――襲撃のあった翌日だろうか。
意識がまだはっきりしないが、近くで誰かが会話しているのが聞こえる……。
「そいつの怪我の具合はどうだ?」
「命に別状はないですが、まだ目を覚ましませんね……。まぁ、しばらくここで寝かせておけば大丈夫でしょう」
「そうか……。ありがとう」
「まったく、こんな少年拾ってくるなんて赤見さんも物好きですねー」
「まぁそういう性格でね。よく言われるよ」
「うちもそんなに金に余裕ないんですから、ほどほどにしてくださいよ。それでは失礼します」
会話が終わり扉が開くような音が聞こえた。
おそらく会話をしていたいずれか一人が部屋の外へ出て行ったのだろうか。
「随分と綺麗にしてくれたんだな、治療班のやつ」
俺のことを言っているのだろうか。
この近くにいる人は誰なのだろう。そろそろ起きなければ……。
起きようと体に力を入れようとするが、まだ体は寝ているかのようにうまく動かせない。
しばらくもがいていると、わずかに瞼を動かすことができた。
寝ている自分の体が視界に映る。
白く綺麗な服を着ており、清潔感溢れる姿だった。
父さんからもらったペンダントもちゃんと胸元についていた。
「エメラルドグリーン。なるほど、綺麗なもんだ」
やがて意識がはっきりしてきた。
声の主の方に目を向けると、それは見覚えのある顔だった。
「お目覚めかな? 君?」
先日の襲撃で助けに来てくれた赤髪の男だった。
確か……赤見とか呼ばれていたか。
「ここは……」
あたりを見渡すと自分が寝ているベッドの他は椅子と机が置いてあるだけの殺風景極まりない部屋であった。
「ここは民間軍事組織のSFSってとこだ。お前さん、テロリストとデュエルしてたの覚えているか?」
あのテロリストとのデュエル後、倒れた俺の面倒をここで見てくれたのか。ありがたい話だ。
「あぁ、鮮明に覚えてる。お前は……デュエルがおわった後来たやつだったな」
「あぁその通り。おっと自己紹介がまだだったな。私はSFSに所属している赤見 仁という者だ。君は?」
赤見という男は右手を差し出しながら言った。
「俺は遊佐 繋吾……です」
俺はそれに応えるように右手を差し出し握手を交わした。
「遊佐……繋吾か。お前、家はどこだ? どうやら怪我も大したことないようだし、このままならすぐに家に帰っても大丈夫らしい。早く帰りたいだろう?」
「家ですか……。家なんてものはもう5年前からないな」
「……ということはしばらく路上生活ってことか?」
「まぁそういうところです。色々あって……」
わざわざ詳細を言う必要までもないだろう。
思い出すだけで当時何もできなかった自分に苛立ってくるしな。
そういえば、この人は今回のテロ組織について何か知ってそうだったな。
俺の話は置いといて少し聞いてみるか。
「そんなことよりジェネシス……だったか。あれはテロ組織の名前か何かなんですか?」
「あぁ、気になるか?」
気になるに決まっている。
それを知るために俺は戦っていたんだ。
「はい、奴らはかなり大きな規模の組織のように見えたけど……」
「そうだな。我が国を荒らしまわってるテロ組織の中じゃ一番の大手かもな」
赤見は椅子から立ち上がり窓際へ移動すると話を続ける。
「さっき5年前って言ってたな。5年前に起きた大規模襲撃事件。あれもジェネシスの仕業だ」
やはり。俺の予想は当たっていたようだ。
今回の襲撃と5年前の襲撃は同じ組織によるものであったらしい。
それでも、俺が戦ったあのヘルメットの野郎は何も知らなかった様子だったけどな。
「やはり、そうですか」
「お前……5年前の襲撃で家をなくしたのか? 家族は?」
「5年前……俺はなにもかも失いました。家も金も……そして、家族も」
「それは気の毒な話だな……」
「だけど、当時の記憶。途中で誰かに襲われて……最終的にどうなったかは記憶にないんだ。次に覚えているのは路地裏で目を覚まして……。そして路上生活が始まった……」
俺が覚えている記憶。最後に誰かに襲われてからの記憶がまったくない。その俺に暴力を振るった人物が誰なのかもだ。
