤にしながら「それでは」と小声で呟くと俺の下から去っていった。
信頼のおける人……か。結衣にとってはただでさえ人数の少ない特殊機動班から仲間が減ることは寂しくて辛いのかもしれない。
異動しても、あいつには声かけるようにしないとな……。できることならあいつにはもう辛い思いをさせたくはない。
とりあえず明日になってから細かいことは考えるとするか……。辞令前に赤見班長が何かしてくれるかもしれないしな。
一体……これからどうなるんだろうか。