だけど、そいつは俺を殺そうとはしなかった。それが謎だ。
それに、あの後父さんがどうなったのかもわからない。
今の俺にとっては5年前の襲撃の真相がどうだったのか。
そして、俺はなぜ路地裏で生きていたのか。それが知りたくてしょうがないんだ。
「……なるほど。襲われたけど殺されまではしなかったってことかもしれないな」
いやいやそんな話があるか。
テロリストにそんな優しいやつがいたら、デュエルテロで被害など起きやしない。
「いや、あの時俺はテロリストに見つかったはずだ。デュエルウェポンも持っていない俺をわざわざ生かすことなんてあり得ないと思う……」
「……なにか不都合でもあったのかもしれない。まぁ、5年前の話じゃ今から考えてわかるものじゃないな」
赤見は俺から少し視線を反らしながら言った。
まぁ確かに今じゃいくら考えても答えは見つからない。
その"当事者"にでも会えない限りはな。
「さてと、繋吾。その話じゃお前、あの時戦っていたのはテロリストに対する復讐か何かか?」
鋭いなこの人は。今回の俺の行動が今の話でわかったみたいだ。
「あぁそうだ……。俺の人生をめちゃくちゃにした奴らが憎いから戦った。だけど、何も変わらなかった。俺自身、どうしたらいいのかわからないんだ」
昨日のデュエルだってそうだった。デュエルでテロリストを倒すだけならわかりやすい話。
だけど、俺がしたいのはそうじゃない。一体どうしたらいいんだろう……?
「そうか。ならSFSに入らないか? 帰る家もないんだろ?」
「なに……?」
俺がSFSに……。悪くはない話だが、いきなりこんな俺が入っても大丈夫なのか?
それにSFSって具体的にどういうことしてるのかあまり知っているわけじゃない。
「Special Forces Savior……略してSFS。デュエルテロ組織の壊滅を目的として起業した民間軍事組織だ。今から8年前、国家によって施行された決闘防衛法によって、デュエルウェポンに対する自己防衛、国家指定テロ組織に対する攻撃行為については、武力行使が認められるようになった。その中で生まれた組織がSFSだ」
そんな法律があってできた組織だったのか。
8年前だと……俺は小学生だから政治的な話はまったく興味がなかったな。
「つまり、俺の復讐とSFSの目的……。利害が一致しているとでも言いたいのですか?」
「そういうことだ。それにSFSは原則寮に寝泊りしながらの活動となる。帰るところもないお前なら宿も確保できて悪くない話だと思うが」
寝れる部屋……喉から手が出るほど欲しい。
それに一応給料ももらえるはずだ。まともな飯が食えるようになるというだけでも最高だ。
だけど、こんなホームレスの俺をわざわざ引き受けるなんてSFS側になんのメリットがある。
デュエルの腕前が飛び抜けて優秀なわけでもないし、SFSからすれば出費が増えるだけのような気がする。
「まぁ確かに俺にとっては嬉しい話です。だけど、それであなたにはなんのメリットがあるのですか? 俺みたいな厄介人引き取って……」
それを聞くと赤見は少し笑いながら答えた。
「人手不足……とでも言ったらいいか?」
「えっ?」
「君もご存知のとおり、我が班員の左近氏が先日の事件で意識不明の重体となっている」
あの人意識不明なのか。ってことは一応まだ生きてはいるんだな。よかった。
だけど、俺が駆け付けた時はもうどうしようもなかった。
「あれは……」
「大丈夫だ、事情はわかっている。ジェネシスはデュエルに負けた者の生命エネルギーをデッキと共に吸収し、集めるといった行為を行っているようなんだ。その被害を受けた人間は、まるで魂が抜かれたように動かなくなってしまう」
左近という人物がヘルメットの男になされた行為。
デッキが消失し、その後ぐったりと倒れてしまった様子を考えると、まさに"吸収"されていることであることがわかる。
あの時行われていた行為がどういうことなのかようやく理解することができた。
それに父さんがやられていた行為もなんとなく似ていたような……。
「それにだ。お前はテロリストを見事デュエルで打ち倒した。デュエルの素質がある。だからこれはスカウトだと思ってもらえればそれでいい。それが理由だと言ったら不服か?」
「いえ、わかりました。左近さんの件もあります。こんな俺がSFSに入っても問題ないのであれば……」
唐突な話ではあったが、ここで断ってもこの先何かがあるわけではない。
俺のデュエルの力がどこまで通用するのか。試してみるのも悪くないだろう。
なんといっても俺の人生を狂わした奴へ一矢報いるチャンス、逃す手はない。
「そうか、ありがとう繋吾。なら、社長のところへ挨拶に行こう。話は私からするから安心してくれ」
「わかりました」
社長か……。一体どんな人なのだろう。
そんなことを考えながら俺は赤見さんについていく。
ーーエレベーターに乗り込み最上階へ行くと、長い廊下の奥にひと際大きな扉があった。
「ここがSFS司令室だ。入るぞ」
赤見さんがそう一歩踏み出すと、その扉は自動で開きだす。
中を覗くと一面には数多のスクリーンが広がっており、様々な機械設備が張り巡らされている。
監視カメラ映像からよくわからない表やグラフ。デュエルモンスターズのカードの画像等、色々なものが表示されていた。
その中央には立派な椅子に座る白髪の男がおり、その両側には円形状に多くの人が並び、PCを忙しそうに操作をしていた。
「失礼します」
赤見さんがそう言うと、白髪の男は椅子を回転させながら振り返る。
「早かったではないか赤見くん。その子か。新規入隊をさせたいと言っていたのは」
「えぇ、彼は遊佐 繋吾。街の住人ながらテロリストをデュエルで打ち倒す確かな腕を持っています」
「お初にお目にかかります。」
この人が社長さんか。年齢は50歳前半くらいだろうか。
俺は丁寧にその人物に頭を下げる。
「私はSFSの社長を務めている生天目というものだ。SFSについての説明は赤見から聞いているかな?」
「はい、デュエルテロ組織の壊滅を目的とした民間軍事組織であると……」
「あぁ、ここ近辺の民間軍事組織の中でもうちは大規模な方でね。総社員数300名、そのうちデュエルモンスターズを使用した戦闘部隊員については150名程だ」
150人もデュエルする人材がいるのか。さっき赤見さんは人手不足とか言ってたが、全然そんな風には思えない。
まさか嘘だったのか……?
「随分と多いな……。赤見さんの話によると人手不足と言ってましたが……」
赤見さんの様子を見ると、俺の視線に気が付いたのか赤見さんは口を開く。
「デュエル戦闘部隊にもいくつか種類があるんだ」
「種類?」
「あぁ、まずは戦地に出動しテロリストと交戦する"決闘機動部"、SFS本部を防衛する"駐屯警備部"、最後に本部である"開発司令部"……つまり生天目社長の直属の部隊の3つだ」
「活動目的が違うといった感じだな。そのどれかが不足してるってことですか」
「簡単に言えばそうなるな。3つの部の中でも決闘機動部にはさらに細かく5つの部隊がある。戦闘の指揮や重要な戦闘任務を受け持つ"決闘精鋭班"、テロリストと真っ向から戦闘、住民救助活動を行う"決闘機動班"、戦場の状況把握等や戦闘補助を行う"偵察警備班"、SFS隊員の手当や住民救助を行う"救助護衛班"、そして最後に……。特殊な任務が与えられる"特殊機動班"の5つだ」
随分と色々な班があるようだが、この150名の人がうまく配分されていないということなのか。
「なるほど……。それでどこの班員が足りないんだ?」
「そういえば言っていなかったな。改めて……私はSFS決闘機動部 特殊機動班 班長の赤見だ」
「ってことは特殊機動班が足りないってことか……?」
俺の問いに対しては、生天目社長が口を開いた。
「特殊機動班っていうのは任務に危険なものが伴う。例えば、指定したテロリストとの交戦や、テロ組織本部への潜入等だ。危険な任務が多いことから人気がないのだ」
「んな……!」
つまり、生半可なやつじゃ捨て駒にされかねないってことか……?
まさか赤見さんの考えって言うのは、捨て駒が足りないから適当に俺みたいなやつを採用し、穴を埋めるって算段なのかよ……。
「君の腕がどこまで優秀であるかはわからないが……テロリストを倒したという実績はSFSの入隊には十分なものだ。しかし、正規な入隊試験を受けていない君を受け入れるにはこの班しかない」
赤見さん、俺を騙していたのか。
入るならせめて普通の班がいい。
「なら入隊試験を受けて……」
俺がそう言いかけると赤見さんに言葉を遮られる。
「まぁ待て繋吾。入隊試験を受けるのであれば、次の採用試験までまだ半年はある。それにお前の"目的"を達成するには一番都合がいいと思うぞ?」
任務内容からすると確かに一番事件の真相に近づきやすいかもしれない。
だけど、この人を信用していいものなのだろうか。
「あぁ……。だが俺だって死ぬわけには……」
「安心しろ。私はそう簡単に班員を殺させるような真似はしない」
「口ではなんとでも言えるぞ」
「それにだ、特殊機動班ってのは優秀なデュエリストにしか務まらない。つまりだ。班員は皆優れたデュエルの腕をもっている。だからこそ逆に安全だったりするんだ」
「そうなのか……? 生天目社長?」
俺は内容を確かめるために生天目に声をかける。
「そうだな。確かにここ最近では特殊機動班員の怪我の数はかなり少なくなっているな。だが……特殊機動班は人気がないゆえに、班長が受け入れる意思があれば誰でも入隊できる。つまり、班員の人間性については保証はしないがな」
「それって……大丈夫なのですか?」
「まぁ心配するな。少なくともそこにいる赤見は大丈夫だ。」
今のって遠回しに問題児だらけってことじゃないのか。
言葉の真意はわからないが……。
確かこの間の失礼な女、結衣ってやつも特殊機動班なのだろう。
あまり期待はしない方がよさそうだ。
「……ってことは赤見さん以外の人は……?」
「詳しくは赤見から聞くといい。」
生天目は赤見にアイコンタクトしながら言った。
「色んなやつがいるが決して悪い奴はいないぞ! デュエルの腕だけはかなり高水準だ。安心してくれ繋吾」
赤見さんはそんなこと言いながら俺にグッジョブを送ってくる。
「……赤見さん。それって安心できるんですか……」
「まぁ、そもそもお前も"ホームレス上がりデュエリスト"って時点で普通じゃない。きっとすぐに馴染むさ」
「はぁ……」
俺の肩書はやはりそうなってしまうのか。
なんだが馬鹿にされそうなネーミングだよまったく。
「それにしても随分と綺麗なペンダントをつけているじゃないか繋吾くん」
「え? これですか?」
生天目に言われて俺は身に付けるペンダント眺める。
「誰かにもらったのか?」
「これは父親の形見……みたいなものです」
「なるほど……。なら大事にしなければならないな。決して手放すんじゃないぞ」
「もちろんです。これを失ったら父親に合わせる顔がありませんから」
これには俺を守ってくれる力があるって父さんは言っていた。
きっと今回の襲撃で生き残れたのも、このペンダントがあったおかげなのかもしれないな。
「では入隊手続き等はこちらでやっておく。赤見くんは繋吾くんを連れてさっそくSFSの案内をしてやってくれ」
「ありがとうございます、生天目社長。それでは失礼します」
赤見が生天目社長に頭を下げるのを見て俺も続けて頭を下げた後、俺たちは司令室を後にした。